紅蓮の皇   作:Skullheart

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興<遅かったじゃないか……


The ghoat in a phantasm

「りゅ、リュウ……さん?」

 

アスナは目を丸くし、その口は空いたまま塞がらなかった。それもその筈である。何故なら彼は、彼の拳は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼を吹き飛ばしたのだから。

 

「よっ。久しぶりだな、アスナ。元気そうで何よりだ」

 

よっこらせ、と自ら開けた穴から身を乗り出し、こちら側の空間へと移動するリュウ。そんな彼をアスナはポカンとした表情で見つめていた。しかしすぐに我に返り、この空間に張り巡らされた罠について警告を発した。

 

「ダメ、リュウさん!こっち側には、重力魔法が───」

 

「心配すんな」

 

だがリュウは一切の躊躇無く、重力が強化された隔離空間へと第一歩を踏み出す。ズン、と地鳴りにも等しい音が木霊し、それに相応の振動が漆黒の地面を揺らした。

 

()()()にゃ慣れてる」

 

しかしリュウは、立っている事すら難しい筈の力場の上で、普段通りに歩いてみせた。現実世界で日常的に鍛えていた劉崎 巧磨(かれ)にとって、それは大した障害には成り得なかったのだ。

 

「………嘘ぉ」

 

そんな馬鹿馬鹿しくなる程の規格外に、アスナは言葉を失った。

 

「おのれぇぇぇ……何故貴様がここにいる!? 貴様には刺客を───」

 

「あれが刺客?笑わせんな。戦術の『せ』の字も知らない素人じゃねぇか」

 

殴られた腹を押さえ立ち上がる須郷の問いに、リュウはキリトの背中に刺さった剣を抜きつつバッサリと回答した。

彼の言う通り、彼の前に現れた多数の透明ナメクジ達のそのどれもが、パラメータのアドバンテージと不可視のステルス性に頼った剰りに稚拙な動きをしていた。そんな連中がどれだけ数を並べた所で、体捌きに長け格闘技術が並外れたリュウに勝てる道理は無い。

 

「だがしかし、彼らのアバターには外からの衝撃を無効化する機能が───」

「フゥゥゥゥゥゥゥ…………」

 

すると突然、リュウは地面のある一点を見つめ、一拍深呼吸を始めた。

 

「───ヌゥンッ‼」

 

そしてそこに狙いを定め、気合の入った掌底打ちを放った。それは地面を揺らすでも崩すでもなく、表面上では何も変化しなかった様に見えた。だが次の瞬間、彼らは更なる驚愕に見舞われる事になる。

 

「………あれ?身体が……軽くなった?」

 

刹那で変化した感覚と環境に、アスナは思わず目を丸くした。何故なら先程まで彼女を苦しめていた、重力強化が綺麗さっぱり消滅していたからだ。その光景を須郷は愕然とした表情で見つめていた。

 

「バカな………重力魔法の(コア)は地中深くにある筈───」

 

「一般には『発勁』と呼ばれている技術だ。今のは所謂『浸透勁』、現実ならちょっと衝撃喰らうぐらいのモンだが、この世界じゃ上手く打てばそれなりのダメージが行くらしい」

 

不可視のナメクジ軍団に囲まれたリュウは、彼らの攻撃を掻い潜り、急所に次々と浸透勁を放った。感覚の鈍化を防ぐためアブソーバまでは弄られなかったナメクジ達は、強大なパラメータをも一切無視して体内に直接叩き込まれる衝撃に、知覚する暇も無く無力化されていったのだ。

 

「ま、SAOでも知ってる奴は殆どいなかったがな。そもそも知ってた所で、実際発勁出来る奴いたかどうかも分からんが。【紅蓮】を丸々そっくり《炎魔法》にコピペしたぐらいだ、コイツも残ってると思ってたよ」

 

須郷の顔がみるみる青くなっていく。SAOからALOを創り出す際、一般プレイヤーが余計な力を手に入れない様に【二刀流】や【神聖剣】といった特筆すべきスキルにはなるべく蓋をしておいたのだが、ALOのシステム面にも上手く噛み合っていた【紅蓮】やその他の汎用スキルは細かい確認もせずにコピーしてしまった。それがこうして様々な想定外を呼んでしまった事に、焦りを隠し切れない様子だった。

 

「茅場晶彦の置き土産か……。忌々しい、全く忌々しい!」

 

突如声を荒げる須郷。リュウはそんな彼をただ静かに見据えていた。

 

「あいつはいつもいつも!僕よりも先にいた!僕には追いつけない場所にいた!だからヤツがSAO事件を起こした時……僕はチャンスだと思った」

 

しかし須郷は、再びその表情を狂気の色へと染め上げる。

 

