剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、FGO2話目でございます。

 序章の冬木が何故か剣キチではなくアルトリアに……。

 まあ、書きやすいからいいんすけどね。

 ニートの戦闘力が上がっていますが、その辺は笑ってゆるしてくれればと思います。


剣キチが行く人理修復日記(2)

 皆さん、寒い日々をどうお過ごしでしょうか。

 

 オルタ流デンジャラスアッパーで青いキャスターをリタイヤ寸前に追い込んだアルトリアです。

 

 胸クソの悪い街を延々と徘徊(はいかい)すること数時間。

 

 ようやくカルデアの面々と合流することが出来たのですが、不幸な行き違いから矛を交える結果となってしまいました。

 

 というか、いきなり攻撃してきたのはキャスターであって、私は悪くないでしょう。

 

 これが修羅の(ちまた)だった第四次聖杯戦争なら、『纏めてあの世行きだよ☆カリバー』で一網打尽にしているところです。

 

 ようやく兄上からの『地獄のコメカミぐりぐり』から解放されましたが、あの脳髄を侵すような痛みはまだ取れません。

 

 ぶっちゃけ、聖杯の影に浸食された時の三倍は苦しかったです。

 

「フォウだ、フォウ! お前、どこ行ってたんだ?」

 

「フォウ! フォウフォウ!!」

 

「モーお姉ちゃん、その子知ってるの?」

 

「ガー姉ちゃんが飼ってたペットでフォウだ。妖精郷に来た時にいなくなったから心配してたんだぞ、お前ーー!!」

 

「フォウ! キュウキュウ! フォウ!!」

 

「そうなんだ。フォウ君、私はミユっていうの。よろしくね」

 

「フォウ!!」

 

 子供たちの声に顔を上げれば、そこにいたのは確かにガレスのペットだったフォウです。

 

 寿命が長いのは幻想種だからなのでしょうが、神秘の枯渇した現世でよく生きていたものです。

   

「なるほどな。だから、アルトリアを見た途端に攻撃してきたワケか」

 

 その傍らでは、ショチョさんやリツカたちを交えて兄上が話を進めています。

 

 何事もなかったかのような兄上ですが、少し前にフォウを撫でようとして『ギャルルルルッ!!』と牙を剥き出しにされてヘコんでいたのは見逃していません。

 

 というか相変わらず兄上には塩対応ですね、あの毛玉。

 

 元ペットの態度はさておき、兄上はカルデアメンバーとの会話から必要な情報を聞き出しています。

 

 ここが汚染された聖杯の影響で滅んでしまった2004年の冬木市であること。

 

 この冬木市の崩壊は本来の歴史ではありえないことであり、それを察知したカルデアが特異点の調査にレイシフトなる一種のタイムトラベル技術……でいいのでしょうか? によって人員を送り込もうとしたこと。

 

 しかし作戦実行を目前にした際、最重要施設で爆弾テロが発生した為に現在の人員以外は送り込めなかった事。

 

 現状の人員はショチョさんことオルガマリー・アニムスフィアと補欠要員で魔術の素人であるフジマル・リツカ、そして人間と英霊の融合体であるデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトの三名。

 

 その中でもオルガマリーはマスター適性を持たないために、サーヴァントを使役できるのはリツカのみであること。

 

 さらにはマシュも爆弾テロの影響で偶発的にデミ・サーヴァントに覚醒した為に、戦闘を初めとして経験が圧倒的に足りない事。

 

 例の青いキャスターはこの冬木で行われていた聖杯戦争によって呼び出されたサーヴァントで、泥には汚染されていないもののマスターを失っている為にリツカと仮契約していること等々。

 

 徐々にこちらの事を教えながらもここまで情報を引き出すとか、剣キチを自称している割に兄上って何気に話術も立つんですよね。

 

 タコ入道のペレス王からギャラハッドを引き取るように話を付けたのもあの人だと聞いてますし。

 

「ああ。聖杯を手に入れて街をこの有様にしたのは、今回のセイバーであるアーサー王なのさ。お前さんの妹も別次元のアーサー王なんだろ、だから思わず手が出ちまった」

 

 顎をしきりに(さす)りながらも言葉を紡ぐキャスター。

 

 どうやらバサクレスの頭を跳ね上げたフィニッシュ・ブローでも、彼の顎は割れなかったようです。

 

 …………チッ。

 

 それはともかく、聞き捨てならない情報がありました。

 

 まさか、この聖杯戦争でも私が呼び出されていたとは……。

 

