紅蓮の皇   作:Skullheart

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お初にお目にかかります。こちらは私の処女作で、温かい目で見ていただければ幸いです。


Sword Art Online
The advent of scarlet


 ここは、第一層迷宮区。そこで修羅が如く敵Mobを蹴散らす者がいた。

 

「うらっ!!」

 

 その男は軽々と大型メイスを振り回し、雑魚を文字通り粉砕していた。彼の後ろには、ストレージに入りきらなかったドロップアイテムがごろごろと散乱している。中にはレアな品物もあったのだが、既にそれらを二桁以上保持している彼にとっては、最早どうでも良い事だった。

 

途方も無い時間、それでも未だ尽きぬ集中力。所謂『無我の境地』に到達している彼は、ブルドーザーの如く敵を蹴散らしながら突き進んでいく。そんな中、倒した数がちょうど1000に達した辺りだろうか、彼の下にあるメッセージが届いた。

 

そのメッセージはどうやら特別なものであるらしく、いつものシンプルなデザインのそれと違い、金色をベースとした派手なウィンドウで示されている。何故だろうか、それに惹かれるものを感じた彼は、考えるより先にそのメッセージウィンドウへと視線を動かしていた。

 

それが、『運命』の始まりだった。

 

『条件達成:30分以内に自分とのレベル差10以下、もしくは自分より高いレベルの敵800体を倒す

 

エクストラスキル獲得 【紅蓮】』

 

「何だ?エクストラ……スキル?」

 

聞き慣れない単語を前に、彼は首を傾げるばかりだった。

 

 


 

 

 時は流れ、第一層トールバーナの円形劇場。

 

これまでとは一線を画すフルダイブ型VRゲーム、その火付け役となるはずだったこの『ソードアート・オンライン』。それがログアウト不能のデスゲームと化した事を告げられ、早一か月が経とうとしていた。

 

死者は既に1000人を超えている。この慢性的な状況を打開すべくまずは第一層のボスを攻略するという事になり、そのための事前会議がここで開かれていた。

 

 そこには彼───プレイヤーネーム:《リュウ》の姿もあった。

 

まずは劇場中央に立った男が、会議の始まりを告げる挨拶、もとい自己紹介を行なう。

 

「えーと、それじゃあ始めさせてもらいます。俺はディアベル。ジョブは気分的にナイトやってまーす!」

 

ディアベルと名乗った男の冗談に、大一番とあって張り詰めていた空気が少しだけ緩む。人を率い、心を掴むコツを彼は心得ている様だった。

 

ディアベルは前置きもほどほどに、話の内容を攻略についての事に切り替える。

 

「早速だけど、そこの店で配られているガイドブック。さっき、それの最新版が公開された。それによると…」

 

「ちょっと待てや!!」

 

だがそのディアベルの声を遮り、一人の小柄な男が飛び出してくる。

その男は茶髪のとげとげ頭、そして眉間には皺という明らかに三流の小者臭がする男だった。彼は劇場の観客席に座るプレイヤー全員を見据え、大声できっぱりと言い放った。

 

「ワイはキバオウっちゅうモンじゃが、こん中にワイらにワビィ入れなあかんモンがおるはずや!」

 

これを聞き、リュウは即座にキバオウとかいう男の真意を察した。発言者という下手をすれば自分が非難の矢面に立つことになるというリスク───本人が気付いているかどうかはともかく───をものともしないという事は、少なくともこの案件についてここの過半数の支持が得られると確信しているからなのだろう。そして、この大事な会議に乱入してまで謝罪させたい人たちと言えば一つしかないのだ。

 

「このゲームを他のモンより良う知っとる筈やのに、そいつらはそれを見捨ててジブンらだけでええ狩場を独占しよった!それだけやない、効率のええクエストやらアイテムやら……ワイはそれが許せんのや!!」

 