「ヤツはその才能を!地位を!自らどん底に墜としてくれた!馬鹿な人だ、全てを投げ棄ててまで手に入れたのが『世界の敵』という肩書とは。だからこそ、あの人が残した技術は僕が継ぐ!精々有効に利用させて貰うよ。僕の更なる躍進の為にねぇ!!」

 

ハハハハ、と大きく高笑いする彼に対し、リュウは複雑な表情で重く口を開いた。

 

「……お前の好きにはさせねぇよ。あれは晶彦のモンだ」

 

「ほう?あの人の肩を持つというのか?『最悪の犯罪者』茅場晶彦に?」

 

須郷は歪んだ笑みで彼を見据えた。だがリュウはそんな事には構わず、ただただ話を続ける。。

 

「それが、あいつとの『約束』だ」

 

「約束ぅ?ぷっ、何を言ってるんだ君は?彼は君達を地獄に送り込んだ張本人だぞ?君が彼とどんな関係かは知らないが、そんな奴との約束を君が守る義理があるのかね?」

 

平然と茅場晶彦の事を嘲笑う須郷。それでもした事が事なので反論の余地は無い。しかし、それでもリュウは静かに口を開いた。

 

「……確かにあいつの罪は重い。簡単に許されるモンじゃあないだろう」

 

「ならば───」

 

「だが罪という物は、赦されなければ終わらない。人間が罪を裁くのなら、それを赦すのもまた人間だ。だからこそ、俺はあいつの友として、あいつを最初に赦すと決めた」

 

一片の迷いも一切の曇りも無い瞳で大見得を切ったリュウ。須郷はそれが大層気に入らないといった表情を見せる。

 

「………綺麗事を。僕はそういう反吐が出る程甘い台詞が大嫌いなんだ!システム・コマンド!プレイヤー《リュウ》のパラメータを全て0に!」

 

管理者権限による弱体を掛け、須郷は勝ち誇った笑みを浮かべる。その顔には「この場の支配者は自分である」「つべこべ言わずに跪け」という感情がこれでもかと映し出されていた。

しかし、次の瞬間。

 

「どぅらぁっ!!」

 

容赦ない飛膝蹴りが彼の顔面を直撃した。およそ形容し難い生々しい音を上げ、須郷の身体は錐揉みしながら後方へと吹っ飛ばされる。

 

するとさっきまでの威勢はどこへやら、今度は引き攣った顔で次々と弱体(デバフ)コマンドを命じていく須郷。だがその全てが悉く弾かれ、彼はじりじりと追い詰められていく。

 

「システム・コマンド、プレイヤー《リュウ》に拘束(バインド)効果を付与!システム・コマンド、プレイヤー《リュウ》に即死効果を付与!くそ、くそ!なんでコマンドが効かない!?」

 

「無駄です。皆さんのアカウントには、先程管理者権限の影響を受けなくするプロテクトを掛けました」

 

ヒョコッとリュウの肩の上に得意気に現れたのは、白いワンピースを纏ったピクシーの幼女。この空間に連れ込まれた際、須郷に追い出されたと思われたユイの姿だった。

 

「ユイちゃん、無事だったのね!」

 

「はい!予めリュウさんが私に送っておいたアカウント情報を利用して、リュウさんのナビゲーション・ピクシーとしてこちらに戻ってきました!」

 

()()()()お前はユイが消えたと錯覚してくれた。お陰で俺達は好き放題出来たよ、管理者権限の解析もな。流石に権限の書き換えや消去までは不可能だったが。それでもこっちの空間に繋げてくれる辺り、流石はユイって所か」

 

『読み通り』───その言葉を聞いた須郷の表情が凍り付く。

 

「……は? 読み、通り……だと?まさか、この状況すら予測していたのか?僕がどういう行動を取るか、そこまで全て織り込み済みだったというのか!?」

 

状況一転、まさに意趣返しと言わんばかりに、リュウはニヤリと嗤う。

 

「さっきてめぇが言ったんだろ?『追い詰められた人間の行動は読みやすい』ってな」

 

須郷は愕然とした様子で肩を落とした。誘い出して追い詰めたつもりが、いつの間にか───いや、そもそも最初から追い詰められていたのは自分の方だったのだ。その事実は、須郷の高いプライドをへし折るには充分な威力だった。

 

「ふざけるな………ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

須郷の思考は、既に怒りで満たされていた。 目の前の邪魔する者を全て捩じ伏せなければ気が済まなかった。

 

「システム・コマンド!オブジェクト《エクスキャリバー》をジェネレートッ!」

 