「一つ質問です、キャスター。セイバーで呼び出された私は、黒く染まっていましたか?」

 

「ああ。髪や瞳の色はそこの兄ちゃんと同じで、鎧も聖剣も真っ黒だったぜ」

 

 それを聞いた瞬間、私の身体から魔力が吹き上がりました。

 

 どうやら、この世界は私が醜態を晒した第五次とよく似た世界なのでしょう。

 

 可能性としてはシロウを倒した時に鞘が発動せず、そのまま『この世全ての悪』の手先として暴虐を尽くしたといったところでしょうか。

 

 ならば、そのセイバーは私が討たねばならない。

 

 己が過ちは自分の手で正す。

 

 それは騎士である以前に人として最低限のケジメですから。

 

「叔母上、こわい……」

 

「どうしたの、アルトリアお姉ちゃん。いつもは浜辺で寝そべるトドみたいなのに……」

 

 おっと、どうやら子供達を怖がらせてしまったようです。

 

 というか、ミユ。

 

 いくら何でもそれはないんじゃないですか?

 

 たしかに私はニート街道を驀進(まいしん)していますが、そこまで言われるほど酷い生活態度ではなかったと思いますよ。

 

 ……子供の無自覚な残酷さはさて置くとして、とりあえずは気になった事を確認しておきましょう。

 

「ところでキャスター。貴方はクー・フーリンですか?」

 

 そう問うと、キャスターはその端正な顔にニヤリと不敵な笑みを浮かべました。

 

「姿形だけで真名を見抜くとは、どこかで()ったことでもあるかい?」

 

「以前の聖杯戦争で。まあ、その時の貴方はキャスターではなくランサーでしたが」

 

 ええ、あの時の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)』の痛みはまだ覚えてますよ。

 

 未婚の淑女の柔肌に傷を付けるなど本来なら死を(もっ)て償わせるところですが、事態が事態ですので今回は保留しておきましょう。

 

「お兄さん、クー・フーリンなの!? すごーい!!」

 

 これに歓声を上げたのはモードレッドと脇で話を聞いていたミユでした。

 

 彼女はダーナ神族の母神であるダヌーの神使です。

 

 彼等と密接な関りがあるアルスター神話の英雄であるクー・フーリンを知っているのも当然と言えるでしょう。

 

「なんだ、嬢ちゃん。俺の事を知ってるのか?」

 

「うん!……じゃなかった。はい! わたしはミユ、ダヌーさまの神使をしています!!」

 

 スカートの端を掴んで頭を下げる淑女の礼とは裏腹に元気溌剌な声で挨拶をするミユ。

 

 ですが、その言葉に喰い付いたのはキャスターではありませんでした。

 

「神使ですって? ウソをおっしゃい。神々はこの地上との(かかわ)りを断って久しいのよ。現代に神使なんて生まれる訳がないわ」

 

 こちらに不審げな目を向けながら、ミユに向かって窘めるように声をかけるオルガマリー。

 

「その嬢ちゃんが言ってるのは本当だぜ」

 

 今度はそれにキャスターが異を唱えます。

 

「なんですって?」

 

「嬢ちゃんからは確かに神性を感じる。人間が神性を持つなんざ俺のように神の血を引いているか、もしくは強力な加護を得ているかの二つに一つだ。神が人と交わる事が現代ではあり得ない以上、嬢ちゃんは後者だと思うのが自然だろうさ」

 

「え~と、え~と……これがしょーこ!」

 

 キャスターが言葉を紡いでいる間に腰に下げていたポーチをゴソゴソと掻きまわしていたミユは、目的の物を見つけたようで掲げてみせます。

 

 彼女の手の中にあったのは強力な魔力と神力が籠った小さな指輪でした。

 

「なんなの…これ……」  

 

「ふわ~、綺麗だねぇ」

 

「先輩、あまり近寄っては危険です!」

 

 指輪が内包する力の強大さに顔面が蒼白になるオルガマリーと、マシュに止められながらも物珍しそうにミユの手を覗き込むリツカ。

 

「これはダヌー様が造ってくれた護りの指輪なの! これを持っていたら呪いや魔術に掛からないし、毒とかもへーきなんだよ!」

 

「へぇー、凄いね」

 

「迂闊に触るなよ、マスター。その指輪の加護は嬢ちゃん以外が持つと破滅を(もたら)す呪いに(かか)る奴だぞ」 

 

