ですが、公式モル子が来てくれたお蔭で筆を執る事が出来ました。
ええ、ピックアップ初っ端に石750個、札64枚、そして諭吉一人の大放出!
ガチャを回している間は湯水のように消える石に途中から白目を向いていました。
それから去年のクリスマスから溜めていた種火と聖杯を使って、モル子をレベル100&スキルレベル8(こっから先は新素材)にして、そこから執筆を開始したという次第です。
なので第六章は1分もやってません!
コイツを投稿したら公式モル子に会いに行くんだ……
「ぐはぁっ!?」
蒼天に潮風が吹き抜ける中、アルゴーの甲板に男の悲鳴が響き渡る。
その主、アルゴー号船長のイアソンは衝撃で跳ね上がった顔を元の位置に戻しながら鮮血が零れ落ちる鼻を押さえる。
怒りと憎悪、そして僅かな恐怖が籠った視線の先ではスーツの上着を脱いだ葛木宗一郎が独特の構えを取りながら油断なく立っている。
半身となって胸元に拳が来るよう『くの字』に曲げた右腕、そして左腕は同じく肘から直角を描きながら右腕の下に。
最初は珍妙と鼻で笑っていたその構えはイアソンが舌を巻くほどに凶悪なモノだった。
左拳はある時は襲い来る蛇頭かしなる鞭のように円弧を描き、またある時は垂直かつ直線的に獲物を狙う変幻自在。
右はそんな相方とは裏腹に一切の無駄なく最短で相手の急所を穿つ剛の拳。
イアソンは知る由もないが、宗一郎が振るう拳打は彼が生前に暗殺組織から叩き込まれた『蛇』という名の暗殺拳である。
そして不安定な船の上だというのに体幹が一切揺らぐことなく滑るように動く足さばき。
その連携は英雄と謳われたイアソンすら圧倒する程の絶技だ。
「どうした大英雄とやら。貴様に告げた圧倒的な戦力差の覆し方、まだ半分も教授していないぞ」
「ぐ……聞いてないぞ! あの魔女の付録がこんな力を持ってるなんてっ!?」
予想外の劣勢に取り乱すイアソンだが、次の瞬間には左頬と顎に宗一郎の左拳を食らって尻餅を付いてしまう。
「───あれをそう呼ぶな。一度告げたはずだが?」
「ぐ…うぅ……」
月明かりを受けて闇夜で煌めく刃のように危険な光を宿す宗一郎の眼。
それを受けてイアソンは拳が届かないように距離を取る。
彼はアルゴー号に乗り込んできた敵兵の中で、目の前の男が立ち塞がった時は『彼我の戦力差は圧倒的』とたしかに嘲笑った。
二槍の使い手はヘクトール、美女を背に乗せた異形の人馬はアルゴー号の船員、そして成長した魔女はこちらのメディアが相手をしている。
船長たる自分が戦場に出る事に関しては不満があったが、相手が魔女の付属物である人霊なら楽勝とタカを括っていたのだ。
だが、それは大きな間違いだった。
元人間であろうと英霊メディアの宝具に指定された男。
その時点でポテンシャルは低クラスサーヴァントの領域に指を掛けていた。
そして見た事も無い奇妙な拳闘術。
その巧みな術理の前では、ケイローンから学んだパンクラチオンなど何の役にも立たない。
拳打も蹴打も組み付きすらも、こちらの手足が届く前に全て相手の左拳に迎撃される。
(あれだけ痛い思いをしたってのに全く役に立たないじゃないか、あのウマ野郎!!)
