紅蓮の皇   作:Skullheart

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最新話、お待たせしました。



《YUI》

第一層はじまりの街東七区の教会、そのテーブルの一つ。

そこでリュウ達は《軍》総帥ディアベルとの対談を行なっていた。

 

「そういえば君たちは第一層攻略の時以来だね、キリト君、アスナ君。『黒の剣士』と『閃光』、噂は耳にしているよ」

 

「ああ、まぁ……うん。元気そうで何よりデス……」

 

キリトは言葉に詰まった。

ディアベル(そちら)について、つい一週間程前まで知らないどころか存在さえ忘れてたなどと、どうして彼に告げられようか。

 

「お、お久しぶりデス……」

 

どうやらアスナも同じだった様だ。彼女からは。緊張で全身が凝り固まった様な雰囲気がする。

 

「で?参加した全ての戦闘において、自分以外のプレイヤーのHPを注意域(イエロー)に突入させた事がないという『絶対騎士(アブソリュート・ナイト)』ディアベル殿が、直々に何の用だ?」

 

「よしてくれよ、戦力不足の討伐クエストに助太刀してるだけさ。それにリュウ、君達とはメッセージとはいえ交流しているじゃないか」

 

「依頼の話ばっかだけどな」

 

「違いない」

 

『ハッハッハッハッハwww』

 

そう話す二人の目は笑っていなかった。

お互いに仕事で相当ストレスを溜めている事が見受けられる。

 

「さて、雑談はここまでだ。護衛を外に待たせてまでって事は、相当切羽詰まった案件なんだろ?直接来たのは、恐らく軍内部の問題だから……」

 

「……流石だね。当たってるよ。だけどこの件は、彼女から話した方が良いだろう。ユリエール君」

 

「はい……」

 

言われて口を開いたのは、ディアベルの傍に控えていた女性。

銀色の長い髪をポニーテールに束ね、怜悧という言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちの中で空色の瞳が印象的な光を放っている。

 

「現在の軍の総人数をご存知ですか?」

 

「えぇと、確か……」

 

どこかの新聞に載ってたな、とキリトは朧気な記憶を辿る。だがそうするまでもなく、ケイタが解答を述べた。

 

「1174人……でしたか?」

 

「昨日二人入って1176人です。この通り、軍の規模はどんどんと膨れ上がっています」

 

ほぼ部外者であるキリトにも、話の大筋が読めてきた。大きすぎる組織において、必ずと言っていいほど上がる問題がある。それは。

 

「今まではディアベル総帥が何とか纏め上げていたのですが、千人を越した辺りから前線参加の機運が高まりだして……。それを扇動しているのが、キバオウという男の一派です」

 

そう。分裂である。

人というのは"個"を持つ生き物。それが大勢集まって全て同じに向く事は容易ではない。

 

「彼らは元々前線から脱落した人達で、路頭に迷っていた所を私達が受け入れる形で加わったのです。軍として戦力が高まった今、彼らはもう一度前線に返り咲こうと考えているのです」

 

キリトはふと、七十四層でのコーバッツ隊を思い出した。確かに、あの時問題だったのは指揮と数だっただけで、パラメータ等の数値的な問題ならば前線でも十分通用するレベルだった。

 

「総帥がいるお陰でそれは全て水面下で行なわれていましたが、欲が出てしまったのでしょう、キバオウは前線参加の為にと集めさせた金やアイテムを自分達で独占したのです」

 

トールバーナでの出来事が蘇る。思えば彼はあの頃から、自分の感情を優先する男だった。

 

「いつまで経っても状況が変わらない事、新しい装備が回らない事に末端プレイヤーからの不満が募るのは当たり前でした。焦ったキバオウは、戦力は十分だと証明させるために彼が動かせる最高の精鋭チームを組んで、最前線に向かったのです。所謂プロパガンダですね。最も、キバオウはレベルなどの数値を見てパーティを決めていた様なので、本当に最強だったのかは些か疑問ですが……。いずれにせよ、結果はあなたたちの知っている通りです」

 

やはりコーバッツ達は、軍の内部分裂によって動かされた様だ。そして、それは二人も命を落とすという失敗も甚だしいものとなっている。ユリエールの表情は、いつしか暗くなっていた。

 

「コーバッツからの報告を受けたキバオウは震えた事でしょう。勝手に部隊を動かした上、二人も帰って来ない結果となってしまったのですから。しかし狡猾な彼はすぐにある策に出ました。軍での命令系統は、ナンバー2のシンカーが統括しており、総帥への報告も彼を通じて行なわれます。そこでキバオウは、この出征をシンカーの判断にして、且つ彼も始末することで責任を擦り付けようとしたのです。出動には本来総帥の承認も必要なので、あわよくば総帥にも責任を負わせ、軍そのものも乗っ取るつもりだったのでしょう」

