廻る命の輪の中で   作:まるっぷ

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第一話 目覚め

鎧を鳴らして地面に手をつく。カラカラに乾いた地面を掴む手甲の表面にはびっしりとトゲが生えており、それは全身を覆う鎧も同様だ。

 

そんな奇妙な鎧の持ち主は緩慢な動きで立ち上がり、周囲を見回してみる。

 

砂煙が吹き荒れる広大な荒野は、命が息づくにはあまりに過酷な環境だ。地上にある全ての生命が枯れ果てた後の世界を彷彿とさせる、まさに終末じみた光景。

 

そういったイメージがぴったりと当てはまる場所に、彼女は……『カーク』は立っていた。

 

「……ここは……」

 

禍々しい兜の奥から発せられた声。それは潤いを忘れたかのように掠れ切ってはいたが、それでも彼女の持つ元の低い美声は失われていない。

 

無人の大荒野に一人立っていたカークは、やがて足を動かし始める。

 

行き先などない。そもそもここが何処なのかも分からないのだ。気が付けば別の場所にいた経験なら何度かあったが、今回はどうも毛色が違うらしい。

 

(私は……確かに終わった(・・・・)はずだ)

 

蘇ってくるのは最期の記憶。

 

誰一人いない、篝火の残滓だけが残った祭祀場。そこで静かに胡坐をかいて不死人としての終わり……亡者になる瞬間を静かに待っていた。人間性もソウルも尽き果て、立ち上がる力すら無くなっていたはず。

 

しかし今は違う。鎧の内側こそ亡者のそれだが、身体にはソウルが満ちている。久しく味わっていなかった快調と言える感覚だったが、カークがそれに喜びを覚える事はなかった。

 

(今更力が戻ったところで……一体何だと言うのだ……)

 

カークの目標はすでに潰えた。否、自分の手で壊したのだ。

 

あの白い異形の少女を元に戻す、それだけを目的に人間性を奪い続けてきた。数多の亡者や不死人、果てには彼女の従者と、たった一人残された姉さえも殺し、ひたすらに人間性を捧げ続けた。

 

しかし結局、最後には彼女を殺してしまった。あろう事か、自分の手で。

 

「………」

 

彼女はもういない。

 

カーク()にはもう、何もない。

 

彼女がいない以上、カーク()という存在に意味はない。

 

歩みを止め、再び朽ちるその瞬間まで待ち続けよう……そんな思いが脳裏に過ぎった、その時だった。

 

ビキリ、と。壁が音を立てて割れ始める。

 

場所はカークの立っている場所から10M程離れた場所。灰褐色の壁に生まれた(ひび)は瞬く間に広がってゆき、蜘蛛の巣状の亀裂を生じさせた。

 

そんな亀裂の中央から、巨大な手が出現する。虚空でもがいていたその手は壁の表面を掴み、次いで肩、頭部、上半身と、その姿を露わにした。

 

それは(まさ)しく異形であった。

 

頭部から伸びる捻じれた二本の角。知性を感じさせない真っ赤な双眸。筋骨隆々な上半身、それを支える蹄の二足。大の大人を軽々と超える巨躯を持った化け物が、壁を破って生まれ落ちたのだ。

 

馬面である事を除けば『山羊頭のデーモン』を彷彿とさせる化け物は壁を壊しながら、二足の蹄で地面を踏み締める。

 

鼻をひくつかせて周囲を確認していたそれは、すぐにカークの存在に気が付いた。その姿を視界に収めるや否や、真っ赤に染まった双眸を吊り上げる。低い唸り声を放ち、当然のように戦闘態勢をとった。

 

『ヴヴゥ……!』

 

そんな化け物に対し、カークは即座に自らのソウルから武器を呼び寄せる。

 

左手に『トゲの盾』を、右手には『トゲの直剣』を。身に着けている鎧と同じく表面にびっしりとトゲが施されたそれらを構えた次の瞬間には、カークは走り出していた。

 

敵対すればどちらかが死ぬまで終わらない。であれば相手よりも先に動き、確実に息の根を止めるに限る。不死人として生きてゆく中で身体に染みついた、策とも言えない雑な戦法であった。

 

が、それは確かに効果的だ。

 

『!?』

 

馬面の化け物は迫りくるカークに反応しそこねたのか、間近まで接近を許してからようやく腕を振り上げる。

 

