紅蓮の皇   作:Skullheart

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漸く、と言って良い程時間を掛けたALO編最終回です。恋心に理解の無い作者による独特な解釈・言い回しがありますが……大目に見て下さいまし。


Just one step for the future

「………」

 

そろそろ日が傾き始める頃、人も疎らになった裏通りを、桐ヶ谷 直葉は歩いていた。しかしその挙動はどこか落ち着かない様子で、矢鱈と周囲の目を気にしている様だった。

 

そんな彼女に、その前を歩く兄・和人が声を掛ける。

 

「どうした?スグ。緊張してるのか?」

 

「そ、そりゃあ緊張するでしょ……だって……」

 

直葉の視線の先には、中高生の彼らとは全く違う、年季の入った風格を纏った一人の男。彼はハットを深めに被り、怪しまれない程度に顔を隠していた。

 

「おいおい、そんな緊張する事も無いだろ?仮想世界(あっち)で仲良くやれてんだし、まぁ大丈夫だって」

 

(いや緊張してる理由九割アナタなんですけど!?)

 

彼の正体は、今や日本を代表する企業のトップである劉崎 巧磨。オフ会が開かれる今日、直葉は初めて彼に顔を合わせたのだが、その際彼女はうっかり腰を抜かしてしまった。

今までどこか変わった大人だと思っていた人間が、実は大企業の社長で、和人はずっと前からそれを知っていて、それなのにみんな気後れせず会話している。それだけで彼女には十二分に情報量過多だった。

 

「夕方から丸々オフって……お前の会社大丈夫なのか?」

 

「少なくとも俺のいない二年間は黒字だったな」

 

「社長いらなくないか?」

 

「俺いる方が数字大きいからセーフ」

 

(お兄ちゃんはせめて敬語使お?)

 

「それだけ会社が回ってるなら……当然、懐も潤ってますよね?」

「ヴェッ!?」

「サチさん!?」

 

「退院祝いって事で、私達の分は持ってくれますよね?」

(明日奈さんまで!? 慣れるの早っ!?)

 

「……だぁ~ッ!しゃーねぇ、今日は俺の奢りだ!好きなだけ食え!」

 

『おお、太っ腹!』

 

(めっちゃノリ良いなこの社長!?)

 

しかしその背中は、どこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。そしてそんな光景を、直葉は呆気に取られた表情で見つめていた。

 

「ほら直葉ちゃん、行くよ!」

 

「あ、はい……」

(……もしかして、あたしの方がおかしいのかな?)

 

到着までの道中、直葉は二、三回自分の常識を疑ったとか。これが、彼女が人生で初めて胃薬が欲しいと願った瞬間だった。

 

 

 

「お、ここだな」

 

そんなこんなで、五人はオフ会会場『ダイシー・カフェ』に辿り着いた。その外装はいかにも質素、派手に着飾らないシンプルな見た目にも拘らず通行人を魅了するその渋さは、まさに大人の店の風格を醸し出している。

和人は五人の先頭に立ち、「本日貸切」の札が掛けてある黒い木製の扉のノブに手を掛けた。

 

「待ち合わせ三十分前、早めなぐらいがちょうどいいだろ。それじゃ、行くぞ?」

 

和人はそう言って、勢い良くドアを開け放つ。

刹那、和人は、思わず目をぱちくりさせた。店内に誰もいなかったとか、どでかい怪物がいたとか、そんなホラーや奇想天外な展開があったわけではない。そこにはちゃんとパーティ用の食べ物や飲み物が用意されていたし、クラインやディアベルといった、招かれた仲間はちゃんとそこにいた。

どちらかといえば、寧ろ()()()()。集合三十分前という早めの時間でありながら、そこには仲間がほぼ全員顔を揃えていたのだ。

 

「あ、来た来た!」

 

戸惑いの表情を見せる和人に、里香が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「……あれ?俺、時間間違えたっけ?」

