剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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前回のあらすじ

剣キチ「はぁ…はぁ…世界斬り?」(喜んでる)

アンリ「乗るな! 旦那! やめろぉぉぉっ!!」

 策士アルケイデスが発した逆転の秘策、成功するか?


剣キチが行く人理修復日記(27)

 イアソンは敵の船に広がる光景が信じられなかった。

 

 ヘラクレスは彼等ギリシャの英雄の頂点だ。

 

 誰もが憧れ、その強さに挑んで一撃で返り討ちにされた。

 

 神々が用意した十二の難行を踏破した天下無双の超人なのだ。

 

 それが敗北するなど誰が信じられようか。

 

「頼みの綱だったヘラクレスもおしまいみたいね」 

 

「ふざけるな…ふざけるなぁ!! アイツはヘラクレスだ! 不死身の英雄なんだぞ!! それが負けるなんてあってたまるかぁ!?」

 

 メディアの言葉に顔を真っ赤にして喚き散らすイアソン。

 

 その表情に宿るのは今までの癇癪ではなく純粋な怒り。

 

 それは自分が友と認めた男に敗北という泥が付いたという事を侮辱と捉えるが故の憤りだった。

 

「そこまでにせよ。全力で戦った友が齎した結果を認めぬのは、その者への侮辱にほかならぬ」

 

「黙れっ! アイツが負けるなんて結果、認めてたまるかっ!!」

 

 項羽が発した武人としての言も聞く耳持たぬとばかりに荒れ狂うイアソン。

 

 これには虞美人も怒りを通り越して呆れてしまった。

 

「項羽様、あの者は現も認められぬほどに狂ってしまったようです。いかに貴方様のお言葉でも届く事はないでしょう」

 

「歪んでいようと大英雄への友情と信頼は誠であったという事か。哀れな……」

 

 イアソンが3騎のサーヴァントと仙女に追い詰められる中、もう一方で火花を散らしていたランサー達の決着も付こうとしていた。

 

「はあああぁっ!!」 

 

「ぐっ!? コイツはちとヤバいかな」

 

 長短二槍を精妙に振るうディルムッドの猛攻を前に、ヘクトールは徐々に押され始めていた。

 

 最初は打ち終わりの隙が大きい紅の槍を上手く捌いてカウンターを取っていたが、相手の気勢が上がってからはその余裕も無くなった。

 

 常にベッタリと間合いを詰められていては、投擲宝具である『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』も撃てない。

 

 なにより彼の足を引っ張っていたのは気まぐれに揺れる戦場という場だ。

 

 防衛線で名を馳せたヘクトールの主戦場は都市や平原など陸の上だった。

 

 盤石な大地の上で戦う事に慣れていた彼では格下相手の短期戦ならともかく、実力が拮抗した相手とのしのぎを削る戦いでは流石にボロが出る。

 

 対してディルムッドはフィアナ騎士団の一番槍として、そしてグラニア姫を連れた逃亡生活で数多の悪条件の中を戦い抜いて来た。

 

 当然その中には水上戦もあり、地形への適応はヘクトールを上回る。

 

 そして、この立ち合いではそれが明暗を分けた。

 

 ディルムッドが左右の槍から放った連撃。

 

 紅と黄の穂先が壁のように見える程の猛攻をヘクトールが捌いた時、打ち寄せた一際大きな波によってアルゴー号の船体が大きく揺れた。

 

 それによって踏ん張っていたヘクトールの足が海水に濡れた甲板をわずかに滑ったのだ。

 

 もちろん無様に転倒するような事は無く、彼はすぐに体勢を立て直した。

 

 しかしその一瞬こそが命取りとなった。

 

「穿て! 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)っ!!」 

 

 ほんのわずかに相手の体幹が揺らいだのを見逃さなかったディルムッドは、ヘクトールとは逆に甲板の上を巧みに移動して彼の懐へ飛び込んだ。

 

 そして左の短槍で彼の心臓を貫いたのだ。

 

「ゴホッ!?」

 

 苦悶の表情を浮かべるのも血塊を吐き出す一瞬だけ。

 