須郷が管理者権限で呼び出したのは、リュウ達がヨツンヘイムで目にしたあの黄金の剣。再びヨツンヘイムへ戻った時、必ず手に入れると誓った最強の剣を、彼はコマンドという不正を使っていとも簡単に手にしてしまった。リュウの表情が、ほんの少し険しくなる。

 

「これだけでは終わらせん!! 《スキルバースト》発動!」

 

「……!」

 

さらに須郷の言葉に応じる様に、彼の周りを眩しい光が包む。その光は軈て収束し、とある姿を象っていく。そしてそれは、彼らの脳裏に焼き付いている記憶を強烈に呼び覚ました。

 

「あれは……!」

 

「来い、《セイクリッド・アーサー》!!」

 

「《アーサー》!?」

 

その驚きの余り、思わずアスナは声を上げた。

 

豪奢、荘厳。派手な装飾に彩られた、巨大な剣と十字盾を携えた騎士。雰囲気こそ違えど、その姿形は間違いなくSAO七十五層にて『聖騎士』ヒースクリフが出した切り札、彼らを苦しめた《スキルバースト:アーサー》を全体的に発展させたモノだった。

アスナの背筋に悪寒が走る。キリトを庇い、その巨大な剣で斬られた時の感覚は未だに忘れられなかった。

 

「《アーサー》……そういう事か」

 

「理解した様だね?そうさ、SAOが攻略される直前、僕はあれのブラックボックスへアクセスする事に成功したのさ!生憎二分少々で弾き出されてしまったが、僕の頭脳をもってすれば最強のユニークスキルをコピーするには充分な時間だった!まぁ、その結果カーディナルにユニークスキルへのアクセス権限を与えるというアクシデントが発生してしまったがな。お陰で、百層攻略までに全ての被験者を揃える計画が台無しになってしまった」

 

「成程?て事は《エンペラー》は───」

 

「僕が与えた、と言っても過言ではないという事さ。滑稽だったよ?君達が奇跡と仰いだそれが、不本意とはいえこの僕のお陰で生まれたという事が、ね」

 

たった今明かされた衝撃の真実。ヒースクリフを圧倒した力、誰もかもを魅了したあの無二の力が、目の前にいる男の下衆めいた目的の副産物として生まれたというのだ。

 

しかし、それに対してリュウはさしたるショックを受けた様子は無かった。

 

「……ほぼ無反応なのは面白くないなぁ。何故少しも絶望しない?」

 

「どうだって良いからな、そんな事」

 

「何……?」

 

須郷は彼の返答に、意外そうな反応を示した。リュウは肩を竦め、ただただ平然と言葉を続ける。

 

「俺が《エンペラー》を手に入れた事だけじゃねぇ。お前がブラックボックスのアクセスに成功した事、カーディナルが権限を持った事、そしてヒースクリフを倒した事。その全部が俺にとっての『奇跡』だ。始まりが偶然だろうが必然だろうが、大した違いにゃならねんだよ」

 

その台詞に須郷は少々不満げな表情を見せた。だがすぐに、どうでもいいといった様子でリュウの前に立ちはだかる。

 

「そう言ってられるのも今の内さ。先に教えておくが、この《セイクリッド・アーサー》は《アレス・エンペラー》さえも上回るスペックを持っている!君に勝ち目など無いんだよ!!」

 

余裕ぶった高笑いを上げる須郷。《セイクリッド・アーサー》はあらゆる存在を凌駕する力。それを操る自分こそが、全てを束ねるに相応しい。そんな狂気に満ちた笑い。しかし、リュウの関心は既に全く違う方を向いていた。

 

「───なぁ、いるんだろ?()()

 

ポツリと、誰にも聞こえない様な声で呟くリュウ。誰に向けた訳でもない、虚空に向けて放たれた声。認識すら難しいそれに、しかして《彼》は即座に応えた。

 

「───ふ、やはり流石と言うべきかな」

 

「!? ……ま、茅場晶彦(マスター)!?」

 

どこから戸もなく現れた仮想世界の父、そして自分自身の創造主に、ユイは鳩が豆鉄砲を喰らった様に仰天した。一体何をしに来たのか、と最大限の警戒を見せる彼女を横目に二人は会話を続ける。

 

「よく分かったな、僕がここまで来ていると」

 

「お前、意外と責任感持つタイプだからな。実際全部丸投げとか出来ない性格だろ?今回もどっかでサポートに回ってんだろうなと思ったよ」

 

事もなげに自分の行動を読み当てられ───もしくは、それすらも予測の範疇だったのかもしれない───茅場は肩を竦めた。

 

「……全く、君には敵わないな」

 

「よく言うよ、俺にALOの事それとなくリークしてきたくせに」

 

「あ、それもバレてた?」

 

記録(ログ)見りゃ一発だっつーの」

 

