【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。 作:政田正彦
階層守護者各員による話し合いから数時間が経過。
――――ナザリック地下大墳墓、第九階層「ロイヤルスイート」の一角。
第九階層はギルドメンバーの住居としてギルドメンバーの私室やNPCの部屋だけではなく、客間、応接室、ギルドメンバーのログイン地点兼ホームポイントの円卓の間、執務室等で構成されており、他にも大浴場や食堂、美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン等々多種多様な施設がある。
これらはユグドラシル時代、何の意味もない飾り……雰囲気作りの為の物であったが、転移後の世界では全て、設定通りに稼働している。
ちなみに全てタダで利用できる。
そして、そんな第九階層で、各メンバーの私室までの廊下を、双子のヴァンパイア姉妹が歩いていた。
「(うわああああああああああああ!!! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!!)」
そして、その双子の姉の方、エレティカは今、涼しい顔をしながら内心羞恥に悶えるという器用な事をしていた。
『もう、会えないかと思っていました……ご主人様……』
『いいんです……こうしてまた会えたのですから……』
『今はただ……ここに……傍に居てください。もう、私を一人にしないで下さい……』
「(何故!! 何故あんなことを言ってしまったんだろう!! あれではただのこ、こここ、告白をしているようなものじゃない!! うああああああ!!!)」
最初、それこそ彼女がユグドラシルのNPCとして転生し、その後彼に拾われた直後は、彼に対してはこれといった感情は持ち合わせておらず、ただ単純に、「シャルティアの生みの親と会っちゃった~!」というミーハーっぽい感想しかなかった。
が、育成を手伝ってもらう……というか「育ててもらった」という言い方の方が正しい、その期間のうちに、彼の存在は、彼女の中で段々と大きくなっていった。
最終的に、本来の親である両親と代わる、心の拠り所となるぐらいには。
え?もしかしてペロロンチーノのことが好きなのかって?
正直そういうのは良く分かりません。
でも、人間だった頃ならバードマンなんて絶対に恋愛対象じゃなかったハズですが、今ではあの硬くて鋭い嘴が、大きな翼が、艶々した羽根が、若干魅力的に見えてしまうのも確かです。
これも傭兵として雇われ、頭がご主人として認識しているから?
……そう、そうに決まっている。
そりゃそうだよ、だって雇われた頃から何故か心の中でまでご主人様呼びが定着しちゃっているもの!!
だからこの、何?
この意思は……私とは関係ない!ないったらない!
勘違いしないでよね!エロゲバードマンの事なんか全然好きじゃないんだからね!
「あの、あ、姉上……」
「ん?どうしたのシャルティア?」
と、そんな事を考えていると、私の後ろを着いて来ていたシャルティアがおずおずと声を掛けてきた。
いつになく弱々しく、覇気のない声。
「姉上は、その、知っているでありんすか?……至高の御方々が行ってしまわれた……『りある』という場所について」
スイッチを切り替えるように、思考を切りかえる。
…………ふむ、どう答えたものか。
少なくともここは私に知りえない情報は言わないほうがいいだろうと判断し、適当に誤魔化す。
「残念だけど、私も良くは知らない……私は確かに、貴女たちのように拠点を守護する存在ではなく、ペロロンチーノ様に付いて行き、外に出る事があったけれど、それでも、『りある』という場所については結局詳しく教えてくれた事はなかったわ」
「そう、でありんすか……」
シャルティアは、どこか残念そうな、しかしホッとしたような顔でそう言った。
私は、未だに不安そうにしているシャルティアの頭を胸に抱えるように抱き、そのまま彼女の頭を優しく撫でた。
「……大丈夫、必要だったら私達にも話してくださるわよ。今はその必要がないだけ。私達はあのお方に忠義を尽くし、その為に生きている。今はそれでいいの」
「……でも……」
私が全てを話すわけにはいかないとは分かっていても、私の知る限り、強気でかなりの自信家、プライドが高く、我が道を行く感じのシャルティアの、こういった弱々しい態度を見せられると、心に来るものがある。
「……大丈夫よ、きっと。だから行きましょう?ペロロンチーノ様が待ってるわ」
「はい……」
私はシャルティアの返事を聞き、抱きしめていた彼女の頭を離し、くるりと踵を返す。
そのまま、ご主人様の私室へと向かった。
離した際、「あっ……」と何やら残念そうな声が聞こえた気がするが、私はそれに気づくことなく、歩みを進めていくのだった。
そういえば、ご主人様はなんの用で私達を呼んだのだろう?
