紅蓮の皇   作:Skullheart

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リュウ・ユイ「そう来たかー……」


All my heart is being for you.

「───まさか、お兄ちゃん……なの?」

 

『───は?』

 

リーファの言葉に、二人の思考が一瞬停止する。

 

「スグ、なのか……?」

 

恐る恐るキリトが尋ね返すと、彼女の表情はさらに青ざめていった。膝から崩れ落ちるリーファにキリトは戸惑い、リュウとユイは頭を抱えた。

 

「なんで……こんなの、あんまりだよ……」

 

囈言(うわごと)のように呟きながら、リーファはウィンドウを操作する。キリトが呼び止めようとするも、それを無視して彼女はログアウトしてしまった。

 

残された三人は、先程とは打って変わって沈黙する。キリトはひどく困惑した表情でリュウの方を見た。

 

「リュウ…俺はどうすれば───」

 

「んな事俺が知るか」

 

リュウはきっぱりと突っぱねた。

 

「これはお前ら兄妹の問題だ。俺がどうこう口を挟む事じゃねぇ」

 

「……だよな」

 

こればっかりは…とキリトはウィンドウを操作、ログアウトメニューを開く。

 

「解決したら連絡寄越せ。解決してないままなら何度だって追い返してやる」

 

「…分かってるよ」

 

コクリと頷き、キリトはログアウトしていった。

 

「───あの、私も行った方が良いですか?」

 

機を見計らい、ユイがリュウに尋ねる。しかし彼はそれを手で制した。

 

「いや、お前にはこっちでやって貰いたい事がある」

 

そう言って、リュウはユイにあるデータを送った。

 

_ _ _ _ _ _ _

 

 

「……スグ?」

 

ALOより離脱し、現実世界の自分の部屋に帰還した和人は、隣にある直葉の部屋の扉をノックした。しかし返事はなく、部屋の中は静まり返っていた。

 

「スグ……入るぞ?」

 

ノブに手をかけ押した扉は、少しの抵抗もなく開いた。

 

思えば、直葉の部屋に入るのは口を聞かなくなって以来だった。久しぶりに見た妹の部屋は色々と様変わりしており、年月の経過を十二分に感じさせた。

 

中でも目を引くのが、天井に張られた一枚のポスター。ベッドの真上にあるそれは、おそらくALO内で撮られたのであろう、空を飛ぶリーファの姿。改めて、彼は妹の事を何も知らなかったと思い知らされた。

 

そしてそのベッドに、彼に背を向ける形で妹の直葉が横たわっていた。シーツはしわくちゃになっており、アミュスフィアはその上に無造作に置いてあった。

 

「……座っていいよ。ベッド(ここ)でいいから」

 

「あ、ああ……」

 

思ったよりも落ち着いた様子の直葉にやや困惑しつつ、和人はベッドに腰掛ける。

妹とはいえ、年頃の女子の部屋。和人の心はいつになく緊張していた。

 

「あたしね……お兄ちゃんの事、好きだったんだ」

 

「……え」

 

直葉の突然の告白に、和人は目を丸くした。

 

「お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんじゃない事は知ってる……。それでも、お兄ちゃんがSAOから帰ってきた時はすっごく嬉しかったし、それから昔みたいに優しくなってくれたのも嬉しかった」

 

「……」

 

和人はただ黙り混み、直葉の言葉に耳を傾ける。

 

「でも、お兄ちゃんにはもう好きな人がいた。アスナさんって人が……。あたしはまだ話した事ないけど、お兄ちゃんが好きな人なんだからきっといい人なんだと思う。だからあたしは、この気持ちを諦められた」

 

「……っ」

 

和人の心に悔しさがこみ上げてくる。これは自分への罰だ。アスナの事にばかり夢中になり、妹の気持ちを理解してやらなかった馬鹿な自分への罰。目を向けていたつもりだったのに、実際は何も分かっていなかったのだ。

 

「……そしたら今度は、キリト君を好きになってた。今考えたら、どこかお兄ちゃんに似てたからなんだろうなぁ……。まさか本当にお兄ちゃんだとは思わなかったけど」

 

「……ごめん」

 

「お兄ちゃんが謝る事じゃないよ」

 

「え……?」

 

厳しく責め立てられると思っていただけに、和人は面食らった。

 

「だって、お兄ちゃんは悪くないんだもん。あたしが勝手に好きになっただけ……。謝らなきゃいけないのは、こうして迷惑かけてるあたしの方なのに」

 

ギュ、とシーツを握りしめる音が鳴る。和人には直葉の顔は見えなかったが、その表情は何故か手に取る様に理解出来た。

 

「……スグは強いな。俺だったら、そんな風には考えられない」

 

「………そうでもないよ。あたしだって、最初は気が狂いそうだった……。全部嫌になった……。でも、それじゃ駄目だって気付いたの」

 