「うーん、ちょっと偽装が甘かったかな?次はもっと複雑に絡ませて───」

「おいゴルァ!!『次は』て俺のPCに何する気だテメェ!?」

 

警戒するユイとは裏腹に、彼らの対面は至って平和的なモノだった。時折冗談も交え、二人の表情には笑顔すら見える。ここが敵地のど真ん中である事を忘れそうな程の緊張感の無さ、まるで昼休みの男子高校生の様な彼らの談笑に、ユイは今度は酷い肩透かしを喰らった。

 

「……というか、マスターってあんな人でしたっけ……?」

 

困惑して頭がパンクしたユイは、どっと疲れた様子でリュウのポケットへと潜り込んだ。ちょっぴり申し訳なさそうな表情で、リュウはユイの入ったポケットを撫でる。

 

「それで、僕をここに呼び出した理由は何だい?」

 

「あぁ、そうだそうだ。()()、どう思う?」

 

リュウの指差す先には、余裕の表情で彼を見下す須郷───その後ろに控える、《セイクリッド・アーサー》があった。

 

「正直言って、ナンセンスの一言に尽きるね。派手に着飾ればいいってものじゃない」

 

「同感だ。ゴテゴテしすぎて痛々しいまである」

 

「そして何より……」

 

「?」

 

「前口上をなくすとは、彼はあれの良さが分かっていないようだ」

「いやそこかよ!」

 

スパァン、という鋭いツッコミの音が響き渡った。

 

「てかあれお前のセンスかよ!発動前に口上必須とかおかしいなって思ったわ!道理で言い回しのセンスが独特な訳だ!」

 

「推敲に三か月かけた甲斐があったよ」

 

「無駄にこだわってんなオイィ!?」

 

「……ダメだったか?」

 

「恥ずかしがるサチが可愛かったので許す」

 

「もしもしポリスメン?」

 

特級犯罪者(おまえ)が呼んでどーすんだぁぁぁぁ!!」

 

敵の目の前でありながら天然漫才を披露する二人。やはりというべきか、肩の力が抜けそうな程緊張感が無い。

因みにその敵さんはと言うと、

 

「この僕を無視して、何()()で盛り上がってるんだい?」

 

流石にずっと無視は(こた)えたのか、額に青筋を立て彼らを睨み付けていた。しかし彼らは大して興味を示さず、依然として漫才が続く。

 

「え?お前見えるの俺だけ?そんな設定にしてんの?」

 

「僕が姿を見せると面倒な事になるからね、いきなりぶん殴られるのは僕だって嫌だ」

 

「ユイには普通にバレてたぞ」

 

「───え?マジで?」

 

「気付いてねーのかよ……」

 

「……ま、まぁ超高性能ナビゲーションAIだし、多少はね?」

 

「そんなんでいいのか稀代の天才」

 

とことん須郷の事を無視し続けるリュウ。そんな彼に対し業を煮やした須郷は、遂に堪忍袋の緒が切れた。

 

「───いい加減にしろぉっ!!」

 

リュウ目掛けて振り下ろされる巨大な剣。だが彼は、それを直視もせずに紙一重で回避した。

 

「貴様ぁ……ここまで僕を虚仮にするとは、タダでは済まさないぞ……!」

 

ここで漸く須郷の方を向いたリュウは、何かを確信したようにニヤリと笑った。

 

「やっぱり、な」

 

「何か掴んだのかい?」

 

「ああ」

 

リュウは右手をコキッと鳴らし、突撃態勢を取る。

だがしかし、その彼の左肩にポン、と後ろから誰かの手が置かれた。

 

「───俺にやらせてくれ、リュウ」

 

彼に待ったを掛けたのはキリトだった。彼は未だに肩で息をしつつも、その脚はふらつく事無くキリトの身体を支えている。

キリトはリュウを一瞥した直後、その隣の、彼にとっては何も無い筈の空間を見つめる。

 

「……茅場も、そこにいるのか?」

 

「普通にバレてんじゃねぇか」

 

「あれぇ?設定ミスったかな?」

 

「見えなくても、気配で何となく分かる」

 

「……だとよ」

 

「……そんなに気配分かりやすいかなぁ?」

 

少々苦笑いを零しながら、茅場はキリトの前に姿を現した。

 

「久しぶり、と言うべきかな?キリト君」

 

「───アンタとリュウの関係は聞いてる。SAOを攻略した(あの)日、アンタ達が交わした『約束』の事も。その上で、頼む。俺にアイツをやらせて欲しい」

 

決意に満ちた目で頼み込むキリトを見つめ、茅場は暫し考え込んだ。

───と、思いきや。

 

「うん、行っていいよ」

「おう、存分に殺ってこい」

 

