紅蓮の皇   作:Skullheart

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下克上

───魂を核にして体組織を一から作り直す感覚の後、目を(ひら)いたキリトの視界に入ってきたのは、森林を切り開いて造られた様な、小さな遺跡。その遺跡の中心に立つ様にして、彼は立っていた。

 

スポーン直後の癖として、彼は周囲を見回す。鬱蒼と生い茂る木々、光の届かない森の中は身を隠すには最適───

 

その時、背筋が震える感覚がした。瞬時の反射、本能の挙動。ほんの僅か身を捩る。刹那、先程まで自分の頭があった位置を、数発の銃弾が駆け抜けていく。

 

慌ててキリトは、遺跡の陰へと転がり込む。実感した。いつものアクションゲームとは全く勝手が違う。これがFPS、これが《ガンゲイル・オンライン》。弾丸の雨を遺跡の盾で受けながら、彼はその洗礼を身を以て味わっていた。

 

ふと、銃撃が止まった。埒が明かないと踏んだのか、或いはリロードタイムに入ったのか。それを確かめるべく、そ~っと顔を覗かせてみる。

 

「おわっ!?」

 

その隙を見逃さない様に、陰から出した顔の近くを弾丸が通り抜けていく。厭らしい、効果的な威嚇の使い方だ。撃ち合いになっていない以上、向こうにこちらの射程が届いていない事はバレていると見て間違いない。

 

だからこちらは距離を詰めなければならないのだが、向こうを視認出来ないこの状況では、リロードタイミングを狙おうにも、誘い出しているのかリロードしているのか区別がつけられない。今の威嚇は、それを印象付ける一手なのだ。

 

しかし、一つだけ収穫もあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。射程の有利を理解しているなら、わざわざ距離をさらに開ける必要は無い。かと言って、一方的にこちらを視認しているアドバンテージをそう易々と捨ててくるとも考えにくい。

 

つまり、今相手が狙っているのは───

 

(……回り込んでの奇襲、か)

 

その前提を踏まえて、相手の動きに絞って感覚を研ぎ澄ます。フレームの流れ、ポリゴンの揺らぎ。その僅かな変動を嗅ぎ分ける術は、あの二年間が教えてくれた。

 

(───いた!)

 

およそ十時の方向、百メートル程向こうにある草むらの陰。匍匐前進だろうか、かなりゆっくりとした速度で、彼を中心に円を描く様にして進んでいる。そして運が良い事に、今いる場所と相手を結ぶ直線上には、丁度障害物が存在しない。

 

(……いける!)

 

刹那の判断。相手がいると思われる方向目掛け、キリトは全速で駆け出した。

 

「!!?」

 

その瞬間、前方の草むらが大きく蠢く。ビンゴだ。見えていない筈の場所を看破され、動揺を曝け出した。このチャンスを逃してはならない。相手の虚を突き、判断力を奪ったこの局面こそが、ゲームの主導権を握れる唯一の状況。これで仕留められなければ、以降は距離を詰める事すら許してはくれないだろう。

 

すると草むらが揺れ、相手が姿を現した。迷彩柄のスニーキングスーツとヘルメットに身を包んだ中背の男が、携えたアサルトライフルの銃口をこちらへ向けている。有難い。ここで決着を着けるのなら、こっちだって望む所だ。

 

ダダダダッ!

 

自動小銃の小気味良いリズムで放たれる音が、無機質な殺意と共にキリトの行く末を阻む。しかし咄嗟の反応だったのだろう、先程の威嚇よりも明らかにお粗末だ。次々に伸びる弾道予測線に従い、キリトは驚異的な反応で回避していく。

 

マジかよ、とでも言いたげな苦虫を噛み潰した顔。キリトが辿り着くまでおよそ九秒、この距離なら一回程度のリロードは可能。

 

───恐らく、向こうはそう考えているだろう。

 

しかしキリトは、その一手先にいた。ホルスターからファイブセブンを抜き、立ち止まる事無く銃口を向ける。

 

威力の低いこの銃で倒し切る事は難しく、ヘルメットの上からではヘッドショットも期待出来ないが、それでも構わない。

 

目標は一つ、左手に握られた予備弾倉。

 

射撃に関しては素人同然な上、走りながら狙うという中々の無茶ではあるが、ダメで元々、下手な鉄砲も何とやらだ。ある程度の照準を絞り、装弾数である十発全てを撃ち尽くす。