 

「ご心配無く。あんた達にはわざと遅めの時間伝えといたのよ。ま、そんな訳で───」

 

 

 

『SAOクリア、おめでとーう!!』

 

 

 

『……へっ?』

「ははっ」

 

幾重にも重なったクラッカーの音に和人達が呆気に取られる中、巧磨は一人楽しげな表情を見せていた。

 

 

 


 

 

 

「俺いない間に話進み過ぎじゃないか?」

 

「そういうモンだろ」

 

カウンターに突っ伏した和人の隣で、巧磨は呑気にグラスを傾ける。

あの後、急ごしらえで設けられたらしき壇上にあれよあれよと祭り上げられた彼らは、全く準備の無いままスピーチをさせられる事になった。人前で堂々と喋る事は、一種のスイッチが入るゲーム内ならまだしも、現実(こちら)でそれが出来る程、彼らは据わった肝を持ち合わせていなかった。───最も、恐らくはソレ目当てでスピーチさせたのだろうが。しどろもどろになりながら何とかスピーチを終わらせた時には、心臓の鼓動が耳障りな程高鳴っていた。

 

「パパ、意外とそういうの苦手ですからねぇ」

 

ヒョコ、とユイがホログラムデバイスから顔を出す。因みにこのマシン、ドローン技術で自律飛行も可能なスグレモノである。ユイはそれを使って、自らをキリトの肩に着陸させた。

 

「ユイ。意外も何も、コイツがスピーチ得意そうに見えるか?」

 

「……そう言われると、そうですね」

 

「うそん」

 

ユイにすらフォローを諦められ、和人は地味にショックを受けた。

 

「ちぇっ、折角旦那の動揺するツラが拝めると思ったのになぁ」

 

するとそこに、皺にならない程度にシャツとネクタイを緩めた壺井 遼太郎───クラインが和人の隣の席に腰を下ろした。残念そうにグラスを傾ける彼に対し、巧磨はしてやったりという顔で高笑いする。

 

「伊達に社長やってる訳じゃねぇさ。そういうのが見たいならもうちょい意外性のある無茶振りを持ってくる事だな!」

 

『!?』

 

それを聞いた背後の集団(主に里香)がざわつき出す。タイミングから見るに、恐らくその無茶振りというヤツを話し合っているのだろう。

 

「……無茶振りに意外性って、あるんですか……?」

 

「……さぁ?」

 

ユイの純粋な疑問に、和人はお茶を濁すばかりだった。

そもそも『無茶振り』というモノ自体、本来意外性に富んでいる筈なのだが。この男にかかれば、どんなに知恵を凝らしても「予測の範疇」で片付けてしまいそうだ。そんな余裕綽々とした巧磨の姿勢に、遼太郎は深くため息を吐いた。

 

「あーあ、そんだけ完璧超人なら俺なんかよりも遥かにモテ───」

 

その途端、スン……と巧磨の表情が暗くなる。

 

「───ては、ないのか」

 

それを察した遼太郎は、咄嗟に言葉を濁した。そして、巧磨に気取られない様に小声で和人に話しかける。

 

「なぁ、旦那ってこんな強ぇのにモテてねーの?」

 

「……俺さ、昔気になって聞いてみたんだ。俺の知ってる女子に、リュウがなんでモテないのか。そしたら何て返ってきたと思う?」

 

「?」

 

含みのある言い方に、遼太郎は首を傾げた。

 

「口を揃えて、『異性として認識した事が無かった』ってさ。しかも、みんな今気付いたっていう顔だった」

 

「お、おぉぅ……」

 

割と致命的な理由に、遼太郎は思わず同情してしまった。

実際、ここにいる女性の大半は学生。そんな彼女達が二十代後半の男に異性としての好意を抱くのは難しいと言える。仮に年齢の問題をクリアしたとしても、あの破天荒というか型破りなスタンスは寄り添うには並大抵の苦労では済まないだろう。

