剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、FGOの続きでございます。

 皆さんのビームへの期待と第一特異点への気遣い、しかと受け止めました。

 このような結果になりましたが、楽しんでいただければ幸いです。

 


剣キチが行く人理修復日記(5)

 今だから白状するが、このアルガはブリテン時代からビームに憧れていた。

 

 一剣術家としての視点で見れば、聖剣の極光に見るべきものはない。

 

 発射まで溜めが必要なので出は遅く、撃ち終えた後は隙だらけで大きくスタミナを削られる。

 

 さらには撃ってしまえば標的の選別はできないし、射線上に与える被害も馬鹿にならないので本来の用途である広域殲滅にも状況を限定される。

 

 なにより極光は聖剣の性能の一つであり、使用者の技量ではない時点で評価に値しないのだ。

 

 だからこそ、剣の腕を上げる事に血道を上げていた当時の俺は聖剣などに見向きもしなかった。

 

 しかしである、俺だって男の子。

 

 実用性など度外視して、ビームを撃ちたいという浪漫くらいは持ち合わせているのだ。

 

 妹や息子がストレス解消と言わんばかりにブッパするのを見ながら、心の奥底にそんな願望を隠して過ごすこと幾星霜。

 

 ついにこの時がやってきた。

 

 思えば、この人理修復にいつものナマクラではなくアロンダイトを持ってきたのは運命だったのだろう。

 

 敵は第一特異点の黒幕である魔女が率いる邪竜の群れ、初ビームの相手に不足はない。

 

 込めるは手足を走る三陰三陽十二経、そして全身にある654の経穴を巡る事で練り上げた内勁。

 

 抜き放つ刃は因果の断裂に届き、三度生まれ変わった無毀なる湖光は蒼い光を帯びる。

 

 さあ、今こそ大願成就の時!

 

「アロンダイトォォッ! ビィィィィィィィィィムッ!!」

 

 魂の叫びと共に居合の要領で鞘走ったアロンダイトを一閃させる。

 

 甲高い金属音と共に奔る刃。

 

 しかし、蒼い軌跡を描いて振り抜いた剣からは極光が放たれる事はなかった。

 

「…………おや?」

 

 抜刀の余韻は消えて冷たい沈黙が辺りを支配する中、茫然と言葉が我知らず口から零れた。

 

「な……何をするかと思ったら……なにがアロンダイトビームよ、何も起こらないじゃない!!」

 

 黒竜の首の後ろに隠れていたジャンヌの言葉に我に返った俺は、素早く剣を構えなおす。

 

 あれだけやらかしといて不発とか格好の悪いことこの上無いが、今はそんな体裁を気にしている場合ではない。

 

「バーサーカー、アヴェンジャー。すまん、しくじった」

 

「その…なんだ。気にするな、マスター」

 

「そーそー。旦那なら世界をぶった斬るとか普通にやりそうだからな。不発に終わったのは逆に御の字だぜ」

 

 苦笑いと共にエイリーク殿が血色の斧を肩に担ぐと、アンリ・マユも両手に牙のような刃を持つ短剣を構える。

 

 憤死ものの醜態を晒したにも関わらず、罵るどころかフォローを入れてくれる我がサーヴァント達。

 

 その心遣いには涙が出そうである。

 

「くだらない真似をして私を苛つかせた罰です。ワイバーン共の餌になりなさい!!」

 

 ジャンヌの号令によって一斉に声を上げるワイバーンの群れ。

 

 それを迎え撃たんと調息を始めた俺は、異様な光景を目にすることとなった。

 

 ワイバーン達の背後に広がる蒼穹に黒い線が走ると、ズルリと線に沿って景色がズレたのだ。

 

 雲は形を保ったまま、ワイバーンは首や身体が両断されたまま羽ばたき、黒竜は頭の半分が体から離れても瞬きを続けている。

 

 我が目を疑うような有様に息を呑んでいると、今度は黒い線を中心にして空へと亀裂が走った。

 

 そしてガラスが割れるような甲高い音を立てて空が砕けると、外側から吸い上げられるように亀裂に沿って肉片となったワイバーンや黒竜を伴って空は捲り取られてしまった。

 

