剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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お久しぶりにございます。

サムライレムナントをクリアした影響で、剣キチの創作意欲はわきました。

今年は定期的に更新してきたいと思いますので、お暇ならお付き合いください。

というわけで、リハビリがてらに黒騎士(笑)の後日談にございます。


剣キチ妖精國余話・頭のおかしい黒騎士とエロゲの国

家畜日記21年と352日

 

 異世界『ヴィラ・エ・デン』にやってきて一週間ほどが経った。

 

 俺達は今エルアラド聖王国の首都セラフィムで、一市民として新しい生活を営んでいる。

 

 俺達のような移民でウッドワスのおっさんみたいな人とは外れた仲間がいるのに、スラムのような治安の悪い場所ではなく一般区域で住民登録が認められたのには割と本気で驚いた。

 

 聞けば待遇の理由は街へ侵攻していた淫魔、この世界の魔物一般の事で奴等は基本的に女へエロい事をするからこう呼ばれているそうな。

 

 ともかく、その化け物を討伐した褒美で上から許可が出たらしい。 

 

 思い当たるフシはこの世界に来た際にぶった斬った蝙蝠マンしかいないので、あの時に助けたルシフェルなんたらの仕業なのだろう。

 

 しかしこんな無茶を通せるとは……あの爆乳騎士はかなりの身分と見た。

 

 ともかく、女王サマ……いや、この呼び名はもう不適切か。

 

 嫁さんは身重の身体だ。

 

 彼女の負担を減らそうと思えば、必然的に娘のバーヴァン・シーの世話は俺が見ることになる。

 

 まあ俺も傭兵兼冒険者として登録したし、仕事のときはオッサンに任せるんだけどな。

 

 そんな訳で今日もお菓子を強請る義娘の為に街へ出たんだが……そこでまたエラいものを見てしまった。

 

 例のルシフェルが、今度は蜘蛛型の女淫魔にヤられている場面だった。

 

 それだけなら『その未熟、己が身命を以て贖え』とスルーするんだが、相手はエロに定評のある化け物。

 

 甚振り方がマトモではなかった。

 

 あの化け物、蜘蛛の巣に捉えたルシフェルの無駄にデカい胸を揉んで、母乳をまき散らすという変態度の高いプレイに興じてやがったのである。

 

 しかも被害者の方も子供には聞かせられない声でアへッているというオマケ付きだ。

 

 ウチの娘は原因不明だが、心身共に幼児へ還った事で『悪辣たれ』という嫁さんの暗示から抜け出して純真無垢真っ盛りだ。

 

『パパ。あのおねえちゃん、ウシさん?』と聞かれて、いったいどう答えればよいのか?

 

 仮にも父親としては、青少年に悪影響極まりない公開AV撮影など看過できない。

 

 戴天流新奥義(即興)『ビデ論』で、早々に蜘蛛型淫魔には八つ裂きとなってもらった。

 

 気合が入り過ぎた所為か、四凶貫光迅雷よろしく踏み込みで4人ほど分身が出た事。

 

 そして音速を超えた刺突の余波にルシフェルが吹っ飛んだことについては、コラテラルダメージで処理していただきたい。

 

 その後、無事だった被害者には人道的支援としてその辺で拾ったマントを渡したんだが、その際に『子供の悪影響になるんで、ああいう痴態は勘弁してもらえますか?』と言った俺は悪くない。

 

 本人も望んだことじゃないのは百も承知だが、それにしたって無様すぎる。

 

 今日のことだって相手がその気なら十回は殺されてるぞ、あのお嬢さん。   

 

 

女王改め新妻日記×月▽日

 

 夫から先日、例のエデンズリッターとやらが淫魔に凌辱されていたと聞いた。

 

 真昼間から天下の往来でやらかしてくれたお陰で、バーヴァン・シーもその現場を見てしまったというのだから親としては本気でクレームを付けたくなる。

 

 とはいえ、当人を責めるのはいささか筋違いなのも理解しているつもりだ。

 

 未熟故に力及ばなかっただけで、彼女は街を護ろうと奮戦していたのだから。

 

 公衆の面前で醜態を晒すことになったのは同じ女性として同情するし、快楽責めを食らう辛さや抗えなさは何処かのケダモノのお陰で私も十二分に知っている。

 

 うん、この話の後で『母乳ってどんな味なんだ?』と胸を滅茶苦茶いぢめられた身としてはある種のシンパシーすら感じるほどである。

 

 私が懸念しているのはただ一つ、一国の王女が安い敗北を重ねるのはどうかという事だ。

 

 使い魔を放ってエルアラドや周辺の情報を集めた事で、エデンズリッター・ルシフェルの正体がこの国の第一王女セシリィ・エルアラドであることは掴んでいる。

 

 セシリィ・エルアラドは周囲からの評価を聞くに、信仰深く敬虔で弱者を見捨てない心優しい少女だそうだ。

 

 その為、この国の国教であるエルアラド聖教に聖女と認定されているらしい。

 

 とはいえ、将来この国を担う身としては未熟もいいところ。

 

 特に余人を疑わない洞察力の欠如や他者を切り捨てられない甘さは有害と言ってもいい。

 

 そんな彼女が戦場に出る理由は、私達が越して来る前に起こった淫魔による聖都襲撃の後始末で、団長をはじめとする聖騎士団の不在ゆえだ。

 

 この国の聖騎士は近隣諸国へ勇名を轟かせるほどに実力は高い。

 

 さらに団長のノエイン・グランノーフィスは女性でありながら国最強の騎士だという。

 

 その二つがいない現在、聖都の防備は骨抜きと言っていい。

 

 セシリィが如何様にしてエデンズリッターの力を手に入れたかは不明だが、彼女は騎士たちの抜けた穴を埋めるべく体を張って民を護ろうとしたのだ。

 

 しかし、彼女はその戦い方を見るに実戦経験が酷く乏しい。

 

 第一王女という身分を考慮すれば、あの力を手に入れるまでは武器すら握ったことはないのだろう。

 

 そんな人間が神の加護を得たからと戦場に出るなど、施政者だった私からすれば短慮としか言いようがない。

 

 エルアラドの国主たる聖王が病に倒れている今、彼の代理を務められるのは娘であり第一王位継承権を持つセシリィのみ。

 

 他に直系の王族がいない事を考慮すれば、彼女は次代の女王となる事を義務付けられているのだ。

 

