剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 私用でバタバタする中、なんとか完成させえる事ができました。

 期首・期末はやはり忙しいものです。

 この話をアップしたら、大奥に潜るんだ……。


剣キチが行く人理修復日記(10)

 肉を穿(うが)つ音と鉄錆の匂い。

 

 串刺し公とクランの猛犬、国も時代も違う英雄の激突の最後を飾ったのはその二つだった。

 

「────口惜しいものよ」

 

 言葉とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべる口元。

 

 そこから流れた一筋の紅が、蝋のように白い肌へ一筋の色を残した。

 

「余の槍では生粋の戦士たる其方には届かぬか」

 

「よく言うぜ。一撃で肩ごと左手を持って行っといてよ。だが───」

 

 彼等の言葉が表す通り、彼の放った一閃はクーフーリンの急所を捉えていなかった。

 

 それに対して、蒼の猛犬が振るった紅い牙は狙い違わずヴラドの心臓部にある霊核を穿ち抜いている。

 

「その心臓、確かに貰い受けた。この勝負、俺の勝ちだ」

 

 クー・フーリンが右手で槍を引き抜くと、彼の左肩を骨まで食い破っていたヴラドの槍もまた血の糸を引いて肉を離す。

 

「感謝するぞ、クランの猛犬よ。あの時とは違い、余は最後まで人のまま消える事が出来る」

 

「俺に礼を言うくらいなら自分を褒めな。この結果はアンタが狂化を身の内に抑え込んだからこそだ。例の化け物に成り下がっていたのなら、相応の扱いをしていたさ」 

 

 素っ気ないながらも相手を称えるクー・フーリンの言葉に、厳めしい顔が染み付いた串刺し公も破顔する。

 

「そうか。ならば、次に穂先を交えた時は容赦なく雪辱を果たさせてもらうとしよう」

 

「おう! 闘りたくなったら、何時でも来な」

 

 ニカリと浮かべた好敵手の笑みを土産にヴラドは姿を消した。

 

「いい戦いだったぜ、串刺しの大将。こういう勝負が続くのなら、召喚された甲斐があるってもんだがねぇ」

 

 左肩が半ば千切れかけているにも関わらず、蒼い槍兵は上機嫌で馬車へと踵を返すのだった。

 

 

 

 

 絶える事のない轟音と地響き、そして魔竜の怒号。

 

 三騎の英霊とファヴニールの戦いは、留まる事を知らずに周囲を巻き込んで過熱していた。

 

「■■■■■■■■■ッ!!」

 

 天へと向けて一声咆哮を上げる邪竜。

 

 彼が宿敵に向き直った次の瞬間、英霊たちはその巨大な口から青白い炎が漏れ出しているのを見て取った。

 

「ヤバッ!? あれって……!!」

 

「奴め、この至近距離でブレスを放つつもりか!!」

 

「二人とも下がれ! 奴の攻撃は俺が防ぐ!!」 

 

 目の前で収束していく膨大な熱量に慄く二人の前に出て、自身の愛剣であるバルムンクを構えるジークフリート。

 

 自身の怨敵が前に出るのを待ち構えていたように、ファヴニールは蓄積したエネルギーの全てを蒼い炎に変えて吐き出した。

 

 大気を揺るがす程の膨大な炎熱。

 

 人どころかビルすらも灰燼に帰す程の脅威を前に、竜殺しの英雄は正眼に構えた刀身に翠に宝具のエネルギーを蓄積しながら微動だにしない。

 

 着弾と共に、竜の劫火は天をも焦がさんばかりに猛り狂う。

 

 しかし、その脅威はジークフリートが立っている場所より後ろへは及んでいない。

 

 それどころか、地面すらもガラスのように溶け出す高温の中にあって、彼の影は剣を掲げたまま立ち続けている。

 

 炎の脅威がせき止められているのを確認すると同時に、減衰を始めた炎の脅威を振り切って飛び出したのはアタランテだ。

 

「ジークフリート! 汝の稼いだ時間、無駄にはせんぞ!!」

 

 一足ごとに爆発的な加速を得た彼女は、その自慢の敏捷性を活かして三次元機動から次々に弓を射る。

 

 ギリシャ神話最速の英雄たるアキレウスには及ばないものの、彼女とて健脚で鳴らした英雄だ。

 

 トップギアに踏み込めば、鈍重な巨竜では決して追いつくことは出来ない。

 