爽やかな笑みで自分をシゴキまくったかつての師に心の中で中指を立てながら、イアソンはついに腰に
「遊びは終わりだ。私は王になるべき男、雑兵一人に手間取ってはいられんのでな!」
「好きに使うがいい。それで私を殺せるならな」
「なめるなぁっ!!」
こちらが武装したにもかかわらず何の動揺も見せない宗一郎に激昂したイアソンは、剣を振り上げながら勢いよく襲い掛かる。
だが───
「フッ!」
間合いに入りイアソンが振り下ろそうとした剣、その刀身の腹に宗一郎の左拳が刺さった。
「なッ!?」
威力に圧されて大きく跳ね上げられるイアソンの右腕。
その間にも宗一郎の左拳はイアソンの左腕、そして顎を続けて食らいつく。
「がはっ!?」
そうして完全にガラ空きになった胴体、その心臓に向けて力強く踏み込んだ宗一郎の右拳が突き刺さった。
「ぐげぇっ!?」
葛木夫人の魔力によって強化された一撃を食らって大きく吹き飛ぶイアソン。
「イアソン様!?」
「あら、よそ見をしている暇があるのかしら?」
主にして夫である男の窮地に援護の手を伸ばそうとする少女期のメディア。
しかし魔術・心身共に成熟した魔女が未熟だった自分の隙を見逃すわけがない。
「ここまでよ。あの男に付いた事を悔いなさい」
援護の時間を稼がんと少女メディアがばら撒いた魔力弾の群れを烈火でかき消した彼女は、続けざまに羽のように広げたマントから魔力砲撃を放つ。
「きゃああああっ!?」
空を裂く紫紺の光線は少女メディアの障壁を容易く打ち破り、イアソンのすぐ近くまで彼女の小柄な体を吹き飛ばした。
「怪我はありませんか、宗一郎様?」
「ああ。だが今の一撃、少しばかり浅かったようだ」
音もなく傍らに降り立った妻に言葉を返した宗一郎だったが、鋭さを増した視線の先では拳の型に陥没した胸を押さえたイアソンが少女メディアと共に立ち上がっていた。
「クソッタレ……! 何をやっているんだ、メディア!? 相手は同じお前だろうが!!」
「申し訳ありません、イアソン様! ですが霊基による経験の差からか、攻撃の為の魔術は向こうに分があるのです」
「使えない奴め! ヘクトールは! ヘラクレスはどうした!?」
上手く事が運ばない苛立ちを露わに喚きたてるイアソン。
一方のヘクトールはディルムッドを前に釘付けにされていた。
嵐のように振るわれる二本の魔槍を愛槍で危なげなく捌きながらも、その手数を前に防戦の天才は舌打ちを漏らす。
「まったく勘弁してほしいよ。俺の相手にガチガチの騎士を当てるなんてねぇ!」
閃光を思わせる深紅の刺突を槍の石突きで跳ね上げたヘクトールは、その勢いのままに槍を回転させて清らかな剣を思わせる穂先を突き出す。
その動きはやる気のない声とは裏腹に鋭く無駄が無い。
しかし心臓へと食らいつくはずの一撃はすんでのところで黄色の柄に防がれる。
「随分と覇気が無いな。貴殿も九賢人と称された名将だろうに!」
大きく足を後方へ投げ出し、半身になりながらスタンスを広げる事で刺突の衝撃を逃がしたディルムッドは、必滅の黄薔薇で相手の槍を跳ね除けるとその勢いのまま柄を短めに持ち直した破魔の紅薔薇を横薙ぎに振り抜く。
「オジサンの本分は政治屋さ。俺達からしてみれば、アンタ等が血気逸る戦争も外交の手段に過ぎない」
対するヘクトールは弾かれた愛槍を武装解除で消し去ると、側頭部に食らいつこうとする紅い暴風を寸前で身を屈めて躱し、その勢いのまま水面蹴りでディルムッドの足を打ち払う。
「くっ!?」
「だから誇りもクソも無いし勝つ為なら何でもやるのさ。こういう風に!」
そして再び
しかしディルムッドも伊達にフィオナ騎士団の一番槍をしてはいない。
