11月なんて無かった。
いいね?
数日後。降りしきる雨の中、木場は橘 翔一の眠る墓の前に立ち尽くしていた。身体がある程度回復して、一人で外出する許可が下りた時、彼の足は真っ先にここに向かっていたのだ。場所は別れ際に巧磨から聞かされていたし、服はその時のスーツをひとまずの帰還祝いとして譲られ、それをそのまま着用している。
どうしてここに足が向いたのかは分からない。だが傘に隠れた彼の表情は、何処か悲しい色を見せていた。
「木場さん……」
不意に背後から聞こえる、彼の名を呼ぶ声。振り返らずとも分かる。古畑 努だ。彼もまた、前と同じ黒いスーツに身を包み、この場所に足を運んでいた。
「───あれ以来、ずっと頭から離れないんです。それまでずっと、頭の片隅にすら無かったのに」
古畑は木場の隣に立ち、ポツリと語り始める。その表情はやはり暗く、彼の苦悩の心を物語っていた。
「……いえ、きっとそれが普通なんでしょう。私は彼の死を間近に見ていながら、その死を真に実感出来ていませんでした。あの生と死が隣り合った世界に身を置きながら、命の価値に麻痺してました」
「……そんでどうしたらええか分からん様になって、気付けばここに、か。何でやろなぁ?来た所で何も無いんは分かっとんのに」
自嘲気味に話す木場の声は、以前とは比べ物にならない程にか細く、そして小さかった。
「……ワシはとんでもない臆病者や。死ぬ怖さも亡くす恐さも二十五層で思い知った筈やったのに、ずっとそれを
命の価値に麻痺していたのは、キバオウも同じだった。部下を数字でしか判断できず、駒の様に扱ってきた彼は、昔の自分を激しく責めた。同時に、それを少しでも正当化しようとした自分に嫌気が差した。今更目覚めた自分の正義が、自分の心を締め付ける。罪悪感に摩耗した木場の心は、今にも決壊しそうな程にボロボロだった。
「なぁ、努……。ワシはホンマに助かって良かったんやろか?」
「それは───」
「ここで生きとってええ人間なんか?こんな何も無いワシやのうて、他のずっと優秀なモンが生き残れば良かったんとちゃうか?生き延びたモンがおれば、そうなれんかったモンもおる。そないな簡単な事やのに、ワシは自分の事しか見とらんかった。ワシはどうしようもないど阿呆や」
木場は、膝から静かに崩れ落ちた。差していた傘が手から零れ、彼の身体は激しい雨に晒される。
「どう償えばええ!? どう贖えばええ!? 分からん、分からんのやワシには!!」
冷雨の中響く、虚しさを帯びた慟哭。止めどなく溢れ出す涙は、雨と共に彼の顔から滴り落ちていく。己の傲慢が齎した
「神様でも仏様でも何でもええ……。誰かワシを裁いてくれんか……」
それが天罰だと言うのなら、死すら甘んじて受け入れる覚悟だった。命を代償に己の罪を、この穢れた手を雪ぐ事が出来るなら喜んで差し出せた。
だが木場は知っている。
このまま全てが沈黙し、ただ時間ばかりが過ぎていくのみ───そう思われた時。
「……キバオウさん」
その沈黙を破り、古畑が口を開く。その声色は木場とは対照的に、非常に落ち着いた芯の通ったものだった。
「私は《軍》の一員として、数多くのオレンジやレッドを捕まえてきました。行動を悔やみ嘆く者、自分を正当化し肯定する者、見苦しく言い逃れする者……その反応は人それぞれでした。中には、悪びれる処か快楽すら憶えていた人間もいます」
それについては、木場も知っていた。そういった人間の存在に木場自身憤りを感じていたし、まさか自分もそれと同類になっていようとは思いもよらなかった。そんな自分を嘲る様に、木場は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「あなたは、さっき自分を『何もない』と仰いました。しかし、本当にそうなんですか?」
「……地位も名誉も、何もかんも手ぇから零れていきよった。これ以上ワシに、何があるって言うんや?」
「じゃあ───」
ガッ!!