得物を持たない無手だが、それは一般人であれば容易く肉塊に変えてしまう程の威力を持っている。それどころか、この階層(・・・・)までやって来た実力者をも返り討ちにしかねない。

 

『オオォッ!!』

 

雄叫びと共に振るわれた剛腕。対するカークは、トゲに覆われたその直剣を振るう。

 

馬面の化け物にとって小枝のようなそれは、わざわざ防ぐまでも無いように見えたのだろう。こんなもので傷付くハズがない。諸共に叩き潰してやろうと、口の端を醜く歪めた。

 

直後、剛腕と奇剣は交差し。

 

 

 

その太い腕は、鮮血をまき散らしながら宙を舞った。

 

 

 

『……?』

 

突然軽くなった片腕の感触に、馬面の化け物の思考に空白が出来上がる。

 

その隙間を埋めるように……激痛の信号が脳内を駆け巡った。

 

『オッ……アアアアアァァアアアアアアアアアアアアッッ!!?』

 

苦悶に満ちた絶叫を轟かせ、馬面の化け物は地面に倒れた。ズタズタに切断された断面からは鮮血が噴き出し、乾いた大地を真っ赤に染め上げる。

 

何が起こったのか理解できない。ただ一つ分かるのは、この激痛は確かに本物であるという事だけ。点滅する視界の端に転がる自らの肉体の一部を見れば、それは否応でも理解させられた。

 

故に、馬面の化け物は失念してしまったのだ。

 

自身にこの激痛を与えた者が、まだ目の前にいる事に。

 

「……」

 

無様に悶え苦しむ馬面の化け物に対し、カークはその足で喉を踏みつけた。それだけで暴れていた馬面の化け物は地面に縫い付けられてしまう。

 

『ガッ……ア゛ァ……ッ!?』

 

血の混ざった泡を吹き、見開いた双眸は天を睨みつけた。カークはそれを無感動に見下ろし、そしてごく自然な動作で馬面の化け物の額に剣を突き立てる。

 

『ヅ―――――……』

 

断末魔はなかった。気道を踏みつけられ呻き声すら満足に上げられなかった哀れな命は、ここに新たな骸を晒す事となった。

 

事切れたのを証明するかのように、極限まで開かれた双眸はぐるりと白目を剥いている。それを確認したカークは、ようやく踏みつけていた足をどかす。

 

が、ここで奇妙な事が起こった。

 

「……?」

 

血に塗れた馬面の化け物の死体。それが瞬く間に灰へと還っていったのだ。体毛も、肉体も、流れ出た血すらも。悉くが灰へと変質するその光景は、かつて倒した黒騎士たちの散り様にも似ていた。

 

やがて残ったのは小さな灰の山と、その中に埋没した淡く輝く結晶石。“光る楔石”かとも思ったが、どうやら違うらしい。奇妙には思ったものの、一先ずカークはそれを拾い上げる。

 

その結晶石を自身のソウルへと溶かし、カークは先の戦闘を振り返った。とは言っても、およそ戦闘と言える程のものではなかったが。

 

(体格は『山羊頭』と似ていたが……随分と弱かったな)

 

武器を持っていなかったというのもあるだろう。しかし腕を切断された程度で(・・・・・・・・・・)あそこまで転げ回る様は、悲惨と言うよりむしろ滑稽にすら思えた。

 

亡者であろうがデーモンであろうが、奴らは己の身を鑑みずに襲い掛かってきた。

 

何度斬られようが折れた剣で斬りかかり、焼こうが刺そうが全く意に返さない。だからこそ強さの差に関わらず、それらとの戦いは気を抜く事が出来なかった。

 

しかし、今しがた倒した馬面の化け物はどうだ?無様にも痛みに転げまわり、そしてその隙を突かれて殺されてしまった。こうも弱い癖に、まるでそれが使命であるかの如くカークへと殺意を向けてきたが、その行動自体は亡者やデーモンと似ている。

 

「……分からんな」

 

この場所に関してもそうだ。

 

壁から化け物が出てくるなど、カークは聞いた事がない。そういった存在がいる事も否定は出来ないが、やはりどこか腑に落ちない感じがする。

 

そしてやはり一番の違和感は、自身がこうして存在している事だった。

 

「………」

 

繰り返すが、もはやカークは生きる事に対する執着はない。

 

自らが定めた使命を壊してしまった以上、存在する意味はない。

 

しかしその足は、おぼつかなくも歩みを再開させていた。

 

