パンドラの箱庭   作:静電気除去スプレー

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変化

ホグワーツの図書室にはたくさんの本が並べられている。

授業で使う本を探しにユニシアも本棚の前で目当ての背表紙を探していた。

 

「あの、すみません…!一番上の棚にある本、取っていただけませんか?」

 

下から聞こえてきた声に視線を落とすと、そこには見目の整った可愛らしい少女が本を指さしてユニシアを見上げていた。

 

「え、あ…ああ、もちろん。どの本?」

 

「えっと、右の…それ!開けてはいけない箱、…それです!」

 

ユニシアよりは年下であろう少女の言葉通りに本を取ってやると、少女は嬉しそうにお辞儀をした。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして、…その本に興味があるの?」

 

「…いけませんか?」

 

「い、いやそんな事…」

 

不満そうに言いながらその場で本を開き始める。ユニシアも自然と視線が本にいった。

 

「…ハリーが…ええと、友達が言っていたんです。“助けて、開けてくれ”って毎晩聞こえてくるって」

 

「“開けてくれ”?」

 

「ええ、気味が悪いでしょう?だから…」

 

「調べてあげているのね。優しい」

 

「そっ、そんな事ありません…!」

 

本から顔を上げてほんのりと頬を赤らめて言うのは新入生のハーマイオニーだった。

ユニシアはその様子に小さく笑って頷いた。

 

「あ、ええと…私はハーマイオニー・グレンジャーです。グリフィンドールの…」

 

「そう。私はユニシア・ドレナード。レイブンクローの三年生」

 

「……三年生…、やっぱり先輩だったんですね」

 

「そうなるね。…ところでその本、実は読んだことがあるのよね」

 

「そうなんですか?」

 

二人は隣同士で椅子に腰かけ、先ほどの本をぱらぱらと捲りながら話し始めた。

 

「私たちより先に生まれた魔法使い、魔女たちがこれから起こる災厄を予言してそれをたくさんの箱に閉じ込めた。だから今平和に生きている、そんな話だったわ」

 

「まるでおとぎ話ね。…どうやって予言したの?箱ってどんな箱?災厄って…」

 

「詳しくは書かれていない。でも、災厄を箱に閉じ込めた者は死んだ、って確か書いてあるはず」

 

「……そう、なんですか」

 

「箱がたくさんあるなら、その分人が死んでいるのかしらね。…そして開けたらもっとたくさんの人が危険な目にあう…なんて、教訓めいたおとぎ話よね」

 

「…好奇心で開けるな、ですか?」

 

ハーマイオニーの不安そうな目にユニシアは一度言葉に詰まってしまった。

先ほど言いかけたのはハリー・ポッターの事だろう。同じ寮で、彼女は彼を友達と言っていた。入学したばかりで自分もまだ不安定だと言うのに友人がそんな状態では更に不安は加速してしまうだろう。

ユニシアは開いていた本を閉じさせ、ゆっくりと椅子から立ちあがった。

 

「おとぎ話よ。…でも、その友達にはよく言ってあげた方が良いかもしれない。…きっと箱は、開けないに越した事はないから」

 

本をそっと本棚に戻し、ユニシアはぼんやりとその背表紙を見つめた。

おとぎ話なんかではないかもしれない。本当にそんな箱が存在していたとして、彼の聞く声の主は誰なのか、そこまで考えてしまうも口には出さなかった。

 

「ドレナード先輩」

 

「え?」

 

「私、きっとハリーを助けてみせます」

 

そう言ってハーマイオニーは何かを決めたような強い目で頷き、図書室を慌ただしく出て行ってしまった。

残されたユニシアは、驚いた様にハーマイオニーが出て行った扉を見つめていたが、やがて困った様に微かに笑った。

 

「友達思いで勇敢で…、完璧すぎる…」

 

自嘲気味にユニシアがそう呟くと、何だか自分にないものを彼女は全て持っている様な、自分の不甲斐なさ、不完全さが露にされた気がしていた。

ユニシアは入学当初から引っ込み思案で目立つことが苦手だった。そんな中、教室の隅で授業を受けていると何も話さない人形みたい、まるで空気だとからかわれていた。そんな中、ニイナはユニシアにとって初めての友人であった。そんな自分に偏見も侮蔑も、むしろ言い返せと叱咤してくれる存在として。