彼らが答えるまで、ものの二秒とかかっていなかった。一切の躊躇無い即答に、ポケットの中で休んでいたユイはあまりの驚愕に飛び上がった。

 

「しょ、正気ですか!? パパの身体はもうボロボロなんですよ!?」

 

彼女は既に満身創痍の状態であるキリトを心配し、必死に呼び止める。しかし、リュウ達はあくまで冷静に彼に問いかけた。

 

「傷はもう大丈夫なんだろ?」

 

「ああ、お陰様で良く休めた。問題なく動ける」

 

「パパ!!」

 

「止めてやるな、ユイ。コイツがやるって言ってんだ。それ相応の覚悟があるんだよ」

 

「彼の因縁は、ここにいる誰よりも強い。それは時として、僕らの創造を遥かに凌駕する力を生み出す事もある。ここは彼に任せるべきだ」

 

リュウ達に宥められ、ユイは黙り込んだ。今、この空間ではペイン・アブソーバは殆ど機能していない状態であり、その上で高威力の、ましてや《スキルバースト》の大技をまともに喰らえば、現実世界でどんな障害が残るか分からない。それは彼女にとって絶対に避けたい事態であり、たとえ事件が解決したとしてもアスナやユイに一生消えない心の傷が刻まれるという絶望の未来の到来を意味しているのだ。

 

しかし同時に、キリトの意思を優先したいという思いも否定出来なかった。ここまでキリトがどんなに辛い経験をしたか、ずっと見てきた彼女には痛い程理解出来た。目の前にいる存在が、その果てに待つ最大の障壁だと言うのなら、自分の手でそれを成し遂げさせてあげたい。自分自身の手で、未来を掴み取って欲しい。それが『()()()()』、キリトに出来る最大限の気遣いであると。

 

ナビゲーションAIであるなら、迷う事無く前者を選択するべきだろう。寧ろ、ただのAIなら後者が出てくる事すら有り得ない。だがSAOで人の負の感情に晒され、そしてキリト達と出会い過ごした結果『心』の何たるかを理解していたユイには、後者の選択を捨てる事は出来なかった。

 

「……分かりました。ですが、パパ───」

「分かってる。ちゃんと無事に帰って来るよ」

 

ユイの想いを背負い、前に出るキリト。その際に、彼はリュウ達に背中越しで話しかけた。

 

「……すまない。アスナの事、頼んでいいか?」

 

「おう、任せろ」

「元『聖騎士』の名に懸けて、アスナ君は傷一つ無く守り抜いてみせよう」

 

二人の返答に、思わず口元が緩むキリト。彼らなら、自分の大切なモノを任せられる。根拠の無い不思議な安心感がキリトの緊張を和らげた。

すると今度は、リュウ達がキリトの肩にそれぞれ手を添える。

 

「俺達の『約束』をお前に託す」

「それを成して来るのが、君と僕達との『約束』さ」

 

そして逆に、リュウ達もキリトを同じ様に信頼していた。キリトがコクリと頷くと、彼らは一歩ずつ晴れやかに退がっていく───

 

「とーこーろーがーぎっちょおんッ!!」

 

その瞬間、嵐の様な光のエネルギーの奔流がキリト達のいた場所を直撃した。

 

「あっはっはっはぁっ!! 君達が呑気に話し込んでいてくれたお陰でゆっくりとチャージ出来たよ!《ブラストエクスカリバー》も前より威力を上げてるんだ、木っ端微塵になってなきゃ良いけどねぇ!」

 

勝ちを確信し、大きな高笑いを響かせる須郷。恍惚とした表情はまさにネジが外れた人間のそれであった。

だがしかし、

 

「ぅらあぁっ!!」

「ひぇあっ!?」

 

そんな歪みに満ちた笑いは、真横から放たれた横凪ぎによって切り払われた。

 

「ば、バカな!? アレを避けたのか!?」

「おぉおおっ!!」

「うわぁっ!?」

 

須郷のリアクションを一切無視して、キリトは連続攻撃を放っていく。激しい動きに慣れていなかった須郷は、酷く不恰好な動きで攻撃を回避する。

 

「おのれっ!《アーサー》!!」

 

須郷は一度距離を取り、《セイクリッド・アーサー》の剣を振り下ろす。だがキリトはそれを先読みしたかの様に、瞬時に肉薄して袈裟斬りを放った。

 

「ぐぉっ……!?」

 

須郷は右手の《エクスキャリバー》で受けるが、動きが止まったその一瞬の隙にキリトの空中廻し蹴りが炸裂、水平方向に大きく吹き飛ばされた。

 

「このぉっ……!」

 

すぐさま反撃に転じようとするが、先程いた場所にキリトの姿は無く。

 

