剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせいたしました。

 13話完成です。

 第四次聖杯戦争ももうすぐ終了。

 いやはや、本当に長かった。

 これが終ったら、アポをもう一度ゆっくり読むんだ。


冬木滞在記(1994)13

 セイバーとアルガが剣を交えていた頃、ライダー達は先行した遠坂時臣とアサシン一行を追撃していた。

 こちらに悟られずに遠坂邸から姿を消したアサシン達は取り逃がしたが、奇行に走ったうえに異様な速度で進む時臣は捕捉できていた。

 その為、彼を置いて高高度からアインツベルン城を目指すという案を蹴って、ライダーのマスターであるウェイバーが『マスターさえ押さえれば、アサシン達だって何も出来ないさ』と推した捕獲案を採用したのだ。

 普通であれば、魔術師とはいえ人に過ぎない時臣が神牛が引く戦車に勝てる道理などない。

 しかし神秘の秘匿という観点から、市街地では派手な行動に出られないライダー陣営にたいして、時臣は土地勘を生かして目まぐるしく動き回ることで相手方を翻弄(ほんろう)

 郊外の森に入ってからは独特のステップに加えて、時に木を蹴り枝に掴まっては飛んでいくという、(ましら)もかくやという動きで木々によって機動力が落ちたライダー陣営を手玉に取ったのだ。

「チャッ! チャチャチャチャッ!!」

 奇声と共に木々を飛び回る時臣。

 その胸元には石や泥といった、手投げ武器となりうる物が(ひし)めき合っている。 

「ええいっ! うっとおしい奴め!!」

 苛立だしげに振るわれた征服王の剣は、飛来する(れき)や土の塊、大きめの木の実などを容易く打ち落としていく。

「坊主、城にはアサシン共が向かっておる! これ以上あ奴に関わっている時間は無いぞ!!」

 ウェイバーは相棒たるサーヴァントの怒声に、己が失策を悟った。

 市街地で遠坂時臣を見つけてから、『孤立したマスターを狙うのは聖杯戦争の常識』という固定観念に囚われて捕縛しようと試みてきた。

 しかし、それが誤りだった。

 遠坂の動きは自身を囮にして、自分達を釘付けにしていた。

 今ここで遠坂を捕らえても、先行しているアサシン達が聖杯を使用してしまえば、無意味になってしまう。

「くそっ、悔しいけど、ここが引き際か……。ライダー、森から出て高高度からアインツベルンの城を目指して───」

 その時、ライダーに次なる指示を下そうとしたウェイバーの背中を電流が奔った。

 半ば本能で目を向けてみると、森の闇の中で蒼い瞳が『キュピーーンッ!!』と光っているのが見える。

「ヒッ!?」

 恐怖に息を呑みながらも強化した目が捉えたのは、腰ミノから取り出した何かを硬く握り、左足を天高く振り上げた時臣の姿だった。

「魔球『愛娘の名前はセレスティア・ルーデンベルク・タエ子!!』」

 何故か銀河をバックに、時臣の腕から放たれる『魔球』。

 空を裂いて迫るそれは、プロ野球選手の投球にも負けない速度を誇っている。

 しかしサーヴァントという超級の存在が相手では、その程度では止まっているのと同義だ。

 それを表すかのように、反応できないウェイバーに代わってライダーは手にした剣でそれを打ち落とそうと動いていた。  

 だがしかし、振るわれた刃が『魔球』を切り裂こうとした瞬間、ライダーの腕がピタリと止まった。

「こ…これは………っ!?」

 ライダーの驚愕の声を尻目に刃の下を潜り抜けていく『魔球』

「うげぇっ!?」

 そしてそれは時臣の狙いに違わずに、ウェイバーの額へと食らいついた。

 突然の衝撃に御者台から投げ出されそうになるウェイバー。

 慌ててモルガンとアグラヴェインがキャッチしたことで事なきを得たが、額を紅く()らした彼は完全に気を失っていた。

「どうしたの、征服王。今のは貴方がマスターを護るべきところでしょう!」

 すばやく命に別状が無い事を確認したモルガンが抗議の声を上げると、ライダーは無言で御者台の端に転がるモノに目をやる。

 そこには腕と足が()げた『セーラー●ーン』人形が転がっていた。

「あの人形がどうしたのよ?」

「背を見てみよ」

 促されて背中を確認すると、そこには『とおさかりん さくら』の文字。

(あのおっさん、娘のおもちゃ投げやがった……ッ!!) 

