剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 えー、長らく更新が遅れて申し訳ありません。

 ゴールデンの熱い活躍を糧になんとか書き上げる事が出来ましたです、はい。

 とりあえず、スランプの山場は越えたと思うので、少しづつペースを戻して逝ければいいなぁ……

 さて、次の異分帯はいよいよブリテン。

 ネモも金時もリンボも伊吹童子も我慢して貯めに貯めた無課金石700個。

 モルガンの為に全部吐き出すんだ……


剣キチが行く人理修復日記(25)

「マァキィアアアアッ!!」

 

 どうも、荒ぶる葛木夫人の怒声をBGMにこんにちわ。

 

 お久しぶりの剣キチです。

 

「ヘカティックゥッ! グライア! グライア!! グライアァァァッッ!!!」

 

 腹ごしらえを済ませてこちらを追撃していたアルゴー号を迎撃する為に沖に出たのですが、会敵して船に乗っていた金髪の優男と14歳くらいの菫色の髪をした少女を見た瞬間に葛木夫人がキレました。

 

 理解が追い付かないこっちを置いて宙へ舞い上がり、コウモリの翼のように広げたローブの内側からアルゴー号へ向けてバカみたいな威力の魔力光線をぶっ放す。

 

 込められた魔力からして、あんな古びた木造船なんて一発で蒸発するような魔力砲撃のつるべ撃ち。

 

 しかし、その全ては音速を置き去りにした強弓によって全て迎撃されてしまう。

 

「なにさらしとんじゃあ、あの筋肉ダルマぁぁぁぁっ!!」

 

 こちらの甲板に着地するなり、いつもの淑女然とした態度を置き去りに怒りの声を上げる葛木夫人。

 

「……申し訳ないメディア姫。貴殿がイアソンを恨む気持ちは十分にわかるのだが、だからと言って討たせる訳にはな……」 

 

「うわああああっ! 魔女だ、魔女だぁぁぁぁッ!! メディア! 助けてくれ、私のメディア!!」 

 

「なんという品の無い姿なんでしょう。アレが私の未来の姿とは思いたくありませんわ」

 

 それを聞いたヘラクレスは所在無さげに顔を背け、優男は死ぬほど怯えながら傍らの少女の後ろに隠れ、そして杖を持った少女は盛大に顔をしかめてみせる。

 

 というか、ちょっと待て。

 

 なんか聞き捨てならないセリフを聞いたような気がしたんだが。

 

「メ―ちん、気持ちは分かるがもう少し魔力の消費を押さえてくれ。さすがの私も少ししんどい」

 

「グンちゃん! 今こそアレを使う時よ!!」

 

 グンヒルドさんの苦情もどこへやら、彼女の肩をグワシッと掴んでまくし立てる葛木夫人。

 

「アレ?」

 

「魔女板でも作った瞬間に人類悪認定を受けた最恐最悪の細菌魔術よ! ペストストームやコレラレイン、肺炭疽スティンガーにエボラ・スマッシャー!! 釣られて現れたバイ菌マンも太鼓判を押してるから、英霊だろうが対魔力Aだろうが絶対に効くわ!!」

 

 物騒すぎる名前を聞いた瞬間、真っ青になるエミヤ。

 

「グンヒルド、いったい何を作ったのだ?」

 

「魔女板に『どんな英霊も殺せる魔術』というお題が出た事があってな、モル子とノリで作ったのだ」

 

「え、ウチの姉御も噛んでるの?」

 

「ああ。旦那の身の安全の為と言って、精力的に制作に関わっていたぞ」

 

 あ~、そういえば姉御ってばブリテン時代に俺が英霊に襲われたの知ってるもんな。

 

 そっち方面に手を出すのも無理ないか……

 

「それが夫人の言っていた細菌魔術か」

 

「うむ。どんな英雄でも病には勝てんというアプローチから現代医学の感染症を参考に様々な病原菌を強化培養、魔術によって術者の意のままに感染をコントロールできるようにした広域殲滅術式だ」

 

 この時点で出来上がったのがどれだけエゲツない代物かを知った者は顔をひきつらせた。

 

 特に船乗りであるエイリーク氏は卒倒せんばかりの表情だ。

 

「それで具体的には? 姉御たちが手を加えてるって事は、生半可な物じゃあ終わらないんだろ」

 