 

「……出来すぎってヤツも、考えモンなんだな」

 

「本人は、人並みの幸せが欲しいだけなんでしょうけどねぇ」

 

同情の言葉を口にしながらも、ユイは明日奈の元へと飛び立っていった。聞くまでもなく、この状態のリュウが面倒臭いという事を察してしまったのだろう。

人生、そう上手くいく様には出来ていないという真理を悟った遼太郎は、気を紛らわす様にグラスの中を干した。

 

「ま、そんなに気を落とすなよ。シンカーさんやディアベル先生は幸せ真っ只中みたいだし、次辺りでクライン達にも運が向いてくるだろ」

 

『────は?』

 

しかし、和人が悪気無く放った台詞に、巧磨達は瞬く間に凍り付いた。

 

「……おい、今何つった?」

 

そして鬼気迫る表情で、和人にぐいと詰め寄る二人。剰りの迫力に、流石の和人も胆を潰した。

 

「え?いや、人生どう転ぶか分からないから悲観する事は無いって意味で───」

『その前ッ!』

 

「えぇ……?シンカーさんが入籍してディアベル先生も近々そうなるらしいって……まさか二人共、知らなかったのか?」

 

『………はぁぁぁぁぁぁあああ!?』

 

和人の耳元で、大人二人の悲痛な絶叫が響く。その異様な光景に周囲が呆気に取られる中、彼らは狩人の様な眼光で誠也(ディアベル)を睨んだ。

 

「シンカーの結婚はまだいいッ!MMOトゥデイ新設の時に聞いたからなッ!」

 

「だがディアベルの旦那ァ!あんたも勝ち組だったなんて話、これっぽっちも聞いちゃいねぇぞォ!」

 

「えっ……あっ……そのっ……」

 

突然始まった尋問に、誠也は言葉を詰まらせる。

会話のキャッチボールで気を紛らわすつもりが、えげつない変化球を投げさせてしまった。驚異の切れ味持ちの変化量最大スライダーでもこんなキレは無いって。その標的となってしまった誠也に、和人は内心で同情と謝罪をした。

 

「お前は、お前は同志だと思っていたのに……」

 

「相手は美人か?美人なのか?」

 

「えっと……それは、だな……」

 

怒濤のプレッシャーにたじろぐ誠也。しかし巧磨達は見逃さなかった。その迫力に気圧されながらも、彼が無意識にある一点に視線を逸らしていた事を。そしてその先に、満更でも無さそうに顔を赤らめる女性がいた事を。

 

「……サーシャか」

 

「そうなのか?そうなんだな?」

 

一瞬の逡巡の後、誠也は申し訳無さそうな表情でコクリと頷いた。その瞬間、巧磨達は絶望した様に天を仰ぎ、そして(くう)を裂く様な大声を上げた。

 

「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

「お"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 

「その、なんだ………ゴメンな?」

 

「別に隠す気は無かったんです。話が決まったのが直近でしたし、オフ会の事もあったので、報告もそこでさせて頂くつもりだったんです」

 

そのサーシャの言葉が、彼らの耳に入ったのかどうかは定かではない。唯一つ言えるとすれば、

 

『畜生ォォォッ!! 祝福し"て"や"る"う"う"う"ッ!!』

 

その後、誠也達への祝杯が盛大に上げられた、という事のみである。

 

 

 


 

 

 

大人約二名がそんな醜態を晒している頃、桐ヶ谷 直葉は店の片隅からその光景を眺めていた。

別に、このパーティーが楽しくないという訳ではない。新生ALOでは既に見知った顔であったし、実際現実世界にて彼らとする会話はこの上なく楽しかった。

 

だがしかし、彼らと会話を交わす度、彼女は言い様のない疎外感を感じてしまっていた。彼らと自分は決定的に違う、という一種のコンプレックスが彼女の心に無意識の壁を築いていたのだ。

