【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。 作:政田正彦
ナザリック地下大墳墓第九階層『スパリゾートナザリック』
その名のとおり、スパリゾート……つまりは温泉を中心とした保養施設をイメージして作られた大浴場で、9種の風呂、男女で合わせて17浴槽といった充実具合である。
(18ではなく17なのはもちろん、露天風呂が男女混浴だからである)
前話でも説明したとおり、第九階層のこういった施設は、ゲームでは単なる雰囲気作り、飾りでしかなかったが、転移後の今ではキチンと設定通りに稼働しており、下僕達も良く利用している姿が見られる。
今も、女湯に、第六階層の階層守護者である、アウラ・ベラ・フィオーラが温泉に浸かっている姿があった。
「ほゃぁ~~~…………」
女湯には、今のところ利用者は彼女だけ、いわゆる貸切状態であり、それを良い事に、アウラは普段誰にも見せない位に緩みきった表情で温泉に浸かっていた。
まぁ、それも仕方のない事かもしれない。
なにせ、彼女は先程まで、自らの創造主……いわば母親のような存在であるぶくぶく茶釜と、”大事な話”をしていたのだから。
―――――数時間前……。
ナザリック地下大墳墓表層防壁部分
「ぶくぶく茶釜様……ひとまず、ナザリックの壁を土で隠すのと、周囲に丘を作るのは、これで一段落かと思います」
「そう、お疲れ様、よく頑張ったわね、マーレ」
マーレの行っていた作業は、ナザリックの隠蔽……このだだっ広い草原で、ぽつんと存在するナザリックは、遠くから見てもかなり目立つことだろう。
それから姿を隠し、尚且つ見つかりづらいようにダミーを生成するというのがマーレの今回任された任務であった。
その任務も今一段落ついたようで、「あの、ペロロンチーノ様が仰っていた高台になりそうな丘と、あと、ナザリックそのもののダミーについては……」とマーレはやる気満々にぶくぶく茶釜に尋ねるが、「それは追々、ね。あなたの魔力も、無限大にあるわけじゃないのだから、無理はしない事」と頭を撫でられたので、本日彼がすべき任務はもう無さそうだった。
「えと、それで、私達に話、とは?」
傍らでそのやりとりを見ていたアウラが、若干遠慮気味にぶくぶく茶釜に訪ねた。
先程守護者全員で集まった際にも言っていた事だ。
貴方達には、後で話がある、と。
本来は、シャルティア達と同様、自分たちが至高の御方の元まで尋ねるべきだと思うが、マーレにはどうしても外せない、最重要任務があったため、こうして表層等という場所にぶくぶく茶釜を任務が終わるまで待たせる形になってしまった。
「そうね……まず一つ言っておかなければならない事があるわ」
ゴクリ、とアウラがの喉が鳴り、冷や汗が頬を伝うのが分かる。
マーレに至っては「叱られるのでは」と手足が細かく震えている程だ。
もしや、自分は何か不敬なことをしてしまったのではなかろうか。
ほかに手段がなかったとは言え流石にナザリックの壁に土をかけるというのはまずかったか。
「……今まで、ナザリックに帰ってこれなくて、本当にごめんなさいっ」
双子の思考が停止する。
あまりにも予想外過ぎたためである。
聞き間違えたのかもしれないと耳を疑うが、レンジャーを修めている自分の聴力が衰えるなんて事は有り得ない。
確かに、「ごめんなさい」と、そういった。
「…………えっ??」
それはどちらの口から出た疑問符だろうか。
あるいは両方からかもしれない。
「あの……ぶくぶく茶釜様、どうして謝るのですか?」
「えっ?いや、だって……さ、寂しい想いを、させてしまったかなー……と」
刹那、その意味を理解する。
そして同時に、驚愕……いや、感動、感銘、感涙する。
私達の主、創造主の、なんとお優しい事だろうか!!