受け身を取るにしても手を付いていては迎撃も回避も間に合わないと悟った彼が取った行動は右手の黄薔薇を甲板に思い切り突き刺す事だった。
そして紅薔薇から手を離して短槍を支点に倒立の体勢を取ると、そのまま腕の力でトンボを切って後方へ跳び去ったのだ。
「まさか立ち合いの最中に自分の得物を消してみせるとは……」
「発想の問題さ。生前と違って任意で出し入れ出来るんだ、こんな便利な能力を利用しない手はないだろ」
頬を伝う汗を拭うディルムッドに気の抜けるような態度を崩さないヘクトール。
しかし両者ともに背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
ディルムッドは相手の防御の堅牢さと真意を掴ませない老獪さ、そして首を狙う蛇のように防御の合間に飛び出す絡め手に舌を巻く。
対するヘクトールも二槍流という珍しい闘法を十全に使いこなし、あのアキレウスにも迫る槍捌きを見せるディルムッドの攻撃に肝を冷やす。
得手に攻守の違いはあるものの力量は互角。
ヘクトールにイアソン達を援護する余裕はない。
その様子を見て取ったイアソンは内心で『使えない』と吐き捨てながら周囲に眼を向ける。
アルゴノーツには程遠い雑霊の船員どもだが、一瞬でもこちらの体勢を整える間を稼げばいいと思ったのだ。
しかしその期待は儚く打ち砕かれた。
「他愛なし。ギリシャ最強の船と聞いていたが、これでは鎧袖一触にもならぬ」
「この者達は英霊にすら届かぬ雑魚ばかり。もとより項羽様の前に立つ資格などございません」
今まで船を動かしていた者達は中華が誇る美貌の仙女と覇者によって、霊核どころかその全てを打ち砕かれて完全に消滅していたのだ。
「チクショウッ!? ヘラクレス! 早く助けにこい、ヘラクレス!!」
カルデア一行が乗る海賊船の方へ必死に声を張り上げるイアソン。
しかし一縷の望みを込めた視線の先で彼が見たのは、全幅の信頼を寄せる大英雄が膝をつく光景だった。
◆
どうも、お久しぶりのニートことアルトリアです。
カルデア預かりになって約一月あまり、組織第二位の戦闘力という事で重宝されております。
悩みがあるとすれば戦闘力第一位の兄上と差が開き過ぎていて、今までの特異点が「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」状態だった気がするくらいです。
そんな兄上ですが、今はカルデア船団の一隻であるバイキング船の上で強敵と相対しています。
その相手とはギリシャ最強の大英雄ヘラクレス。
私の知る肉密度300%のバーサーカーではなく、ライオンの毛皮を被った理性溢れる戦士です。
鳴り物入りで召喚された大型新人アキレウスも、某龍球マンガに出てくる緑色の大魔王のように敗れ去ってしまいました。
しかも会話を聞く限りでは、ヘラクレスは兄上のトンチキ剣法が使えるというではないですか。
あのマッチョネスにゴイスーでデンジャーな剣術の合体とか絶望以外の何物でもないのですが、それを否定したのは我が姪っ子でした。
「あのおっちゃんの戴天流はカッコだけだぞ」
これには私を始め黄金の鹿号に乗っていたサーヴァント達も首を傾げます。
「なに言ってんだ、チビ。ヘラクレスの野郎はライダーの攻撃を捌いてたじゃねーか」
「あれは君の父君が使っていた防御法と同じに見えたがね」
モーさんとエミヤの問いかけにモードレッドはブンブンと首を振ります。
「あのおっちゃんは目と反射神経で防いでた! ガウェにーちゃんのやり方と一緒だぞ! 戴天流で大事なのは、相手の『意』を感じることなんだ」
それを聞いて私は納得しました。