 そんな人間が戦場に身を晒すなど、この国の首脳陣は正気を疑われても文句は言えまい。

 

 代理とはいえ元首たる者がこの有様では、この国も長くはないと思えてしまう。

 

 他の移住先を探すか、もしくはもう一度世界を渡るか……アルガと相談してみよう。

 

 

姫様日記▽月\日

 

 今日は悲しい別れがありました。

 

 私、セシリィ・エルアラドがエルアラド聖王国のご神体である聖遺物、神樹セフィロトから力を授かりエデンズリッター・ルシフェルとなって早数週間が経ちました。

 

 先に大規模侵攻を引き起こした残党狩りで、聖都の守護を担っていた聖騎士団は未だ帰ってきていません。

 

 正直に言えば騎士団長として私の幼馴染、そして想い人でもあるノエインがいないのは心細い。

 

 エデンズリッターとして淫魔と戦うようになった事もあり、不安は以前よりも増しています。

 

 セフィロト様から与えられたエデンの力はすさまじいものです。

 

 ベテラン聖騎士でも一対一なら手こずる中級淫魔も一撃で葬り去るほどに。

 

 けれど、それだけの大きな力なので振るう側にも制約が多いのです。

 

 まず、誰にも私がエデンズリッターであると知られてはなりません。

 

 何故なら我が国の国教であるエルアラド聖教ではエデンの力、そこから得られる魔法は禁忌とされているからです。

 

 教えによれば、過去にも神に選ばれたエデンズリッターは何人かいるそうです。

 

 ですが、そのいずれも与えられた力に付随する制約に耐えかねて、間違った道を選んでしまった。

 

 中には悪に走り国を滅ぼしたという例もあると聖典にはありました。

 

 だからこそ聖教はエデンズリッターを禁忌の力とし、その使用を厳禁しているのです。

 

 もし私がエデンズリッターだと知られれば、王族であっても背教者として処刑は免れないでしょう。

 

 次にエデンズリッターの力には代償が存在します。

 

 聖教の教えではエデンの力は神の力であり、その強大さ故に神は使用者に試練を与えて自らが選んだ人間が本当に正しいのかを常に見定めているとあります。

 

 現にエデンズリッターは力を消耗すると、聖痕を刻まれた部位の性的な感度が大きく上昇して疼きだすという代償を背負っています。

 

 私の聖痕は胸に刻まれており、そこを刺激されるとロクに戦う事も出来なくなってしまう。

 

 そんなリスクを知っても私は戦う事を辞めようとは思いません。

 

 何故なら私はセフィロト様に選ばれた運命の日、知ってしまったからです。

 

 淫魔に襲われることがどれほど恐ろしく、そして悍ましいかを。

 

 あの時セフィロト様からエデンズリッターの力を頂かなければ、私は淫魔に身を穢された上に食い殺されていたでしょう。

 

 だからこそ、罪無き民草たちが奴等の毒牙に掛かるのを見過ごす事が出来ません。

 

 そんな理由で戦場に立つ事を志したのですが、人を超える力を得ても私の本質は温室育ちの王女。

 

 淫魔の悪辣な罠を見抜く事も出来ず、窮地に陥ることも何度かありました。

 

 そんな私がまだ清い体でいられるのは、とある移民の家族のお陰でした。

 

 剣士の夫と身重の奥様、そして5歳くらいの幼い娘さんと奥様の従者である獣人の男性という家族構成の彼等は何度も私を救ってくれました。

 

 彼等が手を差し伸べてくれなければ、私は奴等に純潔を奪われた挙句に命を断たれていたでしょう。

 

 正直に言えば、一家の大黒柱である剣士様からは恐ろしい気配を感じたのですが、蜘蛛の淫魔であるゼノアラクネを倒した際に娘さんを気遣って私に苦言をくれた事を考えれば良識のある人物なのでしょう。

 

 そして今日も私は彼等に命を救われました。

 

 此度、現れた淫魔は幼い頃から慣れ親しんだ私とノエインの親友であり、聖都郊外の森を守護する聖獣ユニコーンでした。

 

 彼は何者かに淫魔を憑依させられ、その者に身体を乗っ取られかけていたのです。

 

 美しい純白の毛並みは異様に膨張した筋肉によって歪に歪み、彼の象徴ともいえる螺旋を描いていた一角も男性のモノのように醜悪に変形している。

 

 淫魔による彼への支配がどうにもならない域にまで来ていた事はイヤでも分かりました。

 

 そんなユニコーンの中に潜む淫魔は私を獲物と判断したのでしょう、猛然と襲いかかってきました。

 

 けれど、彼は己が全てを明け渡していなかったのです。

 

 ユニコーンは涙を流しながら私に訴えかけました。

 

『セシリィ、私は君を傷つけたくない! 私が私である内に私を殺してくれ!!』と。

 

 ユニコーンは自らの全てを奪われそうになりながら、それでも私を案じてくれている。

 

 友の持つ変わらない気高さと優しさ、そしてそんな彼に槍を向けねばならない悲しみに私の心は張り裂けそうでした。

 

 ええ、分かっています。

 

 苦しいのも泣きたいのも彼の方だということは。

 

 ですが、彼は身分故に幼い時から友人の少なかった私にとってノエインと共に掛け替えのない存在なのです。

 

 そんな彼に槍を向けるだけで、私は手の震えを止めることができませんでした。

 

 ノエインと共に彼の背に乗せられて森や野原を駆け回った幼少期。

 

 父や母に怒られたり、王女としての勉学が嫌になった時は彼に慰められたりもしました。

 

 幼馴染とはいえ、家臣の子であるノエインには話せない不満や愚痴もあります。

 

 そう言ったものも、ユニコーンは真摯に聞いてくれて助言を与えてくれる事が何度もあったのです。

 

 そんな思い出が脳裏を過ると『彼を楽にしてやらなければ、罪を犯す前に止めなければ』と分かってはいても涙があふれて止まらなかったのです。

 

 ですが、それは命のやり取りで抱くべき感情ではありませんでした。

 

 迷いから手元を大きく狂わせた私は、突き出した槍を外してユニコーンの体当たりを食らってしまったのです。

 

 聖獣の力による攻撃は、神の加護を受けたエデンズリッターでも動けなくなるほどに痛烈でした。

 

 そして地に倒れ伏した私に、ユニコーンはその巨体で圧し掛かりました。

 

