【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。 作:政田正彦
ペロロンチーノがシャルティアとエレティカに謝罪とリアルについての説明をし、明日の夜、親子の親睦を深めるために夜に月を見に行こうと誘った次の日の昼頃。
執務室に、件のペロロンチーノ、その姉、ぶくぶく茶釜、そして、ペロロンチーノの友人であり、ナザリックの絶対支配者であるモモンガ、そのモモンガに仕えるセバスの姿があった。
「う~ん……」
モモンガが唸りを上げながら、目の前の鏡に向かって手をかざし、上下に動かしたり、指先を振って反応をみたりしていた。
目の前の鏡、それはただの鏡ではなく、そこに映るのはモモンガの顔ではなく、どこか遠くの風景、ナザリックの近辺に存在する草原や森が映っていた。
鏡の名は遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>、その名の通り、遠くの風景を、遠隔して覗き見ることが可能であるというマジックアイテムである。
だが、ユグドラシルでは、せいぜい街の様子をのぞき見たりして、街がどれくらい混んでいるかとかを把握するだけのものに過ぎない物であったが、今ではその効力は、文字通り遠隔視……使い方さえ覚えれば千里眼のようにどこでも見れそうとすら思えるかなりの効力を持っていた。
が、肝心の操作方法も変質しており、モモンガはそれの扱いに四苦八苦していたし、なにより既に1時間程試して、人っ子一人見つけられない。
「(だが、これの操作方法がわかれば、ナザリックの警備システムの強化に役立つはず……)」
遠隔でナザリックの周囲を簡単に監視できる、電力が無限に続くドローン監視カメラのようなものが出来ると考えれば、これは非常に大きな効力が期待できる。
何せナザリックの面々はまだ現地の人々とこれと言った交流をしておらず、もしナザリックが転移したこの地に現地の人が訪れたとしても、ナザリックからでも見える場所でなければそれを察知することができない。
つまり「侵入者が来たぞ!!」と言われてからその対応に追われる羽目になる。
それに比べたら、遠隔視を利用し「あそこに現地人がいるぞ!」と事前に知れたほうが気分的に楽なのもあるし、何より対応に対策が立てやすく、うまくすれば現地の人間の強さとかも知ることができるかも知れない。
遠隔視の鏡の前で揺れるモモンガの手が、右往左往する。
思いつく動作を試してどれくらい経っただろうか。
パスワード忘れた電子機器のロックに誕生日を入れたり特徴的な数字を入れたりする感覚に似ていた。
刹那、執務室のドアがノックされる。
「モモンガ様、エレティカです」
「ふむ、入れ」
「失礼します」
静かにドアが開かれ、エレティカが入って来る。
ペロロンチーノが呼んだのかと思いを顔を伺うが、見ると小首を傾げているので、どうやらそういう訳でもないらしい。
「第一、第二、第三階層の警備体構築、またマーレによる表層の隠蔽作業が完了した事を報告するために伺いました。ひいては、その次に指示があれば、と思ったのですが……どうやら後にした方が良さそうですね」
正直に言えば、エレティカはここからカルネ村との交流ができるまでの事を知っていたが、自分がそれに同行するのは無理だろう。
その後、シャルティアが「武技を持つ者」と「死んだり殺したり痛めつけたり食べたりしても問題ない者」の確保に向かうので、それに同行できるようならと思っていた。
せっかく自分の体の自由を取り戻したのだというのに、第一階層でじ〜〜〜っとしているだけというのは少し退屈だったし、ミーハーっぽいけれど、原作に登場したあのキャラやこのキャラと絡みたいというのもある。
「そっか、でも今は任せるような仕事はないかな。引き続き警戒を続けてくれる?」
「承りました」