「………」

 

ふらふらとした足取りでその場を後にするカーク。やがて彼女は上に通じていると(おぼ)しき階段を見つけると、躊躇いなくそこを昇って行った。

 

彼女が何を思っているのかは誰にも分からない。

 

己が存在している理由を探しに行ったのか、別の死に場所を探しているのか。それとも何も考えてなどいないのか。

 

理性を喪い、ソウルに()えた不死人の成れの果て―――亡者。幽鬼のように彷徨う今のカークの姿は、まさしくそれと同じに見える。

 

こうしてカークは……一人の不死人は、この大荒野を去って行った。

 

オラリオに存在するダンジョン。その『第49階層』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も仲間は見つからなかったな」

 

「はイ……」

 

「ソウ気ヲ落トスナ、レイ」

 

薄暗いダンジョンの中で、三つの声が響いていた。

 

流暢なものと若干片言なもの、そして違和感を覚えるもの。全く異なる話し方をするこの者たちは、実は人間ではない。

 

大柄な爬虫類をそのまま二足歩行させたような外見のモンスター、蜥蜴人(リザードマン)

 

左右の腕がそのまま大きな金色の翼になっているモンスター、歌人鳥(セイレーン)

 

ごつごつとした岩で形成された異形のモンスター、石竜(ガーゴイル)

 

そう。彼らはダンジョンに潜る冒険者たちが狩る存在……モンスターだった。

 

「しっかし、流石にこの時間帯なら冒険者に出くわさずに済むな」

 

「ダガ油断スルナヨ、リド。少ナイトイウダケダ」

 

「分かってるって。そこまで楽天的な考えはしてねぇよ、グロス」

 

本来モンスターは言葉など話せない。そもそも思考と言えるほどのものを有していないものが大半を占めるのだが、彼らは違った。

 

互いを種族名ではなく名前で呼び合い、きちんとした理性を併せ持っている。それらは外見さえ除けば、暴虐なモンスターのイメージとは全く異なる印象を抱かせる。

 

そんな異端とも言える彼らの事を総称する呼び名は、『異端児(ゼノス)』。

 

今から約7年前にダンジョンで発見された、地上でもまだ知られていない“未知”であった。

 

「どうする?今日の所はもう引き上げるか?」

 

「そウですね。他の仲間たちモ心配している頃でしょウ」

 

リドと呼ばれた蜥蜴人(リザードマン)が、歌人鳥(セイレーン)のレイにそう尋ねる。

 

彼らは現在、他の同胞の捜索に来ていた。と言っても行方不明になったのではなく、未だ見つかっていない仲間がいないか冒険者たちの目を掻い潜って巡回しているのだ。

 

彼らは偽装のためにダンジョン内で見つけた冒険者の防具や武器(そのほとんどが遺品である)で身を包み、怪しまれないように行動している。リドは大柄な全身鎧を、レイはローブで身を覆っていた。

 

石竜(ガーゴイル)であるグロスはその姿が人間とは大きく異なるため、周囲を警戒しつつそのままの恰好でいた。リドも鎧に入り切らない太い尻尾を丸め、腰から垂れる金属板で上手く隠している。

 

擬態できる者は工夫を凝らし、そうでない者は周囲を常に警戒する。加えてダンジョンという薄暗く視界の悪い地形を利用し、彼らは周囲に溶け込むようにして目立ちにくくしていた。

 

「デハ私ハ先ニ戻リ、仲間タチニ伝エテ来ヨウ。レイ、オ前ハドウスル?」

 

「私はリドと共二歩いて帰ります。もウ少し、歩いていたイです」

 

「……ソウカ。デハ、リドヲ頼ンダゾ」

 

「おいおい、普通逆じゃないのか?」

 

「オマエハ飛ベナイダロウ。イザトイウ時ハレイニ運ンデモラエ」

 

そう言ってグロスは岩の翼を広げる。

 

ぶわっ、と地面の砂を巻き上げながら、彼は一足先に帰還していった。熟知した地形を警戒しながら飛んでいく彼が向かう場所はダンジョンの中にある『未開拓領域』。異端児(ゼノス)たちが肩を寄せ合う『隠れ里』だ。

 

小さくなっていく彼の背中を見送り、リドとレイは再び歩きだした。大柄な鎧姿が先頭を行き、そのすぐ後ろを小柄なローブ姿が着いて歩く光景は、要人を警護する従者のようにも見えなくはない。

