廻る命の輪の中で   作:まるっぷ

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※この物語の時系列について。


現時点での時系列は原作開始の9年前。まだオラリオの表舞台に闇派閥(イヴィルス)がいた頃の話からのスタートとなっています。

原作開始前から始めるのは初ですので、どうしても噛み合わない点などがあれば、宜しければお教え下さい。宜しくお願い致します。




第三話 『隠れ里』

ゴリ、と地面を削り、グロスは第20階層にある『隠れ里』に足を踏み入れた。内部は広大な空間が広がっていて、まばらに置かれた魔石灯(ランタン)がぼんやりと周囲を照らしている。

 

「今戻ッタ」

 

「お帰りなさい、グロス」

 

帰還を告げる彼に声をかけたのは赤帽子(レッドキャップ)をかぶったゴブリンだった。

 

どこか紳士然とした喋り方をするゴブリン……レットは、一緒に探索に出かけた二人の姿が見えない事に怪訝そうな顔をする。

 

「リドとレイは……?」

 

「アノ二人ハ遅レテ戻ル。少シ歩キタイソウダ」

 

「そうですか」

 

なんらかの事故に巻き込まれた訳ではないと分かって安心するレット。リドとレイは『異端児(ゼノス)』の中でも最古参のメンバーであり、それに伴う実力もあると分かっていても、やはり心配はぬぐい切れない。

 

グロスは彼の肩を軽く叩き、奥へと進んでゆく。

 

この広い空間にいる『異端児(ゼノス)』の数はおよそ20前後。大なり小なりの増減を繰り返し、この数に落ち着いている。面子は先ほどの赤帽子(レッドキャップ)のような『上層』出身から、『中層』『下層』の出身まで様々だ。

 

半人半鳥(ハーピィ)半人半蛇(ラミア)戦影(ウォーシャドウ)……統一性のない、しかし全員がその目に理知の光を宿したモンスターの集団。彼らはこうして、ダンジョンの奥にひっそりと息を潜めていた。

 

「やあ、グロス」

 

と、ここで。

 

グロスに声を掛ける者がもう一人現れた。それは真っ黒なローブで全身をすっぽりと覆っていて、手先すらも手袋(グローブ)で隠されている。そして唯一外気に晒されている顔はというと、やはり人のそれとは異なる。

 

皮と肉が剥がれ落ち、その下にある白骨が露出した顔面。骨格標本のような見た目をしたこの人物……フェルズは、目玉のない眼窩でグロスを静かに見据えていた。

 

「フェルズ」

 

「新しい同胞は見つかったかい?」

 

「イヤ。ヤハリソウ易々トハイカンナ」

 

「ダンジョンは広大だからね。まだ見つかっていない『異端児(ゼノス)』もきっといるはずだ。私の方でも出来る限り探してみよう、だから君たちも無理せずに続けてくれ」

 

「スマン、助カル」

 

「構わないよ」

 

これも『ギブアンドテイク』という奴さ。とフェルズは笑い、グロスもふっ、と笑みを零す。

 

しかしこの穏やかな空気も長くは続かなかった。フェルズは笑うのをやめると、やがて硬い声で話し始める。

 

「……この頃、狩猟者(ハンター)たちの動きがきな臭い」

 

「ッ!」

 

狩猟者(ハンター)。フェルズの口から放たれたこの単語に、『異端児(ゼノス)』たちはつぶさに反応した。

 

ある者は肩を震わせて怯え、ある者は拳を固く握り締める。反応は様々であったが、彼らが狩猟者(ハンター)という存在に抱く感情……それは“恐怖”と“怒り”であった。

 

グロスもまた“怒り”を抱いている一人だ。

 

ダンジョンに生まれ落ちて約7年、その間に攫われた、あるいは殺された仲間は決して少なくない。最近は襲撃に遭う事もなかったが、あの悲劇が繰り返されるかも知れないとう事実に、グロスは意図せず低い唸り声を出していた。

 

「落ち着け、グロス。最古参の君が感情的になるのは良くない」

 

「……アア」

 

フェルズの言葉に耳を貸す程度には冷静さが残っていたようで、グロスは心を静めて腹に溜まった空気を吐き出す。

 

そして考えるのはこれからの事だ。同胞の捜索、狩猟者(ハンター)への対策。当面はこの二つを重点的に行う必要があるだろう。他にも考える事は沢山あるが、そこまで手を回す余裕はない。

 

「私タチハ引キ続キ同胞(なかま)ノ捜索ヲシテイコウ。モチロン狩猟者(ハンター)共ニハ気ヲ付ケルガ、今後モ動向ヲ知ラセテクレ」

 

「分かった。急を要する時は、いつも通りに水晶を使ってくれ」

 

そのまま二人は今後の方針について話し合う。

 

『隠れ里』の空気は、少し重かった。

 

 

 

 

 

時を同じくしてリドとレイ、そしてカークはダンジョンの中を進んでいた。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

どこか重たく感じられる空気を漂わせる無言の三人組。カークは言うに及ばず、先ほどまで喜んでいたリドとレイまでもが一言も発さない。否、発せないのだ。

 

(やべぇ……すっげぇ気まずい……!)