 キャスターの忠告に、覗き込んでいたリツカは大きく仰け反りました。

 

「信じてくれた?」  

 

「ああ、それだけのモンを見せられればな。しかし妖精郷の住人に加えて太母の神使まで動いてるとなりゃあ、そこの兄ちゃんが言ってた人理焼却とやらもホラと切り捨てる訳にはいかなくなったな」

 

「ダヌー神の話だと、今回の事件の解決のカギとなるのはアンタ達カルデアらしいんでな。彼女が結んでくれた縁を頼りにここまで出張ってきたんだ」

 

「…………ッ」

 

 深いため息を伴ってキャスターが零した言葉に、険しい顔で親指の爪を噛むオルガマリー。

 

 まあ、いきなり人類が滅びましたと言われた上に、自分の組織が事件解決のカギになるなんて言われてはプレッシャーは半端ないでしょう。

 

『……ッ、やっと繋がった! 大丈夫ですか、所長! そちらにサーヴァント並みの魔力を持った者が何人かいるようですが!?』

 

 意気消沈してしまったカルデアメンバーによって雰囲気が暗くなり始めた時、そんな空気を打ち砕くように悲鳴のような言葉を伴って虚空にモニターらしきものが現れました。

 

 白黒でかなり画像が荒いモニターの向こうには制服の上に白衣らしきモノを羽織った柔和な顔付きの青年が、緊迫した表情でこちらに声を掛けています。

 

「こっちは大丈夫よ、ロマニ。そちらが感知した魔力の持ち主とは敵対していないから。それよりも『シバ』を通して現在までの人類史に異常が無いか確認しなさい」

 

 ロマニと呼ばれた青年は、オルガマリーからの指示に目を白黒とさせます。

 

『人類史、ですか? それはまたどうして?』

 

「こっちも確証を掴んだワケではないから、今はまだはっきりとしたことは言えないの。ただ、何か異常が見つかった場合はすぐに連絡して頂戴」

 

『わかりました。ですが、カルデアも例の爆発騒ぎで人手が足りない状態です。レイシフトの観測や維持もありますので、確認には時間がかかりますよ』

 

「分かっているわ。だから現状レイシフト観測に就いている者はそのままは現状維持。施設復旧に携わる者の数に余裕が出来たら、ダ・ヴィンチに言ってそちらへ廻してちょうだい」

 

『了解です』

 

 オルガマリーの指示を受けるとすぐにモニターは姿を消しました。

 

 何とも慌ただしい事ですが爆弾テロがあったと言っていましたし、向こうの施設も復旧や消火に大わらわなのでしょう。

 

 それから少しの間、彼女は頭を抱えてブツブツと独り言を呟いていたのですが、一段落ついたのか唐突に立ち上がると真剣な表情でこちらを見つめて口を開きました。

 

「こちらは貴方達の事を信用した訳ではありません。ですが、特異点修復を行うには我々の戦力が足りないのもまた事実。そこで契約を結びましょう」

 

「契約?」

 

「ええ。この特異点修復の為に貴方達の力を私達に貸して欲しいの。その代わり、本件が上手く処理できたら私達はそちらを本拠であるカルデアに招待するわ。その後はシバの観測データを待って、何も起きないのならそこでお別れ。万が一にも貴方達の言う通り人理が焼却されたのなら、修復の為に協力する。───どうかしら?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、こちらに交渉を持ち掛けて来るオルガマリー。

 

 ………なるほど、契約内容的には悪くありません。

 

 ですが、こちらにマウントを取りたいなら、その生まれたての小鹿のようにプルプルと震える足をどうにかすべきですね。

 

「……わかった。その条件を呑もう。ただし」

 

 兄上の返答にオルガマリーは緊張で強張っていた顔に明るい表情を浮かべますが、次の瞬間にはそれが紙色へと変化する事になりました。

 

 何故なら兄上のアロンダイトが軽く鍔を鳴らした後、一拍子置いて傍らにあったビルの残骸が縦に両断されたからです。

 

「───(たばか)った場合は真っ二つだ」

 

 ビルが崩れ落ちる轟音の中、兄上の輝かんばかりの悪鬼スマイルを見たオルガマリーが気を失ったのは言うまでも無いでしょう。

 

 

 

 

 さて、紆余曲折はありましたが何とかカルデアの面々と合流が叶いました。

 

 キャスターの先導で私達は大聖杯の有る円蔵山の洞窟へと冬木の街を進んでいきます。

 