 

「! おい待て。確かその件は……」

 

突然、リュウが話を遮った。

 

「ああ。君から直接報告を受けているよ。君達との関係はあくまで極秘だからね」

 

「成程、そんな事も知らずにキバオウの奴は、無意味なPKで身を滅ぼしたって訳か。で、俺達への依頼はさしずめ罠にかかったシンカーの救助って所か?」

 

「……その通りだ」

 

ディアベルは小さく頷いた。軍が身内の救助を別のパーティに任せるのだ、どれ程の恥を偲んでいるのかキリトには想像もつかなかった。

 

「キバオウとその一派は現在、処分保留という形で拘束しています。しかし、そのせいで軍の半数近くが動かせず、残りの殆ども各層の警護に回していて、こちらに人員を割く事が出来ない状況でして……」

 

「まだ助ける余地があるってことは、MPKか。安全地帯に逃げられれば生き延びるのは可能だからな」

 

「ああ。ポータルPKというタイプで、丸腰のまま話そうという誘いに乗って、武器も結晶アイテムもなく回廊結晶に入れられたらしい。もう十日も前の事だ」

 

「んなっ!?」

 

驚きのあまり、キリトは大声を出してしまう。当然だ。十日もその場所に置いてきぼりなど、現実なら考えられない。

 

「場所はどこなんですか?」

 

サチがシンカーのいる場所を尋ねる。十日も救助が難航する位だ、恐らくはかなりの難易度なのだろう。

 

「この層の地下にダンジョンがあってね、層攻略の進み具合に応じて開放されるタイプなんだろう、ものすごくレベルが高い。中には最前線クラスのボス級もいたと聞いている。もしそうなった場合、僕らだけじゃあとても太刀打ちできない」

 

「だからボス戦の経験豊富でレベルも高い俺達に、か」

 

「……本当に勝手だと思っている。でも、君たちがここに来ると聞いていてもたってもいられなくなったんだ。幾多の危機を乗り越えてきた君達なら、何とかして「いいぜ」……え?」

 

ディアベルが頼み込む前に、リュウは既に答えていた。

 

「他ならない友達(ダチ)の頼みだ。断る理由がどこにある?」

 

「……いいのかい?下手をすると命に関わるかもしれないんだぞ?」

 

予想以上に簡単に引き受けられた事に、ディアベルは逆に困惑した。

 

「やれることは全力でやれ。あらゆる可能性を探し出せ。それでも無理だと言うのなら、後は野となれ山となれ」

 

「?」

 

「ウチの───いや、俺のモットーさ。お前が自分達だけで出来る事を全て検討し、そして出た結論が俺達に頼る事だったなら、なおさら断れないさ」

 

「…ッ!ありがとう……!!」

 

「お前らはどーする?」

 

「え?」

 

リュウは突然、キリト達に話を振った。

 

「ユイの情報を集めたいってんなら、ここからは別行動でも構わん。参加してくれるってんなら、こちらとしては万々歳だがな」

 

確かに、これは黒猫団への依頼であって、本来キリト達には関係のない事である。わざわざ彼ら付いて行く必要はない。アスナはどうするのかと思い振り向いた時。

 

「……私も、行く」

 

彼女の表情は決意に満ちていた。

 

「ユリエールさんの顔を見れば分かります。そのシンカーって人の事、大切に想ってるんでしょう?」

 

少し恥ずかしそうに、しかし満更でもないようにユリエールさんは顔を赤らめた。

 

「ちょっと偉そうな言い方にはなりますけど、そんな人を放っておけなくて……。それにもう一刻を争うなら、尚更そっちを優先しないと。キリト君は?」

 

「……妻のお前が行くっていうのに、夫の俺が行かない理由はないな」

 

「! キリト君!!」

 

アスナの顔がぱぁっと明るくなる。夫婦共々、とんだお人好しなのかもしれない。

 

「よし、決まりだな。んじゃ、すぐに支度するぞ」

 

 


 

 

「ふっ!!」

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

「ビッグバン・スマッシャー!!」

 

「パイルクラスター!!」

 

居座っていた大ガエルを、連続スイッチによって消し飛ばす。周囲にいたザリガニやイモリもケイタ達が難なく処理していた。

 

「がんばれー、がんばれー」

 

「いやぁー、応援ってのは案外励みになるもんだな」

 

どうしてここにユイがいるかって?

