戦いが終わり、全てが静寂に包まれる。
キリトに詰め寄る者はどこにもいない。皆そんな気力さえないのだ。それほどまでに激しい戦いだった。
こんな事をあと二十五回も繰り返すのか……。そう考えると気が遠くなっていく。
《
「な、なんだよこれぇ!?」
どこからか響く、驚愕の声。
その矛先に全員が注目する。そして皆の目が次々と見開かれていく。
【Immortal Object】
不死。この世界で決して存在してはならないモノ。それが一人のプレイヤーから表示されているのだ。
そんな、嘘だろ。そういった嘆きの声がちらほらと上がる。驚きと絶望の空気が広がっていく。
当然だ。注目の的となっている人物、それはこのアインクラッドを攻略する皆の精神的支柱であり、最強の名を欲しいままにしていた『聖騎士』ヒースクリフなのだから。
その彼は特に弁明する訳でもなく、視線をキリトとリュウに向けている。
「……驚いたな。もう少し衝撃を受けると思っていたのだが」
「まぁ、ある程度予想してたからな」
リュウは肩を竦め、ヒースクリフの前へと進み出た。
「ふむ、という事は私の正体にも勘づいているわけか。参ったな、役作りには結構な自信があったのだがね。やはり君は侮れないよ」
「いんや、決定的な証拠が出てこない程には巧妙だったぜ。ただ、あんたが
キリトとヒースクリフのデュエルにおいて、彼の挙動が不自然だった事を指摘するリュウ。すると、ヒースクリフは小さな苦笑いを零した。
「確かに、あれは私もやってしまったと思ったな。だがそうしないと、私の正体があんなタイミングで晒されてしまう事になるのでね。少々裏技を使わせて貰った。そうしなければならない程君は強かったのだよ、キリト君」
「……!」
思わず身を強張らせるキリト。それに対しヒースクリフは、苦笑いしたまま補足する。
「そんなに怖い顔をしないでくれたまえ、今のは偽りない心からの賛辞だ。変に解釈する必要はない」
「……あんたの『偽りない』って言葉ほど信用出来ないモノはないぜ」
「ふ、これは一本取られたな」
傍から見れば、世間話かと思えるほど和やかな口調。しかし、それがさらに違和感を掻き立てている事は誰の目にも明らかであった。
「おいお前ら、一体どういうことだよ……」
理解不能な状況に耐えられなくなったクラインが、ここにいる全員が抱いているであろう疑問を口にした。
「ああ?そういえば言ってなかったっけか。つまりこのヒースクリフが茅場晶彦だったって事だ」
『……はァ!?』
一斉に上がる、驚きと呆れと怒りの入り混じった
(ちょっと待てヒースクリフが茅場ってどういう事(てかお前ら知ってたのかよ(なら何とかしろよ)
そんな感情を押し殺し、周囲はじっくりと彼らを観察する。三人は睨み合ってはいるものの、互いに仕掛ける様子は見受けられなかった。
「さて、これで私が茅場晶彦だという事が証明されたわけだが……君達は私をどうするのだね?」
「殴る一択」
「即答か」
「あんたどーせラスボスだろ?だったら今倒せばクリア直行じゃねぇか」
「その通りだ。何もかもお見通しという訳か」
「だから殴り飛ばす。ぶん殴って終わらせる。今まで死んでいった奴らのためにも、お前を絶対ボコす」
リュウの言葉の雰囲気が変わる。その口調にピリリと空気が張り詰める。
「……ふ」
するとヒースクリフは一瞬、何故か小さく微笑んだ。リュウ達はそれを訝しげに思ったが、剰りに一瞬の出来事だったため気のせいという事で片付けた。
しかしリュウの心には、ずっとその表情が引っ掛かっていた。何故なら、その顔は何処か嬉しそうに見えたからだ。
「……リュウ?」
「───! ああ、すまん」
キリトの声で我に返るリュウ。気付けばヒースクリフも、纏う雰囲気を変えて彼らに対峙していた。
