剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 風邪やらスランプやら、三羽烏漢唄を聞いてグラブル始めたりと、結構時間がかかりましたが、ようやくの完成です。

 というか、美少女やイケメンじゃなくて、フンドシ締めたムサいおっさんに釣られる俺っていったい……


冬木滞在記(1994)10

 アインツベルンの城にあるアイリスフィールの寝所。

 いつもは穏やかな安らぎの場も、今ばかりは重苦しい雰囲気が漂っている。

 その原因は、数刻前にアサシンの一人が持ち込んだ遠坂からの同盟要請。

 常ならば、戯言(ざれごと)と考慮の余地も無く切って捨てている。

 しかしディフェンダーとライダーが同盟を結んでいる現在、そうは行かないのもまた事実だ。

「どうされますか、アイリスフィール?」 

「…………」

 セイバーの問いかけに、マスターである彼女はベッドの上で眉根を寄せる。

 本音を言えば、夫を殺害した疑いが高いアサシンと同盟など組みたくはない。

 しかし、これから聖杯を求めて刃を交えるライダー達は1陣営で勝つのは難しい相手だ。

 特にディフェンダー陣営は、サーヴァントであるアグラヴェインに加えて神代の魔女であるモルガン。

 さらにはアーチャーを暗殺し、ランサーを打倒したと思われる仮面の剣士がいる。

 彼の者達は事実上3騎のサーヴァントを所持しているのと変わらないのだ。

 加えて、平行世界とはいえブリテンに縁の深い者達である以上、セイバーの手の内は殆ど知られていると考えたほうがいい。

 自分たちだけで挑むのは、無謀と言っても過言では無いだろう。

 遠坂が寄こした使者の話では、むこうにはアサシンに加えて正体不明であるバーサーカーもいるという。

 セイバーに加えてバーサーカーでディフェンダー陣営を押さえ、その間にアサシンでライダーのマスターを暗殺するというのが、むこうの打ち出した方針らしいのだが、はたして……。

 アイリスフィールは、視線を感覚が殆ど失せてしまった自身の身体に向ける。

 あと一騎、身の内にある小聖杯に英霊の魂が注がれれば、アイリスフィール・フォン・アインツベルンという女はこの世から消えうせるだろう。

 未練は山の様にある。

 愛娘であるイリヤをもう一度抱きしめたいし、キリツグもちゃんとした形で葬ってやりたい。

 だからと言って、自身のことを惜しんでいては儀式自体が時間切れになってしまう。

 聖杯戦争が始まって半月が過ぎた。

 超常の存在である英霊を複数体、長期間維持し続けるのは大聖杯でも重荷となる可能性は高い。

 タイムリミットが来て、聖杯が完成せぬままに英霊が座に還ってしまえば儀式は失敗。

 自分やキリツグの犠牲は無駄となり、イリヤは次代の聖杯とされてしまう。

 つまるところ、自分たちにはえり好みをする権利は無いという事だ。

「───むこうの提案を受けましょう。ただし、遠坂邸には貴女だけで行ってもらう事になるわ」

「私だけ、ですか」

「ええ。この同盟はライダー達を倒すまでのモノ。首尾よく勝利を手に入れたら、次に待つのは遠坂との最終決戦よ。こちらの弱みを晒さない為にも、今の私は行かないほうがいいわ」 

 覚悟を決めた紅い視線に、セイバーはただ()と答えるしかなかった。

 『彼女が聖杯になったとして、マスターとしての責務を果たす事ができるのか』という疑問は頭に過ぎったものの、セイバーはそれを口にする事は出来なかった。

 自身を友と呼んでくれた女性の決意を穢したくなかったからだ。

「分かりました。必ず、吉報を持ってきます」

「ええ。楽しみにしているわ」

 小さく目礼をするセイバーを、アイリスフィールは穏やかな笑顔で送り出した。

 これが今生の別れとなる、お互いにその事を理解していながら、そこに離別の言葉は無かった。

 

 

 

 百貌の手記より抜粋。

 

 ○月×日 晴れ

 