そんなニイナが、もしそんな気味の悪い声を聞いていたらと考えるとユニシアは顔が強張っていくのが分かった。

 

「……今までこんな事、考えた事もなかったのに」

 

嫌な考えを断ち切るように頭を振り、本棚にもう一度向き直った。元々は授業で使う本を探していた事を思い出し目当ての本を本棚から数冊抜き取って足早にカウンターへ向かった。

本を持ちながら自分の部屋へ向かうと、先ほど会ったハーマイオニーが廊下で誰かと話しているのが見える。ユニシアはハリー・ポッターと話でもしているのかと思い、そっと近づいていった。

 

「あなたがぶつかって来たんでしょう?謝りなさいよ!」

 

「お前がぶつかってきたんだろう?!グリフィンドールのくせに生意気だぞ!」

 

思わず「あ」と声を上げてしまうユニシアを余所に二人、ハーマイオニーとスリザリンのマルフォイが口論をしていた。

 

「どういう意味よ?!失礼ね!」

 

寮同士、特にグリフィンドールとスリザリンは仲が悪いと聞く。まさにその言葉を具現化したような状況に苦笑を漏らしつつ、普段ならこのまま見なかった事にしているところのユニシアだがどうにもそんな気にはならなかったのか窺う様に二人に近付いていった。

 

「ええと、こんなところでどうしたの?」

 

「ドレナード先輩!ひどいんです、彼が…!」

 

「誰だ、その女」

 

明らかに年下である少年に「その女」と呼ばれユニシアはどう返したものかと眉を微かに寄せた。

 

「先輩に向かって失礼よ!」

 

「先輩?でもその女はスリザリン生じゃない。興味もないね」

 

「……新入生ってこわい」

 

ユニシアはそっと本音を漏らしつつ、このままではいけないとぎゅっと本を握る手に力を込めて口を開いた。

 

「その女、じゃなくてドレナードよ。ユニシア・ドレナード。ちなみに学年は三年生。」

 

「…だから何です?僕はマルフォイ家のドラコだ。知らないわけないだろう?」

 

「分かった、自己紹介をどうもありがとう。それよりも、こんなところでけんかをしてはいけないの。あなた、前にもけんかをしていたわよね?」

 

マルフォイの方を見てユニシアが言うと、彼は何の気なしに鼻で笑っていた。

 

「あなたこそ、スネイプ先生に良いように言われていましたよね?」

 

「み、見られてた…」

 

先輩らしく注意をしようと思ったが、出鼻を挫かれた様な気持ちでユニシアは視線を床に落としてしまった。そんな様子をはらはらしながらハーマイオニーは見つめている。

 

「それで?レイブンクローの偉大な先輩は僕に何をご教授して頂けるのですか?」

 

「え?そ、それは…。…女の子には優しくしなきゃだめよ。仲良くしなきゃ、そう。そんな事が言いたかったの」

 

「グリフィンドールとは仲良く出来ません」

 

「どうして?」

 

馬鹿にした様にマルフォイは返すも、ユニシアは至って真面目な顔つきで聞き返した。

 

「…本気で言っているんですか?グリフィンドール、この女はマグルだ。純血じゃない」

 

「純血じゃないから仲良く出来ないの?変なこだわりが有るのね」

 

「変?!…相手に出来ないな、レイブンクローも高がしれてる」

 

ユニシアは怒りはしないが微かに眉を寄せてマルフォイを見つめた。やがてマルフォイに向かって手を伸ばすと、マルフォイの頬を優しくつまんだ。

 

「こら、そんな事を言ってはいけないのよ」

 

まるで幼子に対するそれだ。身を屈め、たしなめる様に言うとユニシア自身は気付いていないのかもしれないがプライドの高い彼にとってはなかなかに衝撃的だったらしく、顔を真っ赤にさせて慌ててユニシアから離れた。

 

「子ども扱いするな!」

 

「私も子どもよ?」

 

「そうじゃない!」

 

どこか噛み合わない二人の会話に終わりを告げさせたのは低い男の声だった。

 

「…我が寮の新入生に何か用かね?」

 

ユニシアははっとして口を抑えるも当の本人であるスネイプは口角を上げて嫌な笑みをうっすらと浮かべている。

 

