剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。

 何故かケイネス先生だけで終わってしまった。

 これもアルテラサンタの羊のせいかもしれないメー。


冬木滞在記(1994)07

 冬木滞在記(1994) 12日目

 

 

 聖杯の汚染(?)を解決して一日が経過した。

 この地域の龍脈を穢していたのもあれが原因だったらしく、姉御は地脈の魔力を吸い上げる事で本来の五割程度まで力を取り戻す事ができたそうだ。

 さて聖杯戦争に関してだが、今日の昼前あたりに少々変わった客が現れた。

 ケイネス・エロ……なんとかという男性の魔術師なのだが、どうも姉御と魔術比べがしたいらしい。

 鼻息荒く宣言するケイネスさんを前に、俺達はコメントに困ってしまった。

 というのも、彼はどう見ても要介護な人物だったからだ。

 謎の銀色スライムに身体を預け、飲み物さえもスライム任せ。

 新種の怠惰(たいだ)スーツかと思いきや、感じる氣の流れはグチャグチャでどれだけ甘く見たって健常者には程遠い。

 こんな状態になっても闘おうというチャレンジ精神は買うが、このまま姉御と闘っても虐殺にしかならん。

 まんま伝えて怒らせるのもなんなので、やんわりとオブラートに包んで断ったのだが、相手は一向に引き下がろうとしない。

 彼は自身のコンディションは把握してもなお、それを押して姉御との勝負を望んでいるのだ。

 (いわ)く『今の私に貴女の前に立つ資格がないのは百も承知。だが、どれだけ無様を(さら)そうとも私は魔術師なのだ! 探求の()として、魔道を志す者としてッ! 例え命を落とそうとも、この好機を逃すわけにはいかない!!』

 あれだ。

 この御仁(ごじん)、覚悟完了してたわ。

 根負けした姉御は、明日彼と立ち合う事を約束した。

 場所はこの町を流れる川の河川敷。

 喜び勇んで帰っていくケイネスさんを見送った後、姉御にどうして受けたのかと聞いたところ『貴方の影響で、ああいった求道者の目に弱くなったのよ』と微笑まれた。

 嬉しいようなそうでないような、なんとも複雑な気分である。

 ともかく、姉御が鉄火場に立つのはなかなか無いので少々心配だが、相手を信じてこその夫婦である。

 姉御がガチになったら俺も本身(ほんみ)を抜いて真剣にならないといけないレベルなので、負ける事はないだろう。

 とはいえ、勝負事には万が一が付き物だ。

 怪我をしないように十分注意したいと思う。

 

 

 

 

 冬の冷え込みと共に夜の帳が降りた河川敷。

 神代の魔女による人払いと認識阻害の結界が張り巡らされた空間で、一組の男女が向かい合っていた。

 一人はアッシュブロンドに雪を思わせる白い肌を持つ美少女。

 もう一人は、絶え間なく蠕動(ぜんどう)する銀色の不定形の上で辛うじて座っている二十台半ばの白人男性だ。

 もし道行く人がこの光景を見る事ができていたなら、夜中に女子高生と要介護者が向かい合うという奇妙な光景に、首を(かし)げていたことだろう。 

「古き魔女、モルガン・ル・フェイよ。誇りある魔術師同士の競い合いに応じてくださり感謝する」

「いいのよ、Mr.アーチボルト。その身体では余計な事に気を廻す余裕は無いでしょう?」

 これより立ち合う相手に気遣われるのが気に入らないのか、ケイネスの眉間に微かに(しわ)がよる。

「たしかに我が身は万全ではない。しかし、礼を通す事もできぬほど耄碌(もうろく)したわけではないぞ」

「でしょうね。でも、貴方は少し勘違いしてるわ」

「勘違い?」

 (いぶか)しげな表情を浮かべるケイネスを前に、魔女は笑みを崩さないままにその身に宿した魔力を開放した。

 魔術を行使したわけでもないのに大気を震わせ、余波だけで結界を(きし)ませる規格外の魔力。

 万全な自分ですら足元にも及ばないその力の流動に、ケイネスの顔色がさらに悪くなる。 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。貴方はこのモルガンを前に、朽ち果てそうな我が身を晒しながらも仕合うと言った」