 

「んがっ!?」

 

果たしてその賭け(ベット)は、彼にチャンスを手繰り寄せた。放った内の一発が、見事に指からマガジンを弾き飛ばす。

 

取った。キリトはそう確信した。ここからならば、リロードよりも叩き斬る方が速い。空になったファイブセブンを投げ捨て、腰に携えたフォトン・ソード(しんうち)に手を伸ばす。

 

その瞬間、悪寒が彼の身体を駆け巡った。

 

悪い予感は的中する。相手はもう一度リロードを試みるどころか、同じようにアサルトライフルを投げ捨てていた。そして、その反対の手には───軽機関銃(サブマシンガン)が一丁。

 

(しまった……!)

 

キリトは歯噛みした。自分と同じ様に、相手もサブアームを使ってくる可能性をどうして忘れていたのだろうか。しかし後悔は時既に遅く、彼が剣を取る前に高速で銃弾がバラ撒かれる。

 

「くゥッ!!?」

 

間一髪、咄嗟のジャンプで回避するキリト。まずい、今のは()()()()()。この近距離で足元に弾幕を張られれば、逃げ場のない空中へ跳ぶしかない。

 

万事休す───それを裏付ける様に、サブマシンガンを構える男に飛びかかるキリトを、無数の弾道予測線が貫いている。バーニアでも取り付けていなければ、ここから回避するのは不可能の領域だ。

 

そう、()()()───この状況を突破する、唯一のルートに気が付いたキリトは、魂がゾワリと震える感覚を抱いた。こんな馬鹿げた、妄想に近い芸当が本当に出来たならば……?それがどれだけ格好良いか、一瞬頭に過ってしまったから。

 

同時に、出来るという確信もあった。自分の、この(ちから)だけは───誰にも譲れないプライドがあったから。

 

そして、遂に放たれる弾丸。一分の隙間も無くキリトの目の前を覆う様は、まさに雨と形容するのが相応しい。

 

しかし、その通り道は既に分かっている。向かってくる順番までご丁寧に、だ。キリトは剣を抜き放ち、その弾道予測線を払う様に刃を振るう。

 

瞬間、目の前で激しい閃光が弾ける。手応えアリ。光の刃は、音速を超える弾丸を確かに切り裂いていた。

 

そのまま二つ目、流れる様に三つ、四つ…………

 

合わせて三十発、時間にして僅か一秒にも満たないだろう。だがその殺人的なゲリラ豪雨を、彼は全て叩き落としてみせた。

 

「馬ッ───」

 

ここからなら、相手の驚いた声がよく聞こえる。もう一度は与えない。今度こそ────

 

「……俺の、勝ちだ」

 

空中から放たれる《ヴォーパル・ストライク》。その一閃は、銃に魅入られた者をすら、美しいと思わせる程に鮮烈だった。

 

 

 

 


 

 

 

「………くそっ、一体どこに隠れてやがる」

 

対戦開始から十数分、未だ尻尾を見せない相手に男は少し苛立っていた。状況が進展しないもどかしさもあるが、何より相手の手の内が解らない恐ろしさが、彼の心に焦燥感を掻き立てているのだ。自分に気配すら悟らせず、既に背後に回っているのではないか? はたまた相手は凄腕の狙撃手で、遠い安全地帯から一方的に、こちらが警戒を緩める瞬間を息を潜めて待っているのか? そんな実体を持たない不安が、じわじわと(にじ)り寄って来る。

 

意を決して、男は最後の手段を用いる事にした。持っていた小銃(カービン)を上に向け、誰もいない空へと引金を引く。鳴り響く銃声、静まり返ったフィールドの中では、それは大きく目立つ音。自分の居場所をあえて伝える事で、隠れた相手を誘い出す作戦である。

 

決闘でもない限り、自分の位置を知らせる事はまずあり得ない。遠距離が主となる銃撃戦なら尚更だ。その上で男は、この状況を打破するための博打を仕掛けた。

 

暫し、待つ。目を凝らし、耳を澄ませ、全方位に気を配る。

 

───瞬間、迸る閃光。花火が弾けた様な乱れ撃ちが彼を襲う。完全な死角を突いた背後からの攻撃。男は数発の命中弾を受け、その表情は驚愕の色に染まる。

 

しかし、ダメージ自体は元より覚悟の上。男が驚いたのはそこではなかった。

 

(光銃(レイガン)、だと……!?)