「先生、彼が謝らないんです!」

 

「待ってグレンジャー、やめよう!」

 

先生が来た、とすぐさまハーマイオニーはそう言うもユニシアは困った様にハーマイオニーを止めさせる。

 

「どうしてです?ちゃんと言わなきゃだめよ!」

 

「そうじゃなくて…」

 

「グレンジャー、うちのマルフォイが何かしたのかね?」

 

「え?だから私たちに…」

 

「さぞひどい事をしたのだろうな?しかし証拠がなければ貴様らはただの噓吐きになるわけだが、ではお教え願おうか優秀なグリフィンドールのグレンジャー。マルフォイは一体君に何をしたと言うのだね?」

 

スネイプの言葉にグレンジャーの口がゆっくりと閉じていく。悔しそうにしながらきっと睨めばスネイプは興味なさげに一瞥して隣でどうしようかと落ち着かない様子のユニシアを見つめた。

 

「それでお前は何だ、グレンジャーのお守りならもう少し役目を全うしてくれないと困るのだがね」

 

スネイプは自分の味方だとすっかり安心しきっているのかマルフォイはにやにやと二人を見ていた。

 

「……お、お守りなんかじゃ、ありません」

 

「では何だ、我輩が言った後輩指導でもしていたのか?まるで様になっていないぞ」

 

「……わ、分かっています」

 

「…ではいつも通り大人しく、口を挟まないでいれば良い」

 

そう言うとスネイプはユニシアに意地の悪い笑みを浮かべ、そのままローブを翻して歩き出してしまった。すぐにマルフォイもスネイプの後を追い、その場に残されたのはハーマイオニーとユニシアの二人だった。

 

「ごめんなさい、私がもう少ししゃんとしていれば…」

 

「そんな事ありません、来てくれてありがとう」

 

グレンジャーの照れくさそうな笑みにユニシアは曖昧に頷き、自分のやるせなさに小さくため息をついた。

 

「でもひどいわ、あの先生。ハナから私たちを信用してくれないのね。スリザリン贔屓にも程があるわ」

 

「まあ、そうね…意地悪よね」

 

「やっぱりあの先生が、ハリーを狙って災厄の箱を開けさせようとしているのかしら」

 

「え?どうしたの急に」

 

意地の悪い先生、から随分とひどい存在になっていたスネイプにユニシアは思わず怪訝そうにした。

 

「先輩も、そう思いませんか?…私たち、見ちゃったんです。あの人がハリーに呪文をかけていたのを。クィディッチの試合の時にハリー、ずっと声に邪魔されていたって聞いて、“開けないとこのまま死ぬ”…脅されていたんです!」

 

「クィディッチ?あなた、よくあんな箒の暴力みたいなものを見たいと思ったわね」

 

「箒の暴力?まあ、確かに少し野蛮だとは思いますけど…。今はそんな事どうでも良いの!」

 

ハーマイオニーが言うにはスネイプがハリーを狙って妨害の呪文を唱えていたと言うのだ。そんな事は教師のやる事ではない。何か目的があってそうしたとすればその目的はきっと恐ろしいものだろう。ユニシアはハーマイオニーの話を最後まで聞いてからゆっくりと首を横に振った。

 

「きっと見間違いよ」

 

「どうしてそんな事が言えるんです?あなたは見ていないのに!」

 

「確かに見ていないわ。でも、生徒にけがをさせたりしないわよ」

 

「あんなにひどい事を言われても、あの人を信じるんですか?」

 

「信じる、ってそんな大げさな…。私はただ…」

 

「あなたも私の事、信じてくれないのね。…優しい先輩だと思ったのに」

 

そう言うとハーマイオニーはそのまま廊下を走って行ってしまった。

最後に残されたユニシアはしばらくぼんやりと廊下の先を見つめていたがやがて肩を落としてゆっくりと部屋に向かって歩き出した。

 

「…私が悪いのよね、分かっている。…口も上手くないし、大して優しくもない…」

 

ふと足を止めて外を見ると、ハーマイオニーがハリー、そして同じ寮のロンと三人で何か話しているのが見えた。

特に聞き耳を立てる事はしなかったが、ユニシアはその姿を見て自分よりもよっぽど考え、行動していると感じた。

 

「あ、ユニシア。そんなところでぼうっとしてどうしたの?」

 