まぁこうなるよね、と半ば諦めていた分そこになんの感情もなく、エレティカは恭しくお辞儀をして、ドアを開けようとした。
が、その瞬間、モモンガの気が抜けたのか、背もたれにもたれかかる。
自然と、手は遠隔視の鏡から見て大きく開かれた形になった。
すると、鏡からユグドラシル時代にも発した聞き覚えのある電子音が鳴り、鏡の中の映像が切り替わり、そこには人間たちが住んでいると思われる村の姿があった。
聞き覚えのある音に、思わず足を止めるエレティカ。
これはひょっとすればチャンスかもしれない。
「おっ!」
「うまく行ったの?」
「「おめでとうございます、モモンガ様」」
ありがとうセバス、エレティカも、と返し、モモンガとペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜は新しい玩具を手に入れたように、切り替わった映像に見入った。
だが、そこは思っていたよりもずっと夢のない光景であった。
「お! 第一村人発見……あれ?」
「これは……祭り……か?」
「いえ、これは違います」
そこでは、野盗の類ではなく、何故か騎士のような格好をした人間が、見た限りでは普通の、なんの特徴もない村人を襲っているという光景。
画面を切り替えて、人の顔もよく見えるほどに映像を村に近づけると、村人が丁度剣で斬り殺されるシーンだった。
略奪、侵略、謀略、殺戮、戦争、そういった文字がモモンガの脳裏にちらつく。
いずれにしても、見ていてあまり気分のいいものではなかった。
「チッ」
「ウッ、俺、こういうのダメかも。……モモンガさんよく平気ですね?」
「えっ? あぁ……あれ、俺……」
こんなグロ耐性あったっけ?と言いかけて、セバスの前だと思い直し、あとで「ひょっとすると自分の精神も変貌しており、アンデッドの物となっているから平気なのかも知れない」と考えたことを伝えることにした。
ペロロンチーノの種族であるバードマンはモモンガと同じく異形種ではあったが、モモンガのような精神の抑制といった物はなく、せいぜいが精神攻撃に対する耐性を有しているために、「結構なことじゃ驚いたりしない」程度。
少なくとも、こうしてスプラッタな光景をみても「ウェッ気持ちわるッ」で済むほどには耐性があった。
もしなんの耐性も有していなければ、今頃泡を吹いていたかも知れない。
ぶくぶく茶釜の方はというと、むしろ、無言でその映像に見入っており、「どうするか」を考えているらしい。
「どうなさいますか」
「ふむ……」
村が襲われている。
それも、おそらくはまともな理由ではない。
少なくとも自分達が見る限りでは、村人達が全員罪人だとか、異教徒だとか、恐るべき病原菌を持っている、あるいはすでに蔓延しているとか、「殺されなくてはならない対象」だとは思えない。
かつての弱き自分と同じ、「奪われる側の」人間達であった。
だが、モモンガは何も聖人君子というわけではない。
一体なんのメリットがあって、この村人を救わなければならないというのか。
セバスはカルマが善寄りだから、この人間達を救ってやりたいというのは分かる。
だが仮にこの騎士が全員レベル100以上の強者だったらどうする。
無駄に自分たちの存在を外部に晒すことになるだけではないのか。
「えっ、助ける流れじゃないの?」
と、ペロロンチーノがさも当たり前のように、アイテムボックスから弓を取り出しており、すでに行く気満々でそう言った。
まぁ、彼はそうだろうな。
メリットやデメリットを考えたりすることなく思ったら一直線なのがこの男だ。
無論他の人が説得すれば聞く耳を持ってくれる分、他のメンバーと比べたら随分まともな人なのだが、今の現状で、「特に理由はないけど」で人助けするほどの余裕はモモンガにはなかった。
「モモンガさん」
「ぶくぶく茶釜さん……?」
「私はこれ、行くべきだと思うな」