 そして彼女が手にしているのは、弦を引き絞る力が強ければ強いほど矢の威力が増す『天穹の弓』である。

 

 狩猟の神アルテミスより授かった神弓から放たれた射は、ファヴニールの強固な鱗を貫いて肉へと容赦なく鏃を突き立てる。

 

 しかし邪竜の巨躯からしてみれば、人や獣用の矢など針が刺したほどでしかない。

 

 通常の獣ならば全身に針が刺した痛みを味わえば怯みもするだろうが、彼女たちの前に立つのは怨敵を前に猛り狂う伝説の悪竜。

 

 十重二十重と射を重ねても、その暴虐を止めるには足りなかった。

 

 そこで出番が回ってくるのは聖女マルタだ。

 

 ジークフリートが人盾となっている間にアタランテとは逆の方向へと飛び出した彼女は、距離を取った純潔の狩人とは違い一気に邪竜の懐へと飛び込んだ。

 

 そうして竜の巨躯を支える足、その指に振るわれたのは手にした杖ではなく固く握りしめられた拳。

 

「ハレルヤッッ!!」

 

 低い軌道からのアッパースイングで放たれた一撃は鋭利な爪を割るだけに留まらず、鱗や骨も巻き込んでファヴニールの足の指を叩き潰したのだ。

 

 さしもの邪竜とて、これは堪らない。

 

 前傾姿勢を保っていた身体をのけ反らせ、大きく開けた口からは悲痛な声を漏らすファヴニール。

 

 その隙を虎視眈々と狙っている者がいた。

 

 マルタの騎竜であるタラスクである。

 

 聖書に記された巨大海獣リヴァイアサンの子である彼をして、眼前の邪竜は容易ならざる敵である。

 

 それ故に開幕の一撃以降は主人であるマルタの指示によって、彼は戦闘に参加せずに力を溜めていた。

 

 全ては勝利を確実に呼び込むために。

 

「行きなさい、タラスク!!」

 

「■■■■■■■■■ッ!!」

 

 マルタの声が耳に入るのとタラスクが大地を蹴ったのは同時だった。

 

 亀のような巨体からは想像もつかない程に飛び上がった彼は、頭部と四肢を甲羅に収めると飛翔に勢いに高速回転も加えて邪竜へと襲い掛かる。

 

 『タラスク(愛知らぬ哀しき竜よ)』 

 

 本来であればマルタが杖でタラスクを発射するのだが、正規とは違う形であっても鉄鋼竜が纏った速度に遜色はない。

 

 先ほどの主の一撃を模倣するかのように地面スレスレから跳ね上がる軌道を取ったタラスクは、狙い澄ましたかのように前傾姿勢に戻ろうとしていたファヴニールの顎をカチ上げた。

 

 強引に上下の顎を打ち合わされ、折れた牙が舞い散るのと同時に倒れ込むファヴニール。

 

 その巨体が生み出す地響きに合わせるように、未だ地表を踊っていた蒼炎が膨大な魔力によって吹き飛ばされた。

 

 その中心に立っているのは、翠の燐光を刀身に纏わせたバルムンクを掲げるジークフリート。

 

 晒した肌の中に所々火傷で赤くなった部分が見えるものの、彼の身体には致命傷となる傷は見当たらない。

 

 ジークフリートが邪竜のブレスの中で生き抜く事の出来たのは、彼が持つ二つの宝具の恩恵があってこそだ。

 

 まずは彼が持つ魔剣バルムンク。

 

 かつて眼前に聳え立つ悪竜を退けた剣の刀身を起点に真名解放寸前までチャージした魔力を展開することで、自身とその背後へ脅威が及ばないように疑似的な障壁として活用した。

 

 しかし本来の使い方のように魔力を収束発射するならともかく、広域を覆うように分散するのではとてもでは無いがファヴニールの吐く炎を防ぎきることは出来ない。

 

 彼の身体が蒼い劫火に呑まれたのがその証拠だ。

 

 だが、ここでもう一つの宝具が彼の命を繋ぐこととなる。

 

 『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)

 

 Bランク以下の攻撃や魔術を完全に防ぎきるだけでなく、その効果を突破された際もダメージを大きく減衰させる常時発動型の護りである。

 

 生前、ファヴニールを倒した際に浴びた返り血が原因で不死身の身体を得た逸話が基となった宝具だが、件の竜を相手にしても効果が相殺されることはなかったのは幸運と言えるだろう。

 