 あの脅しのせいか、キャスターとリツカを除くカルデアメンバーが兄上に怯えてしまった為に一行の空気は微妙な物になってしまいました。

 

 フォローさせてもらうなら、兄上があんな真似をしたのは子供達の安全の為です。

 

 過去に二度の聖杯戦争に参加したことで、兄上も現代の魔術が倫理の外にいる存在であることは知っています。

 

 私と二人でこの場にいたならあそこまではしなかったでしょうが、今回はモードレッド達も一緒です。

 

 片や女神と仙人の子、もう一方は現存する神の使い。

 

 『■■■■』への到達を目的とする外法の魔術師たちにとっては垂涎の的でしょう。

 

 先ほどオルガマリーは我々を信用していないと言っていましたが、それはこちらとて同じこと。

 

 だからこそ、子供達を護ると同時に余計な諍いを起こさないために、抑止となるようこちらの力を見せつけたのです。

 

 もっとも、離れた位置にあるビルを切断するなんて真似は効果がありすぎたようで、オルガマリーはマシュの後ろから出てこなくなってしまいましたが。

 

 さすがにマスターにまで同じ態度を取られては拙いので、リツカには隙を見て私がフォローを入れています。

 

 彼女は兄上の心情を知ると『子供の為なら仕方ないよね』と苦笑いで態度を軟化させてくれました。

 

 マシュの方も彼女に任せていれば大丈夫でしょう。

 

 オルガマリーは……時間を置いて慣れさせるのと、実績を積むくらいですかね。

 

 しかし、崩壊した冬木の街を歩くのは精神的にクルものがありますね。

 

 見知った景色が焼け焦げた瓦礫に変わっているのを見るだけでもトラウマがビンビン刺激されるのに、惨劇の現場である洞窟に出向かねばならないなんて初っ端から私に厳しすぎませんか?

 

 正直、今すぐにでも家に帰って母上の胸で眠りたい気分です。

 

 そんな怒りや悲しみやストレスを某ゲームのNPゲージのようにギュンギュン溜めて、左右のカリバーをひたすら連打しまくってます。

 

 しかしあれですね。

 

 人目や被害を考える事無く全力全開で宝具をぶっ放すのは実に気持ちがいい。

 

 ブリテン時代や聖杯戦争では国土や街を巻き込まないようにと、エクスカリバーの真名開放は手加減するか近接戦闘用に刀身に極光を込めたB仕様がメインでしたから。

 

「すっご……。街があっという間に更地になってく」

 

「何故でしょう。あの光景を見ていると『王はやはり全力ですね』という感想が浮かんでくるんですが……」

 

「ビームだ、ビーム! 叔母上、カッケー!!」

 

「アルトリアお姉ちゃん、すごい! わたしだったらすぐに魔力切れになっちゃう!!」

 

「ビームを撃つ時の振りが(ざつ)い。60点」

 

 ……兄上は相変わらず辛口目線です。

 

 そんな感じで骸骨から影サーヴァントまで問答無用で消し飛ばしていると、私達はさしたる足止めも無しに円蔵山の麓までやってくることが出来ました。

 

 さて、決戦の舞台へと上がる前に一つ問題があります。

 

 それは戦力の一角であるマシュが宝具を使えない事です。

 

 宝具が使えないなど普通の英霊ではあり得ないのですが、生憎と彼女は偶発的に生まれたデミ・サーヴァント。

 

 融合した英霊の真名も分からないのでは、それも止む無き事でしょう。 

 

 とはいえ、宝具はサーヴァントにとっての象徴にして切り札。

 

 それが使用不能ではいかに防御特化のシールダーといえども、彼女に後方の守りを任せるわけにはいきません。

 

 彼女の弱さはリツカ・オルガマリー・ミユの命の危険に直結するのですから。

 

 そういう事でマシュが宝具を使えるようにする事になりました。

 

 その手段についてですが、キャスターは窮地に追い込むことで、火事場の馬鹿力的な爆発力に賭けるという方法を提示。

 

 一方、兄上はマシュの気脈と経絡の流れを調べて原因を割り出し、あとは瞑想と精神的鍛錬で切っ掛けを掴むというマシュに負担の少ない手を挙げました。

 

 私にも話を振られたのですが、生憎とマシュの盾にむかって手加減したカリバーをブッパするくらいしか思いつきませんでした。

 

 というか、他人の宝具の使い方なんて分かるワケないです。

 

 結局、緊急時なので悠長な事をしている暇が無いと言うオルガマリーの鶴の一声で、キャスターの策が採用されることに。

 