「はぁああぁああっ!!」

 

気付けば、《セイクリッド・アーサー》の左腕が綺麗さっぱり斬り落とされていた。

 

「な、な、なあああぁぁぁあああっ!!?」

 

ショックの剰り情けない叫び声を上げる須郷。《スキルバースト》の特性で斬られた腕も再生するのだが、完全な再生を待たずして右足を失っていた。

 

「く、小蝿がっ!」

 

次こそは、と須郷は神経を張り巡らせ奇襲に備えようとするも───

 

「わっ!? うわっ!!」

 

最強と信じていた《セイクリッド・アーサー》の四肢がいとも容易くもがれてしまう事に動揺したのか、それ以降もキリトの攻撃を殆ど捌ききれていなかった。

 

───否。それ抜きにしても、そもそも須郷が縦横無尽に跳び回るキリトを捉えられていない。空中と地上、あらゆる方向から迫る超高速の斬撃に加え、地味に緩急を付けて攻撃のタイミングをずらしている。これでは剣や魔法を当てるどころか、バリアを張って身を守る事すら難しい。

 

「この、このぉっ!」

 

須郷がどれだけ狙っても、攻撃は一切掠りもしない。たまにまぐれで直撃しそうになっても、姿勢制御を応用した受け流しで簡単にいなしてしまう。その間にキリトは着実にダメージを与え、時に腕や脚を叩き斬っては大幅に《アーサー》のエネルギー残量を削っていた。

 

おかしい。この力は、嘗てSAOで最強を誇っていた筈ではないのか。須郷が疑念を抱くまでに然程時間は掛からなかった。

堅く、速く、強い。少なくとも、スペックの面では敵うモノなどいなかった。幾ら二年の経験の差があろうと覆る事の無い能力差があった筈だった。

 

しかし蓋を開けてみればどうだ?相手は《スキルバースト》すら使っていないたった一人のプレイヤー、そいつの動きに翻弄され、成す術無く斬られていく様は憐れをも通り越して滑稽に映っている事だろう。どんなに強力な攻撃も、当たらなければ意味は無い。どんなに素早くとも、捉えられなければ意味は無い。残った防御力だけが、須郷の《セイクリッド・アーサー》を支えていた。

 

「何故だ……何故だぁ!!?」

 

「ま、そうなるよな」

 

須郷の疑念に答えたのは、その後方に立っていたリュウだった。彼はユイと茅場の協力の元、既にアスナの拘束を解放しており、脚に力が入らない彼女に肩を貸していた。

 

「どうせそいつの『元』も晶彦の《アーサー》そのものだろ?ありゃバケモンだ。相手にとっても、使()()()()()()()()()

 

「何ぃ?」

 

「御存知の通り、《解放(リベレーション)》はアバターの動きをトレースする。そんで《アーサー》は、晶彦が自分で使うために創った《スキルバースト》。だからアイツの動きについていける様に、反応感度もエグい事になってんのさ」

 

「何が言いたい───うわぁっ!?」

 

「反応感度が過敏って事は、その分細かい動作が反映されやすい。ただでさえ《解放(リベレーション)》はサイズでけぇから余計にな。だから次の行動が予測しやすいし、攻撃も大振りだから避けやすい」

 

「そんな……そんな……」

 

「分かりやすい様に二十字以内で要約してやる。『そいつはピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ』」

 

「嘘だぁぁぁぁぁああ!!!」

 

みるみる顔を青くする須郷に、斬撃の豪雨が降り注ぐ。《アーサー》の四肢は細切れにされ、最早達磨と呼ぶに相応しい状態にまで破壊し尽くされていった。

 

斬撃が止むと、手足の無い《セイクリッド・アーサー》は崩れ落ちた。既に再生に必要なエネルギーは尽きており、あの豪華絢爛な装備は見る影も無く、まるで朽ち果てた銅像の様にボロボロの姿をさらけ出していた。

 

「僕の……僕の《アーサー》がぁ………」

 

ポリゴンへと還るそれに、須郷は尚も縋り付く。しかし《アーサー》は無情にも砕け散り、一片たりともその残滓を遺さなかった。自身の切り札の完全敗北に、須郷の戦意は完膚無きまでに圧し折られていた。

 

そんな彼に、ゆっくりとキリトは迫っていく。徐々に近付く足音、須郷は怯えて後退る。

 

「く、来るな……来るなぁっ……」

 

腰が砕けてその場にへたり込み、唯一手元に残ったエクスキャリバーを震えた手で構える須郷。しかし、キリトは容赦無く彼の手からエクスキャリバーを蹴り飛ばした。

 

「ひっ」

 