 今日は主である遠坂時臣の夢の中に入ってしまった。

 気がつくと目の前で主とバーサーカーが向かい合っていたので、二重契約の影響か何かで彼奴(きゃつ)の交信に紛れたんだと思う。

 最初は獣の様な顔を(さら)したバーサーカーが、主に向かって『貴様は我が狂気の糧でしかない』だの何だのと言葉責めを行っていたのだが、さほど効果は上がっていない様に見えた。

 あんな(ぬる)恫喝(どうかつ)では、鬼札だったアーチャーを失ったショックで色んな意味でヤヴァイ状況に(おちい)った経験がある主には、痛痒(つうよう)も感じさせる事はできなかったのだろう。

 顔面スレスレまで奴の凶相を近付けられても、当の本人は暢気(のんき)にケツを()いていたし。

 とはいえ、バーサーカーにしてみれば、そんな反応をされては当然面白くない。

 どういう意図かは知るよしもないが、自身の脅しすかしに動じない主に業を煮やした奴は、己が手の内に黒く染まった剣を出現させた。

 得物を手にした事で『今度こそは』などと意気込んでいたようだが、彼奴は主の方に目を向けた瞬間に『ビシリッ』と音がするくらいに固まってしまった。

 まあ、脅していた相手がズボンを膝の下まで半脱ぎにして珍妙なポーズを取っていれば、そうなっても仕方あるまい。

「チャァァァァァァァァァッ!!」

 幻惑するようにゆらゆらと手を揺らしながら異様な眼光を(たた)える主と、怪しすぎる雰囲気に完全に腰が引けている黒騎士。

 どちらに優劣があるかなど、一目で分かる光景である。

 そして、相手が怯んだのを見て取った主は更なる攻勢に出た。

 相手との間合いを詰めようと前に出たのはいいが、ずり下げたズボンが邪魔でちまちまとしか歩けない。

 その結果───

「いやああああああああああっ!?」

 『上半身を左右にブンブン振りながら細かい歩幅で迫り来る、ブリーフ丸出しのおっさん』という異様な姿に、絹を裂くような悲鳴を上げるバーサーカー。

 というか、何でそんな悲鳴なんだ、乙女か!?

 そうこうしている内にバーサーカーの懐に飛び込んだ主は、引き絞った右の拳を全力で開放する。

「『隠していたエログッズを並べるのはやめて、カーチャン!!』」

「ぐわああああああああっ!?」

 滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら主が放った渾身の拳が炸裂し、流星群をバックに吹っ飛ぶバーサーカー。

 結構なスピードで上空に舞い上がった奴は、間桐のマスターと同じく頭から垂直地面に叩きつけられた。 

 魔術師が英霊を殴り飛ばすという光景を目にした私はしばし呆気に取られてしまったが、考えてみればありえない話ではなかった。

 現実世界では到底不可能だという事は言うまでもない。

 しかし、あそこは主の夢の世界。

 さらに互いに精神体であるからには、モノを言うのは心持ちの強さである。

 奇行の数々によって精神的優位を形成したあの状態ならば、主でもバーサーカーを殴り飛ばす事も可能なのだろう。

 …………きっと、多分。

 ……え~と、本当にこの設定でいいんだよな?

 さて、主の拳によって身体ごと狂気も殴り飛ばされてしまったバーサーカーは、正座のまま説教を受ける事になった。

 正気に戻って自身の行動を恥じたのだろう、彼奴は己が素性と先程の態度の理由をポツポツとに口にし始めた。

 まずは真名だが、驚いたことに奴は円卓最強と言われた騎士ランスロットらしい。

 奴の願いはアーサー王に会って、自らの罪を裁いてもらうこと。

 なんでも生前にやってしまった数々の罪については、アーサー王からはなんの(とが)めもなかったらしい。

 不倫・同僚殺害・国家戦力の半分を引き連れて王家へ敵対と、バーサーカーがやらかした事は百回打ち首になっても足りないほど罪深いものだったが、アーサー王は和解したランスロットに罰を与える事がなかったのだという。

