紅蓮の皇   作:Skullheart

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明けましておめでとうございました

気付けばもう2月ジャマイカ……


邂逅

「いや、まだだ……。まだ慌てるような時間じゃない」

 

キリトは大きく息を吐き、思考をリセットさせる。

 

「いつも通りの立ち回りが出来なくなった、ただそれだけの話だ。想定していたのとは違うけど、良くも悪くも目立つ方が情報を集められるだろうし、寧ろ好都合とも考えられる………か?」

 

殺伐とした世界だけあって、目に映るプレイヤーは殆どが屈強な身体の男のアバターを使っている。そんな中でまるで少女のような見た目の自分が活躍すれば、否が応でも目立つに違いない。

 

……不本意でもそう生まれてしまった彼としては、ガタイの良いアバターが少し羨ましくはあるが、長所になり得る点は積極的に活用していかなくては。

 

下調べでは、今日GGO最大の大会である《バレット・オブ・バレッツ》───通称BoBが開催されるらしい。そこで好成績を出せば、《死銃》についての情報も幾らか入って来るだろう。あわよくば本人に接触する事も可能かもしれない。何にせよ、まずすべき事は。

 

「……武器屋、探すかぁ」

 

装備を整える事。なけなしの初期所持金に再びため息を零しながら、キリトはGGOでの第一歩を踏み出した。

 

 

 


 

 

 

───数分後。

 

「……」

 

「……」

 

「……確かに武器屋探すって言ったけどさぁ」

 

そこには、途方に暮れるキリトの姿があった。

 

「誰がコトブキヤ探せって言ったよ!?」

 

目の前にあるのは、武器を置いているとはとても思えない模型店。ショーウィンドウには、銃ではなく精巧に作られたスモールサイズのロボットや人形が幾つも展示されている。

 

このメーカーのフィギュア・プラモは仮想世界でも人気で、特にプラモが「現実では不可能な設計構造」「ギミックのこだわりがヤバい」「ここまでやるか」とマニアからも高い評価を得ているとか。しかしそれがどこまでハイクオリティだろうと、今のキリトの需要には微塵も噛み合っていないのだが。

 

広大かつ複雑な上下構造をした、GGOの中央都市《SBCグロッケン》。ここからまた無闇に歩き回れば、かの某駅の地下迷宮の如く土壺(ドツボ)に嵌ってしまうに違いない。やはり、マップを事前に一度見ただけで理解するのは無茶だったか。

 

《BoB》の開催は今日。もう一度迷子になる時間は無い。つまり、手段を選んでいる場合でもない。ならば形振り構わず、適当な人に道を聞くしかあるまい。

 

軽く周囲を見渡し、話しやすそうな人物を探す。キリトとしては、なるべく同年代の人間が好ましい。その具体的な基準になるのは、見た目と身長。自分のそれを目安に、近くの通行人を判別していく。

 

「おっ」

 

一人、それに合致しそうな人を見つけた。水色の髪、華奢めの身体。後ろ姿なので正面の顔は分からないが、背丈からして十代なのは間違いない。

出来ればいい人でありますように───社会の善意と良くはない自分の運に祈りながら、キリトは恐る恐るその人物へと距離を詰めていく。

 

「あの……ちょっと道を───」

 

そして、声を掛けてしまった瞬間彼は『やらかした』と思った。

 

自分のアバターは、もしかすると身長も縮んでいたのだろうか、予想していたよりも頭身が小さい。さらに、首元から伸びるマフラーによって気付かなかったが、肩周りのラインが滑らかな曲線状をしている。

 

道理で華奢だと思った筈だ、何故ならその人は『女性』だったのだから。

 

仮想世界において、男性から初対面の女性へ道を尋ねた場合、その目的の七割はナンパだと言われている。まぁ正直現実もそう変わらないと思うが、今重要なのはそんな事ではない。体型の変化を考慮しなかった自分自身と、このタイミングでこういうゲームでは珍しい筈の女性を引き当てた己の屑運をキリトは心底恨んだ。

 

振り向いたその華奢な少女は、やはり警戒心を持った目をキリトに向ける。整った顔立ちの中、氷の様に冷たく光る眼。一本芯の通った、真っ直ぐな立ち振る舞い。まさにクールビューティーという言葉が似合う、彼女の放つ矢の様な視線が彼を釘付けにする。

 

(あっ終わった)

 

そしてその瞬間、彼は詰みを確信した。

 