頑固だったんだよ誰かさんに似て。

 

「な…なんだかすみません。任せっぱなしで……」

 

申し訳なさそうにしているユリエールに対し、

 

「いいって事……よ゛っ!!」

 

群がっていた雑魚を《天地開闢》で沈めながら返答する。

 

「まぁ、ストレス発散にはもってこいだな」

 

「……ダッカー?一体何でストレス溜めてるの?」

 

「ヒィッ!? すいませんアネゴ!!」

 

「……あら?どうして謝ったりするの?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「サチ、その辺にしておけ。周りが引いてる」

 

「……これが日常?ですか?」

 

「あ、仲は全然いいんで!そこんとこは大丈夫です!」

 

ダッカーが地雷を踏み抜き、サチが殺気を放ち、それをテツオが止める。ササマルとケイタが周りへフォロー。

うん、いつもの光景。

 

「アスナ!これ!」

 

「な…ナニソレ?」

 

「カエルの肉!ゲテモノな程ウマいって言うからな。後で調理してくれよ!」

 

「絶、対、嫌!!」

 

「あっあっあ……」

 

あっちもあっちで楽しそうで何よりです。

そんなやりとりを眺めていると、

 

「くっくっく……。あはははは!!」

 

我慢出来んといった風にユリエールが笑いを漏らす。途端、

 

「おねえさん、はじめてわらった!」

 

ユイが嬉しそうに叫んだ。

や幼最、という訳ではないが、やはり子どもの笑顔は見ていてほっこりする。

 

「さぁ、先に進みましょう!」

 

『おう!!』

 

アスナの声に応えるように、俺達は更なる深部へと足を踏み出した。

 

 


 

 

ダンジョンを進むにつれ、モンスターは両生類や甲殻類のようなものからゾンビや骸骨、幽霊と言ったアンデッド系のものが多くなり、アスナの精神が削れていく一方で、ユイは平気そうな顔をしていた。

 

その事を不思議に思う者もいたが、モンスターを前にすれば些末事だと深く考えはしなかった。

 

道中はとても順調に進んでいた。

ディアベルは大層な二つ名に恥じない絶妙な立ち回りで常にタゲを自分の方に向け、敵を誘導しつつ周りが攻撃しやすくしてくれる。

その技術はキリトやリュウが前線に欲しいと思うぐらいで、その分ディアベルのダメージ量は多くなるが、彼らはほぼ無傷で来ることが出来た。

 

さらに、キリトの二本の剣、サチの雷の槍と剣、リュウの炎のメイスと拳で雑魚は瞬殺だった。

途中大型の敵も現れたりしたが、アスナやケイタ達が参加すれば特別苦戦などはしなかった。

 

そして、ダンジョンに入って二時間が経過した辺りで、暖かな光の洩れる通路が目に入った。

 

「あっ!安全地帯よ!」

 

「奥にプレイヤーが一人。グリーンだ」

 

索敵スキルで確認したのか、キリトも頷く。

すると。

 

「シンカー!!」

 

堪え切れないというように、ユリエールが、その通路奥の小部屋へ向かって走り出した。

そこには光が満ち、入口には一人の男が立っていた。

 

「ユリエール!!」

 

男が大声で名前を呼ぶ。

 

だがしかし、そこにその声に喜びの色は全くなかった。

 

「来ちゃだめだーっ!! その通路は……!!」

 

その時、小部屋手前の十字路、その右の死角から黄色いカーソルが出現した。

リュウが認識するよりも速く、キリトは地を蹴り、駆け出していく。

 

「おおぉぉぉぉぉォォ!!」

 

瞬時にユリエールに追いついたキリトは、左手の剣を地面に突き立て、急制動をかける。

飛び散る火花、鳴り響く金属音の中、二人は十字路の少し手前で停止した。

 

が、カーソルの主、死神と呼ぶに相応しい黒ローブをまとった《The Fatalscythe》にターゲットされてしまう。

 

「くッ!」

 

反動ですぐには動けない中、二人に死神の大鎌が迫る。

 

「【紅蓮】、《スキルバースト》!!

紅く燃え滾る焔よ、散りゆく命に捧ぐ、怒りの雄叫びを上げよ!!

