亀有公園前派出所にて巡査長として勤務しているわしこと両津勘吉は、昨日も本田や左近寺、ボルボ達と共に飲み歩きをしていた。
3軒目までは記憶があるが4軒目以降は記憶が曖昧で覚えていないが、まあいつもの事である。
だが、今回は少しばかり勝手が違っていた。
気付けば周囲はまだ夜なのか真っ暗で、わしは木製の椅子に座っており、目の前には白い椅子が置かれていた。
「なんだこりゃ・・・・。てっきりまたゴミ捨て場か寮で寝とるもんだとばかり思っとったが、わしはどうしてこんな場所で座って寝とったんだ?」
「両津勘吉さん、ようこそ死後の世界へ。貴方は不幸にも、つい先ほど亡くなりました」
混乱して周囲を見回していたわしに、頭上からそんな声が掛けられてきた。
見ると空の一部が淡く輝いており、そこから背中に白い羽が生えた金髪の少女が現れ、宙に浮かぶように降りてきた。
わしが驚いていると少女はそのまま白い椅子に座り、まさに天使のような顔で微笑みながら言った。
「短い・・・・とは言えない程度には生きてきたようですが、貴方は死んだのです」
わしが死んだ、と少女は言う。
その言葉に、少しばかり頭の中が真っ白になる。
死んだ?わしが死んだ!?そんな馬鹿な!!わしは150まで生きると昔、魔法使いのジジイが言うとったはずだぞ?!
「わしが死んだだと!?そんな馬鹿な、なぜわしが死ぬのだ?!まったく身に覚えが・・・・・・!」
「あなたは友人3人と飲んだ帰りにゴミ捨て場で眠り、そのまま心臓麻痺で死んだのです」
「そんな馬鹿な?!わしがその程度で死ぬなど??!!」
今まで何度も同じようなことはしてきたし、何より心臓は人一倍頑丈な筈だ。
そんな程度で心臓麻痺を起こすなど絶対にありえない筈なのだ。
「混乱されるのも分かりますが・・・・・事実です。酒に酔った状態で寒空の中眠れば当然起こりうることです。貴方ももう若くないのですから、今まで大丈夫だったからといって問題が起きないという訳ではありません。今後は気を付けてくださいね?」
困ったように首をかしげる少女。
すでに死んでしまったのに今後気を付けるよう言われても困るのだが、確かにその通りだ。
部長にもよく言われていた。
もう若くはないのだから暴飲暴食には気を付け、生活習慣を改善するようにと。
年寄りの小言と聞き流していたが、それが最悪の形で発現してしまったのだ。
「なんてことだ・・・・・わしは、死んだのか」
やりたいことはまだまだあった。
やりたいゲームが数か月後には発売されるし、数日後には絶対に勝てる競馬のレースもあった。
欲しかったプラモや食玩はまだ手に入れられてないし、考えていた商売もまだ実行に移していない。
中川に麗子、部長に寺井。その他、檸檬や纏など大勢の友人たちにも別れを済ませていない。
やり残したことは山ほどある。
だが、死んでしまった以上は仕方のないことだ。
「・・・・そうか、それなら仕方がないな。分かったよ、ちゃちゃっと天国にやってくれ」
わしの言葉に、天使の娘が意外そうな顔をする。
「・・・意外と落ち着いているんですね。こんな唐突に死んでしまって、普通はもっと動揺して、現世に帰してくれと泣き叫ぶものなんですけど」
「江戸っ子がそんなみっともないまね出来るか。死んじまったのならグダグダ言わずにちゃちゃっと諦めてあの世に行く。それが江戸っ子の心意気ってもんだ」
まあ、状況次第では何が何でも現世に戻ろうとするかもしれないが。
「・・・・そうですか、潔いんですね。皆がそうだと助かるのですが。しかし、貴方は天国には行けません」
「なにぃ、じゃあ、地獄行きかよ!?」
そういえば地獄の閻魔大王とは知り合いだった。
随分あっていないが、地獄行きなら久しぶりに会いに行くのもいいかもしれん
。
「いいえ、地獄行きでもありません。貴方には第3の道、異世界へ転生する道が用意されています」
「異世界転生だと!?」
なんだその最近はやりのラノベみたいな展開は。
「ええ、異世界転生です。実はいま、とある異世界では魔王軍の侵攻によって多くの人が死んでいます。それだけならまだどうにかなるのですが、魔王軍に侵攻されている過酷な世界ゆえにその世界の中で人に転生したいという人が減って、致命的な人口減の危機に晒されているのです」
「魔王軍って・・・」
その世界にはそんなのがいるのか。
「そこで我々天界は、この世界で若くして死んだ人をその異世界に転生させることで、この致命的な人口減の危機を乗り切るための移民政策を開始したのです。・・・・あなたの場合はそれほど若くありませんが、上の方が移民の間口を広げることにしたのでしょう。その年で死んだのに天国か地獄へのお迎えが来ないということは、異世界転生に選ばれたという事ですから」
そこで言葉を切ると、少女は両手を広げて問いかけてきた。
