剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 シリアスが書けぬという意見にムシャクシャしてやった。

 反省と後悔をしている。

 『陛下VS先生』じゃどうしてもシリアルになるってわかってたからネタに走ったのに、御覧の有様だよ!!

 すみません、次からはしっかり続きを書きます。


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら』(第五次聖杯戦争)
異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら』


死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。

 

人類は存続してはならない。

 

己が積み上げた罪過を見よ。

 

貴様等の後ろに続く数多の血によって舗装された道を、お前達の眼前に広がる屍に埋め尽くされた大地を。

 

罪深き生物、許されざる者。

 

今すぐにその命を散らせよ。

 

更なる罪を犯す前に。

 

それだけが貴様に残された救済である……

 

 脳内に響く老若男女の呪詛の声に少年は目を開く。

 年の頃は十を一つ二つ越えたところだろうか。

 白く染まった髪に日本人にしては抜けるような肌、そして鈍い輝きを見せる金の瞳が特徴的な男子だ。

「───今日は子供が生きたまま解剖される映像か……。ショックを与えたいのなら、胎児をオ●ホ代わりにしてマスを掻く馬鹿くらいの映像でも出せばいいものを」

 まあ、その程度は反吐が出るほど見慣れてるがな、と続けて少年は欠伸と共に凝った首を鳴らす。

 都市部にあるにしては広大と言ってもいい武家屋敷、その離れにある彼の部屋には驚くほどに物が無い。

 畳張りの床を占領しているのはちゃぶ台と木製の箪笥、そして使い込まれた木刀だけだ。

 その箪笥から取り出した作務衣(さむえ)に袖を通すと、少年は木刀を片手に部屋を出る。

 行き先はいつもの通り円蔵山の中腹にある森林地帯。

 ここの家主である衛宮切嗣に拾われてから五年間、一日も休むことなく少年は学校にも行かずに朝から日が落ちるまで延々と剣術の修行に勤しんでいる。

 当然、最初は保護者である切嗣や同居人の同年代の少年、そして近所に住む年上の女に止められた。

 しかし少年は彼等の言葉に耳を貸すことはなかった。

 言葉を交わす事すら無駄と断じていた彼の態度に業を煮やした女性が実力行使に出ようとしたこともあったが、虎のストラップが付いた竹刀を木刀で両断されて涙に濡れる結果に終わった。

 そのうえ二か月もの間、彼が山に籠って帰ってこなかった事もあって、同居人達は彼を止める事を断念したのだ。

 この一件により、姉貴分を泣かされた同居人の少年との仲は険悪なモノになったが、その程度は彼にはどうでもいい事だった。

 

 

 

 

 さて、ここで件の剣術少年の事について語ろう。

 この少年は数年前に冬木市に発生した大火災の数少ない生き残りである。

 同居人の少年である衛宮士郎を初めとして他にも数人の少年少女が生存したが、彼は他の者とは少々(おもむき)が違っていた。

 大火災に巻き込まれた影響でいわゆる前世の記憶なるモノに覚醒したのだ。

 彼の記憶に刻み込まれたのは、今より百年ほど先の未来に生きた男の軌跡。

 上海の黒社会の中を牛耳る全身を機械化したサイバネ武術家相手に、孤剣一つを携えて挑み続けた凶手の生涯だった。

 その鮮烈すぎる生き様と形成された自我は事故によって漂白されてしまった少年を完全に上書きしてしまい、病院で保護された時には彼の内面は少年ではなく凶手だった男となってしまっていた。

 病院のベッドで意識を取り戻した少年は、自身が『(じん)』という名であることしか今生の記憶を持たないと知って途方に暮れた。

 いくら内面が成人していても現在の身体は7歳の幼児なのだ、自力で生きていく事は出来なくもないが楽な道にならないのは明白だ。

 そうして数日の間入院生活を送っていると、自身に面会したいという者が現れた。

 黒いくたびれたコートを纏った中年の男性。

 男は衛宮切嗣と名乗り、陣を引き取りたいと申し出てきたのだ。

 実はこれより少し前、彼は養護施設の責任者と顔を合わせていた。

 その男、言峰綺礼は基督教の神父を自称していたが、陣は前世の経験から見抜いていた。

 カソックに身を包んだ男の内面がドブ川よりも腐れ果てている事を。

 対して目の前の男はどうか?