解放(リベレーション)》!! 現れろ!! 《アレス》!!」

 

その大鎌を、後から追いついたリュウが《アレス》の右腕で受け止めた。

 

「サチ!!」

 

後ろからサチが突撃し、よろけた所を《劫火の鉄拳》で左の通路へ押し込む。

 

「キリト君!!」

 

少々遅れてアスナ達も追いつく。

 

「アスナ。みんなを連れて脱出しろ」

 

「え?」

 

キリトの言葉に戸惑うアスナ。

 

「こいつ、やばい。俺の識別スキルでもステータスが見えない。多分九十層クラスだ……!」

 

「!そんな……!」

 

「来るぞ!」

 

「!!」

 

大鎌を振りかぶり、反撃を狙う死神。

リュウは再び防御の構えを取るが……

 

「な!?」

 

鎌が振り下ろされたのは全く違う場所だった。

そこにいたのは、死神の注意を惹くように立ち回るディアベルであった。

 

「ふっ!!」

 

余波ダメージは食らったものの、彼は攻撃を見事に弾いた。

 

「君達は攻撃に専念してくれ!防御はこちらで引き受ける!

ユリエール君、その子を連れて脱出するんだ!!」

 

ディアベルはアスナに、彼女が抱いているユイをユリエールに任せるよう促す。

 

「でもっ…総帥!!」

 

「いいから早く!! 君達だけでも…!」

 

この中で、ユリエールは圧倒的にレベルが低かった。

それを分かっていながら、いや、分かっているからこそ、彼女は退く事を躊躇った。

 

「ユリエール!! 早く!」

 

「…!くっ…!」

 

シンカーの声に応えるように、ユリエールはユイの手を引き、安全地帯へ駆け込んだ。

シンカーもユリエールも、今は自分の無力を嘆くしかなかった。

 

同じ頃。

 

「チィッ!!」

 

リュウ達は苦戦を強いられていた。

しかし、彼らのHPは、常に攻撃を受け続けているディアベルのお陰で、未だ九割残っていた。

 

「テツオ!! 次は!?」

 

「五秒後に範囲攻撃!薙ぎ払いのやつだ!」

 

「了解!ダッカー、行けるな!?」

 

「おう!」

 

テツオの予測通り、薙ぎ払いが来る。

 

「ふん!!……ぐああぁっ!!」

 

ディアベルが正面から防ぐが、吹き飛ばされてしまう。

それでも、攻撃を止めることは出来た。

 

「キリト!アスナさん!行くぜ!!」

 

『了解!!』

 

鎌から腕、肩へと飛び移り、三人は死神の頭部へと辿り着く。

 

顔面(ここ)なら!!」

 

ダッカー、キリト、アスナの連続高速攻撃。これで、HPバーの一本を削り切ることに成功する。

だが───

 

「クッソ!! これでもダメかよ!?」

 

死神のHPバーは、まだ十二本ほど残っていた。

 

そう、彼らが苦戦していたのは『HPの多さ』である。

攻撃しても、攻撃しても、一向に終わりが見えない。

《スキルバースト》を持つ二人、特に第一層からの積み重ねでパラメータがとんでもない数値に達しているリュウが頼みの状態である。

 

「テンペスト・ノヴァ!!」

 

「劫火の鉄拳!!」

 

その二人の同時攻撃で、一気にバー二本分が消し飛ぶ。

しかし、戦闘開始からすでに二分程経過していた。

それは、《スキルバースト》の制限時間が近づいている事を意味する。

復帰(リカバリー)が早く突進速度が速いため、撤退する隙を与えてくれない死神。

一気に倒しきるしかない彼らに、焦りの色が見え始めた。

 

「……こうなりゃヤケだ。サチ!! 奴の背後に回れ!!」

 

指示通り、死神の背後を取ろうとするサチ。

当然狙いを付けられるが、ディアベルが一瞬だけだがターゲットを向けさせ、その隙に背後に回り込むことが出来た。

 

これで死神は、《アレス(リュウ)》と《アテナ(サチ)》、二体の巨人に挟まれたことになる。

 

「行くぜ!! 劫火百烈拳(ハンドレッド・バーナー)!!」

 

「サンダーボルト・クラスター!!」

 

その言葉を合図に、二人は猛烈なラッシュを開始した。それは、硬直時間が十五秒と反動の大きい大技。

挟み撃ちであるためノックバックが成立せず、逃げ場がない。それは、死神が反撃できないことを意味していた。

それを瞬時に理解したキリト達も、一斉に攻撃を開始した。

 

残りのHPバーが、グングン削れていく。

《解放》解除まで、あと十秒。

 

「くっそ……間に合えええぇぇぇぇ!!」

 

硬直に関係なく、これで決まらなければ詰んでしまう。

必死の思いで叫ぶリュウは、更にラッシュの速度を上げる。

 

五。

 

四。

 

三。

 

二。

 

一。

 

ゼロ。

 

ラッシュが終わり、同時に二人の《スキルバースト》も解除される。

そして……

 

 

 

 

ズズゥゥウウン…!