「それで、どうしますか?異世界に行きたくないというならば強制はしません。私の方から上に掛け合って、貴方が天国か地獄へ行けるように話を通してきましょう」
少女の言葉に、少しばかり考え込む。
異世界に行ったことはある、ドラゴンボールやボーボボの世界などに。
天国や地獄に行くのも悪くはないが、ここはまったく新しい世界に行ってみるのも悪くはないかもしれなかった。
「そうだな・・・・じゃあ、その異世界とやらに送ってくれ」
「はい、わかりました!いやー、実は私、前任者からこの仕事を引き継いだばかりで今回が初の異世界転生で緊張していたんですけど、両津さんが話が分かる方で助かりました。あ、ではこのパンフレットの中からチート能力かチート武器を一つだけ選んでください。見ず知らずの世界に行くわけですから、すぐに死んでしまわないようにとの私たち天界からのプレゼントです」
言った通り緊張が解けたのか、少女は軽く息を吐くと白い椅子の隣に置かれてあった机からいくつかのパンフレットを取り出し差し出してきた。
「なんだ、そんな特典が付くのか?天界ってのは意外と太っ腹なんだな」
「いえいえ、危険な世界に行ってもらうのですから、この程度は当然のことですよ。あ、ただ注意してくださいね。チート武器の場合は問題ないのですが、チート能力の場合は脳に直接情報を焼き付けるため、頭がパーになる危険性があるそうです」
「なんだとぉ!?お前ら、そんな危険なことをしてるのか?!」
「ああ、勘違いしないでください。あくまでも科学的な可能性があるだけです。実際、いままでチート能力を授かった人の中で脳に障害が出た人は確認されていません。ただそれでも危険は危険なので、一応知らせておこうかと」
事前に危険を知らせるあたり良心的ではあるのだろうが、それでも酷い話である
。
「まあ、薬とかでも人によっては毒になることもあるというし、そこまで気にする話でもないかもしれんが、そのことを言わずに能力を授けていたのなら、ほとんど詐欺だぞ。あんたは今回が初仕事だというし、今後も気を付けるんだぞ」
「はは、ですよねー」
少女はどこか虚空を見つめながら返事を返すが、まあどうでもいいことである。
もとより何を貰うかは最初から決めていた。
「ではそうだな、チートの代わりに金をくれ」
「はい?」
虚空を見つめていた少女は、何を言われたのか理解できないという顔で聞いてきた。
「は、あの、えーと、すいません、もう一度言ってもらえますか?」
「だから、金だよ金。キャッシュ、現金、マネー。それを出来る限りくれ」
わしの言葉を聞いた少女は、困った様な顔で言った。
「えーと、ちょっと待ってくださいね。・・・・・はい、お金を与えることは可能です。天界規定で上限100万エリスまでですが。あ、エリスというのはこれから行ってもらう異世界でのお金の単位で、その世界を管理しているエリスという素敵な女神さまの名前から取られたものです」
「なるほど。で、その100万エリスってのは日本円でどれくらいのもんなんだ?」
「それほど変わらない・・・・と思います。社会がそれほど発展していないので、ひょっとしたら2,3倍の価値があるかもしれませんが」
つまりは200万円から300万円というところか。まあ、上等な方である。
「じゃあそれでいい。100万エリスをくれ」
「えーと・・・・・・」
少女は、心底困った表情で言った。
「あの、やめたほうがいいですよ?ここで手に入るチート武器は100万では絶対に手に入らないようなものばかりですし、チート能力に関してもお金には代えられないほどの価値があります。これから行く異世界は過酷ですし、武器の方がいいと思いますよ?」
本心からこちらを心配して忠告してくれる少女の言葉は有り難いが、こればっかりは譲れないことだった。
過酷な世界ならばこそ、何よりも信頼できるのは金だ。
金がないのは水と空気が無いのと同じ。見ず知らずの場所に行くのに、金より必要なものはないのだ。
「いや、金でいい。100万エリスをわしにくれ」
「・・・・意思は固いようですね、分かりました」
わしの強い意志を理解したのか、少女は仕方ないな、という風に微笑むと、椅子から立ち上がり両手を天に掲げた。
「・・・・チート能力や武器よりも金がいいなんて人はあなたが初めてですよ、両津さん。でも、確かに異世界転移の直後にお金の工面に難儀する人は多いと聞きますし、それを思うと正しい選択なのかもしれません。流石は年の功、という奴でしょうか?」
優し気に笑む少女に、わしもニヤリと笑い返してやる。
「亀の甲より年の功ってな。いままで送られたんだろう連中とは年季が違うんだよ」
「ふふ、そうですね。あなたほどの人生経験を持った転移者は初かもしれません。・・・・では、行ってらっしゃい両津さん。あなたの異世界での新しい人生に、祝福を!」