 抜けるような蒼にポッカリと開いた巨大な洞、その先に広がっていたのは果ての無い宇宙だった。

 

 無限の星々が散らばる黒の深淵から溢れた光を浴びた俺は、白く染まった世界の中で様々なモノを見た。

 

 忍者に生まれ吸血鬼の長と戦う俺がいた。

 

 呪いを受け入れ、冬木の町を蹂躙する俺がいた。

 

 ほかにも宇宙を舞台に闘争を繰り返す、進化の具現たる三位一体の鋼の赤鬼。

 

 世界の深淵で眠りを貪る宇宙より巨大な赤ん坊のようなナニカ。

 

 さらには其の宇宙全てを見下ろす巨大な二対の瞳。

 

 そうして一瞬であるが永い旅路の果てに、俺は全てを理解した。

 

 宇宙とは、生命とは、進化とは、そして俺が何故剣を極めんとするか。

 

 そう、全ては──────────

 

 ・

 

 ・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・

 

「はうあッッッ!?」

 

 奇声を上げながら我に返ると、穴はもちろん空に走っていた亀裂も綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 今のはいったい何だったのか?

 

 なにかとてつもない真実を知ったような気がしたのだが、その(ほとん)どがドワォ!という音と『まだ早い』という声と共に、(かすみ)のように掻き消えてしまった。

 

 憶えているのは異世界の俺の様子と鋼の赤鬼やビッグ赤ん坊、そして宇宙を見下ろす瞳のビジョンのみ。

 

 今、思い出しても震えがくる。

 

 あれは化け物なんて言葉すら生ぬるいナニカだった。

 

 奴等に比べたら、水晶蜘蛛もミジンコ以下でしかないだろう。

 

 小さく息を付いて強張った身体を(ほぐ)すと、俺は辺りを見回した。

 

 先ほどの出来事が幻でない証のように、黒竜をはじめとする空を覆っていた竜の群れは消え去っていた。 

 

 統率していたジャンヌ・ダルクは草原に身を横たえている。

 

 あれに巻き込まれたにも関わらず命があるとは、豪運と言っていいだろう。

 

 こちらのサーヴァントだが、背後からちゃんと気配を三つ感じ…………ん、三つ?

 

「なあ、旦那」

 

「アヴェンジャー、無事だったんだな」

 

「無事って言っていいのかね、これ。なんかオレ、階位上がっちまったんだけど」

 

 何時もの人を食った態度はどこへやら、アンリ・マユは顔を引きつらせながらそう口にした。

 

「階位? ロマニ医師が言っていた霊基再臨とかいうのじゃなくてか?」

 

「そっちは召喚術式で削いでいたサーヴァントの本来の力を取り戻すもんだから全然違う。簡単に言うと英霊から神霊に近づいちまったんだよ。……つーか、どうなってんの、これ? オレって見立ての代替品で、ただのパンピーだったはずだよな」

 

 ついに頭を抱え始めたアンリ・マユ。

 

 そういえば奴を覆っていた黒い影が晴れているし、奴の体自体も12、3歳の大きさから15歳程度まで成長している。

 

 褐色の肌に奔る紋様や頭に巻いた赤い布、そして腰巻と衣装に差はあるけれど、その姿は冬木で蛮勇を振るっていた並行世界の俺と思われる少年にそっくりだ。

 

 なるほど、召喚した際に奴が言っていた相棒云々は正しく真実だったようだ。

 

「あー、それで階位ってのが上がった事で弊害があったりするか?」

 

「いんや。能力は軒並み上がって宝具も一つ増えたけど、聖杯の中にいた時みたいな呪いで周囲を汚染するとかはねーと思う」

 

「ならいいや。つーか、今は難しい事は考えたくない」

 

「そりゃそうだろうよ。あれだけの情報に触れたら、人間はおろか英霊だって発狂間違いなしだからな。あれって■■■■よりよっぽどヤバい代物だぜ」

 

「だったら、お前はなんで平気なんだよ」

 