これまでの経験から言って、女性というものは、こういう場面において確実に容赦をしない。相手がナンパする様な軽い男なのだ、残当と言われれば残当なのだが……。

余談だが、これを機にキリトは『出来れば本当に道を尋ねたかった、残り三割の純粋な男子の事も考えて欲しい』と思う様になったとか。

 

それはさておき話を戻すと、キリトは今その少女に絶賛睨まれている訳なのだが、どういう事か彼女はキリトの姿を認識すると、先程の警戒を嘘の様に(ほぐ)した。『ああ、分かる人には分かって貰えるんだなぁ』と、誤解が解けた事に心底安堵し───

 

「ああ、もしかして()()()()()()? どうかしたの?」

 

アッ違う、単純に女の子だと思われてるだけだわコレ。誤解が解けたどころか、全く別の誤解が生まれてしまった。

 

これにはキリトも一瞬呆気に取られた。そして慌ててその間違いを訂正しようとして………己の頭に、どちらかと言えば悪魔寄りの考えがふと過ぎった。

 

(………このまま通すか)

 

ここで自分が男だと明かせば、最初の誤解が再浮上してくる可能性が高い。現状最も平和的な解決方法は、相手の勘違いに乗って女として振る舞う事。

 

無論バレた時に少なくないリスクを背負う事になるが、バレる前に離脱すれば問題無いし、バレた時の事はバレた時に考えれば良い。そんな楽観的な思考を以て、キリトは深い深い業に両足を突っ込んだ。

 

「……そうなんです〜。今日始めたばかりで右も左も分からなくて………。とりあえず武器屋と、あと総督府?とかいう所に行きたいんですけど……」

 

ギリギリ男子でも出せる、中性的な低音のハスキーボイス。さらに硬さを崩した柔和な笑顔を加えた一連の所作は、最早TVに映るアイドルと比べても遜色ない。だが男だ。まさかこんな所で、アスナやリズを筆頭とした女性陣にさんざ女装させられまくった経験が活きるとは、キリトも想像すらしていなかった。

 

「えっと……武器屋(ガンショップ)はまだ分かるけど、総督府? どうして?」

 

その少女は、キリトの告げた目的地に首を傾げた。

そのような反応が返るという事は、そこは初日に行くべき所ではないのだろう。だがここで下手に隠したり嘘を言ったりすれば、逆に怪しまれてしまう可能性が高い。ならば多少変に思われる事は覚悟の上で、可能な限り正直に話すのがベストだ。

 

「あの、《BoB》っていうのに出てみたくて」

 

「え、《BoB》に? ……その、ビギナーが出ちゃダメってルールは無いけど、始めていきなりってのはちょっと厳しいんじゃない?」

 

「いえ、実は他のゲームからコンバートして来てて……。なのでステータスとかパラメータの方は問題無いと思います」

 

「へぇ、そうなの……。分かったわ、丁度私も総督府に用があったし。それじゃまずはガンショップね? こっちよ、ついて来て」

 

それで何とか納得してくれたらしく、彼女はキリトの前に立ち先導を始める。キリトもはぐれない様にその後を追い掛けていくが───上がったかと思えば下がったり、右に入ったと思えば左に抜けていったりと、巡る経路は複雑過ぎて頭が痛くなりそうだった。

 

ALOの下手なダンジョンよりもダンジョンしているこの街は、しかしてSAO第五十層市街区《アルゲード》のあの迷路の様な街並みを想起させ、少しだけ思い出した懐かしさにキリトも思わず笑みが零れる。

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

道中、少女は背中越しにキリトへと話し掛けた。

 

「どうしてこんな鉛臭い所にわざわざコンバートしようと思ったの?」

 

「あ、えと……。今までファンタジー系のゲームをやってたんですけど、今度はこういうリアルな世界もいいかなーって」

 

ここは流石に誤魔化さざるを得なかった。バカ正直に、『仮想世界越しに現実の人間を撃ち殺せるか確かめに来た』などと答えようものなら、自分が女性だろうと即ヤベーヤツ認定されるに決まっている。それに、こういう世界も全く興味が無い訳ではなかったので、別に嘘は言っていない。

 

「成程ね。じゃあ、銃とか握るの初めて?」

 

「ええ、まぁ」

 

「それで《BoB》に出ようなんて、中々肝が据わってるじゃない。ほら、着いたわ」

 

気付けば、二人は路地から賑やかな繁華街へ出ていた。目の前にあるのは模型店などではなく、ちゃんとした、それもかなり大きなマーケット。その威容と漸く辿り着いたという感動で、キリトは感嘆の声を漏らした。