「コレラは空気感染するように改良してペストも絶対に肺ペストになるように設定、病状やその進行も100倍程度に強化した。炭疽菌も空気感染するうえに60%が肺炭疽、残る40%が髄膜炭疽を引き起こす。実験では肺炭疽は12時間、髄膜炭疽は5時間で死亡したな。あとエボラは感染経路を空気感染に改良して、24時間以内に重症化するように強化した」

 

 どいつもこいつも殺意が高すぎて変な笑いが出た。

 

 特にコレラとペストが酷すぎる。

 

 コレラが空気感染したら地獄以外の何物でもないし、100%肺ペスト発症とか鬼すぎるだろう。

 

 あと世界のどこの軍も開発に成功していない炭疽菌兵器を実現させてる件。

 

 髄膜炭疽って死亡率100%だぞ。

 

「ヤベーよ、アルトリア。今の姉御だったら1日もあったらブリテン滅ぼせるぞ」

 

「いきなりこんな鬼畜感染症が流行ったら、手の打ちようなんてありませんからね」

 

 ぶっちゃけ、あんな狭い島国でペストなんて流行ったらブリテン人なんてあっという間に全滅ですよ。

 

 第四次で聞いた並行世界の姉御がこういう手に出なくて本当に良かった。

 

「考えなおせ、キャスター! 君達は国際条約で()(生物)(化学)兵器が禁止されているのを知らないのか!?」

 

「私たちの時代にはそんな物はなかった!!」

 

 さすがにこれはやり過ぎだと思ったのか、必死に説得を試みるエミヤにキッパリと言い返す葛木夫人。

 

 そりゃそうだわ。

 

 アンタ等の生きてた時代、国連どころか細菌学もなかったもんね。

 

 さて、名前だけ聞いてもピンとこない輩もいるだろうから、ウチの嫁たちが手を出した代物が如何に極悪非道かを少し説明しよう。

 

 まずペスト・コレラだが、これに関しては誰だって名前くらいは聞いた事があるだろう。

 

 ペストはネズミに寄生するノミなどを媒介とするペスト菌の感染によって起きる感染症で、別名『黒死病』とも言われている。

 

 多くの場合の潜伏期間は2日~7日で全身の倦怠感と寒気に始まり39℃から40℃の高熱が発症。

 

 その後のペスト菌の感染の仕方と症状の出方によってリンパ節が冒されれば『腺ペスト』、肺が冒されると『肺ペスト』などに分類される。

 

 『腺ペスト』はペスト菌に汚染されたノミに刺された付近のリンパ節が腫れ、次に腋の下や鼠蹊部のリンパ節が腫れて強い痛みを感じるようになる。

 

 リンパ節はしばしば拳大にまで腫れ上がり、ペスト菌が肝臓や脾臓でも繁殖して毒素を生産するので、それによって意識の混濁や心臓の衰弱が起こり、治療しなければ数日で死亡する。

 

 『肺ペスト』は通常は腺ペストを発症している人が二次的に肺に菌が回って発病する事が多いが、これ単独で発症する事もある。

 

 これは患者の咳やくしゃみによって飛沫感染する危険な病気で、感染すると頭痛や40℃程度の発熱、下痢が起こる。

 

 症状が進むと気管支炎や血痰を伴う肺炎がおこり、呼吸困難となり治療しなければ数日で死亡する。

 

 ちなみにコイツの死亡率は60%から90%、何ともエグい数値である。

 

 一方のコレラの潜伏期間は5日以内。

 

 普通は2~3日だが早ければ数時間で発症し、通常は突然腹がゴロゴロと鳴ると水のような下痢が1日20~30回も起こる。

 

 下痢便には塩分が混じるほか、『米のとぎ汁』のような白い便を排泄することもある。

 

 腹痛・発熱はなく体温も34度という低体温となり、急速に脱水症状が進む事によって血行障害、血圧低下、頻脈、筋肉の痙攣、虚脱を起こして死亡する。

 

 治療を行わなかった場合の死亡率は75~80パーセント。

 

 さすがはペストと並んで感染症の代表格にあげられるだけはある。

 

 3つ目の肺炭疽というのは炭疽菌が引き起こす炭疽症の一種だ。

 

 これは炭疽菌が肺に到達した際に起こる病気で、1日から7日の潜伏期の後に軽度の発熱、カラ咳、全身倦怠感や筋肉痛等が発症する。

 

 そして発症から数日が経つと突然の呼吸困難に喘鳴、チアノーゼからのショックを呈する。

 

 この段階に達すると通常は24時間以内に死亡する。

 

 炭疽症に関しては肺炭疽のみ呼吸器からの空気感染を引き起こすとされている。

 