 あまりのゲスっぷりに、さすがのモルガンもドン引きである。

「…………」 

 唖然としたままのモルガンに、征服王は気(まず)そうに言葉を紡ぐ。

「余の判断が誤っていた事は認めよう。だが、幼子の玩具を壊してしまうと思うと、つい手がな……」 

 普段の尊大な態度とは打って変わって小さくなっている彼を、モルガンは責めなかったという。

   

 さて、一方の時臣。

 バレれば愛娘から嫌われること間違いなしという、ハイリスク兵器『セー●ームーン爆弾』で時間を稼いだ彼は、ライダー陣営より一足先にアインツベルン城に足を踏み入れていた。

 腰ミノ一丁で城門のアーチを潜るその姿は、まごう事無き変質者。

 出迎えに上がった百貌の女アサシンも、その異様に仮面の奥で表情を引き()らせる。

「お迎えに上がりました、主」

「うむ、首尾はどうか?」

「はい、城内のホムンクルスたちの処理は完了しています。そして件のモノですが、地下の研究室らしき場所にあった物をこちらにお持ちしました」

「ご苦労。案内を頼めるかな」

「はっ」

 アサシンの後に続いて進む事しばし。

 城の中庭に出た時臣の目に映ったのは、幻想的な光景だった。

 月明かりに照らされた白い花に囲まれた庭園と、その中央に燦然(さんぜん)と光り輝く黄金の杯。

 それはまさに時臣、いや遠坂家が夢見続けてきた聖杯に間違いはなかった。

「ふつくしい……」

 感動のあまり、涙と共にまたしても言葉がおかしくなる時臣。

 この魔術儀式の間に自身を襲った数々の不条理と苦労が頭を巡り、思わず逝ってしまいそうになったが、頬の肉に歯を立てて何とか思いとどまる。

 そう、喜ぶのはまだ早い。

 存外の幸運によって、サーヴァントを複数残したままで聖杯は顕現(けんげん)したが、これではまだ不十分だ。

 祖先が残した『■■■■』への道筋、それを完成させるには───

「チャッ! チャチャチャチャチャチャチャケチャッ!!」

 時臣がケチャのリズムを口ずさんだ瞬間、腕に刻まれた令呪が赤い光を放ち、無垢であった庭園に血飛沫が舞う。 

 女アサシンを初めとした百貌のハサン全てが、その場で己の首を掻っ切ったのだ。

「な……ぜ……」

 掠れた声を残して光の粒に還るアサシン達を目もくれず、時臣は聖杯へと歩を進める。

 アサシンの今際に残した言葉が何を問うものかは知るよしもないが、時臣にとってはこれは当然の事だった。

 聖杯戦争の本来の目的、『■■■■』への道を拓く為には、自身のサーヴァントを自害させるのは必要不可欠な犠牲。

 苦楽を共にし、どれほどの信頼関係を結んだとしても、時が(いた)れば彼は躊躇無く令呪によって自害を命じるだろう。 

 いかに貴族を気取り物分りのいい上司を演じようとも、時臣の本質は魔術師。

 『■■■■』に辿り着くという大望の為ならば、如何なる物を切り捨てることも(いと)わない。

 かの英雄王も最終的には()めるつもりだったのだ、如何に忠実であろうと暗殺者の残滓(ざんし)などに躊躇(ちゅうちょ)する(いわ)れは無い。

(とはいえ、これが一種の賭けなのは否めない。複数のサーヴァントが健在なままに現界した聖杯。魔力が満ちたが故の事だろうが、それが『■■■■』へと届くかどうかは未知数。とはいえ、手持ちの戦力では他の陣営を倒す事は叶わない。ならば、聖杯に魔力が届く事を信じて、己が手札をくべて大願を願うのみ!!)

 悲壮ともいえる覚悟を胸に秘め、時臣はついに聖杯の前に立つ。

「聖杯よ! 我が願いを聞き届け、『■■■■』へと至りし道を我が前に開き(たま)え!!」

 声高らかに願いを叫ぶ時臣。

 だがしかし、眼前の聖杯には何の反応も無い。

 三十秒、一分、三分……。

 五分が経過したあたりで、不審に思った時臣は聖杯に手を伸ばした。

 もしかしたら、天に(かか)げながら願いを掛けなければならないのかも、と思ったからだ。

 しかし、聖杯にむけて差し出された指に冷たい金属の感触など訪れることはない。

 願いを掴まんと伸ばされた手は聖杯をすり抜けてしまったのだから。

 思い返せば、遠坂の古文書には聖杯は幽体なので、人間には触れないと書いてあった。

 頭をフル回転させて、記憶や知識をひっくり返してみるものの、聖杯への願いの届け方など欠片も出てこない。

(そういえば、聖杯が顕現したのは今回が初めてではないか!?)

 その時、時臣に電流が奔る。

 予想外すぎる事実に直面した彼は、しばし呆然となってしまった。

 だが、彼に残された時間は(わず)かしかない。

 ライダー達がここに辿り着けば、サーヴァントを失った自分の敗北は必至なのだ。

 祈り、平伏し、そして念じる。

 その全てが徒労に終る中、彼が辿り着いたのは踊る事だった。

 ネックレスに掛かっていた最後の切り札というべき宝石を使って火をおこし、そして始める渾身の独りケチャ。

「チャッ! チャチャチャチャチャチャチャチャッ!! チャッ!!」

 全身に汗を(みなぎ)らせて踊るウチに、時臣は魔術も、聖杯戦争も、『■■■■』すらちっぽけなものに思えてきた。

 旋律に融け込み、大地と空気の流れに逆らわず、そして最後に自然と同化する。

 マラソンを走禅(そうぜん)と呼ぶのならば、今ここで披露されているのは舞禅(ぶぜん)

 雑念も煩悩も捨て去った彼は、閉じた瞼の奥にポツンと心の湖面に落ちる一滴の水を感じた。

(見えたぞ! 水の一滴!!)