 

「ホントはもっとディープな専門店の方が、掘り出し物が多くてお得なんだけど……銃が初めてなら、どのジャンルが自分に合うか探すためにもこういう所の方が良いかと思って」

 

「ははぁ」

 

銃初心者のキリトに対して最高の気遣い、非常に恐縮である。何せこの男、銃に関してはリボルバーとオートマチックの違いしか理解していないのだ。アサルトライフル?サブマシ?何ソレ美味しいの?な状態である。

 

最も、それ以前の問題を彼は失念していた訳だが。

 

「あれ? そう言えば所持金って……」

 

「あ」

 

そう! 現在キリトの懐には、なけなしの初期配布金しか入っていないのである! 具体的にはジャスト一〇〇〇クレジット。これでは新しい銃どころか、初期装備で与えられた光学銃(レイガン)の予備マガジンを揃える事すらままならないのだ!

 

「……あのね、どうしても困ってるなら───」

 

「いやいやいや! そこまでしてくれる必要無いですよ!?」

 

いくらビギナーであろうと、他人に金銭を工面して貰うのは褒められたものではない。何よりゲーマーの端くれとしての矜持が、この一線は越えてはならないと叫んでいる。

強請(ねだ)るな、勝ち取れ。』

それが戦う事を許されたこの世界での、我々の暗黙の了解。最低限のルールなのだ。

 

「手早く一気に稼ぐ方法……そうだ、カジノとかは?」

 

「あんなのは二万くらい持ってって全スリ覚悟で行く所よ。現実的じゃないわ」

 

案の定そんなオイシイ話がある筈もなく、キリトはガックリと肩を落とす。やはり諦めるしかないのか……そう思った時、

 

「まぁ、似たようなものならそこにもあるけど。ほら」

 

その少女の言葉に、キリトは勢い良く顔を上げた。

 

彼女の指差す先にあったのは、近未来的な店内とは対照的な、見るからに西部劇っぽい雰囲気を醸し出しているスペース。幅三メートル、奥行き二十メートル程の細長い直線状のレーンの先に、これまた如何にもなガンマン型の等身大カラクリ人形が佇んでいる。

 

「一回につき五〇〇クレジットで、あのガンマンが撃つ弾に当たらずに近付いていくの。十メートルで一〇〇〇、十五メートルで二〇〇〇、ガンマンにタッチ出来たら()()が全額バック」

 

「アレ?」

 

「あそこに金額が書いてあるでしょ? あれ、今までコレに()ぎ込まれて貯まった総額なんだけど、それが全部バック」

 

その言葉通り、ガンマンの後ろの、それらに合わせたウエスタンバーのハリボテには、看板の代わりに金額と思しき数字がカウントされていた。言われてみれば、成程下三桁が綺麗に五〇〇で切れている。

 

そして何より驚くべきは、幾多の勇者が挑み、散ったであろう事が容易に想像出来る数字の大きさ。

 

「……アレが?」

 

「そ。全部」

 

その額、およそ三十万クレジット。

現所持金の約三百倍にも貯め込まれた賞金は、同時にこのミニゲームの難しさをこれ以上無く物語っていた。

 

「ほら見て、またプール額を増やす人がいるよ」

 

視線を戻すと、そのミニゲームの入口に一人のプレイヤーが向かっていくのが見えた。寒冷地仕様と思われる装備をしたその男はゲート右のキャッシャーに掌を当て、同時に看板の数字が五〇〇上昇する。鳴り響く歓迎のファンファーレが、娯楽好きなギャラリーを寄せ集めた。

 

始まるカウントダウン。ギラリと光るガンマンの銃口が、血気盛んなチャレンジャーを挑発する。

 

そしてスタート、瞬間(ひら)くゲート。

 

「ぬおおおぉぉぉおおあああ!!!」

 

気合の込もった叫びと共に、男は勢い良くレーンを駆け出していく。彼の装備が軽量型であるお陰だろうか、そのペースは想像していたよりずっと速い───が、ニメートル程進んだ地点で突如大股を開け、身体を反らして立ち止まった。何も知らずに端から見れば、変な踊りを踊っている様に見えたかもしれない。

 

すると刹那───その珍妙なポーズに合わせ、開いた股の間、反らした胸の上を、真っ赤な軌道を伴って銃弾が通り抜けていった。それはまるで、弾丸が何処を通るかを予め知っていたかのように。

 