数分前までの余裕の表情はどこへやら、醜く引き攣ったその顔は恐怖に染まった彼の感情をダイレクトに表現していた。そしてその上で絶望を叩き付けるが如く、彼の喉元に剣先を突きつける。

 

「……平気で人を騙し、平気で人を傷付け、それで王様気取りか。笑わせる」

 

「お、お前如きがこの僕を────」

「勘違いするな。お前は餌だ。為す術もなく貪られる一匹の山羊だ。お前がどれだけ足掻こうと、俺はその全てを粉砕する」

 

キリトの掌が須郷の頭を鷲掴みにした。須郷の身体は力無く持ち上がり、その目には涙さえ浮かんでいる。だが今更彼に掛ける情けなど、キリト達からは既に消え失せていた。

 

「さぁ、(パーティ)はこれからだ」

 

そのままキリトは、須郷を空中へと投げ上げた。揺れる視界の中、パニック状態の須郷は慌てふためいて手足をばたつかせる。

 

「悲鳴を上げろ、豚の様なぁっ!!」

「ぶひぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

キリトの怒りの空中乱舞は、須郷をみるみる内に細切れに変えていった……

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「アスナ!」

 

怨敵を打ち倒したキリトは、真っ先にアスナの元へ駆け寄っていく。

 

「キリト君!」

 

そしてアスナも、リュウの支えを離れてキリトの元へ急ぐ。

集中力の糸が切れ、二人の精神力は既に限界を超えていた。だがそれでも、彼らは足をふらつかせながら、互いの愛する人の方へ一歩ずつ近付いていく。

やがて目の前まで来ると、二人は同時に倒れ込むように、互いの身体を抱き留めあった。その眼には涙、顔を腫らし、声を枯らし、この喜びを分かち合った。

 

「今度こそ……今度こそ迎えに来たよ、アスナ!」

「うん……うん!」

 

感極まって泣き崩れ、その場に座り込む二人。そこへユイも加わり、三人の入り混じった笑い声と泣き声が、祝福代わりのファンファーレとして響き渡った。

 

そんな彼らを、リュウと茅場はしみじみと眺めていた。

 

「……青春だねぇ」

「それお前が言う?」

 

リュウは反射並の速さでツッコんだ。何故なら隣にいる男は全ての元凶であり、同時に彼らを出会わせた運命の担い手でもあるからだ。コイツがいなければ二人は不幸にはならなかったが、ここまで幸せにもなれなかった。恨めばいいのか感謝すればいいのかコメントに困る存在、それが彼らにとっての茅場晶彦である。

 

「にしても俺ら、歳取ったなぁ。ついこの間まであいつらぐらいの歳だと思ってたのに、気付けばもうアラサーだ。このままだといつジジィって呼ばれるか分かりゃしねぇ」

 

「老けるのが怖いのか?」

 

「畜生文字通り解脱しやがって。アバターの生え際が年々後退していく呪いでも掛けてやる」

「なにそれこわい」

 

他愛ない談笑を交わす茅場とリュウ。すると突然、茅場はどこか遠い目でリュウに語りかけた。

 

「君は全く変わらないな……僕の前を去ったあの時から」

 

「そう言うお前だって、全然変わってねぇだろ」

 

そんなリュウに対し、茅場は肩を竦める。

 

「そうでもないさ」

 

「そうかぁ?俺からすりゃあの頃のまんまだぞ」

 

すると茅場は、嬉しそうな笑みを浮かべポツリと呟いた。

 

「君のお陰だよ」

 

「……はっ、訳分かんねぇ」

 

リュウは肩を竦め、やはり嬉しそうに微笑んだ。

 

劉崎 巧磨が高校を辞めてから、茅場 晶彦は日々を抜け殻の様に生きていた。そしてその頃を境に、浮遊城への思いはみるみる膨れ上がっていった。俗に固執と呼ばれるそれは、いつしか彼から「倫理」という歯車を欠落させていた。

最終的に、その夢は「ソードアート・オンライン」という形で日の目を見る事になった。そこで彼は最強の魔王として君臨し、決戦の末に敗れ果てるつもりだった。夢に生き、夢に殉じる。それこそが、彼の思い描く最も満足した死に様だったのだ。

 

しかし、そこに劉崎 巧磨(リュウ)が現れた。そしてその瞬間、茅場 晶彦は漸く我に返った。自分が何をしたのか、どこまで自分が利己的だったのか、どれだけの人生を狂わせたのか、この時やっと彼は理解した。

 

思えば、浮遊城に固執し始めたキッカケも「巧磨に自分の手で作り上げた、共に語り合ったあの城を見てもらいたかったから」だった。何処で道を間違えてしまったのだろうか。しかし彼は、既に引き返せない所まで来てしまっていた。今更中途半端に開放したりすれば、それこそ帰還者達の心に靄を残すことになる。