 渦巻く白い魔力の中、こちらを見下ろす黄金の両眼に水銀の魔術師は悟らざるを得ない。

 眼前に入るモノは少女でも魔女でもない。

 人間など歯牙にもかけない上位種、精霊、もしくは神霊に属する存在だと。

「ならば、言葉も態度も不要。あらゆる思考、残る体力、そしてなけなしの魔力。その全てを費やし、己が放てる至高の魔術を魅せる事こそが礼儀と心得よ」

 神威と力。

 一流の魔術師はもちろん、時計塔で冠位に到達した者ですらも平伏しかねない状況の中、ケイネス・アーチボルトは口元を吊り上げていた。

 半分は呑まれない為の虚勢、もう半分はこの身を(たぎ)る激情ゆえだ。

 全身が震え、それこそ失禁をしても可笑しくないほどに目の前の存在が恐ろしい。

 同時に、彼女が魅せるであろう魔術をどうしようもなく楽しみにしている自分がいる。

 神代の、上位存在の放つ魔術を見る為ならば、ポンコツの身体や命を惜しむ理由が何処にある!?

 そう考えれば恐怖など消える。

 震えも凍った背筋によるものから武者震いに取って代わった。

 細く息を吐いて強張った身体を(ほぐ)したケイネスは、続けざまに使える魔術回路をフルに起動させる。

 時を同じくして、ただの介護用具であった月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)が魔術礼装という本来の姿に立ち戻る。

 こちらの準備は整った。

 後は魔女が魔術を放つと同時に、仕掛けるまで。

「いい顔するじゃない。貴方が浮かべているのは、恐怖を克服した戦士の(かお)よ。なら、こちらも遠慮はいらないわよね」

 そう呟いた次の瞬間、魔女の周りに無数の魔力の弾丸が精製された。

 風、炎、弾丸と化した大地、氷の矢、小規模の雷に高圧縮された重力、果ては物質ではない影まで。

 五大元素どころの話ではない。

 自分達が解明していた属性などあざ笑うかのように、多種多様な弾丸は魔女の周りを舞い踊る。 

「すばらしい……」

 現代魔術では到底考えられない光景に、ケイネスは青褪めた顔を紅潮させて(つぶや)いた。

 異なる属性で均等な弾丸を作り出すその技術、自身の魔力を数多の属性へと変化させるその手腕。

 風と水の二重属性でいい気になっていた己など、まさに井の中の蛙だったのだ。

「見事だ、モルガン殿。ならばこそ、その魔術を確かめさせてもらおう!!」

「いいわよ。思う存分、味わいなさいな!」

 モルガンの言葉と同時に、舞い踊っていた魔力弾が一斉にケイネスへと殺到する。

Automatoportum defensio(自律防御)

 ケイネスは月霊髄液の障壁を編み上げながら、身を低く地を()うように間合いを詰める。

 魔術回路の大半が死滅した彼の魔術戦闘が可能な時間は驚くほどに短い。

 燃費重視で闘って5分、全力ならば1分保てばいいほうであろう。

 だからこそ、ケイネスは多少強引にでもモルガンとの間合いを詰めようとしていた。

 だがしかし、現状の回路と魔力では月霊髄液を以てしても炎や重力と言った非物質はもとより、氷や岩などの物質弾ですら防ぐのは難しい。

 そして攻撃の面でも、斬撃を一度放てばそれで終わりだろう。    

 万全の時と比べば、目を覆わんばかりの凋落振りだ。

 だが……だがしかしっ!