少女の言葉と共に足元から光の柱が現れ、体が浮き上がっていく。
上を見ると、白い光の渦のようなものが見える。恐らくはあの先が、少女の言う異世界なのだろう。
「よし、まってろよ、まだ見ぬ異世界め。この両津勘吉様が、そっちの世界でも大暴れしてやるぞ!!」
気が付くと、そこは見知らぬ街の大通りのド真ん中だった。
街並みは中世のヨーロッパのようで、待ちゆく人々の姿も、ゲームに出てくる冒険者のような姿の者もいるが、基本的にはそれに準じたもので明らかに日本ではなかった。
「おお、これが異世界か。まさにゲームの世界って感じだな」
中世ファンタジー系のゲームは色々とやったし自分で作ったこともあるが、実際のその中に入るとなるとやはり感動を覚えた。
これから、この異世界での第二の人生が始まるのだ。
「おっと、それより金だ。えーと、ズボンのポケットが重いな」
ポケットに手を突っ込んでみると、ジャラジャラと金の良い音色が響いた。
「ほう、この世界の通貨は全部硬貨なのか。そういうところもファンタジーだな。しかしこの金貨、純度が高そうだな。元の世界に持って帰れば数倍の値で売れるかもしれん」
8円で売れる1円玉を数千枚の中から探したこともあるほど金にはうるさいわしである。
手にしただけでこの金貨の価値を測るくらい朝飯前だ。
「この世界で金貨を集めて元の世界に戻れば大金持ちになれるかもしれんな。まあ、今はそれより仕事を探さねば」
生きていくには金が要り、金を得るには働かねばならない。
元の世界では数多のバイトをこなしていたのでどんな仕事でも出来る自信はあるが、それはそれとしてここは異世界である。
ゲームではこういう時、まずは冒険者組合で冒険者の登録をするものだった。
「まあ何はともあれ、誰かに声を掛けてこの町について話を聞かんとな。さてと、誰に聞くか・・・・・おっ」
大通りの隅に、ぼーっと人混みを眺めている声を掛けやすそうな少女がいた。
年のころは16,7といったところか。
中世風な町並みには似合わないネクタイの付いた胸元の大きく開いた黒い服を着ており、裾の短いピンクのスカートを履いている。
何処の世界でも、若い者は派手な服装を好むものらしい。服装だけなら初めて会ったころの麗子に似ているかもしれなかった。
「おい、そこの嬢ちゃん」
まあそれはともかくとして声を掛けてみる。
部長じゃあるまいし、わしは若い者の服装にあれこれ文句を言う気はないのだ。
「・・・・・・・」
しかし、少女は何も反応を返してこない。
真横から声を掛けたのだが、気付かないのだろうか?
「おう、嬢ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「・・・・・・?」
今度は、目の前に立って話しかけてみる。
だが少女は自分に話しかけられたとは思っていないのか、不思議そうに左右を見渡している。
「いや、あんただよ、あんた。わしは両津勘吉ってもんだが、あんたにちょっと聞きたいことがあるんだ」
「え・・・・ええええっ?!わ、わた、わたしですか!?」
少女を指さして自己紹介すると、少女はようやく自分が声を掛けられたのだという事に気が付いたらしい。
なんというか、あったばかりの頃の本田を思い起こさせる少女である。バイクに乗ってないときの方の。
「そうだよ。で、わしは自己紹介をしたんだが、あんたの名前を聞いてもいいか?」
「あっ!そ、そそそそそ、そうでしたね!私ったら、自己紹介されたのに名乗らないなんて、なんて失礼なことを?!えっと、その、わ、わわわ我が名は、ゆんゆん!いずれは、紅魔族の長となるもの!?」
少女はパニックになりながら自己紹介をした後、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
どうやら色々なことが恥ずかしくなってしまったようだった。
「そうか、ゆんゆんか。まあ、よろしくな」
「えっ!?あ、あの!私の名前に、驚かないんですか?その、変だなって?」
赤面した理由は、どうやら自分の名前が恥ずかしかったかららしい。
この反応から見るに、親につけられたキラキラネームによって随分苦労したのだろう。実に気の毒な子だった。
「ああ、まあ変とは思うがな。わしの知り合いにはもっと変な名前の奴も大勢いたし、それほど気にせんぞ?」
メタモンピカチュウやらミコシノルオ、ゲパルトと比べれば可愛らしいくらいである。
「そ、そうなんですか・・・・・!」
少女の顔を目に見えて明るくなる。
相当に名前で苦労したのだろう。実に可哀想な子だった。
「まあいいや、それで、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・・・」
「は、はいっ!任せてください!私にできる事なら、何でもしますから!!!」
全6話ほどを想定しています