他の者よりもこのゲームを良く知っているプレイヤー。それはつまり先行体験者、βテスターを意味していた。

 

(無論、恨みや憎しみという感情もあるだろう。だがアイツが計算高い性格ならば、βテスターという具体的な敵を作ることで疑心を煽り、あわよくば慰謝料という大義名分を得て彼らから金を巻き上げる算段もある)

 

キバオウを知っている者からすれば深読みも良いところなのだが、初対面でそこまで見抜ける訳は無いので仕方ないだろう。警戒し過ぎて損は無い。

 

(……詰めは甘いが)

 

彼の予想通り、次の瞬間ステージに動きが起こった。

 

「あー、ちょっといいか?」

 

キバオウが一通り文句を流し終えると、エギルと名乗る黒肌の大男が発言の許可を求めたのだ。ディアベルがそれを認めると、彼は壇上に上がり、キバオウの正面に立ち塞がった。キバオウも何とか威勢を保とうとしているが、彼の腰が引けているのは誰の目にも明らかであった。

 

「あんたはβテスターのせいでビギナーがたくさん死んだと言ったが───じゃあこのガイドブック、誰が作ったか知っているか?」

 

「はぁ!? 知らんわそんなん!!」

 

話の流れで察しろよ、とリュウは思わずツッコミそうになったが、エギルはそんな事は気にも留めず落ち着いてキバオウに畳みかけた。

 

「これを作ったのはβテスター達だ」

 

「んなっ……!?」

 

その台詞を聞いた瞬間、キバオウの表情が驚愕の色に染まる。

 

「こういうゲームで最も大切なのは"情報"、それを手に入れる機会はいくらでもあったんだ。なのに、ビギナーが死んだ責任全てをβテスターに負わせるのは、ちょっと筋違いだと思うが?」

 

「そ、それは……」

 

「それに、彼らがこんな重要な情報を惜しげもなく公開する理由は……お前にも分かるだろ?」

 

「ッ……!」

 

エギルに完全に論破され、キバオウは返す言葉を失ってしまった。彼は事の巻き返しが不可能と悟ると、バツが悪そうに元の席に戻っていく。エギルも事が収まった事を確認すると、ディアベルにすまなかったと断って座っていた席へと戻る。

 

「さて……話を戻させてもらうよ」

 

ディアベルは、先程も持っていたSAOガイドブックを取り出す。

 

「さっきも言った通り、このガイドブックの最新版が公開された。そこにはこの第一層のボスについての情報も記されていた」

 

周囲からおぉ、という声が上がる。しかし恐らく、ガイドブックに情報が来たからこそこの会議が開かれたのだろう。無策なままでは作戦は立てられない。

 

一通りボスについての説明を終えディアベルが提案したのは、ボスを攻撃するチームとその取り巻きを牽制・撃破していくチームに分けるため、二人以上でパーティを作るという事だった。確かに、多数の取り巻きを操り自らはパワーで捻じ伏せる《Ill(イル) Fang(ファング・) The(ザ・) Kobold(コボルド) Lord(ロード)》には、固まって動くよりバラバラで攻めるよりある程度統率の取れた機動力の確保できる班分けをして戦う方が良い。

 

周りもそれに納得し、次々にパーティを組み始める。どうやら初めから皆誰かと一緒に来ていたらしく、予想以上に流れがスムーズだ。

だがそんな中、リュウは一人だけ全く動くつもりがなかった。

 

「なぁ、そこの君もパーティを組んでくれないか?」

 

周りがグループを作る中、微動だにしない彼はどうしたって目立つ。ディアベルはリュウにもパーティを組むよう促してくるが、それでも彼は動こうとしなかった。

 

「悪い、俺は一人にさせてくれ。なに、俺は一人でも問題ない」

 

「いや、しかし───」

 