古畑は突如、木場の襟首に掴み掛かった。普段の彼からは考えられない荒々しさに、思わず木場は驚き目を見開く。
その顔を見上げると、古畑は目の周りを真っ赤に腫らした、木場と全く同じ表情で彼を睨んでいた。
「その顔は、その涙は!! 一体何だって言うんですか!?」
「……!!」
「何もかも失った? それは違う!! ならば何故、あなたはここにいるんです!? 『自分の罪に向き合うべきだ』と思ったからじゃないんですか!? 彼の死に、自分を保てない位責任を感じてるんじゃないんですか!?」
鬼気迫る古畑の圧力に、木場は言葉を詰まらせた。懺悔の念、呵責の念、様々な感情が渦巻いた彼の顔は剰りに悲痛で、そして剰りに残酷だった。
「失ったのは全部じゃない……。あなたにはまだ、痛むだけの心が残ってるじゃないですか……!!」
膝から崩れ、涙ながらに訴える古畑。雨に打たれ体温が冷える中、彼の握り拳からは確かな熱が伝わってきた。
「俺はあいつらの様な───《
その名を耳にして思い出したのは、この墓石に手を合わせていた彼の、何処か悲しそうな後ろ姿。今なら分かる。あの男が何故自分達をここに連れて来たのか。
もし彼が木場達を訪ねて来ていなければ、二人は罪と向き合う処か、それを知覚する事すら無かっただろう。巧磨は知って欲しかったのだ。人の命の儚さを、プレイヤーとしてではなく、唯の一人の人間として。
(そうか……ワシは)
古畑の言葉は、木場の胸に確かに突き刺さった。それは、彼の心で燻っていたある思いを呼び起こす種火であった。
「スマン、努……。ワシはもう少しで、また逃げ出してまう所やった」
「木場さん……」
「いつまでも目ぇ背けてられんもんな。ここで泣き喚いとるより、ちょっとでもあいつらのために出来る事せなあかんよな……。それが、生き残ったワシらの責務やから」
見上げれば、西の空が少し明るくなり始めていた。長く続いた激しい雨もじきに止み、軈て太陽が姿を見せるのだろう。自分達の役目は、そのぬかるんだ地面を踏み均し、未来へ続く道を照らしてやる事。死んでいった者達が見る筈だった世界を支え、見届けていく事。それが彼にとっての『せめてもの償い』なのだ。
「努は、これからどうするんや?」
「私は……もう一度、自分の生き方を模索してみます。死んでいった人のために、自分に何が出来るのかを考えたいんです」
「……なら、
「……ええ」
すると二人は立ち上がり、微かに差し込む西日を背に歩き始めた。その表情は覚悟を決めた様に重苦しく、また何かに吹っ切れた様に清々しくもあった。
───バァン!
その日、劉崎ワールド・クリエイションの社長室の扉が激しい音を立てて開かれた。
「社長、邪魔すんで」
ずかずかと入り込んで来たのは、所々遠慮の気持ちが見てとれる古畑と、そんな様子が全く無い木場の二人。常人ならこの失敬な振る舞いに、眉間に皺寄せ額に青筋が浮き出る事だろう。
(確かに劉崎さんの所に行くのは分かりましたけど!