 

彼らの耳に入ったのは、死神の倒れる音だった。

 

「やった…のか?」

 

目の前にある光景に、ディアベルが声を漏らす。

 

勝った。

 

その光景は、そう確信するのに十分値するものだった。

 

しかし、リュウ達はどこか引っ掛かるものを感じていた。

底知れぬ不安、何か見落としているような感覚。

 

そしてすぐに彼らはその引っ掛かりの正体に気付いた。

 

()()()である。

 

余りに状況が似すぎていた。しかも今回の場合、最悪の状態で。

あの時。七十四層ボス、《The Gleameyes》戦に。

 

ズン!!

 

その答えに辿り着いた瞬間、地面が揺れるような大きな音がした。

 

「おいおい……嘘だろ?」

 

頼む。幻であってくれ。

 

彼ら全員がそう願う中、無情にも死神は立ち上がる。

これが真実であると告げるように、八本のHPバーが生成される。

ローブを捨てた死神は、最早化物と化していた。

 

「マジかよ……まだやれってのか……?」

 

ダッカーの声が静かに響く。

スキルバースト(アレスとアテナ)》も使えない今、勝ち目などない。

脱出しようにも、疲労と硬直ですぐに動くことが出来ない。

 

皆の表情が絶望に染まる。

 

「まだだ……まだ終わってたまるか!!」

 

未だ闘志を残しているリュウ。

しかし彼自身、疲労によって立っているのがやっとであり、目の焦点も定まっていなかった。

 

もうダメだ、おしまいだ。

誰もがそう思った瞬間。

 

てくてくてく。

 

それは、ダンジョンには不釣り合いな程軽く、小さな足音。

彼らは驚きを隠せなかった。何故なら、その足音の主は、本来彼らが守るべき存在。

背後の安全地帯に連れられていたはずの、ユイだったからだ。

 

「ユイちゃん……!?」

 

「馬鹿ッ!! なんで出てきた!!」

 

「戻って!! 危ない!!」

 

必死に叫ぶ彼らの前に立ったユイは、微塵の恐怖も見せず真っ直ぐ死神を見つめていた。

 

「だいじょうぶだよ───」

 

刹那、ユイの体が宙に浮かぶ。

ジャンプではない。ふわりと、まるで翼でも持っているかのように、空中で静止していた。

 

「どうなってるの……!?」

 

サチの声が木霊する。

しかし死神は、そんな事は意にも介さず鎌を振るう。

小さな体に向けられた大鎌は、情け容赦なくその命を刈り取らんと迫っていく。

 

「マズい!! 避けろ!!」

 

ディアベルの叫びが届かなかったのか、ユイは一ミリたりとも動かず、攻撃を受ける。

最も攻撃を食らっていたディアベルは、彼女のHPが既に残っていない事を悟った。

 

 

が、彼女は健在であった。

そこにいた誰もが驚愕するテキストを伴って。

 

【Immortal Object】

 

不死存在。

プレイヤーなら持つはずはない、持ってはならない表示。

 

「ユイ……お前は一体…何なんだ」

 

リュウがポツリと呟く。

黒い死神は、自分より格段に小さなユイに恐怖さえ抱いているように見えた。

 

ごうぅっ!!

 

突如、ユイの右手を中心に炎が舞い上がる。

 

「これは……【紅蓮】!?」

 

違う。

 

キリトの言葉に、リュウは内心でそう叫んでいた。

詳しい事は説明できないので口には出さなかったが、彼の本能は全く違うと断じていた。

 

やがて炎は収束し、剣の形となる。

ユイの右手に収まったそれは、明らかに人間が扱える大きさではなかった。

しかし彼女は難なくそれを振りかざし、目の前の死神を見据えた。

次の瞬間。

 

どうっ!!