「それにあんたの作戦を考えるなら、チーム単位の頭数は一つでも多い方が良い。何より露払い(こっち)の部隊長と遊撃手は必要だろ?あんたはボスの攻撃チームの指揮に集中すべきだ。こっちにまで脳みそ回してくれる必要はない。心配するな、仕事はするさ」

 

このリュウの発言には、流石に嫌悪感を顕にするプレイヤーがそれなりに存在した。当たり前だ、SAOにて確立された基本戦術は、技後硬直のある《ソードスキル》を、二人組(ツーマンセル)以上のパーティで交代(スイッチ)してカバーするというもの。なのにわざわざ一人を選ぶという事は、余程の自信家か横取り(ハイエナ)狙いかただの馬鹿かのどれかなのだ。しかもソイツは、露払い組の指揮は自分が執るとまで言い出している。そんな人間に嫌な顔をするのは道理であり、反発するのも当然と言えた。

 

しかしディアベルは、少し考え込んでいたものの納得したのか諦めたのか、

 

「まぁ……君の好きな様にするといい」

 

とすんなり折れてくれた。だが先程の懸念が晴れる訳でもなく、それを代弁する様に先程のキバオウが彼に食って掛かってくる。

 

「おい!! こんな自意識過剰な奴に従えっちゅーんか!?」

 

それに同調して、客席の他の場所からもそうだそうだと声が上がる。すると彼は極めて冷静に、そして淡々と己の(はら)の中を示した。

 

「別に驕っているわけじゃあないさ。ただ、本体への攻撃と取り巻きへの攻撃、別々に指揮した方がスマートだと思っただけだ」

 

「何やとぉ…?」

 

「ここで俺以外にその役目を立候補しなかったのは、それをやり切る程の自信がないか、それを考えもしなかったという事に他ならないんじゃないか?少なくとも俺には、アンタみたいな考えるより体を動かすことの方が性に合うって奴を、ここにいる誰より上手く動かせる自信がある」

 

「ならせめてパーティを───」

 

「ハイエナについても心配無い。と言ってもその証明は難しいが……そうだな、ハイエナしたと思ったならボス戦後に黒鉄宮にでもブチ込んでくれればいいさ」

 

「む……」

 

黒鉄宮には監獄エリアという犯罪者を捕らえるエリアが存在する。そこに閉じ込められた場合、ゲームの仕様上脱出は不可能。黒鉄宮行きとはつまり、攻略は(おろ)か各層に散りばめられたこのゲームの醍醐味を、殆ど手放してしまう事を意味するのだ。そんな条件を提示されてしまえば、流石のキバオウもあまり強くは言えず。最終的に、ディアベルによって仲裁される事となる。

 

「そこまでにしよう。それじゃあ………他に彼の言い分に反対する人はいないかい?」

 

しかし、手を挙げる者はいない。不満そうな連中も、反対するに足る充分な理由が見つからなかったのだろう、渋々といった表情で手を下ろしていた。

 

「じゃあ、お願いしようか」

 

「助かる」

 

こうして、取り巻き牽制チームに指揮官兼遊撃隊長が任命される事となった。そしてその誰もが、そこに収まったリュウに不信感を抱いていた。だが彼らは、後に当時のリュウをこう評する。

 

『必死だった』────と。

 

 

 


 

 

 

───そして、決戦の時。

 

「勝とうぜ、皆!!」

 

『おう!!!』

 

ディアベルの号令により門が開かれ、ボス戦が開始される。鎮座するボスは、情報通り《Ill(イル) Fang(ファング・) The(ザ・) Kobold(コボルド) Lord(ロード)》。血の様に赤い色をした、巨大な体躯のコボルドの王である。

 

ディアベル達本隊は作戦通り、部屋中央に居座るボスに向けて一直線に突き進む。それを妨害せんと湧出(ポップ)する取り巻きの《Ruin(ルイン・) Kobold(コボルド) Lord(ロード・) Sentinel(センチネル)》。機動力のある、小柄な歩兵コボルドだ。しかしその妨害を、取り巻き牽制チームがいち早く阻止する。