「これでも一応は『この世全ての悪』だからな。狂気とかヤバい知識とかには普通より耐性があるんだよ。ところで、おっさんはどうなった?」

 

「そうだ。バーサーカー、大丈夫か!?」

 

「心配いらぬ。いかに異界の(ことわり)であろうと(わたくし)の夫を壊すことなぞできはせん」

 

「いや、耐えられないと判断した場合は狂化して流しただけなのだが……」

 

 聞き覚えのない声に振り返ってみれば、エイリーク殿の横には黒いドレスを(まと)った金髪蒼眼に抜けるように白い肌を持つ美女が立っていた。

 

 彼女が先ほど首をかしげる原因となった三人目の気配で間違いないだろう。

 

「ドナタ様デスカ?」

 

「其方も魔女を伴侶に持つ者であろう、そのように間抜けな顔をするでない。モル子が泣くぞ?」

 

「紹介しよう、私の妻だ。どうも先ほどの変事を感じ取って、座から駆けつけてくれたらしい」

 

 思わず片言となってしまった問いを呵々(かか)と笑い飛ばす女性。

 

 どうやら彼女が姉御の友達である魔女グンヒルド・ゴームズダターらしい。

 

「どうも。姉御……じゃなかった、嫁がお世話になってます」

 

「よいよい。モル子は我が先達にして同好の士、世話になっておるのはこちらの方よ。しかしモル子から非常識と聞いていたが、其方(そなた)はまさにその通りであるな。よもや世の理を飛び越え、異界の扉を切り開くとは思わなんだぞ」

 

「いや、完全に偶然なんだけどね……」

 

「そうであってもらわねば困る。意図してやられたのでは世界の方が保たんだろうしな。ところでマスター、君に告げねばならん事があるのだ」

 

「さっきの事で何か悪影響でも?」

 

「そうではなくてだな……その妻が先ほどの異常を利用して、彼女と私を受肉させてしまったのだ」

 

「ほう」

 

「モル子が懐妊したと聞いてから私も子が欲しいと思っておったのだ。だがしかし子を産むとなれば座では叶わん、どうしても肉の身体が必要となるでな。そこで先の変事で溢れた魔力を利用させてもらったのよ」

 

 なるほど、姉御レベルの魔術師なら、第四次聖杯戦争のライダーのように魔力リソースさえあれば受肉は可能だろう。 

 

「つーか、おっさんはいいとして、オタクはどうやってあの狂気から逃れたんだよ。真っ当な英霊だと耐えられ───あばばばばばばばっ!?」

 

「誰をおっさん呼びしておるか。名前に敬称をつけよ、不敬者め」

 

 話の途中で浴びせされたグンヒルドさんの電撃に悲鳴を上げるアンリ・マユ。  

 

 感電で骨が透けて見えるとか、ずいぶんと古典的なリアクションである。

 

「今のままで構わんさ。同僚にまで敬称で呼ばれては落ち着かん」

 

「……ふん。旦那様がそう言うのであれば、特別に不敬は目を(つむ)ってやる。それと先の質問だが、あの程度の狂気や情報なぞ何するものか。私はすでに旦那様の愛に狂うておるからな!」

 

「アッハイ」

 

 ドヤ顔でそう言い切るグンヒルドさんに、アンリ・マユは気の抜けた声でそう答えた。

 

 彼女が手加減しているのもあるだろうが、それにしたってあの電撃を受けて無傷とは最弱の英霊を自称しているわりに頑丈な奴である。

 

「マスター。我々の事はこの辺にして、竜の魔女の様子を確認した方がいいのではないか?」

 

「そうだな」

 

 ヤバい、言われるまで忘れてたわ。

 

 さっきの一件で脳の稼働率がかなり落ちているみたいだ。

 

 気を入れ直さないとまたポカしかねんぞ、こりゃ。

 

 軽く両頬を張って喝を入れた俺は、皆を引き連れてジャンヌが倒れている場所まで足を運んだ。

 

 幸いなことに奴は未だ意識を取り戻していないようで、こちらが近づいても身動き一つ取ろうとしない。

 