あの中に、自分の入る居場所は無い。手を伸ばしても届きそうにないあの輪の中は、彼女には眩しい程に輝いて見えた。

 

「なぁーにしょげた顔してるのさ」

 

するとその時、彼女の耳に非常に聞き慣れた声が飛び込んできた。脳で理解するまでもない位に耳にした声色に直葉は驚き、思わずその方に振り向く。

 

「……なんで長田君(アンタ)がここにいるのよ」

 

「一応招待されたからね」

 

そう言って、長田 慎一(レコン)はニヤリと笑う。最初に会った時の内気さはどこへやら。その頃にタイムスリップして、これが未来のレコンですと教えても絶対に誰も信じないだろう。

 

「それに、案外センチメンタルな所がある直葉ちゃんなら、『あたしにはSAOで過ごした時間が無いから、みんなとの話の輪の中に交ざれない』なんてネガティブな事考えそうだなぁって思ってさ」

 

「うぐぅ」

 

完全な図星。一切オブラートに包まない言葉が直葉の心に突き刺さる。言い返そうにも、一切合切事実であるため反論のしようが無い。

 

「……あの人達がSAOで過ごした期間は二年。確かにそれは、今の僕らにとっては長ーい時間なのかもしれない」

 

二年。改めて突き付けられる、その重さ。兄が幻想の城を駆け上っている間に、直葉は小学校を卒業し中学生になった。それだけの時の中で生まれ、育まれた絆に果たして自分が加わって良いものだろうか。そんな不安が、彼女の心を覆う。

 

「でも、()()()()()()()。これから続く僕らの人生を考えれば、そんな年数は誤差でしかない」

 

しかし慎一は、彼女の心にかかった靄をいとも容易く切り捨ててみせた。驚いた直葉は、思わず目を丸くした。

 

「塗り替えていけばいいんだ。みんなと一緒に紡ぐ、新しい想い出でさ。絆の強さっていうのは、命を懸けたかどうかじゃない。どれだけ心を通わせたか、でしょ?」

 

「……!」

 

ストン、と慎一の言葉が胸に落ちた様な気がした。考えてみれば、ごく当たり前の事ではないか。単に命を懸けたから、という理由で彼らは繋がっている訳ではない。出会いを経て、共に時を過ごし、絆を深めていく。命云々が絆を強くする事はあれど、彼女がALOで経験してきた事と、本質は何ら変わらない筈だ。

 

「確かに僕らには、SAOを生きた時間は無い。だから僕達はあの人達と同じ存在にはなれないし、寧ろそうなる必要も無い。僕は僕、君は君のまま、皆にとっての大切な存在(なかま)になればいいんじゃないかな」

 

彼の言葉を聞いている内に、直葉の表情は自然と綻んでいた。肩の力が抜け、憑き物が取れた様に心が軽くなった感じがした。まさか、あのレコンに諭される日が来るとは───そんな感慨が彼女の頭に浮かぶ。

 

しかし、ちらと見た彼の表情に、直葉は呆気に取られた。何故か今度は、慎一の方が顔を強ばらせていたのだ。

 

「……この際だから敢えて言うよ。僕にとって一番大事な存在は直葉ちゃんだ」

 

彼の口から飛び出した言葉に、直葉は開いた口が塞がらなかった。突然何を言い出すのか、これではまるで───

 

「今の僕じゃ力不足だって事は分かってる。でもだからって、簡単に諦められる勇気も無かった」

 

しかし彼女は、それが決して冗談ではないという事を悟った。緊張に塗り潰されそうな瞳、一つ一つ熱の籠もった声からは、冗談で片付けてはならないと感じる凄味があった。

慎一は、心を落ち着かせる様に一息吐いた。そして、覚悟を決めた様にその意志を告げた。

 

「僕は、君の一番大事な存在になりたい」

 

