"GGOにダイブする用意が出来た。"───そう伝えてきた菊岡に指定され、和人が足を運んだのは、彼にとってそれなりに馴染みのある場所だった。
「……まさか、またここに来るとはなぁ」
そこは彼がSAOから目覚め、身体機能回復のためのリハビリに何度も通った病院。エギルの紹介で購入した小型二輪を駐輪場に停め、和人は歩き慣れた構内を進んでいく。
不安は勿論ある。菊岡は最善を尽くすと約束してくれたが、
だからこそ、彼は行かない訳にはいかなかった。その『万に一つの可能性』を、見知らぬ誰かに背負わせたくなかった。彼自身、お人好しにも程がある、バカらしいとすら感じる行動原理。そんな
(アイツの変な正義感、
思い出すのは、今は日本にいない年の離れた友人。現実から乖離したあの世界で、人が人同士で殺し合うまで追い詰められる中、命について最も真摯に考えていた男。
(……アスナもサチも怒るだろうなぁ)
彼女達にこの件は話していない。一旦GGOにコンバートする事までは伝えてあるものの、その先まで話してしまうと必ずやめさせようとするか、諸共首を突っ込んで来る確信があった。何故ならば、自分が逆の立場でも絶対にそうするから。彼自身がそうである様に、彼女達もまた、和人が危険な目に遭う事は何としても避けたいだろうと分かっていたからだ。
「何だい何だいニヤニヤしてさ、まーた彼女の惚気話?」
するとその時、背後から
「……安岐さん、こんな所で何やってるんですか。人の顔観察してる暇あったら仕事して下さい。あとニヤニヤしてないです」
「いーや、ニヤついてたね。あれはどう見ても腑抜けたアホ面だったよ和人クン」
安岐 ナツキ。彼女はこの病院に勤める看護師で、SAOから生還して、身体能力を取り戻すためにリハビリする和人のサポートを担当していた。その頃はまだ目覚めていなかった、明日奈の事で頭が一杯だった和人も、積極的にコミュニケーションを取ってくる彼女の前に徐々に心を開いていったのだが……。その方面のセンサーが矢鱈鋭いお陰で、和人に想い人がいる事を早々に看破。他人の恋バナ、特に青春真っ只中の高校生のソレとなれば興味を持たずにはいられない様で、リハビリで顔を合わせる度にやれ見た目はどうだの、馴れ初めを聞かせろだの、挙げ句の果てに
「それで、こんな所で何やってるのかって? そりゃあ仕事に決まってるじゃない。勿論、
「……まさか」
「そゆこと♡」
これがドラマのワンシーンだったなら、間違いなく脚本にハートマークが付いていたであろう蠱惑的な口調で肯定するナツキ看護師。この状況を仕向けたに違いない張本人、菊岡の愉悦めいた顔を想像し、和人は頭を抱えた。あの腹黒眼鏡、リハビリで見知った顔だからとそれっぽい理由を付けてこの愉悦部二号を差し向けて来やがったのだ。彼は呆れてため息を吐き、指定された病室の扉を開く。
「あの人が見当たらないって事は、どーせしょーもない伝言預かってんでしょ、重要な事じゃないでしょうしさっさと始めますよ」
病室の中は広めの個室であり、その空間の一区画を物々しい雰囲気のモニタリング機器が占拠している。コードに繋がれたその先には、肉体の生命情報を読み解く電極パッドがベッドの上に無造作に置かれていた。
「あら残念。一応書類で預かってるけど」
「多分開けない方が良いパンドラの箱ですよ。特に安岐さんには」
「開けるなって言われると、開けたくなっちゃう事って───」
「な い で す」
そう言って、和人はナツキ看護師から書類入りの封筒を奪い取った。中身は恐らく『美人ナースと二人っきりだからって羽目外すなよ?』的なそれ自体がセクハラ案件な代物だろう。勿論間違ってもそんな気は起こさないし、下手すれば
問題はその先、腹黒愉悦部第一号『
因みに
「全くつれないわねー。まぁいいか。それじゃモニタリング始めるよ、準備いい?」
「いつでも」
ベッドに横になりながら答える和人。安岐さんが仕事には誠実な人で本当に助かった、と彼はホッと胸を撫で下ろした。
アミュスフィアを装着し、視界を天井から瞼の裏へと移していく。ここから先は、普段やっている事とあまり大差ない。
「リンク・スタート」
いつもの言葉を合図に五感を全て仮想現実に委ね、電子が司る世界へと身を融かす。慣れた手付きでアカウントを呼び出し、認証。使うのは勿論、デスゲームから使い続けた己が分身《キリト》。現在ALOに登録されているそれを、GGOにコンバートさせる。コンバートの手続きやチェックを諸々済ませ、アイテムや所持金の消失に関する承認も実行。予めエギルの商店倉庫に粗方放り込んで来たため、その辺りも抜かりは無い。
(……今回の銃の世界、俺の技術はどこまで通用するだろうか)
最終確認を全て終え、接続待機中に和人はふと考えた。ノリと勢い半分でこの仕事を引き受けたは良いものの、VRでは剣による接近戦大半と魔法による中距離戦少々の経験しか持たない彼にとって、互いが互いに遠距離戦主体となるシューティングゲームは殆ど未知の領域と言って良い。まして、仮想敵は対象を撃つだけで人を殺せる可能性がある存在。相対するには相性が悪過ぎる。
(こういう時アイツなら───いや)
あの何よりも頼もしい背中を思い出そうとし、止める。彼をどれだけ自分に重ねたところで、彼と同じになれる訳ではない。それに彼と並び立つためには、“彼と同じ”ではいけないのだ。
(それにアイツ、理屈が通用しない───いや、最早『理屈で捻り潰す』からなぁ……)
ソレは『魔法使えようが空飛べようが結局は物理に支配されてるワケだから、SAOルール縛りでもALOの軍隊にワンチャン勝てる』などと言って、単騎・投擲のみでサラマンダー軍五十人にノーダメージ勝利してしまっていた事を思い出し、思わず笑みが零れた。
やがて接続が完了し、新たな仮想世界への道が開かれる。身体は次第に感覚を取り戻し、《キリト》としての自分が形造られていく。
ダイブ完了。真っ先に鼻につく鉄と硝煙の臭いが、これまでの世界との決定的な違いを否が応でも叩き付けてくる。そして視界に広がるのは、重厚の二文字が相応しい煤けた近未来の街並み。その中を歩く人々の幾らかに見える、ギラリと光る銃身。冷たく無機質に存在感を放つそれらは、セーフエリアである筈の街中でもなお禍々しい。
続いて、自分の容姿を見下ろしてみる。特筆すべき所の無い、しかしてこれまた近未来的な初期装備らしき白い服装。黒でない事はやや残念ではあるが、ランダム生成の確率を恨んでも仕方ない。それに、いつもと嗜好を変えて白基調の装備にしてみるのも、サイドに垂れた黒髪が映えて良いかもしれない───
「……ん?」
そこでキリトは違和感に気付いた。
「………なんでさ」
映った顔は、男と呼ぶには可愛すぎる女顔。さらに黒の長髪。言動にさえ注意すれば、完全に女性として振る舞える程にベストマッチな組み合わせだった───。
To be continued…
モチベーションはそこそこあるのに、日本語(母国語)が苦手過ぎて進まない今日この頃。