今回は特に何も事件はありません。本当はもう少し続けたかったのですが、長すぎたので分けます。
自分の端折り癖何とかしたいです…
アインクラッド七十四層、森の中にて。
強敵リザードマンロードを倒し、キリトは着々とレベルアップを重ねていた。
最前線とはいえ、モンスターのレベルは自分より格段に低い。寝ぼけていても遅れは取らないだろう。
ふと、階層の隙間から太陽の光が射し込んできた。どうやらもう夕方らしい。
だがまだ日没までには少々時間があるし、帰ってねぐらに潜りたい感情をこらえ、森の奥へと足を進めた、その瞬間。
草笛のような、甲高い音がした。
キリトの索敵スキルが、枝陰に隠れるモンスターを捉える。ターゲット化され、名前が表示されると彼は息を詰めた。
レアモンスター、《ラグー・ラビット》
レアではあるが、倒して莫大な経験値が手に入る訳でもなく、取り立てて強い訳でもない。
それでも彼は腰からピックを取り出し、その小さな白いウサギ目掛け投剣スキル基本技《シングルシュート》を放つ。
逃げ足がやたら速いこのモンスターは、先制して不意打ちをかけるのが手っ取り早い。
白ウサギのカーソルは一瞬だけ戦闘中を示す赤に変え、消滅した。
予想以上にすんなり決まったので、思わずガッツポーズする。
そして、アイテムストレージを開くと、お目当ての品は一番上にあった。あれがレアモンスターたる由縁はこれにある。
《ラグー・ラビットの肉》
文字通りウサギの肉だ。
このアイテムは防具にも武器にもならないが、ものすごく美味い。とにかく美味い。
この世界における安らぎは食事にあると言っていい。
しかし普段口にするのはNPC製の味気ないメニューばかりで、唯一の例外が料理スキルを持ったプレイヤーの作る食べ物なのだ。
だがそれを鍛えている人数が圧倒的に少ないのと、高級な食材アイテムが意外に入手しにくいのとで、現在ほぼ全てのプレイヤーが慢性的に美味に飢えている状況なのである。
その証拠に、この肉はプレイヤー間で十万コルなどという額で取引されているとか。
NPCの黒パンも悪くはないのだが、自分もたまには肉を口一杯頬張りたいと思う事がある。コルや料理スキルの問題から断念しているが。
そういう訳で、今回も換金する事になるだろう。口惜しいが、その未練を振り払うようにアイテムストレージを閉じ、索敵する。
周りには誰もいないようだが、人間、高価な物を持てば警戒心が高まるというもの。このままホームタウンへ帰るべく、転移結晶を取り出す。
値は張るわ一回切りだわであまり使いたくはないのだが、万が一、今は緊急などと言い訳をつけて結晶を掲げる。
「転移!アルゲード!」
キリトの体は光に包まれた。
アインクラッド五十層、アルゲードの一角。
俺はねぐらに入る前に、件のアイテムを換金しようと馴染みにしているこの店を訪ねた。扉を開くと、第一層からの付き合いである黒肌の大男、エギルが取引をしている最中だった。
「よし決まった!《ダスクリザードの革》二十枚で500コル!」
気の弱そうな槍使いの肩を叩き、有無を言わせぬ勢いでトレードを成立させる。
「毎度!また頼むよ兄ちゃん!」
最後に槍使いの背中をどやし、豪快に笑う。ダスクリザードの革は高性能な防具の素材になる。どう考えても500は安すぎると思うが、立ち去っていく槍使いには、
「うっす。相変わらず阿漕な商売してるな。それにしても今度は防具の素材か。そんなだからお前の商品棚は荒r」
そこで言葉を失う。
何故なら、いつもは統一性など全くないバラバラな商品がゴロゴロ置かれていたのだが、今目の前にあるショーケースには、ジャンル毎にしっかりと仕分けされ、キッチリと商品が並べられていたからだ。
「驚いただろ?うちに優秀な新入りが入ってな、そいつのお陰で店が綺麗になったって評判が鰻登りよ!」
成る程、納得した。こんながさつな男がこれ程丁寧に整理出来る訳がない。
「今、二階の掃除をやらせてるんだが… お、丁度戻ってきたな」
パタパタと階段を下る音がする。あのごちゃごちゃした部屋を片付け出来る人物の顔を拝んでおこうと、俺はそちらの方へ目線を向けた。
「あ、お客さんですか?いらっしゃ…」
その顔を見た瞬間、俺は絶句した。
「……コペル……!?」
「………キリト………」
「何だ、 知り合いか?」
エギルが戸惑った顔をする。俺達の間に、何か途轍もない因縁を感じたからだろう。
しかし、実際はライバルや犬猿の仲といった、誰もが察するであろう関係ではない。
ではなぜ、こんなにただならぬ空気を醸し出すのか。
それは、この男は
俺はサービス開始初日に、初期装備より性能の良い剣《アニールブレード》を手に入れる為、《森の秘薬》クエストに挑んだ。
その時、彼は
俺をキリトと認識した時点で、この男がコペル本人である事は事実だ。頬をつねっても夢から覚める気配はない。あまりに複雑な状況に、俺の脳がオーバーヒートする。
この何とも言えぬ空気を壊すように、店の扉が開いた。
俺と同じく馴染みの客、『爆焔』のリュウがずかずかと入ってくる。
「ようエギル、俺の弟はどうだ?」
「……………は?」
? !? !!? !!!?? !!!!???
