トリコ 一夏がトリコの世界に行って料理人になって帰ってきたお話 作:ZUNEZUNE
「聞いてやる!俺も食材の声を!」
師匠である小松の奮闘、そしてその笑みを見て一気にやる気を出した一夏。料理人が食材を選ぶのではない、
目の前に立ちはだかる食材に対し、研ぎ澄ますのは己の聴覚。目を瞑り全神経を耳に集中させ闇の中何かを聞き取ろうとした。人々に笑顔で食べてもらいたい食材、素敵な料理人に調理された食材、どんなに味の不味さや調理の難易度で人を拒もうが全ての食材がそう思っている。
このステージの食材は選択式、つまり選ばれる食材もあれば選ばれない食材もあるということだ。その不遇の食材たちの声を一夏は聞いた。
(これは……いや
そして一番声が大きかった食材を手に取る。するとその瞬間、連動するかのように他の食材たちも騒ぎ始める。その数はこのネオクッキングスタジアムの観客たちを悠々と超えるものであった。その声はあまりにも煩くて耳を塞ぎたくなる程であった。
「そ、そうかそうか!お前らもか!よし、俺がお前らを片っ端から調理してやる!」
あまりの多さに思わず笑ってしまう一夏、その姿は滑稽にも不可解にも見えただろう。しかし別の捉え方をしている者が観客席やステージ上に数十名。
「一夏の奴、1人で何ぶつくさ言ってんだ?」
「食材の声を聴いているのね……流石は一夏。あんな楽しそうに料理するのは変わってないわ」
「食材の……声?」
その中には当然コンビであるリンカ、そして彼に思いを寄せる四天王の3人も入っている。しかしIS組にとってそれはおとぎ話のように幼稚な響きにしか聴こえなかった。
しかし今更そんなことを疑ってはこの世界で生きていけない、よく分からないが適当に納得する。しかしそれによって新たに生まれる疑問もある。
「で、でも普通『食われたくない』って思うんじゃ……」
「確かにそうかも、だけど自分が培った命を誰かの為に渡す……自分が生きてきた証拠を無駄にしたくないんだと思う。そんなのは人間のエゴかもしれないけど、一夏は料理する。命を決して無駄にしないために……」
リンカ及び他の四天王はそれに無言で頷く。料理人としての一夏を間近で見たもの同士だからこそ生まれる共感、いわば一夏大好き同盟ともいえるその輪の中に入れないことを、鈴は妬んだ。
(まずは、この『泡芋』から剥くか!)
そう言って一夏が手に取ったのは水色の皮の芋「泡芋」、まるで本物の泡のようにプルルンと震えるその芋は、剥き方、力加減を間違えれば一瞬で泡のように崩れてしまう繊細な食材だった。
この食材の山では最高クラスの難易度だろう、もう時間を無駄にできない中何故一夏はこれを選んだのか……
今にも崩れそうな泡芋を丁寧に剥いていく一夏、水面のように光を反射するその皮の中からは黄色の綺麗な身が現れ、数秒も掛からずに全ての皮が剥かれた。残った皮は観客の声援に揺さぶられただけで溶けてしまう。
(お前らは……この泡芋と一緒に調理されたかったんだよな)
そして次に豚肉を使い始める一夏、その豚肉「発掘豚」は岩のように硬い豚肉で、その程度一夏たちプロの料理人ならば誰でも壊すことはできるが、少しでも力加減を間違えると美味な肉まで壊れ劣化してしまう。調理する方法は化石を掘るように少しづつ表面を叩かなければならない。
しかし一夏は一気に強い力で発掘豚を叩く。本来なら台無しになるはずの豚肉は綺麗に甲殻部分が崩れ去り、中身の綺麗な豚肉部分だけが残った。
それをひき肉にした後、そぼろ状になるまで炒めそれを先ほど潰した泡芋と混ぜていく。それをある程度成形させた後、小麦粉とパン粉を用意した。
(「金粉小麦粉」と「雪パン粉」、こいつらを使って揚げる!)
そして潰した芋に小麦粉をまぶしその後パン粉ををつけ、それを揚げ始める。そう、一夏が作っているのはコロッケだった。油の中で心地よい音を立てながらサクサクのコロッケへと変貌した。
きつね色に輝く衣の中にはホッカホカの芋、匂いも届かない観客席だがその色を見た客は唾をのむ。
「できた!泡芋のコロッケ!」
『一夏シェフ!2品目完成ッ――!調子を取り戻したのか先程と比べてダントツに調理スピードが早くなっております!』
(凄い!調理法を知らなくても食儀の直観で分かるし、何より食材自身が俺に教えてくれる!)
どんなに難しい食材もその声がどう捌けばいいか教えてくれる。しかし技術が無ければ不可能、それも食儀で十分補えていた。
(これなら……行ける!)
勝利を確信する一夏、そのまま自分を求める食材に再び手を伸ばすのであった。
ずっと面接落ちだったバイトがついに決まりました!……と喜んでいますが裏では執筆活動の時間が少なくなるという半分の後悔もあります。