 

「対多数には持ち込まれるなよ、引き付けて各個撃破に引き摺り込むんだ」

 

その最後尾から、リュウは堂々と戦線に入場する。その指示に返事をする者がいないのは、単に初のフロアボス戦で余裕が無いせいか、それとも未だ彼の信用が確立されていないせいか。その真相は最早どうでもよい。何故ならば。

 

「よっしゃ、まず一匹!」

 

「よし……って馬鹿、後ろだ!」

 

「へ?」

 

例えばこの様な一匹の取り巻きに集中し過ぎたパーティを、

 

「おぅらっ!」

 

背後を取ったもう一匹を大型メイスで叩き潰してフォローしたり、

 

「倒した瞬間が一番気が緩みがちになる。その『次』のことまで頭に入れとけ」

 

「う、ウス!」

 

「今度はあっちだ、よろしく頼む」

 

「はい!」

 

助言や指示も忘れず飛ばし、

 

「これでラスト……うおぁっ!? 何す───」

 

「ボスの範囲攻撃が来る、こっちは危ねーぞ」

 

「げっ!? あざっす!」

 

「あー、あんましそっちに寄り過ぎんな。本隊の奴とかち合うぞ」

 

「! 了解!」

 

ボスや本隊の動きにも気を配り、

 

「うわっ!? マズった!」

 

「後は俺が受け持つ。ほいポーション」

 

「あざす!」

 

ヤバそうなパーティのフォローを的確に行なったりと、戦闘が中盤に差し掛かる頃には、

 

「さぁ第五波のお出ましだ、盛大に歓迎してやれ」

 

『了解!!』

 

───信用も余裕も出来上がり、チーム全員がリュウの指揮に頷いていたのだから。

 

「B、D班!範囲攻撃の予兆だ!散開しつつ後退を!C、E班はアシストに回れ!」

 

「そこ、雑魚もっと端に寄せろ!ボスがそっち寄ってんぞ!お前ら、そいつら二体挟んで仕留めろ!」

 

響き渡る二人の指揮官の声。指揮系統を真っ二つに分けるという荒業でありながら、その動きは完全に調和していた。それを可能にしているのは、ひとえに彼らの指揮能力の高さにある。

 

「……!想定より範囲が───」

 

「そぅらぁ!!」

 

ディアベル達に振り下ろされた斧に、リュウが傍らにいた取り巻きの雑魚モンスターを引っ掴み、ぶん投げた。モンスターとぶつかった斧は相殺され、ボスの攻撃は不発に終わる。

 

「!……すまない」

 

「今のはしゃーない、次は任すぞ!」

 

「了解だ!」

 

ディアベルとリュウは頷き合い、再び散開する。再び戦線に復帰しながらも、ディアベルは取り巻きを処理しながら本隊までにも手を伸ばせるリュウの視野の広さに舌を巻いた。

 

 


 

 

ボス戦は作戦通り順調に進み、三十分後。牽制チームは既に取り巻きを全滅させていた。

そして同じく、ボスの体力ももうラスト1ゲージという所。

 

(ガイドブックにゃ、ラスト1ゲージで武器を斧から曲刀(タルワール)に変えるとあったよな……けども)

 

リュウが思考を巡らせる間にゲージが切り替わり、ボスが武器を投げ捨てた。それを見たディアベルが、ここぞとばかりにいち早く飛び出していく。切り替える間に一気にHPを削るつもりなのだろう。

 

しかしタルワールを持っている筈のボスの右手を見て、誰も彼もが驚き、言葉を失った。

 

持ち替えたそれは、野太刀。タルワールよりも格段に速い初動で動き出せる、第一層ではまずお目に掛かれないであろう初見殺しの武器。

 

素早い一薙ぎはディアベルを吹き飛ばし、最悪な事に孤立したまま行動不能(スタン)まで貰ってしまう。

 