ブリテン時代や妖精郷での鍛錬の時、アグラヴェインやモードレッドにそうアドバイスをしていたのを聞いた事があります。
「その『イ』ってのは何なんだ?」
「おしゃべりはそこまでだ。戦況が動くよ」
ドレイクの声に意識を戻せば、ちょうどヘラクレスが戦斧を大上段に構えて兄上へ突進しているところでした。
「ぬぅんっっ!!」
甲板の板を踏み割りながら間合いを詰めた大英雄は振り上げた得物を唐竹に振り下ろします。
その一撃はスピード、力共に特級品。
並の……いいえ、かなり腕に覚えがあるサーヴァントでもまともに受ければ両断されるでしょう。
しかしウチの兄上は普通ではありません。
右手に持った一刀を胸元に持ち上げ、その切っ先を相手に向ける戴天流独特の構えから描く剣閃は容易にヘラクレスの一撃を絡め取ります。
ぶっちゃけ、なにをどうしたらあんな動きで必殺の一撃をいなせるのかサッパリ分かりません。
私が大いなる謎に挑んでいる間にも目標から逸れた剛斧に釣られて前のめりになるヘラクレス。
私もやられた事があるからわかりますが、武器に込めていた自分の力を相手の良いように操られるから否応なしに体勢が崩れるんですよね、アレ。
ですが、大英雄は普通ではありませんでした。
「おおっ!」
なんと崩れそうになる体幹を無理やり立て直して、首を狙った兄上の一撃を防いでみせたのです。
「マジですか……」
これには私も度肝を抜かれました。
ブリテンではあの流れから兄上の一撃を防いだ者はいなかったからです。
この時点で十分とんでもないのですが、私が我が目を疑うのはここからでした。
なんとヘラクレスは交えた刃を巧みに操って、先ほどの兄上を彷彿とさせる剣閃を見せたのです。
一瞬で覆る攻守。
ヘラクレスが操る斧の動きに剣を絡め取られ、今度は兄上の体勢が大きく崩れました。
そしてその機を狙って繰り出されるヘラクレスのショルダータックル。
あの巌のような肩がマトモに入れば、いかに兄上とはいえ大打撃となるでしょう。
しかし、その一撃はあえなく空を切りました。
何故なら兄上はヘラクレスが自分の剣を釣り上げる力に逆らわず、その身を宙に投げ出していたからです。
そして渾身の一撃を外した大英雄の頭上を飛び越えざまに放たれる一刀。
兄上が音もなく甲板へ降り立つと、それを合図とするかのようにヘラクレスが被っていた獅子の頭が真っ二つになって両肩へ垂れ下がりました。
「言うだけあって波濤任櫂の型は完璧だな。しかし肝心なモノが抜けている。今の状況なら二拍子は速く相手の刀を絡め取らんと本物とは言えんぞ」
「ならその肝心な物とやら、ご教授願えるのかな?」
「まさか。自分の流派の事を余人に話す武人はいるまいよ」
バーサーカーの時の厳つい顔はどこへやら、男前の面構えに冷や汗を一筋垂らすヘラクレスと不敵な笑みで振り返る兄上。
正直、神の子でもパクるのは無理だと思いますよ。
説明を受けた時、私も『兄上はいったい何を言っているんだ?』状態でしたし。
でもって、観戦組のギリシャ在住だった某姉妹は今のやり取りに絶句しています。
「……ねえ、メデューサ」
「なんでしょう、下姉様」
「あれってネメアの獅子の毛皮よね?」
「伝承通りならそうかと……」
ゴルゴン姉妹の間に通り過ぎる沈黙、それに首をかしげたのはドレイクでした。
「どうしたんだい。あの大将の腕なら毛皮くらいバッサリいくだろ?」
「あれは普通の獅子じゃないの。神代のギリシャで名を轟かせた神獣の物よ」
「噂通りなら人類の文明。すなわち人理を否定する特性を持ち、人が生み出すあらゆる道具を無効化する力があるはずです」
二人の言葉に宇宙の真理を知った猫のような表情を浮かべる面々。
ヘラクレスがそんなの装備していたら、そんな顔をしますよね。