「あ…ああ……あああ………。同人……締め切り………。ゲッターは……白いのと私とチビ……三人揃わないと真の力を……。……ダメよ、ジル。触手を材料にしたら……もうゲッターじゃない……ただのメタルビースト……」

 

「これはもうダメだな」

 

 白目を剥きながら意味不明なうわ言を口にするジャンヌに、容赦ない判定を下すグンヒルドさん。

 

 まあ、よだれと鼻水垂れ流しでカタカタとヤバい痙攣(けいれん)を続けている現状では、そう判断されても仕方あるまい。

 

 敵とはいえ、年頃の娘にとってあまりにも痛ましい姿に俺とエイリーク殿は顔を(しか)める。

 

 そんな俺達をよそに、アンリ・マユは苦痛と狂気に歪んだジャンヌの顔を興味深げに覗き込み、グンヒルドさんは魔術によって拘束した後で相手の身体を調べていく。

 

 こちらとしてはとっとと片づけた方がいいと思うのだが、ジャンヌの言葉が真実であればそうもいかない。

 

 彼女がこの特異点の中心だとすれば、裏で糸を引くソロモン王という黒幕の手札を探るためにも極力情報は引き出しておくべきだろう。

 

 そうしてしばらく様子を見ていると、グンヒルドさんがジャンヌに(かざ)していた手を戻して腰を上げた。

 

「もうよいぞ。あとは煮るなり焼くなり────」

 

 彼女の言葉が終わらぬうちに、ジャンヌの周りに濃密な瘴気が渦巻き、甲高い奇声と共に青紫色のヒトデのような触手が生えてきた。

 

「うおっ、グロ!」

 

「グンヒルド!」

 

 アンリ・マユが感想を漏らす中、寸でのところで触手に巻き込まれかけていた細君を救い出すエイリーク殿。

 

「グンヒルド、怪我はないか?」 

   

「すまぬ、旦那様。彼奴の記憶を消す作業に夢中になって足元まで注意を払っておらなんだ」

 

 夫の腕の中で小さく舌打ちをするグンヒルドさん。

 

 皆が警戒する中、続いて現れたのは複数のサーヴァントの気配だ。

 

 しかし奴等は姿を現すことはなく、代わりにこちらを襲ってきたのは次々と地面から生え出る赤黒く染まった無数の杭だった。

 

「やべっ、やべぇって! 死ぬ! 死んじまう!?」

 

「こいつは……!」

 

 情けない声を上げながらも両手の短剣でしっかりと攻撃を切り払うアンリ・マユ、あの夫婦の方はエイリーク殿が斧を盾にして凌いだようだ。

 

 連れの無事を確認した俺は地を蹴ると、軽身功で宙を舞う杭の破片を足場にサーヴァントの気配へ迫る。

 

 俺の記憶が正しければ、こいつを使っていたのはルーマニアで出会った黒のランサー『小竜公』ヴラド三世だ。

 

 あの聖杯大戦では奴の能力を詳しく知ることはできなかったが、場所を構わずに無限に生えるあの杭は厄介である事は分かる。

 

 仲間の安全の為にも早々に始末せねばなるまい。

 

 杭から舞い上がった塵へと足場を変えて宙を駆けると、先ほどの場所から500mほど離れた小高い丘にランサーの姿を発見した。

 

 距離を詰める間も惜しいと次元斬の構えを取るも、それはこちらの動きを先んじて放たれた『意』によって中断せざるを得なかった。

 

「Aaaaaaaargaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 狂気と怨嗟に塗れた声と共に一瞬前までいた場所を貫いたのは、亜音速で飛ぶ弾丸の群れだった。

 

 耳を(つんざ)く虫の羽音のようなモーター音はガトリングガンと見て間違いない。

 

 剣と魔法のファンタジーな世界観に、なんつーもんを持ち出しやがる!?