それは、紛れもない『好きだ』という告白。驚いた直葉は、一瞬言葉に詰まった。別に彼の事が嫌いだという訳ではない。あの時、行き場のない想いを受け止めてくれたその背中は、彼女の心に色濃く残っていた。彼女にとっての《レコン》という人物像が、密かに変わりつつあるのだ。だのに、未だ戸惑いを残している理由(わけ)は───

 

「……解ってる。和人さんの事、まだ引きずってるんでしょ?」

 

「うっ……」

 

またしても、直葉は図星を射抜かれてしまった。

今回の一件の後、彼女は改めて自分自身と向き合っていた。叶わぬ願いと知っていながら、それでもまだ一縷の望みに縋り続けるのか?それとも儚き片想いとして、一生心に残していくのか?その上で、自分が本当になりたいものとは何なのか?未だに答えの出ないその問いは、いつしか彼女の心を縛る枷となっていたのだ。

 

「仕方ないよ。人間、そう簡単に気持ちが変わる訳じゃないし。……正直結構悔しいけど」

 

しかし、慎一はそんな彼女を責めも咎めもしなかった。彼の予想外の返答に、直葉は目をぱちくりさせる。

 

「だから、僕は待つ事にしたよ。直葉ちゃんの心が落ち着くまで。さっきの返事は、その時になったら聞かせてほしい」

 

"待つ" ───その決断は、どれ程の勇気が要る事だろうか。二年の間、兄を待ち続けた直葉には少しだけ理解出来た。

本当は怖いハズだ。待つ事を選んだ果てに、振り向いてくれるという絶対的保証は何処にも無いのだから。それでも、彼はその道を選んだ。聞くまでもなく、直葉の気持ちを尊重して。

 

「……ありがと」

 

その勇気に敬意を表し、直葉は感謝の意を示した。やはりまだ慣れない事のだろう、慎一は照れくさそうに目を泳がせている。言葉にしにくい様なもどかしい雰囲気が、彼らの間に絶妙な沈黙を醸し出し───

 

『Foooooooooo!!』

 

そして一瞬でぶち壊された。

 

「うんうん、最高!よく言った!あたしゃ感動した!」

 

慎一の背中をバンバンと叩く里香。絡み方が最早オバチャンのソレである。

 

「き、聞いてたんですかぁ?どどど、どこから?」

 

「リーファちゃんと喋った人はみんな注目してたんじゃないですか?ずっとしょんぼりした顔してましたし」

 

「嘘っ!? バレてたの!?」

 

皆に余計な気を遣わせないため、直葉は極力表情を露にしない様にしていたつもりだった。しかし周りの反応を見る限り、ほぼ全員に見抜かれる程にバレバレだったらしく、彼女は羞恥と申し訳無さで顔を赤らめた。

 

「元気がなさそうなら強制的に笑顔にするまで!という訳で、まずはレコン君!馴れ初めから告白までの色んな事、あっちで根掘り葉掘り聞かせて貰うわよ!」

 

「えっ、あっ、ちょっ、あ"ぁ"~~……」

 

完全にメンドクサイ酔っ払い───未成年の飲み物は全てソフトドリンクの筈なのだが───と化した里香の勢いの圧され、慎一はずるずると連行されていく。その様を苦笑いで見送っていると、それと入れ替わる形でまた一人、直葉の隣に腰を下ろした。

 

「……サチさん」

 

SAOにて己の無力を実感した事で、その膨大なレベル差を死に物狂いで埋め、和人と並び立つまでの強さを勝ち取った努力の人。オフ会までの道中で言葉を交わし感じた事は、彼女の和人への想いが本物であるという事。寧ろ、そう判断する事すら烏滸がましいと思える程に、彼女の愛は深く、そして純粋だった。それは、未だ和人に対する心の整理がついていなかった直葉にとっては、あまりにも眩し過ぎる光だった。

 