……ま、まさか、姉妹丼的な……いや、まさか、この非常事態だし……いやでも……。
――――同時刻、ペロロンチーノの私室
「はぁ……」
彼は、先ほどまでの事が夢であるかのような、ふわふわした気分の中、段々と現実味の増していくこの状況に慣れ始める事で思考が正常に動作し始め、今までの事を思い出していた。
時は、つい数時間前。
旧友であるモモンガから、ユグドラシルのサービス終了の知らせと、最後の日ぐらい、皆で集まらないか、という誘い。
そうして久々にユグドラシルにログインした時は、軽い気持ちだった。
久しぶりですねモモンガさん、とか、久々に来たけどやっぱり変わってないなぁとか、そういうのも全部モモンガさんが守ってくれたんですねとか、そういったやりとりがあって、それで、もし機会があったら、別のゲームでまた会いましょうとか、そうしたらメールを下さいとか、そういう話をして。
それから、ゲームが終了したかと思えば……この有様である。
そもそもの話、まさかアインズ・ウール・ゴウンがモモンガ一人になっているだなんて思っていなかったし、一人でずっとこの場所を守ってきて、あの時の言葉通り、ずっと自分を待っていてくれていただなんて思っておらず、申し訳なさ、罪悪感、それらで胸が抉られるような思いであった。
ヘロヘロさんが明日も仕事だからとログアウトした時に自分もと言えなかったのはそういった罪悪感からだ。
そこに来て、一体誰が久々にオンラインゲームにログインしたらその世界が出られなくなるだなんて思うだろうか。
いや、周囲は毒の沼ではなく草原が広がっているという話だったか。
この場合出られなくなったというより、また別の場所に連れて行かれたみたいな感じだろうか。
この身体もそうだ。
これはユグドラシルでプレイしていたペロロンチーノという自分のアバターでしかないハズ、だが今は、この腕も、足も、目も頭も、翼も嘴も、すべて自分の物として認識し、初めは身長差や嘴の存在に慣れなかったものの、今では順応しつつある。
それ自体は彼にとってそこまで問題ではなかった。
エロゲ以外、何か楽しい事がある訳でもなし、肉親である両親はすでに亡くなっていたし、もう一人の肉親である姉は……まぁ肉親っていうか肉棒ではあるけど、そこにいるのだから問題はない。
それに加えて、彼女とか、仲がいい友人とか、そういうものがいた訳でもない。
体についても……うん、別段問題があるどころか、以前の脆弱な人間の身体からは考えられない程高スペックな物になっている。
友人であるモモンガはアレが無くなっている事を少し嘆いていたようだったが、自分には元より立派なアレが……いや、でもまぁ相手がいないし、今はそういう気分じゃないから、意味があるかどうかと言われると微妙なところではある。
ただ唯一言えるのは、本物の鳥みたいに全部同じ穴とかじゃなくて良かっ……ってなんの話をしているんだ、そういう事じゃなくて。
ここに来た事、リアルに戻れなくなった事、この身体になった事、それ自体はむしろ少し嬉しいとすら思った。
モモンガさんとは……既に色々と話し合っているし、今更謝罪は不要だと、分かっている。
今この状況で彼に対しての謝罪は、侮辱だ。
彼はたった一人でこのギルド……アインズ・ウール・ゴウンを守ってきた。
「一人で守らせてしまってごめん」とか「辞めてしまってごめん」じゃないだろう。
だから、モモンガさんを一人にしてしまった事に関しては、俺は今後の態度で返していかなければならない……そう考えている。
ここまで考えているのにこうも頭を悩ませているのは、先ほどのエレティカとシャルティアの件である。
シャルティアは、俺が手塩に掛けて作り上げ、性癖をこれでもかと詰め込んだ愛娘であるし、エレティカは、ある種運命的な出会いを果たし、育成の為に一緒に冒険をした、愛しい存在である。
けれど、リアルの事を優先し、ゲームを辞めた後、ずっと、ずっとずっとずっと自分の事を待っていたと知って、シャルティアに痛いぐらいの抱き着きをされながら号泣されて、エレティカにはしくしくと泣かれながら「もうどこにも行かないで」と悲痛な願いを投げかけられた。