「なんなのそれ。ヘラクレスなんて大英雄がそんなのを着てたら反則じゃない」
電池が切れたのか、とろんとした目で半分寝ているミユを抱っこしたマルタが私達の声を代弁します。
「そうね。でも、そんな特級宝具をあのゲテモノ食いは斬ってみせたのよ。おかしいと思わない?」
「まあ、旦那だからな」
「そうですね。私もブリテン時代に魔力砲ごとカリバーンを斬られましたし、兄上が宝具を破壊するなんて今更です」
「待ってくれ、それはおかしい」
私とアンリ・マユの言葉にエミヤがツッコミを入れてきますけど、これは変えようのない事実です。
やはり実家にあるマルミアドワーズや他の宝剣は蔵に置いておく方がいいですね。
せっかく姉上が回収してくれたのに、何かの拍子にあっさり斬られたら泣くに泣けません。
ちなみにさっきまで戴天流の事を話そうとしていた姪っ子は、兄上の言葉を聞いて小さい手で自分の口を押えていました。
さて、船上の戦いですが次は兄上が攻め手を取ったようです。
音もなく一瞬で懐に飛び込んだ兄上が放つ袈裟斬りを先ほどと同じように絡め取ろうとするヘラクレス。
しかし、その一手はフェイントだったようで振るったヘラクレスの剛斧は兄上の剣に絡め取られ、ヘラクレスの身体が大きく右に泳ぎます。
続けて最小の動きで足を払い、完全に動きが死んだところで振るわれる横薙ぎの一刀。
それはヘラクレスの分厚い胸板を一文字に切り裂きます。
「ぐう……!?」
「今のがお前さんの波濤任櫂が不完全な証拠だ。本当の戴天流剣士ならフェイントに騙されないからな」
「やはり2度ほど見ただけの付け焼刃では通用せんか。ならば、ここからは私の流儀で挑ませてもらおう!」
たたらを踏んで背後へ下がったヘラクレスですが、その強靭な筋力で無理やりに傷を塞ぐと猛然と兄上に襲い掛かります。
縦横無尽に振るわれる斧はかつてのバーサーカーを彷彿とさせますが、その中身はまるで別物。
狂っている時のように腕力へ重きを置いたモノではなく、一撃ごとにしっかりと体重移動で隙を軽減しているため動きに澱みがありません。
しかも斧を振るった反動を利用して拳打や蹴りも放っているのですから、手数も狂戦士だった時よりも上です。
その姿はまさに斬撃と打撃の暴風。
円卓の騎士たちでもあの暴威を受け切れるものはいないでしょう。
というか、あんなのと打ち合えとかどこのダークでソウルな死にゲーなんでしょうか?
そんなギリシャ産のトンデモタイフーンをウチの兄は真正面から斬り結んでいます。
さすが兄上、やっぱり頭がおかしい。
斬撃はいつものように謎の剣閃で次々といなし、剣戟の合間に襲い来る打撃も拳を受け止めるのではなく出かかりを肘や手首を押さえる事で受け流す。
その様はカンフー映画を超早送りで見ているかの如く。
言葉にすれば簡単ですが相手はあのヘラクレス、その難度は推して知るべしです。
少なくとも私には出来る気がしません。
しかしヘラクレスも伊達に大英雄とは呼ばれていません。
「見事だ、剣士殿! ならばこれはどうだ!!」
横薙ぎと見せかけて手にした剛斧を兄上に投げつけると、地を這うように体勢を低くして諸手で兄上の足を刈りにいったのです。
剣戟戦の最中に意表を突く形で飛び出したタックル。
「おい、マジか!?」
「いかん!? あの体格差で取り押さえられたら致命的だぞ!」
焦りを声に出すエミヤとモーさん。
かく言う私も思わず手を握り締めています。
兄上は向かって来た戦斧を躱すのに上体を逸らしている。
タックルを決めるにはこれ以上の好条件はありません。
そうして私達が固唾を呑む中、重戦車を思わせる勢いで突進するヘラクレスの両手が兄上の足に掛かろうとしたその瞬間でした。