幸乃はそんな彼女の心境をも見透かす様に、慈しみすら感じられる程の優しい笑顔で直葉に語りかける。

 

「レコン君……だっけ?彼、凄いね。『待ってる』なんて決断、なかなか出来る事じゃないよ」

 

「……はい」

 

「だからね、直葉ちゃんは直葉ちゃんのしたい様にすれば良いと思うよ。きっと彼は、それがどういう結果でも、必ず受け入れてくれる筈だから」

 

「解るんですか?レコンの事が?」

 

「よーく解るよ。だってあの子、私と同じだもの」

 

『同じ』という幸乃の言葉に、直葉は目を見開いた。

 

「同じって……サチさんとレコンが?」

 

幸乃は首を縦に振る。すると、彼女は和人の方に視線を向けながら、徐に話し始めた。

 

「私も、ね?キリトが誰と結ばれたとしても、後悔はしないつもりなの。勿論、私も諦めた訳じゃないし、彼と添い遂げたいとは思うけど……。でももし、それがキリトを苦しめるのなら、私は彼の傍にはいられない。『好き』だからこそ、私は彼の幸せを願っていたいの」

 

再び向き直った幸乃の瞳に、直葉は思わず息を呑んだ。和人の、そして自分の未来に対する"覚悟"がひしひしと伝わってきたからだ。彼がどの道を進もうと、それでも幸せを祈り続ける───その決意は、決して器用なものとは言えないだろう。しかし、その愚直なまでに一途な想いは、直葉の全身に衝撃を走らせた。

 

「どうして───」

 

故に、直葉は訊かずにはいられなかった。

 

「どうして、そんなに強くいられるんですか?」

 

何が彼女を支えているのか、何が彼女を奮わせるのか。誰かを想うという事において、それだけは訊いておかなければ、と感じたのだ。

すると幸乃は意外そうに目を丸くし、そして可笑しそうにクスクスと笑った。

 

「そんな大した事じゃないよ。キリトがキリトでいてくれる事が、私の一番の幸せだから。多分、アスナも同じ気持ちなんじゃないかな?」

 

「……!」

 

返ってきた答えは、直葉の心の奥にスッと染み渡った。

───否、それは当然の事なのかもしれない。今までだって、キリトを笑顔にしたいという一心があればこそ、最終的に世界樹攻略という所まで辿り着けたのだと思う。幸乃や明日奈が強いのは、心の底より真に和人を想っているからに他ならない。

その幸乃は、いつしか遠くを見つめていた。直葉には、それがどこか寂しいと感じてしまう様な、そんな儚い目が映っていた。

 

「……ホントはね、直葉ちゃんが羨ましいんだ」

 

「えっ……?」

 

「だって、ずっとキリトの傍にいられるんだもの。今までも、これからも。『家族』っていう、一番近い場所から彼を支えられる。私達に出来ない事が、直葉ちゃんには出来るの。そんなの、羨ましいに決まってるじゃない」

 

「!」

 

それは、直葉にとって天啓の様な言葉だった。

もしかすると、自分は今まで『恋』というモノに囚われていたのかもしれない。『好き』という気持ちを抑えられず、『恋愛』という形にしか答えを求められなかった。

 

彼女自身、ずっと引け目を感じていた。自分では和人を振り向かせられないという、認めたくなかった劣等感(コンプレックス)が。昔の彼女なら、必死でそれを乗り越えようとただ我武者羅に突っ走っていただろう。勿論、恋愛の答えとしてはそれでも充分だった。

 

けれども今なら解る。愛の形は一つではない、と。

結ばれないならそれでもいい。しかしこれは『失恋』ではない。彼女には、胸を張っていられる居場所があるから。

『黒の剣士』キリトの仲間であり、家族。それが直葉の、淡い初恋への答だ。

 

「……嬉しそうで良かった」

 

「へ?」

 

「か・お。笑ってるよ?」

 

「えっ」

 