「今のは───」

 

「弾道予測線。相手が撃つ弾丸の軌道を、ああやって赤いラインで示してくれるの。けど……」

 

彼女の視線の先では、先程の様にユニークな体勢でガンマンの弾を避けながら、チャレンジャーの男が徐々に目標に接近していた。ポーズ自体は非常に奇妙であるものの、なかなかどうして器用に避ける。

 

このまま順調に行けば───そう思われた矢先、男が十メートルラインの二、三メートル手間まで到達した瞬間、三発同時に撃っていたそれまでとは趣向を変え、足元に二発()()()放ってきた。地を這う様に標的へ向かう弾丸、対して男は跳躍を選択し、これを回避する。

 

「あっ」

 

キリトは思わず声を漏らした。

シューティングに疎い彼でも分かる。それは間違いなく悪手なのだ。何故なら今の二発は、その回答を誘発させるために撒かれた餌なのだから。

 

案の定、逃げ場の無い空中におびき出された男の胸元に、タイミングをズラして放たれた弾丸が襲いかかる。彼も漸く自らの失策を覚ったか、苦い顔で無理矢理身体を捻る。

 

果たして銃弾は、捻った身体の僅か四ミリ左をすり抜けていった。しかしその代償として大きくバランスを崩した男は、足での着地に失敗し派手に転倒してしまう。

 

なんのこれしき、と素早く立ち上がろうとする男だったが───その前に銃弾は彼の脳天を穿った。これまでよりも段違いに早いリロードインターバル。恐らく想定されていたであろうパターンでまんまと仕留められた男を嘲笑うかの様に、へろへろ~と気の抜けたラッパの音が鳴る。

 

「見たでしょ? 七メートルラインを越えた辺りからガンマンのリロードがインチキめいた早さになるの。加えてあのレーン、横幅狭いから避けるのも難しいし」

 

「……へぇ」

 

肩を落としてとぼとぼレーンから出ていく男を横目に見つつ、キリトは隣の少女の言葉に相槌を打つ。

 

「───成程ね」

 

「ね? 無理ゲーだって事がよーく分かっ───」

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

「……はぁ!?」

 

さっきの説明をまるで聞いていなかったのか。そう言いたげな少女の素っ頓狂な声が上がるも、時既に遅し。キリトはとっくに入金を済ませ、ゲート前にスタンバイしていた。

 

続けて二人目の挑戦、更には今の彼の見た目も相まって、先程よりも多めのギャラリーが集まってくる。その中には、今しがたチャレンジに失敗したあの寒冷地装備の男も見受けられた。

 

再び始まるカウント。狙いを定めて視線を寄越すガンマンを、キリトは冷静に睨み返す。

 

三。

 

二。

 

一。

 

零───同時に、キリトの右脚は地を蹴り飛ばした。

 

「な───」

 

見えなかった。その場にいた誰もが、華奢な体躯の挑戦者を見失った。それどころか、加速する瞬間すら───その目に焼き付けるのを許されなかった。

 

リュウから学んだ"縮地"を、剣道にて培った踏み込みと組み合わせて昇華させたシステム外スキル、名付けて《クイック・ブースト》。先の男の初速とは比べ物にならないそれは、ガンマンが初弾を放つまでにキリトの身体を四メートルラインへ届こうかという所まで到達させていた。

 

漸く撃ち出される弾丸、しかしキリトはそれを滑らかに躱していく。川を流れる水が、岩や石の間を縫って進んでいく様に。行く手を阻む筈の弾丸は、足止めはおろか彼を減速させるにも至っていなかった。

 

七メートルライン通過。ここから先は、著しく難易度が上がる。

 

パターン通り、まずは獲物を空中へ誘い出す二発の弾丸が、キリトの足元に向け放たれる。だがキリトは、それはもう見たと言わんばかりに弾と弾の間を走り抜ける。地に足が着いていれば、その後に飛んでくる胸元の弾丸なぞ躱すのは造作もない。読み通りの場所を抉りに来たそれを、彼は難なく回避した。

 

間髪入れずに次の弾丸が来る。流石人間離れした高速リロード、されどキリトはそれすらも余裕で避けていく。弾道予測線など最早意味を成さない、見てからでは決して間に合わないタイミングであるにも関わらず。

 

と言っても、彼にとっては特別難しい事をしている感覚は無い。何故ならそれは、ALO以前で(こな)してきた技術の延長線でしかなかったから。

 