礼儀というものを悉く無視した行動がいつ巧磨の逆鱗を撃ち抜くか、古畑は心中穏やかではなかった。出来るならここから逃げ出したい、少なくとも入れる穴が欲しい。そんなことを考えながら、古畑は巧磨の顔を覗く。
しかし彼は怒りを見せる処か、満足そうな笑みすら浮かべていた。
「───随分とびしょ濡れじゃねぇの?」
「……雨降っとったからな」
「いい
「……うっさいわ」
気まずそうに目線を逸らす木場に対し、巧磨は終始にやけ笑いを崩さなかった。
───あれから二ヵ月。木場と古畑は巧磨の紹介で、彼の知り合いの探偵事務所に四号警備担当として就く事になった。
それまでみっちり三週間、巧磨の師匠である磯野 源三と後に帰還者学校の体育教師に就任する土門 海舟による
世間ではALO事件というSAOに続くフルダイブ型VRゲームの一大インシデントが発生した事により、ダイブ技術そのものを問題視する声が広がっている。だが木場達は、それの存続にあまり大きな心配はしていなかった。何故なら和人や巧磨をはじめとした、フルダイブを愛する人間が数多く存在するからだ。彼らは絶対にダイブ技術の衰退など絶対に許さないし、それ以上にそれの悪用を許しはしないだろう。少なくとも、木場はそう信じている。
そんな彼は、今日も橘 翔一の墓前に手を合わせていた。袖を通す服は、公私問わずいつも飾り気の無い黒のスーツ。それは、己の罪を戒めるための喪服であり、楔。背負った罪の重さは、一秒たりとも忘れた事は無かった。
彼は未だ、自分を赦せないでいるのだ。そもそも彼自身、赦しを求めてはいなかった。一生消える事の無いこの十字架を、この身が朽ち果てるその時まで連れていくつもりだった。古畑や巧磨はあまり思い詰めるなと言葉をかけてくれたが、罪の苦しみはそれを犯した本人にしか理解出来ない。だからこそ、行く先がどんな地獄でも、彼は進み続けると決めたのだ。
「………」
一通りの弔いを終え、木場は静かに立ち上がった。ここに来ると、胸が締め付けられる様に苦しくなる。だがこの痛みこそが、己が罪深い事の何よりの証左。決して忘れないよう心に刻み、眠りし魂に誓いを立てる。
その時だった。
「───あ」
ばったり鉢合わせてしまった、最も会うのを憚っていた人物。右手には柄杓入りの桶、左手には手向けるための花束。魂が眠る墓標の傍を、出迎える様に風が横切る。木場にとっての特異点であるこの場所で、橘 千代子はあの日と変わらないくたびれた表情のまま彼の前に佇んでいた。
「あの……先日は、どうも」
思わず顔を背ける木場に対し、千代子は礼儀正しい仕草でぺこりと頭を下げた。感覚を尖らせても、周りには残念ながら誰もいない。彼女が挨拶した相手は、紛れもなく彼ただ一人。流石にそれを無視する訳にもいかず、仕方なく木場も一礼を返す。
「あのお花は……木場さんが?」
悪意一つ無い千代子の言葉に、木場は目線を逸らす。彼女が示す先には、翔一の墓に添えられた質素な仏花。木場はばつが悪そうな顔で、今一度礼を返した。
「……勝手にお邪魔してすんません。ワシはこれで失礼さして貰います」
どうしてか、彼女の前では嘘吐きでありたくなかった。"悪人"として見られる事を恐れていた。既にこの身は、罪に穢れてしまっているというのに。嘘も誤魔化しも封じられた木場に出来るのは、これ以上言葉を交わさず立ち去る事のみ。彼女がこちらに振り向かぬ事を願いながら、木場は足早に歩き出した。
「あ、あのっ……もしかして、いつもあの子のお墓にお花を差してくれるのも……?」
「───っ」
しかしその最後の抵抗すらも、彼女は許してはくれなかった。彼女の言葉に引き摺られる様に、彼は足を止める。
無視して立ち去る事も出来た。しかしそうしなかったのは、それが木場にとって
木場と古畑は、一緒に来る事は少なくなったとはいえ、毎週欠かさずこの墓地を訪れていた。この墓参りは、二人の過去の過ちへの自戒の意味も込められている。それはつまり、後悔や罪悪感といった後ろめたい感情に直接結び付けられているという事でもある。相手がその『過ち』の被害者遺族である千代子ならば、尚更だ。
振り返る事も逃げる事も出来ず、立ち尽くす木場に千代子は再び頭を下げた。
「……ありがとうございます。あの子を気にかけて下さって」
「────っっ!!」
される謂れの無い感謝が、心の傷を深く抉る。そんな資格はとうに失い、向けられるべきは憎しみである筈だった。しかしそうなっていないのは、彼がそれを未だ恐れているからだ。
今なら分かる。ここで最初に会った時、巧磨のフォローが一瞬遅く感じたのは何故か。彼は、木場達に罪を背負う覚悟があるか、その反応を確かめていたのだ。自分のした事を正直に打ち明け、誠心誠意謝罪する。彼はあの時、そうなる事を僅かに期待していたのではないか。
だがその期待を、木場は呆気なく粉砕した。罪を打ち明ける処か、自分の立場をどう誤魔化すかしか考えていなかったのだ。
そんな自分が、今は心底嫌いだ。今も我が身可愛さに、一人ぽつんと立ち竦んでいる。相手は強大なボスモンスターでも、極悪非道のレッドプレイヤーでもない、ただの一人のか弱い女性。序盤とはいえ、SAOの攻略を支えていた頃からすれば、情けない限りだった。
(───ん?)