 言峰綺礼と同じく目は死んでいるものの、そこに宿るのは罪悪感と贖罪を求める感情だ。

 身体から抜けきらない血と硝煙の匂いから察するに、この男は陣が巻き込まれたという大火災の原因に何らかの形で関わっているのだろう。

 そう断じた彼は衛宮切嗣の申し出を受け入れた。

 別に眼前の死んだ目の男に情を移した訳ではない。

 もう一方がどう考えても地雷な事もあり、自身が自立できるようになるまで男の罪悪感を利用してやろうと思っただけである。

 そうして衛宮の姓を受けた陣だが、彼は切嗣にももう一人の養子である士郎にも心を開くことは無かった。

 彼等が陣を受け入れなかった訳ではない。

 むしろ血縁関係が全く無い他人ばかりの家族にも拘らず、近所に住む藤村大河という少女も交えて不器用なりにも手を伸ばしていたほうだろう。

 しかし、陣にはその手を握り返す余裕が無かったのだ。

 思わぬ形で転がり込んだ二度目の生だが、彼はその使い道をもう定めていた。

 それは前世において修めた剣技、内家戴天流剣法を再び極める事。

 そして死の少し前に開眼した秘剣、その先を見る事だ。

 しかし内家拳の初歩である氣を練ろうとした時、陣は自身の中にある異常に気が付いた。

 肉体的な部分ではない、氣脈というべき生命の内面にこびり付いた黒いしこり。

 それは彼が存在を認識したと同時に次々と呪詛を吐き出した。

 自身の性格や行動、生きる意思、そして存在そのものを否定する様な言葉の洪水は、聞くだけで精神を削り取られるものだった。

 その為、心身のできていない時期は、これの所為で陣はよく体調を崩したものだ。

 しかし彼も伊達に二度目の生を生きてはいない。

 前世は社会のゴミ溜めと言うべき環境で生きてきた陣は、人の悪意や罪業などに高い耐性を持っていた。

 はっきり言うならば、身体の中に巣くう黒いしこりが突き付けてくる人類の悪など、彼からしてみれば古臭く陳腐なものにしか見えなかったのだ。

 人の業など、社会が進歩し情報が多様化すればするほどにその醜悪さを増していく。

 未来の上海、その黒社会に流れるポルノやスナッフムービーの下劣さからすれば、呪詛が見せた宗教や国家による民の虐殺など子供のお遊戯でしかない。

 凶手となるまでは同じ境遇の仲間が出演する撮影の手伝いまでやらされていたのだから、そんなモノなど心に響かないのは自明の理だ。

 とはいえ、事態はそれほど楽観視できるものでもなかった。

 影響が少ないと言っても、体内で呪詛を撒き散らすモノが有害でないわけがないからだ。

 だがしかし、氣功を操るといえど剣士でしかない陣には呪詛を祓う術など持ち合わせていない。

 そんな彼が縋ったのは、内家拳の神髄だった。

 内家の達人が得物を取るとき、それは硬さ鋭さだけでは語れない。

 丹田より発する氣を込めて振るわれれば、布帯は剃刀に、木片は鉄槌へと変ずる。

 そして、鋼の刃の変ずる果ては、ただ因果律の破断のみ。

 それは形在るもの総てを断ち割る、絶対にして不可避の破壊である。

 前世で陣は『因果の破断』と言われる境地にまで足を踏み入れていた。

 だがしかし、内家の深奥に果てはない。

 さらに剣を極めれば形無きモノ、即ち概念と呼ばれる事象までも刃が届くのではないか?

 確信に近い物を感じていた彼は、衛宮家に来てからの日々全てを剣に捧げた。

 それが結果として『家族』を『同居人』にしてしまうのだが、陣にとってはもはや気に留める事ではなかった。

 そして数年の時を得た今日、陣はついに自身が求める領域に手を掛けたのだ。

 

 

 

 

 素早く身支度を整えた陣は、何時もの通りに勝手口を潜って外に出た。

 屋敷を出る際に士郎や大河が『切嗣が死んだ』と騒ぎ立てていたが、今から行う試みに比べれば些末事(さまつごと)でしかなかった。

 そのまま街を駆け抜けて修行場としている円蔵山の中腹にある林に足を踏み入れると、彼はこの時の為に用意していた短刀を自身の胸に当てる。

 練られた氣は手足を走る三陰三陽十二経、そして全身にある654の経穴を巡る事で内力となり、そして全身を巡る中で洗練され内勁へと昇華される。

 そうして鈍色の刀身に内勁が籠った事を確認すると、陣は自身の身体に刃を(はし)らせた。

「ぐぅっ!?」 

 灼熱感と鋭い痛みに思わず声が漏れるが代償として体の奥に巣くっていたモノが消え去り、脳裏で紡がれていた呪詛もまた止んだ。

 成功を確信したことに珍しく喜色を浮かべながら、陣は慣れた手つきで傷の手当を行う。

 包帯を巻き終えた彼がふと視線を上げると、いつもは何の変哲もない山肌だった場所に洞穴がある事に気が付いた。

 そこから漏れ出てくる腐臭を感じさせるような気配に覚えがあった陣は、短刀と木刀を手に深淵を思わせるその中へと足を踏み入れる。

 長く険しい岩道を抜けると、人工物を思わせる大空洞とその中心に鎮座する触手と眼球が至る所から生えた奇妙な生物があった。

「これは……」

 思わず口から驚きの声が漏れるが、生物の垂れ流すモノが自身を蝕んでいた呪詛と同じである事を確信した陣は、すぐさま得物を構える。

「ふん、このような場所に子供が迷い込むとはな」

 しかし斬りかかろうとした瞬間に前触れも無く空洞の入り口に現れた気配によって、彼は踏み出した足を止めることとなった。

 振り返ると、そこにいたのは黒いライダースーツを纏った金髪の偉丈夫だった。

 男は蛇を思わせる深紅の瞳に刃の姿を映したまま、面白そうに視線を細めている。

 その視線は人に向けるものではなく、珍獣を見るそれだ。

「ほう……。貴様、あの泥を被った者か」

「泥……?」

 言葉の意図が分からずに訝しむ陣を尻目に、男は空洞に響き渡るような笑い声を上げる。

「綺礼ですら我を介さねば耐えられぬモノを浴びて生きているどころか、よもや自力で呪いを振り払うとはな! よいぞ、小僧! 貴様があの呪いを祓った術、聞かせるがいい!!」