 これについての感想。

 こいつ等、両方とも頭がおかしい。

 忠臣気取りでここまでの事をやらかしたバーサーカーもアホだが、それを(ゆる)した騎士王だって大概(たいがい)イカレている。

 その後、裁いてくれない騎士王を逆恨みしたものの、素面で顔を突き合わせるのは堪えられないから狂戦士になった事も判明した湖の騎士(笑)。

 カミングアウトの後、彼奴は再び主の拳で天に舞うのだった。

「サー・ランスロット。生前の君は騎士にして領主、即ち貴族だったはずだ。ならば、己の所業を受け止め責任を負う義務があるのも分かるだろう」

「……それは理解しています。だからこそ、私は王に裁かれたかった……」

「なるほど。だが、それは傲慢というものだ。君の王は既に無罪という裁定を下している。主の決定を不服とするのは無礼だと思わないかね?」

「それは……ッ!? だがっ! 私は裁きを受けねばならない!! でなければ、私が私を赦す事ができない……」

「ならば、その気持ちを騎士王にぶつけたまえ。狂気などに逃げる事無く、だ」

「…………」

「これより令呪を用いて、君の狂化を解除する。己の本懐の為、そして我等の勝利のために騎士王と向き合い、そしてかつての絆を取り戻すがいい」

 鉄拳制裁の後に掛けられた厳しくとも思いやりのあるマスターの言葉に、ランスロットは言葉無く涙を流した。

 もちろん、主の采配は彼奴の事を思いやっただけではないだろう。

 おそらく『せっかく騎士王と同盟を結べたのだから、狂戦士のまま暴れさせるよりも連携して戦ったほうが戦力となる』と判断した為と思われる。

 さらに言えば、そうやって生前の絆を再確認しておけば、ライダー・ディフェンダー陣営勝利後の令呪を使った奇襲も成功率が上がる、という魂胆もあるかもしれない。

 謀略面でも人心掌握でも相当な良手である事は間違いない。

 ただ一つ不満を述べるならば……ズボンを上げてから会話をして欲しかった。

 お蔭で、いい事を言っているはずなのに一から十まで台無しである。 

 夢から覚めたのち、同盟を承諾したセイバーが分体の一人に連れられて来たのだが、その際にランスロットが取った行動はまたしても斜め上な物だった。

「ランスロット……卿」

 バーサーカーの正体を知って唖然とする騎士王。

 その前であの男は額を床に擦りつけながらこう叫んだのだ。

踏んでくださいッッ!!

 誰がどう聞いても、意味不明なうえに変態発言である。

 ……一応フォローに努めるならば、長い間顔を合わせていなかった事への緊張と過去の所業から来る罪悪感。

 あとは再会した事への嬉しさなんかがごちゃ混ぜになって、頭がオーバーフローしてしまったのだと思われる。

 もっとも私の助け舟など、あの瞬間の彼奴の気持ち悪さの前では、嵐の前の泥舟ほどの効果も無いだろうが。     

 最後に、ハイライトが消えた目と筆舌(ひつぜつ)し難い表情を浮かべながらも、奴の頭に爪先をチョンと置いた騎士王はいい上司だと思う。

 

 

 

 

 夜の帳が落ち、一段と冷え込みがキツくなった冬木の街。

 俺は、ライダーの大将が操る戦車に乗って空中ドライブを満喫していた。

 前世で空飛ぶ車に乗った事があるが、雷を発しながらカッ飛ぶこの戦車も結構オツなものだ。

 少々牛臭いのが玉に瑕だが、慣れれば気にならないのだろう。

 さて、この行者台に乗っているのは現在六人。

 持ち主であるライダーとウェイバー君。

 俺と姉御、アグラヴェインにマクール君だ。

「敵の本拠に真正面から乗り込むか。なかなかに豪胆な作戦よな」

「けど、大丈夫なのか? 相手はアサシン、しかも戦場は相手の魔術工房だ。地の利的には完全にこっちが不利だぞ」

「心配無用。我等アサシンは宝具によって八十名に分かれていたが、それも残りは数名。彼奴等も分かれた分だけステータスが下がっておるので、剣士殿や魔女殿を討つ事はできん」