 その瞬間、暗闇に覆われていた視界が黄金色に染まっていく。

(これが……! これこそがッ!!、明鏡止───) 

 明らかに明後日の方向に覚醒しようとしていた時臣は、背後から首筋に与えられた衝撃によって、その意識を再び闇へと沈めたのだった。

 

 

 

    

 氣殺(けさつ)法と軽功術を駆使しながら、俺達は夜闇を駆ける。

 脇に抱えられたセイバーは、特に抵抗する素振りを見せる様子はない。

 もっとも、両肩と両膝を破壊している以上、抵抗らしい抵抗なんて出来ないわけだが。

「……アルガ」

 街灯の光を避けて住宅の屋根から屋根へと飛び回っていると、不意にセイバーが声をかけてくる。

「どうした?」

「なぜ、私の手足は治らない? 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』があるのならば、この程度の負傷はたちどころに治癒するはずだ……」

 先程の立ち合いとは打って変わって、ボソボソと口の中で(こも)るような口調で話すセイバー。

 国の存亡を駆けた戦いに負けた上に、生きて虜囚(りょしゅう)となっているのだ。

 意気消沈するのも仕方が無いかもしれん。

「お前さんと(さや)の繋がりを一時的に断ったからな」

 何でもないように答えてやると、こちらを向いていたセイバーの目がさらに死んだような気がした。

 とはいえ、流石は『エクスカリバーより大事』と言われた聖剣の鞘である。

 担い手とのつながりは強固で、治癒は働いていなくても鎮痛作用はあるらしい。

 この分だと断たれたパスも直に修復するだろう。

 まあ、今回の聖杯戦争中に間に合う事は無いと思うが。

 肌を刺すような冷たい空気の中、俺は抱えられたまま呆然と景色を見ているセイバーに目を向ける。

 中身は全くの別人で繋がりは無いとわかっちゃいるんだが、アルトリアに瓜二つの容姿で水揚げされたサンマみたいな目をされていると、さすがにこちらも気に掛かる。 

 (なぐさ)みにもなりはしないだろうが、道中で会話の一つくらい交わしても罰は当たるまい。

「セイバーよ」

「…………」

「以前に俺が話した次善策だが、方針の一つでも決まったか?」

 こちらの声へ反応を返そうとしないセイバーをそのままに言葉を紡ぐと、セイバーは億劫(おっくう)そうに口を開く。

「……それを聞いてどうする? 私はその策を講じる機会すら失ったのに」

「そうとは限らんぞ」

「……なに?」 

 食いついてきたセイバーに俺は内心で笑みを浮かべる。

「この聖杯戦争という魔術儀式の目的は『■■■■』への到達にある。なんでも召喚した七騎の英霊全ての魂を小聖杯に集め、それらが座に還る際に空けた時空の穴を利用して、そこに至るという算段らしい」

「馬鹿な! では、万能の願望器というのは何なのだ!?」

 先程の無気力さもどこへやら、青褪めていた顔を紅く染め直して声を荒げるセイバー。

 召喚に応じた英霊にしてみれば、真実は何処からどう聞いても詐欺以外の何物でもないからな。

 怒るなと言うほうが無理ってモンだ。

「儀式の製作に関わった御三家以外の参加者と英霊を呼ぶための餌だな。さらに言えば、全ての英霊の魂を聖杯にくべる事を前提にしている以上、聖杯を手にするのはマスターたる魔術師であって、サーヴァントにその権利は無い。もっとも燃料となる英霊の魂は莫大な魔力になるらしいから、それを利用すれば願望器としても使えなくはないらしいが」

「何故、貴様がそんな事を知っている?」

「聖杯戦争の術式を確認していた姉御が、その根幹になる大聖杯を見つけてな。その時に儀式に関する情報を大聖杯からごっそりいただいたんだよ」

「モルガンが……」

「本人曰く『他者の術式に何の備えも無く便乗なんてするもんですか』だとさ。そこで本題なんだが、そういった偽装がある事から、聖杯は願いの程度によっては複数回使用できるんじゃないか、と俺は睨んでいる」

「なっ……」

 パクパクと口を開閉させるものの言葉が出ないセイバー。

 そりゃあそうだ。

 今まで最後に残った一組が一度だけ願いを叶えるって前提条件があったから、セイバーは必死に戦ってきたのだ。

 その前提が崩れればこうもなるだろう。

「こ……この期に及んで(たばか)るつもりかッ!! 何を根拠にそんな事を……ッ!?」

「根拠はある。冬木の聖杯は魔術による産物ゆえに、等価交換の法則からは逃れられない。以前にこう言ったのを覚えてるか?」

「ああ。だからこそ、私の願いであるブリテンの救済は叶わないかもしれないといっていた事もな」

「そうだ。聖杯戦争の術式が溜め込んだ魔力量を超える大望は叶えられない可能性が高い。ならば、逆だとどうなる?」

「逆だと?」  

「溜め込んだ魔力が大幅に残るような小さな願い、それを叶えた時に聖杯はどうなるのか? 残留する魔力を全て大地に還して消えるのか、それともそのまま残って他の願いをかなえるのか?」