 男の尊大な物言いを聞きながら、陣は警戒を一段階引き上げながら目を細める。

 放たれている強大な気配からして、眼前の男は真面(まとも)な人間ではない事は容易に読み取れる。

 普通なら敵対する事は悪手となるのは明白だが、ここで陣が前世から引きずっている悪癖が顔を覗かせた。

 かつて社会の最底辺を這いずっていた凶手の男は、組織の中で延々と蔑まれてきた。

 組織に拾われた孤児であり、なんの後ろ盾も無かった彼は修業時代においてはドブネズミかモルモット。

 刺客として仕事を受けるようになった後は、使い捨ての道具としてしか扱われなかった。

 彼の前世はサイボーグ技術が全盛であり、全身生身という時点で貧困層であり社会的弱者のそしりは避けられない世界であったのも大きかったのだろう。

 そんな中で黒社会の最底辺である彼等など、まともな扱いを受けられるワケが無い。

 しかし、そんな彼も凶手として標的と相対した時は別であった。

 機械仕掛けの身体を持った自称上等民の自慢のパーツや拳法を、自身の練り上げた功夫で叩き潰す。

 殺し合いの場においては出自や立場などが介入する余地はない。

 自分と相手どちらが強いのか、その単純な論理が全てを左右する。

 今まで虫けらのように扱われた彼だからこそ、そんな力は全てを支配する世界にのめり込むのは早かった。

 そうやってサイボーグ達を葬っていく過程で、彼は自身を見下す者に反発する事、そしてそう言った輩を力でねじ伏せる事に爽快感を憶えるようになっていったのだ。

 さらには前世の記憶を取り戻して数年、穏やかな生活を送っていたことで実戦に飢えていた事も陣の背を押した。

「───断る。見ず知らずのアンタに語ることなど、何一つとて無い」

 構えた木刀に内勁を込めながら、彼は目の前の男を睨みつける。

 そして陣が放った拒絶の言葉は顕著にその効果を現した。

 興味から不快、そして怒りへと変化する男の顔。

「ほう、我に逆らうか。少々変わった魂の持ち主とはいえ、雑種ごときが大きく出たものだ」

 傲慢不遜な言葉と共に男が右手を上げると、その背後の空間に黄金の波紋が起こる。

 幻想的な光景とは裏腹に波紋の中心から顔を出すのは鋭利な刃の切っ先だ。

「王の言を跳ね除けた罪、その死に様を以って贖うがいい!」

 王を自称する男が指を鳴らすと同時に波紋は刃を吐き出す。

 音速を超える勢いで放たれる圧力を感じさせるほどの存在感を持った武具、その数は三挺。

 だが、それらが打ち砕いたのは洞窟の地面だけだった。

 何が起こるのかは予測できなかったものの、自身に向けられられた圧倒的殺意を感じた陣は一呼吸早く飛び退いていたのだ。

「少しは勘が働くと見える。だが、それでいつまで凌げるかな?」

 嗜虐の表情を隠そうともしない男は少しずつ射出する武器の数を増やし、同時に射出する場所すらも自在に変えていく。

 正面かと思えば足元、背後、頭頂部と、死角から放たれる超音速の武具の数々。

 だがしかしその刃が血に染まる事は無い。    

 男は意識していないだろうが、武具を放つ波紋を展開する時に一際強く『意』が漏れ出ているのだ。

 『意』即ち人が行動を起こす際に発せられる意思を読み取る事は、内家拳士の基礎である。

 前世に()いて戴天流の免許皆伝まで登り詰めた陣にしてみれば、男の放つ不可思議な攻撃は全て発射位置や目標を事前に伝えてから行っているに等しい。

 なればこそ、それらが放たれるに先んじて対応する事は欠伸が出るほど簡単だ。

 射出される武具の速度にしても、超音速で飛ぶ刃物など前世では見飽きている。

 こちらをホーミングしたり、乱軌道で飛ばないだけまだ可愛いほうだろう。

 とはいえ、現状での優位は一方的に攻撃を加えられる男にある。

 四方八方から放たれる武具の雨霰を、陣は時に軽功術の身のこなしによって躱し、または初速が乗り切らない内に木刀を合わせる事で回避していく。

 音を超える速度で迫る武具の軌道を読んで側面に力を添える事で逸らす、もしくは相手の突進力に逆らわずに絡め捕る。

 その手腕こそ『軽きを()って重きを凌ぎ、遅きを以って速きを制す』という口伝が表す内家拳の神髄と言えよう。

「ちっ! ネズミがちょこまかと鬱陶(うっとう)しい!!」

 射出の数が二十を超えると、嗜虐の色を浮かべていた男の顔に苛立ちが見えるようになった。

 この時点で一度の放たれる武具の数は十を超えていたが、着弾の余波で撒き散らされた飛礫によって薄く傷は付くものの、未だ少年の体を捉えるモノは存在しない。

 同時に、陣も男が武具を射出する際の性質を見切り始めていた。

 原理のほうはまったくだが、男が武具を射出する際には波紋から顔を出した武具にはコンマ数秒の溜めがあるようだ。

 無論、こちらを油断させる為のブラフである可能性は捨てきれないが、それでも一応の指標には違いない。

 観察者とその対象。

 戦闘開始前とは立場が逆になりつつある中、側面から襲い掛かる槍の束に木刀を当てた陣は、乾いた音と共に自身の得物から妙な手ごたえを感じた。

 即座に目を走らせて刀身の中頃に細い亀裂が刻まれているのを見て取ると、彼は小さく舌打ちを漏らす。

 如何に内勁で強化していようと、手にしているのは何の変哲もない木刀である。

 男が放つ名剣名刀を凌ぎ続けるには無理があるのは仕方が無い。

 とはいえ、本身に(ひび)が入ってしまったのでは砕けるのも時間の問題だ。

 こうなっては少々強引にでも埒を開ける必要があるだろう。

 寸毫(すんごう)逡巡(しゅんじゅん)が入る余地も無く覚悟を決めた陣は、渾身の力を込めて大地を蹴った。

 内家氣功術の一つである軽功術によって重量を無くした体は、たった一歩の踏み込みで飛ぶような速さを手に入れる。

 だがしかし、その動きは眼前の男に捉えられていた。

 陣は知る由もないが、眼前の相手は人類史にその名を刻む英雄達の最上位に位置する英雄王ギルガメッシュである。

 鳥をも凌ぐ速度を以てしても、その目から逃れる事などできはしない。

「正面突破とは思い上がったな、雑種!!」

 主の号令一喝によって少年へと殺到する王の財宝。

 迫りくる十を超える切っ先の中、致命となり得る槍の穂先に陣が渾身の力を込めて木刀を振るうと、槍を弾くのと引き換えに軽い音を立てて刀身が砕け散る。

 だがしかし、その一合は無駄ではない。

 宝物による包囲網に少年が潜り抜けられるだけの穴を開くことができたのだから。

 至上の刃が薄く身体を掠める中、陣は身を縮めながら死の射撃を切り抜けることに成功する。

「馬鹿め、それも我の策の内よ!」

 だがしかし、ギルガメッシュの攻勢はまだ終わりではなかった。

 窮地を脱した彼を待っていたのは、壁のように聳え立つ黄金の波紋だったからだ。

