いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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二十二話

 

 この基地には驚くべき事がある。

 一つは、土日が休みだ。週休二日制だ。

 もちろん、深海棲艦は土日祝日年末年始に関わらず三百六十五日襲来する。襲来しない日もあるが、それは決して定期的なものではない。

 なら、どうして定期的な休みが実現できているのか? 早朝、島風と時津風が走り回っているのを横目に聞いてみた。

「ふむん、……私は中将だからなあ。偉いんだよお。だから部下を連動させればどうにでも出来るなあ。

 私は凄いなあ。人に命令できるなんて、偉い人だなあ」

「提督、物理的貫禄、あるから」

 我らが提督は中将でもある。そして、中将は艦娘のほかに十人、少将を直属の部下として指揮している。

 なので、提督は部下の少将と打ち合わせて調整を行い監視、警戒の穴を開けないようにスケジュールを組んでいるらしい。

 部下の少将たちも週休二日と聞いている。この基地が土日休みなのはたまたまで、月曜日と火曜日が休みな少将もいれば火曜日と水曜日が休みの少将もいる。との事だ。

 もちろん、緊急事態を考慮し、連絡から二時間以上基地に戻れない場所に行く時には事前申請が必要で、例えば戦闘可能な艦隊が丸々いなくなる、という事になれば申請は却下、待機命令が出るが、今のところそういった事はないらしい。

 そして、もう一つ。

 朝食、春風の作ってくれたお弁当を食堂で食べる。僚艦もお弁当をもってそれぞれ思い思いの場所で食事をとる。そして、私の正面には、

「そうねえ。……やっぱり、いかに反動を抑えるかね。

 加えて、やっぱり波には気を付けた方がいいわ。交戦の場に近いと荒れやすいからできるだけ離れた、安定した場所がいい。……まあ、素の命中精度は考えないとしても、威力とか犠牲になるから匙加減は難しいけどね」

「そうだな。波や天候の状況を考慮して立ち位置を決めねばならないか」

 先輩である陸奥、戦艦である彼女から遠距離の砲撃について話を聞いていると、じゃらっ、と音。

「あら? 秘書艦さん?」

 ぱたぱたと秘書艦殿が食堂に入ってきた。彼女も朝食は食堂のある寮ではなく、本部で取っていたと思うのだが。

 が、ただ食事をとりに来たというわけではないようだ。秘書艦殿はカウンターに並ばず、懐からマイクを取り出して、

『みんなーっ、ちょっと聞いてーっ!

 明日と明後日はお休みだから、繰り上げで今日の夜にお給料を渡すわっ! 時間は2000っ、場所はここよっ! いない娘にもちゃんと連絡しないとだめよっ!』

 秘書艦殿の宣言に、食堂は沈黙。……そして、

 一斉に歓声が上がった。

「……聞いてはいたが、給料が出るとは凄いな」

 太っ腹コールを聞きながらぽつり呟く。楽しそうに太っ腹コールに加わっていた陸奥は振り上げていた手を下して、

「ま、そう多くはないけどね。長門なら、……ん、旗艦だけど新人だし、大した額じゃないと思うわ」

「もらえるだけでも驚きだ」

「それもそうよね。……けど、もっと驚きな事があるわよ?」

「もっと?」

 悪戯っぽく笑う陸奥。問いに、彼女はよく聞いてくれた、とでも言いたそうな顔で、

「基本的に、だけどね。

 大本営から支給されるお金って二種類なのよ。一つは基地の運営費。もう一つは提督の給料ね」

「ああ、そうだろうな」

 大雑把に分ければそうだろう。提督とて人だし給料はあってしかるべきだ。生活費はここで暮らしていれば浮くとしても、家族もいるだろうから。……結婚はしていないそうだが。

「けど、基地の運営費ってその基地に応じた規模から大本営で算出された金額の、必要最小限らしいのよ。

 維持費の水増し請求とか問題になってたらしいから、提督からの金額の交渉とか一切受け付けていないそうよ。基地が破壊されたとか、そういう事があれば修繕のための割り増しもあるらしいけど、それも申請と監査を経てからね」

「…………そうだな。……ん? とすると、私たちに渡される給料というのは?」

 艦娘は法的には基地に配置されている兵器という扱いになっている。面白い話ではないが、一斉に発生した深海棲艦の対応で法整備に手が回らなかったらしい。まともに法整備をするとなれば人、それも少女が戦地に向かうという事で慎重な調整が必要だろうが、そんな事をしている暇はない。