その時、ふと目に入った千代子の横顔に木場は驚愕した。
それは、非常に安らかな笑顔。あのくたびれた表情は微塵も感じさせない、優しさに満ち溢れた彼女の姿は思わず木場が見惚れる程に綺麗だった。
(……なんでや?)
木場はそれを不思議に思った。何故なら、彼女からは『悲しさ』という感情がこれっぽっちも感じられなかったからだ。
翔一は、寿命を迎え大往生を遂げた訳ではない。SAOという悪夢の世界で、木場達の無茶な作戦によって無念の内に命を落とした人間だ。それは悲しくて当然の事だし、何なら憎しみすら滲み出てもおかしくない。
なのに、彼女にはそういった感情が殆ど無かった。まるで翔一がまだそこに生きていて、久しぶりに帰省した息子と他愛もない日常的な会話を交わしているだけの様な、そんな暖かな世界が木場の目に映っていた。
気が付けば、木場は千代子のすぐ傍まで引き寄せられていた。彼女が見せる優しい笑顔は、木場には太陽よりも眩しく輝いて見えた。
自分を偽るのは、もう御免だった。この清廉な笑顔の持ち主を、これ以上欺きたくなかった。
「あの───」
顔を上げた千代子に、木場はぎこちなく声を掛けた。彼女はキョトンとした様子で首を傾げ、何でしょうかと木場の次の言葉を待っている。
言え。早く言え。言って咎を背負え。そうするだけの責任がお前にはある。
言うな。呑み込んで抑えろ。責められたくなければ。楽でありたければ。
急かす理性と、止める本能。どちらを取っても、待つのは地獄。優しい声が罵倒に変わる瞬間を見るか、弱気な己を何処までも呪い続けるという真綿で首を締めるが如き責め苦を味わうか、ただそれだけの違いである。
だったら、ここで全てを終わらせよう。木場は静かに息を呑み、恐る恐るその口を開いた。
「ワシが……
駄目だった。この土壇場も土壇場で、中途半端な逃げに走ってしまった。
しかもその結果、かなり最悪な形を成してしまっている。『もし自分が息子を殺した人間なら?』など冗談でも言っていい言葉ではないし、最早この上ない侮辱に他ならない。怖じ気付いた結果踏み抜いた超弩級の地雷に、木場の心臓は一瞬にして凍り付いた。そして己の心の弱さを憎み、後悔した。
「あ、えと、今のは、ふざけて言うた訳やのうて───」
さっきの発言を取り繕おうと、必死に言葉を探す木場。しかし、千代子は顔を伏せ小刻みに身体を震わせている。
やってしまった。コミュニケーションの失敗を、心の底から確信した、その時だった。
「……ふふっ」
「え?」
……笑った? 今、彼女は笑ったのか? 何故?