 彼の中にいるのが淫魔ならば、その目的は容易に想像がつきます。

 

「頼む! 誰か! 私を殺してくれ!! 私に友を穢させないでくれぇっ!!」

 

 もはや私に自分を倒す力が無いのを見抜いたのでしょう、ユニコーンは最後の力を振り絞り血涙と共に叫びを上げました。

 

 彼をここまで追い込んだ自分の甘さと不甲斐なさに絶望した時、あの方は現れました。

 

 満月を背に天から降ってきた美しい獣人は、一撃のもとに背後からユニコーンの心臓をその爪で貫いたのです。

 

「今わの際まで貫きし他者への献身、美事。誇るがいい、貴様の意地と想いは確かに友を護る盾となった」

 

 地に倒れ伏したユニコーンの遺体に労いの言葉を掛けたのは、あの移民一家の母親に仕える獣人のたしか……ウッドワスさんでした。

 

 爪に付いた血を払った彼は私の方を向くと、こう問いかけてきました。

 

「貴様にも聖獣の嘆きと懇願は聞こえていただろう。なのに、何故介錯してやらなかった?」

 

 その問いかけに私は返す言葉がありませんでした。

 

 どう言いつくろったところで、私が彼の願いを叶えられなかった事に変わりはないからです。

 

「憶えておくがいい。生き残ることが必ずしも救いになるとは限らん。男には死に時というものがある。それを逃せば、生を拾ったところでそれは恥でしかない。そして生き恥を晒し続けるのは、死よりも辛い事なのだ」

 

 沈黙する私に彼が告げたのは、王女として生きてきたこの身では知る由もない男性の……そして恐らくは戦士の矜持でした。

 

 それと続けて告げられた『戦場では戦う相手は選べぬものだ。討つ覚悟を決められぬならば、槍を置き力を捨てるがいい』というウッドワスさんの置き台詞は今も私の胸の奥に突き刺さっています。

 

 民を護る為と戦うことを決意したのですが、私はまだまだ覚悟が足りなかったようです。

 

 それでも私は神に選ばれた騎士として、この国の王女として戦いから逃げるわけにはいかない。

 

 強くなりたい……誰も犠牲を出さずに大切なモノを護れるほどに。 

 

 

家畜日記21年と357日

 

 近頃キナ臭い空気が聖都の中に漂っている。

 

 この頭の奥がチリチリする感覚は妖精國でオーロラが馬鹿やった時と同じ、厄介事の予兆ってやつだ。

 

 そんな時に嫁さんから一つタレコミがあった。

 

 なんでも聖都周辺を監視させている使い魔が、怪しい宗教関係者を見つけたとか何とか。

 

 さらに件の人物は尼僧で、気配からして人間ではないらしい。

 

 すでに聖都に使い魔の監視網を敷いているとは、嫁さんの隙のなさには脱帽である。

 

 そんな訳で念話で人相を確認した俺は、妖精國で使っていた諜報道具一式を手に街へ出た。

 

 教会周辺や商店街などに当たりを付けてブラついていると、お目当ての人物が見つかった。

 

 片目を隠すような長い紫の髪に妙な気配のシスター、間違いなく嫁さんから聞いた尼僧だ。

 

 こうも簡単にターゲットを見つけられるとは、日ごろの行いの賜物だろう。

 

 そこから圏境を用いて後をつけると、尼僧は朽ち果てた教会から地下へと入って行った。

 

 壁に掛けられた松明だけが光源の薄暗い通路を抜ければ、腐臭が漂う明らかに真っ当じゃない祭壇やら儀式用の設備が待っていた。

 

 尼僧はそこで合流した聞くと何故か麻婆豆腐を連想させる声の司祭らしき老人と話を始めた。

 

 奴等の会話からするに、男の名前はルドルフといってエルアラド聖王国の大司教を務めているらしい。

 

 しかしそれは表向きの顔で、本性はゼノバイドという淫魔の王を復活させて世に混沌を齎すことを画策する秘密結社の幹部なのだ。

 

 そして尼僧はルクセリアといい、ルドルフによって魔界から召喚された上級淫魔だそうな。

 

 奴等の話では淫魔とは本来こことは別の魔界に住んでいる種族のことだ。

 

 なので普通に召喚されたり何かの拍子で現れた時は、肉体を持たないアストラル体な為に力を十全に発揮する事が出来ない。

 

 しかしゼノバイドで確立された『憑依召喚』という動物や人間を依り代にした召喚方法なら、生贄から奪う事で奴等も肉体を得て本来の力を発揮できるそうだ。

 

 ちなみに奴等はそういった淫魔をゼノモンスと呼んでおり、俺が教育的指導としてぶった切った蝙蝠や蜘蛛女もそのゼノモンスらしい。

 

 尼僧ことルクセリアは憑依召喚で呼び出された訳ではないそうだ。

 

 そんなカルト教団な奴等が掲げる当座の目的は、エルアラド聖王国を乗っ取り。

 

 その為には国を守護するセフィロトとかいう神木を枯らさねばならず、呪詛によって王を病床へ追いやった事や淫魔の襲撃もその一環なのだという。

 

 さらには自分達を邪魔するエデンズリッターを辱める事で奴等のエネルギーであるエデンズエナジーとやらを採取し、それを淫魔王復活に活用するんだとさ。

 

 あと邪魔者の中には俺もしっかり加わっており、何故かエデンズリッター扱いされていた。

 

 なんでやねん。

 

 ちなみに一連の会話は全て嫁さんから預かった記録装置で保存しておいた。

 

 ルドルフとかいう爺さんが表向きの地位を持っている以上、それを利用して民衆を扇動する可能性は高い。

 

 そうなればウチの家族もヤバいからな。

 

 災禍の芽は見つけ次第潰しておくのが安全のコツだ。

 

 それから二三打ち合わせをすると、ルドルフと尼僧は分かれて部屋を出て行った。

 

 いいネタも手に入れたし撤収してもよかったんだが、なにやら尼僧の消えた方向に引っかかるものがあった。

 

 それに導かれるままに後を追うと、とんでもない光景が飛び込んできた。

 

 そこでは巨大な竜が鎖に拘束されており、さらには全裸の尼僧が体を使って竜の穢れたバベルの塔をしごいているではないか。

 