 

「全く、グロスは心配性だなぁ」

 

「彼なりの優しさト言うものでしょウ。あの仏頂面でなけれバ、無暗二怖がられる事もないのですが」

 

「にっこにこしてるグロスなんて逆に不気味じゃないか?」

 

「あラ。リドも初対面の同胞にハ怖がられていたじゃありませンか」

 

「お、オレっちはだってほら、蜥蜴人(リザードマン)だし!?確かにちょっと顔は怖いかも知れねぇけど、こうやって笑ってやれば……!?」

 

「ふふっ、冗談でスよ」

 

鉄兜のまま満面の笑みを作ろうとするリド。そんな慌てふためく様を見て、レイはくすくすと声を漏らす。頭まですっぽりと覆ったフードで見えないが、その奥ではエルフにも負けない美しい顔が可笑しそうに笑っていた。

 

ダンジョンには不釣り合いにも思える朗らかな空気。

 

しかしそれは唐突に、二人の前方からやって来た者によって霧散してしまった。

 

「!」

 

先ほどの慌てっぷりから一転させて緊張の糸を張り詰めさせるリド。急に立ち止まった彼にレイも何事かと思い、その背中越しに前方を覗き込む。

 

そして、見た。

 

 

 

全身を真っ赤な血で染め上げた、禍々しい鎧姿を。

 

 

 

「ひっ……!?」

 

先ほどグロスが飛んでいった通路。その横に空いた穴から出てきた血塗れの姿に声を上げそうになるレイだったが、既のところで押し留める。激しく鼓動を上げる心臓をどうにか落ち着かせ、彼女は小声でリドの名を呼ぶ。

 

「リ、リド……」

 

「心配すんな、レイ。いつも通りにやり過ごそう」

 

落ち着き払ったリドの声は彼女に僅かな余裕を与えた。こういった場面に遭遇した際、彼の持つ冷静さは非常に頼もしい。

 

そう、ここはダンジョン。冒険者がいる事に何の不思議もないのだ。今まで出くわさなかっただけで、常にその危険は孕んでいる。

 

リドは冷や汗を感じつつも、努めて冷静に頭を働かせる。その内容はもちろん、前方にいる冒険者についてだ。

 

(確かに全身真っ赤だが……鎧に傷はついてないな。って事は、ありゃ全部返り血か?)

 

ふらりとした足取りで歩いてくる鎧の冒険者は、リドとレイの事など眼中にないかのような様子だ。トゲだらけの異様な鎧を鳴らしつつ、顔を伏したまま歩いてくる姿は、“亡霊”や“亡者”といった単語を連想させる。

 

モンスターにパーティごとやられた冒険者かとも思ったが、鎧に付着しているものは全て返り血らしい。とするとこの冒険者は一人でダンジョンを歩ける程の力を持っているという事になる。

 

ダンジョンは下層に行くほどモンスターの力も数も増えていく。だからこそ冒険者たちは仲間を募り、パーティ単位での行動を取るものだ。にも関わらずこの冒険者は単独で、しかもダンジョンの下の方から上がって来たのだ。仮に戦闘になれば、もしかするとリドは勝てないかも知れない。

 

(大丈夫だ……何食わない顔で横を通り過ぎれば……)

 

こんな事は何度もあった。今回も同じだ。そう自分に言い聞かせたリドはレイと共に息を潜めて、何食わぬ風を装い鎧の冒険者との距離を詰めていった。

 

「………」

 

「………」

 

そして、何事も無くすれ違う。

 

漂ってくる血の匂いにぞっとしながらも、その歩みは止めない。一瞬がやけに遅く感じるが、決して表には出さないように細心の注意を払った。

 

ざっ、ざっ、……と背後に聞こえる足音。ようやく過ぎ去った緊張の瞬間に、リドとレイは僅かに息を漏らした。これでもう安心だ。そう確信し、急ぎ足でその場を後にしようとする。

 

……その時だった。

 

「おい」

 

「ッ!」

 

低い声が背中に投げかけられる。その声にピタリと動きを止めてしまった二人は、恐る恐る後ろを振り返った。

 

そこにあったのは、やはりとも言うべきか……血塗れの異様な鎧姿の人物が、無言の視線を送っている光景であった。

 

 




次回の更新はいつになるのか分かりませんが、書け次第投稿していきたいと思います。
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