これでなんとも思わない程、俺は残忍な人間ではない。
加えてエレティカの、あのセリフが頭の中で繰り返される。
『もう、会えないかと思っていました……』
「うぐっ……」
『もう、私を一人にしないで下さい……』
「うごおっ!!……ぬっ……ぐっ!……くっ……!!!」
その度に、俺の中にある良心が人生で最大音量の警鐘を鳴らす。
既に彼は蹲って奥歯を噛み締めるようにしながらベッドに蹲る。
予めペロロンチーノについていたメイドは部屋の外で待機しているが、もしこれを見ていたら今頃大騒ぎになっていただろう。
ベッドで自分達の忠義を尽くすべき絶対的存在が蹲って唸り声をあげながら苦しんでいるのだから。
それから少し経って、唸り声が止む。
「……やっぱ、謝んないと、な」
謝罪。
これが俺の選んだ選択肢。
だからこそ、俺は彼女達を自室に呼び、話し合い、誠心誠意謝罪する機会を設けた。
本来なら「散々放って置いたくせに」とか「お前を親だとは認めない」とか言われても仕方のない事だと思っているし、長い間会わなくて、突然再会したからああしてくれたけれど、心のどこかでは怒っているのでは?いや怒っていて当たり前だと思っていた。
けどこればっかりは、謝罪は必要だろう。
なんせモモンガと違い、彼女らはゲームが終わってしまったらそれまでだった可能性があるのだから。
本来はもう二度と会えない筈だったし、そうなる予定だった。
だというのに、俺はゲームが終了する最後の日、彼女らに会おうともしなかった。
転移すれば時間はあったはずだ。
モモンガさんと話している時間があるなら、彼女を最後、一目見ておくとか、最後に一枚スクリーンショットを撮るとか、最後にシャルティアの設定に、数時間後にゲームが終わったとしても大丈夫なように、「その後もナザリックで永遠に幸せに暮らした」とか書いておく事も可能。
だけどそれをしなかった。
彼女らはゲームが終わった後、誰からの記憶からも失われ、本当の意味で死ぬところだったのだ。
こうして自分が転移していなければ、永遠にこのナザリックで俺を待っていたことだろう。
NPCだから彼女達を軽視していたわけではない、それだけは断じて違うと言える。
だけどもこうなったのは一重に俺が長い間ナザリックから、ユグドラシルから離れていたから、それで……そこまで考えが及ばなかった。
これは、もう、どう考えたって、言い訳のしようもなく、120%俺が悪い。
「……うん、誠心誠意、謝ろう。許してくれるとも思わないけど」
そう決意し、ベッドから起き上がり、頰(ほとんど嘴に当たる部分)を軽く叩く。
そして、控えめに彼の部屋のドアをノックする音が響く。
「ペロロンチーノ様、エレティカとシャルティアです、ご命令に従い参りました」
「うん、入っておいで」
「失礼します」
「し、失礼します……」
部屋の外に待機させていたメイドが彼女らの代わりにドアを開き、中へと招く。
目でペロロンチーノに判断を伺い、嘴の先で「そのまま外で待機」という意を汲むと、廊下へと戻って行く。
「そこにお座り。お茶も出せなくて申し訳ないが……」
「お心遣い感謝致します」
二人の姉妹は、言われた通りに指されたソファに腰掛ける。
凛とした姿勢で動揺もしていないエレティカとは対照的に、シャルティアは緊張気味に俯き、顔が赤くなっていた。
「ここに来てもらったのは、その、謝罪と、説明をする為だ」
「謝罪、でありんすか?」
シャルティアが「謝罪」と聞いて「まさかそんな」と目を丸くする。
彼女にとってペロロンチーノは創造主、絶対的な存在であり、そんな彼が自分に「謝罪」など有りえない事だと考えていた為である。
「……その、なんだ…………ずっと、ほったらかしにして、すまない!!」
「え……?」
ポカン、とシャルティアの口が開かれ、呆気にとられた情けない声が漏れる。
「そんな事、気にしてなどいません。こうしてまたこの地に戻って来て下さったのですから」
「……へっ?」
「そ、そうでありんす。ペロロンチーノ様が謝罪する事など、何もありんせん!」
今度はペロロンチーノの方が、呆気にとられる。
シャルティアに関しては、あの号泣が嘘だったとも思っていないが、それでも少なからず怒っていると思っていた。