通りかかったニイナに声をかけられ、顔をゆっくりと向けるとニイナは今までユニシアが見ていた外に目をやった。

 

「なに?またあの新入生たち?良くない事でもしようとしているんじゃないの?」

 

「あの子たち、しっかり自分で考えているのね」

 

「……ユニシア、でもその答えが間違っていたら無意味よ。正解にたどり着いた方が優秀なの。いくら考えても間違いなら、それは馬鹿のしている事よ」

 

「そんな言い方…」

 

「でも事実でしょう?色眼鏡で見ている事もありそうだし、まあ何しろ一年生よ?“イッチ”年生かしら。…はは、笑えない?」

 

ニイナは大して面白くもなさそうにそう言えば、何も返して来ないユニシアにため息をついた。

 

「あのねえ、何に感化されたか知らないけど妙な事考えなくて良いのよ。あの子たちと私たちは違う、私たちは賢いでしょう?」

 

「…あなたはね、あなたは賢いわよ。レイブンクローの中でもいつも試験は上位だし」

 

「それはそうよ。だって私は優秀だもの。でもあなただってそこそこじゃない」

 

「……いつも居残りよ」

 

「…まあ、でも…居残りなんてあれだけじゃない。苦手なのが一つくらいあっても死なないわ」

 

ユニシアの肩をとんと叩き、ニイナは再びハリー達のいる外へ視線を移した。

厄介者、と小さくニイナが呟くとユニシアはそれが聞こえたのか窺う様に彼女の顔を見やりハリー達を見る瞳に気圧されていた。

 

「…ニイナ?」

 

「何でもないの。…ただ私は平和に暮らしたいだけ、今まで通りにね。それはあんただって一緒でしょ?」

 

「それは、そうだけど…」

 

歯切れの悪いユニシアにもう一度ため息をついてニイナはその場を後にした。

ユニシアもこのままここに留まるわけにはいかないとゆっくりと歩みを進めた、その時に誰かがユニシアの名を呼んだ。

 

「ド、ドレナード…。こんなところで、ど…どうしたんです?」

 

「クィレル先生…」

 

「わ、私は…その、授業が終わって…片付けも、終わったところなんです」

 

ぎこちなく笑みを浮かべ、ユニシアを見つめるのはクィレルだった。

しかしユニシアの晴れない表情にクィレルは心配そうに眉を寄せる。

 

「……どうしました?」

 

「いえ、何でもないんです」

 

「教えて下さい。…貴女に元気がないと…わ、私は…し、し、心配…で…」

 

持っていた教材を廊下にゆっくりと下ろすと、クィレルはユニシアの両肩に手を置いて徐々に距離を詰めていく。ユニシアは視線を落ち着かない様子で逸らしながら弱く大丈夫、とだけ返した。

 

「あの、えっと…」

 

「ここでは話せないかい?…な、なら…私の部屋で話そう。この間のお礼もしたいんだ」

 

「この間?」

 

「…助けて、くれただろう?落としたものを拾ってくれた」

 

「そんな、あれは…」

 

「……来て、くれるだろう?」

 

だんだんと俯きがちになる顔に、クィレルは何の躊躇いもなく顎を掴んでユニシアを自分に向けさせた。

思わずびくりと肩を揺らし、拒否権などないのだとじわりと広がる恐怖感にユニシアは何も答えず首を一度だけ縦に動かした。気弱な教師、と言う自分にも似た部分を持っていると思っていた彼女はこの行動に酷く動揺をしていた。

 

「よ、良かった…。ではおいで、ドレナード」

 

離れていく後姿を慌てて追いかければ、目の前にいた生徒とぶつかってしまう。

ごめんなさい、とユニシアが謝れば鼻で笑われたのがユニシアにも分かった。

 

「何だ、空気か。どうりで痛くないと思ったぜ」

 

「…あの、」

 

ユニシアが言葉を続ける前にわざと肩をぶつけ、生徒はいなくなってしまう。彼女にとってこういった事は初めてではなかったが、立ち止まって彼女を見ていたクィレルは表情を変えないままゆっくりと瞬きをした。瞳は冷たい。

 

「…ドレナード、時間がない。早く来なさい」

 

ユニシアはクィレルの方を見つめ、小さく頷いた。

 

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