 そんなハンデを跳ね除ける覚悟で、ケイネスは己が礼装を走らせる。

 泣き言や恨み言など、言ったところで何も変わらない。

 現状で自身が求めるのは結果だ。

 現代の魔術師が、神代の魔術師に一矢報いるという。

 ならば、モルガンが口にしたようにケイネス・アーチボルトの持つ全てを使って、その結果を引き寄せねばならない。

 それこそが魔術師としての己の証明であり、神域の一端を見せてくれた相手への返礼になる。

 彼我の距離は数メートル。

 普段ならば斬撃一つ放てば片がつくものだが、現状ではクロスレンジに持ち込んではじめて、相手の障壁を貫けるか否かと言った風情だ。

 自立防御を利用して正面から防ぐのではなく、障壁を滑らせて()らす事で魔力弾の直撃は逃れる事ができている。

 しかし、いくら負担の少ない防御方法へシフトしても、ケイネスは学者畑の人間だ。

 相手の攻撃や弾道を見切り続けるなど、長続きするわけがない。

 距離を詰めればその分、受け損じが顔を見せ始めるのはモノの道理というものであろう。

 現にケイネスのトレードマークといえる青いコートは、至る所に傷や血の染みを作っている。

 特に酷いのが左肩に刺さった岩弾で、目の前を通り過ぎた魔弾に思わず顔を上げたところに直撃したものだ。

 ケイネスは力なく揺れる左手と、岩が食い込み血を流す左肩をそのままにしていた。

 (いまし)めというのもあるが、現状では治療に廻す魔力の余裕が無いからだ。

 幸い、神経が麻痺しているのか痛みは感じない。

 ならば治療するだけ無駄だというものだろう。

 絶え間なく降り注ぐ魔力弾の中、着実に距離を詰めていくケイネス。

 絶える事のない歩みとは裏腹に、彼の中には焦りがくすぶり始めていた。

 その理由は魔力消費。

 当初予測していた状態よりも自身の中から消えていく魔力が激しいのだ。

 このままでは20秒足らずで魔力が尽きてしまうだろう。

 強行突破も視野に入れたが、モルガンに近づけば近づくほど弾幕は厚くなる為、現状で無理をしても足が止まるのは目に見えている。

 ままならない状況に内心で歯噛みする若きロード。

 必死に頭を回転させる事で問題の打開策を見つけようとするが、そんなものが都合よく見つかるわけが無い。

 底を突き始めた魔力を搾り出そうとした彼は、魔術回路の中で起動させてはいけない部位にまで力を込めてしまう。

 結果は身体を貫く激痛。

 不意打ちのようなそれに息を詰まらせたケイネスは、その瞬間に光明を見た。

 モルガンは自身の生み出す膨大な魔力に加えて地脈から吸い出した分に物を言わせて、多種多様な魔力弾を次々に生み出していた。

 魔力砲撃の一つでも放てばケイネスを葬る事が出来るが、今回は命を奪う事が主眼ではない。

 目の前の朽ちかけた魔術師がどれだけの意地を見せるのか、彼女が見定めるのはそこだった。

 身を低くし、礼装による防壁で魔力弾を弾きながらにじり寄るケイネス。

 礼装は攻防一体型で完成度は高いし、残り少ない魔力を上手く運用する手腕も一流。

 だが、それだけだ。

 彼我の戦力差に大きな隔たりがある以上、並の手段では覆すなど不可能。

 このまま体力が尽きて終るか、無謀な特攻で朽ち果てるか。

「学者肌故に博打に出られない、それが貴方の敗因かしらね」

 予測しうる魔術師の未来に少々失望しながらも、ケイネスを押し潰さんと魔力弾を放つモルガン。

 死なない程度に手加減したとはいえ、当面寝たきりになるのは免れない威力だ。

 轟音を伴って巻き上がる粉塵が晴れた先には、倒れ伏すケイネスの姿がある筈だった。

 だがしかし、その先にあったものはモルガンの予想を裏切るものだった。

 棘の様に四方に隆起しながら自身の主を護る月霊髄液。

 衛宮切嗣との戦いの折、一度は自動防御を抜けたコンテンダーの大口径ライフル弾を防ぐ為に、より高い防御力を求めた形態だ。

 そんな事はモルガンは知る由もないが、先程までの残存魔力では到底発現できない形態である事は理解できる。