 上下左右4mにくまなく敷き詰められた射出の砲口、その数は百を超える。

 左右後方ともに逃げ場などない状況の中で、小生意気な小僧の絶望に歪んだ顔を見ようとする英雄王。

 しかしその深紅の瞳が捉えたのは、目をギラつかせて口元を弧に吊り上げた陣の凶相であった。

「ふん、絶望のあまりに狂ったか」

 そう呟いて発射の命を下そうとする英雄王。

 それよりも速く『意』を察知した陣は、正面の波紋の壁に向かって跳ぶ。

 特攻か、それとも生き汚い悪あがきか。

 どちらにしても打つ手など無い事を確信していた英雄王の前で、陣が取った行動は予測を大きく上回っていた。

 あろうことか、彼は黄金の波紋から顔を出した宝物の一つに手を伸ばしたのだ。

 波紋の中から突き出た黄金の刀身を掴んだ少年は、掌に走る鋭い痛みに眉根を寄せる。

 万が一にも指を落とさないよう硬氣功で備えをしていたのだが、鋼をも通さないはずの皮膚にその刃は容赦なく肉に食い込んだからだ。

 手を掛けたのはさぞかし名の有る名剣なのだろう。

 頭の隅にそんな事を過らせつつも、陣は鷲掴みにした剣を波紋の中から強引に引き抜く。

 目の前で行われた前代未聞の行動に、流石の英雄王も驚愕に目を見開いた。

 数年前の第四次聖杯戦争でも射出された武具を掴み取る英霊はいた。

 しかし発射前に宝物を奪われるなど、生前を含めて一度も無かった事だ。

 そんな離れ業をやってのけた少年は得物を抜き取られた事で波紋が姿を消すのを認めると、すぐ下から突き出た槍の穂先を足場にして壁の向こうへと大きく飛んだ。

 宙を舞う落ち葉や羽毛すらも足場に変える軽功術の妙は遺憾なく発揮され、矢のような速度で英雄王との間合いを詰める陣。

 戴天流剣法が一、『貫光迅雷』

 弓に番えられた矢のように引き絞った剣の切っ先は、驚きによって開いた心の隙間に滑り込むように英雄王の胸目がけて放たれる。

「舐めるなよ、雑種!!」

 だが、眼前の男も伊達に英霊のトップと称されているわけではない。

 咄嗟(とっさ)の判断で蔵から引き抜いた斧を盾にして、陣の放った刺突を凌いだのだ。

 剣と斧、双方共に黄金の刃が火花を散らす中、英雄王が力任せに腕を振るった事で陣は大きく体勢を崩してしまう。

 最上級の英霊と年端のいかない少年、その身体能力は比べるべくも無い。

「光栄に思え、雑種! その往生際の悪い首、我の手で()ねてやろう!!」

 コマのように回転しながら空中で死に体を(さら)す陣に、勝利を確信した嗤いと共に斧を振り上げるギルガメッシュ。

 だが、その刃が少年の肉を抉ることは無かった。

 何故なら戦斧が振り下ろされるより疾く、身体を旋回させていた陣が空いた掌をその顔面に叩き付けたからだ。

「ガッ…!? 貴様ぁ……!」

 突如として襲った激痛に、思わず声を上げるギルガメッシュ。

 それも無理からぬことだろう。

 陣はただ掌底を当てるだけではなく、鉤爪のように曲げた指で紅玉の瞳を抉っていたのだから。

 神経を無遠慮にかき混ぜられる痛みに、ギルガメッシュは少年を引き剥がそうと手を伸ばす。 

 だが、それよりも早く頭蓋の中身をミキサーにかけたような衝撃が炸裂した。

 内家戴天流内功掌法『黒手裂震破』

 浸透勁の一種であり、掌から相手の体内に送り込まれる力は大海嘯(かいしょう)が如しと称される必殺の一手だ。

 顔の七孔から血を吹き出しながら、大きく顎を跳ね上げる英雄王。

「じゃあな、勘違い野郎」

 流れるような動作でギルガメッシュの心臓部にある霊核へと切っ先を突き入れた陣は、凄絶な笑みと共に無防備に晒された首へ血染めの刃を一閃する。

 大空洞に響き渡る命を絶つモノとしては涼やかな凛という刃鳴。

 その余韻も収まり洞穴が再び静寂を取り戻すと、それに少し遅れて断たれた首が地面に堕ちた。

 指示を出す器官を失い力なく崩落する王の身体、それを見て初めて少年は安堵の息をついた。

 尊大であり奇妙な戦い方をする男だったが、陣は直感的に彼が本気を出していない事、そして奥の手をいくつも隠し持っている事に気づいていた。 

 だからこそ、相手がこちらを舐めている内に勝負を決めに行ったのだ。

 その考えは正解であり、仮に英雄王がより強力な宝具や天の鎖を使用していたならば、少年の方がここに屍を晒していたことだろう。

 もっとも『慢心せずしてなにが王か!』と豪語する男である。

 前世の記憶を得た程度の小僧に、最初からその力を見せるような真似などしなかっただろうが。

 残心を終えた陣は念の為に転がる頭へ剣を突き入れた後、襲撃者の正体を確認する為に遺体を漁ろうとした。

 しかし、手を伸ばした途端に男の身体は光の粒となり、身に着けていた衣服のみを残して跡形も無く消えてしまったのだ。

 目の前で起こった不可解な現象に陣が眉根を寄せていると、今度は中央に鎮座している奇妙な生物の方に新たな気配を感じた。

 視線を巡らせれば、そこには浅黒い肌の少年が不敵な笑みを浮かべていた。

 年の頃は11、2歳。

 赤黒い布でできた帯を頭に巻き、下半身も同色の腰巻を付けている。

 対する上半身は何も着けておらず、その代わりに顔から腹部まで肌が見える場所には奇妙な文様の入れ墨が施されていた。

 そして何より、笑みを張り付けたその顔は陣に瓜二つだったのだ。

「お見事、お見事! 現代のガキが英雄王をぶっ殺しちまうなんて、想像もしてなかったぜ。もっとも、オタクも真っ当な人間じゃないようだけどな」

 ワザとらしいオーバーアクションで手を叩く少年に陣は無言で剣を構える。

 何者かは分からないが、目の前の小僧から自分の中に巣食っていた呪詛と同じ気配を感じる。

 ならば、少なくとも敵であることには間違いない。

「おぉっと! 待て待て、オレはオタクと闘りあうつもりはねーよ!!」

 頭の中でそう断じた陣が斬りかかろうとしたところ、少年は大慌てで両手を上げて交戦の意思が無いことをアピールする。 

「……目的はなんだ?」

 陣の発した感情の籠らない硬質な声に、少年は軽くため息をつく。

「やれやれ……わかっちゃいたが、遊び心ってのがまったくないな。オレがここに顔を出したのはあの我様(おれさま)をブチ殺してくれた礼と、あとはちょっとしたお願いをする為さ」

「我様?」

「さっきの金ピカだよ。古代ウルクを治めた人類最古の英雄王ギルガメッシュ。英霊としては文句なしのトップクラスだ。前回の聖杯戦争で最後まで残ったんで、対戦相手だったセイバー諸共飲み込んでやろうと思ったんだけどよ。あの公式チート野郎、オレの泥を逆に取り込んで受肉しやがった。しかもあの王様は魂の容量が通常の英霊の四倍近くありやがるせいで、こっちにまで影響が出てな。聖杯を汚染する立場なのに力が足りなくて、現界すらままならなくなってたとこだったんだ」