「奴等の手に掛かりそうなのはお前だけだ、ライダーのマスター。死にたくなければ、己のサーヴァントから離れん事だな」

 マクール君の説明の後に飛んできたアグラヴェインの辛らつな言葉に、ウェイバー君は不機嫌そうに顔を(しか)める。

 実はこれって『マスターなんだから、安全な後方で大人しくしたほうがいいのでは?』という、あいつなりの気遣いなのだ。

 誤解されやすいからもう少しソフトに話すよう注意はしてたんだが、やっぱり直ってないな。

 成人したうえに一度人生を終えてはいるが、やはり息子がやったことである。

 相乗りさせてもらってることもあるし、フォローの一つも入れねばなるまい。

「ごめんなさいね。この子って家族以外には辛口だから」

「本人はウェイバー君の身を案じての台詞なんだ。ちょっと言葉足らずだけれど、悪意は無いから」

「そんな事はどうだっていいんだ! 僕が気に入らないのは、自分だけ足手まといみたいなこの状況なんだよ!!」

 俺達のフォローを耳にしながら、そう吐き捨てるウェイバー君。

 すると、それを聞いた大将が周囲に響き渡るような大声で大笑をはじめたではないか。

「……ッ!? 何がおかしいんだ、ライダー!!」

 自分の事を(わら)われたと取ったウェイバー君は、女っぽい顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。

可笑(おか)しいのではない、余が笑うのは嬉しいからよ。余の臣下たる貴様の神代の英傑を前に同じ場所に立てぬと恥じ、悔しがるその気位の高さがな」

「なんだよ、それ……」

「凡百の者ならば、存在が、力が、立つ場所が、と言葉を並べて諦めるだろう。だが、貴様はそれでもなお、同じ場所に立てぬ己が不明を恥じた。───それがいいのだ」 

「……」

如何(いか)なる英雄・豪傑も、生まれながらにして無敵ではない。己が無力への憤りが力への渇望となり、それが自己の研鑽(けんさん)へと繋がる。ウェイバー・ベルベット、貴様がその気位を捨てぬ限り、我等と同じ場所に至る可能性はあるという事よ。臣下が更なる飛翔の可能性を見せたのだ、これを喜ばん王はおらぬさ」

「……そんなのは言わなくてもわかってるさ。なんせ、僕は魔術史に名前を刻む男なんだからな。それと、臣下とか言ってるけど、僕はお前のマスターだからな! どさくさ紛れに主従を逆転させるなよ!!」

「ふはははははははっ!! わかっておる、わかっておる」

 照れ隠しの強がりも、大将の厳つい髭面に浮かんだ満面の笑みの前では形無しだ。

 効果が無い事を認めたウェイバー君は、赤い頬のままそっぽを向いてしまった。

 そんな微笑ましい主従のやり取りがあった後、戦車は張られていた結界を突破して遠坂邸の庭へと降り立った。

「ここが御三家の一つ、遠坂の家なのね。なかなか小洒落(こじゃれ)てるじゃない」

「俺はもっとこぢんまりとした家の方が落ち着くけどな」

「御二人とも、他人の家の品評をしている場合ではありませんよ」

「然り。ここは敵の腹の中、他の百貌の分体もどこかに潜んでおるはずですからな」

 姉御との軽口は息子と従者のツッコミによって、敢え無く消え去ってしまった。

 2人とも真面目である。

 特にマクール君は、ブラウン管越しのバーチャル結婚式に涙していたとは思えないくらいだ。

「私、公私は分けるタイプですので」

 髑髏の仮面越しにキラリと目を光らせる迅速の暗殺者。

 そんな彼はビアンカ派である。

「坊主、余の(そば)から離れるなよ」

「わかってるよ」

 自然体のこちらとは打って変わって、ライダー主従は周囲に目を光らせながら遠坂邸の土を踏む。

 そんな俺達を迎えたのは、二人の騎士と一人の魔術師だった。

「ようこそ、遠坂邸へ。私がこの家の主であり、遠坂家当代の遠坂時臣だ」

 二騎のサーヴァントを後ろに優雅に会釈をする、ワインレッドのスーツを纏った男。

 その立ち振る舞いは洗練されたものだが、そこから感じるのは敬意ではなく慇懃無礼(いんぎんぶれい)さだ。

「アサシンが屋敷の死角から狙ってるのは想定内だからいいとして、セイバーがいる事やランスロットが正気に戻ってるところを見ると、こちらへの対策は出来てるってところか」