 誰に言われる事なく状況を把握したジークフリートは、バルムンクの柄を捻ってその内に隠された蒼い宝玉を露出させる。

 

 その所作が示すのは真名解放。

 

 かつて眼前の巨竜を抹殺した、この戦場におけるジョーカーと言うべきものだ。

 

「黄金の夢から覚め、揺籃から解き放たれよ────」

 

 解放された真エーテルが天を衝く中、未だ起き上がっていない仇敵を鋭い視線で刺すジークフリート。

 

 このタイミングならば、鈍重であるファヴニールは一撃を回避することは出来ない。

 

 そして彼の竜も伝説に括られている存在である以上、かつて命を刈り取った剣は間違いなく致命打となる。 

 

 勝利を確信した竜殺しが大上段に剣を振り上げようとした瞬間、横槍から現れたナニカが両手に絡みついた。

 

「なにっ!?」

 

 反射的に視線を落とせば、籠手に包まれた自身の手首に絡みついているのは深緑を基調にした毒々しい色を持つ触手だった。

 

「舐めるなよ、匹夫共ォォォォォォッ! 貴様らの思い通りになどさせるものかぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 昂った心のままに叫ぶのはバーサク・キャスターことジル・ド・レェであった。

 

 絡みついた触手を辿って彼の後ろに目を向ければ、巨大なヒトデを思わせる怪物・海魔の姿があった。

 

「クッ、おのれ……ッ!?」

 

 悪態を突きつつも何とか引き剥がそうとするジークフリートだが、見た目以上の伸縮性を持ち吸盤で籠手に吸い付いている海魔を離すことは出来ない。

   

「さあ、今ですジャンヌ! あの竜殺しさえ倒せばファヴニールを脅かす者はいません!」

 

「よくやりました、ジル」

 

 呪いというバーサク・キャスターの言葉に、ジークフリートは思わず身を固くした。

 

 リオンの敗北の折に、竜の魔女が持つ火力は身を以て知っている。

 

 万全の状態ならともかく、ファヴニールのブレスを受けた後では『悪竜の血鎧』といえど保たないかもしれない。

 

 竜の魔女が黒く染まった旗の先をこちらに向けると、彼女の背後に魔力で編まれた10本の剣が現れる。

 

「ジークフリート、貴方の幕はリオンで終わっているのよ。出番を終えた役者は────ゲフッ!?」 

 

 だが、次の瞬間には勝ち誇った顔で口上を述べていた魔女は、身体を右側へ『く』の字に曲げて吹き飛んでいった。

 

「ジャ……ジャンヌぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 キャスターの奇声が響く中、消えてしまった彼女に代わって現れたのはアタランテだった。

 

 邪竜が地に伏したのをこれ幸いと、彼女は一気に大将首を狙いに来ていたのだ。

 

「言ったはずだぞ、竜の魔女よ。貴様は吾の獲物だと」

 

 絶対零度の視線と共に魔女を蹴った反動でトンボを切ると、アタランテは空中で二本の矢を番えた弓を天へと向ける。

 

「二大神に奉る……。────『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 宝具の真名と共に放たれた矢は、翠の魔力を帯びて天へと消える。

 

 次の瞬間、天が返したのは魔力で編まれた無数の矢だった。

 

 破砕音を伴って降り注ぐ鏃の豪雨は起き上がろうとしていた邪竜を地面に縫い付け、キャスターが呼び出した無数の海魔を次々と射殺していく。

 

 竜の魔女とキャスターは海魔を身代わりにしたことで、寸でのところで命を拾う事が出来た。

 

 しかし増援として呼び出した海魔はその殆どが死に絶え、辛うじて残っている者も触腕や身体の一部が欠損するなど、まともに闘える状態では無い。

 

 そして、それは彼等の切り札の一つである邪竜の命脈が尽きた事を意味していた。

 

「今よ!」

 

「撃て、ジークフリート!!」

 

 マルタとアタランテの声を背に、ジークフリートは大上段に魔剣を振り上げる。

 

「邪竜、滅ぶべし!────『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 渾身の力を込めて下ろされた切っ先から放たれた魔力流は、大地にその跡を刻みながらいとも容易く邪竜の身体を飲み込んだ。

 

 

 

 

 アルトリアの振り下ろした聖剣の刃は、ランスロットの左肩から入って右脇腹から抜けた。

 

 臨界寸前の魔力の込めた刀身を相手の急所へと叩き込む近接戦闘用の真名解放。

 