なんなら一発ぶん殴られる覚悟だったのである。
エレティカに関しては、さめざめと泣かれてしまい、なんというか、何年かぶりに再会する遠距離恋愛するカップルか何かのような一幕があったものの……落ち着いた後であるなら話は別だと思っていた。
彼女に関しては、もしこれが自分ではなく他人だったら後ろから「これでずっと一緒ですね」とか言われながらナイフで刺されても何も文句言えないレベルだとすら思っていた。
そう、落ち着いて考えれば、自分はあまりにも長い間彼女をほったらかしにしていた訳であって……それで怒っていない、などと返されるとは思ってもみなかった。
「本当に、怒っていないのか?」
「怒るも何も、私は今こうしてご主……ペロロンチーノ様に、こうしてまた会えただけで十分です」
そのあまりの健気な姿勢に、ペロロンチーノの良心が敏感に反応し思わず「グフゥッ」と目から涙が吹き出しそうになるものの、この想いに応えて、せめて威厳ある姿でいなければなるまい、とぐっと堪える。
「私も……姉様と同様です、ペロロンチーノ様はここに居てくださるだけで、価値があります」
「うっ……ぉ……そ、そうか……しかし今一度謝罪させてもらう。すまなかった、二人とも」
そう言いながら、ペロロンチーノは既に涙目になっている顔を、人間だった頃の感覚からか、目の前の二人から隠そうとし、深く頭を下げた。
だが、それは数秒後にエレティカの手で、顔を上げるよう促される。
見れば、切なげな顔で首を横に振るだけのエレティカ。
「そう軽々しく頭を下げるな」と言われている気がして、それ以上は何もしなかった。
本人としてみれば「謝罪など不要である」ただそれだけの意思表明でしかなかったのだが。
「それで……「説明」とは、なんの事でありんしょう?」
少し空気が落ち着いた所で、シャルティアが口を開く。
「それは……そうだな、丁度いい機会だから話しておこう。……こことはまた別の、そしてかつてのユグドラシルともまた違う世界……「リアル」についてだ」
ここで、エレティカが初めて少し目を見開いた。
少なくとも原作にはなかったパターンだと思った為である。
まさかここで話されるとは思ってもみなかった、というのもある。
一方のシャルティアは、「とうとう説明してもらえる時が来たのか」と姿勢を正し、一言一句聞き逃さぬようにペロロンチーノに向き合った。
ペロロンチーノは、頭の中で先ほど、モモンガ、ぶくぶく茶釜、そして自分の3人で話し合った、「リアルという世界の設定」について思い出して居た。
馬鹿正直に「実はユグドラシルはゲームの世界で」と説明するわけには行かなかった為、三人で事前に、それらしい設定を即興で考えたのである。
内容を要約するとこうだ。
『リアルとはこことは違うもう一つの世界を指す名称である』
『リアルには私達以外行き来することが出来ない上、今はその交流が断絶されている。モモンガと自分、そして姉が今の状況を異常事態であると認識したのはこれが要因である』
『リアルではいかなる強者であってもレベル1以下のなんの力も持たない人間であり、それがお前達が至高の存在と呼ぶ者の真の姿でもある』
『更に厄介なことに、リアルでは死んだら生き返れない上に、死と隣合わせと言っても過言ではない、過酷な環境になっている』
『そのリアルという場所で、仲間達は、譲れない物の為、今も戦っている』
「……分かってほしい、決して皆、去りたくてここを去った訳じゃないんだ」
全て話終わり、ペロロンチーノは、心中、祈るような気持ちで二人の反応を伺う。
エレティカは、それが全てではないにしろ、全てが嘘ではないと知っている為、小声で「やはりそういう事でしたか……」と呟き、目を閉じてうんうん頷く。
一方のシャルティアはというと、白い顔面が蒼くなり、自分の無力感に打ちひしがれ、涙を流す事を忘れるほどの衝撃を受けていた。
あの至高の御方ですら、戻って来れるかどうか分からない世界。
ペロロンチーノ様が、そんな死と隣り合わせだという危険な状態にあった時、私は何をしていた?
でも、私には、その世界に行くことすら出来ない。
仮に行けたとして、その世界で一体何が出来る?