 ならばいっそのこと兵器と割り切って早期に動かした方がよいという判断だ。心情面はともかく納得は出来る。……となると、

「ええ、基地の運営費の中に、兵器に払う給料なんてないわよね。

 だから、提督の給料から出ているらしいわ。もちろん、やりくりして浮いた運営費も入っているでしょうけどね。けど、そのお金は本来提督が懐に入れていいお金だし、お給料に関しては自腹を切っている、と思っていいわ」

「確かに、驚きだな」

 ここまで気を遣われるというのも、

 陸奥は溜息。

「秘書艦さん、そういうところが気に入らないのかしらね。

 提督、自分の事蔑ろにしているような気もするのよ。たまに」

「……そうかもしれないな」

 秘書艦殿は提督を嫌っている。その人格が気に入らない、と言っていた。あまりにも自分を後回しにしている事、それが気に入らないのだろうか?

「それで、駆逐艦の娘を中心に、提督に何かプレゼントをしようって話し合った事があったのだけど、何を贈ればいいかわからないのよね」

「趣味とかあるのか? 提督は」

 プレゼントなら趣味に合ったものがいいだろう。そう思っての問いに陸奥は曖昧に微笑んだ。

「女の子を凝視する事。……って答えてみんなをどん引きさせた後に、秘書艦さんにしばかれてたわ」

「……………………そうか」

 

「うう、疲れたかもー」

「まあ、仕方ないな」

 がっくりと、猫背で肩を落とす秋津洲。隣を歩く私も意識して背筋を伸ばすようにしているが、油断すれば秋津洲と同じく猫背になるだろう。訓練は、言葉を選んで言えば苛烈で過酷だ。この基地の重要性を考えれば妥当なのだろうが。それでも、かなり、きつい。

 ともかく、彼女とともに秘書室へ。

 訓練の結果報告だ。本来は提督にするのが筋なのだろうが、規模の大きいこの基地は一度秘書次艦の鹿島に届け、彼女がまとめたうえで提督に報告が行く。……という流れになっている。

 というわけで、本部にある鹿島の秘書室を目指して歩く。途中、

「ちょっとっ、なんで鹿島さんを巻き込むのよっ!」

「ひゃいっ?」「ん?」

 通り道にある執務室から怒鳴り声。声の主は、

「天津風?」

「ど、どうしたの?」

「執務室だが、提督か?」

 基本、執務室を仕事に使っているのは提督か秘書艦殿だ。天津風が怒るとしたら提督だろう。…………ん?

「どうしたの? 長門さん」

「いや、……天津風に怒鳴られているのは提督、と思うのだが」

「違うかも? あたしもそう思う、かも」

「秘書艦殿という可能性が全く考えられないのだが、なぜだろうな?」

「……………………というか、秘書艦さんが失敗するところさえ想像できない、かも」

「くっ、世界のビッグ7であるこの私が、駆逐艦に勝てるところを想像さえできない、だと」

 思わず頭を抱える私たち、ともかく、鹿島の名前が出たという事は彼女はここにいるのだろう、一声かけて執務室に入る。大体案の定な光景が広がっていた。

 顔を真っ赤にして怒鳴る天津風と、ゆらゆら揺れている提督。どうしたものかと半笑いの鹿島。眉根を寄せて分厚いファイルを見ている秘書艦殿。

「おやあ、長門君かあ」

「ああ、訓練の結果報告に来たのだが、取り込み中なら出直すが?」

 鹿島に視線を送る、鹿島は困ったように頷く。出直すか、と思ったが。

「いやあ、ちょうどよかったよお。

 長門君、明日は予定ないかなあ?」

「ん、今のところは特に、何かあるのか?」

「そうかあ。じゃあ、鹿島君にお使いを頼んだからお手伝いをしてあげて欲しいなあ」

「鹿島の? 構わないが、何をだ?」

「えろい本。一万円分」

「……………………提督、その、……それは、女性に頼んでいいものじゃない、かも、……じゃなくて、だめなものよ」

 慄く秋津洲。

「ふむん、といっても鹿島君は私が自由に使っていい備品で、私のお金で買ってくるのだから問題はないなあ。

 鹿島君は私の命令に背く権利はないなあ」

「び、備品、って」

 法的には確かにそういう扱いなのだが、やはりそういわれるのは面白くない。

 ただ、

 視線を向ける。秘書艦殿は眉根を寄せて天津風を見て、溜息。

「天津風。前に買うとか言ってた会計ソフト、一万円、予算計上してたわね?