『人間ではない』利点を活かし際限無く弾を撃ち続けるガンマン人形は、『人間に似せる』という意味では正しく人形の役を果たしていた。その一挙手一投足は、まさしく人間の動きそのものだった。

 

そしてそれは、照準(エイミング)においてでも例外ではない。人間が狙いを定める時、その方向を目視で確認する様に───あの人形もまた、射撃の直前に必ず視線を寄越しているのだ。外からの観察、そして先程の初弾でそれは確信を得た。

 

であれば、後は視線の方向から大体の弾道を予測するだけ。それが出来たなら、最早回避するのは容易い。彼が身を置いてきたのは、ほんの刹那で相手の視線を分析し対処する白兵戦の世界。弾道予測線なんて物が表示される隙がある環境で回避に失敗したとなれば、皆から笑い者にされても文句は言えない。

 

……最も、白兵戦はおろか予測線込みだとしても、視線分析が行なえるのはキリトを始めとしたたったの数人程度しか存在しないのだが。今まで知り合った仲間が皆ハイレベルな水準で纏まっている彼にとって、それは現在知る由も無かった。

 

十メートルライン突破。ここが丁度中間地点となる

 

最早インターバルと呼べる間があるのかも分からない連続射撃。その上ただ無作為に散らすのではなく、的確に彼の封殺を狙っている。視線で先読み出来るとはいえ、こんな馬鹿げた早さの前ではキリトの反応速度でも五分五分といった所か。

 

しかし、驚異的な間隔で放たれた弾丸のそのどれもが、彼に命中する事なく後方へと消えていった。本人はさも当然と言いたげに、余裕の笑みを溢しながら。

 

運が良いから、などというそんな陳腐な理由では断じてない。

 

着弾の瞬間に加速、又は減速する事によって、接触する筈だったタイミングを僅かにズラし。

その先の行動をも一瞬幻視してしまう程流麗なフェイントによって、ガンマンが通す射線をほんの少し逆サイドへと誘導する。

 

それらは微小な変化に見えるものの、回避の成功率を格段に上げる技術。NPCがミス一つ無い精密な射撃を行なうからこそ、キリトはそれを逆手に取って動いていた。

 

ここで特筆すべきは、彼の移動速度だろう。スタート時のそれと比べても、殆ど遜色無い速さを保っている。減速する瞬間を、NPCが認識出来る最小限の領域にまで抑えているのだ。

 

全体的な速度を落とさず、前後左右に細かく動いて揺さぶりを掛け、それでいてフェイントも欠かさず入れていく。そんな芸当が成せるのは、(ひとえ)に彼のその走法に因る所が大きい。

 

その走法とは、ダッカーより学んだ技術。まるで小型のバーニアでも各所に装備しているかの様な、変則的な軌道。

小刻みに加減速を繰り返し、弾を紙一重で回避する様はまさに変幻自在。日本に造詣(ぞうけい)の深い外国籍プレイヤーがいたならば、そんな彼を"ニンジャ"と称えていたかもしれない。

 

そして、十五メートルライン到達直前。この先は誰も到達し得なかった未知の領域、しかし凶悪な難易度である事は間違いない。

 

だがキリトが十五メートルラインを踏んだ瞬間、それは突然に牙を剥いた。

 

なんと()()()()()()。その予測線は彼の周囲を遮る様に伸び、どう考えてもクリアさせる気の無い鬼畜仕様にギャラリーは一瞬言葉を失った。

 

今までの傾向から考えて、これで逃げ場を潰した後、弾が通過するより早くリロードを終わらせ集中砲火を仕掛ける魂胆なのだろう。目標まで残り五メートル弱、避けながら進んでいくにはその距離は些か遠すぎる。

 

今度こそ詰んだ───少女を含めた、ギャラリーの誰もがそう確信した。ここで脱落した所で、誰も彼を(けな)したりする気はない。寧ろよくここまで躱し切ったと称賛されても良い功績だっただろう。

 

しかしそんな彼らの予想を、キリトはまたしても軽々飛び越えていった。

 

予測線が六本同時に伸びた、その瞬間。不規則に動いていたそれまでとは打って変わり、彼の右脚は強烈な一歩を踏み切った。その直後、キリトが左足で『着地』したのは……()()()()()()()()()()()()

 

それは、およそ四メートルの距離を───そしてその間に用意されていたであろうギミックを、一瞬にして全て飛び越える超高速滑空(グライド)。予測線が囲い込むそのど真ん中を、大胆にも一直線に突き抜けていった。

 