 これについて兄上はかなり難色を示していましたが、『足手纏いになりたくない』というマシュ本人の強い意志を受けて引き下がりました。

 

 自身に課している苛烈な修練からスパルタ主義だと思われがちですが、兄上は基本的に受ける側へ無理を押し付ける事を嫌います。

 

 曰く『過剰な厳しさや教育は受ける側に余程の覚悟がない限り、心と身体を壊す原因になりかねない。仮にそうして技術を身に着けても、大半は嫌々覚えたものだからすぐに歪んじまう。……犬や家畜みたいに一々殴られながら仕込まれるってのはしんどいもんさ』だそうです。

 

 この言葉の通り、兄上の教育は日々の努力の積み重ねを重視するもので、技の一つを教えるにしても用途や重要性、さらには欠点までを懇切丁寧に説明した上で手取り足取り教えるのです。

 

 私が使っている魔力放出の反動を抑え込むための体捌きと歩法も、一年半もの期間を掛けてじっくりと指導してくれました。

 

 こういう方法だからこそ、ブリテン時代には新米騎士や徴用した民兵の教育を兄上に任せていたのです。

 

 閑話休題。

 

 先に結論を言えば、この荒療治が功を奏してマシュは宝具が使用できるようになりました。

 

 最悪の事態を想定して、キャスターが呼び出した木の巨人を両断しようと剣を構えていた兄上の心配は杞憂に終わったのです。

 

 マシュ自身と彼女を信じてその後ろから逃げなかったリツカは少し火傷をした程度。

 

 それもキャスターの治癒魔術によって痕も残らず治ってます。

 

 ともかく、これで用意は整いました。

 

 あとは大聖杯の安置された洞窟で黒い私を完全無欠に消し去るだけです。

 

 再度気合を入れ直した私達は、登山道から逸れた獣道を切り開いて大空洞を目指します。

 

 そうして山を登ること一時間ほど。

 

 焼け焦げた木々が並ぶ死んだ林を抜けると、開けた視界には山の中腹にポッカリと口を開けた洞窟が見えてきました。

 

「あれがそうなの?」 

 

「ああ、間違いねぇ。あの先に大聖杯があるはずだ」

 

 たしかに、私と桜が陣取るハメとなった第五次聖杯戦争の時と全く同じです。

 

 正直、『逝け、大聖杯! 忌まわしき記憶と共に!!』ってな感じで聖剣で何もかもを吹っ飛ばしたい。

 

 しかし、それをすると黒い私をシバキ倒すことが出来ない。

 

 なんというジレンマでしょうか。

 

 そんな事を考えながら進んでいると、上空から殺気を感じました。

 

「はぉっ!!」

 

 男塾っぽくバク宙で回避してみると、私がいた場所には細い矢が突き立っています。

 

「やっぱりいやがったか。この騎士王の信奉者が!」

 

 罵声を浴びせるキャスターに釣られて視線を上げれば、そこにいたのは第五次の赤いアーチャー。

 

 外套を腰に巻いて頬の辺りに呪詛の浸食による赤い線が入っている他、後ろに流していた髪が前に下がっているなど色々と変わっていますが、流石に見間違えたりしません。

 

「信奉者になったつもりはないが、彼女を護るのは私の仕事でね」

 

「ちょっと待ちなさい。アーチャー、私も騎士王なのだが?」

 

 色々と納得がいかないので、抗議の声を上げてみました。

 

 そう名乗っていたのは一月ほど前までですが、いざ差別されてしまうとやはりムカッときます。

 

 ああ、敵味方だからという下らない理屈は脇にポイしておきなさい。

 

「…………イモジャージにホットパンツなんて恰好で騎士王と言われてもな。少々説得力に欠けるのではないかね?」

 

 ───イラッ☆

 

「どこのアルトリアかは知らんが、騎士王を自認するのならもっと清楚な格好を───」

 

「女の服にケチを付けるなカリバー!!」

 

 目を閉じてご高説を語っていたアーチャーは、悲鳴を上げる暇も無く黒い極光に呑まれました。

 

 山肌を削って空へと消えた黒い光の後には、当然何も残っていません。

 

愚昧(ぐまい)が。恨むのならその身に染み付いたオカン根性を恨むがいい」

 

 アーチャーに手向けの言葉を掛けていると、何故かキャスターが怒りと悲しみが入り混じった何とも言えない形相でこちらに詰め寄ってきました。

 