 あまりにマニアックなプレイを前にして思わず唖然となってしまったが、その感覚は尼僧から逃れようと必死に足掻く竜の泣き声によってかき消された。

 

 何故だろうか。

 

 女に無理やりヤられるという光景は妙に癇に障る。

 

 あれを見ていると、知らない内に女性に犯されたというある筈のない虚憶が頭を過るのだ。

 

 さらに言えば俺は出涸らしの端っことはいえ、最後の純粋なる竜アルビオンの眷属である。

 

 竜が虐められるのは見過ごせないのだ。

 

『くらえ! 怒りと悲しみと純潔の! 戴天流獄屠剣(適当)!!』 

 

 という訳で、せっせと体を擦り付けていた尼僧を背後から四肢を落として、返す刀で竜を拘束していた鎖を断ち切ってやった。

 

 さっきの話だがこの女も淫魔の端くれだ。

 

 現世に呼び出されてパワーダウンしているとはいえ、この程度で死ぬことはあるまい。

 

 そんな算段を組ながらダルマになった尼僧を嫁さんの下へ連行しようとすると、背後で竜が不満げに声を上げた。

 

 竜の眷属たる影響だろうか、その声から奴が『生殺し故の欲求不満』である事が理解できた。

 

 となれば、事の元凶に責任を取ってもらうしかあるまい。

 

 確信を持ってこちらの意図を説明すると、竜はしっかりと理解してくれた。

 

 うむ、アルビオンパワー様々である。

 

 肝心の対処法だが、尼僧の身体をテ●ガのように使い、欲求を解消してもらったのだ。

 

 竜がアレをする光景など初めて見たが、図体のデカさもあって迫力満点。

 

 一言で表すなら『うなれ2メートル! とばせ5リットル!』である。

 

 もちろん尼僧の身体がこの荒行に耐えられるはずも無く、奴はバチュンッ!という音と共にドラゴンのイカ臭いキャノンの零距離射撃によってバラバラとなった。

 

 その後、地下施設の天上を突き破ってドラゴンは天へと羽ばたいて行った。

 

 今回は無駄撃ちになってしまったが、これにめげずに奴にはパートナーを見つけて男の尊厳の下に子作りをしてもらいたい。

 

 また竜が聖都から脱出する時に例のルシフェルが現れたが、攻撃するのはやめてもらった。

 

 その際『奴はレ●プ被害者なのだ』と説明したのだが、彼女は妙な顔で『はぁ?』と言うのみで理解は得られなかった。

 

 やはりまだまだ男性の性被害については認知が足りないらしい。

 

 まったく世知辛い世の中である。

 

 

新妻日記×月□日

 

 私の提示した手がかりを基に、アルガはしっかりと情報を入手してくれた。

 

 まったく、デキる夫を持つと何事もスムーズである。

 

 しかしまさか奴等の目的は国家乗っ取りに加えて、面倒極まりないモノまで復活させるつもりだとは思わなかった。

 

 復活した超存在など厄介と相場は決まっている。

 

 妖精國の獣神ケルヌンノスがそうだった。

 

 まったく、どうして私はこう運に恵まれていないのか。

 

 妖精國にいた頃の行いのツケが今頃巡ってきたとでも言うのだろうか?

 

 とはいえ、私が表立って動くのは拙い。

 

 傭兵であるアルガなら淫魔との戦場に出ても怪しまれないが、表向きはただの主婦である私では場違いにもほどがあるからだ。

 

 万が一、奴等のターゲットが私に移ってはバーヴァン・シーまで危険にさらされる。

 

 ウッドワスがいるとはいえ、油断は禁物。

 

 お腹の子が育ってきている影響で、私だって少し魔力が不安定なのだから。

 

 とりあえず、機会を見てアルガが掴んだ情報をセシリィ・エルアラドへリークしよう。

 

 これは国の存亡にかかわる問題なのだ。

 

 上層部が対処に当たるのが筋というモノだろう。

 

 アルガにもあまり首を突っ込まないように言っておくつもりだが、彼の性格を思えば無駄に終わる可能性が高い。

 

 下手をすると、剣の修行を名目に淫魔王の復活を見過ごす可能性もある。

 

 その辺に関しては父親になるのだから釘を刺しておかねばならないか。

 

 ともかく、早急に手を打つに越したことはないだろう。

 

 せっかく女としての幸せを手に入れたのだ。

 

 この生活は絶対に壊させはしない!

 

 

姫様日記▽月☆日

 

 今日は聖都の南にある沼地にゼノモンスが現れました。

 

 エデンズリッターへ変身した私が急行すると、そこに巣食っていたのは巨大なヒュドラ。

 

 九つの頭を持ち、猛毒を吐き出す凶悪な竜種が淫魔と変化していたのです。

 

 ですが、私は彼の淫魔と矛を交えることはありませんでした。

 

 何故ならヒュドラはすでに先客と戦いを開始しており、4つの頭を失っていたからです。

 

 私が来る前に怪物と相対していたのは、以前に何度か助けていただいた剣士様でした。

 

 彼の振るう剣は流麗かつ精妙。

 

 その体術も流れるようで、騎士たちような武骨なモノではなく演舞のようでした。

 

 なにより驚いたのは彼が空を飛べた事です。

 

 私のように翼を授かったわけでもなく、まるで地面にいるように空を駆ける。

 

 それはまるで童話に出てきた魔法の靴を履いているかのごとく。

 

 そんな彼はヒュドラの牙や毒液はもちろん、傷口から迸る毒を含んだ体液すらも一滴も食らわずに躱しています。

 

 無数の飛沫の中を掻い潜るかのような動きには、我を忘れて見とれてしまったものです。

 

 そして放たれる斬撃はエデンズリッターとして強化された私の眼を容易く置き去りにして、強固な鱗に覆われたヒュドラの首を一刀の元に切り落とします。

 

 認めたくはありませんが彼の剣はノエインに迫る……いえ、もしかしたら上回っているかもしれません。

 

 ですが、淫魔と化したヒュドラもまた一筋縄ではいきませんでした。

 

 奴は頭を切り落としても、少しの間があれば復元できる強固な再生能力を備えていたのです。

 

 剣士様が何度剣を振るっても、2本斬る間に落とした首が再生する。

 

 まさに戦局はイタチごっこの様相を呈していました。

 

 だから拉致を開けるべく助力をしようとしたのですが、ここで私はある事に気が付きました。

 

