紅蓮の皇   作:Skullheart

45 / 52
GGO編かと思った?残念!外伝でした!


The Side Story
Side story:Lord of the fang


木場 剛が二年ぶりに見た景色は、白い無機質な天井だった。そこから、漸く現実に帰還したという事実に辿り着くまで数分もの時間を要したのは、存外あの世界に馴染んでいたという証拠なのかもしれない。

 

顔を横に向けると、テレビのニュースが目に入った。そこに映っていたのは、ガリガリに痩せ細っていた少年だった。プライバシー保護のため顔は隠されていたが、テロップを読まずとも大体の事情は分かる。自分と同じ、あの隔絶された世界から生き延びて来た人間だろう。こんなに大々的に報道されるという事は、恐らく目を覚ましたのはまだ少数。ならば、いずれ自分にもメディアの取材が訪れるかもしれない。この時は、そんな呑気な考えが頭の中を満たしていた。

 

 

しかして数日後、彼を訪ねたのは取材のカメラなどではなかった。

 

「───木場 剛、だな?」

 

彼の前に現れたのは、物覚えが良くないと自負している木場ですら記憶に焼き付いた顔。その大躍進から長年メディアに引っ張りだこにされ、そして驚くべき事に、彼と同じく最近までずっとSAOに囚われていたという事実が判明した、まさに時代に愛された者。額の大きな絆創膏が目を引くが、すぐ傍に置いてある雑誌に載っている顔と全く同じ、劉崎ワールド・クリエイションCEOである劉崎 巧磨その人だった。

 

「……これはこれは。大企業の社長さんやっておられるお人が、ワシみたいな一般人に何の御用で?」

 

こういう手合いは、裏に何かを抱えている。これまで生きてきた中での経験則が、木場の警戒心にスイッチを入れた。

だがそんな彼の反応を、何故か巧磨は面白がっている様子だった。

 

「お前に敬語使われると違和感しかねぇな……。あの頃みたいにもっとラフにいこうぜ、《キバオウ》さんよ?」

 

「んなっ……!?」

 

巧磨の台詞に、木場は動揺を隠せなかった。どうしてその名を知ってる?前にも会ったかの様に親しげなのは何故だ?

……まさか、自分はこの男と既に会っているのか?そう言えばこの顔を以前見た様な気がしたのだが、それはメディアに露出したのを覚えたのだとずっと思い込んでいた。

だがもし、目の前にいるこの男と自分が出会っているとしたら。顔と名前を記憶される程の何かがあったとすれば、それはSAO以外考えられない。

 

SAO、顔見知り、劉崎───その時、木場の頭の中で全てが繋がった。

 

「まさか、おま……《リュウ》か?」

 

驚愕に口を開けたまま、木場は巧磨に問い掛けた。彼は口元にニヤリと笑みを浮かべ、それを肯定する。

 

「にしてもお前……痩せたっつーか、やさぐれたな?」

 

「……うっさいわ」

 

巧磨の歯に衣着せぬ物言いを、木場は鬱陶しいとばかりに拒絶した。吐き捨てた様なその台詞には、嘗て攻略組の一角を担い、ギルドのメンバーに慕われていた頃の彼の面影は何処にも無かった。

 

アインクラッド攻略序盤、最前線は主に二大ギルドを中心として進んでいた。その二大ギルドの一つが、SAOにおける木場の姿であるキバオウがリーダーを務めた、《アインクラッド解放隊》───通称《ALS》である。彼は高度な作戦の立案は苦手でありながらも、味方を鼓舞して士気を高めたりなどギルドを纏める長としては充分なリーダーシップを見せていた。また、不器用ながらも細かな気遣いや空気を読んだ言動などから、彼個人に憧れを持っていた者も少なくなかった。その結果、ALSの全盛期は数百人規模の巨大ギルドにまで成長を遂げた。

 

しかしそれは、まるで諸行無常と言わんばかりに、突如終焉を迎えた。

 