参考元は、サチとアスナの突撃(チャージ)技だ。しかしそのスピードの反面、加減速のベクトル制御が難しく、距離の開いた序盤から使ってしまうと、所謂『置きエイム』によって迎え撃たれる危険性もあった。故に、それが最大限の効果を発揮出来るこのタイミングを彼はずっと待っていたのだ。

 

着地した彼のすぐ横を、弾丸が通過していく。銃口は、未だキリトに向けられたままだ。どれだけ早いリロードだろうと、ここまで接近してしまえば最早隙も同然。予備弾装に手を伸ばすより、こちらが一歩前に出て触れる方が断然早い。

 

前に出るだけ。そう、一歩前に───

 

 

 

 

───その瞬間、キリトは背筋に悪寒を感じた。これまで戦い抜いてきた彼の直感が、これはマズイと警鐘を鳴らしていた。

 

しかし残念な事に、その場所から手を伸ばしてもガンマンにはギリギリ届かない。だが、一歩踏み込んでからでは恐らく間に合わない。それを本能で嗅ぎ取ったキリトは、思い切って判断を己の身体───咄嗟の反射に委ねる事にした。

 

果たしてその行動は、最善の選択を手繰り寄せると共に、それを見た全員の度肝をブチ抜く事となる。

 

「ぅらあッ!!」

 

カァァァァン、と甲高く響く乾いた金属音。振り上げられた真っ直ぐに伸びる右脚。一瞬にして繰り出されたその動作(アクション)は、極限まで尖鋭化された集中力が成せる一種の芸術。

 

それは、見事なまでに洗練された()()。着地した左脚を軸に滑空の勢いを利用して放った、銃身を的確に射抜く廻し蹴りだった。

 

刹那、逸らされた銃口から『何か』が連続して発射される。リロードを行なった素振りは一切無かったにも関わらず、だ。

 

その『何か』は青白い直線を描きながら、キリトの身体の僅か数ミリから数センチ横を順に通過。そしてレーンの外側、少女の真上を経てその後方の壁へと着弾していく。

 

その数、およそ()()

 

「……レー……ザー……?」

 

その軌跡は、まさしくレーザーのそれ。先程まで実弾を発射していたその銃から、マガジン交換も無しに撃てて良いものではない。ただのチート武器による初見殺しでしかなく、これは最早難易度で片付けられる範疇を超えている。

 

それを証明するかの様に、強烈な威力で銃を蹴られた筈のガンマンは瞬く間に体勢を立て直し、再び銃口をキリトへと向ける。

 

しかし時既に遅し。キリトの左足は、既に詰みの一歩(チェックメイト)を踏み込んでいた。

 

───いや、地を穿たんとばかりに全体重を掛けたその踏み込みは、寧ろ『震脚』と呼んだ方が相応しいかもしれない。それに引っ張られる様にして、右手に形作られる握り拳。

 

そしてそのまま、がら空きになっているガンマンの左頬を……思い切りぶん殴った。

 

「あっ」

 

思わずキリトが声を漏らす。だが気付いた所でもう遅い。バズーカの如く打ち出された右ストレートは完璧にクリティカルヒット。ガンマンを錐揉み回転させながら綺麗に吹っ飛ばし、三メートル程先にあったウエスタンバーのハリボテまで叩き付けた。飛距離が、そして派手な激突音が、その威力の凄まじさを物語る。

 

「………Oh……my god………」

 

最期にガンマン人形はそう言い遺すと、ハリボテから(あふ)れ出る大量の金貨に呑み込まれた。続けて鳴り響く、ゲームクリアを祝福するファンファーレ。呆気に取られていたギャラリーの面々は、ここで漸く我に返る。そうだ、これはそういうミニゲームだったと。

 

次に上がるのは、割れんばかりの歓声。ある者は拍手、ある者は口笛、またある者はカメラ機能でスクリーンショットを撮るなどして、前人未到の偉業を成し遂げたスーパールーキーを盛大に出迎える。

 

それとは対照的に、『やっちまった』という顔でレーンを出て来るキリト。皆が遊ぶゲームを文字通り破壊したにも拘わらず、浴びせられるのは称賛の嵐。あまりの温度差に、彼は戸惑いを隠せない。

 

「えっと……? すみません、壊しちゃいました……?」

 

そんなキリトの謝罪は、沸き立つフロアの熱気に掻き消される。

 