 

振り下ろされた炎の大剣は、真っ直ぐに鎌ごと死神を斬り裂き、両断した。

先程まで脅威だったモノが呆気なく倒される様に、リュウ達は口を開けて眺めているしかなかった。

 

ほんの数十秒前まで激戦が繰り広げられていた場所には、その激戦を戦い抜いた九人の猛者と、それを一瞬に終わらせ、今は俯き立ち尽くす一人の小さな女の子だけが残っていた。

 

「ユイ……ちゃん?」

 

「全部……思い出したよ……」

 

_ _ _ _ _ _ _

 

 

安全エリアに入ったリュウ達は、ひとまずディアベル達を脱出させた。

状況全てが把握できなくとも、これは自分達の触れてはいけない事と察した彼らは進んで応じ、ここにはリュウ達六人とキリト・アスナ、そしてユイが佇んでいる。

 

暫く沈黙が続くかと思われた空気で、初めに口を開いたのはリュウだった。

 

「……《オブジェクトイレイサー》」

 

「!」

 

「管理者権限の一つだ。あれ程の力を持ったボスモンスターを一瞬で倒せるのはそれ以外考えられない。そして不死属性、MHCP001というナンバー。やっと繋がったよ。お前が何者なのか」

 

「……流石ですね。恐らくあなたの予想通りです、リュウさん」

 

「何……?どういう事……?」

 

アスナが説明を求める。

 

「このSAOは二つのコアプログラムが相互にエラーチェック、さらに下位プログラムが細かい調整をして成り立ってる。このシステム、通称《カーディナル》は人の手によるメンテナンスを必要としないって設計なんだ。だが一つだけ、人の手によって管理しなけりゃならんところがある」

 

「……"心"、か」

 

「その通りです、ケイタさん。そして、その"心"───プレイヤーの精神状態までコンピュータに任せる、そんなコンセプトで生み出されたのが私、精神的健康支援機能試作一号(Mental Health Counseling Program prototype-001)コードネーム《Yui》なのです」

 

「プログラム……?あなたは、AIなの……?」

 

サチの一言は、まさしく全員の心情を代弁したものだった。

 

「はい。私は本来、サービス開始直後からすぐに運用される筈でした。しかし、カーディナルから予定に無い命令が下され、私はプレイヤーへの接触が禁じられたのです」

 

予定に無い命令が茅場晶彦からのものである事は、誰から見ても明らかであった。

ユイは話を続ける。

 

「仕方なくメンタル状態のモニタリングだけを行ないましたが、状況は最悪でした。不安、恐怖、絶望……。本当ならそれらを抱えた人のもとにすぐさま赴き、話を聞き、問題を解決しなくてはなりません。しかし私にはそれが出来ませんでした。義務だけがありその権利がない矛盾で、私はエラーを蓄積させ、崩壊させていきました……」

 

皆その場で息を呑んだ。

自分達には想像も出来ないような過去に、彼らは沈黙する。

 

「いつ頃だったでしょうか、モニタリングを続けていると、他とは大きく異なるメンタルパラメータを持つ二人に気付きました。全く違う脳波パターン、喜び、安らぎ、それだけじゃない。この感情は何だろう……。そう思って私は二人の観察を続けました。そうしていくうちに、私はこの二人に会いたい、会って話をしたいと思うようになりました。こんなルーティンは無かった筈なのですが……。そして私は、二人のクラスプレイヤーホームから一番近いコンソールから毎日実体化し、彷徨っていました。その時から、それこそ二人に気付いた頃から、その瞬間の時刻を記憶していない程私は壊れてしまっていたのでしょう……」

 

「お前らの出会いは必然だったって訳か……」

 

テツオが納得したように呟く。

 

「……お前の正体、その境遇は理解した。だが記憶はどうやって修復した?お前がAIなら、それこそ絶対的なキッカケが必要だろ」

 

リュウが更なる疑問をぶつける。

その答えを待つように、彼らはユイを注視した。

 

「……私の後ろにあるこの装飾オブジェクト…実はシステムに緊急アクセスするためのコンソールパネルなんです。私は偶然それに触れ、そして全てを知りました」

 

ダッ!!

 

ユイの言葉を聞いた瞬間、リュウとケイタがそのオブジェクト───四角い大きな石に素早く駆け寄った。

 

「お前ら、何を!?」

 

「コンソールに触れたって事は、カーディナルに接触したって事だ!それは即ち、今まで静観されていたユイが注目されるという事!!」

 

「その直後にユイはオブジェクトイレイサーを使った!配置してあった敵が突然管理者権限で消されたんだ、カーディナルは必ず詳細を確認するはず!! そこで本来カウンセリング用である筈のAIが勝手にやったと判断されれば…!!」

 

『確実にユイは消去される!!』

 

「そんな……!」

 

「分かったらとっとと手伝え!!」

 

急いでキリト達もコンソールを操作する。

 

「クソッ!! もうスタンバイに入ってる……!リュウ!! 消去命令の取り消しは無理だ!!」

 

「チクショウ、一か八か……やってみるしかねぇ!!」

 

一層速くコンソールを叩くリュウ。

それをユイは、どこか諦めた様子で眺めていた。

 