「ちょっと待て! 今のは俺が足止めでここに残って奴と一騎打ちをするところだろ、展開的に!!」

 

「何を言っているのですか、キャスター。貴方の役目はリツカを始めとした後方要員の警護でしょう。最終決戦を目前にして、こんなところで貴重なサーヴァントを割くなど愚の骨頂以外の何物でもないじゃないですか」

 

「ぐ……っ!? 不意打ちで聖剣をぶっ放すようなマネした奴が正論を……」

 

 押し黙ったキャスターを他所に、私は洞窟へ向けて足を踏み出します。

 

 キャスターとアーチャーには何か因縁があったようですが、それをこちらが考慮してやる理由はありません。

 

 というか、キャスターが三騎士の一角とタイマン張ってどうするんですか。

 

 勝ち目なんて(ほとん)ど無いでしょうに。

 

 肩を落としたキャスターを引き連れて洞窟に足を踏み入れると、生き物の腸のような生臭い臭いが鼻を突きました。

 

「くちゃいぞー」

 

「うぅ……気持ち悪い」

 

「二人とも、これで鼻と口を押えて息をしなさい」 

 

 子供達が鼻声で不満を漏らしていると、兄上がスーツの胸ポケットからハンカチを二つ渡していました。

 

 あれは姉上が作った対毒抗呪のガスマスクとして使用できる礼装ですね。

 

 他にもオルガマリーやリツカ達も鼻を抑えていましたが、私にとっては慣れたもの。

 

 敗北してから解呪されるまでずっと嗅いでいた匂いですので、お陰でイライラが治まりません。

 

 そうしてズンズンと進んでいくと、穢れた空気の中で(そびえ)え立つ巨岩のような大聖杯、そしてその前に立つ漆黒の騎士の姿が目に入ってきました。

 

「そんな……ッ!? こんな極東に超級の魔力炉があるなんて!」

 

「ふーん。ここのはまだ目玉のナマモノにはなってないんだな」     

 

 驚愕の声を上げるオルガマリーをよそに、兄上が興味深げに大聖杯を観察しています。

 

 たしかに表面が少し紫に変色している程度なので、汚染の深度はかつての冬木よりも格段にマシなようです。

 

 問題は剣を地面に突き立ててこちらを睨みつけている黒騎士でしょう。

 

「ほう……星見台の者達だけかと思えば、随分と珍しい輩もいるではないか」

 

「テメェ、しゃべれたのかよ!?」

 

 肌がヒリつくような殺気の中、黒騎士……セイバーの紡いだ言葉にキャスターが噛み付きます。

 

 どうやら、聖杯に汚染されてからあの女は言葉を発しようとしなかったみたいですね。

 

「監視の目が何処にあるのか分からん以上、案山子になるのが最善手だったのだ。しかし盾の騎士に異なる私か。他にも妖精郷からの珍客もいるようだな」

 

 一目でこちらの陣営の詳細を見抜いたセイバーは人形染みた顔に冷たい笑みを浮かべます。

 

 はい、この時点で私の堪忍袋は限界です。

 

 目の前で自身の失敗の象徴が動くのが、これほど精神的ダメージが大きいとは思いませんでした。

 

 アサシンに負けたという屈辱やシロウを手に掛けた罪悪感が、もう頭の中をグルングルン回ってます。

 

 このままでは一か月ものニートライフを得てようやく回復した私のSAN値が、またゼロになるじゃないですか!

 

 セイバーの発言にカルデアの面々が口を開こうとしましたが、それより先に私は奴の前に立ちました。

 

「皆さん、ここは私一人に任せてもらいます。ぶっちゃけ、これ以上コレを見ているのは我慢なりません」

 

「一対一とは大きく出たな。聖杯を手にし、無尽蔵の魔力を持つ私に勝つつもりか?」

 

 両手の聖剣に魔力を通しながら睨みつける私を、セイバーは思いっきり鼻で笑いやがりました。

 

 というか、あれって完全にこっちを馬鹿にしてますよね。

 

「笑わせるな。如何に無尽蔵の魔力源を持とうとも、私の技量では宝の持ち腐れに過ぎん。───来るがいい! 私の虚像(黒歴史)は私の手で打ち壊す!!」

 

「笑わせる。砕け散るのは貴様の方だ!!」

 

 全身から闇色に染まった魔力を立ち昇らせたセイバーは、まるで砲弾のような速度でカッ飛んできました。

 