「そうみたいね。セイバーはともかく、あの男からパスが二本伸びてるし」

「おそらく、アーチャーを失った後に彼奴の弟子であった元主から我等を回収。その後、マスターを討ち取ったバーサーカーと再契約したというところでしょうな」

「というか、バーサーカーって狂化を解除できたのかよ」

「令呪を使えば不可能では無いわ。クラスで得るはずの補正は根こそぎ無くなってしまうけど」

「あいつ位の腕があれば、狂わせて強化するよりは正気の方が総合力は上がるわな」

 こちらのメンツが好き勝手に放つダベリに、ランスロットと遠坂の顔が強張るのがわかった。

 表情を変えたという事は、(いく)つか飛び出した推測も、ある程度は図星を突いてるって事なのだろう。

「チャッ……!? 流石は神代の魔女と言うべきかな。マスターとサーヴァントのパスを見破るとは、聖杯戦争の術式をよく勉強しているようだ」

「当然でしょ、他人の魔術儀式に便乗するんだもの。ノーマークだなんて危なっかしいマネ、出来るわけないじゃない」

 なんとか内心の動揺に笑みを張り付かせた遠坂に、姉御は挑発的な笑みを返す。

 穢れを斬った後、姉御はあの手この手で大聖杯を調べ上げて、大体の術式や原理を掴んでいたりする。

 術式の根幹に位置し、地脈から魔力を吸い上げて英霊召喚や維持のサポートを司る大聖杯。

 そして、脱落した英霊の魂を受け止め、それを魔力へと変換して万能の願望器となる小聖杯。

 その二つが揃ってはじめて、『聖杯戦争』という儀式は成立する。

 もっとも、『万能の願望器』というのは副産物兼御三家以外の魔術師を釣る餌であり、儀式の本当の目的は7騎全てのサーヴァントを脱落させ、英霊の魂が『座』へと還る力を利用して『■■■■』への道を開く事にあるらしいが。

「知っているとは思うが、征服王イスカンダルである。今宵は聖杯戦争を終結させるために参った。我が配下に加わるか、ここで果てるか、選ぶがいい」

 戦車の行者台で腕を組み、居丈高(いたけだか)に宣言するライダーの大将。

 それに返したのはセイバーではなく、隣に控えた湖の騎士だ。

「戯言はそこまでにしてもらおう、ライダー。我等は貴様に屈する事はない、聖杯を掴むのは我が王とマスターだ」

 セイバーと一緒に戦えるのが嬉しいのか、妙にノリノリで啖呵を切るランスロット。

 つーか、あいつは聖杯戦争のルールを理解してるのか?