 

 舌打ちを漏らしながら、俺は相手との距離が離れるのを承知で射線から逃れる。

 

 使っている銃のメーカーは分からないが、ガトリングガンである以上は毎分に吐き出される弾丸の数は4000発に迫るだろう。

 

 さすがの俺もそんな代物が相手では分が悪い。

 

 ─────そう思っていた。

 

 しかし、いったん調息と共に精神を落ち着けてみれば『意』はもちろんのこと、バラ撒かれた弾の軌道や弾丸そのものまで捉えることが出来たのだ。

 

 思わぬことに呆気に取られるのもつかの間、ここが鉄火場であると思いなおした俺は意識を切り替えた。

 

 考えてみれば、ガトリングガンなんて重火器を相手にしたのは前世以来だ。

 

 あの時は体裁なんて気にする余裕もなくネズミみたいに逃げ惑うだけだったが、これも長年の研鑽による成果といったところか。

 

 鋭敏に弾丸の軌跡を捉える五感にイケると確信した俺は、眼前に広がる弾幕へ向けて宙を蹴った。

 

 距離によって集弾性が落ちた弾幕の中、吐き出された鉄が空を裂く音を聞きながら、俺はこの身を捉えるであろう弾丸のみを見定めて刀を振るう。

 

 最短にして最速、そして最大限の精密さによって奔る剣閃は、弾丸を切り払うのではなく刃を入り口に刀身を滑らせる事であらぬ方向へと導いていく。

 

 雲霞のように迫る膨大な殺意を、音を置き去りにして振るわれる聖剣と、時に襲い来る杭を盾にすることでやり過ごす。

 

 そうして鉄火の群れを突破すれば、眼下には槍を構えた串刺しの公王と漆黒の騎士の姿がある。

 

 此方の剣捌きであらぬ方向に飛び去ろうとする弾丸を足場に地上へと加速した俺は、まずはヴラド三世に向けて打ち下ろしの一撃を放つ。

 

 振り下ろされる刃を相手は槍で受け止めようとするが、それが悪手と読んだらしく寸でのところで背後に飛び去った。

 

 ギリギリで間合いを外された袈裟斬りが裂いたのは皮一枚のみ。

 

 勘のいいことだが別に構わない。

 

 先の一手はこちらの間合いへと奴等を引きずり込むことが目的だ。

 

「やはり飛び道具などでは征することは出来んか!」

 

 舌打ちと共に手にした槍を振るうヴラド三世。

 

 大地を踏み割るほどの踏み込みと共に胴へ放たれた突きは確かに速い。

 

 だが速度と威力に反してその技は以前見た時より荒く、なにより『意』が全く隠せていない。

 

 太刀打ちの部分に刃を当てて受け流すと同時に相手の力を利用してトンボを切った俺は、跳ね上げた槍を足場に後方へ跳ぶ。

 

 回転する視界で捉えるは黒く染まったガトリングガンを振り上げるフルプレートの騎士。

 

 天地が返ったままで放った鳳凰吼鳴の斬閃は円柱が束ねられたその銃身を容易く両断した。

 

 最も厄介な重火器を封じた俺は勢いのままに兜に覆われた頭部を足で挟み込むと、騎士の首を捻りながら地面に叩きつける。

 

 常人なら首がヘシ折れて頭が上下逆になるような技だが、やはりサーヴァントには通じんらしい。

 

 頭を振りながら立ち上がろうとする黒騎士の両手を水面蹴りで払い、体勢が崩れたところに一刀を叩き込もうと振りかぶる。

 

 しかし、その瞬間にアロンダイトの刀身を覆っていた蒼い光が陰りを見せたのだ。 

 

 一瞬頭を掠めた故障という考え、その隙を突く形で襲い来る頭上と足元からの『意』に、俺は黒騎士から間合いを離さざるを得なかった。

 

 こちらが飛びのいた後、一瞬前にいた場所には血色の杭の群れが牙を立て、さらにその先端は空から落ちてきた拷問具『鋼鉄の処女』を貫いている。

 

「王様、サーヴァントでもない男一人に二人して何を手間取っているのです!」

 

 苛立ちを隠そうとしない甲高い声に目を向ければ、際どいドレスに鋼鉄の拘束具を身に着け、目元を仮面で隠した妙齢の女がいた。

 

「戦場を知らぬ小娘が吠えるな! この男を仕留めるには二騎どころか、我ら全員でかからねばならぬわ!!」

 