「───やれやれだ。慣れない戦場にサシの勝負なんて不得意な戦い方、放っとけないからといって人理を滅ぼす方に付いたのが失敗だったかねぇ」

 

 その後は愛槍を支えに、どこからか取り出したシケモクを吹かすヘクトール。

 

「そんなワケで今回はオジサンの負けだ。こんな首取っても自慢にならんだろうが、邪魔にならないなら持って行ってくれ」

 

 こんな気の抜けた言葉を残し、人理に名を刻んだ賢人は飄々とした態度を崩さぬままに消えた。

 

「兜輝くヘクトールよ、見事な戦いぶりだった。この勝利は我が槍、そして主に捧げるに相応しい誉れだ」

 

 ディルムッドはエーテルの残滓に短く黙祷を捧げると、踵を返してイアソンを追い詰めている自軍へと合流した。

 

「なっ……ヘクトールの奴まで!?」

 

「ヘクトールも逝きましたか。イアソン様、どうなさいますか?」 

 

 自分を守る最後の盾が消えた事に動揺するイアソンとは裏腹に、少女メディアは冷静に問いかける。

 

「……クッ!?」

 

「降伏は不可能、撤退も出来ません。ヘラクレスはもはや戦闘不能で、私は治癒と防衛しか能のない魔術師です」

 

 可憐な魔術師が並べ立てた現状は、いっそ悪夢と言っていい程に最悪な物。

 

 イアソンは自分が思い描いていた未来が音を立てて崩れていく事に強く奥歯を噛んだ。

 

「さあ、いかがいたしましょう?」

 

「うるさい、黙れッ! 妻なら妻らしく、夫の身を護る事を考えろ!!」 

 

 それ故に少女メディアに癇癪をおこすイアソンだったが、そんな身勝手なセリフを聞き流せない者達が目の前にいた。

 

「愚かな。その身を盾にしてでも愛する妻を護るが夫の役目であろう」

 

「我が身可愛さに愛する女を敵前に放り出す者に、伴侶を娶る資格は無い」

 

 項羽と宗一郎の厳しい視線を受けて思わずたじろぐイアソン。

 

 少女メディアは夫の言葉に頬を染める未来の自分を一瞥すると、張り付けたようなほほえみをイアソンへ向ける。

 

「ええ、もちろん考えておりますわ。だってそれがサーヴァントというものですもの」

 

「……なんだその顔は? どうして笑っている! お前、この状況が分かっていないのか!?」

 

「いいえ。手はあるのですよ、イアソン様。あの方が言っていた無敵の力。この特異点に潜むダビデが持つ『聖櫃』へ女神エウリュアレを捧げて、初めて手に入るそれを少しだけ前借りする術を私は持っています」

 

「そうか! ならさっさとやれ!! この状況をひっくり返すにはそれしかない!!」

 

「わかりました」

 

 少女メディアがそう呟いた瞬間、イアソンが持っていた聖杯が鳴動を始める。

 

 そしてあふれ出す膨大な魔力によって、サーヴァントであるイアソンの身体は急速に別のナニカへ変わっていく。

 

「なっ!? おま、おまえ! やめろ!? なにする!」

 

「あら、先ほど私に命じたではないですか。無敵の力をよこせと」

 

 自らの異常に気付いて悲鳴を上げるイアソンを、少女メディアはクスクスと笑いながら見ている。

 

「い…いやだ!? からだが…とけ……っ!」

 

「聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ。権限せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり」

 

 そうして人の姿を維持する事も出来なくなったイアソンはか細い声で断末魔をあげる。

 

 そんな主の事など気にもせずに朗々と呪詛を紡ぐ少女メディア。

 

 その様子を見て、カルデアのメディアは不快げに顔を歪める。

 

「まさか先に自分から裏切るなんてね。あなた、最低限の矜持すら持ち合わせてないのかしら?」

 

「私は裏切ってなどいませんわ。少し誤解があったようですが、イアソン様に力を与えるというのは本当ですもの」

 

 吐き捨てる未来の自分に可憐な魔術師はさも当然のように言葉を返す。

 