ドンッというまるで大砲が発射されたかのような腹に響く音と共に、なんとヘラクレスの身体が吹き飛んだのです。
見ていた私たちは唖然茫然、まったく意味がわかりません。
そんな私達を他所に、身体をくの字に曲げながら猛烈な勢いで宙を飛ぶヘラクレス。
その身体は叩きつけられた船体の端にある船べりを半ばへし折って、ようやく止まりました。
「さすがはヘラクレス、凄い馬力だ……なんて感心している場合じゃないな」
いつの間にか突き出していたのか、薄く煙を上げる左の掌を戻した兄上は甲板を蹴ります。
「今のはいったい……クッ!?」
砕けた船べりの破片を身体から零しながら身を起こしたヘラクレスは、瞬時に間合いを詰めていた兄上の頸狙いの横薙ぎを武装を解除・再召喚した剛斧の柄で防ぎました。
「何が起こったか分からないと言った顔だな」
「ああ。何が起こったのかさっぱりだっ!」
刃と柄で火花を散らして競り合う中、怒号と共に剛腕で兄上の身体ごと刀を弾き返すヘラクレス。
しかし兄上は相手の勢いを利用して身体を旋回させると、そのまま切っ先で甲板を舐めるような軌道で刃を斬り上げます。
その一刀は獅子の毛皮ごと逆袈裟の傷をヘラクレスの胴体に刻みますが、その深さは皮一枚。
そして致命を避ける為に限界まで反らした上体をバネに、彼は手にした得物を突き出します。
剛腕によって立ちはだかる物全てを粉砕する凶器と化した斧刃。
それを紙一重で躱すと、兄上はヘラクレスの懐へと踏み込みました。
そして再び響く轟音。
しかし、兄上の攻撃が当たったわけではありませんでした。
「捕らえたぞ! この私に同じ技は通じぬ!!」
掌を突き出した兄上の手首をグローブのような手で握るヘラクレス。
これは拙い!
力勝負になったらいくら兄上でも勝機はありません!
思わず青褪めた私でしたが、その心配は思わぬ形で覆されてしまいます。
「フッ!」
鋭い呼気と共に兄上がすり足で下がると共に上体を引くと、なんと掴んだ手を支点にしてヘラクレスの身体が宙で一回転したのです。
「……ッ! これは!?」
「化勁、合氣とも呼ばれる技術だ。さっきアンタを吹っ飛ばしたのもコイツなんだがな」
驚きの声を上げるヘラクレスにニヤリと悪鬼の如き笑みを浮かべる兄上。
つーか、また訳の分からない技術を身に着けてますよ、あの人!
このまま頭から地面に叩きつけられると思っていたのですが、あの大英雄も並ではありません。
兄上の手首を離すと両腕を甲板に付いて逆立ちになり、逆さになったのを利用して兄上の頭に足を振り下ろしたのです。
あの丸太のような筋肉の塊を受ければ、兄上の頭はザクロのように砕け散ってしまうでしょう。
しかしヘラクレスの蹴撃が着弾する寸前、私のトラウマを刺激する涼やかな音が響き渡りました。
それに一拍子遅れて木製の板を砕きながら甲板に落ちる肉塊。
それは膝のすぐ下から切断されたヘラクレスの右足でした。
「チィィッ!?」
血飛沫を上げながらも腕力を活かして甲板を突き飛ばし、兄上の頭上を飛び越えて船の中ほどへ着地するヘラクレス。
片足で揺ぎなく立つ彼の右足はまるで早送りのように復元されてしまいました。
「まるでトカゲの尻尾だな。たしか『十二の試練』だったか?」
斬り上げた刀の切っ先をヘラクレスへ向けながらいつもの構えを取る兄上。
「まったくもって忌まわしい事だがな」
再生が終わり斬られた痕も薄い痣となった右足に苦々しい表情を浮かべるヘラクレス。
そんな彼を見ながら兄上は目を細めます。
「随分な言い草……いや、アンタの辿った道を考えれば奴等に感謝なんて抱けないのは当然か」
