「───ッ須郷ぉぉぉぉぉぉ!!」
それは、心からの絶叫。キリトは暴走する本能に従うまま、担いだ剣を抜き無防備に立ち尽くすその男に向けて全速力で吶喊した。常人では反応すら困難なスピード、彼の怒りの全てを注いだその剣は寸分の狂い無くその怨敵に狙いを定めていた。
だがしかし。
「っあぐぁ"っ!?」
「キリト君!? きゃあっ!!」
突如襲った強大な重圧がキリトの身体を地面へと叩き付けた。鎖に縛られたアスナも重力に引かれ、激痛に顔を歪ませる。剣先は惜しくも届かず、その仇敵は余裕の表情を微塵も崩さず佇んでいる。
「驚いたかい?次のアップデートで実装予定の重力魔法さ!といっても、威力は十倍程強めてあるがね」
歪んだ笑みを浮かべ、倒れ伏したキリトを見下す須郷。その自己陶酔と優越感に満ちた表情が、彼への憎悪をさらに掻き立てた。
「こんの……っ!」
「おお、怖い怖い。まるで吠え立てる犬の様だ。躾のなっていない、ね!」
「かはっ!?」
愉悦に浸る須郷は、倒れたキリトの腹部を思いきり蹴り飛ばす。重力が強化されているためにキリトはその場に釘付けにされ、逃げ場のない衝撃が彼の身体を駆け巡った。
「ぐ……!」
「ほぉ、まだそんな目が出来るのかい?おっとそうか。そう言えばアブソーバの調製を忘れていたな」
「がッ!?」
未だ反抗的な目で睨み続けるキリトの背を踏みつけると、須郷は何かを思い出した様にウィンドウを操作した。
「あ"っ…!? あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!?」
その瞬間、キリトの背中を強烈な痛みが襲う。腹まで突き刺す様に響く痛覚は今までとは比べ物にならない程鋭く、これまでの調製された痛みに慣れきった身体が悲鳴を上げる。
「おいおい、まだレベル8……ツマミ一つ分だぞ?3以下だと復帰後にも影響が残るらしいが……この調子で果たして耐えられるのかな?」
「ふざ……けんなっ!」
キリトは痛みと重圧に必死に抗い、地面に大剣を走らせる。軸足に向けた脚払い、一矢報いるべく放ったせめてもの悪足掻き。
しかしてそれは虚しくも、もう片方の足によって冷静に処理されてしまった。
「追い詰められた人間の行動というのは、どうしてこうも読みやすいんだろうねぇ?」
「うがっ!? がぁっ!!」
須郷はそのまま、剣を持つキリトの手をグリグリと踏みつける。キリトにとって剣とは、SAOを攻略した己の誇りそのもの。これだけは放すまいと必死の形相で
「君ねぇ……いい加減しつこいよ?」
「この、ヤロ………!」
彼の目には未だ熱が込められていた。誇りを失う訳にはいかなかったから。それを失えば、愛する者を取り戻す術を失ってしまうから。それを見透かした上で、須郷の顔には悪辣な笑みが浮かんでいた。
「君がまだ諦めないというのなら好きにすればいいさ。その分苦痛が長くなるだけだからね。生憎だが、時間ならこちらにはたっぷりとある」
心折れるまで、ひたすら拷問を続ける。そんな残酷な宣言に、アスナは思わず絶句してしまう。
そこから先は、まさに地獄だった。
「はははははッ!ほらほら、お得意の恨み節はどうした?」
「あ"、があ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"っ!!」
須郷が使っているアバター、《妖精王オベイロン》はGMという権限の下ALO全ての種族の上に立つ存在として作られた、云わばこのゲーム唯一の《アルフ》。故に不得意な属性という物が無く、あらゆる魔法を無条件かつGM権限によってMP消費無しで使いこなせてしまう。須郷はその能力を悪用し、全ての属性の最大技をキリト目掛けて叩き込んでいた。ある瞬間は炎に焼かれ、ある瞬間は凍り付かされ、ある瞬間は雷に打たれ、ある瞬間は風に身を裂かれる。脳の感覚処理が追い付かない程の連続攻撃に、キリトは最早何かを考える余裕さえ失っていた。