 

リドはかぶった鉄兜の中でそんな事を考えていた。

 

最初は何度か話しかけてみたのだ。どこで生まれたのか、その防具と武器はどうしたのか、どうしてそんなに強いのか、等々。質問ばかりであったが、そこから会話の糸口を探そうとしていた。

 

しかし聞けども聞けどもロクに返事も返ってこない。大抵の質問は黙殺されてしまい、とても会話に繋げられるものではなかった。

 

なんとか返ってきた先の質問に対する答えも

 

『知らん』

 

『奪った』

 

『慣れだ』

 

という一言のみ。これには流石のリドも黙る事しか出来なかった。

 

ちらりと隣を歩くレイを見てもやはり同じ気持ちのようで、口を噤んで若干の困り顔を浮かべている。二人が必死にコミュニケーションを取ろうとしても当の本人がこれなので、もうどうしようもない。

 

(里の皆に頼るか……)

 

リドは密かにそう心に決め、今は目的地への到着に専念する事にした。

 

一方のカークはと言うと、この現状についてぼんやりと考えていた。思い出されるのは先ほどのやりとりだ。

 

いきなり兜を脱いだかと思えば、その下にあったのは蜥蜴の顔。一緒にいたローブ姿の人物に至っては、その下は“ベルカの鴉人”のような姿をしていた。尤も、あの絵画世界の住人と違い、見た目は随分と人間に近かったが。

 

蜥蜴の方は見た目こそ人間から逸脱していたが、話し方は鳥の方よりも流暢なものだった。不死人として長い時を過ごしてきたからこそ驚きもしなかったが、大抵の者はあの姿と話し方との差異には目を疑うのだろう。

 

カークに限った事ではないが、それなりに長く不死人として過ごしたものであれば、二人の容姿は別段驚くような事ではない。喋る猫やら茸やらを見てきたカークにとって重要なのは敵意があるかどうかである。そして襲い掛かってきたら殺す、それだけである。

 

そして現在、カークは二人の言葉に従って行動を共にしている。それは何故か。

 

正直なところ、カークは今自分がいる場所についての見当が全くついていない。そこへ何やら情報を知っていると思われる者からの誘いを受けたのだから、特に断る理由はなかったというだけである。

 

後になって面倒事になるのであれば、さっさと何処かへ行けば良い。そんな考えのもと、彼女はこうして二人と行動を共にしている訳だ。

 

 

 

 

 

そうこうしている内に三人は、行き止まりとなっている広間(ルーム)に到着した。壁も天井も巨大な樹皮で覆われ、当たり一面には大小さまざまな石英(クォーツ)が形成されている。

 

それらはダンジョンに自生しているヒカリゴケの明かりを反射している。また石英(クォーツ)自体の発光も合わさり、まるで魔石灯のように空間を照らしていた。

 

「こっちだ」

 

カークを手招きし、リドとレイは広間(ルーム)の片隅へと歩み寄る。そこだけ発光が弱いが、よく目を凝らさなければ分からない程だ。リドはその石英(クォーツ)の前に立つと、おもむろにそれを蹴り砕いた。

 

粉々になって飛び散る石英(クォーツ)。そうして現れたのは、隠されていた樹穴であった。

 

リドは慣れた調子でその中へと入って行き、続いてレイも樹穴を潜る。目に見えて再生していく石英(クォーツ)を横目に、カークもまた中へと足を踏み入れた。

 

樹穴の中は傾斜の緩い一本道となっていた。ぼんやりとした石英(クォーツ)の明かりだけが照らすその道を抜けると、広がっていたのはまたも行き止まり。今度は小さめの泉があり、それ以外には何もない。

 

「この泉の奥に通路があって、その先にあるのがオレっちたちが『隠れ里』って呼んでる場所だ」

 

「……この先だと?」

 

さも当然のように言ってのけるリド。しかしその言葉を受けたカークは、ここで初めて難色を示した。

 