 こっちの死亡率は殺意マシマシの90%の大台に達するエグさだ。

 

 さすが世界の軍が生物兵器転用しようとしただけはある。

 

 最後のエボラ出血熱は主にアフリカ大陸で発生する凶悪な感染症だ。

 

 発病は突発的で発熱、全身倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛などを生じ、さらに腹痛、嘔吐、下痢、結膜炎などの症状が継続する。

 

 そして重症になると脱水症状や、本来出血箇所のみで生じるべき血液凝固反応が全身の血管内で無秩序に起こる播種性血管内凝固症候群によって多臓器不全となって死亡する。

 

 発病後の致死率は50%~80%、他の三種に比べると優しい方だが比較対象が鬼すぎるだけでコイツも十分に死病である。

 

 主な感染経路はオオコウモリなどの食用コウモリが自然宿主と目されていて、それを調理や食べた際に血液に触れる事で感染すると言われている。

 

 なお人から人への感染に関しては患者の血液、分泌物、排泄物や唾液などの飛沫感染が主な経路で通常は空気感染などはしない。

 

 概要を掻い摘んだ程度だが、これでも挙がった病の恐ろしさは十分に伝わるだろう。

 

 自分の出したゲロと糞尿に塗れて病気で死ぬとか、英雄としては最低の死に方だと思う。

 

 というか、俺は絶対にごめんだ。

 

「ヘ……ヘラクレス! 早く奴等を何とかしろ!! あの魔女は絶対にヤバい事を考えてるぞ!!」

 

 錯乱したように喚き散らす優男の声に例のライオン丸は甲板の縁に足を掛ける。

 

 どうやらこっちに飛び移るつもりらしい。

 

 弓矢で遠距離攻撃に徹していれば優位を取れるだろうに、一体どういうつもりだ?

 

「おい、マスター。分かってるよな?」

 

「ああ、奴の相手はお前に任せる」

 

 声を掛けてきたアキレウスにそう返すと、警戒を強める一同から宗一郎氏が歩み出るのが目に入った。

 

「メディア。あの豪傑がこちらに飛び移ると同時に、私を向こうへ転移させられるか?」

 

「宗一郎様?」

 

 宗一郎氏が発した突然の申し出に宗一郎氏に戸惑いの色を浮かべる葛木夫人。

 

「───あの男を仕留める。妻を何度も魔女呼ばわりされて黙っているほど、私の心は広くない」

 

 かけていた眼鏡を背広の胸ポケットに仕舞うと、刃のような視線を優男へ向ける宗一郎氏。

 

 その雄姿に夫人の機嫌は一瞬で修復された。

 

「分かりました。あの小娘が結界を張っているようですが、あの程度なら超えるのは苦も無いでしょう。ただ、あのイアソンは悪辣な男。どのような罠が仕込んであるか……」

 

「問題ない、例の聖杯戦争の時と同じだ。どのような罠であろうとお前と共にあれば乗り越えられよう」

 

「はい!」

 

「待って、メディア」 

 

 転移術式を展開し始めた夫人に声を掛けたのはオルガマリー所長だ。

 

「向こうにはヘクトールがいるはずよ。それにアルゴー号の手勢が彼等だけとは限らない。───ディルムッド!」

 

「はっ!」

 

「葛木氏がイアソンを落とすまでヘクトールを押さえなさい。相手はトロイア戦争の英雄にして九偉人に数えられた傑物よ、絶対に油断しないで」

 

「御意。ときに主、討てるならば奴の御首を取っても?」

 

「勿論よ。フィオナ騎士団の一番槍と謳われた貴方なら『兜輝くヘクトール』に劣る事は無いと私は信じます」

 

「その信頼には我が槍を以て応えてみせましょう」

 

 臣下の礼で所長に槍を捧げた後に、転移陣へと入るディルムッド。

 

「宗一郎殿、我等も共に行こう」

 

 次に声を上げたのは虞美人を背に乗せた項羽殿だった。

 

「ソイツの話だと特異点の黒幕には魔神柱って怪異が出る事があるそうよ。なら、それだけの戦力じゃあ心許ないでしょ」

 

 こちらを指さしてくる虞美人に頷くと嫁さんの言葉に項羽殿が続く。

 

「彼奴の魔力があれば我が身もまた肉を得られると聞く。虞が現世にいる以上、いつまでも不安定な身ではいられん。それに───」

 

 そこで一度言葉を切ると項羽殿は宗一郎氏に眼を向ける。

 

