それなのに短く薄っぺらな内容で申し訳ございません( ^∪^ )
一瞬浮いた様な感覚の後、視界を覆う光が次第に晴れていく。地に脚が付いている事を確かめ、リュウ達はゆっくりとその目を開けた。
そこで彼らの瞳が映したのは、先程までのファンタジー然とした景色ではなく、どこか研究所を彷彿とさせる、機械然とした殺風景な場所。真っ白な壁面に無機質な電灯といった、まるで現実世界の建物を投影したかのようなそれは外装を見繕う薄いメッキを引き剥がしたが如く、彼らにこの偽りの世界の本質を否が応にも叩きつけて来る。
「ユイ、ここは?」
リュウはユイに、現在彼らがいる場所について尋ねた。その彼女は既に検索を始めており、数秒の後閉じていた瞼を上げる。
「この場所自体はマップには登録されていません。ですが私達のマーカーは、全体マップ上では世界樹の頂上を指しています」
「……という事は、ここが敵さんの本拠地で間違いないな」
すぐにリュウは辺りを見渡した。彼らが出たのは廊下の様な場所、前後に真っ直ぐ通路が伸びている。どちらの方向も複雑に枝分かれしており、所々に部屋が配置されているのが見受けられた。
「キリト、アスナはお前らに任せた。俺はヤツを裁ける材料を探しておく」
「!」
ALOに潜る前、三人はそれを隠れ蓑にした脳実験の可能性を導き出した。だが、それはあくまで"可能性"の話。それが実際に行なわれていたという証明は出来ていない。
須郷が非人道的な事をしていたという、絶対的な証拠。握り潰される前にそれを手に入れられれば、ヤツの逃げ場を塞ぐ事が出来るだろう。
付き合いの長いキリトには解る。リュウにはそれを成し遂げるだけの力がある事を。そしていつだって、そんな期待に応えてきてくれた事を。だからこそ、こういう時彼には全面の信頼を寄せられるのだ。
「……分かった。そっちは頼む」
「了解だ」
キリトが頷いたのを確認すると、リュウは余裕の笑みでサムズアップを返した。本当は二人で行く方が良いのだろうが、あまり時間は掛けられない。この場所にとってこちらが異物である以上、どんな手段を使われるか分からないのだ。
「ユイ、アスナの場所は?」
「マーカー反応確認、こっちです!」
ユイは姿をピクシーから人間へと変え、キリトを先導して走り出した。ナビゲーションとしての彼女なら、迷う事無くアスナの元まで辿り着けるだろう。
「───さてと」
リュウは二人の背中を見届けると、彼らとは反対側の方向をじっと睨んだ。視線の先には、近未来的なデザインの自動扉が一つ。ご丁寧にも、《実験体格納室》というプレート───実験体とは間違いなく囚われた被害者達なのだろうが、流石に悪趣味としか形容しようがない───が取り付けられている。マップで部屋の情報が確認出来ないための措置なのだろうが、今回に至ってはリュウにも非常に手助けになる仕様である。
リュウはその扉の横に張り付き、静かに片腕を扉の前に差し出した。センサーによって勢い良くスライドした扉は、一般向けゲームというベールに包まれた真実の、その片鱗を覗かせるが如く彼を
「……人影は無し、か」
扉が閉まるまでの数秒間、中に人らしき人は見当たらなかった。それを確認したリュウは、警戒を解いた様子で一歩踏み出し───
「なにっ……!?」
手応えを感じた瞬間、する筈のない場所から聞こえてくる声。思わず出てしまったであろうその声から居場所を割り出したリュウは、その場所へと一気に距離を詰めた。
「っらぁあ!」
気合いと共に放つ正拳は、そこにいた
………が、それが吹き飛ぶ感覚は全く感じられなかった。まるで巨大な饅頭をつついたかの様な重厚さ、得も言われぬ不気味さを感じ取ったリュウは、本能的に距離を取る。
「……お、驚かせやがって。バレるとか聞いてないぞ……」
やはり何も無い所から発される声。リュウはそれに驚く様子も無く、ただただ淡々と応えた。
「気配がバレバレなんだよ、そんなんで俺の背中を取ろうなぞ百年早ぇ」
「クッソ、何だよバケモンかよ……!?」
憎たらしく毒づきながら、
その形は、巨大なナメクジと言うのが手っ取り早いだろうか。ただ普通のナメクジとは違い、気味の悪い触手がヌルヌルと蠢いている。先程の蹴りで感じた手応えは、この触手を弾いた感触だったのだ。
