カークさん(女)in ダンまち世界
私なら大丈夫、姉さんがいるもの。
だから姉さん。
あんまり無理しないで……。
さよなら、姉さん。
危ない事はしないでね……。
「……―――。―――――ク。カーク」
暗く巨大な空間に、何者かの声が木霊する。
その言葉は黒いフードで全身を覆った人物から発せられたものであり、その者の視線はもう一人の人物に注がれている。
その者は冷たい石畳の上に設けられた篝火の前で、胡坐をかいた状態で鎮座していた。
全身を覆うのは禍々しい鎧。赤錆が浮いたような、返り血が渇いたような、不吉な色合いのそれは至る所から鋭い棘が突き出ており、身を守ると言うよりも他者を傷つける事に特化しているように見える。
カークと呼ばれた人物は首を振り、まるで夢から覚めたかのように頭を上げる。
「……フェルズ」
「済まないが、至急17階層に向かってくれ。例の
フェルズ、と呼ばれたフード姿の人物は手短に用件を話す。
その声に含まれた若干の緊迫の色を見抜き、カークと呼ばれた人物は返答もせずに無言で立ち上がる。
両手に携えた剣と盾。それすらも鎧と同じく、まんべん無く棘が見受けられる。物騒な獲物を手にカークはフェルズへと近付き、顎でしゃくって催促した。
「言っても聞かないだろうが、
その忠告を聞いたのかどうか、兜の上からでは判断のしようがない。相変わらず無言を貫く様子にフェルズは嘆息し、
瞬く間に黒い煙幕がカークに絡み付き、その全身を覆っていく。
数秒後、そこには何者の姿も無く、ただの暗闇があるだけだった。フェルズはカークが行った事を確認し、その場を離れる。
「カークはもう行ったのか」
「ああ、ウラノス。今頃はもうダンジョンにいるはずだ」
暗く巨大な空間に、新たな声が響いた。
その人物、否、神物はこの空間に設けられた巨大な石の玉座に坐しており、ピクリとも動かずにしている。
2Mはあろうかと思われる巨躯に、白い髪と髭をたくわえたその神物……ギルドの主神、ウラノスは視線をフェルズへと向ける。
「忠告はしたが、あれは聞く耳を持たないだろうな。極力、目立たず穏便に済ませてくれる事を祈るよ」
「しかし我々だけでは手が回らないのも事実だ。そしてあの者はああいった手段しか知らぬ……
「ああ……今はそうするしか無いな……」
いつになく沈痛な面持ちをするウラノス。それを肯定するフェルズ。
一人の一柱はそれから口を開かず、やがてそれぞれの仕事に取り掛かる。あとに残ったのは、元通りの暗闇が支配する無音の空間だった。
「ここいら辺だよなぁ?あのモンスター共を見たってのは」
「ああ、間違いねェ。きっと近くに抜け道みたいのがあるんだろうぜ」
ダンジョン17階層。そこの少し開けた空間にたむろする十人程の人影。彼らは【イケロス・ファミリア】所属の冒険者である。
しかし冒険者と言っても、その実態は世間一般の認識とは異なる。
彼らは自身の欲望のために『
故に、フェルズ達からは
ほとんど犯罪者集団と化した彼らが今回狙っているのは、最近聞いたある『
「最近は中々良い見た目のヤツが
「しかもなんだか妙な噂まで流れてやがるしよぉ」
「あン?噂だ?」
「なんでも最近、妙な格好の冒険者みてぇなヤツを見るんだと。全身トゲまみれの鎧を着込んだ、薄気味悪ぃヤツさ」
「なんだそりゃ。俺らが追ってるモンスター共の擬態じゃねぇのか?」
「かもな。噂だと急に現れたり消えたりするらしいし、本当にそうかもな」
「無駄口叩いてる暇があったらさっさと探せ。今回の標的は良い金になるんだからよ」
中年のヒューマンと獣人の会話を中断するように、もう一人のヒューマンの声がダンジョンに響いた。彼はパンパンと手を叩いて団員達を注目させ、標的の特徴を告げる。
「分かってるだろうが、今回は
「へへ、
「見つけたら少しくらいつまみ喰いしても良いよなぁ」
下卑た笑い声が団員達から上がる。さっきまで説明していた男も口角を歪ませ、仲間の軽口に乗って醜く笑う。
「オイオイ、アレは商品なんだぜ。つまみ喰いもほどほどにしろよ?」