「そこの御仁とは酒を酌み交わす約定を交わしているのでな、敵陣へ赴くなら放っておく訳にはいかぬ」

 

「手を貸してくれるなら拒む理由はないわ」

 

「助力、感謝する」

 

 転移陣に入る二人をそう言って受け容れる葛木夫妻。

 

 そして彼の姿が消えると同時に俺達が乗るバイキング船を激震が襲った。

 

「船体の体勢を整えろ! 絶対に転覆させるな!!」

 

 エイリーク氏の指示が飛ぶ中、木くずが混じった粉塵の中から現れるのは獅子の毛皮を棚引かせたヘラクレスだ。

 

「異郷の剣聖よ、貴殿の絶技を拝見したい。私と立ち合ってもらおうか」

 

 万夫不当の肉体に覇気を漲らせるギリシャ最強の英雄。

 

 その手に握られているのは先日こちらを追い返した強弓ではなく、身の丈ほどもある巨大な戦斧。

 

 余人なら持ち上げる事も敵わないであろう鋼鉄を肩にかける姿を見た瞬間、何故か夏の装いでイルカの浮袋を抱えた奴の姿がダブッて見えた。

 

 いったい今のは何なのだろうか?

 

 一瞬思考の海に沈みそうになったが、俺の疑問などに構うほど状況はのんびりとしていない。

 

 青銅と鋼の刃が噛み合う音が辺りに響くと同時に甲板の上を暴風が吹き荒れる。

 

 ヘラクレスの覇気一つで降りた沈黙の帳を引き剥がしたのは、奴の姿を見た時からおあずけを食らった犬のように歯を剥き出しにしていたアキレウスだ。

 

「つれないな、ヘラクレス! 矢傷の借りがあるんだ、お前と闘るのは俺が先約だろう!!」

 

 アキレウスの全力の振り下ろしを片手で受けたヘラクレスは、小枝を払うように戦斧に咬み付いた槍を主ごと弾き飛ばす。

 

「アキレウス殿か……。生憎だが此度は貴殿に用はない。私の目的は彼の剣士のみだ」

 

「俺なんざ眼中にないってか? ───舐めるなよ、ヘラクレスッ!!」

 

 自分を歯牙にも掛けない相手に激昂したアキレウスは、自慢の走力を活かして手にした槍で刺突を放つ。

 

 それを迎え撃つヘラクレスが放った一手に俺は目を見開く事になった。

 

 相手の攻撃に刃を合わせ、誘い、絡め取り、釣り上げる。

 

 見間違うはずがない。

 

 それはまさしく戴天流の一手『波濤任櫂』だった。

 

「馬鹿なッ!? コイツは───」

 

 波濤任櫂を知るアキレウスも驚愕に顔を歪めるが、その声は雷霆のように降り注ぐ剛斧の一撃によって遮られた。

 

「ガァッ!?」

 

 袈裟斬りの一撃を受けて、鎧の破片と血をまき散らして吹き飛ぶアキレウス。

 

 髪の毛一本ほどの差で致命傷は避けたようだが、決して傷は浅くない。

 

「さて、邪魔者は消えた。貴殿も今の技に興味があろう、剣を構えるがいい」

 

 甲板の上にうつ伏せで倒れたアキレウスに背を向けて、こちらへ戦斧の先を突き付けるヘラクレス。

 

 しかし生憎と俺の出番はまだ回ってきてはいない。

 

「たしかに今の技には興味はある。だが、まだアンタの相手をするわけにはいかんよ」

 

 俺がそう言った次の瞬間、血煙を散らしながらヘラクレスへ襲い掛かる影があった。

 

 さっきまでへたばっていたアキレウスだ。

 

「俺を一撃で倒せると思うなよ! さあ、続きだ!!」

 

「むぅッ!」

 

 まさか死に体のアキレウスが動くとは思っていなかったのだろう、とっさに戦斧を掲げたヘラクレスの身体が音を置き去りに振り下ろされた青銅の穂先の一撃を受けて僅かに揺らぐ。

 

 肉体の屈強さはルーマニアの時と変わりないらしく、胴に刻まれた傷をものともしない動きで着地と同時に槍を横薙ぎに振るうアキレウス。

 

 だが、二撃目は平静を取り戻したヘラクレスの波濤任櫂によって容易く受け流されてしまう。

 

「ちぃっ! またかよ!!」

 

「今度こそ退場してもらうぞ、アキレウス殿」

 

 自身の力をあらぬ方向へ向けられて大きく体勢を崩すアキレウス。

 