泉の深さはおよそ5M。息が続かない程深くはないが、飛び込むには若干躊躇する深度だ。ましてやカークは不死人、そして不死人とは総じて水辺が苦手なものである。

 

水に足をとられて動きが鈍り、そして足を滑らせる。不死人が起こす事故として落下死の次に多いのが、この水辺での事故……すなわち溺死だ。

 

「お先に、失礼しまス」

 

そんなカークの心境など知らずに、レイはローブを脱ぎ去るとそれを丸めて持ち、泉の中へと入っていった。リドも兜だけを脱いだ鎧姿のままで泉へと近付き、彼女の後に続こうとしている。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「……本当に、入るのか」

 

「そりゃあ入口はここしかないからな。……もしかして、水は苦手だったか?」

 

苦手どころではない。むしろ下手なデーモンよりもタチが悪い。

 

潰されたり地面に叩きつけられれば一瞬で済むが、溺死は死ぬまでに時間がかかる。数え切れない程の死を重ねてきたカークであっても、極力溺死は避けたいものである。

 

しかしここで躊躇していても埒が明かない。死んだらその時はその時だと割り切ると、カークはリドと共に泉へと足を踏み入れた。

 

「よし、オレっちの後に付いてきてくれ。まぁ、すぐに着くさ」

 

「………」

 

そんなフォローが入るも、カークはやはり無言であった。ハハ、という乾いた笑いをリドが漏らし、そしてついに泉の中へと身を沈ませる。

 

水中は澄んでいたため、視界の確保は容易だった。鎧の重みで水底に着地したカークは、先頭を行くリドを目印に水中を歩いて移動する。

 

少しして突き当たりまでやってくると、二人は水底を蹴って水面まで急浮上した。モンスターであるリドと、人外の膂力を誇るカークだからこそ出来る芸当である。

 

「ぷはぁ!」

 

ばしゃっ、と水濡れになった手で地面を掴み、リドとカークが水面から顔を出す。そのまま泉から這い出た二人を、先に進んでいたレイが出迎える。水濡れになっているローブを丸めて小脇に抱えている彼女は、リドへと労いの声がかけた。

 

「お疲れ様でス」

 

「おう、待っててくれたのか」

 

「一緒に戻った方ガ良いでしょう?」

 

すっかりずぶ濡れになった三人は軽く水を払いのけ、さらに先へと進んでゆく。ここは先ほどの通路とは違い光源はほとんどなく、視界はほぼ闇一色に染まっていた。リドが持っている魔石灯の明かりだけが唯一の頼りだ。

 

数分歩き続けると、何やら話し声が聞こえてきた。男か女かよく分からないものと、石を擦り合わせたような歪なもの。その二つは互いの声に違和感を覚えていないかのように、ごく自然に言葉を交わし合っていた。

 

「グロス!帰ってきたぜ!」

 

リドは大きな声でその声は辺り一面に響き渡った。

 

薄暗くて分かり辛いが、どうやら開けた空間に出たようだ。まばらに置かれた光源の間隔から察するに、かなりの広さを有しているのだろう。

 

「リド、レイ。遅カッタナ……待テ、ソイツハ何者ダ?」

 

リドが話しかけた相手、グロスと呼ばれた者へとカークは目をやった。見た目は完全に動く石像であるそれに対し、こんな奴もいるのかという感想を持つ。

 

「ああ、実はあの後ちょっとな。その時に出会ったんだよ……新しい、オレっちたちの同胞(なかま)に!」

 

「「「 ! 」」」

 

新しい同胞(なかま)、というワードに周囲からどよめきが上がった。

 

よくよくカークが周囲を見渡してみれば、人型や獣型の動く影が確認できる。サイズは小動物程度からカークと同じ背丈のもの、更にはそれよりも遥かに大きなものまで様々だ。全員ではないが、多くの個体は人工物らしき装備を身に着けていた。

 

わらわらと近寄ってくる彼らの瞳には理知の光があり、これまでカークが屠ってきたモンスターとは明確に異なっている。ここがこの蜥蜴が言っていた『隠れ里』か、とカークは確信した。

 

「新しい同胞(なかま)!?」

 

「ヨロシクッ!」

 

「ワォン!」

 

彼らは口々に挨拶の言葉を述べ、喜んでカークを招き入れた。熱烈な歓迎にも無言を貫くカークにリドは苦笑いを浮かべ、レイもまた似たような顔で笑っていた。

 

そこへ重量感のある足音が響いた。リドの前に立っていたグロスが、カークの元までやって来たのだ。この中ではリドと同じくらいに大柄な彼は、必然的にカークを見下ろすような形で挨拶をする。

