剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 剣キチFGO11話でございます。

 『六塵散魂・過重湖光』の大風呂敷に苦しんだモノの、何とか形になったかと思います。

 第一特異点ももうすぐゴール。

 こっからはギアを上げていきたいと思います。



剣キチが行く人理修復日記(11)

 第一特異点『邪竜百年戦争オルレアン』

 

 フランス全土を巻き込んだ英霊たちの戦いも佳境を迎えていた。

 

 その元凶たる竜の魔女ジャンヌ・オルタによって召喚されたバーサク・サーヴァントは、現存していた7騎の内5騎が消滅。

 

 その他の二騎には正気を取り戻した事で離反されると散々たる結果に終わった。

 

 更には虎の子だった邪竜ファヴニールも討ち取られた圧倒的劣勢の中、なんとか状況を打破する為に知恵を絞ろうとするジル・ド・レェ。

 

 だがしかし、眼前で繰り広げられる一方的な蹂躙劇を前にしては、元帥職に就いていた経験があれど妙案など浮かぼうはずがない。

 

「く……来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 悲痛な声を上げて黒い炎を放つ竜の魔女。

 

 しかし、それは巧みな足捌きで襲い来る女を捉えることはできない。

 

「激しくいくわよッ!」

 

 地面を踏み割る勢いで放たれた左拳は、宣言通りに纏った鎧をひしゃげさせ、ジャンヌの肝臓部分へと突き刺さる。

 

「うげぇッ!?」

 

 腹を掻き回すような痛みと意志に反して横隔膜が収縮する苦しさから、竜の魔女は女性があげてはならない声と共に堪らず反吐をまき散らした。

 

 反射的に前のめりに折れた黒い魔女の身体。

 

「ハレルヤっ!!」

 

 それによって下がった頭部、その側面に聖女の放った返しの右拳が間髪入れずに叩き込まれた。

 

 人体の急所であるテンプルを強かに撃ち抜かれた事で、自力で立つ事が叶わなくなったジャンヌ・オルタの身体は垂直に崩落する。

 

 しかし、竜を沈めた聖女の怒りは未だに収まることはない。

 

「悔いッ! 改めろっての!!」

 

 贖罪を求める声というにはあまりにも豪快な音を立てて、垂直に顎を打ち上げられた竜の魔女は空を舞った。

 

「ジャンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 もはや奇声と言っても過言ではない嘆きを上げる、バーサク・キャスターことジル・ド・レェ。

 

 その感情の高ぶりに応じて、手にした魔力炉心を兼ねる宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』は次々と醜悪な海魔を生み出す。

 

 しかし、ヒトデを思わせる化け物達は現れるや否や、四方から襲い来る剛射によって容赦なく刈り取られていく。

 

 サーヴァントの眼でも追いきれない速度で走りながら次々と海魔を射殺しているのは、マルタと同じく離反したサーヴァントであるアタランテだ。

 

 アタランテにとって、目の前のバーサク・キャスターもまた許されざる罪人の一人だった。

 

 奴等がフランスを蹂躙する過程で、この狂人が何をしたのかを彼女は忘れていない。

 

 カーミラを始めとして狂気を押さえようとしないサーヴァントが殺戮に興じる中、奴は子供を好んで手に掛けていた。

 

 奴の呼び出した海魔に食わせるなど序の口で、生きたまま解体して醜悪なオブジェとする。

 

 カーミラから借り受けた拷問具に掛け、生かさず殺さずに延々と苦痛を与え続ける。

 

 その光景を見せられた時、狂気の中にあっても彼女は胃の内容物はおろか胃液すら吐きつくし、最後には吐血までしたのだ。

 

 狂化と竜の魔女の令呪によって子供達を救う事が出来なかったのは、今回の召喚において最大の悔いとして彼女の胸に突き刺さっている。

 

 それ故に彼女は的確にジルを追い詰めていく。

 

 ネコ科の猛獣のように凍るような冷酷さと灼熱の殺意を以て。

 

 打つ手を次々と潰され、為す術が無いままに自身の生み出したジャンヌが嬲られるのを見るしかないジル。

 

 怒りと悲しみによって狂気と精神汚染が進む中、元帥まで上り詰めた武人だった彼の部分はマルタの戦い方に戦慄していた。

 

 彼女の動きは驚くほどに洗練されている。

 