 苦い表情で吐き捨てる少年だが、あまりにも聞きなれない言葉が多すぎる所為で聞いている陣は首を傾げるばかりだ。

「お前の言ってる事は皆目見当が付かん。一から説明しろ」

「ああ。そのイカレた剣の腕の所為で忘れてたけど、一応オタクも堅気の人間だったな。しゃあねえ、オレが分かる範囲で一から説明してやるよ」

 こうして始まった少年による魔術世界と聖杯戦争という魔術儀式についての講義。

 もっとも彼だって呼び出された側のカテゴリーであり知識も聖杯から与えられた物が多いため、かなり偏った内容になってしまったのは致し方ない事だろう。

「要するに、この冬木では一定周期で『聖杯戦争』とかいう殺し合いが行われていて、お前やさっきの男もその為に呼び出された英霊の一人というワケか」

「ああ。ちなみにオレの真名はアンリ・マユ。ゾロアスター教の悪神でこの世全ての悪なんて言われているが、正確にはその名前を背負わされた一般ピーポーな」

 人間には強いがサーヴァント相手だとクソ雑魚ナメクジだから気を付けろよ、と自虐のくせにカラカラと笑う少年だが、聞いている陣の鉄面皮は変わらない。

「それで5年前に起こった火災もその聖杯戦争が関係していると」

「ありゃあ必要な魔力が溜まって顕現(けんげん)した小聖杯を、セイバーのマスターが願いも叶えずに宝具で吹き飛ばしたのが原因だ。小聖杯の魔力に加えて行き場をなくした大聖杯のバックアップ分までブチ撒けられたお蔭で、周囲一帯が火の海になっちまったってワケだ」

「俺に張り付いていた呪いについては?」

「それはオレが原因。紛い物とはいえ、『この世全ての悪たれ』って願われた存在だからな。───OK、落ち着け。俺が悪かったから、まずはその剣を下すんだ」

 胡乱(うろん)げな目で構えを取る陣に必死に宥めるアンリ・マユ。

 その姿からは悪神たる所以はゴマ粒ほども感じられない。

「つーかさ、オタクの知識どうなってんの? 呪ってた立場で言うこっちゃないと思うけど、オレが見せた罪のヴィジョンの10倍エグくてグロい映像のオンパレードだったじゃん」

「あれくらいは俺がいた上海だと黒社会なら普通に流れてる。アングラ用に撮ったド変態専用のブツに比べたらまだまだマシだ」

「マジでどうなってんだよ、未来の世界! 人類ってこんな邪悪だったっけ!?」

「そんな事より、その聖杯戦争とやらには衛宮切嗣と言峰綺礼は参加していたのか?」

 頭を抱えるアンリ・マユを他所に質問を続ける陣。

 全く変化のない彼の様子にペースを取り戻したのか、アンリ・マユもまた軽薄な調子で言葉を返す。

「ああ。衛宮がセイバーのマスター。言峰が最終的にはアーチャー、さっきのギルガメッシュのマスターとして参加してるぜ」

「───なるほどな」

 アンリ・マユの答えに陣は納得したように頷いた。

 病院での初会合の際に感じた事は間違いではなかったらしい。

「それで、俺に頼みたい事はなんだ?」

 彼が話題を変えると、アンリ・マユは道化のような雰囲気から一転顔を引き締める。

「次の聖杯戦争に参加して、オレを護ってもらいたい」

「次? 随分と気の長い話だな。この聖杯戦争は60年周期じゃないのか」

「ところが今回ばかりは特別でな。前回衛宮切嗣が願いを叶えずに小聖杯を吹っ飛ばした所為で、その分の魔力をプールしてた事で準備が早く終わりそうなのさ。こっちの試算じゃ後五年で次が開催されるはずだ」

 アンリ・マユの言葉を受けて、陣は小さな感嘆の声を漏らす。

「護衛はいいとして、お前はその聖杯戦争で何を目指す?」

「俺の目的はこの世界に生まれ出る事だ。ここにいる『アンリ・マユ(オレ)』とは別に、『この世全ての悪』は変質した大聖杯の中ですくすくと成長してる。成り行きでこうなったとはいえ、宿っちまったからには産まれたいと思うのが人情ってもんさ」

「お前の頼みを聞いたとして、俺にどんなメリットがある?」

 陣が投げた問いにアンリ・マユは少し考えるような素振りを見せると、次の瞬間にはニヤリと口元を吊り上げる。

「お前さんへの報酬だが、こういうのはどうだ?」

 そう口にすると、大聖杯と呼ばれる異形のオブジェの影の一部が盛り上がった。

 隆起した影を薄い皮膜でも破るかのようにして現れたのは、黒い靄に薄く覆われた甲冑を身に纏う少女騎士だ。

「こいつはシャドウ・サーヴァント、聖杯のデータから魔力で作り出した英霊の模造品だ。英霊の切り札たる宝具こそ使えないが、身体能力や技量はオリジナルに勝るとも劣らない。オタクの修練の相手には持って来いだろ。この件を引き受けてくれるのなら、望むだけ呼び出してやる」