そのまま迫る野太刀の振り下ろし。周りのフォローがとても間に合うスピードではない。ボスの容赦ない一撃が、ディアベルを襲う。

 

壁戦士(タンク)並みに高いディアベルのHPさえ、いとも容易く削り取るであろうその一撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしその攻撃は、彼に命中する事はなかった。振り下ろされた野太刀は、尻餅をついたディアベルの僅か右に逸れていたのだ。そして彼を挟んで反対側に、かなり大きなメイスが屹立している。見紛う筈もない、誰よりも遠い位置にいた筈のリュウの得物だった。

 

「危ねー危ねー。これだからβは信用ならねぇんだ」

 

その彼の方を見れば、何故かオーバースローの投球モーションのフォロースルーに至っていた。その状況から見るに、ボスが振るった野太刀を、ぶん投げたメイスをぶつけて軌道を逸らしたのだ。

 

あの大きさから尋常でない重さは容易に想像出来、それを超高速で振るわれた野太刀がディアベルに当たる前に、加えて寸分違わずぶつけている。見れば見る程現実とはかけ離れた───ここがそもそも現実ではないのは置いておくとして───常識外れの荒業に、危機を救われた事も忘れディアベルは暫し呆然としていた。

 

「さてディアベルさんよ、こっちの指揮官はあんただろう?命令(オーダー)を寄越せ。決めに行くぞ」

 

しかしそんな事など気にも留めず、傍に寄ってメイスを拾い直したリュウは彼に指示を要求する。その声でディアベルは我に返り、

 

「あ、ああ、すまない。全員、攻撃再開!! ここで一気に決める!!」

 

その号令に、全員が応えた。ローブをまとった細剣使い(フェンサー)の少女と黒髪の片手剣使いの少年が先陣を切り、攻勢に転ずる。ここが勝負の分かれ道。回復アイテムも残り少なく、これ以上の長期戦はジリ貧になるだけ。ありったけの殺意と攻撃力を以て、目の前の獣を喰らいに掛かる。

 

しかし、その防御力の高さと野太刀の反撃、なかなか削りきることができない。これ以上は後が無いというのに。決め手に欠けるこの状況に、プレイヤー達は次第に焦りを顕にしていく。

 

そんな中、その少年と少女が大きく薙ぎ払われた。二人は身体が被さり合い、すぐに身動きが取れそうにない。その隙を突き、ボスは追撃にと野太刀を振り下ろす。

 

「らぁっ!」

 

リュウが空中で攻撃をパリィ。ノックバックと硬直でボスはバランスを崩し、そのお陰で二人は体勢を立て直す事が出来た。だが。

 

「あっ」

 

ぱきん。

 

その大きさに不釣り合いな軽い音を立て、彼の大型メイスが真っ二つに圧し折れた。

 

「折れたぁ!?」

 

その瞬間、迫る巨大な野太刀。躱す事の不可能な空中かつ、防御やパリィに使用する武器を失った状態。これはまさに万事休すかと思われた。

 

「ここまで来たら……しゃーねぇ、慣らしは不十分だが……!」

 

誰もがそう思った。

 

「【紅蓮】、発動」

 

少なくとも、その言葉を聞くまでは。

 

その瞬間、皆にこの世界の常識がまるごとひっくり返ったような二つの衝撃が走った。

 

なんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

一つ目、本来SAOに属性攻撃は存在しないという事。しかしあの拳には、紛れもない炎のエフェクトが付与されていた。ある者は頬をつねり、またある者は両目をこすってこれが夢の出来事ではないと確かめている。

 

『炎』───それこそが【紅蓮】の能力『すべての攻撃に炎のダメージ・エフェクトを追加する』である。それは通常攻撃・ソードスキルの区別なく適用され、最終的な攻撃力を底上げしてくれるのだ。

 