「それは……やってみなくては分からないだろう」

「ここまでの話ではそうなるな。だが、そこでもう一つの根拠が生きてくる」

「それは?」

「聖杯戦争は始まりの御三家と呼ばれる複数の魔術師によって、構築された術式であるという事だ」

「始まりの御三家……」

「さっき腰ミノ一丁で走って行った遠坂、お前のマスターだったアインツベルン、そしてマキリと呼ばれる魔術師。その三家が合同で製作した以上、優勝した一家のみが恩恵を独占するのは具合が悪い。呼び出した英霊や外様の魔術師は兎も角、他の二家には甘い汁を吸わさねばならん。自分たちに利が無ければ、共同開発なんてするわけが無いからな」

「だから、聖杯に複数回願いを叶える機能があると踏んだのか」

「開催する毎に一家ずつ順繰りで■■とやらに辿り着くって約束だったかもしれんがな。だとしても、聖杯戦争が開催するごとに主催者的な立場の三家には負担が掛かるだろうから、何らかの恩恵が用意されてる可能性は高い」

「なるほど。確かにアインツベルンもかなりの資金と用意を持って、この戦争に臨んでいた。敗退したからといって全損では、家に掛かる負担は大きすぎるか」

「もっとも、そもそもが過去三回失敗し続けている術式だ、今回に限って成功するなんてのはムシが良すぎる。普通に考えれば、今回も不発に終る可能性の方が高いんだ。なら、ダメ元で話しても損は無いだろうさ。なんなら、宴会の時にはぐらかしたこっちの考えを教えてもいいしな」

 そこまで()すと、セイバーは少しの沈黙の後に『何も考えていない』と口にした。

 仮にセイバーの本来の目的である『ブリテンの救済』が成就した場合の事を聞いても、その後のビジョンは全く無いとのことだった。

 ふむ、こいつは妙だ。

 俺が提示した『精神もしくは自我を逆行させて当時のアルトリアへ融合。もしくは知識の継承』という策については考える時間は無かったろう。

 しかしセイバーの本来の願いならば、叶った後のビジョンなど山の様にあるとおもうのだが。

「セイバーよ。お前さん、救済を望んでいながら国の今後について、座で全く考えなかったのか?」

「……私は英霊の座へと召し上げられてはいない。死の直前、カムランの丘で世界と契約したのだ。死後を売り渡す代わりに聖杯を手にする機会を与えよ、と」

 敵味方混じって死屍累々だったと言われる丘の光景を思い出したのか、苦い顔で言葉を紡ぐセイバー。

 なるほど。

 初めて見た時からなんか余裕が無いし、ウチのアルトリアと比べて精神的にもろいと思ってたが。

 この娘、まともな精神状態じゃなかったんだな。

 そう聞けば、納得がいく。

 心血注いできた国の滅びを目の当たりにして、垂らされた救いの糸に一縷の望みを託してここまで来たんだから。

 そりゃあ心にゆとりなんてあるわけ無いわ。

 しかしセイバーの話を聞いてると、ウチのアルトリアの事が心配になってくるな。

 こっちが言い聞かせてたから国の行く末に関してはドライな部分が出来てたんで、セイバーと同じ徹は踏んでないと思う。

 けど、あいつってガウェイン達の事で責任感じてたみたいだし……本格的に嫌な予感がしてきたぞ。

 『世界』とかいう奴との契約方法もかなりエグいし。

 絶望してニッチもサッチも行かなくなった奴に声をかけて救済策を提示するとか、裏社会の悪徳金融の手口そのまんまじゃねーか。

 そんなんに引っ掛かって身売りなんてしてみろ、奴隷契約程度じゃ済まんぞ。

 ───この件が終ったら、調べる必要があるな。

 そもそも奴には、妖精郷に還って再び生れ落ちるはずだったガウェイン達を、無断で英霊にされた借りもある。

 それを知った時の姉御とお袋さんの悲しみようと言ったら、本当に見ていられるものではなかったのだ。

 そのうえアルトリアにまで手を出していたのなら、今度は誰が止めようとマジでぶった斬るぞ。

「アルガ、貴方の意見を聞かせて欲しいのだが」

 頭の中で世界斬りのシャドーをしていた俺は、セイバーの声で現実に引き戻された。

 む、もうすぐバッサリ逝くイメージが持てたのに……

 まあ、話すといったのはこっちが先だし、不満を持つのはお門違いか。 

「いいぞ、何を聞きたい」

「貴方の考えるブリテン救済のプランだ」

 随分と丸投げでド直球な質問である。

 とはいえ、さっきの話を聞けば、未来の展望を考える余裕が無いのは明白だ。

 伝えるのは吝かではないが、一応鵜呑みしないように忠告だけはしておかないと。

「セイバー。話す前に断っておくが、俺は六歳で廃嫡された身だ。当然、帝王学や政治学と言った知識は無い。だから俺の話は素人の思い付きだと思って、必要な部分だけを参考にするようにしてくれ」

「廃嫡……。そんな幼い時に何故?」

「色々あってな。まあ、その辺は機会があれば話してやるさ」

「わかりました」 

 セイバーの奴、口調が少し柔らかくなってるな。

 なんでだ?