彼ら、彼女らにとって、主が居ない間のナザリックを外敵から守護する。
それが役目であり、例えばその主が数年帰ってこなかったとしても、守護するという役目は絶対に変わることのない、存在意義である。
それが普通なので、例え自分がいかに寂しかろうと、創造主を恋しく思おうと、もう帰って来ないかもしれないと予感しても、そこで主を待つのは天命である。
それが守護者というものだ。
であるのにも関わらず、目の前のこの御方はどうだ。
「長い間ナザリックに帰らずに居たから、お前達に寂しい想いをさせてしまっただろう、すまなかったな」と、そう言ったのだ。
「そんなのっ、ぶくぶく茶釜様が謝ることなんかじゃないでずっ、こうしてここにお戻り頂けただけで、私はっ」
「ぶくぶく茶釜様ぁ~!ぼ、僕!僕、ほんとは寂しかったですぅ~!!」
「ば、馬鹿っ、マーレ!私、私だって、う、うぇぇ」
「ごめんね、ごめんね二人共……!本当に、寂しかったよねぇ……っ!」
見ればぶくぶく茶釜の……頭部……?なのだろうか。
じわりと、透明な粘着性のある液体――恐らくは、彼女の涙なのだろう――が流れ出ており、そこに双子の姉弟が涙を流しながら飛びついた。
人目が無いのが幸いし、一切憚る事なく、ぶくぶく茶釜もアウラもマーレも気が済むまで泣いていた。
丁度、夜が明けて、ほんのりと白く霞んできた空から漏れる日光が彼らを照らしており、非常に感動的なワンシーンである。
……ただし、何も知らぬものから見ればぶくぶく茶釜は見た目が肉棒なので、その様子はただただ卑猥でしかないのが本当に惜しい。
実に惜しい。
「もう一度、ちゃんと謝らせて……本当に、ごめんね」
「いえ、もういいんです。……ってこれだとエレティカみたい。でも、本当に、もういいんです、これで」
「そ、そうです。ぶ、ぶくぶく茶釜様がここに居るだけで十分です」
そこで、ぶくぶく茶釜はある事を思い出す。
そう、先程、モモンガ、弟、自分との三人で集まり、「リアル」についてどう言い訳……いや設定しようかと話し合ったのである。
事の発端は弟の「ずっとナザリックに居なかった事についてちゃんと説明しないとあの二人が許してくれるとは思えない」「だからといって、バカ正直にユグドラシルは実はゲームの世界でしたなんて言えるはずもない」という訴えからだ。
自分にも思い当たる節があるし、モモンガさんも「いつかは説明しなければならない時が来るでしょうし」と真剣に考えていた。
結果として下僕達には、自らが考えたリアルの設定について話すことにした。
内容についてはペロロンチーノがシャルティアとエレティカに話した内容と同じなので、ここでは割愛する。
その話を聞いたダークエルフの双子の反応はというと。
まずマーレの方だが、これはもう、見るからに怯えに怯えきっていた。
元々臆病な性格であると設定しているし、この反応は予想の範疇であるが、本人的には、これ以上無い程の恐怖を叩きつけられたかのような感覚であった。
例えて言うなら、幼子が、居もしないお化けの話を聞いて、恐怖のどん底に叩き落とされるような、そんな感覚だ。
流石に、「今回突然ナザリックが別の場所に転移したように、ナザリックがリアルに転移してしまうなんて事になったりしないだろうか」とまで心配するのは、後にも先にも彼だけだろうが。
一方でアウラは、「そんな大変な世界でぶくぶく茶釜が戦っていたというのに何もすることが出来ない自分」に大きな無力感を覚えるという、ある意味シャルティアと似た思考になっていたが、同時に、「だとしても、もし行けるのであれば私もリアルで戦いたい」と思っていた。
なにせ、ぶくぶく茶釜の説明では「レベル1になってしまう」らしいが、それでも、「仲間達は今でも戦っている」と言っていた。
これは、強引に解釈するなら、「リアルではレベル1でも戦う手段がある」という事になる。
それで死んで、生き返れなくなったとしても、本来死とはそういうものであるとも理解している。
……とはいえ、「私達にしか行き来出来ない」と言われてしまってはどうしようもないのだが。