 その領収書は? 基地の運営費から計上しているはずだけど?」

「うっ」

 秘書艦殿の言葉に、天津風は固まる。秘書艦殿にはそれで十分だったらしい。

「あー、やっぱり、もーっ、会計担当してるからって誤魔化しはだめよっ、すぐばれちゃんだからっ」

「天津風君、考えていることは、……まあ、わからないけどなあ、この浮いたお金、私の懐に入れていいなら、鹿島君にお使いだなあ?

 どんなのがいいかなあ。…………どんなのにしようかなあ」

 鹿島は困ったように天津風を見る。天津風は顔を真っ赤にしてふるふる震えている。程なく、

「わ、解ったっ! 解ったよっ! ちゃんと買ってくればいいんでしょっ! もうっ! 司令のばかーっ!」

 怒鳴って部屋を飛び出した。

「ふむう、……あ、長門君。

 ちょっと変更だなあ。鹿島君じゃなくて天津風君のお買い物のお手伝いをお願いしたいなあ。秋津洲君もよければ一緒に行ってきなさい。お給料日のあとだから、好きなものを買ってくるといいよお」

「ああ、わかった」「了解っ、かもっ」

「あーあ、天津風行っちゃった。

 しれーかん、ちょっと引っ張ってくるわ」

「頼むよお。ごめんなあ、雷君、フォローしてもらっちゃってなあ」

「仕方ないわっ、おでぶさんなおっさんに女の子のフォローなんて任せられないわよっ!」

 じゃらっ、と。鎖の音を立てて秘書艦殿は立ち上がる。ぱたぱたと部屋を出る。

 それを見送って、提督はのんびりと鹿島に頭を下げた。

「鹿島君も、ごめんなあ。いきなり巻き込んで、驚かせたなあ」

「いえ、……まあ、驚いたけど、大丈夫よ。提督さん」

 鹿島は楚々と微笑み。こちらに視線を向ける。

「二人は訓練の報告だったわね。私の秘書室で聞くわ。

 提督さん、失礼します」

「失礼する」「失礼しましたっ」

 鹿島に続いて私と秋津洲も一礼して執務室を出る。提督はのんびりと微笑んで手を振る。扉を閉める。そこで秋津洲は首を傾げた。

「結局、どういうこと?」

 問いに、鹿島は溜息。

「天津風ちゃん、会計処理をやってるのだけど、基地の拡大に合わせて業務も多くなっちゃってね。たまに残業してたのよ。

 それで、もっと使いやすい会計ソフトがあったからそれを買おう、って提督さんと話していたのだけど、天津風ちゃん、買ってなかったのね」

「横領?」

 艦娘がするにはなかなか考えにくい事だが、つまりそういう事だろう。対して、鹿島は困ったように天井を見て、

「お給料。提督さんが自由に使っていいお金から出てるって、知ってた?」

「うそ?」

 頷く私の横、きょとん、と目を見開く秋津洲。……同感だ。正直言えば信じられない。

「それで、前から天津風ちゃん、提督さんと衝突していたのよ。だって、提督さんは私たちとは違う、普通の人なのよ。……それなのに、自分が使っていいお金まで振り捨てて艦娘に渡しているの。私たちのせいで提督さんが苦労するなんて、そんなの、いやだもの」

 こくん、と秋津洲が頷く。……ああ、つまり、

「強情な提督に業を煮やして、天津風が強硬手段に出たという事か」

 何とか経費を浮かせて提督に渡そうとした、という事なのだろう。鹿島は苦笑。

「突発的な思い付き、っていう感じもするけどね。

 買った、なんて言った後、天津風ちゃん。休憩時間も仕事に当ててたし、少し、残る事もあったし。それで提督さんも気づいたのだと思うわ。

 それで、あんなことを言ったのだと思うの。…………その、内容はともかく、天津風ちゃんのやった事で、私が、……まあ、いやな思いをするなんて、それはそれで天津風ちゃんも嫌だろうし、天津風ちゃんが折れるのも予想していたのだと思うわ」