 攻めあぐねいている筈の剣士様は、焦るどころか楽しそうに笑っていたのです。

 

 彼の場違いともいえる表情の謎はすぐに分かりました。

 

「ヒャッハー! ホントに何本切っても再生しやがる! 竜の牙と鱗が無限増殖する上に永久に使えるサンドバッグとか美味しすぎるだろ!!」

 

 なんと彼はヒュドラの再生能力を利用して、竜種由来の素材を荒稼ぎしていたのです。

 

「いっぽぉん! にほぉん! さんぼぉん!! 次は一気に6!!」

 

 一刀につき首一本しか落とせないと思っていたのに、こんな風に自由自在にヒュドラの首を断つ数を調整まで出来ました。

 

 挙句の果てには、首を切られ過ぎて再生能力を低下したヒュドラに対して───

 

「オラァ! なにサボってんだ!! 早く首生やせや!! もっと素材寄こせ! もっとぉ!!」

 

 などと罵声を浴びせながら一本だけ残った首を蹴り飛ばす始末です。

 

 これではどちらが悪か分かったモノではありません。

 

 そうして落とされた首が百を超えた頃、ついにヒュドラは再生する事が出来なくなりました。

 

 すると全ての首を失って膝を付く胴体を前に、剣士様はこんな事を言いだしたのです。

 

「しゃあねえなぁ。家に持って帰って栄養剤でもブチ込んでみるか。そうすりゃあ、また首を生やすだろ」

 

 まったくもってトンデモない考えでした。

 

 というか、ここまで搾取に搾取を重ねて更に搾り取る気ですか!?

 

 鬼です! 外道です!!

 

 本当に血も涙もありません!!

 

 私が必死に止めると、渋々ながら彼は諦めてくれました。

 

 その際に『王女命令です!』と正体をバラしてしまったけど、ヒュドラを街中に持ち込まれるよりはマシと思いましょう。

 

 幸いというべきか、彼は毛ほども神を信じていないようですし。

 

 ……本当なら聖王国の王女としても聖女としても喜んではいけないことなんですがね。

 

 それから彼がヒュドラの胴体に手を当てると、ドンッという地鳴りのような音の後でヒュドラの胴体が失った首の傷口から血しぶきを上げて仰向けに倒れました。

 

 何をしたのかと聞くと、体の内側に衝撃を流し込んで心臓を破壊したという答えが返ってきました。

 

 それが本当なら恐ろしい技です。

 

 いったい彼は何者なのでしょうか?

 

 そんな疑問も彼がヒュドラを前に呟いた『殺したかっただけで死んでほしくはなかった』という謎の嘆きや、『これ、ルドルフとかいう大司教が国家転覆を目論んでいる証拠』と渡された道具によって吹っ飛んだわけですが。

 

 ともかく、もうすぐノエインが遠征から帰ってくるはずです。

 

 ルドルフ大司教が本当に逆徒か、まずは確認しなければなりませんね。

 

 

家畜日記21年と360日

 

緊急事態である。

 

冒険者ギルドからの依頼で巨人を数匹ブチ殺して帰ってきたら、家が大騒ぎになっていた。

 

ウッドワスのオッサン曰く、嫁さんがバーヴァン・シーと一緒に風呂に入っているところで覗きに遭ったらしい。

 

下手人は頭に触手を多数生やした謎の目玉。

 

奴自身はウッドワスのオッサンによって半分ミンチになっていたんだが、そこから感じる気配は例のゼノモンスと同様のモノだった。

 

つまり、この件を裏で糸を引いているのはルドルフなるペテン野郎なわけだ。

 

娘は大泣きだし、嫁さんも表面上は気にしていないようだったが握りしめた拳が小さく震えていた。

 

この人は血みどろの修羅場や謀略にはすこぶる強いが、エロ方面ではまったく耐性がないのだ。

 

化け物に裸を覗かれた事は相当なショックだったのだろう。

 

その日の夜はずっと俺に抱き着いて離れなかったしな。

 

妊婦にとってストレスは大敵だというのに、この仕打ちは絶対に許せん。

 

娘を辱められたのはもちろんだが、モルガンの裸を見るのは俺だけでいいのだ。

 

舐めたマネをしてくれたツケは、その首で払ってもらおうか。

 

 

 

「いやっ!? 放して! アシュタロス……ノエイン!!」

 

「姫様!? く…おのれぇっ!」

 

「いいザマだな、セシリィよ。ノエインにエデンの力を分け与えてリッターとしたようだが、超常の力を得たばかりでは振り回されて役立たずに落ちるだけだ!!」

 

 本来なら神聖で荘厳な空気に満ちるべきエルアラド教会大聖堂。

 

 しかし今ここは魔力と淫靡な空気に汚染されて、大気も薄っすらと黒と紫の色が見える程に濁っていた。

 

 その中央に巨体を聳え立たせているのは、後ろに撫でつけた白髪と皺が刻まれた顔に髪と同色の豊かな髭を蓄えた、一見すれば厳格な聖職者を思わせる男。

 

 しかし彼の身体を見れば誰も男が聖職に着いているなど思わないだろう。

 

 何故なら側頭部からは捻じれた角を生やし、肩甲骨からは悪魔を思わせる蝙蝠の羽。

 

 さらには背中から十に届く粘液に塗れた醜悪な触手をはやし、そこにボロボロに痛めつけられた二人の女性を絡め取っているのだから。

 

 その異形の名はルドルフ。

 

 憑依召喚の秘術で己が身に『魔神レギオン』を降ろしたゼノバイド教団の幹部にして、エルアラド聖教の大司教を隠れ蓑に暗躍を繰り返していた男である。

 

 魔神によって哀れな虜囚と化した一人は、金髪碧眼の18歳程度の美少女だ。

 

 清楚さと高貴さが漂うそんな彼女だが、見る者の目を引き付けるのは人並み以上に豊かに育った胸の果実だろう。

 

 彼女こそ、この国の第一王女にて神に選ばれた楽園の騎士、リッター・ルシフェルことセシリィ・エルアラドである。

 

 そしてもう一人は紫の髪にふくよかさを失わないながらも鍛え上げられた身体を持つ女性。

 

 この国の聖騎士団長であり、セシリィからリッター・アシュタロスへと転身する力を得たノエイン・グランノーフィスだ。

 

(ルドルフ大司祭のクーデターを事前に掴めたというのに、こんな事になるなんて……!)