「そうですか……?メリットがあるようには思えないのですが」
「モモンガさん、よく考えて?私たちはいつかこの世界の人間の一般的なレベルを知らなきゃいけない。でも、それを調べるには私たちはどうすればいい?どこかの国でも襲うの?それかモンスターのように一般人でも襲う?」
「それは」
それは無理、いや、リスクがあまりに大きすぎる。
他のプレイヤーも転移している可能性がある以上、目立つ行動は避けるべきだ。
できれば彼らの反感を買うような行動も。
「そう、それは無理。でも今のこの状況なら?表向き「村人を救う」と言った大義名分があるし、これでうまくあの村を救えば、あの村を中心に交流を取ることが可能。ナザリック的には「この世界の人間の強さを調べるため」と言った目的がある。むしろこれは、「現地の人間の強さを知る」のと「現地の人間と交流を持つ」という目的を同時に達成出来る、またとないチャンスだよ」
「……なるほど」
そう考えると、なぜかしっくり来てしまい、先ほどまでの迷いは露と消えた。
やはりぶくぶく茶釜さんが居てよかったと思いつつ、セバスに顔を向け、指示を出す。
「セバス、これから私たちはこの村へ向かう。アルベドに完全装備で来るように伝えよ」
「ハッ承知しました」
心なしか返事が嬉しそうである。
まぁ、セバスはたっち・みーさんの子だもんなとモモンガは一人、セバスにかつての恩人の姿を重ね合わせる。
「丁度いいから、エレティカも来る?」
「是非お供させて頂きます」
内心ガッツポーズしながらお辞儀をし、虚空から愛用の武器、「血で血を洗う」を取り出した。
シャルティアも連れてきますか?と言おうと思ったが、あの子は準備に時間がかかりそうだし、その時間でエンリとネムが死んでしまうかもしれないので、ここは気づかないふりをすることにした。
「では、行くか……
「嫌……そんな……お姉ちゃあぁぁぁん!!」
カルネ村、その近辺の林の中に、ネムはいた。
突然の謎の騎士達による襲撃。
見たことのないほどに必死な形相で「逃げろ」と言った父の顔。
地面に倒れ伏せ、血を流しながら動かなくなった母の顔。
今、目の前で背中に”2回目の斬撃”を受け、短い悲鳴をあげてぐったりと動かなくなった姉、エンリ。
「ヘッヘ、俺たちに楯突いたりするから、こういう事になるんだ」
その犯人である、下品な笑い声を上げながらズンズンとこちらに近づいて来る騎士の姿。
死ぬ。
私もお姉ちゃんと同様に、剣で貫かれて死ぬ。
嫌だ。
嫌。
誰か、助けて!
数秒、その場に沈黙が訪れる。
ネムは、来ると思っていた痛みがいつまで待っても来ないので、ぎゅっと瞑った瞼を恐る恐る開くと、目に入ったのは、振り上げていたはずの剣を構えるでもなく呆然と「何か」を見ている騎士の姿。
顔はヘルムで隠れて見えなかったが、おそらくはそこが目であろう場所から指し示される目線を追い、くるりと自分の後ろに目を向ける。
すると、そこには楕円型に広がる、”闇”があった。
「な、なんだ……!?」
そして、そこから「ずるり」と音が聞こえそうなほどに、ゆっくりと”絶望”はやってきた。
黄金に輝く杖を、地面に突き立て、そこを支点に這い出るように闇から現れる、真っ黒で上質なローブを纏った、大きな骸骨のアンデッド。
ぽっかりと開いた眼孔の中で赤い炎のような光が、騎士の男を見据えると、おもむろに男に手をかざし、呪文を唱えた。
「
「ぐっ!!?ガァッ、ぁっ」
呪文を唱えると、翳した手に半透明に脈動する血の塊が現れ、それをグッと握り潰すと、騎士の男はカエルがひき潰されたようなくぐもった声を上げながら、地面に倒れ伏せた。
「私が得意とする死霊系……その中でも第9位階の魔法が通じなければ、逃げるしかないかと思っていたが……」
「バッバケモノ!!」