「別に口調を変える必要は無いぞ」

「いいえ。立場はどうあれ、教えを請うのならば最低限の礼を尽くすのは当然の事です」

「そういうもんかね。ま、好きにすればいいさ」 

 先程までとは打って変わった力強い言葉に、俺は早々に白旗を揚げることにした。

「さて、俺が提示した手段でブリテンを救う案を話す前に、姉御の話と逸話からこの世界のブリテン崩壊の原因を確認しようと思う」

「崩壊の原因、ですか?」

「そうだ。似たような歴史を辿ったとはいえ、俺とお前さんの世界では起きた事に差異がある。その辺の齟齬(そご)を確認しておかないと、案自体が頓珍漢(とんちんかん)なものになりかねないからな」

「なるほど。それもそうですね」

「まず最大の要因は神代から人の世に移った事に起因する作物の不作、そしてそれに伴う食糧難にある。相違無いか?」

「はい。末期では本当に農作物が取れなくなっていたので、兵糧はもちろん民草の食料の確保にも苦労しました」

「そして二つ目。姉御……じゃなかった。モルガンによる妨害行為」

「たしかに。ブリテンを滅ぼしたモードレッドは、モルガンの手の者でした」

「最後にグィネヴィアとの不倫に端を発したランスロットの離反、そしてそれによる国軍の分裂」

「……その件で咎められるのは私だ。ランスロット達に罪は無い」

 ………あの馬鹿2人を見てもなお、そんな台詞を吐けるとは。

 どう考えても責を問われるのは不倫したあっち側だと思うんだけどな。

「その辺の事は置いておくとして、まず食料と環境問題だ。実はコレに関しては、打つ手が無いわけじゃない」

「ッ! 何かあるのですか!?」

「こっちのブリテン末期にケイ君とアグラヴェインが成功させた事でな。ブリテンの農地にフランス領の土を大量に混合して、新たな土壌を造るんだ。すると、外国の土が混じる事でブリテンの土から神秘が失われるらしく、そこでは本土からの輸入作物が育つようになる。実際に実験に使った畑では、ブリテン末期でも一定量は農作物の収穫が出来ていたみたいだ」

「おお!」

「喜ぶのはまだ早い。この問題には多くの難点があるからな」

 喜色を浮かべるセイバーに、俺はすかさず釘を刺す。

「難点、ですか?」

「俺達の世界では諸事情があって、結局この農地改革は極小さな畑で限定的にしかやらなかった。だから、大々的に行えば環境にどんな影響が出るか分からないんだ」

 ちなみにこの諸事情というのはアグラヴェインに現れた不調の事で、急速に神秘が失われた反動によって作業の視察中にあいつが倒れてしまったのだ。

 その事から環境の急変が周りに影響を及ぼすと知った上層部は、農地改革を長期政策へのシフトを余儀なくされた。

 アグラヴェインは極端な例だとしても、ブリテン人もまた神秘の増減に影響を受けるのは間違いないからだ。

「では、悪影響を及ぼす恐れもあると?」

「これは言うなれば、神秘の島としてのブリテンの寿命を縮める行為だからな。体に神秘を宿しているブリテンの民に何らかの反応が出ても不思議じゃない。あと、ヴォーティガーン陛下の目的が俺達の世界と同じなら、この方法を推し進めていると間違いなく攻めてくる。実行するなら、陛下を退けられる備えが必要だ」

「卑王ヴォーティガーンの目的は、ブリテンに破壊と混乱を齎す事ではないのですか?」

「そちらの陛下はそうなのか? ま、もしそうだとしたらラッキーだな。侵攻のタイミングは運だが、少なくとも農業改革が呼び水になることはない」

 下道を走るのが億劫になってきたので、ビルからビルに飛び移る方式に変えたのだが、見ればセイバーが胡乱(うろん)げな表情をこちらに向けている。

「つかぬ事を聞きますが、何故ヴォーティガーンを陛下呼びで?」

「尊敬できる漢だから。俺が本気で剣を預けたいと思ったのは、後にも先にもあの人だけだぞ。アルトリアが王をやってなかったら、間違いなく配下になってた」

 きっぱりと言い切ると、セイバーはさらになんとも言えない表情を浮かべた。

 まあ、あの人は幻想種や人外の存在から見れば救世主だけど、人間の視点で見れば暗君であり暴君だったからな。

 人の王であり続けたセイバーには理解できんだろう。

「陛下の事は置いといて、次はモルガンだ」

「貴方の奥方の言葉が本当なら、ブリテン統一の際にオークニーを攻めなければよいのでは?」

「それだけだとまだ弱い。姉御の言葉が本当なら、こっちのモルガンにとってはブリテンという国自体が悪夢の象徴らしいからな。その(わだかま)りを解消する為にも、お前さんから積極的に交流を持つべきだろう」