木場の予想とは正反対な反応に、彼の頭は激しい混乱を起こした。それは怒りを隠した笑いでも、呆れを通り越した嘲笑でもないと彼の直感が告げている。
「───すみません。劉崎さんに初めてお会いした時の事、思い出してしまって」
劉崎? 何故そこで彼の名前が? その答えを知るべく、木場は烏滸がましくも聞き返してみる事にした。
「それは……どういう───?」
「とても驚きました。その時の劉崎さんは頭に包帯を巻いていて、私の顔を見た途端、真っ先に土下座されたんです」
「ど、土下座?」
「ええ。『息子さんが亡くなった責任は私にある。それを果たすために、私達は最大限の支援をするつもりだ』とか、『殴りたければそうしてくれて構わない、その資格があなたにある』と。信じられないでしょう? でも、本当にあった事なんですよ」
千代子の言う通り、にわかには信じ難い話だった。あの総勢数十万の社員の頂点に立つカリスマ性の権化とも言うべき巧磨が、一人の主婦に土下座してみせた。彼とは違い、巧磨には批判や罵倒を受け入れる覚悟があった。見て見ぬふりも出来たというのに、友のために罪を背負うその勇気に木場は言葉を失った。
「そんで、どうしはったんですか……?」
すると彼女は、微笑みを浮かべふと空を見上げた。過去に想いを馳せ風を眺めるその姿は、何処か清々しい雰囲気を醸し出していた。
「……最初は、何を言ってるんだと呆れて困惑しました。ですが、やり場の無い怒りと悲しみの捌け口を示された事で、遠慮無くそれをぶつけてしまおうかとも思いました」
落ち着いた口調で語られる、その時の彼女の心境。今でこそ優しい雰囲気に包まれているが、子どもを亡くして間もないその頃では、激情の嵐が渦巻いていたのは想像に難くなかった。
「ですが、劉崎さんの頭の包帯を見て、それで良いのかという疑問が生まれました。きっと彼は、私の他にも沢山の遺族の方々に同じ事を言ったんだと思います。あの怪我は私じゃない誰かが、私と同じ感情をぶつけてしまった結果なのかもしれない。そう考えた時、私はあの子の───翔一の母親である意味を思い出したんです」
頭の傷───そう言われ、木場は巧磨が訪ねて来た時、彼の額に絆創膏が貼ってあった事を思い出した。あの傷は、巧磨のものであって巧磨のものではなかった。彼が己の責任として背負い込んだ、被害者達の心の傷そのものでもあった───
(……ん?)
「私がしなきゃいけない事は、あの子を亡くした悲しみを振り回す事じゃない。あの子の『親』として、一人の大人として、あるべき姿を示し続ける事なんだ、って。あの子が
その時、木場は明らかな違和感を感じた。あの反吐が出る程場違いな例え話から、どうして巧磨の土下座話が出てくる?話す側である木場には一瞬両者が似た状況の様に思えたが、聞く側の千代子には全く違う話である筈だ。なのに、何故───
「……そういえば、質問に答えてませんでしたね。
───ああ、そうか。そういう事か。
「だって、いつもここにお花を添えられる方が、悪い人な筈がないじゃないですか」
この人は、分かっていたのだ。息子を死なせたのが、目の前にいる彼であると。あれが木場にとっての、
その上で、彼女は彼を赦すと言っている。怒りや憎しみを振り切り、優しい笑顔を向けてくれている。それだけで木場は、これ以上ない位救われた気持ちだった。
「だからこれからも、ここに来てあげて下さい。あの子はいつでも待ってますから」
そう言い残し、千代子は墓地を去って行った。その背中を見つめ、木場はただ立ち尽くす。その手が握る拳の中に、確かな熱を宿しながら。
次第に彼女の姿が見えなくなり、拳も徐々に解れていく。代わりに頬を伝い落ちる、
救われても良いのだろうか。楽になっても良いのだろうか。誰に向けた訳でもないその問いは、果てなき空へと消えていった。答えが返る筈もなく、代わりに風が雫を拭い去っていく。
栄光を求めた人がいた。栄光に縋る人がいた。欲に溺れ、罪を犯した馬鹿がいた。
そんな馬鹿に、手を差し伸べた人がいた。背中を押した人がいた。光をくれた人がいた。
これは
───呪いの先に、祝福の光あれ。
His road is being continued…
それは懲罰か、はたまた救済か。どちらでも良いと男は言う。その道が棘で覆われていようと、彼は進む。背負った十字と向き合いながら、償いを果たす刻まで。