俺を殺そうとして死んだ筈の男が生きていて、さらにそいつの兄が顔馴染みの男だった?まるで意味が分からんぞ……。
「どうしたキリト?目が死んでんぞ」
「兄さん……あの、その……」
コペルがたどたどしく話す。正直、覚束なくて何を言っているかさっぱりだったが、リュウは全て把握したらしい。
「成る程。あの時お前が殺そうとしたのはコイツだった訳か」
「……で、どういう事だよ?」
「たまたまとしか言い様がない」
彼の話によると、彼はサービス初日、取り敢えず落ち着ける場所を探していると、小さな笠と地蔵がそれぞれ転がっていたそうだ。
もしやと思ったリュウが地蔵を起こして笠を被せてみたらしい。
「そしたらどっからかお礼の声が聞こえてな、その地蔵がアイテム化したんだ。それが《身代り地蔵》っつー便利アイテムでな、指定したプレイヤーのHPが0になる瞬間、そのプレイヤーと入れ替わって身代りになってくれるんだと」
そんな情報は初めて耳にした。だがしかし、ワンオフのクエストでそれが初日にクリアされたのならば、知られていなくてもおかしくはない。
「で、一緒にログインしたは良いけどすぐはぐれちまった
コペルが色々と申し訳なさそうな顔をしている。
「帰ってきたコイツに色々問い質したらよ、他人様にMPKしようとしたとか言うんだぜ?ひっさびさにキレたわ。朝まで説教とか初めてやったっての」
リュウが話し終えると、コペルが口を開いた。
「………キリト。俺は最低の人間だ。たかがクエストの為、たかがアイテムの為に君の命を犠牲にしようとした。挙句の果てに、兄さんに叱られるまで分からなかった!これはただのゲームじゃない、命を賭けたゲームなんだって。
俺は現実が見えていなかった。自分が怖くなった。簡単に命を奪える人間になった事が、恐ろしかった!
キリト…君が俺を赦さないならそれで構わない。恨んでくれても良い。だけどそれでも言わせてくれ。あの時の事、本当にすまなかった」
深々と頭を下げるコペル。しかし実際、そもそもこれがデスゲームであるという状況の方がおかしかったのであって、その実感が湧いていなかったとしてもそれは仕方がない事なのだ。
「別にお前を恨んじゃいないさ。現に俺は今生きてる訳だしな…それで、お前はもう
「ああ…お金はこの店の給料で何とかするつもりだ」
それを聞いて、少しほっとする。見知った顔がもう一度死ぬのは、万が一だろうと想像したくない。
「で、結局お前ら何しに来たんだよ?」
若干空気になりつつあったエギルが切り出す。
「あぁそうだ、エギルに買い取って欲しい物があってな」
俺はメニューウィンドウを可視化状態にして、エギル達に見せた。
「なっ!? 《ラグー・ラビットの肉》!? S級のレアアイテムじゃねぇか!? 初めて見たぜ……」
「俺もこいつは初めて見るな……」
エギルはおろか、リュウまでも見たことがないとなると、自然と鼻が高くなる。
「自分では食わんのか?」
「本当はそうしたいんだけど、何せスキルがな…伝手はいない事もないんだが」
するとその時、背後から肩をつつかれる。
「キリト君」
女の声。確認するまでもない。ここで俺の名前を呼ぶ女性は一人しかいないからだ。
左肩に触れたままの相手の手を素早く掴み、振り向きざまに言う。
「シェフ捕獲」
「な…何よ」
その声の主、アスナが訝しげな顔で後ずさった。
「よう、アスナ。『圏内事件』じゃあ大活躍だったらしいな」
「お久しぶりです、リュウさん。あ、メイス新調しました?」
「そんなに久しぶりでもないだろ。攻略でいっつも会ってる訳だし。このメイスだって、お前の紹介の『リズベット武具店』がサービスしてくれたんだぜ?『インゴット余ったー』とかで」
ギクリ。メイスの白色から薄々疑ってはいたが、やっぱり
「め、珍しいな、アスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんてさ」
護衛にいる男とエギルの顔が同時に引き攣るが、エギルはアスナに挨拶されると、すぐに顔を緩ませる。
アスナは俺に向き直ると、不満そうに唇を尖らせた。
「何よ、もうすぐ次のボス攻略だから、ちゃんと生きてるか確認に来てあげたんじゃない」
「フレンドリストに登録してんだから、それぐらい判るだろ。そもそもマップでフレンド追跡したからここに来られたんじゃないのか」
う、と彼女の顔が紅潮する。やはり頭から抜け落ちていたようだ。
「い、生きてるならいいのよ。……そんなことより、何よシェフどうこうって?」
「あ、そうだった。アスナ、お前いま、料理スキルどの辺?」
「聞いて驚きなさい、先週に
「なぬっ…!?」
アホだ。貴重なスキルスロットを戦闘に全く役に立たない職人系スキルに費やした挙句、気の遠くなる作業を繰り返して完全習得したと言うのか。