「後ろからも幾らか来てるな?透明化した上での不意討ちに挟撃とは、俺相手に随分と手の込んだ事してくれるじゃないか」
「それだけお前が厄介だという事さ。流石の『爆焔』サマも、ここまですれば手も足も出ないと思っていたが……念のためパラメータも弄っておいて正解だった」
笑っているのだろうか、少々不快感を煽るその声色は、目の前の存在が人間であるという事をひしひしと感じさせた。あの醜悪な姿は、彼らの心の様を投影した姿なのかもしれない。
「さぁ、どうする?お前の後ろにいる奴も俺と同じパラメータだ、最早お前に勝ち目は無いぞ」
ジリジリと躙り寄って来るナメクジ。後ろの方に注意を向ければ、そちらからも近付いて来る気配がある。まさに袋のネズミ状態、逃げ場など何処にも無い。
「せいぜい足掻くんだな!」
その瞬間、前後から同時に放たれた触手が、まるで弾丸の様な鋭さを以てリュウに迫った───
「……あいつ、大丈夫かな……」
ユイの案内のもとで廊下を駆け抜けながら、キリトはポツリと呟いた。
確かにリュウは強い。その信頼は揺るがない。だがここは敵の懐なのだ、どんな手を使われるか全く予想がつかない。最悪の場合、どうしようもなくなってしまう可能性だって考えられる。
「……今はリュウさんを信じましょう」
「……そうだな」
ユイの言葉に、キリトはただただ頷くしかなかった。
エレベータを昇り、隠し扉を抜け、二人は只管走り続けた。もうすぐアスナに会える、この巨大な檻から解き放つ事が出来る。そんな希望は彼らの足を一層早め、同時に決着が近いという実感はその表情を険しくさせていた。
「パパ!出口です!」
「!」
軈て彼らの視界は、外からの光によって徐々に明るくなっていく。そのまま屋外へと出たキリトは、ふと後ろを振り返った。
そこにはリーファ達が夢見た空中都市など影も形も無く、巨大な樹の幹が天に向かってただただ伸びているだけだ。
「……悲しい、な」
SAOがどういうゲームかを問えば、恐らく誰もが「人の命を弄んだ最悪のゲーム」と答えるだろう。確かにあれは、ゲームオーバーが真の意味での死に直結するというとんでもない代物だ。最悪なゲームである事は、キリト達も全力で賛同する。
しかし、これはもっと質が悪い。SAOはプレイ環境こそ最悪だったものの、それに何とか目を瞑れば、クリアさせる事を前提であるゲームとして一応は成り立っていた。
だがこのALOは、最早ゲームですら無い。達成すべき目的が全て虚構なのだ。奴らにとって、俺達のこの世界は余所行きに仕立て上げられた箱庭、ただの余興の一環に過ぎない。SAOが人の命を弄んだなら、ALOは人の心を弄んでいる。
「なぁ、茅場───」
ふと口を突いて出たのは、嘗ての宿敵の名前。歪んだ形であれ、誰よりもゲームを愛し、誰よりもプレイヤーを愛した男。だがそんな彼が遺したモノが、ゲームを冒涜さえする男の手中に収まっている。これは何と言う皮肉だろうか。
「パパ───」
「ああ、分かってる。今はアスナが最優先だ」
キリトは再び走り出した。外見上枝に見えるそれはほぼ一本道であり、迷い無くキリトは駆け抜ける。
そして遂に、その瞬間は訪れた。
「パパ!見えました!」
ユイが視界に捉えたのは、巨大な鳥籠の頭。間違いない、あの写真にあった鳥籠である。それを確認した途端、キリトは声の限りに叫んだ。
「アスナーーーーッ!!」
応えてくれ、俺の声に。俺の心に。キリトはそう切に願った。SAOを終わらせて二ヶ月、常に彼女の事を想って生きた。あの日の別れを忘れた瞬間は一度だって無かった。頼むから、もう一度あの優しい顔を見せて欲しい。もう一度、あの優しい声で出迎えて欲しい。キリトは本能の叫ぶまま、その鳥籠へと必死に手を伸ばした。
「───キリトくんッ!!」
果たしてその手は、漸く届いた。
耳に響いたその声、覗かせたその顔。脳に伝わる情報全てが、紛うこと無く彼女であると断言していた。
「やっと……やっと会えた───!」
格子の隙間から差し出された手。もう一度触れたくてたまらなかったその手を、キリトは力強く握り締めた。
「ママ!」
二人を隔てる檻の扉を、ユイが手早く開け放つ。固い抱擁を交わす彼らの心を、様々な感情が駆け巡った。