「がぁ…ぎぃぃ……あぎゃあああああああっ!!」

 

「さあ、イアソン様。貴方に戦う力を与えましょう。抗う力を与えましょう。───今度こそ共に滅びる為に戦いましょう」

 

 もはや肉塊へ成り果てたイアソンへ向けて花のような笑みを向ける少女メディア。

 

「さあ序列三十、海魔フォルネウス。その力を以ってアナタの旅を終わらせなさい!」

 

 半ば叫びとなった少女メディアの声によって、イアソンだったモノを苗床に黒い肌と数多の赤い目を持つ異形の柱がそびえ立つ。

 

 これこそが魔神柱。

 

 魔術王ソロモンの走狗にして、人理を滅ぼす七十二の魔神の一つである。

 

『バカな! 魔神なんて……本当にいるのか、そんな物が!?』

 

 船外からでもはっきりと見える異様に通信から驚愕の声を上げるロマン。

 

 しかしそれを目の前にしたサーヴァント達は欠片も怯む気配はない。

 

「ついに現れたわね。項羽様と私のハッピーライフの糧が!!」

 

 鼻息荒くアルガから借り受けた魔力抽出装置を構える虞美人。

 

「虞よ、気を付けよ。彼の者は魔術王の手先と聞く」

 

「この禍々しい気配、軽く見てよい物ではあるまい」

 

「まぎれもなくあれは悪神の類。お二人も油断めされるな」

 

 そんな妻を窘める項羽とその言葉に同意する宗一郎。

 

 そして二槍を羽のように構えるディルムッド。

 

「どういうことかしら、虞美人? 今のハッピーライフについて詳しく!」

 

 最後に目ざとく虞美人が発する幸せの匂いへ食いつくメディア。

 

 様々な思惑が絡む中、オケアノス最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 どうも、突然降ってわいた依頼に困惑している剣キチです。

 

 先程大英雄との胸躍る戦いを制したのだが、そのアルケイデスから魅力的……いやいや、困った頼みごとをされる事になった。

 

 俺が誇る対アラヤ抹殺奥義……もとい秘技である世界斬りを見せてほしいというのだ。

 

 別に勿体付ける程のモノでもなし、見せるくらいなら構わないのだが今は場所が悪い。

 

 特異点という奴は焼却された人理の中に聖杯を核として形成された異世界である。

 

 そこに世界斬りなんてカマすとどんなことになるか分からない。

 

 というか、初っ端でやらかした時の事を思うと絶対にロクな事にならんだろう。

 

 ほら、外なる神々とか某世界を食らう機械の皇帝や原初にして終焉の魔神なんかが出てきたら、アルケイデスでも狂気に堕ちるかもしれんし。

 

 とはいえ、今わの際にこんな事を言いだしたのを思えば、むこうにも切実な事情がある事は想像に難くない。

 

 まずはそれを知らんと判断できんな。

 

「何故そんな物を見たがる?」

 

「……私は子供達の魂を我が座から解放したいのだ」

 

 思いつめた顔で小さく漏らすアルケイデス。

 

 その姿は敗北した事を差し引いても英雄とは思えない程に覇気がない。

 

 さて、奴から聞いた話はこうだ。

 

 伝承とは違い、妻であるメガラ女史との愛を貫いたアルケイデスは十二の試練完遂後にオリュンポスから提示された神への道を断った。

 

 彼にとって十二の試練に挑んだのは狂気に取り着かれて手に掛けてしまった妻子への贖罪のためであり、栄誉や名声など求めてはいなかった。

 

 なので、当然ながら悲劇の切っ掛けを作った神になる気など毛頭なかったのだ。

 

 そうして神々から背を向けたアルケイデスは、誰もいない荒野に向かうと隠し持っていたヒュドラの毒を自らあおる事で命を絶った。

 

 そうして死後、英霊として召し上げられた彼は座で妻子と再会を果たす。

 

 最初は家族と共に暮らせるようになった事を喜んでいたアルケイデスだったが、月日が経つにつれてある悩みが頭をよぎるようになった。

 

 それは子供達をここに留め続けて本当に良いのかという事だ。

 

 ギリシャ神話だと死者の魂は本来だと冥界へ招かれ、レーテーの川の水を飲む事でその生の記憶を漂白して次の生へと赴くという。

 

 しかし座に召し上げられた子供達には変化が訪れる事はない。

 

 成長の達成感も、誰かを愛する喜びも、何かを失う悲しみも、自分の子を抱く至福も、何一つ味わう事が出来ず自分を人理の守護者へ縛り付ける為の楔として子供であり続ける事を強いられる。

 

 それは幸福とは言えないのではないか?