「……モルガンと、ですか」

「姉御も言ってたろ、お前さんの知ってるモルガンは壊れた成れの果てだって。本当の彼女はウチの嫁さんと同じく情の深い人物らしいし、ちゃんと交流を取っとけば敵には回らんさ」

 露骨に顔を(しか)めたのでフォローに回ると、セイバーに深々とため息をつかれてしまった。

 長年の宿敵みたいだから仕方ないけど、そんなに嫌か。

「最後はランスロットとグィネヴィアなんだが、ランスロットを臣下にしないって選択肢はあるか?」

「……無理ですね。彼の騎士の武功はずば抜けていますから。彼がいなければブリテンは成り立たなかった」

 こちらの提案を即座に否定するセイバー。

 まあ、あいつはメンタルとか私生活を切り離せば理想の騎士になり得る奴だから、そう来るのはわかっていた。

「グィネヴィアとの結婚は、ブリテン統一後の政治的地盤固めに必要だったんだよな?」

「はい。当時の私はトリスタンが口にしたように、人の心が分からなかった。その所為で彼女から女性としての幸せを奪い、多大な苦労を掛けてしまった」

「だからと言って、不倫して良いって事にはならないけどな。ランスロットとグィネヴィアを逢わせないって事も考えたが、公的行事に王妃が参加するのは当たり前だから、その辺は難しいと言わざるを得ない。となれば、不倫の兆候が見えた時点でそうそうに離婚するしかないか」

「離婚、ですか?」

 こちらの口を付いて出た言葉に、セイバーは目を見開いた。

「ああ。2人がくっ付く為の最大の障害は、グィネヴィアが王妃ってことだろ。だったら王家との関係を断ち切ってやれば、奴等がどこで何してようと問題ないわけだ。と言っても、この案はこっちの世界で一度失敗してるから、もう一度使うとしてもそれなりの手直しが必要になる」

「……貴方の世界の私はグィネヴィアと離婚したのですか?」

「しようとしたけど途中でポシャッた。その離婚に関してだけど、こっちでは世継ぎを産めなかった事を理由にしたんだわ。グィネヴィアの奴って世継ぎが無い事と不倫を除けば、完璧に王妃を勤め上げてたみたいだからさ」

「ええ。こちらでも彼女の王妃としての振る舞いは見事なものでした」

「ランスロットに不倫の事で相談された時、お互いが添い遂げたいって言ってたから、一切合財水に流す代わりにその条件で離婚するって提示したんだよ。けど、奴さんはそれが大層気に入らなかったらしくてな。『石女と呼ばれたくない』なんて言って、ランスロットに泣き付いたらしい。で、自分の家でヤレばいいものを兵舎で(さか)りやがった所為で、バレて一切合財ご破算になっちまった」

「そ……そうですか」 

 事情を説明しただけなのに、セイバーの声が掠れている。

 たぶん、俺がとってもイイ笑顔を浮かべているからだろう。

「この件を教訓に考えた改善点だが、グィネヴィアは原因を自分に押し付けられる事と妊娠できないというレッテルが気に入らなかっただけで、離婚自体には賛成だったと思う。そこでセイバーさえよければだが、離婚の際に不妊の原因をそっちが被ってもらいたいんだ」

「私が、ですか?」

「そうだ。マーリンの馬鹿も巻き込んで、女性側に問題があるんじゃなくアーサー王の生殖能力に問題があるって事にするんだ。そうすれば、あのアマ……失礼。グィネヴィアも癇癪(かんしゃく)を起こさず、スムーズに離婚が成立。お前さんも後妻を付けられる事は無く、世継ぎがいない理由にもなる」

「成る程。私としては問題ないのですが、その後のランスロットとグィネヴィアはどうなるのでしょうか?」

「状況によりけりだが、あいつ等にはブリテンに居て貰わないほうがいいだろうな。グィネヴィアと再婚した事を世間が知ったら不要な噂が立つ恐れもあるし。フランスに領土があるのなら、そこで余生を過ごしてもらうのがベターだと思う」

「事実上の流刑のようなものですか……。できればもう少し何とかなりませんか?」

「流石にそれは思いつかん。つーか、この件って普通なら2人とも死刑確定なんだぞ。それをここまでお膳立てしてやれば、十分すぎてお釣が来ると思うがな」

 不満そうに見上げるセイバーに、俺は肩を(すく)めて見せる。 

 ぶっちゃけこっちもネタ切れだから、これ以上と言われたってどうしようもない。

 それにこの話だって『言うは易し行うは難し』の典型例だからな。

 実行に移したら、忙しさで奴等のことなんて構ってられなくなるだろ。

「念を押しておくが、今言った事は素人の思い付きだからな。仮に聖杯が使えて過去に戻れたとしても、実行に移す前にケイや文官連中と精査してもう一度考えるようにしてくれ」