 

(セシリィ殿下から神の力を賜っておいて、この体たらく。なんと無様なのだ、私は!!)

 

 聖衣の破損した部分から入り込んで自身の身体をはい回る触手の悍ましさと己の無力さに、セシリィとノエインは歯噛みする。

 

 数刻前に行われたエルアラド聖教の議会。

 

 本来であれば、それは第一王女の名の下にセシリィがルドルフ大司祭を裁く弾劾の場となる筈だった。

 

 聖騎士団長の正装を身に着けたノエインと共に現れた彼女は、異邦から来た剣士アルガから手渡された証拠を盾にルドルフに叛意があるのかを問いただそうとした。

 

 彼女の手にある魔道具が教会の壁に投影したのは、ルドルフとシスター・ルクセリアの会話だ。

 

 その内容は彼等が淫魔王を信奉するゼノバイド教団という邪教の手先であり、その目的が国家転覆からのエルアラド聖王国の乗っ取り。

 

 さらには淫魔の王を呼び出して世界の破滅を呼び寄せる事だった。

 

 それを見た教会関係者達は動揺が隠せなかった。

 

 当然だ。

 

 国教のトップに近い地位を持つ男が魔の手先だというのだから。

 

 証拠映像を見たルドルフもまた己の顔が引きつらないようにするのに苦心した。

 

 彼も聖都の地下に誂えたゼノバイド教団のアジトで行った会話が記録されているとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 しかしルドルフは強かだった。

 

 彼は証拠となる魔道具を指して、『魔法は神樹セフィロトとエルアラド聖教の教えに反するもの、即ち禁忌である! 王女が証拠としたモノだが、過去の光景を再現する道具など普通であればあり得ない! それこそがセシリィ・エルアラドが教会の禁忌に手を染めた証である!!』と逆に糾弾した。

 

 そしてさらに畳みかけるように、以前から掴んでいたセシリィがエデンズリッター・ルシフェルであることも暴露したのだ。

 

 エデンの力を手にしてエデンズリッターとなる事は過去に国を滅ぼしかけた例もあり、エルアラドでは禁止とされている事だ。

 

 二重に示されたタブーへの抵触によって、セシリィ達は一気に信用を失った。

 

 そうして二人は異端審問に掛けられる事となった。

 

 拘束されんとするセシリィをノエインは守ろうとしたが、国民に手を出してはならないと主に言われてはそれも叶わない。

 

 それからは魔女かどうかを確かめるという名目で複数員の異端審問官から淫らな事を強要され、聖痕が刻まれた部位を責められた事でエデンズエナジーを奪われてしまった。

 

 そうして二人に抵抗する力は無いと見たルドルフは本性を現した。

 

 奴は異端審問によって周囲に満ちた淫気と性欲に堕ちた信徒達を使って憑依召喚を慣行。

 

 騙された哀れな犠牲者達を次々とオークなどの淫魔へと変えると、再びの聖都侵攻に打って出た。

 

 しかしセシリィ達はまだ諦めてはいなかった。

 

 聖女である彼女は神樹セフィロトへ訴え、ノエインと二人再びエデンズエナジーを得て楽園の騎士へ転身したのだ。

 

 街や国民を守る為に、聖槍や聖剣を振るって淫魔と化した信徒の成れの果てを討ち果たす二騎。

 

 それを見たルドルフは二人から奪ったエナジーと己の身体を利用してレギオンを召喚。

 

 一気呵成に襲いかかるセシリィ達だったが、疲弊した身では魔神の力を得たルドルフには叶わなかった。

 

「さて、死に体のセフィロトが捨て身の覚悟で託したエナジー。すべて吸い取ってくれようぞ」

 

 ルドルフの言葉に従うように、二騎を拘束していた触手は彼女達を穢そうとする。

 

「くっ! ノエイン!!」

 

「セシリィ!!」

 

 間もなく襲うだろう衝撃と快感に耐えるべく、セシリィ達が歯を食いしばったその時だった。

 

 大聖堂の重厚な扉が微塵に断たれて、轟音と共に崩れ去ったのだ。

 

 濛々と立ち上る埃の中から現れた男に、セシリィとルドルフは見覚えがあった。

 

 それは黒衣の剣士アルガだった。

 

「おいおい、教会でなにやってんだよ。この罰当たり共が」

 

 そう不敵に笑うアルガにルドルフは眉を顰める。

 

「ふん、やはり現れたな。セシリィ達の窮地を見ていられなかったか、第三のエデンズリッターよ」

 

「そんな愉快なモノになった覚えはねえよ。ついでに言えばどこぞに生えてる樹も、神様だって信じちゃいないしな」

 

 そんな魔神の言葉を鼻で笑い飛ばすアルガに、エデンズリッター達の暴威から免れた淫魔が襲いかかる。

 

 襲い来る血錆が浮かぶ穂先、悪鬼の剛腕で振るわれる丸太のような棍棒、そして上空から強襲する異形の蝙蝠の爪。

 

 しかし、そのいずれもアルガの身に届くことは無かった。

 

 突き出した槍は羽毛の如き軽やかさで宙を舞う黒衣の剣士の踏み台にされ、次の瞬間には音を置いて食らいついた横薙ぎの一刀で振るっていたオークの首が飛ぶ。

 

 轟音唸る棍棒は宙にいてなお衰えることない剣閃が逸らし、釣り上げる事で目標を大きく外れた。

 

 返す刀で振るわれた袈裟斬りの一撃は、強靭な外皮と赤紫の筋肉に覆われた悪鬼の身体を豆腐のように両断する。

 

 そして獲物の頭を抉らんと迫る異形の爪はアルガが更に宙を蹴った事で空を切り、そこから打ち下ろされる唐竹の一刀が人と蝙蝠が混じった醜悪な頭部を容赦なく叩き割った。

 

 ここまでの動きは1秒にも満たない。

 

「なんという……」

 

 それは聖国一の剣士であるノエインから見ても神業であった。

 

「そこの化け物、ルドルフだよな。お前、ウチの嫁さんと娘の風呂を覗いてただろ」

 

「なに?」

 

「とぼけんなよ。目玉に触手生えた化け物使ってやった事は分かってんだ」

 

 不敵に口角を吊り上げるアルガ。

 

 その笑みに隠されているのは、相手が何人であろうと斬り殺す鬼の怒りだ。

 