 『縛鎖全断・過重湖光』のエクスカリバー版と言うべき一撃は、ランスロットの命を絶つには十分すぎる代物だった。

 

 仰向けに地面へ倒れた奴の傷は打ち込まれたエネルギーの暴走によって、内側から半ば破裂したようになっていた。

 

 それはかつてアグラヴェインが刻まれた致命傷と同じモノだったのだが、アルトリアは意図してやったのかもしれない。

 

「────ゴフッ」

 

 微動だにせぬまま血塊を吐き出すランスロット。

 

「まだ息があるとは、その生き汚さは相変わらずのようだな」

 

 サーヴァント故か、死に体でありながら意識を保っている奴に、アルトリアは容赦なく剣を振り上げる。

 

 放たれれば確実にランスロットの首を刎ねるであろう刃、それが降ろされる寸前で俺はアルトリアの肩に手を置いた。

 

「アルトリア。すまんが、こいつと少し話をさせてくれないか?」

 

 こちらの言葉を受けて、アルトリアの金に染まっていた竜の眼が元の翡翠へと戻っていく。

 

 どうやら戦いが一段落ついた事もあってようやく頭が冷えたらしい。

 

 まあ、あれだけ好き勝手に暴れていたのだから、いい加減落ち着いてもらわないと困る。

 

「いいのですか? 奴のことですから、どんな心無いセリフを浴びせてくるか……」

 

「大丈夫だ。俺にとってはもう昔話だし、あの子たちもちゃんと帰ってきた。今さら何を言われても気にならんさ。それに、奴を殺した身としては恨み節の一つも聞いてやらんとな」 

 

 帽子越しにアルトリアの頭を一撫でして、俺は倒れたランスロットの顔を覗き込んだ。

 

「アルガ……」

 

「タイムリミットも近いんだ、無駄話は無しにしようや。お前、俺に聞きたいことがあったんだろ? 言ってみな」

 

「───何故、何故貴方はグィネヴィアを殺してしまったんだ……。あの時、私が死んでも義に厚い貴方なら妻子は助けてくれると思ったからこそ、一騎討ちに臨んだのに……」

 

 少しの逡巡の後、こちらを責めるような言葉を投げかけるランスロット。

 

 言葉の途中から流れ始めた涙には、いったいどんな心境が込められているのだろうか。

 

「ランスロット。子供を失って悲しむのは父親だけじゃない、母親もだ。あの子達の母親であるモルガンが事の元凶に復讐したいと望むのを、同じ境遇の俺が止められると思うか?」

 

「それは……」

 

「お前はさっきまで自分の行いを棚に上げてまで、グィネヴィアの腹にいた子供を殺したことを恨んでいたよな。あの時の俺達が同じ気持ちだったとは考えられないのか?」

 

 反論する材料が無いのか、唇を噛んで黙り込むランスロットに思わずため息が出る。

 

 子供を亡くした親として、こいつの気持ちもわからんでもない。

 

 ギャラハッドとは違って愛する女との子なんだ。

 

 末期の際に恥も外聞も捨てて命乞いをするくらいなんだから、よっぽど楽しみだったんだろうさ。

 

 だから、逆恨みと分かっていてもこちらを責めずにいられない。

 

 ランスロットがバーサーカーで召喚に応じたのは、もしかしたら俺と出会った時に罪悪感や後ろめたさを吹っ飛ばす為なのかもな。

 

「それでも、それでも貴方には裏切られたくなかった……ッ。義兄上、貴方は男性として私の理想だったのだ。だからこそ、最後まで理想であり続けてほしかったのに……」

 

「そう思ってたなら、なんで俺等を裏切った? 接触禁止令を破ったのはグィネヴィアの方からだって調べは付いてるが、その時だって諭すなり拒絶するなりすればよかっただろうに」 

 

 過去の話を蒸し返すのは趣味じゃないが、ここまで無茶苦茶な言い様をされてはこちらとて黙っていられない。

 

 というか、お前は俺にどんな像を求めていたんだ?