「はい」

 再度注意事項を述べると、セイバーは難しい顔で自身の思考の中へと埋没してしまった。

 そうこうしている内に、俺達は冬木の郊外にあるアインツベルンの森へと差し掛かった。

 月の光が届かない木々の中を駆け抜けると、程なくして小ぶりな西洋建築の城砦が見えてくる。

 数日前に酒盛りをやらかしたアインツベルンの城だ。

 アサシンはマクール君を除いて全滅したという話だが、周囲の警戒を怠らずに門を潜る。

 すると中庭の中心に浮かぶ黄金の杯を前にしたウチのメンツとライダー、そして簀巻きにされながらもビッタンビッタンと跳ね回る遠坂の姿があった。

 光を(たた)える杯を見たセイバーは小さく『アイリスフィール』と言葉を漏らす。

 よく分からんが、あの聖杯は衛宮切嗣の嫁さんの形見か何かなのだろう。

「よう! 無事に騎士王を制したようだの」

「ああ。そっちも遠坂に出し抜かれずにすんだみたいだな」

「どうやらこ奴、聖杯の使い方が分からんかったようでな。余達が来たときは、何故か杯の前で一心不乱に踊っておったわ」

「「は?」」

 微妙な表情を浮かべながら頭をボリボリと掻く征服王に、俺とセイバーの口から気の抜けた声が漏れた。

 その言葉の意味が理解できないでいると、姉御がフォローを入れてくれた。

「ほら、聖杯戦争って今まで一度も成功した事がなかったでしょ。そのうえ一回ごとに60周年単位の長い休眠期間を挟んでるから、その辺の事が失伝しちゃってたみたいなの」

「なんだそりゃ」

 呆れを多分に含んだ言葉が口を衝く。

 腰ミノ一丁の土人になって走りながら踊ったと思ったら、今度はそれか。

 このおっさん、行動が斜め上過ぎである。

「そこの変人の事は置いておきなさいな。それよりも聖杯で願いを叶えましょう」

「サーヴァントは3騎も生き残ってるんだけど、それって本当に使えるのか?」

 こちらの問いに、姉御は自信に満ち溢れた笑みと共に胸を張る。

 姉御、はしたないから止めなさい。

 胸のサイズは大人モードと変わらないんだから、セイバーがガン見してるぞ。

「問題ないわ。貴方が倒したアーチャーね、魂の容量的に英霊三・四体分はあったみたいなの。それにランスロットやランサーも普通の英霊よりも比重が重かったみたいで、聖杯の中の魔力は十分に満たされているわ」

「ほー、魂の容量って英霊によって違うのか」

「そのようだの」

「それで、どのくらいの願いが叶いそうなんだ?」

「それは実際に使ってみないとわからないわ。ただ、ライダーとアグゥの受肉に関しては、聖杯を介さずに魔力だけを抽出して行おうと思ってるの」

 姉御の意外な提案に、俺は思わず首をかしげた。

「そりゃまた、どうして?」

「願望器としての機能が備わっているといっても、この聖杯の本来の用途は別物よ。そのうえ一度も成功していない術式なんだから、信頼性に難があり過ぎる。だったら、溜め込んだ膨大な魔力を使って受肉させたほうが確実だと思うの」

 なるほど、ご(もっと)もである。

 今まで三連発で失敗しているのだ、そんな術が信用に値するわけが無い。

「それで、受肉させる方法ってあるの?」

「ええ、ガウェイン達を取り戻す為の研究の副産物でね。術式の関係で人間よりも精霊に近い形になるけど、生身の体を手に入れる事には変わりないわ。多分、聖杯を通して願いをかなえるよりも低燃費でしょうしね」