「この話はまだほかの守護者にはしていないわ。恐らく守護者で知っているのは貴方達と……シャルティア、そしてエレティカ、最後に、アルベド辺りがこの事を知っているかも知れない。あの二人が話していたら、だけど。それはともかく、この事は三人で言うタイミングを見て皆に伝える予定だから、みんなの前ではこの話は避けるように。良いわね?」
「分かりました!」
「わ、分かりましたぁ」
それからしばらくして三人が落ち着くと、次第に打ち解け始め、益体もない雑談をしていた。
「あの時はああだった」とか、「セイユウ、という職業について」だとか、好きなものの話だとか……。
アウラとマーレにとって、何物にも代え難い、宝物のような時間が過ぎていった……。
「……あっ……」
アウラは、浴槽の中で、つい思い出に耽ってしまい、時間を忘れてしまっていた事に気付く。
無論、彼女にのぼせるとかいう概念は無いが、そろそろ他の守護者達も訪れる時間になる筈であると思い出し、軽く顔を洗い、もう一度浴槽で寛いだ。
「あら、先客が居たのね」
「ん?シャルティ……じゃない、エレティカか」
「私も居んすぇ、チビスケ」
見ると、そこにはナザリック地下大墳墓1~3階層を双子で守護するヴァンパイアの姉妹、シャルティアとエレティカが居た。
一瞬エレティカとシャルティアを見間違いそうになるが、全体的に見ればその背丈だとか、髪型、髪の長さ、顔つきとかは瓜二つだけれども、まずエレティカはそもそもパッドじゃなくて盛らなくても「嘘でしょ」ってくらい無茶苦茶胸がでかいし、髪の色も先端が赤いし、目の色も違うしで、よく見ればすぐに見分けがつく。
「(その四つの違いが……いや、もう一つ)」
「こらっ、胸を触らない!」
「いいじゃないでありんすか~!……はぁ、この胸が羨ましいでありんす……!姉妹なのにこの差は一体なんだというの!?やわこい!!ついでにすべすべ!!でありんす!!」
「……いつからこんな甘えん坊な娘になっちゃったのかしら?」
「(性格も全然違うや……案外見分けるの簡単かも)」
目をキラキラさせながら下卑た笑みで姉の胸を揉みしだく妹とそれを「困った甘えん坊さんね」と余裕で受け流す姉とを見比べて「似ている」とは流石に言えないだろう。
しかし、ふとある事を思い出し、「そうでもないかもしれない」とアウラは思い直した。
「(エレティカはエレティカでペロロンチーノ様に抱き着いて「もうどこにも行かないで」なんて甘えた声出してたし……やっぱり姉妹ってことなのかも……あれはびっくりしたなぁ、流石に意外過ぎだもんね)」
「たぷたぷふわふわでありんす……はぁっ、た……った・ま・ら・ん!」
「もう……っ!いい加減に……し・な・さ・い!」
「やぁん!もうちょっと!」
「…………(そんなに柔らかいのかな、アレ)」
……シャルティアがエレティカの胸を「たまんねぇ!」と揉みしだく手に合わせて胸が上下にたぷんたぷんと揺れ動く姿を見て……ちょっとだけ、その揉み心地に好奇心が沸く。
いや、別に目の前のシャルティアのように、女でも男でもどっちでもイケる!とかそういう訳じゃ流石にないのだが、何せ自分もコレなので、触った事が無い。
「……アウラ?」
「……えっ何?」
「いや、何か私の胸を凝視しているような気がしたから」
「き、気のせいじゃないかな~?」
いつから見ていたのに気付かれていたのか、エレティカが苦笑していた。
シャルティアはいつの間にか別の浴槽に行ってしまったようである。
一体どれほど凝視していたというのか。
「そう?でも……」
「そ、そういえば、そっちはどうだった?ペロロンチーノ様と、話したんでしょ?」
もうちょっとであのシャルティアと同じ事をしていたかもしれないと我に返り、急に恥ずかしくなったアウラは、強引に話を変える事にした。
「謝罪されたわ。「いままでほったらかしにしてごめんな」ですって。そんな事、気にしていないのに」
「あぁ、そっちもなんだ……私もぶくぶく茶釜様に、「ナザリックに帰ってこれなくてごめんなさい」って言われたよ」
「そうなのね……なんと慈悲深い御方々なのかしら」