そう話す直葉の声は、少し震えていた

 

「……リュウさんが言ってた、『心を拒絶するな』って言葉。あたし、漸く分かった気がする……。あたしは、お兄ちゃんの事が好きだっていうこの気持ちから、絶対に目を逸らしちゃいけないんだ。自分の心は自分で決着をつけなきゃ終わらない。いつまでも前に進めなくなる。……馬鹿だよね、あたし。こんな簡単な事にも気付かないんだから」

 

「……それは違うよ、スグ」

 

自嘲気味に話す直葉を、和人は優しく諭す。

 

「自分一人だけの視野は、あまりにも狭すぎるんだ。さっきの俺がそうだったみたいに。だからどんなに簡単でも、誰かの言葉でやっと気付く事だってある」

 

目の前の鏡を見て、和人は何故直葉の表情が理解出来たのかを悟った。鏡に映る自分は、それと全く同じ表情(かお)をしていたのだ。

 

「……だからさ、本当に謝らなきゃいけないのは、スグの気持ちに気付いてあげられなかった俺の方だ」

 

「……お兄ちゃん……」

 

精神(こころ)が息苦しかった。互いが互いを思いやるあまり、その優しさに胸が締め付けられた。

 

……が、妹の方は予想以上に冷静だったようで。

 

「───なら聞くけど、あたしの気持ちに気付いてたらどうしたの?」

 

「うっ…それは……」

 

痛い所を突かれ、言葉に詰まる和人。その反応に、直葉は小さくため息をついた。

 

「……お兄ちゃんの、ばか」

 

「……ごめん」

 

和人に反論の余地はなかった。もう一度ため息を零す直葉だったが、その時若干口角が上がっていた事に彼が気付く事はなかった。

 

「……ありがと、話したらちょっと楽になった」

 

その言葉に和人は安堵した。自分が何をしてやれたのかは分からないが、手助けが出来たのなら何よりだった。

 

「……そっか。良かった」

 

「でもゴメン。やっぱりもう少し、一人にさせて……」

 

「……分かった」

 

彼女の意図を汲み、彼はベッドから立ち上がる。この先は直葉自身が解決してくれる事を祈り、和人は妹の部屋を後にした。

 

_ _ _ _ _ _ _

 

 

和人が立ち去った部屋で、直葉はアミュスフィアを装着し直した。恐らく和人は、隣の自分の部屋に戻っている。今はどんなに微かでも、彼に自分の様子を気取られたくなかった。

 

「……リンク、スタート」

 

直葉の意識は、静かに電子の世界へと落ちていった。

 

 

 

先程ログアウトした、世界樹の入口前に降り立つリーファ。

リュウとユイの姿はそこにはなかったが、この時ばかりは好都合だった。人目に付かない様に路地をくぐり、入り組んだ裏通りの奥へと辿り着く。

 

その隅に座り込み、リーファは(うずくま)る。

暫くこうしていれば、この悲しみは収まるだろうか。裏通りといっても、近くにはそれなりに人がいる道がある。あまり目立つ様な事は出来なかった。

 

だからこうして、悲しみに渦巻く心を少しずつ鎮めていく。張り裂けそうな感情を抑え込むのは想像以上に辛かったが、今はこうするしかないのだ。

 

だがそんな彼女に、近付く足音が一つ。

 

「……リーファちゃん?こんな所で何してるのさ」

 

「───レコン?」

 

彼女が顔を上げると、そこにはALOを始めてからの付き合いである同級生がいた。彼は子供を諭す様な優しい表情で、蹲るリーファを見下ろしていた

 

「……なんであんたがここにいるの?サラマンダーに捕まってたんでしょ?」

 

「麻痺の効果が切れたからね、そこからはスニーキングなり視線誘導なりでやり過ごしてきたさ」

 

「……ふうん」

 

自分から尋ねておいて何だが、彼女にその答えを聞く心の余裕は無かった。一言適当な返事をした後、リーファは再び顔をうずめる。

 

「どうしたの?リーファちゃんらしくないよ」

 

「……あんたに何が分かるのよ」

 

彼にはついつい厳しく当たってしまう。今は心が荒れているから尚更だ。だがレコンがそれに一切たじろぐ事はなく。

 

「大体はわかるよ。少なくともそんな顔されちゃ、誰でもね」

 

「………」

 

レコンの言葉に、リーファは押し黙る。彼の方を向いた彼女の表情は、自分が想像していたより大分酷いらしい。

 

「……だったら、あたしの事は放っといてよ」

 

それでも、あくまで気丈に振る舞おうとするリーファ。レコンにだけは、弱い自分を見せたくなかった。弱気な自分でいたくなかった。それが自分勝手だという事は、彼女自身自覚していた。だがそれでも、自らのプライドが許さなかったのだ。