「随分とあの男を買っていらっしゃるようですけど、この場はここまででしてよ」

 

「……小娘の回収は済んだか」

 

「ええ、あの騒がしい狂人が目玉が飛び出さんばかりに騒いでましたから。わかったら退きますわよ」

 

「承知した」

 

 女の言葉にうなずくと三騎のサーヴァントはその姿を消した。

 

 おそらく、霊体化してマスターの元へ向かったのだろう。

 

 軽く息を付いた俺は、今では問題なく蒼い光を纏っているアロンダイトの刀身に目を向ける。

 

 このアロンダイトMKⅢは込めた内勁に応じて聖剣のエネルギーを刀身に纏わせ、切断力と霊的攻撃力を上げる代物だ。

 

 しかし、あの時確かに聖剣のエネルギーが低下した。

 

 ランスロットに渡るまで守護してきたニニューさんが主導になって改造したこいつが、そうそう簡単に機能不全に陥るとは思えないのだが。

  

 …………やはりビームが悪かったのだろうか?

 

 一度メンテナンスしてもらった方がいいかもしれん。

 

 何となく不完全燃焼のまま元の場所に戻った俺は、怪我らしい怪我をしていない三人の姿に胸を撫で下ろした。

 

「援護に回れずに済まなかったな、マスター」

 

「サーヴァント置いて真っ先に突っ込んでいくとか、どっかの鉄拳代行者を思い出すなぁ」

 

「其方は一度『マスター』とは何たるかを勉強し直した方がよいのではないか?」

 

 状況的には間違ってないけど、その点については反省している。 

 

 というか、やっぱ俺にはマスターは向かんわ。

 

 仲間を戦わせときながら、自分は後方で大人しくしてるなんて絶対に無理だし。

 

「それは置いといて、ジャンヌは回収されちまったんだよな」

 

「まーな。奇麗な顔のセイバーに足止めされてる隙に、地面から生えた触手で連れ去られちまったよ」

 

「すまん、マスター」

 

 頭の後ろで両手を組んで不貞腐れたように顔をそむけるアンリ・マユと、素直に頭を下げるエイリーク殿。

 

「気にしないでくれ。責められるべきは真っ先にここを離れた俺だろうしな。しかし、この特異点のボスの身柄を抑えられなかったのは少々痛いな」  

 

「まーな。あの嬢ちゃんは文字通り特異点の根幹だ、今回の件に持ち主が懲りたら前線に出そうとしなくなるだろうよ」

 

 俺の言葉に続いたアンリ・マユが、ジャンヌについて妙な言い回しをした。

 

「ほう、気づいておったか」

 

「もちろん。これでもオレ、聖杯経験豊富なんでね」

 

「グンヒルド、何に気付いたというのだ?」

 

 二人の会話に付いていけない俺に代わってエイリーク殿が問いを投げると、グンヒルドさんはその形の良い唇を二ヤリと釣り上げた。

 

「簡単な事だ、旦那様。あの小娘はサーヴァントでも甦った死者でもない。何者かの願いを叶えた聖杯そのものという事だ」

 

 グンヒルドさんの言葉に俺は小さく息を飲んだ。

 

「聖杯? あの竜の魔女がか」

 

「そうだ。あれの頭部に超級の魔力炉心が眠っておったので間違いない。この特異点に存在する聖杯の所有者はジャンヌ・ダルクの信奉者か、もしくは強烈な憎悪を持つ者なのだろうな。何せ聖杯に掛けられた願いは『裏切られた事で信仰心を失い、神とこの世全てに憎悪する復讐者のジャンヌ・ダルク』を生み出すことなのだから」

 

 なるほど。

 

 聖女と言われたジャンヌ・ダルク、その非業の死は有名だ。

 

 そんなジャンヌの信奉者ならば、彼女を魔女として葬ったイギリスや謀略の餌としたフランスが許せないだろう。

 

 それ故に復讐に燃えるジャンヌを生み出して、フランスを滅ぼそうとしていると考えれば辻褄が合う。

 

 逆にジャンヌ・ダルクを恨んでいる者なら、竜の魔女が暴虐を振るえば振るうほど聖女としてのジャンヌ・ダルクの名は失墜する。

 