 伝承ではその美しさからリヴァイアサンの子であるタラスクを鎮めたと言われているが、一連の戦い方を見る限りそんな生温いモノではないのは明白だ。

 

 彼女が振るう拳は一切の無駄無く、人体の急所を食い破っていく。

 

 拳闘は人類最古の格闘技の一つと言われていることを思えば、古い時代の聖女たるマルタが知っていてもおかしくはない。

 

 しかし、それを差し引いても彼女の動きはあまりに鋭敏かつ鮮烈だ。

 

 聖書では彼女は神の子に直接教えを受けたとされている。

 

 その際にこの戦い方を教わったのだとすれば、彼の聖人は何と恐ろしく素晴らしい事を彼女に叩き込んだのか。

 

 彼女が放っているのは実に理にかなった攻撃だった。

 

 ────人間を撲殺するための。

 

 各々の思考がバラバラに動く脳内で思考の海に潜っていたジルだが、ジャンヌが地面に叩きつけられる音が彼の意識を現実へと引き上げた。

 

 この段となってジルは覚悟を決めた。

 

 チマチマと低級の海魔を呼び出したところで現状を打破する事は不可能。

 

 ならば、リスクを承知で切り札を切るしかない。

 

「おのれ、匹夫共ォォォォォォッ! これ以上我が聖処女を傷つける事は許さぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ!!」

 

 魂切るような声と共に、ジルの廻りを悍ましくも多量の魔力が渦を巻き始める。

 

「これは……ッ!?」

 

「一度退きましょう、アタランテ。これほどの瘴気、サーヴァントといえども浴びれば只では済まないわ」

 

 マルタの忠告にジルの廻りを駆けていたアタランテは、跳躍一つで聖女の元へと降り立った。

 

 『アルカディア越え』と呼ばれる彼女の健脚ぶりを現す逸話から生まれたスキルだ。

 

 しかし、その隙にジルの廻りを渦巻いていた瘴気交じりの魔力は実体を持ち始め、倒れたままの竜の魔女を巨大な触手で身の内に取り込んだ。

 

 そうして次々と魔力は次々と実体化を続けて現れたのは、ファヴニールを二倍する程に巨大な海魔であった。

 

 これは嘗て行われた第四次聖杯戦争において、キャスターが最終決戦用に呼び出したモノと同等の代物だ。

 

 当然、ここまでのサイズでは『螺湮城教本』の魔力炉心を用いても到底足りない。

 

 この召喚にジルはこの特異点で手に掛けた民の魂を食らって蓄積した魔力。

 

 さらには己自身を構成するリソースのギリギリまでを放出した。

 

 この戦いが終わった後も現界を続けていられるかは賭けとなるが、ジャンヌを助ける為なら彼にとって躊躇する理由にはならない。

 

 この身はどう変わり果てても聖処女の為にあるのだから。

 

「随分と凄いのが出てきたわね……。これは拳でどうこう出来る代物じゃなさそうかな」

 

「何が出てこようが知った事か。吾は何としてでも奴等を討つ。それを邪魔するなら誰であろうと矢を叩き込むだけだ」

 

 山のように聳え立つ海魔を前にして全く臆する事のないアタランテとは別に、マルタは小さく舌打ちを漏らす。

 

 あれだけの巨躯を持つ相手では、自分やアタランテは頗る相性が悪い。

 

 拳や矢の攻撃が効くとは思えないし、タラスクであろうとこうも体格差があっては正面からぶつかるのは愚策だ。

 

 先ほどの竜の魔女のように最悪の場合は取り込まれてしまうかもしれない。 

 

 さらに言えば、アレがキャスターの呼び出した使い魔で形成されているなら、外側にダメージを与えたところで召喚によって再生されてしまう可能性もあるのだ。

 

 理想としてはファヴニールのように聖剣か魔剣で根こそぎ吹き飛ばす事だが、ジークフリートはファヴニール戦の火傷と真名解放の魔力消費の為に戦線離脱。

 

 先ほどから大暴れしているジャージ姿の騎士王は、未だに決着が着いていないようだ。

 

 こちらを襲う触手を掻い潜りながら、マルタはタラスクから受け取った杖で浄化の光を放つ。

 

 だが質量の差が大きすぎるのだろう、純白の光が命中した個所は確かに焼け焦げたものの、見ている内にあっさりと再生してしまった。

 

 手数を放つものの一向に有効打が与えられないマルタ達と、本体も触手も英霊からしてみれば愚鈍な為に攻撃が当たらない海魔。

 