 

視界の端で捉えた光芒、フィールドによる減衰エフェクト。そのどれもが、今の攻撃の出所が光学銃である事を指し示していた。減衰フィールドを標準装備している彼ら対人プレイヤーに対し、光学銃で挑んで来るなど伊達と酔狂もいい所だ。

 

ならば好都合と、男は撃たれた方へ突撃する。方角、威力、周囲の障害物から大体の位置は掴んだ。割り出した場所はそれなりに遠く、それを命中させた相手の技術に舌を巻く。だが今この瞬間、情勢はこちらに傾いた。

 

減衰フィールドは撃ち合いを有利にするモノであり、確かに正面を最も厚くする様に出来ている。だからこそ、先程の攻撃で仕留められなかったのは大きな痛手になっている筈だ。こうして常に弾が来る方向を向いていれば、少なくとも大きなダメージは受けなくなる。仮にもう一度姿を眩まそうとも、おおよその位置を把握出来た今、俊敏性(ADI)に特化したステータスの男には逃がさない自信があった。

 

それは向こうも理解したのか、正面から光の弾幕が彼を出迎える。射程に入る処か視認すら出来ていないため、予測線は現れない。それなのに、弾道は回避ルートを潰しながら彼の身体を着実に射抜いていく。こちらも牽制を兼ねて弾をばら撒いているが、如何せん射程外だ。向こうが当ててくる量の半分も当たっていないだろう。

 

しかし予測通り、彼が受けるダメージは実体弾のそれより大幅に抑えられていた。流石に無視出来る程の数値ではないが、それでもHPを削り切られる前に、ギリギリで仕留め切れる。

 

間もなく射程距離内に入る。未だ弾幕は厚くHPも三割を切ったが、これくらいは想定の範囲内だ。今のペースなら充分競り勝てる。その確信を以て、男はカービンをリロードした。

 

───刹那、彼の視界が光に包まれる。

 

「…………は?」

 

思わず、口から気の抜けた声が零れた。たった今起きた事が、理解出来なかった。

 

減衰フィールドを貫いて、高出力のビームが男の身体を穿つ。エネルギーを凝縮して一本に束ねた様な、強烈に渦巻く輝きの奔流。そしてその圧倒的な火力は、ダメージを軽減して尚、彼の残ったHPを容赦なく消し飛ばした。

 

「………嘘だろ」

 

油断していたつもりは無かった。(おご)っていたつもりも無かった。なのに結果はどうだ。強さをそれなりに自負する彼が、光学銃を使う相手に敗れた。

 

ポリゴンとなって消え行く最中、そんな事実を前にして男は、『あり得ない』と困惑するでも、『悔しい』と(いか)る訳でもなく、ただ───『面白い』と口元に笑みを浮かべた。まだ見ぬ強敵と戦えた喜びが、その表情に滲み出ていた。

 

男の名は《闇風(ヤミカゼ)》。『RUN & GUN(ランガン)』の第一人者であり、今大会優勝候補と目されていた彼は、かくして予選一回戦で姿を消した。

 

 

 


 

 

 

「……ふぅ」

 

目の前に勝利を知らせるウィンドウが浮かび、コペルは大きく息を吐く。手にしているのは、銃身が横に広く伸びた、まるでボウガンの様な印象を受ける武器。但しボウガンと違うのは、その左右に拡がる部分から覗かせる、片側七つの長方形の銃口だ。中央の円い銃口と合わせて、合計十五門という一目瞭然の攻撃力は、それが普遍的な武装とは一線を画す代物であると如実に表していた。

 

《クジャク改》───その銘が刻まれた彼の武器は、十五の銃口一つ一つを別々に発射する事も、一点に向けて同時斉射する事で高圧ビームを作り出す事も出来る。そんな芸当を可能にするのは光学武器ならではの強さだろう。

 

巧妙に姿を隠して相手に誘い出させ、減衰フィールドの薄い背後から狙撃。突撃してきた所を連射でじわじわと削り、引き付けてから一斉掃射で吹き飛ばす。

 

相手の行動を完璧に読み切った、鮮やかなジャイアントキリング。しかしそんな大番狂わせを成し遂げたにも拘わらず、彼はどこか物憂げな表情をしていた。

 

「…………まだダメ、か」

 

震える手を抑えながら独りごちるその様は、どこか寂しそうで───まるで何かに怯えている様にも見えた。

 

 

To be continued…

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