二つ目、ボスに設定されている質量はケタ違いであり、それを吹き飛ばすパワーなどたとえ武器を持っていたとしても不可能だという事。

 

だがそれは【紅蓮】の有するものではない。()()()()()()()()()()()()()()()

その理由は、二つのゲームシステムに起因する。

 

一つは、『そのパラメータに関する特定の行動を一定数行えば、レベルの上昇なくその数値を上昇させることができる』というものである。

 

これは、ゲームにある程度のリアリティを出すためのおまけのようなもので、そんな事をこなすよりレベルを上げた方がましだ、という訳で知ってはいても利用しない者が多かった。

 

もう一つは───これが最も分かりにくいものなのだが───『レベルの上昇によるパラメータの上昇は現在のパラメータの数値に比例する』である。言うなれば、「パラメータは足し算ではなく掛け算である」といった所か。恐らく、高レベルになっていくにつれパラメータの上昇率を上げていくための仕様なのだろう。

 

リュウはこのシステムを発見した時から、しばらく主に『パラメータに関する特定の行動』───所謂筋トレやランニングなどに専念することで()()()()()()()()()各種パラメータを上げていたのだ。

 

その後レベルを上げつつトレーニングをしつつを繰り返した結果、彼は第一層にて既に第50層レベルと渡り合えるパラメータに成長していた。

 

【紅蓮】と非常識パラメータ、この二つを組み合わせることによって、リュウはボスを跳ね飛ばしたのである。

 

「今だ、行け!!」

 

リュウは、突然の出来事に呆然と見とれていた黒髪の少年に、跳ね上がって隙が生まれたボスへの追撃を促す。少年はハッとした様子で、ゼロコンマ数秒で目の前の状況を再確認した。

 

「おおッ!!」

 

威勢のいい掛け声とともに、少年はソードスキル《ホリゾンタル》を繰り出す。その軌道は一切ブレる事無く、そして洗練されたフォームでボスの正中線へと吸い込まれていった。

 

ソードスキルは、確認するまでもなくクリティカル・ヒット。激しい断末魔を上げ、プレイヤーの数倍の巨躯を誇るフロアボスは一瞬にしてポリゴンへと成り果てていく。

 

『Congratulations!』

 

ボスを討伐した祝福の文字が、激闘の終わりを祝福するファンファーレと共に少年の前に現れる。

目的は達成され、これで終結───と思われたのだが、

 

「なんでや!!」

 

そう叫ぶ声が、敵のいなくなった筈のボス部屋に響いた。

 

「なんでお前がラストアタック貰っとんねん!! ええとこ取りした小僧が、チョーシ乗っとんちゃうぞ!それはディアベルはんが貰うのに相応しいんや!さっさとそれ寄越さんかい!!」

 

「そうだそうだ!身の程知らずの子どもが、俺達の報酬掠め取るんじゃねえよ!」

 

ラストアタックを取られた羨望か、はたまた嫉妬の類のせいか……いずれにせよ、批判と呼ぶにはあまりに幼稚で醜い罵詈雑言が飛び交う。アツくなっているのもあるが、相手は先程まで雑魚の取り巻き狩りをしていた少年。実力を認めていた訳でもない人間が、一番オイシイLAをかっさらっていったのだ、彼らからすれば面白くないのだろう。

 

そして、批判的材料には批判的材料を重ねたくなるのが叩き屋の性であって。

 

「あいつ、初見の筈のカタナスキルに対応出来てたぞ。もしかしてβテスターじゃないのか?」

 

「なんやと!? ならお前はそうやって、狩場とかも掠め取って来た訳か?この卑怯モンめ!」

 

次から次へと理由を付けては少年に暴言を浴びせるこの異様な光景に、リュウは溜息を吐いた。ただでさえデスゲームという非常事態で皆疑心暗鬼になっているというのに、一部とはいえこの様な大人気ない大人達に囲まれて脅されてしまえば、下手をすればこの先ずっと心を閉ざしてしまいかねない。見かねた彼は、自分の能力についても追及される事を覚悟の上で少年のフォローに入ろうとした。