 戦局は膠着状態に陥りつつある中、しびれを切らせたのはアタランテだった。

 

「おのれ、これならどうだ! 二大神に奉る。────『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 本日二度目の真名解放。

 

 二筋の矢が天へと消えると、間を置かずに海魔へ向けて魔力の矢が土砂降りのように降り注ぐ。

 

 しかし、それでも矢は表皮に穴をあけるばかりで中枢まで潜り込むことはない。

 

 全身隙間なく矢を生やしていた海魔であったが、身動ぎするだけでそれらを弾き飛ばす。

 

 魔力で形成された矢が消えた後に残ったのは、損傷の再生を終えた海魔だけだった。

 

「……化け物め」

 

 顔を顰めながらも苦々しく悪態を付くアタランテ。

 

 額には玉のような汗が浮かび吐く息も荒い。

 

 明らかに疲労感が増した彼女は、返礼とばかりに襲い来る触手を覚束ない足取りながら躱し続ける。

 

 サーヴァントが疲労を感じるのは、スタミナの消費よりもむしろ魔力不足が原因である事が多い。

 

 半神半仙であるモードレッドと契約している彼女が魔力に困る事など通常は無いのだが、ここでアタランテの子供好きが災いした。

 

 魔力の供給によってモードレッドに過度の負担がかかる事を嫌った彼女は、意図的にパスの通り道を狭めて送られる魔力を減らしたのだ。

 

 通常の戦闘や真名解放も一度までなら問題ないが、短期間に二度の宝具の使用は賄いきれなかった。

 

 これはキャスターへの憎悪で頭に血が上った彼女の判断ミスと言えるだろう。

 

 狭めたパスを開けばこの問題は解消されるのだが、アタランテはそうはしなかった。

 

 子供に負担をかけるよりも自身が傷を負うことを彼女は良しとしたのだ。

 

 そうして数十度目かの触手による襲撃を捌いていた最中、地を蹴ろうとした彼女の足が大きく縺れた。

 

「チィッ!?」

 

 咄嗟に転倒こそは免れたものの、動きが止まったアタランテに大小様々な触手が殺到する。

 

 太いモノに捕らえられるか、それとも細いモノに身体を貫かれるか。

 

 覚悟を決めて身を固くするアタランテだが、次の瞬間────

 

「マシュ! ジャンヌ! 宝具解放!!」

 

「了解! 真名、偽装登録───宝具、展開します……!」

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 強い意志が籠った指示に続いて展開された二種の結界によって、殺到していた悪意を全てシャットアウトされた。

 

 アタランテの前には盾を構えたマシュ・キリエライトと高々と聖旗を掲げるジャンヌ・ダルク。

 

 そして彼女の後ろに立つのは、カルデア正規のマスターの一人である藤丸立香であった。

 

「汝達……」

 

「ごめんなさい。打ち合わせだとマリーの馬車にいる事になってたけど、我慢できなくて出てきちゃった」

 

 驚愕に目を丸くするアタランテに、バツが悪そうに苦笑いを浮かべる立香。

 

「マスターが英霊を現世に繋ぎ止める楔である以上、危険に赴く必要は無いのはわかっています。ですが、私達は人理修復の為に来ました。あのまま馬車で何もしないのは違うと思ったんです」

 

「今回の事件の元凶であるジルと竜の魔女は私が決着を付けねばならない存在。たとえ止めを刺せないとしても、全てを他の方に任せるわけにはいきません」  

 

 命令違反だとは分かっていながらも、マスターに続いてマシュやジャンヌも思いを言葉に乗せる。

 

 立香は現状で最も未熟な魔術師でありマスター。

 

 マシュは力を借りている英霊の名も知らず、本当の意味で宝具が使えない半人前のデミサーヴァント。

 

 そしてジャンヌはこの特異点では力の大半を失った成り損ないのルーラー。

 

 だとしても、ただ護られているのは嫌だという矜持が彼女達をここに立たせたのだ。

 

「ジル……」

 

『貴女に語る言葉は私にはありません、聖処女よ』

 

 ジャンヌの呼びかけに応えるように、巨大な海魔を召喚してから初めて紡がれるジルの声。

 

『世界がどう断じようと、私にとってはここにいる竜の魔女こそがジャンヌ・ダルク。堕ち果てたとしてもこの身は騎士であった者、二君を奉じる不義理を犯すつもりはない』

 