「いいだろう、お前の依頼を受けよう」

「即答かよ……」

 あっという間に食いついた陣に、アンリ・マユはどこか呆れたように呟きを漏らす。

 こんな程度では転ばないと思っていたので、密に寄生していた四年間で調べ上げた内面を攻めるプランも立てていたのだが、この様では完全に無駄となったようだ。

「つーか、本当にいいのか? 『この世全ての悪』が生まれたらどうなるのか、とか気にならねえ?」

「知った事じゃない。その糞袋から這い出て来たモノがどれだけ被害を出そうが、俺には関係ない。もしそのデカブツがこちらの邪魔をするようなら、斬り殺せばいいだけだ」 

 平然と答える少年に、アンリ・マユは思わず頭を抱えてしまった。

 まだガキなのに歪みなさすぎる。

 一般的にこういったシチュエーションだと精神も肉体に引っ張られて青臭く悩むはずなのだが……。

「それで、そのシャドウ・サーヴァントとやらは何時から使える?」

「オタクが望むのなら今日からでもどーぞ」

 少し投げやり気味な返答を受けた陣は、無言で大空洞の入り口へ向けて踵を返した。

「ん、帰るのか?」

「荷物を取ってくるだけだ。今日からここに籠るからな」

「……はぁっ!?」

 突然の居候宣言に、アンリ・マユは素っ頓狂な声を上げた。

「いやいやいや、ちょっと待って。オタクって家族いるじゃん。衛宮切嗣とか同い年のチビとか」

「何を言っている。奴らは同じ家に住んでいるだけのただの同居人だ」

 ごく自然に返された答えに、アンリ・マユは絶句してしまう。

 この四年間、陣の目を通してだが彼は衛宮家の人間を見てきた。

 衛宮切嗣、士郎、藤村大河。

 衛宮家を構成する全員が陣に真摯に向き合おうとしていた。

 だが、そのすべてを無駄と斬り捨てたのは目の前の少年なのだ。

「下らん事を考える暇があるなら用意を整えておけ。戻り次第鍛錬を始める」

 そう言い残して大空洞を後にする陣。

 残されたアンリ・マユは少年の消えた入り口を見ながらため息をついた。

「まさか、あそこまで削れてるとはなぁ」

 アンリ・マユがあの少年の特異性を知ったのは、あの大火災の折だ。

 溢れ出した聖杯の泥によって5百余人の命が失われる中、汚染源である彼は大聖杯の底で密に死にゆく者たちの情報に目を通していた。

 名前はおろかその人格すら抹消された彼にとって、現世や他人の情報というのは極めて興味深いものだったからだ。

 その最中、泥の呪詛によってすべてが漂白されてしまった者達の中に、聖杯の知識でも見たことのない世界の記憶を持つものが現れた。

 それは今より未来、もしかしたら異なる世界なのかもしれない。

 機械に身体を挿げ替えた者達が闊歩する悪徳の街で、汚泥に塗れながらも必死に生きた男の記憶。

 自分と同じく虐げられ他者のいい様に扱われはしたものの、男は牙を獲得して自らを踏みにじってきた者達に一矢報いる事が出来た。

 当然ながら最後は社会によって排除されたが、それでもその鮮烈な生き方にアンリ・マユは確かに憧れを持った。

 生前の彼は自身に悪を擦り付けた村の人間に抵抗など出来なかったからだ。

 だからこそ、記録の男に生前の自己を投影して見ていたアンリ・マユは、記憶を受け継いだ陣という少年に興味を持った。

 彼は陣へ死なない程度に呪詛を張り付かせ、彼への理解を深めようと自身もまた陣の『殻』を被るようになったのだ。

 だがしかしアンリ・マユにも誤算があった。

 自身の触角として植え付けていた泥の影響で、陣の人間性が徐々に削れていったという事だ。

 本来の彼はあそこまで感情を排した人間ではない。

 剣術を第一とする事は変わらないが、被っている『殻』のように明るくある程度の社交性を持っていたはずなのだ。

「とりあえず剣術の修行で興味を引いたのはいいけど、オレに何ができるのかねぇ」

 呪詛に満たされた魔境の中で悪は一人思い悩む。  

 その答えはまだ出ない。

 

 

 

 

 一方、武家屋敷へと帰った陣を待っていたのは士郎と大河の非難の声だった。

 養父である切嗣が亡くなったというのに、ふらりと出て行って日が落ちるまで帰ってこない。

 さすがにこれは二人の目に余った。

 しかし衛宮家というコミュニティに何の価値も見出していない陣にとっては、そんな二人の言葉など路傍の石ほどの価値も無い。

 陣からしてみれば、衛宮切嗣との関係が親子など悪い冗談でしかなかった。

 彼が認識している関係は簡単に言えばギブアンドテイク。

 自身が養われる事で奴の贖罪という自慰行為に協力する。

 代わりに、むこうはこちらへ衣食住の全てを提供するといったものだ。

 そも、切嗣はあの大火災の根幹に関わり、家族や財産、事故以前の記憶までを奪い取った首謀者の一人である。

 何が悲しくてそんな男を親などと呼ばねばならんのか。

 自身を待つ新たな修練に心を躍らせていた陣は、士郎や大河の存在を無駄と断じた。

 それ故に彼は二人の言葉に耳を貸すことなく軽功術を駆使して外壁を乗り越えると、そのまま自身の住む離れへと飛び込んだ。

 そして素早く数少ない私物をバックに詰めると再び屋根伝いに外へと飛び出したのだ。

 最後にこちらを見上げる士郎と大河に、今日限りで衛宮家を出ていくことを伝えたのは同居人としてのケジメという奴なのかもしれない。

 その後、大空洞へと戻った陣は荷解きもそこそこに修練を開始した。

 常在戦場を旨とする彼はアンリ・マユに24時間、何時如何なる時でも隙あらばシャドウ・サーヴァントに襲い掛からせるよう指示を出した。

 戸惑う彼の言葉など聞く耳持たず、本当にその条件のもとに始まった大空洞での生活。

 本体よりも性能は落ちるとはいえ、シャドウ・サーヴァントは英霊の模造品である。

 英雄王を降したとはいえ、未だ身体は未成熟であった彼は事あるごとに傷を負い、特に修業開始当初など重傷を負う事も珍しくなかった。

 だがしかし、そんな苦境にもまったくめげる事のない彼は、自ら課した苦境をバネとして着実に剣腕を磨いていった。

 一年目は一体しか相手にできなかったのが、二年目では二体同時。

 二年を半年過ぎた頃には三体、三年目には五体と、その進歩はアンリ・マユをもってしても瞠目するほどであった。

 また、アンリ・マユの涙ぐましい努力も徐々に実を結び、襲撃の来ない時に限って陣との会話の時間がほんの少し取れるようになった。

 その際に言峰綺礼が前回の聖杯戦争で心臓を失っており、泥を使ってその生命維持をしていることを吐かされ、さらには陣の指示で彼の生命維持を切った事は代償としては軽いと見るべきか。

 非情の命令を下した本人の『ああいった輩は自分の楽しみの為に余計な策謀を巡らせるからな。次の聖杯戦争にはそんな奴はいらん』というコメントに、悪神の名を持つ少年が『お前が言うな』とツッコミを入れたのも無理からぬことだろう。

 他には、大空洞に迷い込んできた蟲から邪気を感じた陣が斬り捨てたところ、冬木の某旧家で500年生きた蟲怪が使い魔を通して因果を断たれた為に死を迎えたり。

 その影響でとある少女が瀕死になり、偶然通りかかった生き別れの姉が父親の遺品である宝石を使って彼女を助けたなどと言う事もあったが、修練に勤しむ陣には関係のない話だった。

 そうして5年の時が経過し、アンリ・マユが予告していたように第五次聖杯戦争の幕が開く時が来た。

 

 

 

 