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 口ごもるランスロットを促せば、奴はただでさえ悪い顔色をさらに青くして言葉を紡ぎだす。

 

「あの時のグィネヴィアの眼が恐ろしかったのです。あの目はエレイン姫と同じものだった。王の言いつけ通りに彼女を拒絶して、エレイン姫のような狂気に陥ってしまったらと思うと……」

 

「あー……」

 

 またもさめざめと泣きだしたランスロットに、俺は額を抑えて天を仰いだ。

 

 現場にいたから分かるけど、エレイン姫の発狂っぷりは確かにヤバかった。

 

 惚れた女がそうなるかもと思ったら、メンタル豆腐のランスロットでは突っぱねられなかったのも無理はない。

 

「騎士としても家臣としても論外なんだが、百歩譲って断れなかったのはしゃあないとしよう。けど、俺等に報告するくらいはできただろ。あの女の証言が本当ならラモラックに見つかるまで30回以上も夜這いをしてたんだから」

 

「…………それは出来ませんでした」

 

「なんで?」

 

「貴方に愚か者と断ぜられたらと思うと、どうしても言い出せなかったんです」

 

 分かってたけど久々に話して再確認したわ。

 

 コイツ、やっぱり面倒臭ぇ。

 

 というか、この支離滅裂ながらも我を押し付けようとする話し様、妙な既視感があるんだよなぁ。 

 

 喉の小骨が引っかかったような違和感に視線を彷徨わせていたが、王妃の宝具であるガラスの馬車を目にした時にその答えが分かった。

 

 そうだ、10歳くらいのアグラヴェインがこんな感じだったわ。

 

 甘え下手で俺が自分の考えているのとは違った対応を取るとすぐに不機嫌になるところや、俺に良いように思われようとして失敗なんかを隠そうとするところもそっくりだ。

 

 ……ちょっと待て。

 

 ランスロットの自覚の有無までは分からんが、こいつは俺の事をそういう目で見てたって事か?

 

 思いかけず頭をよぎった考えに、俺はこの特異点に来て最も深いため息をついた。

 

 たしかにこいつの生い立ちや俺との関係性を思えばあり得ないとは言い切れないけど、俺とあいつは8つしか違わないんだぞ。

 

 そんな目で見られても困るわ。

 

 つーか、ブリテン時代にこいつのガウェイン達への対応が微妙に当りが強かったのって、無意識にその辺の思いが出てたからか。

 

 1500年も経って何ともアレな仮説にブチ当たってしまったが、これが正しかろうと間違っていようと答えは決まっている。

 

 限界なのだろう、身体がエーテルの光に戻り始めたランスロットの眼をまっすぐに見て、俺は胸の中にある思いを言葉にする。

 

「ランスロット。お前が俺をどう見ていたかは知らんが、こっちは兄貴分を務めるのが精一杯だった。だからあの時の対応が間違ってるとは思わんし、お前の理想を受け止めるつもりも無い。お前に対する恨みはもう残ってないが、だからといって関係修復はできんよ」 

 

 この言葉を聞いたとき、ランスロットはどんな顔をしただろうか?

 

 エーテルの光で表情が見えなかったのが幸か不幸は分からない。

 

 結局、ランスロットはこちらに何の返答を残すことなく、この特異点から退場していった。

 

「お疲れ様です、兄上。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、心配してくれてありがとうな」

 

 こちらを気遣ってくれるアルトリアに、俺は務めて明るい声を返す。 

 

 自分だって言いたいことが山ほどあったろうに、それでも一歩後ろに下がって事の成り行きを見守っていた妹には感謝しかない。

 

「ところで、叔父上はあの寝取り野郎と何の話をしてたんだよ?」

 

「こっちも色々とあってな。その辺の事は機会があったら話してやるさ」

 

 まあ、アレだ。

 

 ランスロットの奴が俺に『父親』を見ていたなんて話、余人にするものじゃないだろう。

 

 間違ってても赤っ恥だし、これについては墓まで持っていく事にしよう。

 

「そうかよ。ま、暇だったら聞いてやるさ」

 

 興味を失ったのか、あっさりと引き下がったモーさんにヒラヒラと手で応えていると、何故かアルトリアが俺の背中におぶさってきた。

 

「どうした?」

 

「今回のブーストアップで私の労働エネルギーはゼロです。速やかに馬車まで運んだうえで、モードレッドとミユによる癒しを用意してください」  

 

「ブーストアップって、お前が勝手にキレただけだろ。まだ竜の魔女とか残ってんだから、もうちょっと頑張れ」

 

「無理です。あのイタい厨ニ女は黒くなった私と相性が悪い気がするし、インスマス顔の変人はあらゆる方面でダウトです」

 