言いつつ、エレティカは『リアルで譲れない物の為に戦っている』とかいう設定を持ち込むのなら、「放っておいてごめん」ではなく「帰ってこれなくてごめん」の方がしっくりくるよなぁ、と益体もない事を考えていた。
アウラは、やはり同じ感想を持つわよね、と少し親近感を覚え、好感度が上がった。
「だよね……」
「そう……よね……」
「うわあっ!!?アルベド!?居たの!?」
「ええ……今来た所よ……」
全く気がつかなかった……というか、様子がおかしい。
なんというか、こう……全く覇気が無いというか……。
まるで幽鬼かアンデッドかのように顔色が悪い。
風呂に入る前に自室に戻れと言いたいレベルでだ。
「……モモンガ様からなにか言われたの?」
「……!!!」
エレティカがそう聞くと、アルベドの翼がビクリと震える。
……図星らしい。
とはいえ、ここまで意気消沈しているアルベドは珍しい……いや、初めて見る。
アウラも流石に気になってアルベドに問いかけた。
「な、なんて言われたの?」
「……まだ皆には話すなと言われているから、詳しくは話せないけれど……私は自らの思い違いと浅はかさ、愚かさに絶望しているのよ……」
エレティカはそう聞きつつ、心の中で「あぁ……」と思い当たる節がある事を思い出す。
恐らく、自分達が聞いた「リアルの設定」をアルベドもモモンガから聞いたのだろう。
あの骸骨、息子にはまだ話さないつもりか?
まぁ、黒歴史なのもあるから、心に準備が必要なのかもしれないが……どのみちいつかは邂逅する時が来るだろうし、その時に話さない訳にもいくまい。
それはおいといて、目先の問題、アルベドの現状だ。
実はアルベドは、アインズ・ウール・ゴウンに仕えているというよりは、モモンガ個人に仕えており、アインズ・ウール・ゴウンの面々、下僕が至高の御方々と呼ぶ存在は、自らの創造主であるタブラを含めて「ナザリックを見捨てた造物主」と見限っており、「アインズ・ウール・ゴウン」という名すら、「下らない」と一蹴する、というシーンがあるのである。
ある意味、ご主人様だけに仕えて居る私と同様とも言えるだろう。
彼女にペロロンチーノを敬う気持ちはサラサラ無かったのかもしれない。
そう、サラサラ無かったのだ。
むしろ憎悪すらしていたかに思える。
だが、そこに来て、リアルについての設定を聞かされるとどうなるか。
もっと正確に言えばアルベドは、「至高の存在と呼ぶ存在は今でもリアルという過酷で困難な戦況の中、譲れない物の為戦い続けており、その為にナザリックに帰還する程の余裕がない」と聞かされたのだ。
今まで、至高の御方々はナザリックをお見捨てになったのだ、そのせいでモモンガ様は悲しんでおられるのだと考えていたアルベドはその根底から否定するような説明に、足元の床がガラガラと崩れ去り、目の前が真っ暗な暗闇になったような感覚だったのではないか、とエレティカは推測した。
ちなみにこれはエレティカには知り得ない事だが、アルベドはモモンガからリアルについて話された際、「お前もタブラさんが帰ってこなくて辛いとは思うが」と言われたことから、モモンガ様は自らが至高の方々に大して悪感情を抱いていた事まではモモンガに知られているようでは無いと知った。
……というのが唯一の救いだったが……それも、あの知慮深きモモンガ様の事だから、全て理解した上で、あえてそう言ったのかもしれない可能性を考えると、あまりに恐怖であった。
「今は必要だし緊急事態だから見逃しておいてやる」と言われているような気すらしていた。
だがだからといって「今まで私は至高の方々を既に見限り、憎悪すらしておりました」何て事を口が裂けても言えるはずがない。
そんな事がバレたら、自らの死で償いきれるかどうか分からない程の大罪である。
……いや、今更罰や死が恐ろしい訳ではない。
死んでも必要であれば蘇生でまたナザリックの為に死ぬことができるのなら本望である。
今一番恐ろしいのは、己の愚かさだった。
このような者に守護者統括という役目が務まるだろうか?
至高の御方々を疑い、見限り、あまつさえ「モモンガ様を悲しませる者だ」と憎悪したこの愚かな私に。
我らが至高の御方々はこうしている今もっ、そんな過酷な戦況の最中、戦い続けているというのに!!