第二十五層フロアボス戦、全層攻略の中でのクォーターポイントとなるこの戦いは、まさに文字通りの死闘だった。高い威力を持たせた広範囲に及ぶ連続攻撃が、空爆を想起させる様な激しさでプレイヤー達に襲い掛かったのだ。息つく暇も回避出来る場所も殆ど無く、この日キバオウは多くの仲間を喪った。それまで築き上げた求心力は全て、この戦いで攻守ともに幅広く活躍したヒースクリフ率いる《血盟騎士団》に奪われ、地位も信用も失墜したキバオウは転げ落ちる様に居場所を無くしていった。

 

それからの彼は、酷い有り様だった。荒れに荒れ果てた生活、落ちぶれた彼を不憫に思ったディアベルに拾われてからも、資源を貯蓄してはこっそり数値を誤魔化して自分の懐を潤すばかり。ちょろまかす数も徐々に増えていき、挙げ句の果てに目標額に足りないと分かると、それまで守る対象であった筈の市民プレイヤーからも、『徴税』と称して金銭を巻き上げる始末。「絶対にSAOをクリアする」と、心に燃やしていた情熱は何処へやら。嘗てのキバオウを知る者がその頃の彼に会えば、例外無く目を疑ったに違いない。

 

「……で、今更あんたが何の用や?」

 

巧磨の正体を知ったにも拘わらず、木場は彼を睨み付ける。こういった相手の身分如何に関係なく物怖じしない所は、相手のペースに乱されないという長所であり、また周囲からも孤立しやすいという短所なのかもしれない、と巧磨は感じ取った。

 

「お前さん、もう歩けるのか?」

 

「は?……まぁ杖使(つこ)うたら、何とか」

 

剰りに普通な質問に思わず呆気に取られながらも、木場は素っ気無く答えた。

 

「で、そんなん訊いてどないするつもりやねん」

 

「ちょいと連れて行きたい所がある」

 

「何処に?」

 

「それは着いてから説明する。その方が都合がいい」

 

淡々と、巧磨はそう答えた。対して、木場は彼を訝しんだ。病人である自分を連れ出してまで行かせたい所など見当も付かないし、何より(キバオウ)巧磨(リュウ)には意外と接点が無い。だのにわざわざ訪ねて来るとは、何か余程の目的があるのか───と考えた所で、木場は結論を諦めた。自分の足りない頭をいくら回そうと、目の前の男の意図には辿り着けそうもなかったからだ。こいつの言う事に従うのは癪だが、この病院でじっとしているのも正直飽きてきた。この退屈から逃れられるなら、リハビリの散歩がてら付き合ってみるのも悪くないかもしれない。そう思って、木場は巧磨に承諾の意を示した。

 

「オッケ。もう車は回してあるし、こっちで着替えも用意してるから、悪いけど着替えて来てくれ。もう一人、連れもいるしな」

 

そう言って服の入った紙袋を渡し、巧磨は木場の病室を後にする。……そういえば、木場は歩行訓練の甲斐あって漸く松葉杖付きで歩けるようになったのに、巧磨は既に両脚のみでスムーズに歩いている。肉付きも常人のソレ以上であったし、やはり自分とは何かが違うのだろうか。そんな事を考えながら、木場は紙袋の中身を取り出した。

 

「……何やこれ」

 

そこに入っていたのは、ワイシャツを除き全て黒で統一された、洒落っ気の無い一着の新品スーツだった。

 

 

 


 

 

 

着替え終わった木場を待っていたのは、巧磨ともう一人。巧磨と同じぐらいの背丈をした、やはりスーツを着た強面の男性だった。その顔に、木場は何処か見覚えがある様に感じた。

 

「キバオウさん」

 

どうやら、向こうは木場の事を知っているらしい。彼は深々と頭を下げると、丁寧に自己紹介を始めた。

 