 海魔の中、マルタの剛拳によって気を失ったままである竜の魔女の頭を撫でながら放った宣誓。

 

 それは狂気に侵される前の高潔だったフランス軍元帥だった彼のように、威厳と覚悟に満ちたものだった。

 

 それを受けて、ジャンヌは嘗ての盟友が生み出した怪物と対峙する。

 

「───分かりました。ならば、私はルーラーのサーヴァントとして、我が祖国と人理を護る為に貴方達を討ちます!!」

 

『よろしい! ならば、貴方方に最高のCOOLをお見せいたしましょう!!』

 

 ジャンヌの宣言に応えるように、ジルもまた一際強く気炎を吐く。

 

 彼とて多大なリスクの中、骨身を削って戦っているのだ。

 

 その気迫はカルデアの面々に劣ることはない。

 

 召喚主の昂ぶりを感じた海魔は、醜悪な咆哮と共に体表で蠢いている触手を伸ばす。

 

 宙を這う大小様々な醜悪極まりない悪魔の御手。

 

 ジルの目には眼前の聖女しか映っていないのだろう、それは全て彼女にむけて牙をむいた。

 

 ある者は縛縄、またある者は槍となって襲い来るそれらをジャンヌは聖旗に宿った神の御業を以て浄化していく。

 

 討ち漏らしはマシュの盾と持ち直したアタランテの矢、そしてマルタの聖光によって阻まれている。

 

 しかし、優劣の天秤は徐々にだがジルに向けて傾いていく。

 

 正史と言われる世界線で行われた冬木市における第四次聖杯戦争。

 

 その際に呼び出された今回と同サイズの巨大海魔は騎士王に征服王、さらにはフィオナ騎士団の輝く貌の三騎とも互角に渡り合ったのだ。

 

 数としてはそれよりも多勢とはいえ、内2名が万全でなければこの結果は必然と言えるだろう。

 

 討ち取ってもすぐさま再生する触手の猛攻によって、時間と共に手数が減っていく立香達。

 

 互いの衝突が三ケタに届こうとした時、均衡を保っていた防御陣に綻びが訪れた。

 

 ジャンヌとマシュが目に見えて失速し、同時にマスターである立香が膝を付いたのだ。

 

 慣れない魔力供給に加えて、山のような化け物を相手取って矛を交える重圧。

 

 そして、命を危険に晒され続ける事への強烈なストレス。

 

 数日前まで一般人であった彼女が限界を迎えるのは当然と言えた。

 

「……ッ、マスター!」

 

「マシュとジャンヌは後ろに下がってマスターを護りなさい! アタランテ、タラスク! 私達でなんとか食い止めるわよ!!」

 

「承知した!」

 

 荒い息で喘ぎながらも必死に声を出そうとする立香に代わって、即座に指示を出すマルタ。

 

 大きく穴が開いた陣を二人と一匹で持たせようとするが現実は非情である。

 

『さあ、恐怖なさい。絶望なさい! 武功の程度で覆せる差には限界があるのですよ!!』 

 

 召喚主の狂気の声に応えて巨大海魔が放ったのは、先ほどまでとは比べ物にならない大樹の幹ほどの太さがある触腕三本。

 

 並の矢や聖光では話にならない脅威を前にして、それでもマルタとアタランテは己が武器を構え直す。

 

 背後には未だ戦意を失っていない立香がいる。 

 

 自身が再契約した子供たちに比べれば悲しいほどに何も持たない、本来なら英雄達が庇護すべき普通の少女。

 

 そんな彼女が巨大な怪物相手に歯を食いしばって立ち向かおうとしているのだ。

 

 それを護れずして何が英霊か。

 

 ここで散る事すらも想定に入れ、不退転の決意を示す二騎のサーヴァント。

 

 しかし、彼女達の覚悟は杞憂に終わる事となる。

 

 鈴のような涼やかな音が響くと、次の瞬間には荒れ狂う触腕達は断ち切られて宙を舞ったからだ。

 

「間近で見たらさらにデカいな。というか、立香ちゃん達は何でここにいるんだ?」

 

 地響きを上げる触腕の切れ端と共に地面に降り立ったのは、黒ずくめの剣士アルガであった。

 

 

 

 

 この特異点のボスであるキャスターのイカを刺身にする為に鉄火場に飛び込んだのだが、先客として何故か立香ちゃん達がいた。

 

 俺のような阿呆は例外として、基本マスターは前線に出ないようにという取り決めだったはずなのだが、これはいったいどういう事か?