 こちらの励ましにぐでーと肩に頭を乗っけながら、離れてなるものかと言わんばかりに手と足を絡めてくる愚妹。

 

 その怠惰極まりない姿には、先ほどまでランスロットを嬲っていたラスボス感など欠片も無い。

 

「お前、あのギョロ眼のおっさんには一度勝ってるんだろ。たしか土下座で無抵抗を現しているところを『笑え、笑ってみろ!』って笑顔を強要したあげく、『この騎士王には無抵抗は武器にはならぬカリバー!!』ってブッタ斬ったんだっけ」

 

「うわ……私暴君過ぎ……。というか、どこの世紀末覇者なんですか、それ。全然違いますよ」

 

「じゃあアレか? 無理やり笑わしといて、笑顔になった瞬間聖槍で顔面ブチ抜いたんだろ。それで『ブリテンでは笑みは死の別れを意味する』ってドヤ顔で〆た」

 

「ウチの故郷、そんな修羅の国でしたっけ? それも違います、普通に斬っただけですよ」

 

 子泣き爺ならぬ子泣き娘と化した妹と緩い会話を交わしながら視線を巡らせると、明らかにおかしいブツが目に入った。

 

 なんとも表現し辛いのだが、極力簡潔に表すならビルくらいにデカい深緑を基調にしたイカっぽいナマモノだ。

 

 あそこには少し前まで邪竜がいたはずなんだが……。

 

「なあ、アルトリア。あれってファヴニールなのかな?」 

 

「どんなメガ進化したら、竜がイカになるんですか。どう考えても『B』連打案件でしょう」

 

「わからんぞ。妙なきのことか食って、『うにうに』になったのかもしれん」

 

「『バハムートラグーン』とか懐かしいですね。兄上ってゲームとかしてましたっけ?」

 

「いや。ガレスがちょくちょくプレイを見せたがってな、それで覚えた」

 

「あー」

 

 アルトリアの得心が行ったところで、おバカな会話もお開きにする事にしよう。

 

「そういう訳なんで降りなさい、妹よ。お兄ちゃんは汚物を消毒せねばならん」

 

「仕方ありませんね。では、私はモーさんに送ってもらう事にしましょう。───モーさん、私を馬車までおぶって行って下さい」

 

「えぇっ!? 叔母上、歩けねーのかよ?」

 

「カリバー撃ちすぎてガス欠なんです。さぁさぁ鎧を消して受け入れ準備をしなさい。親孝行のチャンスですよ!」

 

「親孝行って、アンタ親じゃねーだろ!?」

 

「遺伝子上はまったく同一なんで問題ありません! 細かい事はワキにポイしてレッツゴーです!」

 

 なんだかんだ言いながらもモーさんが鎧を消すのを見ると、すかさず背中に飛び移るアルトリア。

 

 その際にくるりとトンボを切っているあたり、余力は十分残しているようだ。

 

 あのモノグサめ……。

 

「うわっと!? しゃあねえな、しっかり捕まってろよ!」

 

「うむ、苦しゅうない。行きなさい、モードレッド!!」

 

 上機嫌なアルトリアの声に合わせて、馬車へと駆けていくモーさん。 

 

 ウチの娘たちに加えて愚妹まで、あの子には色々と世話になりっぱなしだな。

 

 日頃の礼に今度美味い物でも奢ってやろう。

 

 それは置いておくとして、今はあのナマモノをどうにかするのが先決だ。

 

 むこうでは確かジークフリート達が戦っていたはずだが、戦況に動きがないところを見るに攻め倦んでいるのかもしれない。

 

 英霊が三騎いるとはいえ邪竜をくだした直後の連戦なのだ。

 

 多少調子が落ちたとしても、それは止むを得ない事である。

 

 とはいえ、あれだけの質量になればタフネスも相当なものになっているに違いない。

 

 見た目的に無駄に再生能力が高そうだし。

 

 そんな相手を倒すとなれば、こちらも奥義をださざるを得ないだろう。

 

 ぶっちゃけ、今回の特異点ではあんまり役になってないので、このまま行くと戦力外通告を受けかねない。

 

 そうならない為にも、ここらで一発ドデカいインパクトを所長さん達に刻んでおく必要がある。

 

 覚悟を決めると同時に、俺は縮地法で現場へ跳ぶ。

 

 そういう事なので、見せてやろうではないか。

 

 かつて水晶蜘蛛の足を斬り飛ばした秘剣、『六塵散魂過重湖光』を!

 

 


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