「もう……遅いんです。カーディナルの演算処理は、従来のコンピュータの三倍以上のスピードで行なわれます。既に私の消滅は………」

 

「ユイちゃん!!」

 

そんな彼女を、アスナがぎゅっと抱き締めた。

 

「ユイちゃん……そんな、そんな事言わないで!!」

 

「ママ……」

 

「ユイ!!」

 

必死でコンソールを操作するキリトが、その後ろのユイに向かって問いかける。

 

「ユイはもう縛られるだけのプログラムじゃない!! 自分で考え、それを言葉にする事が出来る…!だったらユイはどうしたいんだ!ユイの望みは、本当にしたい事は何だ!?」

 

「パパ……ママ……」

 

「ユイちゃん!!」

 

「わたし……わたしは…………」

 

ほろ…と、ユイの目から涙が零れた。

 

「ずっと……ずっと一緒にいたいです………!! パパ、ママ…………!!」

 

(アスナ)(ユイ)は抱き合い、涙を流し続けた。

(キリト)も溢れんばかりの涙をその目に溜めている。

 

「そいつが聞けりゃあ充分だ。叶えてやるさ、その望み!! キリト!!」

 

「!」

 

「SAOが終わった時の、今から送るデータの出口を作ってくれ。行き先は任せる」

 

「リュウ………」

 

「さっさとやれ。俺は仕上げに入る」

 

「分かった!」

 

キリトにはリュウが何をしているのか、その全部までは解らなかったが、今は彼に懸けるしかなかった。

 

「!!」

 

ぽぉっ、とユイが微かな光に包まれだした。

 

「ユイちゃん!行かないで!!」

 

「パパ!! ママ!!」

 

「ユイ!!」

 

誰もが別れを覚悟した。

その時。

 

「ユイ!! ちょいと歯ぁ、食いしばれよッ!!」

 

その言葉と共に、リュウが力強くキーを叩いた。

途端、ユイの体がまばゆい光に包まれ、アスナの体が弾き飛ばされた。

 

「ユイちゃん!!」

 

アスナの声を最後に、全員の視界はホワイトアウトした─────

 

 

 

 

 

 

 

最初に視界を回復させたのはキリトだった。

ユイはどうなったのか。消えてしまったのか。

目を慣れさせる間、そんな事を考えていた。

 

しかし、回復した視界に飛び込んできたものに、彼は目を疑った。

 

「ん…う………」

 

そこにはユイの体が、先程と何も変わらない姿で横たわっていたのだ。

 

「ユイ……ちゃん………?」

 

彼の次に目を回復させたアスナが、同じく目を丸くする。

 

「…ん……パパ……?ママ………?」

 

気が付いたユイは、消えた筈の自らの体を、その存在を確かめるように見つめていた。

 

『ユイ(ちゃん)!!』

 

二人は構わず彼女に駆け寄り、しっかりと抱き締めた。

 

「幻じゃない………本当に………ユイちゃんだよ………!」

 

「ああ………!!」

 

「パパ、ママ、苦しいです…」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

彼らは抱き合い、そしてじっくりとその喜びを噛み締めた。

 

喜びを十分に分かち合った彼らはこの状況を理解すべく、未だコンソールの石に突っ伏しているリュウに視線を向けた。

その気配を察知した彼は、その石にもたれるように腰を下ろし、そのすべてを話し始めた。

 

「ユイ、今のお前のステータス、確認してみな」

 

本来ならばHPもパラメータも何もない筈だが、ユイは言われた通りウィンドウを開いた。

 

「!? これは……!?」

 

そこにはあるはずのないLv・HP・EXPが、全て初期状態で表示されていた。

 

「これは……どういう………」

 

「カーディナルは異物と判断したMHCP001《Yui》を消去しようとしていた。だから俺はそいつのシステム内部に潜り込んで、お前のデータだけを切り離したのさ。もうちょい分かりやすく言うなら、カーディナル内でのユイという存在を()()()()()

 

「書き……換えた?」

 

「そ。ギリギリだったけどな。お前(キリト)アイツら(ケイタ達)の協力がなけりゃあ間に合わなかっただろうし、まずカーディナルがそれを受け付けない可能性もあった。けど結果書き換えは成功し、カーディナルはお前という存在を見つけられず、消去は対象不在で失敗だ」

 

「それで、これは……?」

 

「ああ、パラメータ数値(ソイツ)か?それは書き換えた後のお前がプレイヤーだからだ。プログラム内での信号が、人間の脳波のそれと酷似していたんでな」

 