言われるまで気がつかなかった。心のもやもやが取れたからだろうか、肩から余計な力が抜けた気がする。

 

「───ありがとうございます。お陰で、漸く前に進めそうです」

 

「……お礼を言われる程じゃないんだけどなぁ」

 

そう言って、幸乃は直葉に微笑みを返す。そしてそのまま、少女二人は晴れやかな笑顔を見せながら、大切な人についての話題に花を咲かせていった───。

 

 


 

 

星々が輝く、夜のアルヴヘイム・オンライン。満月が仄かに照らす空を、二つの影が駆け抜けていく。

一人はその身の丈を上回る程の大剣を背負った、影妖精族(スプリガン)の少年。もう一人は、これまた巨大なメイスが目を引く、火妖精族(サラマンダー)の男。そんな大きな得物を持っていながら、二人のスピードは弾丸の様に速かった。

 

「ありがとな、リュウ」

 

影妖精族の少年、キリトは突然そんな言葉を口にした。

 

「何だよ、藪から棒に」

 

火妖精族のリュウは照れくさそうに笑った。

 

「SAOの頃から、ずっと世話になってばかりだ。お前に命を救われた。お前に心を救われた。俺だけじゃない。アスナもサチも、みんなお前に助けられた。お前がいてくれたから、俺達はここまでやってこれたんだ」

 

「そんな大層な事じゃないさ」

 

心からの感謝を述べるキリトに対し、リュウは首を横に振る。

 

「ただ、SAO事件(あんなこと)に巻き込まれたのにそれでもお前達は前に進み続けてる。それだけで俺は嬉しいし、支えてきた甲斐があったってモンだ」

 

リュウの答えに安心した様に笑顔を浮かべるキリト。しかしその直後、キリトはそれとは対照的な不安げな表情を見せた。

 

「なぁ、リュウ」

 

その声色は、どこか恐怖を感じさせる様なものだった。まるで何かに怯えている様な、普段の彼とは程遠い様な弱々しい声だった。

 

「俺はこの毎日が好きだ。みんなといられるこの時間が大好きだ。この日常が、ずっと続いて欲しいと思ってる」

 

あまり見せない本心からの吐露を、リュウはただ静かに受け止める。

 

「けどさ、時々頭に過るんだ。もしもこれが夢で、目が覚めたらあの戦いの日々に戻っていたら……って。情けない話だよな。『黒の剣士』なんて呼ばれてても、所詮は只の、臆病な子どもでしかないんだよ」

 

「……失うのが、怖いのか?」

 

キリトのらしくない弱音に、リュウは漸くその重い口を開いた。飾らない真っ直ぐな言葉が、キリトの心に突き刺さる。

 

「───それでいいんじゃねぇの?」

 

「……え?」

 

しかし、彼の呵責の念とは裏腹なリュウの返答に、キリトは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「安心しろ。たとえこれが夢だろうと、そこに俺がいる限り、何度だってハッピーエンドまで連れてってやる」

 

その台詞に、キリトは胸を打たれた。じんわりと暖かい気持ちが心に込み上げて来る感覚がした。

 

「臆病な事は弱さじゃない。誰かを頼るのは、決して弱いという事なんかじゃないのさ。みんながみんな、互いに助けられて生きてる。それを何て言うか知ってるか?」

 

するとリュウは、突然キリトの前に立ち止まり、その胸を拳でコン、と叩いた。

 

「"絆"だ」

 

「……!」

 

絆。それは最も普遍的でありながら、彼らの間に存在する最も強い繋がり。孤独だと思い込んでいたキリトを救ってくれた、暖かな心の光。

どうして忘れていたのだろうか。それが希望となった事は、数知れずあったというのに。仲間と共に紡いできたそれは、ずっと自分を支えてくれたというのに。

 

「俺がいなかったとしても、今のお前は何をすべきか、解ってる筈だろ?」

 