「ならばキリト君、リュウ君。私の正体に気付いた褒美だ。ここで決着をつけよう。勿論、管理者コードは使わない。君達のHPと《スキルバースト》も全回復させる」
「よしきた」
「……ああ」
ヒースクリフからの決戦の申し出に、キリトとリュウは二つ返事で応じた。
「キリト君!」
そんな彼を、アスナが止めようとする。
罠だ。死にに行くようなものだ。彼女の予想は最もだった。相手は全ての黒幕、どんな奥の手を用意しているか分からない。ここは一度退いて、態勢を整えて実力を十分身に付けた上で挑んだ方が安全な筈だ。しかし、そんな彼女の考えは、その口を出る前に封じ込められてしまう。
「ならば外野にはご退場願おうか」
ヒースクリフが起動したコードによって、アスナ含めリュウ達以外の全てのプレイヤーが麻痺状態にされる。皆足に力が入らなくなり、次々にその場に倒れ込んだ。
「ぐっ……キリト!リュウ!」
エギルが身を案じて呼び掛ける。こうなってしまった以上、介入は不可能。ここからは二人に託すしかないのだ。それを理解してか、皆祈るような視線を彼らに送る。
「さぁ行くぜヒースクリフ───と言いたい所だが、一つ気になる事がある」
「何だね?」
戦いが始まる前に、彼らにはどうしても聞きたい事があった。
「どうしてキリトを庇ったりしたんだ?お前が途中で離脱するなら、ああまでする必要はどこにも無かったはずだ」
それは、あの状況を見ていた誰もが抱いた疑問。
ヒースクリフの不死が判明したのは、キリトをあの光線から守った事が原因である。しかしそのせいで裏切りという彼の最大の見せ場が失われてしまった。寧ろあの時庇っていなければ最大の障害であるキリトさえ排除できたのだ。彼がいなければ面白くないと言われればそれまでだが、自分の正体を晒す危険を冒す必要はなかった筈である。
問われたヒースクリフは、フッ、と不敵に微笑んだ。
「それは────この戦いに勝てば教えてやる、と言うのがセオリーだろう?」
「ハッ、違えねぇ。ぶっ飛ばす理由がもう一個出来たぜ」
改めて得物を構える三人。システム上はこれはデュエルではない。しかし彼らはまるでそうであるように、きちんと六十秒をそれぞれの脳内でカウントしている。習慣が身についているのだ。
正式サービス開始以来初、文字通り実質的《完全決着モード》。比喩ではない本当の
長い、長い沈黙。これほど長い六十秒は今まであっただろうか。ゴクリ、と誰かの唾液を飲み込む音が鳴る。普段なら絶対に聞こえない程の音が全員に認識出来る程、この空間は静かであり、緊張感が漂っているのだ。
そして。
三。
二。
一…………
零。
瞬間、駆け出したのはキリトだ。
ヒースクリフに向かって一直線、彼の発揮できる最大限のスピードで突っ込んでいく。
対するヒースクリフも、キリトと真っ向からぶつかる形で向かっていく。
赤と黒、二つの曳光は交差し、一つに重なり停止する。
そこから始まる攻防の嵐。息をつく間もない高速連打。それを難なく防いでいくヒースクリフ。端から見れば防戦一方のヒースクリフ、しかし言い方を変えれば難攻不落の要塞。全くダメージが入らない。
と、キリトの剣が紫に光り出す。ソードスキルのライトエフェクトだ。
ヒースクリフはこれを怪訝に思った。彼はこのゲームを創った者、パターン化されたソードスキルの動きを記憶していてもおかしくはない。それはキリトも分かっている筈だ。実際、ヒースクリフは全てのソードスキルのパターンを理解している。ソードスキルは使用後の硬直を考えればリスクが高すぎるのだ。だからこそ、彼は万策尽き焦ったタイミングで使うと考えていた。
(ふむ、こんなに早く使って来るとは…少し買い被り過ぎたか?)