何が起きているのか理解できず、呆然と、その光景を見ていた騎士の男だったが、仲間の男が苦しみながら倒れ伏せたのを見て、ようやく目の前の驚異と相対する。
が、その真っ赤な光に見据えられると足が震え、剣を握る力が弱まる。
「(人を殺しても何も感じない……やはり心も人間を辞めたということか)どうした?逃げる相手は追い回せても、毛色が変わった相手は無理か?……せっかく来たんだ。無理矢理にでも実験に付き合ってもらうぞ!」
凄むような声に、その明確な敵意に、殺気に、あまりに容赦のない残酷さに、騎士はもはや正気を保てず、気づけば踵を返して無様に、なりふり構わず走っていた。
「
「ひぃぃっやめっ、あがががぁあがああぁぁぁぁ!!!」
指先から、まるで龍の唸り声ような音を上げながら突如現れた雷鳴は一瞬で騎士の男を捉え、バリバリとその身を焦がしていき、その一瞬で騎士の男の命を奪った。
「(弱い……第5位階程度の魔法で死ぬとは……)」
内心、モモンガは今しがた殺した男を見ながら、そのあまりの脆弱さに愕然としていた。
いや、コイツが特別弱かったとか、電気系が弱点だったとか、そういう事もあるかもしれない。
続いて、モモンガは本来のクラスである後衛職らしく、アンデッドを召喚してみようと思い立った。
既に召喚の魔法は使用しており、使えることは知っていた為にそこに迷い等はない。
中位アンデッド創造・
だが、たった今心臓を握りつぶして殺した騎士の死体の真上に黒い渦のような物が出現し、それに死体が丸ごと覆われたかと思うと、死んだはずの死体がビクリと動き、起き上がったどころか、そのまま黒い靄は剣、盾、兜などに変化していき、あっという間に恐ろしい死の騎士がその場に現れた。
ここで何が問題かというと、ユグドラシルでは少なくともスキル使用時に死体に乗り移って出現、なんてことはないのだ。
「(ユグドラシルとはだいぶ違うなぁ……)デスナイトよ、この先にある村を襲っている騎士を殺せ」
そう言いながら、倒れている騎士を指差すと、デスナイトは地響きのような低い叫び声を上げると……「えぇ……?」……そのまま走って行ってしまった。
これもユグドラシルには無い行動だ。
本来召喚されたアンデッドは主人を守るべく行動するものなのだから。
「(いや、まぁ……命令したのは俺だけどさ)……さて……」
絶望が、くるりとネムの方へ振り返る。
その目が「次はお前の番だ」とでも言っているようで、ネムの体が恐怖で完全に硬直し、目を見開いたまま、息をするのもままならなくなる。
死ぬ。
これはもう、絶対に死ぬ。
だが、その絶望は姉の方へ目を向けると、そちらへと興味を向けたらしい。
逃げなきゃ……今のうちに。
でも、体が動かない。
そして、なんとか体を動かして逃げようとしていると、後ろの闇からさらに何かが這い出てくる。
それも、一人や二人ではなく、ぞろぞろと。
「モモンガさん、どうでした? この世界のレベルは」
「あまりに低すぎて正確なレベルまではわかりませんでした……高くて10レベルもいっていないんじゃないかと」
「マジ?」
「それじゃあ、あんまり警戒は必要なかったかも? ああでも、彼らが特別弱いだけかもしれないし」
「なんにせよ、もう少し検証が必要ですね」
「ご主人様、あまり私から離れないで下さいね」
「分かってるよ、エレティカも、何かあったらすぐ言えよ?」
レベルとかなんとか、彼らの会話はあまり理解できなかったが、それでもネムは目の前の存在がとんでもなく異質、少なくともこんな田舎の村の近辺に居ていいような存在じゃないという事を本能的に理解していた。
一人は鳥を人の形にしたらこうなる、とでも言うような、大きな翼を持つ男の形をした異形。
もう一人?は、これに関してはどこからその可愛い声が出ているのか、その可愛い声が逆に不気味ですらある、ピンク色のでろでろしたスライムのような異形。