「何の事かと思えば、貴様に付けていた監視の事か。その程度で命を捨てに来るとは、貴様はよほどの馬鹿と見える」 

 

「馬鹿は確かだが、家族に手ぇ出されて黙っているほどヘタレじゃないんでな。人様の嫁の肌を見たケジメ、きっちり付けてもらおうか」

 

 手にした兵士用の鉄剣を翻してルドルフへ駆け出すアルガ。

 

「魔神となった私に歯向かおうとはな! ならば貴様を殺し、その死体の前でその妻と子を快楽地獄へ堕としてくれるわ!!」

 

 そんなアルガにルドルフはリッター達を拘束しているモノ以外の触手を差し向ける。

 

 魔神の穢れた魔力が籠ったその先端は、標的を捉えれば鎧用の分厚い鋼板ですら貫くだろう。

 

 だが、アルガは八方から一斉に迫るそれ等に自身の陰すら掴ませることはない。

 

 精妙な歩法と体捌きで合間を縫うように触手たちを躱し、回避できない軌道のモノは手にした刃を閃かせることで誘い、受け流し、釣り上げては逸らしていく。

 

 どんな生物であれ、完全同時攻撃など不可能だ。

 

 例えば、人間が両腕を一斉に前へ突き出したとする。

 

 その手はまったく同じ速度、同じタイミングで伸び切るだろうか?

 

 答えは否である。

 

 神経伝達や利き腕などの問題から同時になる事はない。

 

 二本ですらそれなのだ。

 

 得たばかりの元は他者の身体で、さらに8本もの触手を精妙に操るなどルドルフにできようはずもない。

 

 そして同時攻撃は一手一手に間隙があれば、即座に陳腐なモノへと成り下がる。

 

 となれば、浄の境地へと辿り着いたアルガに通用しないのは道理だ。

 

 最後の一本を打ち払うと同時に魔神を刃圏へと捉えるアルガ。

 

「いけません!」

 

「ルドルフには暴風の障壁があるんだ!!」

 

「シッ!」

 

 セシリィ達の忠告を耳にしながらも鋭い呼気と共に放たれた一刀。

 

「リッター共の攻撃すら跳ね除けた嵐の障壁だ! その程度のナマクラ───ぐおおっ!?」

 

 それはルドルフを覆っていた風邪の障壁を熱したナイフをバターへ当てるように容易く切り裂き、魔神の身体を左肩から右わき腹へ横断するように傷をつける。

 

「ば…馬鹿なっ!?」

 

 紫色の穢れた血をまき散らしながら後ろへ下がろうとするルドルフ。

 

 しかしアルガの振るう剣はまだ終わらない。

 

 降りぬいた勢いを殺さぬままに体捌きで跳ね上がった白刃は、ルドルフの首を刎ねんと虚空を奔る。

 

「お…おのれぇっ!」

 

 人間が振るうモノとは思えない速度の斬撃に、魔力を通した触手をより合わせて盾にするルドルフ。

 

「な…なんだと!?」

 

 しかし次の瞬間には凛という涼やかな音と共に、盾は無残の両断されて断ち切られた触手達が宙を舞う。

 

「あの触手をああも簡単に断ち切るとは……」

 

 その結果には他の触手が切られた事で、拘束が解けて地面に落ちたアシュタロスも目を見開いた。

 

 一見すれば軟体に見えるルドルフの触手は、神樹セフィロトの加護で生み出された魔聖剣ジャギュレイターをも防ぐ剛性を持っていた。

 

 一本でそれだけの耐久性を持つそれ等を束ねたモノが、ああも簡単に断たれたのだ。

 

 ノエインが我が目を疑うのも仕方がない。

 

 ルドルフ達が驚愕している間にも、アルガの攻勢は留まらない。

 

 横薙ぎの遠心力をそのままに身体を回転させ、次に向き直った時には総身を弓弦に、矢を引き絞るが如く剣柄を引いた構えを取っている。

 

 戴天流・竜牙徹穿の型。

 

「フッ!」

 

 そこから放たれる刺突は容易く音の壁を突破する。

 

「う…おぉっ!!」

 

 しかし放たれた切っ先が心臓へ食らいつくより早く、魔神は恐怖に凍てついた声を上げながら蝙蝠の羽で上空へ逃れる。

 

 アルガとルドルフの一連の攻防を衝撃冷めやらぬノエインは呆然と見ていた。

 

 しかしそんな彼女の呆けた頭を現実に向けた者がいた。

 

「行きましょう、ノエイン! 私達も彼に加勢を!!」 

 

 それは自由を取り戻し、聖槍を手に立ちあがるセシリィだった。

 

(何を呆けているのだ、私は! 今はルドルフを討たねば!!)

 

 その激にノエインは床に転がっていた自らの愛剣を拾い上げると、セシリィと共にアルガの元へと向かう。

 

「剣士様! 私達も助力します!!」 

 

「共にルドルフを討ち、聖都を護るぞ!!」

 

 セシリィもノエインも異端審問での凌辱に加えてルドルフに敗北した時のダメージもまだ抜けていない。

  

 そんな身体に鞭を打ってでも邪悪を倒そうと奮起していた。

 

「あ、結構です」

 

 しかし、アルガの返した答えはそんな二人に冷水を浴びせるモノだった。 

 

「……へ?」

 

「我が内家戴天流に一人に多数で掛かる剣は無し。よーするに、流派の教えで一人を複数でボコるのは禁止されてんだよ。だから、邪魔にならないところでゆっくりしててくれ」

 

 呆気に取られるセシリィにあっけらかんと言い放つアルガ。

 

 もちろん、これは大嘘だ。

 

 前世の駆け出し凶手次代では、彼は何度かサイバネ武術家相手に同門の暗殺者を複数で襲ったりもしていたのだから。

 

 アルガがこう言ったのは、純粋に戦いの邪魔をしてほしくないだけである。

 

「そ…そんな事を言っている場合じゃないだろう!?」

 

「そうです! ルドルフを、あの魔神を倒さないと無辜の民が犠牲に──「右肩峰および鎖骨に亀裂骨折」……え?」

 

 もちろん、セシリィ達からすればそんな事情など受け入れられるわけがない。

 

 憤りを込めて反論する二人だが、それもアルガの言葉に遮られる。

 