 

 まあ、この辺の追及は俺の役目じゃないし、今はそんな事をしている場合でもない。

 

 始末書なり反省文なり立香ちゃん達への処罰はオルガマリー所長に任せて、こっちは自分の仕事をしようじゃないか。

 

「アルガさん、私達……」

 

「事情の説明は俺じゃなく所長にしなさい。状況を見るにあのデカブツ相手に生き残ってみせたんだ、俺としてはそれだけで十分花丸モノさ」

 

 申し訳なさそうに言葉を紡ごうとする立香ちゃんを止めた俺は、巨大イカに向き直ると同時にアロンダイトの鯉口を切る。

 

「どうするつもりなの? あのデカブツ、刀の一本で何とかなる相手じゃないわよ」

 

「心配は無用だ、マルタ。あの者はかつて宝具として呼び出された巨大な空中庭園を両断した事がある」

 

「そういう事。それに改造されまくって原型ないけど、この刀はアロンダイトだからな」

 

 アタランテの言葉にそう補足すると、立香ちゃんを支えているマシュ嬢の表情が明るいものに変わる。

 

「では、真名解放も使えるのですね!」

 

「あー、ビームは使わないかな。次に撃ったらいろんな意味で『そして、さらば』になりそうだし……」

 

 うん、理屈云々抜きで分かる。

 

 アレに二度目はない。

 

 次にやらかしたら、一切合切ドワォする未来が待ってる。

 

 そして俺は紅い巨大戦艦に乗った野性味溢れる男と共に永遠の闘争の中へ……って、そんな未来はノー・サンキューである。

 

 間違っても『それもいいな』なんて思ってはいない。

 

「では、どう対処するのですか?」

 

「もちろん斬るのさ。さっきアタランテが言ったろ、庭園ぶった斬ったって」

 

 背中越しにルーラーの息を呑む音や『え、マジなの?』という立香ちゃんの声を聴きながら、俺はアロンダイトを抜き放つ。

 

「目の前のイカの大将じゃないが、COOLなモノを見せてやるから楽しみにしてな」

 

 そして言葉と共に峨眉万雷の構えを取ると、エイリーク殿に念話を繋ぐ。

 

(エイリーク殿、こっちの様子は馬車内でモニターできるか?)

 

(ああ、グンヒルドが遠見の魔術でやっている。それがどうかしたか?)

 

(ウチの娘に秘剣の一つでも見せてやろうと思ってな。やってるんならOKだ)

 

(そういえば、この娘はアルガ殿の剣を受け継ぐのだったな。そういう事ならこちらも大画面で映すよう手配しよう)

 

(悪い、助かる)

 

(なんの。それよりも秘剣とやら、楽しみにしているぞ)

 

(旦那、無茶すんなよ! 二度目は多分ねーからな!!)

 

 割り込む形でアンリ・マユに釘を刺されたのを最後に、プツリと途絶えた念話。

 

 つーか、このメンツの中であいつが一番俺の行動を理解してるってどうなんだろうな。

 

『おのれ、匹夫めがぁぁぁぁぁぁっ! この私を邪魔するとは、万死に値するぞォォォォォォッ!!』

 

 嫌になるほどテンションの高いシャウトに意識を戻せば、目の前ではイカが触手を振り回しながら荒ぶっている。

 

 COOLをパクッたのがよほど気に障ったようだが、これ以上バタバタと暴れられるのも迷惑だ。

 

 それではサクッと片づけることとしよう。

 

 調息と共に練り上げた氣を剣に通すと、それに応えるようにアロンダイトは聖剣のエネルギーを刀身に纏わせる。

 

 他の次元ではどうだか知れないが、こっちでは『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』は氣を剣に通すという俺の言葉をヒントにランスロットが編み出した。

 

 口の説明だけでここまでの技を編み出したことを思うと、あいつはやっぱり天才の類だったのだろう。

 

 さて、本来ならビームとして放つ聖剣のエネルギーを斬撃強化へと転用するこの技は、先ほどアルトリアが見せたようにこっちのブリテンでは聖剣使いの必須科目となっている。

 

 国土に及ぼす影響を考えれば、聖剣の真名解放なぞおいそれと撃てるようなものじゃないからだ。

 