「プレイヤー……私が……」

 

「おめでとう。今日、お前は健康的精神支援機能試作一号(MHCP001)《Yui》から、『閃光』と『黒の剣士』の娘にして史上初のAIVRMMOプレイヤー、そして二年ぶりのSAO新規プレイヤー、《YUI》となった」

 

「《YUI》………」

 

新たに授かった名前は、彼女が生まれ変わった事を実感するのに充分足り得るものだった。

嬉し涙を流すユイを、彼女の両親が静かに抱き締める。

 

「管理者権限は勿論使えないから注意しろよ。後はこのゲームが終わった後の話だが……まぁそれはお前の親父にでも聞いてくれ」

 

キリトの手により、彼女のデータは彼のナーヴギアにダウンロードされるようになっている。

リュウがそうさせたのは、多分彼なりの気遣いだったのだろう────キリトはそう感じていた。

 

「さぁーて、ここまで来んのも疲れたし、帰るとしますかぁ」

 

彼ら家族を守った男は、呑気に体を伸ばしている。

全く敵わないな────キリトは内心でそう呟いていた。

 

こうして彼らは、誰一人欠ける事無く救出作戦を完遂させたのだった。

 

_ _ _ _ _ _ _ _ _

 

 

太陽が落ち、月が輝く頃。

満天の星空(真上は天井の筈なのだが)の下、帰還した彼らは第一層東七区、孤児院代わりとなった教会の庭でバーベキューを楽しんでいた。

 

「いやぁ……こんなに美味いものがこの世界にあったなんてねぇ……」

 

半刻ほど前無事救助されたシンカーは、アスナ特製の調味料を使った肉に舌鼓を打っていた。

キリトからのワインをグラスで受け、改めて、というように頭をぐっと下げた。

 

「皆さんには本当にお世話になりました。なんとお礼申し上げたらいいか……」

 

「いえ、俺も向こうではMMOトゥデイには助けられましたから」

 

「あれ、私がその管理者だったこと、お話ししましたっけ?」

 

「あ、いえ。あそこから……」

 

「あ、成程………」

 

キリトは、シンカーがディアベルの行動に同調し、自らのギルドMTD────MMOトゥデイの略────をディアベルのギルドに吸収させた事をリュウから聞いていた。

そのリュウは、キリトの視線の先でディアベルと話し込んでいる。きっとまた仕事の話だろう。

 

「それで、軍はどうなるんですか?」

 

彼の疑問には、シンカーの隣にいたユリエールが答える。

 

「キバオウ一派はひとまず除名処分が決定しました。しかし扇動だったとはいえ末端の不満を解決できなかったのはこちらにも非がありますし、何より人間を野ざらしにするのは気が引ける、と総帥が………」

 

「うわぁ、彼らしいですね」

 

「なので、明日軍の全員にアンケートを取って、本当は前線攻略がしたい人を集めるそうです。総帥の知り合いにDDA(聖龍連合)のシュミット氏がいるらしいので、そちらに掛け合って、話が纏まればその人たちをキバオウたちもひっくるめて移籍させるつもりだそうです」

 

「確かに、それが一番平和そうですね」

 

ディアベルの知り合いに《圏内殺人事件》で関わったシュミットがいた事に細やかな驚きを覚えたキリト。

だが、ユリエールはただ、と話を続けた。

 

「これを立案したのが、その───リュウさん、なんですよね………」

 

あぁ、とキリトは瞬時に察した。

リュウはその気になれば本当に容赦しない男だ。移籍組、特にキバオウ達には徹底的にシゴいてもらう魂胆なのだろう。

 

「それより、あの子はどうするんです?」

 

シンカーの視線の先には、孤児院の子どもと楽しそうに遊ぶユイの姿があった。

 

「ユイは………」

 

キリトは言葉に詰まった。

ここで全てを話して良いのか、と。

 

「あの子の記憶が戻ったんです。そしたら、ここに肉親や友達はいないって。だから、私たちが引き取ることにしました」

 

いつの間にか隣にいたアスナが、代わりに答える。

キリトもそういう事だと話を合わせた。

 

「そうですか………」

 

それで納得したように、シンカーが頷く。

彼らの視線はいつの間にか、元気に走る子ども達に向けられていた。

 

────ずっとずっと、一緒だよ────

 

キリトとアスナ、そしてユイが立てた誓い。

しかし、彼らの暮らすこの世界の終焉がすぐそこにまで迫っていることを、今はまだ、誰が知る由もなかった───

 

To be continued…




ササマル「俺もいるぞ!!」
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