 

「歓迎シヨウ、新タナ同胞ヨ。私ノ名ハグロスト言ウノダガ、オ前ニ名前ハアルノカ?」

 

「………名前か」

 

兜に遮られたくぐもった声で、カークは小さく呟く。

 

名前。自己を固定する要素。不死人にとっての拠り所の一つでもあるそれを、カークはすぐに名乗る事はしなかった。

 

そもそもこのカークという名前すら、あの従者の男から奪った(・・・)ものだ。あの白い異形の少女に忠義を尽くし、最期の瞬間まで彼女の事を気にかけていた。そんな彼の思いを踏みにじる所業を働いた自分に、一体この名を名乗る資格があるのだろうか。

 

 

 

―――――そんなもの、決まっている。

 

 

 

「………いいや、ない」

 

「ソウカ。デハオ前ノ名前モ決メナケレバナラナイナ」

 

「久々だなぁ、こういうの。なんかわくわくしてくるぜ!」

 

「リド、貴方はこの前ノ名前決めでやったでしょウ。今回は他の者たちニ譲って下サい」

 

「ええっ!?そんな……」

 

新たな同胞への名前を考えるというイベントに、他の『異端児(ゼノス)』たちもにわかに色めきだす。数少ない娯楽であると同時に団結力を強固なものとするこの行為は、彼らにとって非常に重要な意味合いを持つ。

 

名付けの儀式は着々と進められていく。

 

その渦中にいるカークの……否、不死人の心が動いていない事にも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い空間。ダンジョンにも似た、しかし人工物である事が明確に分かるような場所を、焚かれた松明がぼんやりと照らしている。

 

それはゆらゆらと揺らめく影を作り出していた。その影の元は椅子に座った一人の男であり、彼は手の中にある一冊の古い手帳に目を落としている。傍らには赤い槍が立てかけられ、捻じくれた先端はてらてらと赤く濡れていた。

 

「何だよディックス、このモンスター殺しちまったのかぁ?」

 

そこに一つの声が現れる。

 

声の主は痩身の男神だった。褐色の肌に黒い服、その端麗な顔つきに軽薄な笑みを浮かべつつ現れた神は、ちらりと男から視線をずらす。

 

そこにあったのは檻。中にはモンスターの残骸らしき灰の小山があり、そこに埋もれるようにして魔石が落ちていた。周囲には乾き切っていない赤い血が飛び散っており、この状況から見ても何があったのかは想像に難くない。

 

「良かったのかよ。結構良い金になったんじゃねぇのか~?」

 

「ロクに喋れもしないコボルドなんざ誰も買わねぇ。せいぜいがサンドバックってところでしょうよ」

 

神に対する敬意を欠片も感じさせない雑な敬語で答えた男は、手帳を胸ポケットにぞんざいに仕舞い込む。男は椅子から立ち上がり、そして神の前へと歩み寄ってきた。その右目は松明の火によらない、赤い輝きを宿している。

 

神よりも背が高く、全体的に引き締まったシルエットを持つこの男……【暴蛮者(ヘイザー)】ディックス・ペルディクスは、憶する事なく神へと言葉を告げる。

 

「やっぱり貴族(へんたい)共に売れるのは整った見た目のモンスターだ。今はオラリオ(うえ)での茶番で忙しいんでしょうが、どうか貴方のお力をお貸し下さいませんかねぇ、イケロス様?」

 

「……ひひっ。相変わらず糞生意気なガキだぜ」

 

くつくつと声を殺して笑い合う二人。

 

ディックスがイケロスと呼んだ男神は、やがて笑い声を静めた。しかしその軽薄な笑みは変わらずに、顔に張り付いたままだ。

 

「良いぜぇ、頼まれてやるよ。どうせもう闇派閥(イヴィルス)は長くねぇ、ここらが抜け時だろうよ。タナトスやルドラには適当に伝えて、モンスター狩りに専念出来るようにしてやる」

 

「すいませんねぇ、色々雑用を押し付けちまって」

 

「心にもねぇ事言ってんじゃねぇよ。お前は俺を笑わせてりゃあ良いんだ」

 

「それなら約束しますぜ……絶対に、ねぇ」

 

ひひ。ひひひ。ひひひひひっ。と、不気味な笑い声が響き渡る。

 

二人を照らしていた松明の火は、身を竦ませるように大きく揺らめき、そして消えた。

 

 




何気にディックスは好きなキャラです。

否定しようもない悪人なので、容赦なしに色々出来そうな気がします(笑)。
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