 因みに剣に力を纏わせる事はそれほど難しいものではない。

 

 氣にせよ魔力にせよ、力の流れというモノを感じ取れるならば、コツを掴めばあっさりと出来る代物だ。

 

 なので以前の水晶蜘蛛戦では俺も拝借した訳だが、ただ真似たのでは芸が無い。  

 

 普通の『縛鎖全断・過重湖光』では甲殻に刃が通らなかった事もあり、即興で改良させてもらった。

 

 回る思考の中、集中を高めて氣を巡らせると、刀身を包む蒼い光にも変化が現れる。

 

 (みね)と刃の部分を通り道に、聖剣の力が剣から柄へとグルグルと疾り始めたのだ。

 

 これが俺が行った改良の一つ。

 

 ただコーティングするのではなく、エネルギーを高速で循環させる事で切断力を高める。

 

 前世の上海でポピュラーだったレーザーカッターと同じ原理だ。

 

 この技のおもしろいところは、聖剣のエネルギーを循環させることがアロンダイトに予め備わっていた魔力還元能力を活性化させる為、通常より遥かに早く真名解放のエネルギーが再チャージできる点だ。

 

 そして、この機能を限界まで突き詰めれば────

 

 鋭く呼気を放ちながら、俺は地を蹴った。

 

 軽功術によって重力のくびきから解き放たれた身体は一蹴りで建物の四階相当まで舞い上がり、さらにはイカ野郎が巻き上げる大地のカケラを踏み込んで宙を駆ける。

 

『そんなナマクラ一つで歯向かおうとは片腹痛い! 私と聖処女との戦いを妨げた自身の愚かさを呪いながら、無様に潰れるがいい!!』

 

 甲高い声と共に襲い来る無数の触手。

 

 だが如何に数が多かろうと、ここまで狙いが大味では怖るるに足りない。

 

 周りに漂う粉塵を足場に歩法を駆使して宙を駆け巡ってやれば、イカの放つ手がこの身を捉えることはない。

 

 紙一重で通り過ぎていく触手の風切り音を耳に宙を一蹴りすれば、我が刃圏はすでに奴を捉えている。

 

「哈ッ!!」

 

 調息を火種に氣を周天させて意識を浄の域まで高めると、何百万と技を繰り返した身体は意に先んじて刀を放つ。

 

 『六塵散魂無縫剣』

 

 放たれた10の蒼光は其の全てが悪趣味なナマモノに吸い込まれ、最後の一刀を引き抜くと俺は再度宙を蹴った。

 

 耳に鳴る風切り音と胃の腑を持ち上げる浮遊感。

 

 それらを味わった後でマルタ女史の傍らに降り立った俺は、血振りの後でアロンダイトを鞘へと戻す。

 

「あの、倒したんですか?」

 

「ああ」

 

 立香ちゃんの問いに言葉を返すと同時に鯉口がカチリと音を立てると、それを合図としてイカの体から一条の蒼い光が(ほとばし)った。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!?』

 

 キャスターの悲鳴と共に次々と巨体を突き破る蒼光、それは俺が叩き込んだ刃に宿っていたものだ。

 

 循環によって蓄積速度を増した聖剣のエネルギーは、六塵散魂無縫剣の一刀ごとに『縛鎖全断・過重湖光』と同等の威を備えるに至った。

 

 さらには『縛鎖全断・過重湖光』は一刀を叩き込むと同時にエネルギーを炸裂させる事から、傷口を内部から崩壊させる特性を持っている。

 

 もっとも聖剣の担い手だった三名は力の扱いが熟達していない為に、実際に刃が通った部分にしか影響を及ぼせていなかった。

 

 俺はそこを浸透勁の技法によって改良し、叩き込んだ刃から聖剣の威を相手の肉体の中枢へと徹す事に成功したのだ。

 

 超音速で叩き込まれた真名解放十発分の聖剣のエネルギーが、相手の内部で融合・増幅する事で中枢からその肉体を崩壊させる。

 

 それこそが対水晶蜘蛛用として今も改良を重ねている秘剣『六塵散魂・過重湖光』なのだ。

 

 現状で目に付く課題点は、内勁を込め過ぎるとすぐ『世界斬り』に化けるところくらいか。

 

 巨大イカの身体を喰い尽くした蒼光が天を衝く中、俺は更なる改良案を模索するのだった。   


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