 その頭上に流れるような受けの姿勢から動きで振り降ろされた戦斧の刃が迫る。

 

「なめるなぁっ!!」

 

 だが、アキレウスも並の男ではない。

 

 なんと頭を割られる寸前、逸らされた力の方向へ持ち前の瞬発力で身体を投げ出すようにトンボを切ったのだ。

 

 剛斧が空を切る風切り音と甲板を踏み割る音が同時に響くと、両者の優劣を測る天秤は大きく傾きを変えていた。

 

「もらったぁ!」

 

 気合一閃、アキレウスが突き出した青銅の穂先は斧を手放して身を反らしたヘラクレスの毛皮に覆われていない胸板を削り取る。

 

 直撃はしなかったものの相手に手傷を与えた事でニヤリと笑みを浮かべるアキレウス。

 

 奴はここから流れを引き寄せようと思ったようだが、ヘラクレスも伊達にギリシャ最強と謳われているわけではない。

 

 槍を引こうとしたアキレウスの手を引き寄せると肩口を胴の傷口に叩き込み、頭突きで怯ませた後は首投げで甲板に叩きつける。

 

「ぐあっ!?」

 

「貴殿もケイローン師の弟子からパンクラチオンの手ほどきを受けたはずだ。ならば、この体勢が如何に危険か理解していよう」

 

 肺の中の空気を吐き出したアキレウスは、自分を見下ろすヘラクレスを見て顔色を変えた。

 

 そう、奴が取っているのは馬乗り。

 

 寝技で完全に取られるとほぼ詰みと言われる『マウントポジション』だった。

 

「てめっ……」

 

「眠るがいい」

 

 静かな言葉とは裏腹に、パンプアップした剛腕の先では人の頭ほどの大きさをした拳が握り締められている。

 

 咄嗟にガードを固めようとするアキレウスだが、肝心の腕を根元から巨木のような両足で抑えられていてはそれもままならない。

 

 拳槌が振り下ろされると同時に周囲に木霊する爆弾が破裂したかのような轟音。

 

 一発、二発と振り下ろされる度に木くずと血飛沫が飛び散る中、顔を真っ青にした所長がこちらへ声を掛けてくる。

 

「ね…ねぇ! アキレウスを援護しなくていいの!?」

 

「アイツはまだ負けちゃいないからな。手を出したら、ヘラクレスを放っておいて俺に襲い掛かってくる」 

 

 こちらの答えに唖然とするオルガマリー所長。

 

 『これが普通の反応だわな』と思いながら俺は言葉を続ける。

 

「アイツはヘラクレスと一対一で戦う事を望んだ。そこに横やりを入れたら恨まれるのは当然さ」

 

「でも、このままじゃ……」

 

「殴り殺されるだろうな。コイツは真剣勝負、負けたらそうなるのは当然だ」

 

「私達は人理修復の為に旅をしてるのよ! こちらの召喚に応じてくれたんだからそれを最優先にすべきじゃない!!」

 

「そんな物はどうでもいいのさ」

 

「……え?」

 

 そう言い切る俺に所長はポカンと口を開ける。

 

「あの手の輩はああやって強敵を前にしたら、そんなモンは全部頭の中から抜け落ちちまうんだ。奴等の頭にあるのは目の前の敵より自分が強いと証明する事だけ。それを邪魔する奴がいたら、相手にどんな大義名分があろうとぶち殺す。戦士ってのはそういう人種なんだよ」

 

 その証拠に、この船に乗っているエイリーク殿やグンヒルドさん、アンリマユにエミヤまでマウントで殴られ続けるアキレウスを目の当たりにしながら止めようとしない。

 

 彼等は理解しているのだ。

 

 仮にアキレウスを助けたら、誇りを汚されたヤツが自分達に牙を剥くであろうことを。

 

「それにあのまま終わる程、大英雄様は軟じゃない」

 

 何度目かの拳を振り上げたヘラクレスが力を貯める瞬間を狙って、アキレウスの足が跳ね上がる。

 

 ギリシャ一の俊敏さを生み出す足が後頭部を襲うが、無理な体勢からの一撃では巌のような身体を小揺るぎさせる事しかできない。

 

 だがそれで十分だった。

 

 衝撃で出来たほんの刹那の意識の空白。

 

 それを活かしてヘラクレスの両脇に足を差し込んだ奴は、自慢の脚力を使って相手を自分の上から引き剥がす。

 

「好き勝手に殴りやがって……いい加減にしろよ、テメエ」

 