 セイバーと遠坂の両方に聖杯渡すなんて無理だからな。

「……姿形が同じだけの別人ってわかってるんだけど、ああいう態度を見ていると腹が立つわね」

「まあまあ。気持ちは分からなくもないけど、こっちの事で悪く見るのは筋違いだから」

 今にも地面に唾を吐き捨てそうな顔で舌打ちをする姉御を宥めていると、アグラヴェインが前に出た。 

「勧誘はもういいだろう、征服王。むこうにその意思がないのだから、これ以上は時間の無駄だ」

「円卓最強の騎士が我が軍門に入れば、と思ったのだがなぁ」

 『残念無念』と頭を掻く征服王の大将。

 ランスロットがこちらと同じく父性に飢えていたとしたら、相性的に悪くないと思うんだけどなぁ。

 まあ、あいつの性格からして侵略戦争は性に合わんだろうけど。

「サー・アグラヴェイン。生前と同じく、モルガンの傀儡として我が王の前に立ちはだかるか」

「戯言を。私は王の歩みを妨げた事など一度もない。それ以前に、女に狂ってブリテンを崩壊させた貴様が言えた事か」

 事前に俺が貸した真打を抜き、臨戦態勢に移るアグラヴェイン。

 取ったのは身体を半身に開き、左手を引き刀を持つ右手は逆手で、切っ先を真っ直ぐに相手に向ける戴天流・雲霞渺渺の構え。

 攻防どちらにおいても基点となる型だ。

 倉庫街でランスロットが参戦している事を知ってから、アグラヴェインは奴と闘う事を俺達に切望していた。

 勿論、あいつもランスロットが自身の(あだ)当人でない事は理解している。

 本人曰く『リベンジの前哨戦』だそうなので、ある意味では勘違いされるより酷い扱いなのだが。

 まあ、そういう思惑とは別に『座』で磨き続けた剣がどこまで通じるかを試したい、というのもあるらしい。

 俺達が聖杯戦争に首を突っ込んだ理由を思えばNoと言いたかったのだが、男としても剣士としても『負けっぱなしではいられない』という思いも痛いほど分かるので突っぱねられなかった。

 結局、俺も姉御を説得する側に回り、昨日の夜に『ヤバくなったらフォローに入る』という条件でOKを貰ったわけだ。 

「私が国を崩壊させただと? 国を滅ぼしたのは、貴様と同じくモルガンの手先だったモードレッドだろう」

 不快げに表情を歪めながら、黒く染まったアロンダイトを構えるランスロット。

 ……こっち側の事だって分かってても、娘を悪し様に言われるのは腹が立つな。

「ブリテンは貴様が諸侯と共に反乱を起こした時点で終っていたわ、阿呆が。当時の食糧輸入の窓口がどこであったか、忘れたわけではあるまい」

 アグラヴェインの指摘に、ランスロットの表情が目に見えて強張る。

「姉御。こっちのブリテンも、フランスにあった飛び地が窓口だったのか?」

「そうよ。だからウチと同じく諸侯の半分があいつに付いたの」

「ちょっと待て。そりゃどういう事だ?」

「そうだよ。反乱に参加した諸侯は、最高の騎士であるランスロットの人望についていったんじゃないのか?」 

 こちらの会話を聞きとがめたライダー主従に、姉御は呆れ半分に口を開いた。

「そんな訳ないでしょ。そもそも王妃との不義なんてマネをしたランスロットに、どんな大義があるというのよ。いくらカリスマに溢れていようが、そんな奴に付いていく人間なんているわけないじゃない」

「では、何故半数の諸侯は彼奴に付いたのですかな?」

「あいつが治めていたフランスの領地が、食糧輸入の窓口だったからよ。当時のブリテンの食料自給率は壊滅的でね、国外からの輸入が文字通りの命綱だったの。そんな状態でそこの主が反旗を(ひるがえ)したんだもの、干上がりたくない奴は我先にと飛びつくに決まってるでしょう。正直、その状況下で半数の諸侯を留まらせた、アルトリアのカリスマの方が凄いわよ」  

 質問していたライダー主従やマクール君はもちろん、相手側にも聞こえるような声で憤る姉御。

 お蔭で先程まで立ち昇っていたランスロットの気迫は、一気に萎んで見る影も無い。

 目を向けてみれば、あっちのブリテン主従の顔色は素敵なほどに真っ青である。

 さすがは姉御。

 事実を口にしているだけなのに、言葉の刃が鋭利すぎる。

 一合も刃を合わせることなくグロッキーになった相手を、アグラヴェインは心底呆れた目で見ている。

 そうだよなぁ。

 この一戦のために、気合入れて鍛錬してたもんなぁ。

 親としては危険が無いままに勝つのはありがたいが、武術家としてはこの茶番をどう表したらいいものか。

「モルガンの口車に乗せられるな、バーサーカー!」

 このまま詰みかと思われたその時、空気を振るわせるような怒声が響き渡った。

「あ……主」

 視線を移せば、そこには腕を組んで仁王立ちする遠坂時臣の姿が。

「敵の言葉を鵜呑みにするなど、お前らしくもない! 彼女の言が仮に真実だったとして、それが何だというのだ! 聖杯とは過去の改ざんすらも可能とする万能の願望器! 君達の過ちはそれを使って雪げばいいのだ!!!」