 

 親ならばたとえ自分の手から離れるとしても子供達の新たな生を、可能性を望むべきではないのか?

 

 思い悩んだアルケイデスはメガラと相談した結果、子供達の魂だけでも座から解放する事に決めた。

 

 しかし彼には座に囚われた魂を解き放つ方法は分からない。

 

 同じく英霊へと召し上げられた恩師ケイローンへ生前の恥を忍んで相談したが、帰って来たのは知らないという答えだった。

 

 そんな時、英霊の座へ侵入したのがガウェイン達を取り戻しに来た俺だった。

 

 世界や因果を断ち、英霊となった息子達の本体を奪還するのを見たアルケイデスは俺に希望を抱いた。

 

 あの剣技さえあれば子供達を世界の手から逃れさせられると。

 

 専用の宝具や権能も無しに世界を斬るなど空前絶後の秘技ではあるが、幸い自分は大英雄と言われる程に才気に溢れた男だ。

 

 教えを乞うか間近で一から技を見る事ができれば習得する自信はある。

 

 しかし平行世界の聖杯戦争や謎のバカンスで俺と出会う機会はあったらしいのだが、肝心の世界斬りに関しては見る事ができなかったそうだ。

 

「だから今回は逃したくないってワケか」 

 

「そうだ。私が聖杯戦争の召喚に応じるのはそれが目的だからな」 

 

 なるほど、事情はわかった。

 

 親として奴の気持ちは理解できるし、そういう話ならやってやるのもやぶさかではない。

 

 ただ、見せても無駄だと思うんだよなぁ。

 

 ぶっちゃけ、この世界斬りという技は才覚だけでどうにかなる代物ではない。

 

 前提条件で因果を見極める技術が必要となるからだ。

 

 そしてその因果を見極める為には内家拳を極めなければならない。

 

 現状のアルケイデスが見ただけで世界斬りを会得するのは、足し算が分からない子供に連立方程式を解けと言っているようなものだ。

 

 あと武人として言わせてもらえば、他流の人間に『奥義を見せて』なんて抜かすのは超絶失礼な事である。

 

 しかも一回見たら憶えますなんて言った日には惨殺されても文句は言えん。

 

 まあ、この辺は価値観の相違だから言っても仕方がないんだけどさ。

 

 なんにせよ、この状況で世界斬りはできん。

 

 次元と時の狭間で未来永劫戦うには、俺の腕はまだまだ未熟。

 

 あの舞台に上がるには水晶蜘蛛を瞬殺できるくらいにならんといかんだろう。

 

『旦那! 乗るなぁぁぁッ!!』

 

 ほら、アンリ・マユの奴もめっちゃ焦ってるしさ。

 

「悪いがここで世界斬りを見せるわけにはいかん。高確率で特異点が崩壊するからな」

 

「む……」

 

 俺の答えに『その可能性は考えていなかった』とばかりに鼻白むアルケイデス。

 

 どうやら俺をハメて特異点を修復不可能にしようという腹ではないらしい。

 

「とはいえ、俺も人の親だ。アンタの気持ちはわかる。だからそのひとつ前の段階である次元斬を見せよう」 

 

「おおっ!」

 

 俺の言葉に喜色が籠った声を上げるアルケイデス。

 

 本当に見取り稽古で体得できるのなら、ここから世界斬りへ昇華させる事も夢じゃないだろう。

 

 やると決めたのでいい感じの的は無いかと探したところ、アルゴー号からにょっきりとミュータントミミズが生えているのが見えた。

 