後日、このミニゲームにおいて不正な仕様変更が一部ザスカー社員の間で行なわれていた事が発覚。これを機にザスカーは社内体質を改善、改革が進められていき、件のミニゲームも規定通りの難易度に戻されたのだが、それはこの時点においては誰も知り得ぬ未来のお話。

 

その間に二人目の制覇者が現れる事は無く、残されたのはたった一つの伝説のみ。その類の話には尾ひれ・脚色がつきものだが、それがどういう内容で伝わったかは───各々推して量るべし、というやつだろう。

 

 

 


 

 

 

「っはぁぁ~、疲れたぁぁぁぁ……」

 

「……うん、お疲れ様」

 

大きく溜息を吐くキリトに、水色の髪の少女が同情的な視線を向ける。彼の顔には、まるで山を一つ越えてきたかの様に疲労の色が滲んでいた。

 

彼を襲う疲労、その原因は、あの凶悪なミニゲームだろうか? 否、そうではない。

 

「大変だったね、スクワッドの勧誘……」

 

「うん……」

 

そう、ゲームをクリアしたキリトに追撃を喰らわせたのは、これでもかと詰め掛けるスカウトの嵐。それも当然だろう、あの反応で弾を躱せる突撃役(アタッカー)となれば、使えない場面を探す方が難しい。

 

だが今は、《BoB》に出場するという事が当面の目的。チームに入って時間を潰している暇は無いし、自分としても大勢よりもソロの方が性に合っているのだ。加えて、自分をここまで案内してくれた少女の事もある。未だ彼女に対して借りを返せていないのは、キリトとしても思う所があった。

 

そんな事情もあって引く手数多な状況を振り切ってきた結果、既に彼の精神力は風前の灯火。代わりに手元に残ったのは、ミニゲームの報酬合わせて約三十万クレジットの資金のみ。

 

しかし満身創痍だからと言って、ゆっくり休んでいる訳にもいかない。大会は今日なのだ、それまでに最低限でも武器を手に馴染ませておく必要がある。

 

予算は潤沢に得た。手始めに、この世界の先輩であるこちらの少女の協力の下、新たな相棒を探す事にした。

 

 

……

 

………

 

…………

 

……………

 

………………

 

…………………

 

……………………

 

………………………

 

……そうしてショップ内を一通り見て回ってみたのだが、正直これといってしっくりくる武器が見つからない。使っていけば多少の愛着も湧いてくるのだろうが、その観点で言えば今最も愛着のある武器はダントツで剣なのだ。銃のグリップを握っている時でさえ、剣を振りたい衝動が溢れ出してしまう。細長い狙撃銃を持った時、(あま)りに重さが丁度良かったものだから、思わず一振りしてしまった程だ。その時の少女の表情と言ったら、怒りと呆れで何とも名状し難いモノだった。

 

あーでもないこーでもない。ハンドガンからRPGまで様々な銃を薦めては、何か違うと却下される少女。彼女からすれば、キリトのその振る舞いは子どもの駄々の様に見えていたに違いない。

 

「んーなんか……肌に合わないというか……」

 

「またー? これでもう何回目よ? そろそろビギナーに薦められる銃も無くなってきたんだけど」

 

そんな時だった。

 

「そうは言っても……ん?」

 

目に留まったのは、ショップ内の片隅に設けられた、他のそれよりも一回り小さな区画。そこに飾られていたのは、銃の形とは似ても似つかない小型の円筒。ふと興味を抱いたキリトは、惹かれる様にそちらへと向かっていく。

 

「これは?」

 

「ああソレ? フォトン・ソードって言ってね」

 

「ソード?」

 

それは、突如(もたら)された僥倖。剣に飢えた彼の耳がみすみす逃す筈もなく、活力を取り戻した様にピクリと動く。

 

「みんな好きに呼んでるけどね、光剣やらライトセーバーやらレーザーブレードやらビームサーベルやら……。でも見ての通り、玄人もとい変人向け過ぎてあんまり流行らなかったわ」

 

「へぇ、なんで?」

 

「なんでって……普通に考えて、突撃銃(アサルトライフル)やら機関銃(マシンガン)やらで弾バラ撒いた方が確実で早いじゃない。そんなのが当たる距離まで行くのはリスクが高過ぎるのよ」

 

彼女のその言葉通り、周りの人々はこのコーナーには見向きもせず、他の仰々しい銃器の方へと吸い込まれていく。まるでそこに何も存在していないかの様に、その一角だけが一つの空白を生み出していた。

 

「ふーん……」

 