そして、もう一人は鳥の男に随伴するように、傍に立つ、異様に肌の白い、このような場所には到底似合わない赤黒い血を思わせるドレスを着た少女。
「遅くなってしまい、申し訳ありません、モモンガ様」
「いや、実に良いタイミングだ、アルベド」
遅れて、さらに、堅牢そうな真っ黒な全身鎧を身にまとった女性が現れる。
ちらりとこちらを見るも、その目線には絶対零度の冷たさがあり、思わずびくりと体が震える。
……今その真っ黒な女騎士の後ろに居る少女には、彼女が小さく、それはもうほんとに小さくガッツポーズをしているのが目に入ったが、言わぬが花だろうと黙っておく。
「怪我をしているようだな……死んでいるか?」
骸骨の男が、そう言いながら姉の身体を見る。
「……良かった、まだ息はあるようです」
一瞬、黒い影が視界を走り、何が起こったのかと目線を彷徨わせ、その声の発生元を追うように見ると、いつの間にそこに移動したのか、赤黒いドレスを着た少女が、ぐったりとした自分の姉をそっと抱き抱えていた。
まだ、息はある。
それはまだ生きていると言う、一筋の希望。
だがすぐ殺されてしまうだろうと言う絶望でもある。
一つだけ言えるのは、ネムには今ここで起ころうとしている事に関して、なんの抵抗も出来ず、ただそれを見守っていることしか出来ないと言うこと。
今まさに骸骨が懐から取り出した、真っ赤な血のように見える怪しい液体を、姉に無理矢理飲ませようとしていても、それを止める術はなかった。
あれは毒薬か?人が飲んで大丈夫なものではないだろう。
むしろ、間違っても飲んではいけない、そう言う類の物に見えた。
「だ、だめっ!!」
無意識にひねり出した声。
だがそれでアンデッドの手が止まることもなく、目線だけこちらを見据えたかと思うと、そのままその液体を姉の口に流し込み、わずかに姉の喉が上下に動いたのが見える。
もう、だめだ。
だが、その絶望を否定するように、ドレスを着た少女はエンリの身体をそっとネムの前に降ろし、「大丈夫だから」とネムに語りかける。
そこには、まるで親が子を慈しむような、泣いた子供を慰める、優しい笑顔があった。
刹那、姉の身体に深く刻まれた傷から淡い緑色の光が漏れ、地面に反射する。
「……ケホッ! ケホッ! ……あれ……? 痛みが、無い……?」
「お、お姉ちゃん……?」
どう言うわけだろう。
エンリは息をする事を思い出したかのように咳き込み、かと思ったら、さっきまでぐったりしていたのにも関わらず、パッと上半身を起こして、ペタペタと背中の傷に触れている。
いや、正確には”傷のあった場所”、そこにはもう傷はなく、まるで最初から剣で斬り付けられて居たと言う事実そのものがなかったかのように傷は塞がっていた。
だがそれが嘘では無い、と言うように、服は滴った血がべっとりと固まっており、何も知らなければ見た目は重傷を受けた少女であった。
「お姉ちゃん!!」
どう言うわけだか分からないが、それはネムにとってどうでもいい事だった。
死んだかと思って居た、殺されたと思って居た、そして、死ぬよりもっとひどい事になると思って居た姉が、不思議な魔法のような液体で、命が救われ、こうしてまた生きていると言う事実だけがそこにある。
ネムとエンリは抱き合いながらお互いの無事を喜んだ。
「傷は治ったようだな」
「は、はい!」
どうやら、少し、いや、結構、かなり、物凄く、途轍もなく怖いけれど、この骸骨の方は、良い人らしい。
もし悪い人だったとしても、自分たちの命の恩人であるという事実は揺るがない。
「……お前たちは、魔法という物を知っているか?」
そう問われ、ネムはエンリの顔を見上げ、エンリは目の前の彼らを見ながら困惑していた。
素直に答えてしまっていいのだろうか?
もし、彼らのいう魔法と、自分の知る魔法が違っていたらどうしよう?
素直に答えたとして、それが彼らにとって意にそわない形の答えだったら?