「こちらの世界では、初めましてですね。私は古畑(こばた) (つとむ)()()()では、《コーバッツ》を名乗っていました」

 

「《コーバッツ》……」

 

思い出した。フロアボス遠征討伐隊の隊長として、第七十四層に送り出した《軍》での部下だった男だ。あの世界ではずっと鎧姿が平常だったため、こうして洋服に身を包んだ格好で会うのは新鮮な感じがする。向こうも同様なのか、目を白黒させながらこちらをまじまじと見つめていた。

 

「さて、あまり時間掛け過ぎるのも良くない。悪いけど話の続きは移動しながらで頼む」

 

巧磨にそう言われ、案内されたのは銀色の中型車。飾り気の無い実用性のみを追及したその車からは、巧磨の社長としてのスタンスが垣間見えた。

 

「さ、乗ってくれ」

 

未だ行き先を明かさない事に不満はありながらも、木場達は渋々その車に乗り込んだ。運転は巧磨が直々にハンドルを握るらしく、彼はSAOにいた《リュウ》と同一とは思えない程の丁寧な動作で車を発進させる。

 

「……」

「……」

 

その道中、車内は無言の状態が続いた。何を話せばいいのかが分からなかったのだ。昔の部下だった筈なのに、現実に帰還しただけで『人間』だという事を意識してしまう。巧磨と話した時はそうでもなかったのだが、それは彼のペーシング能力による恩恵が大きい事を、木場はまだ知らない。車のエンジン音とタイヤが地面を駆ける音のみが変わり映え無く耳に入ってくる中、空気を支配する沈黙が気まずさを更に引き立てていた。

 

そんな彼らを乗せた車は、数十分掛けて目的地に辿り着いた。車を降り、目の前に広がるその風景に、木場達は揃って首を傾げる。

 

「寺………?」

 

そこは、都内外れにある大きくも小さくもない寺院だった。まさか寺を参拝させるのか、と思った木場だったが、巧磨の足は意外な方向へと進んでいった。

 

「足元砂利だから気を付けろよ。ゆっくりで良いからな」

 

未だ脚が万全でない木場達を気遣いながら巧磨が向かった先は、その寺が管理していると思われる墓地。その手には、いつの間にか水の入った桶と質素な色をした仏花が握られている。慣れた足取りからは、彼がここに何度も訪れている事が見て取れた。

 

そして、巧磨は墓地内の一角にて立ち止まった。木場達もそれに倣い足を止めると、そこには手入れの行き届いたお墓が、彼らを出迎える様にひっそりと鎮座していた。銘に刻まれているのは、『橘家之墓』。木場達には聞き覚えの無い苗字のそのお墓に、巧磨は熱心に手を合わせていた。

 

「……一ヶ月程前、一人の魂がここに眠りに就いた。名前は『橘 翔一』、()()()()大学に通っていた筈の若者だったそうだ」

 

巧磨のその台詞に、木場は眉をぴくりと動かした。『本来』─── それがどういう意味を持つのか、彼らが分からない筈がないからだ。

 

「彼も俺達と同じく、SAOに囚われていた。プレイヤーネームは、《ShONE(ショーン)》。人当たりが良く、仲間とも良好な関係を築いていたと聞いている」

 

木場は、胸を締め付けられた気分だった。それは、彼が久しく抱かなかった感情だった。そのSAOでは毎日何処かで人が死んでいて、彼がその瞬間を見た事も、自分自身そうなりかけた事もあったというのに。

その理由を求め、木場は古畑の方に目を遣った。だが彼は、木場よりも遥かに面食らった表情を晒していた。

 

「《ショーン》……?まさか───」

 

「そうだ。彼が命を落としたのは、第七十四層ボス攻略戦。《軍》による討伐遠征、その犠牲者の一人だ」

 

『───!!』

 