 緩んでいた警戒心を締め直して相手の状態を確認していたモルガンは、防御を解いて突撃してくるケイネスの顔を見て、その起死回生の一手の秘密に気が付いた。

 血走った目に乱れたオールバックが垂れた額を青筋が覆い、止まらぬ鼻血に口の端で吹き上がる血泡。

 間違いない。

 彼は壊れた魔術回路を無理やりに起動し、魔力を補っているのだ。

「まったく、よくやるわね」

 流石のモルガンもこれには呆れてしまった。

 アインツベルン城襲撃の折にマクールが手に入れた空薬莢から、衛宮切嗣の切り札である起源弾は調べがついていた。

 肋骨による呪術加工によって奴の起源が付与された弾丸を魔術使用時に受ければ、『切って嗣ぐ』という特性によって魔術回路をズタズタに切り刻まれ、さらには本来とは違う形で結合されてしまう。

 この状態で魔術を使用すれば、魔力が体内でショートして本来の生体機能にも影響を及ぼし、待っているのは苦痛の果てのショック死だ。

 だがしかし、誤った形とはいえ魔術回路は繋がっている。

 ならば、その回路を使って魔力を精製し術を行使する事は、理論上可能と言えなくもない。

 それには死にも勝る苦痛に堪え抜かねばならないが。

「ぐるぅああああああああああっっ!!」

 悲鳴……いや、咆哮と共に今までにない加速をするケイネスの礼装。

 全方位から襲い掛かる魔力弾も、強度が増した月霊髄液によって(ことごと)くが防がれていく。

「ヒョロい学者さんだと思っていたけど、狂気の沙汰に首を突っ込むなんてやるじゃない」

 魔女と魔術師を隔てる距離はもはや2メートル足らず、月霊髄液を伸ばせば届く間合いである。

 だがしかし、神代の魔女はうろたえない。

 何故なら、最終防衛ラインに配置された魔力弾は全てが月霊髄液と相性の悪いエネルギー体。

 炎、重力、そして影。

 その全てが魔弾となれば銀幕の護りを貫くに足る凶刃だ。

「最後の難関、どう乗り越えるのかしら?」

 凶悪な従僕を従えた女神の分霊は、月明かりの下でうっそうと笑う。

 月霊髄液の中、ケイネスは幾度となく生と死の狭間を彷徨(さまよ)っていた。

 躯となった魔術回路を叩き起こし魔力を精製する。

 絶望的な魔力不足を補う為に取った手段だが、それはケイネス自身への死刑執行に自らサインを記す事と同義だった。

 こうしている間にも、彼の身体を内臓を切り裂き(めく)り上げるような痛みが襲い続けている。

 苦痛を堪えるために噛み締めた奥歯は砕け、上がった血圧で切れた鼻の粘膜からは鉄錆びの匂いが絶えない。

 半死半生などという生温い状態ではない、もはや男の九割が死に絶えている。

 しかし、ケイネスと月霊髄液は止まらない。

 彼を支えているのは魔術師としてのちっぽけなプライドだけだ。

 今まで神童と謳われ、若くして魔術師の総本山である時計塔の講師となった彼は、ロードの称号も得て順風満帆な人生だった。

 しかし、今回の聖杯戦争で全てが狂った。

 挫折を知らなかった貴族の男は、自身が唾棄する傭兵崩れの殺し屋に、初の辛酸を舐めさせられた。

 敗北によって栄光の源である魔術回路に壊滅的なダメージを受けた彼を待っていたのは、心を寄せていた婚約者の裏切り。

 さらには使い魔風情までもが、己が欲望のままに慇懃無礼な態度を取る始末。

 まさにどん底。

 彼の成功に彩られた人生の中で、今まで味わった事のない挫折の連続だった。

 今の自分には過去の栄光など見る影もない。

 いや、成功という虚飾を剥ぎ取られたからこそ見えるものもあった。

 家の都合や成り行きで続けていたはずの魔術が、ここまで自分の大部分を占めていた。

 栄光の道具でも名声を得る為の手段でもない。

 アーチボルトもロード・エルメロイも関係ない。

 ケイネスという一人の男にとって、魔術とは魔術師とは己を形作る骨子であるということを。

 だからこそ挑まなければならない、刻まなければならない。

 眼前の神代の魔女へ己の存在を。

 全ての栄光を失って魔術師としても落伍者となった自分の、今のケイネス・アーチボルトという男がここまでやれるのだという証明を!!