そうしたら、今でこそ優しい振りをしているけれど、今度こそ、殺されるのではないか。
いや、もしかしたら死ぬよりもよっぽど怖い目に……
その場に居たアルベドは、「この、下等種族が!!」と口を開こうとした、が、そうなる前にエレティカが行動を起こしたので、呆気にとられ、武器を振り上げそうになった腕をそのまま硬直させてしまう。
「そんなに警戒しないで」
姉妹の元に、一人の、見た目はこの中では一番人間に近い少女が、腰が抜けて座り込んでしまっている姉妹に視線を合わせるようにしゃがみ込み、口を開く。
「痛いのも、怖いのも、もう居ないわ。もう、大丈夫だから」
彼女はそう言うと、両手で私たちの肩に手を置くと、にこりと微笑みながら
安心させるように、慈しむように、姉妹の肩を撫でた。
そうして慰められて、頬を涙が伝い、「こんな優しい人を疑ってしまうなんて」と自分を恥じ、だいぶ落ち着きを取り戻した。
それを見ると、少女はもう一度ニコッと微笑み、頭を一撫ですると、一瞬で真剣な顔に変わり、立ち上がって鳥の男の方へと戻って行き――「私もデスナイトと共に
やはり、彼女もまた、私達の理解の及ばない所に居るのだと姉妹は思う。
「……もう一度問おう。お前たちは、魔法という物を知っているか?」
モモンガと他二名の至高は内心、「ユグドラシルでは一般的な顔の筈だが、なにをそんなに」と首を傾げていたが、どうやら怖がられているようなので、見下した感じにならないように、目線を出来るだけ下げて、もう一度同じ事を問う。
姉妹からしてみれば顔を近づけられて更に怖さ倍増だったが、今度こそ素直に答えた。
「は、はい! 時々村に薬草を取りに来る、薬師の友人が魔法を使えます!」
「そうか、であれば話は早い。私はマジックキャスターだ。この村が襲われているのを見て、助けに来た」
助けに来た?助けに来たと言ったのか。
一体、何故?
ここには先程の奇跡のような薬の代金になるような物など何もないというのに。
そう言った疑問が頭の中で巡るものの、それに目の前のアンデットが答える事はなく、「生命拒否の繭《アンティライフ・コクーン》矢守りの障壁《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ》」と魔法を唱え、「そこに居れば大抵は安全だ」と言った。
展開された魔法は、半透明で緑色のガラスかシャボン玉のような膜がドーム状に私たちを包み込んでいる。
おそらくはこれが身を守ってくれるのだろう。
「それから、これを渡しておく」
そう言って投げられたのは、二つの角笛。
曰く、「それを吹けば、ゴブリンの軍勢がお前に従うべく姿を現すだろう」という事らしいマジックアイテムで、「それで身を守るといいだろう」と言った。
なんて事。
この方々は人間を憎むアンデッドではなく、とてつもない叡智を持つ存在で、弱き者を助けるためにこうして貴重な品をただの村娘である私達に授けて下さる、とても偉大で、心優しい御方だったのだ。
骸骨の顔とか、あと仲間の方がちょっと怖いけれど。
その御方は言い終わると踵を返し、ローブをはためかせながら、仲間と共に、カルネ村の方向へと歩みを進め始める。
「た、助けて下さり、本当にありがとうございます!!」
「ありがとうございます!」
「気にするな。これも実験の一環だ」
「お、お名前を! せめてお名前をお教え下さいませんか!?」
自分達を助けてくれた大恩人の名だけでも知っておきたい。
知ってその名を一生忘れることのないようにしたい。
救ってくれた大恩人の名を知らないなんて事がないようにしたいという思いから、自然にエンリの口から滑り出た言葉に、モモンガは一瞬考えるような素振りをする。
そして、バッとローブを翻しながら振り返り、やや大げさな口調で声高らかに宣言した。
「……我が名は”アインズ”、ナザリック地下大墳墓の主である、アインズ・ウール・ゴウンの一人、アインズだ、この名をしかとその身に刻むがいい」
「……(えっ??)」