巧磨の告げたその事実に、二人は言葉を失った。そして同時に理解した。この黒い服は、死者を悼むための喪服なのだと。目の前に佇む物言わぬ墓標に眠るのは、彼が戦いに送り出した人間。その事実は残酷なまでに、まるで糾弾するかの様に彼の心に何度も何度も囁いてくる。

 

自分は、人を死なせたのだと。

 

(……アホ、考え過ぎや)

 

そんなネガティブな思考を、木場は咄嗟に掻き消した。

送り出した部隊は全員精鋭を選んでいたし、転移結晶が使えなかったのは完全な予想外だった。あの場で生死を分けたのは、運が良かったか悪かったかだけ。全て自分に非がある訳ではない。そう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる。しかし、二人の心には拭えない違和感が確かに残っていた。

 

「劉崎さん……?」

 

すると、彼らと同じ様に黒い正装に身を包んだ、痩せ細った女性が巧磨に声を掛けた。その佇まいはまさに清楚の二文字が似合う出で立ちだが、その表情はどこかくたびれた様な印象を受けた。

 

「ご無沙汰してます、千代子さん」

 

その女性に、巧磨は深々とお辞儀する。日本を代表する企業のトップが頭を下げるという、滅多に見られない光景に木場達は目を見開いた。

 

「紹介しよう。この方は橘 千代子さん、翔一君の母親だ」

 

『!!』

 

思わず息を呑む木場達。母。家族。当たり前の事なのに、いつからか頭から抜け落ちていた。生き残った人間にも、そうなれなかった人間にも、誰しも平等に与えられる大切な存在がある。それを事実を以て理解した彼らは、頭をガツンと殴られた気分だった。

 

「あの……こちらの方々は?」

 

「……っ」

 

彼女のその質疑に、木場は言葉を詰まらせた。自分は彼女に、何と名乗ればいい?SAO(あっち)であなたの息子の上司だった者だと正直に告げるか?いや、無理だ。そんな事を言えば、責任を取れと激しく責め立てられるのは目に見えている。自分に非があったというのは認めたくないが、自分が非難されるのも御免被りたかった。

そして自分をどう誤魔化そうか逡巡していると、それを遮るように巧磨が木場達の前へと進み出た。

 

「……左から、木場 剛と古畑 努。SAOでは翔一君の()()でした」

 

巧磨のフォローに安堵する木場達。千代子も納得したらしく、彼らに対する警戒を解いた。木場の直感はあの《リュウ》にしては反応が遅いと告げていたが、恐らく勘違いだろうと然程気には留めなかった。

 

「ご友人でしたか……。わざわざお越し頂いて、あの子もきっと喜んでいると思います」

 

そんな訳はない。木場は内心できっぱりと断じた。彼自身、巧磨に言われるまでその存在すら忘れていたのだ。そんな人間に対して、喜んでくれる義理も道理もある筈がない。それどころか───

 

(……なんでや?何でそんな考えが出てくるんや?)

 

木場は、再び自分を疑った。どうして『恨まれる』などという言葉が過ったのだろうか?あの件に自分の非は無かった。だのに、どうしてこんなに悲しくて、こんなに虚しいのだろうか。

 

「……すみません、自分らはこれで失礼さして頂きます」

 

木場が選んだのは、引きの一手。一刻も早く、この場から逃げ出したかった。でなければ、この訳の分からない感情に押し潰されそうだった。古畑は放心し、目を見開いたままその場を動かず、何故か巧磨は反対意見を提示しない。安堵した木場は、二人を引き連れる形で橘 翔一が眠るこの場所を後にする。

 

「……良かったら、いつでも来てあげて下さい。翔一は、いつでもここで待ってますから」

 

その去り際、背中に投げ掛けられたその言葉は木場達の心に深く突き刺さった。同時に、膨れ上がっていくあの気味の悪い感情。それは木場が巧磨たちと別れ、病院に戻ってからも掻き消す事が出来なかった。心の中でモヤモヤと燻り続けるそれに名前を付けるなら───"罪悪感"と言う外なかった。

 

 

To be continued…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。