 信念と自身の存在自体を切り売りするような時間の中、自滅覚悟の強化のお蔭で魔女の眼前にまで歩を進めたケイネス。

 だが、モルガンの周りを飛翔する最後の魔力弾を見た彼は、我知らずに心臓の鼓動を跳ね上げた。

 魔女の周りを飛ぶのは月霊髄液の天敵揃い。

 特に影はこちらの防御を問答無用にすり抜けてくる厄介者だ。

 賢しく回る頭は、『退いて態勢を立て直す』などという案を出してくる。

 だが、ケイネスは一瞬の躊躇でその意見を握り潰す。

 当然だ。

 退いたところで待っているのは身体と魔術回路の崩壊という敗北だけ。

 ならば、行く道は唯一つしかない。 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 気炎を吐きながら、月霊髄液に包まれたケイネスは宙を跳んだ。

 その狙いは炎弾が密集している場所。

「やばっ!?」

 この立ち合いの中で初めて放ったモルガンの焦りの声と共に、轟音と閃光が結界内を染め上げる。

 強烈な熱と気化した水銀がたち込める中、唇を噛み切ることで途切れそうな意識を繋いだケイネスは、煙のむこうに魔女の姿を捉えた。

 咄嗟に判断したとおり、爆発の余波によって魔力組成を崩された重力や影はその姿を消している。

 そして魔女もまた先程の閃光で視界を失っているようだ。

「Scalp!!」

 ケイネスは熱気に喉を焼かれながらも、文字通り血を吐くような声で指示を飛ばす。

 我慢に我慢を重ねた末の乾坤一擲の一撃。

 だが放たれた月霊髄液は、モルガンの右頬の手前に張られた魔術障壁をぺたりと撫でるだけだった。

 ここに至るまでに死力の全てを使い果たしたケイネスには、もはや攻撃する力など残っていなかったのだ。

「───とどいたぞ、神代の魔女よ」

「……ええ、たしかにとどいたわ。現世を生きる魔道の徒よ」

 血に塗れた顔に会心の笑みを浮かべ、前のめりに倒れ伏すケイネス。

 そんな彼にモルガンは穏やかな笑みを返す。

 たしかに彼の放った唯一の攻撃は、魔女の表皮すらも傷つける事はなかった。

 しかし、必ずしもそれが勝敗に結びつくわけではない。

 今回の立ち合いは魔術の腕を見せ合うもの。

 現代の魔術師であるケイネスが、圧倒的不利を覆して攻撃をモルガンに届かせる。

 それは彼の実力を神代の魔女に刻み付けるのに十分すぎる成果であった。

「今回は私の負けね」

「おや、いいのか? 随分と手加減していたみたいだが」

 纏っていた魔力を霧散させて肩を竦めるモルガンに、仮面の男は問いを投げる。

「命のやり取りじゃないからね。魔術の腕を競い合うのなら、あのコンディションでこちらに攻撃を当てた彼の手腕を認めないわけにはいかないもの」

「なるほどねぇ」

 気を失ったケイネスの応急処置を始めたモルガンから眼を離すと、仮面の男は暗がりに立つ街頭に顔を向ける。

「そういうわけだ、ランサー。次は貴様が挑むのか?」

 掛けられた声に応じるように、夜闇の中から緑の槍兵が姿を現す。

「そのつもりは無かったのだが、ケイネス殿が喰らい付く様を見せられてはな」

 脇に抱えていたソラウを乱暴に投げ出して、朱黄二槍を構えるランサー。

 それに応じるように、仮面の男も鞘に収まったままの刀を構える。

「やはり抜かんか。だが、今日こそはその刃を拝ませてもらうぞ」

「貴様にそれができれば、な」

 烈火と清流、相反する闘氣を放ちながら向かい合う両雄。

 それを放り出された赤毛の女は、光の点らない瞳でボゥと見つめている。

「ランサー、貴方が私のものにならないのなら……」

 漏れ出した小さな呟きと共に、彼女の右手に刻まれた赤い痣が怪しげな光を帯びた。 

 


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