 考えや動機は両極端だが、双方共に明確なメリットはある。

 

「そこまで奴の事を解析しているという事は、君の事だから呪いの一つでも植え付けているのでは?」

 

「それはできんよ。あの聖杯は相当な腕の術者が作成したものだ、さすがの私もそれに呪いを仕込む事は無理がある。下手にそんな真似をしようものなら、願望器は呪いの壺に化けてしまうだろうさ」

 

「冬木のクソ壺みたいにな。んな事になったら、このフランスは火と呪詛の海まっしぐらだぜ?」

 

 グンヒルドさんの言葉に便乗して悪い笑みを浮かべるアンリ・マユ。

 

 さすがは大聖杯をナマモノに変えた原因、その言葉の説得力は絶大だ。

 

「旦那様、私が精査と共に奴に施していたのは記憶の消去なのだ」

 

「記憶を消した? 何故だ」

 

「奴は願いを叶えているとはいえ万能の願望器たる聖杯。あの時に開いた異界の理を憶えていた場合、どのような災厄を引き起こすか分かったものではないからだ」

 

 つまりは俺のケツ拭きですね、いやホント申し訳ない。

 

 同行してる面々に(ことごと)く迷惑を掛けたうえにこの始末では、いくら何でもビームは封印せざるを得ないだろう。

 

 アロンダイトも調子が悪くなるし、こればかりは仕方がない。

 

「それでどうするのだ、アルガ殿。呪いは無理だったが、相手の位置を特定する目印は仕込んでおいた。その気があるなら追跡も可能だが?」

 

「いや、それよりも他のメンツと合流したい。子供達もいるから心配だ」

 

「とはいえ、他の奴らがいる場所に当てなんて無いだろう、旦那?」

 

「おう。というか、フランスの地理自体さっぱりだから、ここが何処かもわからん」

 

「……前途多難だな」

 

 ぽつりと呟いたエイリーク殿の言葉が地味に痛かったです。

 

 あれから人の気配をたどって街を探すことしばし。

 

 ようやく俺達はリオンという街に着くことが出来た。

 

 現地人に遭遇できたことは幸いなんだが、町は何者かの襲撃を受けたようで瓦礫や怪我人、さらには死体が道路まで広がっている。

 

 そんな中を少々特異な格好であるエイリーク殿やアンリ・マユを連れているのだ、町人から奇異の目で見られるのは当然といえよう。

 

 ぶっちゃけ、町人を呪殺しようとするグンヒルドさんを抑えてくれているエイリーク殿には頭が上がりません。

 

 道中で服を確保できなかった件も含めて、後で愚痴はしっかり聞こうと思います。

 

 さて、こんな騒動が起こるのを覚悟のうえでこの街に入ったのは、特異点最初の町というほかにも理由がある。

 

 この街の中にはサーヴァントがいるのだ。

 

 感じる気配が2騎なうえ、同行している人の気配がない事を思えばモードレッド達の可能性は低い。

 

 しかし、それでも現地のサーヴァントに接触するのは十二分に価値がある。

 

 それが敵でも味方でもだ。

 

「そこを行く方々、少しよろしいかしら?」

 

 町へ入って半刻、ようやくお目当ての存在がこちらに掛かってくれた。

 

 例の一件の所為でサーヴァントたちが霊体化できなくなった事をおして、街中を練り歩いた甲斐があった。

 

「なにか?」

 

 振り返った先にいたのは、赤い帽子から白銀の髪を垂らし、同色のドレスを着た14歳程度の少女だ。

 

 その身から発せられる気品と優雅さから、彼女が高貴な身分であることは間違いないだろう。

 

「一つお尋ねしたいのだけど、貴方達はサーヴァントで間違いないかしら?」

 

「そうだ。そういう貴女も同じなんだろう?」

 

「ええ。私はマリー、マリー・アントワネット。この国を護る為にここにいるわ。────貴方達はどうなのかしら?」     




 剣キチ宝具『世界斬りEX』

 ドワォする。

 相手は耐性なければ高確率で発狂、一定確率で虚無る。

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