レベル1以下の、ちっぽけな存在となった自分に、一体何が。
それは、守護者の中でも、総合力最強、序列1位の名を欲しいままにする、シャルティアの心を震わせるには十分すぎる衝撃であった。
しばし無言の静寂がその一室を支配する。
それを見かねてか、あるいはそれまでどうフォローを入れるかと考えていたのか、エレティカが口を開く。
「至高の御方が今もなお、そのお姿を隠され……この地にいない理由は分かりました……ペロロンチーノ様が、長らくここから姿を隠されてしまった理由も……ですが、ならば尚更、ペロロンチーノ様が悪いなんて事、絶対にありえません」
そんなに大変な世界で、譲れない物を守る為に戦っていると言われて、誰がそれを責める事が出来ようか。
貴方は悪くない。
シャルティアはその言葉にハッとして、思考を切り替え、コクコク頷いて肯定する。
ペロロンチーノも、その言葉を聞いてどこかホッとしつつ、「本当の事」を言っていない、という罪悪感がチクリと胸を指す。
「(だが、嘘はこれっきりだ。そしてこの嘘だけは、絶対に貫き通す)そうか……そう言ってもらえると、なんだか救われたような気分だよ、エレティカ」
「それは良かったです……それで、今の『リアル』についての話は、他の守護者にも話されるのですか?」
これは重要な事だ。
他の守護者にも、これを伝えたほうがいいとエレティカは思っている。
特にアルベドは、その点少し危ない。
「あっ……いや、どうなんだろ……その辺については、モモンガさんと、姉を交えて相談しておくよ」
「皆、知りたがっていると思うので……是非ご検討お願いします」
「分かった、二人には俺から伝えとくよ」
「ありがとうございます」
ここで、話すべきことはほとんど話し終えた……が、ペロロンチーノはエレティカやシャルティアの反応を見て、一抹の寂しさを覚える。
どうにも、態度が上位者に向けるそれであり、父親とか家族に向けるものではない。
どうにかして、距離を縮めることは出来ないだろうか、と思い、ある事をペロロンチーノが思い出す。
先程メッセージでモモンガから伝えられた夜の星々の事を。
「あ、そうだ、先程モモンガさんから連絡があったんだが……どうやら転移されたこの場所で見る夜の星空は、大層美しいものなんだそうだ。また明日にでも、三人で見に行ってみよう」
「まぁ、それは素敵ですね、是非お供いたします」
「三人……?わ、私も!?」
「え?嫌だった?」
「いえ!喜んでお供させていただきます!!」
やけに嬉しそうだなぁと呑気に考えているペロロンチーノだったが、夜、お供に呼ぶ、というのがどういうことか……彼にはそれがわからない。
対するシャルティアは先程から自分の姉とペロロンチーノの会話を、このニコニコと心底嬉しそうに、という表情でいる姉を見ては、会話をぶった切るのも少し気が引けるし、既に今聞きたかった「リアル」については聞けたし、他にそこまでして聞きたいことも言いたいことも無い、と、何となくだんまりになってしまっていた。
そこでまさか自分にも”夜の誘い”が来るとは思わず、つい腰が浮いてしまいそうになる。
「私はその日初めてを迎えるのですね……!」
「ん?何か言った?」
「いえなにも!」
隣にいてバッチリ聞こえていたエレティカは心の中で「お前の初めてってメイドさんかヴァンパイアブライドとかじゃなかったっけ?」とツッコミつつ、しかしこの場は何も言わないほうが得策だろうと口を閉じてただニコニコと微笑む。
それから、「急にこんな事になっちゃったけど今後も頼むね」といった雑談をいくつか挟んだりした後、時間を見て、そろそろ戻るべきだ、と、エレティカが席を立った。
「それでは、今日はこれで失礼します、ご主人様」
「し、失礼しましたでありんす、ペロロンチーノ様」
「う、うん……これからも、よろしく、二人共」
パタン、とドアが閉められ、足音が聞こえなくなった後で、ペロロンチーノは深く息を吐き、肩から重い何かが降りるのを感じた。
それと同時に、心の中に、むず痒いような嬉しいような気持ちが芽生え始めている事も。
「娘、か」
呟きながら、自室のドアを開き、そのまま、ベッドに仰向けに倒れこむ。
頭の後ろで手を組み、目を閉じて、フッと何かを思い出したかのように笑い出す。
「結婚どころか……童貞捨ててすらいないってのに、随分と大きな娘が出来たもんだ……」