 たしか向こうにはディルムッドや項羽殿達がいたな。

 

「所長、アルゴー号の状況は分かるか?」

 

 耳に嵌めたインカムに問いかけると少しの間を置いて所長の声が返って来た。

 

『今は虞美人とこちらのサーヴァント総出であの魔神の相手をしているわ。ヘクトールは撃破済み、あちら側のメディアは魔神の補助に付いているそうよ』

 

「了解だ。ここから援護射撃をするから、ディルムッドに念話で一度下がる様に伝えてくれ」

 

『わかったわ』

 

 こうして向こうの準備が終わるまでの間、俺は調息と共に峨眉万雷の構えを取る。

 

 全身の経絡を周天・洗練させた内勁を刀へと込めれば、我が視境が捉えるは万物の因果。

 

 この世は天地より万物に至るまで氣を待ちて以て生ぜざる物無き也。

 

 故に氣を極限まで極めし者が世の理を手中に納めるは自明の理。

 

『注文通りディルムッド達は距離を取ったわ! 今ならいけるわよ!!』

 

 耳朶を打つオルガマリー所長の声に、俺は極限まで無駄を排すと同時に最大まで力を乗せた動きで捉えた因果へ刀を薙ぐ。

 

 内家剣士が鋼の刃を持てば、其がもたらすは因果の破断。

 

 その前では天地万物全て、例えそれが形を持たぬ概念であろうとも破壊から逃れることはできない。

 

 打ち寄せる波の音の中で凛という涼やかな音が響くと、それに一拍子遅れてアルゴー号のマストと共にミミズの身体がズルリと横にずれる。

 

「今のが次元斬、リクエストにあった世界斬りの前段階の技だ。得る物はあったか?」

 

 重い物が倒れる音を背後に、俺は呆気にとられた顔をしているアルケイデスへと問いを投げる。

 

 すると奴は間の抜けた表情を苦笑いに戻すとこう言った。

 

「正直言って何が起こったのか理解できん。───だが、貴殿の絶技はたしかに見た」

 

「体得できそうか?」

 

「やってみせるとも。そしてどれ程時間が掛かろうと世界斬りへと昇華させて、子供達を解き放つのだ」

 

 おそらく今まで気力で無理やり身体を維持していたのだろう。

 

 不敵な笑みと共に放った宣言を残してアルケイデスは消滅した。

 

 こちらのカタが付いた事に一息ついてアルゴー号へ目を向けると、むこうでは甲板に倒れたミミズの上に乗った虞美人が例の抽出機を突き立てて、何故かその上で舞を舞っていた。

 

 あまりに意外な光景に呆気に取られていると、抽出機の底を舞台にした虞美人の背後にホログラムのように映像が浮かんできた。

 

 蒼穹の空をスクリーンにして流れていく生前の項羽殿との出会いと逢瀬、そして戦火の中での離別とカルデアでの再会。

 

 それは彼女が今まで抱いていた過去の悲しみの終わりと再び出会えた項羽殿とのこれからの生活への喜びを表すようだった。

 

 虞美人の卓越した舞の美しさも相まって俺もガラにもなく感動していたのだが、そこから先の映像に思わず顔を引きつらせてしまった。

 

 何故なら次に現れたのは白のタキシードを着た項羽殿とウエディングドレス姿の虞美人の結婚式だったからだ。

 

 予想外にも程があるビジョンに唖然としている間にも、スーツ姿の項羽殿をエプロン姿の彼女が迎える新婚生活、さらには3人の子供(全員項羽殿そっくり)を抱いて微笑む幸せ家庭の図と映像は続いていく。

 

 あれはもしかしなくても虞美人の想像……いや、妄想だよな。

 

『あれってまさか空想具現化なの? なんて…なんて超能力の無駄遣い……』 

 

 聞くだけで発した者が崩れ落ちたのが分かる所長の声を耳にしながら、あまりのいたたまれなさに俺はそっと目を背けた。

 

 それから程なくして飛んできた『採ったどぉぉぉぉっ!!』という淑女らしからぬ雄叫びは聞かなかった事にしよう。

 

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