 呪詛を孕んだ薄紫の瘴気に満たされた円蔵山中腹に穿たれた大空洞。

 その中をここ数年間絶える事のない刃鳴の音が響き渡る。

 『この世全ての悪』の子宮と化した異形の大聖杯を背に漆黒に染まった『原罪』の原型を構えるのは、ここで唯一の人間である少年、陣。

 それに相対するのは、黒い靄を纏った6体の英霊の模造品だ。

 先手を取ったのは二槍の使い手たるランサー。

 最速のクラスに相応しく音を踏み越える速度で間合いを詰めた彼は、手にした長短の槍を巧みに振るい突き・薙ぎ・払いを織り交ぜた連続攻撃を放つ。

 だが、瘴気を切り裂いて放たれる穂先も、眼前の少年に届くことは無い。

 戴天流・波濤任櫂の構えから繰り出される輝線によって、その悉くがあらぬ方向に逸らされているからだ。

 薄暗い空間を互いの得物が生み出す火花で照らしながら鎬を削る両者。

 これが一対一ならば戦況は膠着状態となるのだろうが、この戦いはそうではない。

 攻守噛み合った戦いを見せる二人の間に飛び込んできたのは2騎、宙を駆ける愛馬の上で片手剣を振り上げるライダーと騎士剣を八相に構えたセイバーだ。

 ランサーの槍に足を止めている陣にむけて、乱入者たちは上下から挟み込むように挟撃を掛ける。

 前面のランサーに、左右に陣取って上下から斬撃を放つセイバー達。

 逃げ場はないと思われる状況で陣が取った行動は、なんと前進であった。

 肩越しに構えた『原罪』で迫りくる短槍を防ぎ、闖歩で間合いを詰めつつ中国拳法の靠の応用で短槍を大きく弾き飛ばす。

 そして体勢が崩れたランサーの懐に飛び込むと同時に、空いている左掌を相手の心臓の上に当てて勁を叩き込んだのだ。

 英雄王戦の決定打となった『黒手裂震破』

 その衝撃を受けた霊核は一たまりも無く粉砕され、ランサーは黒い靄となって消える。

 一人を脱落させたが、まだまだ陣に休むことは許されない。

 10本を超える黒塗りの飛刀が闇から牙をむき、同時に黒い甲冑姿のバーサーカーが騎士剣を手に飛び込んで来たからだ。

 床に身を投げ出して間一髪で難を逃れた彼だが、それを読んでいたかのように紫がかった魔力弾が降り注ぐ。

 だがしかし、陣も伊達に数年もの間をシャドウサーヴァント達と矛を合わせてはいない。

 追って来ていたバーサーカーの攻撃を受け流すと同時に引き込んで立ち位置を入れ替えた陣は、キャスターからの魔力弾に気を取られるバーサーカーの首を背後から斬り飛ばすと、崩れ落ちる黒い甲冑を踏み台に大きく飛んだ。

 狙いは後衛、アサシンとキャスターだ。

 大空洞を舞う瓦礫の欠片を足場に宙を駆ける陣、しかしその背後からライダーが襲い掛かる。

 雄叫びを上げながらキュプリオトの剣を叩き付けるライダー。

 細かい瓦礫ではサーヴァントの一撃を受ける事は出来ず、縺れ合う形で地面に落下する二人。

 だが、陣は只では転ばない。

 激しく回転する視界を捨てて気配に意識を集中させた彼は、地面に叩きつけられる前に馬の頭部に浸透勁を叩き込むと、消えゆくそれを蹴って間合いを取ったのだ。

 この行動にはライダーはもちろん、落下地点に控えていたセイバーも度肝を抜かれた。

 片方は一瞬のうちに愛馬を失い、もう一方は一太刀叩き込もうとフルスイングしたところで目標を失ったのだ。

 結果、セイバーの振るった凶刃はバランスを崩していたライダーを腰から両断し、征服王の複製品は同士討ちという形で退場する事となった。

 意図せぬ形で仲間を手に掛けてしまったセイバーは、戦闘の最中にあってわずかな間だけ意識を別の事に傾けてしまう。

 この辺は原型となった人物の影響なのだろうが、この場では完全に命とりであった。

 刹那の静寂を破る様に鋼が擦れる甲高い音が響き、彼女が身に着けている甲冑の胸の部分からドス黒い切っ先が飛び出したのだ。

 セイバーがゆっくりと視界を巡らせた先には、鈍色に光る金色の瞳が一切の感情を見せずに自分を見下ろしていた。

 陣が彼女の霊核を抉りながら剣を引き抜くと、力なく倒れ伏したセイバーはそのまま黒い靄に還る。

 この奇襲のタネだが、そう難しい事ではない。

 彼は間合いを外して着地した後、他のシャドウサーヴァントの目がライダーに向いている間に物陰に隠れながら気配を殺し、セイバーの背後を取ったのだ。

 内家拳と氣功術を高いレベルで修めている陣が気配を絶てば、それは天地合一による圏境へと達する。

 気配を完全に殺し、周りの自然と一体化するこの体術の極みは魔術による探査は不可能。

 それはシャドウサーヴァントも例外ではない。

 発見する唯一の術は優れた直感などで術者が攻撃する際の殺気を捉えることだが、内家拳の刀は『意』に先んじて鞘走り、無心の内に敵を斬る事を極意としている。

 これでは未来予知に近い直感を持つセイバーでも、背後からの一撃に気付く事はできない。

 結果、乱戦の場においてセイバーは『暗殺』されることとなったのだ。

 剣に残った残滓を振り払うと、陣はゆっくりと残る後衛二騎へと足を進める。

 この後、敵の進行を阻む壁を失ったアサシン達が討ち取られるのには数分も掛からなかった。

 

 眼前で行われた戦闘に、アンリ・マユは唖然とした表情で口を大きく開けていた。

 陣が6対1というハンディキャップマッチを制した事に驚いているのではない。

 その程度の事は、この1年余りの間に慣れてしまった。

 では、何が彼をここまで驚愕させているのか?