 意気消沈したランスロットへ激を送る遠坂。

 それを聞いたランスロットの目はみるみるうちに生気を取り戻っていく。

 つーか、内容的に全然いい話じゃないだろ、今の。

「ありがとうございます、主よ! 危うく魔女の術中に嵌るところでした!」

「もう大丈夫なようだな。ならば、後は任せよう」

「なんか好き勝手言ってるわね」

「まあ、こっちのあいつも自分の都合がいいように、物事を解釈する癖があったからなぁ」

 遠い目になってしまった俺達を他所に、ランスロットのやる気は全開だ。  

「承知しました。この剣を再び王の下で振るう機会を設けてくれた主のため、そして我が王の悲願のため! このランスロット、立ちはだかる物全てを斬り捨てましょう!!」

 言うや否や、ランスロットは抜き打ちでアロンダイトを奔らせた。

 明らかに間合いの外からの一撃にも拘わらず、腿力(たいりょく)の伸びを利かせて一気に相手の急所を撃つ、一切の加減も無い必殺の首薙ぎ。

 ランスロットにして会心と思わせたそれは、応じて繰り出された白刃と噛み合って火花を散らす。

 無論、正面からぶつかり合ったワケではない。

 戴天流・波濤任櫂の精妙に描かれた輝線によって、ランスロットの一撃は大きく()らされたのだ。

 自身の一撃を(しの)がれた事に、一瞬ショックを受けたような表情を浮かべるランスロット。

 しかし、すぐさま体勢を整えると一気呵成に斬撃を繰り出した。

 放たれたのは、唐竹、袈裟斬り、胴薙ぎ、喉への突きの四撃。

 アグラヴェインは唐竹と袈裟斬りを剣で絡め取ると、三手目の胴薙ぎは後方に跳ぶ事で間合いを外し、刺突は身を捻りつつ大きく踏み込んでランスロットの体側(たいそく)へと逃れた。