「他にも姫さんは左大腿骨中部に亀裂骨折、右第六・第七肋骨骨折と肝臓に打撲による内出血あり。そっちの剣士は左第四から七までの肋骨骨折に胸骨の亀裂、さらに右の肺が破裂寸前だ。そんな身体じゃあロクに武器も振れないだろ」

 

 スラスラと言葉を紡ぐアルガに二人のリッターは息をのむ。

 

 彼は彼女達が現在抱えている負傷箇所を見事に言い当てていたからだ。

 

「何故……」

 

「何故って、目付なんて武術家の基本だろ。体幹、姿勢、動きに氣の巡り。そういった情報から相手のコンディションや弱点を見抜く。少し腕に憶えがある奴なら誰だってやってる」

 

 呆れたようなアルガの言葉を受けて、セシリィはノエインへ目を向ける。

 

 たしかにノエインも相手のコンディションを視覚情報から割り出すことはできる。  

 

 しかし、一目見ただけでここまで詳細になど無理だ。

 

「そういう訳だから───っと、長々と話してる場合じゃねえな」

 

 セシリィ達への言葉を切って上を見上げるアルガ。

 

 それに釣られてセシリィ達も視線を上げると、そこには両手に暗紫色の魔力を充填させたルドルフの姿があった。

 

「第三のリッター! たしかに貴様の剣は厄介だ。だが、この状態ならばそれも届くまい!!」 

 

 天井近くまで舞い上がったルドルフはそう勝ち誇りながら両の腕を振りかぶる。

 

「そのままセシリィ共々消え失せるがいい!!」

 

 そして放たれるのは、魔神レギオンの身体が出しうる最大級の砲撃魔法。

 

 中央に着弾すれば聖都の半分を廃墟と化す事も可能な、現状の魔導士には再現不可能な一撃だ。

 

「ノエイン、力を貸してください! 聖都に被害を出さない為にも私達で止めるしか……」

 

 そう、隣にいる自身の腹心にして伴侶であるノエインへ声を掛けようとしたセシリィ。

 

 しかし、それよりも早くアルガは大理石の床を蹴って飛び出していた。 

 

 軽身功による踏み込みで宙を駆けるアルガ。

 

 双眸に光る金色の龍眼が捉えるのは、襲い来る魔力砲の因果だ。

 

 それを横薙ぎの一閃で切り落とせば、凛という涼やかな音を残して黒紫の魔力は掻き消える。

 

「お…おのれぇ! 化け物ガァ!!」

 

 自らが宿した魔神の最大火力を無効化されて半ばパニックとなるルドルフだが、それでも奴は再生した触手を槍としてアルガへ放つ。

 

「シィッ!」 

  

 それを迎え撃ったのは十一条の閃光だった。

 

 戴天流剣法が絶技、六塵散魂無縫剣。

 

 本来のモノより剣閃を一つ増した斬撃の流星は、瞬く間もなく触手を断ち切る。

 

「な…ぁ」

 

 そして驚愕の声を上げるルドルフへと食らいつき、その五体をバラバラに引き裂いた。

 

「この呪詛…この瘴気……リッターなどではない。きさまは…いったい……」

 

「ただの剣士だよ」

 

 空中からぶち撒けられた魔神の躯と血潮、それと同時にアルガも音を立てる事無く地面へと降り立つ。

 

「やれやれ……魔神だの何だの言ってたから今度こそ神殺しができると思ったが、この程度とは拍子抜けだ」

 

 神聖さの欠片も無い空気の中、アルガは肩をすくめながら異形の血で濡れた長剣を地面へ捨てる。

 

「待ってください!」

 

 そして出口へ足を向けると、背後から声がした。

 

 振り返れば、エデンズリッターへの転身が解けたセシリィとノエインがアルガへ視線を向けている。

 

「何か用か、お姫様?」

 

「先ほどもそうだが、王女殿下に向かって無礼だぞ!」

 

「よいのです、ノエイン。彼はこの街を救った恩人ですから」

 

 敬意の欠片も無いアルガの言葉に怒鳴るノエインを諫めるセシリィ。

 

 その言葉に要件を察したアルガはヒラヒラと手を振る。

 

「こっちの事情で動いたことだ、気にすんな」

 

「ですが……」

 

 過去に何度もゼノモンスから助けられたが、今回は想定される規模が違う。

 

 淫魔による国家転覆を防いだとなれば勲章どころか、爵位を与えられてもおかしくはない。

 

 そんな功労者に褒美を与えないなど、セシリィにはできなかった。

 

 そう考えて言い募ろうとするセシリィに、アルガはこう返した。

 

「どうしても気が収まらんって言うなら、傭兵ギルドへ俺宛に謝礼金送ってくれればいいや。値段はお気持ちでいいからさ」

 

「お金……ですか?」

 

「ああ。そっちだって金で貸し借りチャラにしたら後腐れないだろ。それにもうじき二人目も生まれるから何かと要り様なんだよ」

 

 キョトンと目を丸くするセシリィにそう言い残すと、アルガは教会を後にした。

 

 

◇ 

 

 

家畜日記21年と362日

 

 そんな訳でご近所周辺で起きていた面倒事は解決したわけだ。

 

 もうすぐ生まれる第二子を思えば、害獣や青●という子供に極めて有害な代物が駆除されたことは大変喜ばしい。

 

 とはいえ、例のルドルフはゼノバイドとやらの大幹部。

 

 つまりボスではないわけだ。

 

 今回の件で件のゼノバイドが俺を敵認定する可能性は極めて高い。

 

 妻子に危害がいかないように、これからも気は抜かないようにしよう。

 

 あと、お姫様からの謝礼は割ととんでもない金が振り込まれていた。

 

 余裕で豪邸3つくらい買えそうなレベルの額って、ちょっとやり過ぎじゃなかろうか?

 

 まあ、コイツは謝礼のほかにも口止め料が含まれているのだろう。

 

 一国の王女が化け物にヤられそうだったり、教会のお偉方が淫魔の手先だったというのはガチで醜聞だからな。

 

 そういう意味でもこの金は素直に受け取っておいたほうがいいだろう。

 

 ウチもこれから何かと要り様になるし。

 

 これからも一家の大黒柱として、家族の安全を守り食い扶持を稼がねばならない。

 

 その為にも更なる剣の研鑽が必要になるだろう。

 

 まずは無縫剣を11発から12発へ増やす事からやってみるか!!      


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