「問題が無いのなら、それでいいんじゃないか。大将、アンタはどうだ?」

「余は魔術の事に関しては門外漢だ。そなた等が確証を持てる手段であるならば、こちらに文句は無い」

「あら。聖杯を独占する為に、私達が貴方を()めようとしているとは思わないの?」

「本当に(おとしい)れるつもりならば、そんな台詞は吐かぬさ。仮にそうなったとしても、それは余の目が曇っていただけの話よ」

 説くでも脅すでもなく、ただ言葉のままに言い放つ征服王。

 紡がれる(げん)に何の含みもないことから、それが本心である事は容易に読み取れる。

「元々そんな気なんてなかったけど、そんな風に断言されると余計にやる気が無くなっちゃうわ」

 軽くため息をつきながら姉御が手を振ると、その足元に魔力の蒼い光で描かれた魔法陣が現れる。

「それじゃあ、術を始めるわよ。受肉希望の二人はこの陣の中に入って」

「母上、もう始めるのですか?」

「ええ。聖杯が何時まで現界しているか、分からないもの。足踏みしている内にチャンスを逃したら、もったいないでしょ?」

「わかっておるではないか、魔女よ。戦に限らず、物事には最良の機というモノが在る。それを逃しては間抜けの(そし)りを受けてしまうわい」

 上機嫌で足音高く魔法陣に入る征服王。

 同じ境遇の者にああも迷い無く飛び込まれては、慎重を(むね)とするアグラヴェインとて入らないわけにはいかない。

 2人がそろったのを確認した姉御が口を開くと、まるで鳥の(さえず)りの様に甲高い声が放たれる。

 特殊な技術で詠唱を超圧縮して紡ぐ、高速神言と呼ばれる技法だ。

 そして声と同時に陣はゆっくりと回転を始め、不可視の障壁に隔離されたその内部を魔力の光が満たす。

 まるで歌の様に特殊な旋律で流れる声と、それに応じて紫電を孕みながら立ち昇る魔力。

 そんな夜闇を照らす神秘的な光景は一分ほどで幕を閉じ、役目を終えた魔法陣の先には全裸の大将とアグラヴェインの姿───って、おい。

「おおっ! 本当に受肉しておるわ!! 神代の魔女の異名は伊達ではなかったな!!」

 喜色に満ちた声で次々にポージングを取る征服王。

 その度に股間にぶら下がった凶悪なブツがブランブランと揺れる。

 さすがはイスカンダル、あっちの方も大王級か。

 つーか、あんなブッといのでどうやって子供作ったんだ、あのおっさん。

「うむ! 征服王イスカンダル、今ここに蘇った!! 感謝するぞ、魔女よ!」

「ヒィッ!?」

「服を着ろ」

 全裸で人の嫁に詰め寄る露出王の頭に鞘を落としておく。

「む、言われてみれば産まれたままの姿ではないか。どうりで寒いと思ったわい!」

 ゴビンッといい音が鳴ったにも(かかわ)らず、まったく意にも介していない様子で高笑いをあげる大将。

 もう一人の被験者であるアグラヴェインは、(すみ)の方で縮こまってました。

 気持ちは分かるぞ、息子よ。

 あんなスーパーヘビー級が目の前で暴れてたら、小さくもなるわな。

 けど、ヘコむことはない。

 お前だってウェルター級くらいはある、十分にデカいんだ。

 さて、2人が武装化したことで暴れん坊共はあるべきところに収まった。

 今回の騒動も終盤なのだ、女性ならまだしも野郎の肌色ばかりでは格好が付くまい。

 俺が(にら)んでいたのとは少々状況が違うが、内部の魔力を使用しても聖杯は変わらずに黄金の光を湛えている。

「姉御、聖杯の方はどうなんだ?」

「2人を受肉させたけど、それでも魔力は七割近く残っているわね。本来の目的である『■■■■』への扉を開くのは無理だけど、願望器としてはまだ使えそうよ」

「痛てて……。あれ、僕はどうなったんだ?」

「おお、目が覚めたか!」

 背後からの声に目を向けると、戦車の御者台でウェイバー君が目を覚ましていた。

 遠坂の投石を頭に食らって気を失っていたと聞いたが、大丈夫なのか?

「ライダー、僕は……?」

「お主はアーチャーのマスターが放った(つぶて)を受けて、気を失っていたのだ」

「遠坂は?」

「そこにおる」

 ウェイバー君達の視界の先には、猿轡(さるぐつわ)からうめき声を上げ、簀巻きの状態ながら器用に『シターンッ! シターンッ!』と両足を地面に叩きつけている遠坂の姿が。

 言っている事は理解不能だが、涙と鼻水に塗れた顔と血走った目から聖杯の元に行きたがっているのはよくわかった。

 あの状況で諦めていないとか、往生際の悪さと根性は買いだとおもう。 

「───あのままにしておこう」

 件の男からビームが出るほどの眼力を送られていたウェイバー君は、スッと目を逸らした。

 どうやらアイコンタクトは失敗に終ったらしい。

「それで、この聖杯はどうするのだ?」

 未だプカプカと浮かんでいる聖杯を指差して大将が問う。

「変則とはいえ、ウチもそっちも願いは叶えちまったからな。ウェイバー君は聖杯戦争で勝利したって名声が目的で、聖杯に掛ける願いは無いんだろ?」

「ああ。過去三回、すべてが失敗に終ってる儀式だからな。聖杯戦争に関する魔術的栄誉や名声はともかくとして、術式や願望器については信用なんて置けない」

「となると、権利は未だ生存しているセイバーに行くんだが」

「マクールは聖杯とは接続を断った私の使い魔だものね。けど、セイバーの願いである無条件でのブリテンの救済は、聖杯の魔力が万全の状態でも不可能よ?」

「それは本人の判断を聞くしかない……ん?」

 そこまで口にして、俺は首をかしげた。

 先程からセイバーは一言も口を開いていない。

 彼女の聖杯への執着を思えば、是が非でも噛り付いてくると思ったのだが……。

 そんな事を考えながら脇に抱えた件の人物に目を向ける。

 そこにいたのは……。

 ───真っ赤な顔で目を回しているセイバーだった。

「どうしたんだ、これ」

「多分、征服王の凶悪なアレを見て、ショックのあまり気を失ったんじゃないかしら」

「「ああ……」」

 何の事だか分からずに首を捻るウェイバー君とは別に、俺とアグラヴェインはポンと相槌を打った。

 ウチのアルトリアと似たような道を歩んでいたとすれば、彼女は三十路過ぎで経験無しという事になる。

 そんな穢れを知らない乙女に、あの『大王ヤリイカ』は刺激が強すぎたのだろう。

「…………目覚めるまで待ってあげるか」

 彼女に向けられたみんなの視線は、とてもとても優しいものでした。    

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