「止めてっ!キリト君が死んじゃう!」
「安心したまえ。今アブソーバのレベルは3、脳に後遺症が残る可能性こそあれど、死ぬ事は無いよ」
最も実証は無いがね、と言いつつ須郷の拷問はさらに苛烈さを増していく。派手なエフェクトが飛び散り、破滅の光がキリトを呑み込む。HPが尽きない様に回復魔法も挟み、延々と無限ループが続けられる。いつしか彼の声はかすれていき、けたたましい魔法の炸裂音のみが空虚な空間を包んだ。
それは数分か、はたまた数時間か。既に時間さえも分からない中、遂に魔法攻撃の嵐が止んだ。光や煙といったエフェクトが晴れ、アスナの眼に映ったのは、俯せに倒れピクリとも動かないキリトの姿だった。
「キリト君!……キリト君!! お願い、返事して!! キリト君!!」
何の反応も無いキリトに向け、必死に呼び掛けるアスナ。その声を一切意に介さず、須郷はキリトへと近づいていく。そして、彼の手元に落ちていた大剣を拾い上げ、じろじろと値踏みする様に眺めた。
「見た目もパラメータもそれなり、か。まぁ所詮はプレイヤーメイド、君にお似合いの剣といった所だな」
「………っ、が、はっ」
その時息を吹き返す様に、キリトは意識を取り戻した。すると須郷は意外そうな表情で、未だ諦める様子の無いキリトの顔を覗き込んだ。
「なんだ、もうお目覚めか。案外早かったな」
「返……せぇっ!」
キリトは須郷を睨み、奪われた剣に左手を伸ばす。その須郷は歪んだ笑みを保ちながら、嘲る様に彼を見下し。
「ならば返してあげよう。お望み通り……なぁ!」
その剣をキリトの背中に深々と突き立てた。文字通り全身を貫かれる衝撃を受けたキリトは、いよいよ言葉にすらならない絶叫を上げる。
「も一つオマケだ。ペインアブソーバ、レベル1!」
「~~~~~~ッ!! 」
視界が激しくスパークする。既に精神力は限界ギリギリまで削がれ、最早いつ失神してもおかしくない状態であった。このまま終わるのか?混濁する意識の中、ふとそんな考えがキリトの頭を過る。
「もう止めてっ!私は、私はどうなっても良いから!キリト君は……キリト君は助けて!」
彼が嬲られる様を見るに堪えられなくなったアスナが、プライドさえかなぐり捨て懇願する。しかし、あの須郷がそれを是とするはずはなく。
「残念ながらそのお願いは聞き入れられないね。寧ろまだ甘いくらいだ、これくらいじゃあ終わらせないよっ、と!」
「あがっ……あ"あ"ア"ぁ"あ"ア"ァ"ア"ア"―――ッ!!」
背中に剣を刺したまま、今度はキリトの頭を踏みつける須郷。漆黒の空間に、再びキリトの絶叫が轟く。あまりの痛々しさに、アスナは思わず目を逸らした。
「安心したまえ。こいつを処分すれば次は君の番だ。たっぷり可愛がってあげるよ、そうすればこの男の事などすぐに忘れる」
「もう……嫌ぁ……」
「指を咥えて見ているといい。彼女が私の物になる様を」
「き…さ……ま………!」
「そして絶望するがいい。まさに無様だよ、桐ヶ谷和人君?」
何もかもを見下し、笑い声をあげる須郷。
勝ち誇った高笑いが、痛みに耐える唸り声が、無力を嘆く嗚咽の音が、一つに重なり奏でられた不協和音。須郷にとってそれは、祝勝のファンファーレに等しい物だった。
これで己に歯向かうものはどこにもいない。眼下にいる犬はこのまま牙を圧し折ってやればいいし、そこに吊るしてある女はしばらく遊んでやればいずれ心も折れるだろう。やはり自分こそが王であり、自分こそが絶対なのだと須郷は信じて疑わなかった。
だが、彼は失念していた。
「───るか────」
己が今敵に回しているのは、デスゲームという地獄を潜り抜けた、
「────たま、るか──────!」
決して折れない、
「諦めて……た・ま・る・かぁぁぁぁっ!!」
───そして、その少年と共にSAOを終結へと導いた、
「ごはぁっ!?」
────『爆焔』を纏いし、真の
To be continued…