 大空洞の天井から壁面までを削り取りながら、大上段から降り注ぐ聖剣を基にした魔力の刃。

 

 それを紙一重で躱すと奴の身体は一瞬ですが前のめりに傾きます。

 

 そこに左に構えたエクスカリバーを振り抜けば、黄金の光を宿した切っ先は奴の肩当を弾き飛ばして中の肉を抉りました。

 

「チッ……」

 

 舌打ちと共に後方に下がろうとするセイバー。

 

 しかし、それをみすみす見逃すほど私は甘くはありません。

 

 こちらも黒の聖剣に圧縮していた魔力を開放して奴の後を追うと、諸手に構えた二刀を使って連続攻撃を放ちます。

 

「……ッ、猪口才(ちょこざい)な!」

 

 毒付きながらも再びセイバーの身体から莫大な魔力が吹き荒れました。

 

 こちらが放とうとしている左の斬撃に合わせて、振りかぶられる黒の聖剣。

 

 インパクトの瞬間にエクスカリバーを持つ左手を脱力させて相手の力に逆らわずに受け流すと、やはり自身の生み出した勢いを殺しきれずにセイバーは体勢を崩しました。

 

 当然その隙を逃す愚を犯すつもりなどなく、弾かれた勢いを殺す為に一回転した私はそのまま黒の聖剣を振り抜きます。

 

 遠心力と圧縮魔力に寄る加速を得た闇色の刃はセイバーの脇腹に食らい付き、自身と同色の装甲を突き抜けて肉へと喰らい付きました。

 

 次の瞬間、甲高い金属音と衝撃波を伴って吹き飛ぶセイバー。

 

 空中で体勢を整えたものの、勢いを殺すべく地面に突き立てた剣が描いた軌跡の横には、赤く濡れた線が平行に敷かれていました。

 

 半ばまで刀身が地面に埋まった剣を支えにした奴は倒れることこそなかったものの、その息は荒く脇腹から流れる鮮血は漆黒の鎧を紅く染めています。

 

 もっとも、過剰な魔力供給は奴の身体に異常ともいえる治癒能力を齎しますので、あれも直に消えるでしょう。

 

「おのれ、よくも……ッ!」 

 

 怨嗟の声と共にこちらに向けられる鈍い金の瞳には、怒りと負けん気、そして僅かな気後れが宿っているのが見て取れました。

 

 聖杯を手にし、おそらくはあの強大なバーサーカーすらも叩き伏せた最大出力の魔力放出。

 

 それを物ともせずに切り返されたのは、やはりショックなのでしょう。

 

 しかもそれが同じアルトリアならば尚更です。

 

 相手を甲冑ごと叩き斬る剛剣を基本スタイルとしている私達がぶつかり合えば、通常勝つのは単純に力が強い方の筈なのですから。

 

 もっとも、件の魔力放出こそがあのセイバーの弱点なのです。

 

 私も前回の聖杯戦争で経験したから分かるのですが、サーヴァントの身で過度の魔力を与えられるのは本当に辛い。

 

 無尽蔵と言えば聞こえはいいですが、おつむが空っぽの聖杯はこちらが魔力を1%使おうと10%使おうと、常に100%を供給してきます。

 

 そんな真似をされては当然余剰分が発生しますし、過度の余剰魔力が体内を巡ればそれは肉体への負担にしかなりません。

 

 だからこそ、戦闘が無い時には魔力を使わなくていいように影の中にいたし、戦闘になれば余剰分を少しでも減らす為に魔力放出も限界まで引き上げる必要がありました。

 

 ですが、そうなれば今度は私の身体が出力の反動について行けなくなってしまいます。

 

 魔力放出は瞬間的に身体能力を爆発的に高めるスキルですが、私達の身体は未だ15歳の女性の物。

 

 戦闘時の激しい動きから生じる反動を抑えるには決定的に身長と体重が足りません。

 

 先ほどから一太刀振るう度にセイバーが晒している隙は、まさにそれが原因。

 

 この欠点が致命的と判断したからこそ、兄上は私に体捌きや歩法を教え込んだのです。

 

 反動を押さえつけるのではなく利用する事で、隙を打ち消しながらも次の攻撃の布石とする為に。

 

 そこまで考えた私は、奴に気づかれないようにため息を吐きました。

 

 二度しか刃を交えていませんが、後の事を考えない脳筋全開の大振りを見るにセイバーは過去の私ではないようです。

 