 

なるべく早くデスゲームを終わらせ、尚且つ誰もが納得出来る方法。それこそが、『最終決戦の前倒し』であった。都合の良い事に、外部からボスのプログラムを改造し、その裏で何か細工をしている様子が見受けられたので、それを邪魔する意味でも、茅場は自らの正体を曝け出すという奇策に打って出たのだ。問題は、挑んでくるであろう相手が相手なので、一切手を抜く事が出来ないという事。下手に手加減すれば、こちらの意図を悟られかねないからだ。つまり、この作戦の成功の是非は全て相手依存だという事を意味するのだ。全力の自分を相手が絶対超えてくるという保証はない。分が悪い賭けにも程があった。

 

それでも、茅場は彼らを信じていた。『聖騎士』という絶対的な壁を乗り越え、必ず悲願を果たしてくれると。茅場 晶彦が嘗て夢見た、この儚き幻想を終焉に導いてくれると。

そしてその期待に、彼らは見事応えてくれた。元々のプログラムには無かった、「進化」という奇跡のオマケ付きで。

 

茅場はリュウに感謝していた。彼が現れなければ、自分の罪深さに気付く事は無かっただろうから。己の罪と向き合い、償っていこうなどと、きっと考えもしなかっただろうから。己の凶行を止め、そのアフターケアを任され、(あまつさ)えその全てを赦すと言ってくれた、彼の生涯の"悪友"。そんなリュウに対し、茅場には感謝しても仕切れぬ恩があった。

 

しかしそれは、リュウの唯一の後悔でもあった。もしもあの時、高校を辞めずに茅場の隣に居ていれば、茅場晶彦は暴走せずに済んだのではないか。勿論これは仮定の話であり、今更嘆いた所でどうにもならない事は理解していた。だがそれでも、リュウは自分を責めずにはいられなかったのだ。

 

だからこそ、彼はSAOでなるべく人を助け続けた。それがたとえ、どうしようもない悪人だったとしても。嘗ての友に、これ以上罪を背負って欲しくなかったから。全ての人を救う、などという夢物語を宣うつもりは無かった。しかしそうする事で、その罪が少しでも軽くなるならば。彼を恨む人が、一人でも少なくなってくれれば。

 

リュウは誓った。茅場 晶彦というたった一人の"悪友"を、一生を懸けてでも救わなければならないと。世界が彼を赦すまで、その罪を共に背負い、償っていくと。

 

劉崎 巧磨と茅場 晶彦。二人は違う道を歩み、一度は対峙した事もあった。だがそれは、決して交わらぬ道ではなかった。

 

「僕の親友が君で、本当に良かった」

 

「止めろよ、気持ち悪い」

 

彼らは笑う。まるで高校生の様に、爽やかな表情で。あの日分かたれた二つの道は一つに重なって、その先の未来へと続いていくのだろう。決して平坦ではないその長い長い旅路の果てを見据えながら、二人は無言で拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 

「───で、だ」

 

するとその時、いつの間にか冷静に戻っていたキリトがリュウに話しかけた。

 

「どうやってここから出るんだ?GM倒したからって権限貰える訳でもないよな」

 

「あ、それについては心配いらねぇよな。なぁ?」

 

リュウはチラ、と茅場(前GM)の方を見た。茅場は当たり前だ、と言いたげにニヤリと笑い───

 

「あぁ、やっぱり団長いたんですね」

 

その時茅場の表情は凍り付き。

 

『……ブーッ!!』

 

そして同時にそれ以外の全員が噴き出した。

 

「くっそww はwらwいwてwぇw お前ほぼ全員に見抜かれてんじゃねぇかwww まともに騙せたの須郷しかいねぇじゃんwww」

 

「う、うるさい……」

 

「……ま、マスター……」

 

「やめろ……そんな目で僕を見るな!」

 

「よ、よく分かったな、アスナ……ククッ

 

「伊達に副団長やってた訳じゃないわ」

 

「だったらちょっとは気を遣ってくれませんかねぇ!?」

 

恥ずかしそうに顔を赤くする茅場と、その様子を見て爆笑するリュウ達。そこには彼に対する怒りや憎しみは存在しなかった。

 

リュウは、茅場 晶彦が赦されるまでの道程は果てしなく長いと考えていたが、もしかするとそれはもっと短いのかもしれない。何故なら、あの一万人をデスゲームに閉じ込めた冷酷なゲームマスターは、もう何処にもいなかったのだから。

 

 

To be continued…




この小説での茅場さんは天然ボケ。キリト達の前だと威厳保とうとするけど、リュウの前だと結構素が出る。
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