 

「ふふふ…ハハハハハ!!」

 

しかしその時、少年が狂気染みた笑いを浮かべた。遂に狂ってしまったか───とリュウは再び溜息を吐く。

 

「これをお前らなんかにくれてやるのは勿体無い。何せ俺はそこいらのβテスターなんかとは違うんだからな」

 

「な……何やと?」

 

「俺はβテストの時、他の奴らが辿り着けなかった領域まで到達した。そうだな……例えばレアアイテムの隠し場所、ボスの弱点なんか……つまり俺は、下手な情報屋よりもこのゲームを知ってるのさ」

 

「何だそれ!? チーターじゃねーか!?」

 

「こんなのβテスターですらねぇ……。最早チートしたβテスター(ビーター)だろ」

 

怒りや妬みの込められた声は、軈て絶望と諦観に変わり。そんな野次に満足そうな笑みを浮かべながら、少年はふらりと身を翻す。

 

「ビーターか、悪くないな」

 

そう言うと、彼はラストアタックボーナスであろう黒いマントを羽織り、一人次の層への階段を上って行った。

 

 

 


 

 

 

あまりに衝撃的な出来事に誰もが呆然と立ち尽くす中、リュウはそれを静かに追いかけ、下の層が見えなくなった辺りで声を掛けた。

 

「おい、大根役者!」

 

そう呼ばれ、少年はリュウにケロリと向き直る。

 

「なんだ、バレてる奴もいたのか」

 

誤魔化す様子もなく返事をする彼は、歳相応であろう柔らかな表情でリュウを見下ろす。そのリュウもまたそれに応える様に、子どもの様な悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「逆にバレないとでも思ったのか?他のβテスター庇おうとしたんたろうが、あんな下手な演技、みんな頭に血が上ってたから通用しただけで、俺にゃ腹の底まで丸見えだったわ」

 

こんな事を言ってはいるが、リュウは内心では心に傷を負っていなかった事に安堵しているとともに、それでいてあんな大見得を切って見せた少年の胆力に感嘆していた。

 

「……そんで?これからどうするつもりだ?『ビーター』さんよ」

 

リュウにそう尋ねられた少年は、予定など決まっていないという風に肩を竦めて応えた。

 

「成り行きではあるけど、とりあえずはソロ確定かな。あんたみたいな規格外の強さが無いと、都合が悪くなっちゃったし」

 

「自業自得だろ」

 

「まぁな。けど俺は、いや俺達はゲーマーだぜ?茨の道は嫌いじゃない」

 

「はは、違いねぇな」

 

彼らはまるで友達同士の様に笑い合う。知り合ったのはついさっきで、まだ名前すら知らないというのに。年齢も立場も乗り越え、プレイヤーとして全て平等に接する事が出来る。これこそが、ゲームの魔力なんだろうなと少年は改めて感じた。

 

そんな時、リュウは少年に向け、真っ直ぐ腕を伸ばし拳を突き出していた。

 

「名前を聞いておこう。俺はリュウだ」

 

少年は一瞬そのアクションに戸惑ったものの、すぐに意図を察し拳を突き合わせる。

 

「キリトだ。今後ともよろしく」

 

こうしてこの日、第一層の攻略が終了した。そしてこの日は、このデスゲームにおいて最も人々が注目した、最強の二人が出会った日でもある。しかしそれが知れ渡るのは、まだもう少し先の未来───。

 

To be continued…




因みにこの後、しっかりリュウさんもキバオウ達に詰め寄られます。【紅蓮】をボス戦最初から使わなかった理由は、数日前にこのスキルを手に入れたばかりで慣らしが充分でなく、ぶっつけ本番で最後まで使いこなせるかどうか分からなかったためです
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