積もりに積もった寂寥感、あの頃から何ら変わらない慕情、そしてそれ以上に、再会した喜びが込み上げていた。
話したい事は山程あった。しかしそのどれもが言葉として組み立てる事が出来ず、ただ涙となって瞳から零れ落ちた。
しばらくして気持ちを落ち着かせたキリトは、一足先に平常心を取り戻しシステムを検索しているユイの方を目を向けた。
「ユイ、アスナはログアウトさせられそうか?」
「……だめです、ママのアカウントは管理者権限でロックされてます。このログアウトは管理者権限でしか行なえません」
「ユイちゃん、あなたの時みたいに、コンソールから辿ってアクセス出来ない?」
アスナが思い出したのは、アインクラッド第一層黒鉄宮地下。メンタルサポートAIとしての越権行為を行なったユイを、カーディナルが消去しようとした時の事。あの時キリト達は、コンソールに残っていた管理者権限を用いてカーディナルにアクセスし、彼女を管理下から引き離して事なきを得た。その原理を、こちらでも使えないかと考えたのだ
「あ、はい。管理者コード自体は私の中にコピーしてあるので、コンソールさえあれば権限を使用する事は可能だと思われます」
ユイはその予想を肯定した。するとアスナはほんの少しだけ表情を緩めた。
「コンソールの場所なら知ってる。一度だけここから出られた時に見つけたのよ」
「本当か、アスナ!?」
「ええ、道程まではっきり覚えてるわ。さ、早く行きましょ!」
「ああ!」
彼らの顔には笑みが浮かんでいた。もうすぐここから出られるという希望に満ち溢れていた。
だが、その時。
『行かせる訳が無いだろう?』
そんな彼らとは対極の、まさに狂気の色に包まれた声。脳内に直接鳴り響くそれは、薄気味悪い感覚を以てキリト達の神経を一瞬にして張り詰めさせた。
「須郷……!」
姿は見えないが、こちらの様子を窺っている事は経験から得た感覚が物語っていた。自らを神の視点に置き、他者を見下すその傲慢、背筋に悪寒が走る。
『……クク、安心したまえ。こんな場所まで来た褒美だ、この私が直接手を下してやろう』
「何?」
その瞬間、目の前の視界が大きく歪んだ。空間を捻じ曲げた様なその感覚は、まるで重力が乱れ狂っていると錯覚させる程の異常さをひしひしと伝えてきた。
何をする気だ?無意識に身構えるキリト。これから起こる事が予測出来ないだけに、彼の頬にも冷や汗が流れた。
「きゃっ!?」
「ユイ!?」
突如、ユイの身体にノイズが走った。恐らく何らかの妨害工作を仕込まれたのだろう。彼女も必死で抵抗してはいるが、ナビゲーションAIとして権限を絞られた今の彼女が完全に防ぎ切る事は難しい。
「だめっ、止まらない……!パパ、ママ!気を付け───」
言い終える前に、ユイの身体はかき消されてしまった。気付けば視界は闇に覆われ、落下するでも浮遊するでもない未知の感覚が二人を襲う。
再び重力を感じたのは、周囲に全く光源のない、されど自分の姿形ははっきり見えるという不思議な空間だった。床の触感はあるが視認は出来ず、SAOクリア直後に飛ばされたアインクラッドを見下ろすあの場所の感覚に近い。あそこと違い、ここはどこを見ても黒一色なのだが。
ともかく、自分達は今度はどこに飛ばされてしまったのか。ともかくキリトは辺りを見渡し、そして気付いた。
「アスナ……?」
やっと救い出した、彼女の姿が見当たらないのだ。さっきまで自分の隣にいた筈。ここに飛ばされてきた時に、またどこかに分断されてしまったのだろうか?そんな考えを抱きながら、キリトは再度周囲を見渡した。
「お探しのモノは……これかな?」
彼女はすぐに見つかった。しかし、キリトが思いつく限り最悪の状況で。
「キリトくんっ!」
「アスナ!?」
彼の目に映ったのは、何処からともなく伸びた鎖に磔にされたアスナの姿。さらにその隣には、容姿こそ豪奢で尊厳のある格好だが、滲み出る程に胡散臭さを凝縮した男。五感の全てが告げていた。目の前にいるヤツこそが、アスナをここまで苦しめた元凶であると。
「───ッ須郷ぉぉぉぉぉぉ!!」
怒り、恨み、憎しみ。あらゆる感情が込められたキリトの雄叫びが、闇の中に木霊した。
To be continued…