「ああ、奴らの祝福など反吐が出る。故にヘラクレスという名も私にとっては蔑称だ」
納得したように頷く兄上にヘラク……ああ、こう呼んではいけないんですね。
大英雄は吐き捨てました。
「ではどう呼べばいい?」
「アルケイデス。それが母から授かった本当の名だ」
そう告げた彼はふと何かに気が付いたかのようにアルゴー号の方を見ます。
「あまり時間は無いようだ。船長が助けを呼んでいる」
「まあ、嫁さんをけなされて怒る旦那と女の情念に燃える精霊がいるからな」
つられてアルゴー号を見ていた兄上の言葉にアルケイデスは『それではイアソンに止められないのも道理か』と苦笑いを浮かべる。
「とはいえ友を見捨てる訳にはいかん。───決着を付けよう」
「いいだろう」
言葉と共に得物を構える二人。
ヘラクレスは戦斧を正眼に、兄上は身体を弓の弦に見立て剣を持った右手を引き絞る矢のように構えました。
同時に海を隔てたこちらにまで肌が泡立つような空気が伝わってきます。
そして限界まで張り詰めた両者の緊張が弾けるのと同時に、アルケイデスが大きく一歩踏み出しました。
「
自分の射程へと相手を捉えた大英雄が戦斧を大上段に振り上げた瞬間、その心臓を閃光が撃ち抜きました。
その光はアルケイデス以上のスピードで彼の懐へ飛び込んだ兄上、その右手が放った刺突でした。
鍔の寸前まで突き刺さった剣を引き抜かれると、戦斧を取り落としたアルケイデスは喀血と共に膝をつきます。
「まさか…宝具を放つ一瞬を…狙って来るとは……」
「サーヴァントの弱点は宝具を撃つ時に真名を唱える必要がある事だな。時間にすれば刹那の間だが付け入る隙としては十分だ」
…………ちょっと待ってください。
ガチの意味で近接サーヴァント殺しをやってのけましたよ、あの兄貴!
「おい、赤いの。お前、宝具を使う瞬間って狙えるか?」
「遠距離からの狙撃なら可能だろうが、懐に飛び込もうなどとは普通は思わんな。君はどうなんだ? 逆境の中に勝機を掴む、反逆の騎士としては本懐だろう」
「馬鹿か、反逆と自殺は違うんだよ。あんなイカレた事狙うのは叔父上だけだ」
「真名解放って弱点だったんだね。私も気を付けないと、使った瞬間を狙われたら呼び出した自分の戦車に轢かれかねないよ」
「アイコンタクトだけで発動するようにタラスクを鍛えようかしら……」
「というか、私としてはヘラ……アルケイデスがあんな風に思っていたのがショックだわ。ねえ、ダーリン」
「いや、ヘラがアイツにした事を考えたら普通はそうなるから。むしろブチキレてオリュンポスに反逆しなかった事が奇跡だろ」
他のサーヴァント達もあれには完全にドン引きしています。
たしか前に聞いた説明だと兄上の流派は相手の意思とかそういうのを読めるんですよね?
という事は相手が宝具を使う意思を察知して、真名を唱えるその一瞬を狙って来るって事ですか?
「今回は『十二の試練』は断たせてもらった。これで蘇りも無しだ」
しかもガード不能で強制バフ解除付きとか、なぁにこれぇ(白目)
「見事だ……万物を断ち切るその刃はやはり本物だった」
私達が現実と戦っている間に、死に体だったアルケイデスが立ち上がりました。
しかし、如何に彼でも蘇生を断ち切られて心臓を穿たれては命を繋ぐことはできないのでしょう。
その身体は少しずつ黄金色のエーテルへと還りつつあります。
「そういえば、アンタは俺を知っていたみたいだな」
「知っている。しかし、その理由を語る時間は私に残されていない」
もはや戦えないと見抜いたのでしょう、兄上は手にした刀を鞘へと納めました。
「剣士よ、最後に一つ頼みを聞いてほしい」
「なんだ?」
「世界を斬る一刀を見せてはくれないか?」
…………なんですと?