 高速の攻防によってアグラヴェインの身に着けていたサーコートが(まく)れ上がる。

 それがランスロットの眼前を(かす)めた瞬間、その側頭部に鉄に包まれた踵が突き刺さった。

 もんどり打って倒れた紫紺の騎士に、切っ先を向けて残心を取るアグラヴェイン。

 戴天流・臥龍尾、随分と綺麗に決まったものだ。

 あの子がもう少し内勁を上手く使えれば、あの一撃で終っていたかもしれない。

「馬鹿な……」

 頭を振って身を起こしながら、今度こそ驚愕の表情を隠そうとしないランスロット。

「なんだ、そのマヌケ面は。私に剣で遅れを取ったことが、そんなに信じられんか?」

 そんな相手を見下ろしながら、アグラヴェインは冷笑を浮かべる。

 むこうに控えていたセイバーも同様の表情をしているのを見ると、こちらのアグラヴェインは武に長けていなかったのかもしれない。

「我等英霊は全盛期で固定されるが故に、成長する事はないはずだ。貴様、どうやってそれだけの技を……」

「さてな。自分で考えるがいい」

 ランスロットの口を衝いた疑問を切って捨てるアグラヴェイン。

 それに返ってきたのは、刃金(はがね)の一撃だった。

 鋭い踏み込みからの逆胴。

 アグラヴェインが後ろに跳ぶことで切っ先を紙一重で躱すと、勢いをそのままに跳ね上がった刃は袈裟斬りに化ける。

 肩口に食らい付こうとするアロンダイトを白刃がいなせば、今度は胴を打つ素振りを交えての足薙ぎの一撃へと姿を変える。

 その剣戟はまさに千変万化。

 大振りな騎士剣をもってこれだけの攻撃を放つのは、まさに円卓最高の騎士の面目躍如(めんもくやくじょ)と言えるだろう。

 しかし眼前に立つ我が息子は更なる技を以て、ランスロットの武を凌駕する。

 風を巻くアロンダイトが大腿部に食らいつくより早く宙へと舞ったアグラヴェインは、己の下を黒い魔剣が通るのと同時に鳳凰吼鳴を放つ。

 大気をも切り裂く超音速の斬撃は、甲高い音を(ともな)って紫紺の甲冑を断ち割った。

「ぐあっ!?」

 苦鳴を噛み殺したランスロットは、血の糸を引きながらも転がるように間合いを取る。

 同時に、再び地に足をつけたアグラヴェインも油断無く雲霞渺渺の構えに戻った。

「バーサーカー!!」 

 叫びに目を向けると、遠坂が手にした結晶を握り潰すのが見えた。

 すると奴を中心に魔力が巻き起こり、血を滴らせながらだらりと下がっていたランスロットの左腕に力が戻る。

「あの男、宝石魔術の使い手なのね」

「宝石魔術?」

 目を細める姉御に、俺は疑問を口にする。

「宝石なんかの鉱物に魔力を込めて行う魔術よ。事前に魔力を込めてるから、術者への負担を肩代わりできるし威力も高いのが利点ね。欠点は基本使い捨てだから、コストが法外な事かしら」

 つまり遠坂は宝石のストックがある限り、ランスロットを治癒させることが出来るって訳か。

「姉御、遠坂のランスロットへの治癒行為を妨害できるか?」

「え……。それは簡単だけど。アグゥがすごく優勢だし、このまま決めちゃうんじゃないの?」

 姉御の楽天的な予測に俺は首を横に振る。

「アグラヴェインとランスロットの間に、そこまでの差は無い。あいつが優位に立っているのは、こちら側での経験でランスロットの太刀筋を知っているのと、むこうが戴天流を知らない事がアドバンテージになってるからだ」

 こちらが言葉を紡ぐ間も、目の前では剣戟の応酬が続いている。

 ランスロットの猛攻をアグラヴェインは巧く捌いているが、あいつが刀を放つのは十手に一手程度。

 それも俺がするように確実に相手を討つモノではなく、どちらかというと自分を休ませる時間を得るための一手に近い。

 この事実が戦況とは裏腹にこちらを不安にさせる。

 あの子は理合いを解することに長けてはいたが、氣功の適性は低かった。

 それ故に内勁を刀に込めて、必殺の一撃に昇華させることが出来ない。

 それに『座』で続けていた修練によって、内家拳の基本にて深奥である『一刀如意(いっとうにょい)』の域に足を踏み入れているが、『意』を読み取る事自体には慣れていないのだ。

「優位を取ってはいるが、今だってアグラヴェインは相手の一手を捌く度に、神経にやすりを掛けられるような重圧を感じているはずだ。それに遠坂の治癒によって闘いが長期化すれば、ランスロットは戴天流の技に慣れ始めるだろう。そうなったら一気に形勢をひっくり返される可能性は十分にある」

「……ッ!? わかったわ」

 こちらの見解に表情を強張らせた姉御は、目を閉じて魔力を巡らせると小鳥があげるような甲高い声を紡ぐ。

 高速神言と呼ばれる詠唱を圧縮して行う魔術の技法だ。

 すると、遠坂の陣営から軽い炸裂音と割れたガラスが散らばるような音が立て続けに上がった。

「私の宝石が……ッ!?」

「貴様か、モルガン!!」

「あら、ランスロットの傷を癒すなんて無粋な真似をしたのはそっちが先よ。剣士同士の立ち合いなんだから、余計なチャチャは無しにしましょう」

 得意げに笑う姉御の姿に、不可視の刃を手にするセイバー。

 その動きを俺は視線と鯉口を切る音で封じ込める。

「そちらも一手、そしてこちらも一手。欄外でのやり取りはこれで分けだ。これ以上彼等の立ち合いを穢すのであれば、容赦はせんぞ」

「クッ……!」

 苦虫を噛み潰しながらも手の内の聖剣を収める気配に、俺は再びアグラヴェイン達に目を向ける。

 こちらのやり取りも気にならない程に戦いに集中しているようだ。

 過保護と呆れられるかもしれんが、こちらも人の親だ。

 この位の贔屓(ひいき)はいいだろう。

 頑張れ、アグラヴェイン。 


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