 

しかし、レコンはそんな彼女に怒りも咎めもせず。

 

「……確かに、僕じゃその気持ちを鎮めてあげる事は出来ない。だから僕に出来るのは、こんな事位さ」

 

そう言って詠唱を始めた。複雑だが正確、尚且つ素早く刻まれる呪文の羅列は、瞬く間に一つの魔法を組み上げていく。

いや、一つと言うには少々語弊がある。何故ならそれは多重詠唱、複数の魔法を同時に重ね合わせ一つにする高等技術だからだ。少なくともリーファは会得していないそれを、少し前まで遥か後ろにいた筈の同級生は難なく使いこなしていた。

 

そして詠唱が完了すると、リーファの周囲が一瞬だけ、青色のドームに覆われた。急に出現したそれにリーファは思わず目を瞑る。

 

────が、起こった事はそれだけだった。自分の周りも見た所何か特別な変化が加わっている訳でもなく、彼女やレコン自身にも別段変化した訳でもない。

 

「……変化がないのが正解さ」

 

戸惑うリーファの疑問に答えるように、レコンは口を開いた。

 

「僕が使ったのは《ステルス》と《消音》の合わせ技。本来は奇襲とか潜入に…ま、今それは置いといて。とにかくさっきのドームに覆われた範囲内じゃ、何をしようと音が外に洩れる事はない上視認も出来ない。……ただ短所があって、僕自身が範囲外に出れば、効果が自動的に切れる点なんだけど……」

 

するとレコンはくるりと振り向き、彼を見上げるリーファに背を向ける。

 

「……ここでは僕は何も見てない。何も聞いてない。裏通りで迷っていたリーファちゃんを、僕が偶然見つけただけだ」

 

「……レコン……」

 

思い出されるのは、ALOをプレイする事になったあの日。初めて話しかけた彼はオドオドしていて、叩けば崩れてしまいそうな程脆く見えた。だが彼女に合ったゲームを真摯に考えてくれたり、わざわざALOにまで付き合ってくれたりと、意外にも積極性に富んでいた。心の内に優しさを秘めた、ごくありふれた気弱な男子。最初はそう感じていた。

 

しかし目の前にいる少年は、あの頃の優しさはそのままに凄まじい成長を遂げていた。己の弱さと向き合い、少しずつ前に進んでいた。彼女に課されている試練を、レコンは既に乗り越えていたのだ。

 

「……っ」

 

気付けば、リーファはレコンの背中にしがみついていた。彼女自身、何故そんな事をしたのかは分からなかった。だがレコンは、そんなリーファに対しただ一言。

 

「大丈夫だよ」

 

その言葉に、リーファは全てが救われた気がした。自分は大丈夫だから、心のままにすればいい。君は大丈夫だから、またもう一度進んでゆこう。口には出さずとも伝わってくるレコンの想い。いつの間にか大きくなっていた彼の背中は、リーファに優しい温もりを与えてくれた。

 

「…うっ、うぅっ……。ぅああああああぁぁぁぁっ!!」

 

その優しさに甘え、リーファは思い切り泣き叫んだ。これまでの想いを吐き出す様に、今までの未練を断ち切る様に。二人の空間のみに響き渡る、悲痛な慟哭。レコンは何も言わず、ただ自身の背中に寄り掛かるリーファの全てをそっと受け止めているのみだった。

 

_ _ _ _ _ _ _

 

 

「───ありがと、すっきりした」

 

リーファは顔を上げ、数回深呼吸をする。何もかも出し尽くした彼女の顔は、憑き物が落ちた様に落ち着いていた。その様子に、レコンも安堵の表情で肩を撫で下ろした。

 

「……行こう、リーファちゃん。みんなが待ってる」

 

そうだ。自分には待たせている人達がいた。兄にも、リュウとユイにも迷惑を掛けた。その事は謝らなければならない。

 

「そうね、行きましょ。……あと、レコン」

 

「?」

 

不意に呼び止められ、レコンは振り返る。

 

「………これからは、呼び捨てでもいいよ。リアルの方は……ちゃん付けぐらいなら、まぁ」

 

レコンは最初キョトンとしていたが、リーファの表情から彼女なりの感謝である事を察し、笑顔でリーファの方へと向き直る。

 

「……じゃ、飛ぶよ。()()()()

 

「……うん!」

 

彼らは頷き合い、共に世界樹の方へと飛び立った。

 

真っ直ぐに飛ぶリーファの翅に、最早迷いは微塵も無かった。

 

To be continued…

 




キリト×リーファかと思った?残念!リーファ×レコンでした!あれれ~?もしかしてノセられちゃった?悔しいでしょうねぇ。

うちのレコンはイケメン。ヘタレコンなどどこにもいないのです。これも全部劉崎巧磨って奴の仕業なんだ。

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