 フラつきながらも立ち上がったアキレウスだが、やはりそのダメージは大きい。

 

 鼻は曲がり、右のまぶたも大きく腫れて視界を塞いでいる。

 

 恐らくは何本かの歯や頬骨だって折れているだろう。

 

 それでも奴の闘志は衰えない。

 

 開いた左目を爛々と輝かせて拾い上げた青銅の槍を構えてみせる。

 

「その闘志、見事。ならば、私も奥義を以て応えよう」

 

 対するヘラクレスも甲板に突き立てていた戦斧を手に取り、剣術で言うところの正眼に構える。

 

 ただそれだけで周辺の圧力が増す中、アキレウスはそれを意にも介さずに駆けだした。

 

 甲板を爆砕する程の踏み切りで加速した奴の身体は3歩目には俺の動体視力を振り切る程のスピードに達する。

 

 そして四歩目にはヘラクレスの心臓を射程圏に捉え、奴の殺『意』が爆発的に膨れ上がる。

 

 だがしかし、愚直な特攻で取れるほどギリシャ最強の英雄は甘くはない。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

 

 静かな呟きと共に振るわれた戦斧は容易く人間……いや、英霊の限界を凌駕した。

 

 一瞬九撃で振るわれる斬線の檻、トップスピードで駆けるアキレウスにこれを躱す術はない。

 

 誰もが終わったと思った瞬間、奴もまた最後の切り札を切った。 

 

「我が身を護れ、神の盾よ! 『蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)』!!」

 

 青銅の槍を手放し呼び出した盾を手に真名を唱えると、アキレウスの身体が盾から放たれた白い光に包まれた。

 

 そして光がヘラクレスの放った斬撃を防ぐと───

 

「……ッ! ヘパイストスが打ち鍛えし盾か!」

 

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 

 アキレウスは光を纏ったまま、最高速で鉛色の巨体を弾き飛ばす。

 

 間近で交通事故が起こったような轟音と周辺を走る衝撃波。

 

 戦闘でめくれ上がった甲板の残骸が飛び散る中、吹き飛ばされたヘラクレスはまるで何事も無かったかのようにふわりと着地する。

 

「馬鹿な……」

 

「巨岩ならば如何に堅牢であろうと強打で砕く事ができよう。だが、大地を割る一撃であっても空を舞う羽毛を砕く事はできん」

 

 無傷でそう告げるヘラクレスに真名解放で精魂尽き果てたアキレウスはその場に崩れ落ちる。

 

 先の攻防、アキレウスの取った作戦は完璧に近い物だった。

 

 絶対防御という切り札を隠して特攻というブラフで相手の真名解放を誘い、ギリギリのところで宝具による結界で攻撃を防ぐ事で打ち終わりの隙を突く。

 

 ハマった相手が並の……いや、アルトリアやカルナといったA級サーヴァントでも大打撃は免れなかっただろう。

 

 しかしヘラクレスはその先を行った。

 

 斬撃が防がれたと分かった瞬間に得物から手を離し、後方に飛びながら全身を脱力する事でアキレウスの突進の衝撃を受け流して後ろへと弾かれる。

 

 あの技法は間違いない。

 

 中国武術の秘奥の一つである『消力(シャオリー)』だ。

 

 さっきの波濤任櫂といい、あのマッチョは随分と引き出しをもっているらしい。

 

 騒めく心を押さえながら、俺はアキレウスの元へ歩を進める。

 

「霊体化しろアキレウス。選手交代だ、いいな?」

 

「ぐ……」

 

 話せない程に消耗している我がサーヴァントを令呪で強制的に霊体にすると、俺は倭刀を抜きながらヘラクレスへと向き直る。

 

「随分と面白いマネをするな。ソイツは聖杯戦争で得た代物か?」

 

「そうだ。これなら少しは貴殿を楽しませられるのではないか?」

 

「いいや、つまらないね。戴天流では誰も俺に勝つ事はできないからだ。───そんな猿真似なら尚更な」

 

 こちらが雲霞渺々の構えを取るとヘラクレスもまた拾い上げた戦斧を正眼に構える。

 

「猿真似か……。そこまで言うなら見せてくれるのだろうな、貴殿の業の冴えを」

 

「もちろんだ。内家戴天流の神髄、目に焼き付けて逝くがいい」

 

「おおっ!」

 

 船の甲板を踏み砕きながら襲い来る大英雄。

 

 その圧倒的な圧を前に、俺は口角がつり上げた。                


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