「アルベド?」
「……っ、何かしら」
「……まぁ、深くは聞かないし、そのうち分かってしまうんだろうけど……一つだけ、”ナザリックの外を見た者”からアドバイス。一応アウラにも」
「私にも?」
そう言って、エレティカがちゃぷ、と浴槽から左腕を出し、口元で一つ指を立たせた。
「一つ、”失敗はその後の忠義で返せ”」
「……なに、それは?」
「私が外に出て学んだことの一つよ。私は妹や貴女と違って、最初から貴方達と肩を並べられる程の強さを持っていたわけじゃない。両手の指では数え切れないほどの失敗を犯して来たけれど、その失敗を返す為に、傷を負い、血反吐を吐き、それでもハルバードを振り回して、彼……ご主人様の望むクラスを修め、レベルも100にして……そうして今の私がある」
そこには、強い意志と妙な説得力があるとアルベドは感じていた。
事実、彼女は最初から”序列二位”だった訳ではない。
本当に最初は、記憶を失い、力を失い、ただ彷徨うだけのヴァンパイアでしかなく、それをペロロンチーノ様によって救われ、育てられ、その期待に応えるべく努力して、今のエレティカの姿があるのだ。
最初から100レベルの強者だった訳ではない。
1レベルの頃から完璧であったハズもない。
彼女は彼女で数々の失敗を繰り返し、それをバネにして、ここまでのし上がってきたのだ。
……実際にはそう大したものでもないのだが、全部が全部嘘という訳でもないのもまた事実であるし、少なくともアルベドにとってはソレこそが真実であり、彼女が今言ったことが酷く説得力をもっているように感じられた。
「だから、なにをそんなに落ち込んでいるのかは知らないけれど、これからもずっとその調子だと貴女、”切られる”わよ」
「そん……っ!!」
「それが嫌ならもう少し覇気を持って、凛としていて欲しいものね。仮にも、私達守護者をまとめる、守護者統括という役目を担っている貴女には」
ニヤリと悪戯に笑うエレティカの顔をアルベドはただ呆然と見ていた。
確かに先程まで、足元が崩れて、今にもどこかへ落ちていってしまうか、あるいは何かの拍子で飛んで行きそうだった心。
しかし今エレティカの話を聞き終わってみるとどうだろう。
崩れ落ちたと思った床が元通りになったかのような。
落ちたと思ったら、案外すぐ近くに床があったかのような。
もう、底も見えない程の大きく深い穴に落ちそうになっていた私の手を誰かが掴み取ってくれたかのような。
失態はそれ以上の功績で覆せばいいという彼女の持論は、アルベドが今最も必要としていたファクターの一つだったのかもしれない。
「エレティカ……」
「なにかしら」
「……一つ、ということは、他にもあるのかしら?」
「どうかしらね?」
「……聞かせてちょうだい」
「機会があれば、私の方から話すわ。それに……どうやら今の貴女には必要ないみたいだもの」
そうエレティカが言ってからアウラがアルベドの方を見ると、成る程、先程の落ち込んだ様子はどこへやら。
いつもの威厳ある態度のアルベドに戻っており、顔色も悪くない。
後者はこの温泉のおかげかもしれないが、そこは言わぬが花である。
「先に上がるわね、アルベド、アウラ……シャルティア!?先に上がって待っているから!」
ザブッ、と浴槽から上がると、そのまま後方のシャルティアへ声をかけてから、スタスタと出て行ったエレティカ。
それを「えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってくんなましな!」と微妙におかしい廓言葉で”駆け足で追いかける”シャルティア。
「……ん?あれ、石像が動いて……」
「……あっ……私は知らないわよ~っと……」
……無論、この後、至高の御方の一人が残したお風呂場のゴーレムと守護者三名の熾烈な戦いがあったのは言うまでもない。
「ペロロンチーノさん、女湯の方、なんだか騒がしくないですか?」
「ん?ほんとだ。なんかあったのかな……これは覗いて見てみないといけませんね!!?いやっ、これは守護者の安全を確認するためでね!!決して覗きとかそういうんじゃないですよ!?ええ!!」
「とりあえず落ち着け」