「お前が言うのかよっ、一番楽しみにしてるクセによぉ!」
ドッと、団員達に一際大きな笑いが起こる。紅一点の
「しかもその
待ちきれないと言わんばかりに男の顔が大きく歪む。周りの団員から好き者扱いされている事にも気付かず、男は臆面もなく自身の欲望を口にする。
「ああいう幼い顔を絶望に歪ませるのが最高にたの、シっ」
と、大きく口を開いたその喉の奥から、それは生えてきた。
ずぐり、という音と共に、男の口から生えてきた直剣。
棘だらけのその刀身は粘質な血でまんべんなく濡れており、ぬらぬらと赤く光っている。
男は大口を閉じる事も出来ぬまま、訳が分からないと言った様子で目を彷徨わせる。周りの団員達も突然のこの事態に、ポカンと放心してしまっている。
やがて直剣は男の顔を半ば切断するように、無理やり引き抜かれた。口周りを大きく抉られた男の身体はぐらりと傾き、そのまま地面に倒れ込む。
ぶくぶくと泡立つ血と髄液の海に沈み、そのまま哀れな骸を晒す事となった。
「……お、オーティス!?」
ここでようやく事態に反応し、全員が獲物を構えた。
そしてオーティスと呼ばれた男が先程まで立っていた、その少し後方。そこからまるで浮かび上がるかのように、鎧姿の人物が現れる。
全身を棘まみれの鎧に身を包んだ異様な姿。右手の直剣は血に塗れ、この人物が仲間を殺したのだと団員達は直感した。
「って、テメェ!何者だぁ!?」
一人の団員が、声を震わせながらも怒鳴りつける。傍らの骸を一瞥する事も無く、その鎧姿の人物……カークは次の行動を取った。
「あがっ!?」
目にも止まらぬ速度での投擲。カークは手にしていた盾を、正面にいた男の顔面目掛けて投げつけた。
棘だらけの金属の塊が直撃すればどうなるか、それは火を見るよりも明らかである。
「ひっ!?」
隣にいた獣人から悲鳴が上がる。
どさっ、と背中から倒れた男の顔は大きくひしゃげ、陥没していた。頬から顎までは大きく裂け、溢れ出る鮮血が止まらない。衝撃で破れた後頭部からは脳が飛び出し、一面に脳漿をぶちまけている。
「ぐぁあ!!」
バッ!と振り向けば、別の団員が既に斬られていた。棘だらけの直剣では斬るというよりも抉るといった方が正しいのか、傷口はずたずたである。
「ち、ちくしょっ!」
別の団員がカークの背中を斬り付ける。しかし重厚な金属鎧は傷つける事は出来ず、それどころか斬り付けた剣の方が折れてしまった。
「なんっ……びゃっ!?」
折れた剣に気を取られていた団員は、カークから強烈な裏拳を見舞われた。それは見事に顎へと吸い込まれ、団員は下顎を吹き飛ばされながら倒れ込む。
ビクリッ、ビクリッ、と痙攣するその団員の頭を踏み潰し、とどめを刺すカーク。一気に三人も仲間を殺された
「な、なにをビビッてる!相手は一人、囲んでしまえば簡単に殺せるっ!!」
そう声を張り上げたのは
「そっ、そうだ!囲んじまえ!」
「殺せぇ!!」
その声と共に、叫びながらカークの元へ殺到する三人の団員達。横並びになって襲い掛かる彼らに対し、カークが取った行動は僅かなものだった。
盾を投擲した左手に、小さな火が宿る。
カークはその手から炎を放出させ、それをもって目の前の三人を薙ぎ払う。
「へ?」
間の抜けた声が一人の喉から出た。その直後、三人は業火に包まれる。
「……ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああっ!!?」
火達磨となった三人は武器を放り出し、滅茶苦茶に暴れ回る。その所為で戦闘の最中に落ち、油が漏れ出たランタンに引火してダンジョンを赤く照らす。
「なっ、魔法!?」
「詠唱してねぇ!魔剣だっ!!」
特攻した三人が火達磨にされ、今度こそ残りの団員達は萎縮してしまった。やがて燃え盛る炎の壁を突き破り、一振りの直剣が飛んでくる。
「ごっ……!?」
「!?」
中年のヒューマンの隣にいた団員の喉に、その直剣は突き刺さった。動脈をやられたらしく、夥しい量の鮮血が溢れ出す。