自分から聞いておいて、興味無さげな返事を返すキリト。だがその目は、決して売れない商品を蔑むそれではなかった。寧ろ、どれが最良かを品定めしている様な───。

 

まさか、と少女の背中に悪寒が走るが時既に遅し。傍にいた店員ロボットから、彼は高品質な黒めの光剣をお買い上げしていた。何を選ぼうと本人の勝手、止めさせる権利は彼女には無い。とは言え、考え無しとしか思えないその行動、流石に頭を抱えるしかなかった。

 

「あなた……それでどうやって戦うつもり? まさかとは思うけど、鉛弾の飛び道具で狙ってくる相手に、本気でチャンバラ仕掛けに行くつもりじゃないでしょうね?」

 

呆れた口調で、軽率に見える判断に苦言を呈する少女。

 

「……んー……」

 

しかし当の本人は、ケロリとした様子で剣柄の握り心地を改めて確かめている。

 

ショップ(ここ)に置いてあるって事は、使える様に作ってあるって事だろ。存在する意味はある筈なんだ……です」

 

「……」

 

馬鹿げている、と少女は思った。接近出来ればほぼ確実に仕留められる軽機関銃(Light Machine Gun)の存在がある以上、更に肉薄しなければならない光剣を選ぶメリットは殆ど無いに等しい。幾ら目の前の人物が、あの鬼畜弾幕を躱し切った傑物だとしても、だ。そしてそれは、ここが誰も寄り付かない寂れたコーナーである事が顕然と証明している。

 

『勝つ』事に重きを置くなら、その武器に戦術的な価値は無い。無い筈なのに。剣を振る感触に満ち足りた様に、ウンウンと頷く彼のその目は、とても巫山戯(ふざけ)ている様には見えなかった。

 

「それに───」

 

キリトは周囲を見渡し、充分なスペースが取れている事を確認する。縦に長いその空間は、ざっと二十メートルはあるだろうか。その一端に彼が立つそのシチュエーションは、先程のミニゲームを想起させた。

 

一体何をする気なのか? 考えるまでもなかった。次の瞬間、キリトはその他端───二十メートル先で、剣を振り抜いていたのだから。

 

瞬間移動のタネは、システム補助が消えても身体に染み付いたままのソードスキル。刹那の内に《ソニックリープ》からの《レイジスパイク》で距離を詰め、トドメに《ヴォーパル・ストライク》。あのゲームの時より段違いに早く、彼の刃はガンマンがいたであろう場所を貫いていた。

 

()()()()()も、捨てたモンじゃないと思いますよ?」

 

ニッ、とキリトは少女へ不敵な笑顔を向ける。冗談でも酔狂でもない、コイツは本気だ。銃が支配する戦場に、有効射程で圧倒的ディスアドバンテージを持つ剣が、本気で殴り込みを掛けに行く気なのだ。

 

「……へぇ、思ったより様になってるじゃない。ファンタジー系のゲームってのも、案外馬鹿に出来ないかもね」

 

対して少女は、やはり不敵に笑い返す。上等。受けて立つ。そんな意味が込められた、遠回しの挑発。キリトは確信する。この少女も、恐らく《BoB》に出場する強者なのだと。

 

ならばうかうかしていられない。この試し斬りで得られた経験をフィードバックして、実戦までに改善させておかなくては。

 

「うーん、ALO(まえ)より剣筋が安定しないかぁ。やっぱりちょっと軽すぎるのかな……?」

 

そうしてキリトは首を傾げながら、二、三回剣を振り直す。するとその時───

 

「……そのコンボ、その《ヴォーパル・ストライク》のキレ……。もしかしてお前、《キリト》なのか……?」

 

「……ウェッ!?」

 

突如として呼ばれた己のプレイヤーネームに、彼は素っ頓狂な声を上げる。こんな場所、こんなタイミングで自分を知っている人間が現れるのは、幾ら何でも予想外だ。咄嗟に(とぼ)ける事も出来ず、キリトはその方へと振り返った。

 

そして、彼は思わず目を見開いた。

仮想世界のアバターの外見は、殆どの場合ランダムに生成される。しかしそこにいた人物は、偶然にも自分の知る友人の特徴を余す所無く完璧に捉え、再現していた。この世界では初対面である筈のキリトが、間違いないと確信を持てる程に。

 

「コペル………!?」

 

その邂逅は、まさしく運命そのものだった。

 

 

 

To be continued…




はい、という事で今シーズンの主人公コペル君の登場です。
オリキャラの霊圧が………消えた…………?
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