「鹿島さんを使って退路を塞ぐのは、さすがというか、えげつない、かも」

「同感だな」

「そうでもしないと天津風ちゃんも折れないと思うわ。あの娘、強情なところあるし。

 提督さんも私を巻き込んで悪いって思ってたみたいだから構わないわよ」

 ともかく、鹿島の秘書室へ。訓練の報告。

「どうも、私の見方は俯瞰的になりがちだな。

 元は連合艦隊旗艦だったからか」

「護衛の位置取りとか、対象のあたしたちの動きもちゃんと把握できていたかも、……あ、出来てました。

 けど、後ろから見ていた印象だと水雷戦隊との交戦になると判断に戸惑う事が多いかも」

 頷く。浦風達水雷戦隊から秋津洲と照月の護衛をするという訓練だった。護衛そのものは順調に出来たと思っているが、交戦となるとどうも判断が遅れる。

「そうね。金剛さんからも指摘があったわ。

 金剛さんは不安視してたけど、秘書艦さんは俯瞰的な視点を持つ水雷戦隊の旗艦がいれば、艦隊行動で緊急時の即対応が出来るかもしれない。って期待してたわ」

「そうか、……む、なら、期待に応えなければならないな」

「秋津洲さんは?」

「ええと、……大艇ちゃんだけだと対空射撃に狙われやすいかも、駆逐艦だけなら長門さんたちみたいな水雷戦隊の護衛で早期に叩ければいけるけど、これで敵艦隊に空母がいたら不安かも。

 欲を言うなら空母の娘が僚艦に欲しいかも、照月ちゃんの対空射撃と合わせられればだいぶ安心できるかも」

「そう、これは第二艦隊と要相談ね。

 正規空母の娘と組んで大規模な空輸にするか、軽空母の娘と組ませて、足を軽くして小規模、高速の輸送にするか。秋津洲さんも考えてみて」

「了解か、…了解です」

 応じる私たちに鹿島は微笑み返して、

「二人の今日の訓練は終わりよ。僚艦のみんなとちゃんと反省をしておいてね。

 ああ、もちろん、週末の事も話しておいてね。何にせよお休みは有意義に過ごした方がいいわよね」

 

「と、言うわけで、明日は天津風の手伝いという事で買い物に出かける。

 秋津洲、照月も一緒に行くそうだが、皆はどうする?」

「えーと」

 問いに、時津風が視線を泳がせて、おずおずと手を上げる。

「不知火がお祝いにお菓子を買いに行くって言ってるけど、どうしよ?」

「一緒に行きましょうか。なんでしたら現地で別行動でも構いませんし」

 おっとりと応じる春風。時津風は頷いて「じゃあ、不知火に言っておくねっ」と。

「出来れば、皆行った方がいいと思う。

 そろそろプールも始まるみたいだし、ランニングとかと同様に水泳も訓練の一つに位置付けられているようだ。水着がないのは、……その、困るな」

「そうねっ、困るよねっ」

 難しい表情の初月。その横で瑞鳳は必死に彼女の肩を叩く。やや迷惑そうにそちらを見る初月。

 が、

「ずいほーは大丈夫だよっ」「瑞鳳さん。水着、ありますよ」

「なんでスク水がいいっていう事になってるのよっ! っていうか、どうしてスク水なのっ?」

「ああ、この学校の備品だったらしい。……その、提督の趣味じゃなくてよかった」

「そうだったのか?」

 この寮は元々は学校だったと聞いている。随分改装されているがよく探せばその名残はいくつか見つかる。

「整理したときにまとめて見つかったらしいんだ。提督はいらないから処分しようとしたみたいなんだけど、その時に提督と一緒にいた娘がプールに入りたいって言いだして。

 その娘は駆逐艦だったから、見つかった水着を着ればいいっていう方向で話をまとめてみたいだ。それで、それきり置きっぱなしらしい」

「やったねっ、ずいほーっ! 一緒にスク水着よっ」「お金、節約できますね。それに、お揃いです」

 ぱんっ、と肩を叩く時津風と楚々と微笑む春風。瑞鳳は非常に難しい表情で、

「初月ちゃん?」

「…………秋月姉さんがトライしたら厳しかったって言ってた」

「どこが?」

 にっこりと笑顔で迫る瑞鳳に初月は、そっと視線を背けた。

 

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