 私が聖杯の泥に侵された時も太刀筋から何から酷いモノでしたが、一度振っただけで体が泳ぐようなダメっぷりはさらしていません。

 

 過ちを犯した過去の自分をぶっ飛ばすという、ある意味で人類の夢を実現できるかと思ったのですが、そう上手い話はないものですね。

 

 とはいえ、ここまで来たのならば途中で投げ出すわけにはいきません。

 

 ビッグマウスを叩いた以上は、しっかりと結果を残す事にしましょう。

 

「そんな無様な剣では私の首は取れないぞ、セイバー」

 

 言葉と共にニヤリと笑みを浮かべてやれば、セイバーの身体から発する殺気が一気に膨れ上がります。

 

 ずいぶんと煽り耐性が低い、あれでよくストレスマッハな王様業などやれたものですね。

 

「良く吼えた。ならば、我が魔竜の咆哮を凌ぎ切ってみるがいい!!」

 

 怒声と共に体を起こしたセイバーが聖剣を脇に構えると、奴の身体から立ち昇っていた魔力がドンドン黒い刀身に収束されていきます。

 

「卑王鉄槌、極光は反転する。光を呑め! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!」

 

 ……奴の聖剣の真名開放を聞いた瞬間、私の中にある堪忍袋の緒が切れる音が確かに聞こえました。

 

 こんなバッチい聖剣に、なに姉上の名前付けとんじゃい、あのアマッッ!!

 

「引っ掛かったな、アホがッ! 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!!」

 

 怒りの叫びを代価に聖剣の鞘を真名開放して迫り来る黒い極光を防ぐと、そのまま結界を維持しながら黒の聖剣の圧縮魔力を全開にして間合いを詰めます。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!!」

 

 そして打ち終わりの隙を晒すセイバーに、刀身に全エネルギーを収束させた近接戦用『約束された勝利の剣(B)』を袈裟斬りで叩き込んだのですが、血飛沫を上げながらもセイバーはその場で踏み止まりました。

 

 無尽蔵の魔力に物を言わせた魔力放出は、聖剣の一撃にも耐えうるタフネスを奴に与えたようです。

 

 よく考えれば、私の時もバサクレスの猛攻に耐えることが出来ました。

 

 あの暴力の嵐を凌げるのですから、聖剣の一太刀程度では刈り取れなくても不思議ではありません。

 

「まさか、その鞘を持っているとはな。だが貴様の反撃もここまでだ」

 

 顔の半分を血に染めながら、黄金の眼でこちらを睨みつけるセイバー。

 

 その手には急速に魔力を充填している黒の聖剣の姿があります。

 

 ですが、まだ甘い。

 

 次の瞬間、鞘の代わりに私の右手に握られているモノを見て、セイバーは驚愕に目を見開くことになります。

 

「馬鹿な、それは───」

 

「何時から私がセイバーだと錯覚していた?」

 

 息を呑む奴の腹に突き刺さる最果ての槍。

 

 血反吐を吐きながらくの字に折れるセイバーを見据えながら、私は最後のダメ押しを放ちます。

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 真名開放によって聖槍から放たれた暴風は貪欲に獲物を飲み込み、セイバーは悲鳴を上げる事もなく大空洞の天井を突き抜ける竜巻の中に消えていきました。

 

「我が『アーサー三連殺』は不敗の奥義、この技から逃れた者は過去に一人しかいません」

 

 両手に構えた剣と槍を血振りしながら、格好をつけてみました。

 

 久々の実戦ですし、過去の私ではないとはいえ似たシチュエーションで黒いアルトリアをぶっ飛ばしました。

 

 これで苦い思い出も軽減されると思うと、テンションだってアガるというものです。

 

 それに『アーサー三連殺』の性能がいいのも事実ですしね。

 

 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の性能が他の防御系宝具よりも頭一つほど頭抜けてますから、初手を取るも良し相手の宝具にカウンターを合わせるも良しと汎用性も高いのです。

 

 まあ、逃れた一人が本来のターゲットだったというのは締まらない話ですが。 

 

 勝負も決したので晴れ晴れとした気分のままに皆を見てみると、何故か兄上の姿がありません。

 

 声を掛けてみても、誰も兄上がいなくなった事に気付いていなかった様子。

 

 何かあったのかと周りを見回していると、大聖杯の(かげ)から出てくる兄上の姿が見えました。

 

「兄上、どこにいってたんですか! というか、その手に持っているケースは?」

 

「大根の肥料」

 

 こんな時でも本業に勤しむ兄上ェ……。


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