「……その腕を見込んで頼みがある」
俺はメニューウィンドウをアスナにも見せた。
「うわっ!? これって……S級食材!?」
「取引だ。こいつを料理してくれたら一口食わせてやる」
言い終わらないうちに、アスナが俺の胸倉を掴み、顔を近付ける。
「は・ん・ぶ・ん!」
思わぬ不意打ちにドギマギした俺は思わず頷いてしまった。我に返っても時既に遅く、アスナが「やった」と拳を握る。
ウインドウを消し、もう一度振り返る。
「悪いなエギル。そんな訳で交渉は中止だ」
「いや、それはいいけどよ……なあ、俺達ダチだよなあ?な?俺にも味見くr」
「感想文を八百字以内で書いてきてやるよ」
「そ、そりゃあないだろ!?」
この世の終わりか、といった顔で情けない声を出すエギルにつれなく背を向け歩き出そうとした時、コートの袖をアスナに掴まれた。
「でも、料理は良いけど、何処でするつもりなのよ?」
「うっ……」
「どうせ君の部屋には碌な道具もないんでしょ。今回だけ、食材に免じて私の部屋を提供してあげなくもないけど」
とんでもないことをサラリと言った。俺が理解に苦戦しているうちに、アスナが護衛に来ていた二人に話しかける。
「今日はここから直接《セルムブルグ》まで転移するから、護衛はもういいです。お疲れ様」
「ア、アスナ様!このようなスラムに顔を出すだけでなく、素性の知れぬ男をご自宅まで伴われるなど…」
二人の護衛のうち、長髪の大男の方が反論する。
「素性はともかく、実力は確かだわ。少なくとも貴方よりレベルが十ほど上よ、クラディール」
「何をおっしゃいます!? このような男に私が劣るなどと…」
「まぁ落ち着けって」
リュウが言葉を遮るように、完全に頭に血が上ったその男を諭す。
「何を…」
「『護衛』と『過保護』は違うぞ?例えコイツがお前より弱かったとして、お前が守らにゃならん程副団長殿は弱いのか?」
「ぬっ……しかし、万が一という事が」
「その万が一に対応出来ずして副団長が務まるかっての。大丈夫だって。年頃の女の子は自由な方がいいんだよ」
「むぅ…」
言いくるめられ、クラディールという名の護衛は押し黙った。
一方、見下されたと思ったのか、アスナは少々拗ねた顔で俺を引摺り、店を後にする。
「おいおい、アスナ…」
「どうせ私はお年頃の我が儘娘ですよーだ」
何もそこまで言ってなかっただろ、と心の中で突っ込み、俺はゲートまで引き摺られた。
キリト達が去ったエギルの雑貨屋にて。
「あんたらも用がないなら本部に戻って報告しな。今の内に知らせとけば、あんたの言う『万が一』が起きても迅速に対応出来んだろ。団長殿にでも指示を仰ぐのが賢明だな」
どうせ待機命令だろうが、と付け加える。
未だ納得がいっていないようだった護衛達も、リュウに諭されて渋々帰っていった。
「…………」
「どうした?コペル」
「あの長髪の人…あの感覚、俺に似てる…ような…」
「───それが確かなら、マークはした方が良いかもな」
「で?」
急にエギルの顔が割って入った。
「お前は何しに来たんだよ?」
肉が食えなかったことを根に持っているのだろう、少々不機嫌な声で尋ねる。
「おぉ、そうだった。弟が世話になってる礼にな、ちょうど今のお前が欲しそうなもの持ってきてやったんだ」
そう言って、リュウはアイテムストレージから、リアルで言う所のタッパーのようなものを取り出した。
「開けてみな」
言われるがままエギルが蓋を開けると、そこには―――――薄くスライスされた肉があった。
「あっちはウサギだが、こっちは牛だ。《エクセレント・ブルのローストビーフ》、召し上がれ」
「《エクセレント・ブル》!? 負けず劣らずのS級食材じゃねえか…いいのか?」
「心配すんな、うちの取り分はしっかりある。それより、しっかり味わって食えよ。サチの手作りだからな」
「感謝感激この上ないぜ……」
エギルの目には、若干の涙さえ溜まっているように見えた。そんな彼にリュウは背を向け、店の扉に手をかける。
「そんじゃこれからも弟の事頼むぜ?俺はこれから約束があるんだ」
「ん?女か?」
「そんな良いもんじゃねえよ。『軍』から依頼があったんだよ」
「『軍』…?ああアイツか」
「んじゃまたな。今後ともご贔屓にさせて貰うぜ?」
「ああ、宜しく頼む」
こうして、リュウはアルゲードを後にした。
To be continued…
他の方の作品を拝読する度、自分の未熟さが浮き彫りになってくる様です。もっと良いものが作りたい、と思うのですが、中々上手くいかない…
毎度御覧下さる読者の皆様、今はUA1000を目指して日々励んでおりますので、もう暫くお付き合い下さいませm(_ _)m