「リュウ……」

 

シシシ、と壮快な笑みを浮かべるリュウ。キリトの顔からも、徐々に緊張の色が解けていく。そしてリュウはいつもの不敵な笑顔に戻ると、今度はキリトに背を向け夜空を仰ぎ見た。

 

「心配すんな。お前らは、自分が思ってるよりずっと"強い"よ」

 

「!」

 

キリトはその瞬間、ドクンと胸が高鳴るのを感じた。それは、言葉で言い表すならば『嬉しい』という感情。 万人の喝采よりも希望をくれる、たった一つの言葉。

 

思えば、リュウと初めて出会ったアインクラッド第一層のボス戦、キリトはその規格外な強さに圧倒された。どうしようもなく憧れたあの大きな背中は、今も脳に鮮烈に刻み込まれている。

 

あれから様々な戦いをくぐり抜けた。目の前にあるこの背中に、少しは追いつく事が出来ただろうか。

 

「キリト君」

 

すると、キリトの傍から聞こえてくる、彼の名を呼ぶ声。その方に振り向くと、そこにはアスナとユイの姿が。

 

「大丈夫、私達がついてるよ」

 

その声で後ろを振り返ると、彼の肩に手を置くサチをはじめ、クラインやリズベット、ディアベルにケイタといったSAOの仲間達と、リーファ達ALOで知り合った仲間達が、彼の背に連なる様にして集まっていた。

 

「一人じゃねぇぞ、キリト!」

 

「あんた、危なっかしいからね!」

 

「頼りないかもしれませんけど、私とピナも!」

 

「僕らは、どこまでも支えていくよ!」

 

「俺達は、ずっと仲間だ!」

 

「お兄ちゃん、ううん───」

 

『キリト!!』

 

「………っ!」

 

ふと、涙が込み上げそうになった。キリトがそうだった様に、彼の背中についてきた者達がこんなにもいてくれたのだ。彼らが投げ掛ける応援と激励は、不安に駈られていたキリトの背中を力強く押してくれた。

 

「───さて、来たな」

 

リュウの言葉に引かれる様に、キリトは空を見上げた。その双眸の先には煌々と輝いていた満月は無く、それを覆い隠す様に、浮遊城《アインクラッド》が堂々たる存在感を放っていた。

数々のトッププログラマーが協力し、旧SAOからのサルベージに成功したそれは、新たなALOの運営チームによって所々の改良と調整を加え、ついにこの日一般公開に至ったまさに夢と努力の結晶。あの日崩れ去った愛すべき楽園(せんじょう)が、今目の前に甦ったのだ。

 

「前回は裏ルート強引に行ったせいで百層未達で終わっちまったが、復活したからにはぜってー陥落(おと)す!行くぜキリト、みんな!!」

 

「……ああ!」

 

その目に炎を宿し、キリトはぐいと前に出る。

アスナが救出された事を目処に、元攻略組を筆頭としたSAO生還者の一部は能力値の初期化を行なった。無論キリトも例外ではなく、これまで圧倒的アドバンテージを生んでいたあのチート級パラメータは、最早欠片すらも見当たらない。

しかし、それは彼にとって何ら問題にはならなかった。何故ならば、彼には"仲間"という最強の剣があるから。紡ぎ、築き上げたそれは、数字化されたあらゆる能力を凌駕すると信じているから。

 

「始めよう、第二次アインクラッド攻略戦だ!」

 

『おお!!』

 

キリトの号砲が、漆黒の夜空に響き渡る。嘗て『黒の剣士』(何色にも染まらぬ者)と呼ばれた少年は、今新たに『黒の剣士』(全てと交わりし者)として、次なる戦いの舞台へと飛び込んでいった……。

 

ALfheim Online All Completed

 

To be continued to the next stage…




という訳で、ALO編も無事大団円です。ありがとうございました。
こらそこ、ファイナルファンタジー現象言うな。
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