 それは───

「なあ、陣。なんでお前の剣や氣功にオレの呪いが混じってんの?」

「慣れた」

 恐る恐る問うたアンリ・マユに返って来たのはたったの三文字。

 当然ながら彼がそこから真実を掴む事などできなかった。

「いやいや。慣れたって何? 百歩譲ってこの環境に慣れたとしても、オタクの攻撃に呪いが混じるとかあり得ないから」

「……俺の使う内家拳は経絡氣脈を制御し、氣によって超常の力を得る事を極意としている。そしてこれは神仙道に通ずる技術だ。仙道の理念は天地万物と合一し、自然と共に生きることにあるという。ならば、お前の呪いと十年もの間付き合ってきた俺が使えてもおかしくないだろ」

「おかしーに決まってんだろうが!『この世全ての悪』だぞ! 『60億の人類全てに向けた呪い』だぞ!! オタクも人間だから、とっくに死んでなきゃって……おい」

 食って掛かろうとしたアンリ・マユは、陣の気配が変わっている事に漸く気が付いた。

 彼の放っている威圧感は人のモノではなかった。

 それは英霊に勝るとも劣らない高位精霊へと進化していたのだ。

 今の陣の言葉が確かならば、彼は仙人となったということになる。

 言うまでもない事だが、神秘が薄れた現代において人が精霊に昇華するなど不可能だ。

 彼がこの領域に至った原因としては、大火災でアンリ・マユの呪詛という負の方面に振り切れていても高純度の神秘を体内に宿し続けたこと。

 そして5年に渡る大聖杯のお膝元である、ここでの生活があったからだろう。

「どうした?」

「いや、なんでもねえ」

 訝しむ陣にアンリ・マユは真実を告げようとはしなかった。

 この事実を知って万が一にも妙な形で暴走でもされたら、彼では止める事が出来ないからだ。

「それより、聖杯戦争が始まるぜ。ついさっき、セイバーが召喚されたからな」

「そうか」 

「そういや一つ聞きたかったんだが、オタクは聖杯に何を願うんだ?」

「ふむ……」

 アンリ・マユの問いかけに陣は5年間で初めて悩むような仕草を見せた後、鉄面皮に戻ってこう返した。

「七騎と言わず、延々と色々なサーヴァントを呼び出してもらうとするか」

「はぁ? なんだそりゃ」

「そろそろお前の出すシャドウサーヴァントにも飽きてきた。新たな鍛錬相手が必要だ」

「それでサーヴァントかよ。つーか、前に話したと思うけど、この聖杯は願いを恣意的に捻じ曲げて解釈するようになってるんだぜ? そんな願いをしたら、呼び出したサーヴァントはみんなオタクを殺しに来るぞ」

「問題ない。元々その為に呼んだのだから、妙な考えを持たれないのは好都合だ」

「マジでブレねえな。けど、もしオタクが死んだらどうすんだ? 多分、サーヴァント達は好き勝手にこの街で

暴れまわるとおもうんだけどよ」

「そんなことは俺の知った事じゃないな」

「おいおい……」

「俺は剣を極める為、自分がどこまで行けるかを確かめるために聖杯を使う。それが分かった後の事なんてどうでもいい。コイツが吐き出したサーヴァントが冬木を地獄にしようが、世界を滅ぼそうが好きにすればいいさ」

 あまりにも身勝手なセリフに絶句するアンリ・マユを残し、陣は入口へと足を踏み出す。

 願いを聞いたアンリ・マユが珍しく苦々し気に顔を歪めていた事など、洞窟を出る頃には彼の頭の中からは消えて無くなっていた。

 

 夜の帳が降り、路地を吹き抜ける。

 月と街灯が降り注ぐ中、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは仇敵と定めた衛宮士郎が、監督役である言峰教会に入った事を確認した。

 前回の監督役が数年前に病死した為、監督役は年若いシスターが担当する事になる。

 自分より少し年下の見た目は麗しい女の子だったが、性格は曲がりまくっているようなので素直な士郎は苦労するだろう。

 これから自分は父である切嗣の養子、つまり義理の弟を殺す。

 アインツベルンでは父が自分を捨てて士郎ともう一人を取ったと聞いて育った。

 しかし、そんなものはお付きの侍女であるセラとリズに調べさせれば、ある程度の真実が見えてくる。

 十年前にこの冬木で起きた大火災。

 原因はもちろん、火元すらも特定できない謎の大災害と言われているが、それは恐らく聖杯戦争絡みのものだったのだろう。

 だからこそ、切嗣は災害の生き残りである士郎ともう一人を養子に迎えた。

 優しかった父は自身が関わってしまった事で、無関係な者が被害を受けた事に耐えられなかったのだと思う。

 父が自分を捨てたのは不要になったからではない。

 贖罪の為に迎え入れた養子達を放っておくことが出来なかったのだ。

 そこまで理解していても、イリヤスフィールは心を変えることは無かった。

 自分が憎むべきは父である切嗣、被害者である士郎を手に掛けるのは只の八つ当たりだ。

 そうだとしても、心に溜まった嫉妬や羨望そして憎しみは消えはしない。

 自分の胸の中をグルグルと回る汚泥のような感情は、衛宮の人間を消し去らない限り消えることは無いのだろう。

 自分の浅ましさに息を吐いたイリヤスフィールが教会へ向かおうとしたその時、彼女を庇う様に巌の如き筋肉に覆われた超人が姿を現した。

 自分の指示も無くバーサーカーが現界した事に戸惑っていると、目の前の上り坂の上から歩いてくる人がいるのが見えた。

「いい夜だな、バーサーカーのマスター」

 黒に染まった抜き身の魔剣を手にした黒いコートに黒づくめの恰好をした男。

 彼は威嚇の唸りを上げるバーサーカーに恐れる事無く、下水道にこびり付いたメッキのような鈍い金色の瞳を此方に向けた。

「さあ、聖杯戦争(ゲーム)を始めよう」




 マーボー神父がログアウトしました。

 金ぴかがログアウトしました。

 蟲ジジイがログアウトしました。

 暗黒剣キチがラスボスにログインしました。

『暗黒剣キチの特徴』

 この短編での名前は『(衛宮)陣』だよ。

 暗黒剣キチはラスボスポジのクセに落ち着きが無いから、自分から参加者を殺しに行くよ。

 前世でチート武術免許皆伝だったから、因果律の破断とか普通にやって来るよ。

 本編みたいに世界は斬れないけど、概念は斬れるようになってるよ。

 毎度おなじみ攻撃はガード不能、そんでもって当たるとアンリたん。

 コイツが願いを叶えると、冬木が阿修羅地獄まっしぐらだよ。

 人間性ほぼZEROだから、誰であろうと容赦しないよ。

 エミヤンにとっては、アチャ男以上に不倶戴天の敵だよ。

 やったね! エミヤンや雪ん子、あかいあくまのデッドエンドが増えるよ。


 なかなか、よいラスボスだと思います。

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