「ひぃぃいいいいい!!だっ、誰か!?助っ!?」
「あぎゅっ!!」
武器を構えたままうろうろしていた獣人と中年のヒューマン。並んで立っていた二人の顔面を硬質な感触の何かが捕らえた。
いつの間にか接近していたカークが、二人の顔面を鷲掴みにしたのだ。自身の身に何が起こったのか理解する間も与えず、カークは両手に呪術の火を宿す。
そして、発火。
両手で二人を鷲掴みにした状態で発動させた呪術、当然の如く、二人は顔を焼かれる事となった。
「………、……」
「―――――……」
悲鳴すらなかった。叫びたくとも叫ぶ口はおろか、目も鼻も何もかも、顔面にある器官は根こそぎ炭化してしまったのだから。
身体を硬直させて丸太のように倒れる二人。カークはやはり一瞥すらせず、残った敵に視線を向ける。
「ひっ……ひっ、い……!?」
そこには壁に背を預ける
格が違う。
彼女はようやく理解した。目の前のこの棘だらけの鎧を着た奴は、自分達よりもずっと強い。数でどうにかなる相手ではないのだと。
震える彼女にカークはゆっくりと近付いてゆく。その足音が、彼女には死神の笑い声に聞こえてしまう。
ぐっ、と彼女の首を鷲掴み、カークは無理やり立たせる。自然と首を絞める格好となり、彼女は苦しそうに喘ぐ。
「あっ、が……!ま、待って………!!」
苦しむ彼女は何とか助かろうと、自身の持つ情報を全て喋る事にした。恐らくこいつは自分達の狩りの邪魔をしてきた奴らの側の人間。情報さえ話せばひとまずは延命できると踏んだのだ。
「言う……知ってること、話すから………助け……!」
早く、早く離してくれ!と胸の中で懇願する
聞こえなかったのかと思い、もう一度命乞いをしようとした、その時。
「要らん。死ね」
彼女は
この場に相応しくない綺麗な声は面前から聞こえてきた。兜越しではあるものの、それは紛れも無く女のそれである。
「お前……女……?」
ごうっ、とそこに現れたのは小さな溶岩溜まりだ。そばで倒れていた団員の死体を溶かし尽くす灼熱の暴力は近くにいるだけで肌を焼く。
そこへ、カークは
ポカンとした顔の彼女は背中から溶岩に接触し、ずぶりと飲み込まれていった。
「――――――――ッッ!!?――――――――――――――ッッッ!!!」
声にならない悲鳴が溶岩の中から漏れる。
数秒後、溶岩は消失し、そこには全身が焼け爛れた
仰向けで胎児のように体を丸め、小刻みに震える彼女。所々は骨が見え、一部はすでに焼失してしまっている箇所もある。それでも息があるのは、もはや不幸以外の何物でもない。
カークはそんな彼女を見下ろし、やがて踵を返した。そして落ちた剣と盾を拾い、損傷がないか確認する。
それを終えたカークは、その場を後にした。焼けた金属と肉の匂いが充満するその場所が他の冒険者に見つかるまで、そう時間はかからなかった。
カークは『隠れ里』付近の泉で鎧を洗っていた。血や肉片をこびり付けたまま彼らに会うのは、何となく気が引けるからだ。
鎧を外して落とせる汚れだけを落としていく最中、カークはある事を思い出す。
それは、あのヒューマンの言っていた言葉だ。
『しかもその
その言葉を聞いた途端、カークの中で何かが弾けた。
本来はフェルズから借り受けていた『
いくら我慢が利かない性格だからと言っても、流石に少しは堪え性が無ければと一人反省するカーク。やがて鎧を洗う作業も終わり、まだ水浸しのそれを躊躇なく着込む。
そして、『隠れ里』へと足を踏み入れる。
周囲を淡く発光する
見れば、そこには様々な
「おっ、カークじゃねぇか!なんだ、来てたのかよ!」
「あラ、カークさん。お久しぶリです」
「来テイタノカ、ゾンビ擬キ」
カークの存在に気が付いた
彼らなりの歓迎を受ける中、カークは
「カークっ、来てたの!」
てててっ、と
「ああ。ただいま、セス」
カークは兜を取りながら
兜の下から現れた長い黒髪を翻して微笑む彼女……カークの顔は、とても優しげだった。
このカークさんは蜘蛛姫従者だったダクソ主人公です。
カークを名乗っているのは作者の思い付きです。