そんなヒースクリフの失望を他所に、キリトは《ヴォーパル・ストライク》を放つ。
単発技であるそれを容易く受け止めたヒースクリフは、硬直を強いられたキリトに剣を振り下ろす
─────瞬間。
「!」
ヒースクリフの背後に回り込む影。リュウだ。
彼は回転して勢いをつけると、そのまま大型メイスで殴りつける。
「チィッ!」
ヒースクリフはキリトに向けていた剣を戻し、メイスを受け止める。しかし剣とは段違いの威力、防ぎきれずに攻撃が彼の胴をかすった。HPが少しだけ減る。
「こっちも忘れてくれちゃ困るな」
追い討ちをかけるようにキリトが攻撃。怒涛の連打を叩き込む。
ヒースクリフは十字盾で応戦する。流石といった所か、一発たりとも攻撃をその身体まで届かせていない。
だがしかし。
「ハァッ!」
キリトの左からリュウのメイスが襲いかかる。
(ほう、キリト君が私の左、リュウ君が右から攻撃する事で、大型メイスを剣で防御させる魂胆か。成程、普通ならば力負けして確実にダメージが入るだろうな。しかし───)
「それはどうかな?」
ヒースクリフはメイスの威力を剣でいなし、左へと受け流した。どうした、こんなものか。そういった視線をリュウに向ける。
すると、左側にいた筈のキリトが消えている事に気付く。
「何…?」
その刹那、ヒースクリフの顔面に向けて白い剣が飛び出して来る。
「!!」
彼はギリギリで反応し、首を左に傾ける。結果、剣は彼の右頬を掠めるに留まった。
「……流石にそう簡単に決めさせてはくれないか」
リュウの後ろからキリトが顔を覗かせる。
彼は正確には消えたのではない。メイスを受け流されたリュウの後ろに周り、逆にリュウはキリトを隠すようにさりげなく正面に移動したのだ。そしてキリトが防御の薄くなった逆サイドを不意討ち。反応出来ていなければ、ヒースクリフは確実に死んでいた。簡単に言えば、横方向の《スイッチ》。
当然彼らも初めて試した───というより打ち合わせ無しのぶっつけ本番だった───のだが、そうとは思えない程息がピタリと合っていた。
「ふん!」
ヒースクリフは十字盾で二人を押し飛ばし、その勢いを利用し距離を取った。
すぐさまキリトが追いかけて来る。先程と同じようにダメージがなかなか入らない攻防が始まる───かと思われたが、突然キリトが横へズレる。
「!」
その後ろにいたのはリュウだ。メイスが纏う炎、遠距離であるにも関わらず振り下ろす予備動作。《
(
しかしメイスを振り下ろすその瞬間、リュウは指の力を完全に抜いた。
ソードスキルは大まかな動きの強制力はあるものの、ひねり等の比較的小さな動きに関してはそれほど拘束力はない。ましてや指の力など、武器がすっぽ抜けていかない程度に加えさせられているのみ。手放すのは容易い。
そして支持力を失ったメイスは現実の物理法則に従って真っ直ぐに飛んでいき、キリトの横をすり抜けていった。
その先にはヒースクリフ。衝撃波が来ると予想していた彼は盾に衝突した想定外の質量に押され、わずかな硬直を作ってしまう。
その隙を逃さず、キリトが《ダブルサーキュラー》を放つ。これ以上ない絶好の
「舐めるなぁ!!」
しかしギリギリ持ち堪えたヒースクリフの、巨大な十字盾が立ち塞がる。そして完璧な動作で攻撃を完全に防ぎきった。
「残念だったな、これで私の……」
勝ち誇った表情のヒースクリフ。彼はそのまま、硬直状態のキリト目がけて剣を───
「!」
その時、ヒースクリフは自身の犯した最大のミスに気付いた。
陽動作戦などもう通用しないと言った。しかし今現在、キリトの攻撃を止めることにのみ気を取られ、思わず反撃まで行おうとしている。
つまり、
先程の《天地開闢》は発動直前に手から武器が失われたため不発、システム上キャンセルという事になる。そのため硬直時間は発生せず、即座に動くことが可能となる。万が一すっぽ抜けた場合、武器がないという事自体でペナルティになり得るからだ。
しかし、
そして結論へと至った時、既にリュウは彼の目の前へと肉薄していた。その拳に超新星爆発の如き炎を纏わせて。
「ビッグバン……スマッシャアァァァ!!」
ズドォォォン!!
リュウの渾身の一撃は見事ヒースクリフの鳩尾に命中、そのまま壁へと吹き飛ばした。
To be continued…