剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 本編を書かねばならんのに、何を書いているのか……。

 さあ、二話目も書いてやったぞ!

 これでいいのか、いやしんぼ達め!!

 ───というのは冗談です。

 シリアスの練習で書いたものなのに、多くの応援のコメントをいただき本当にありがとうございます。

 皆様の感想はマジに励みになります。

 と言う訳で、汚いジョバンニは頑張りました。

 皆様の暇つぶしになれば、幸いです。


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(2)』

 ───聖杯戦争を始めよう。

 

 そう口にした男の鈍金の瞳を見た瞬間、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの背筋に悪寒が走った。

 言うなれば、こちらに毒の器官を向ける人間サイズの毒蛇や蠍の目を覗き込んだような、言いようのない嫌悪を感じたのだ。

「■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 そんな主の恐れを察知したのか、狂戦士は辺りに響き渡る咆哮を上げると鉛色の(いわお)の如き巨躯を脈動させて男に躍りかかる。

 百メートル近い間合いを一足で跳び越え、狂戦士は岩から削り出した凶悪なサイズの斧剣を振り下ろす。

 瞬間、けたたましい轟音を上げながら男のいた場所が爆砕した。

 300㎏を超える体重に英雄の腕力を加味した一撃は、アスファルトで舗装された道路に容易にクレーターを刻み付けたのだ。

 しかし、そんな一撃も男には届かない。

 凶悪な岩の刃がその身を捉えるより早く、羽のように後方へ跳び退いていたからだ。

「流石は狂戦士、膂力(りょりょく)は大したものだ。だが、技量の方はどうかな?」

 音も無く道路に降り立った男は、またもや無音で地を蹴ると瞬きする間に狂戦士の間合いへと入り込む。

「■■■■■■ーーーッ!!」  

 獣の如き雄叫びを(ともな)って振るわれる巨岩の刃。

 大気すら砕かんばかりに迫る一撃は並の英霊ならば防御諸共(もろとも)粉砕され、一級の者達でも受ければなす術も無く弾き飛ばされるだろう。

 ならば、男はどうか?

 手にした魔剣が黒い輝線を描くと共に男が足を踏み出す事によって、側面を叩かれた斧剣は輝線に誘導されるように軌跡を逸らしていく。

 そうやって創り出された安全圏、そこへ滑るような足さばきで入り込む事で、男は死の具現と呼ぶべき一撃を凌ぐ事に成功する。

 大人と子供ほどの身長差から叩き潰すような振り下ろしを多用する狂戦士の剣をそうやっていなしつつ、少しづつ己の間合いへと歩を進める男。

 だがその忍耐と努力も、鈍色(にびいろ)の巨人が力任せに振り抜いた横薙ぎの一撃によって水泡と化してしまう。

 魔剣による防御が間に合ったものの、まるでホームランボールのように後方へと弾き飛ばされる男。

 有効打を確信して表情を明るくしたイリヤスフィールだが、地面に降り立った彼の様子に顔に浮かんだ喜色は失せてしまう。

 地面に叩き付けられて無様にバウンドする、もしくは着地に成功したものの勢いを殺せずに後方へと滑るといったリアクションならば、彼女も納得しただろう。

 しかし、男はまるで羽毛が地に付くかのように静かに降り立ったのだ。

 その様子を見るに、男には吹き飛ばされたダメージは見当たらない。

(なによそれ! インチキじゃないの!?)

 何事も無かったように構えを取る男を睨みつけながら、イリヤスフィールは親指の爪を噛んだ。

 彼女が(いきどお)るのも無理はない。

 眼前で猛り狂う巨人はギリシャ神話に名高いヘラクレスなのだ。

 普通に召喚しても敵無しと言われる大英雄を、アインツベルンは理性を失う代償にその能力を大幅に強化する『狂戦士(バーサーカー)』として呼び出した。

 そのスペックはアーサー王やクー・フーリンといった一級サーヴァントが相手でも、一方的に蹂躙(じゅうりん)する事を可能とするほどである。

 だが、彼女の目の前で繰り広げられる光景は違う。

 狂戦士ゆえに手加減など知らないヘラクレスが全力で叩き潰しに行っているにも(かかわ)らず、どこの馬の骨ともわからない男に手傷一つ負わせることができない。

 これについては当然の如く絡繰りがある。

 男こと陣は、波涛任櫂による防御に加えて中国武術特有の歩法を駆使して、狂戦士が繰り出す常識外れの剛腕を無効化しているのだ。

 シャドウ・サーヴァント六騎、そのいずれの攻撃も剣捌きのみで凌いでいた事を考えれば、歩法を織り交ぜねば対処できないヘラクレスの攻撃の重さが分かるというものだ。

 そして吹き飛ばされた際も、軽功術と消力(シャオリー)という二つの絶技を使用したからこそ無傷で(しの)げたのである。

「バーサーカー、狂いなさい! 狂って、全力でそいつを叩き潰して!!」

「■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 そうとも知らずに業を煮やした主は、感情のままに命令を己が使い魔に降す。

 更なる狂化が施され、咆哮と共に男へ突撃するヘラクレス。

 先ほど繰り出された爆撃のような一撃をも凌ぐ全力攻撃、しかしそれは男が振るう刃の軌跡によって次々とあらぬ方向に逸らされていく。

「なんでよ!?」

 鋼と岩のぶつかり合う甲高い音に交じって、イリヤスフィールは半ば悲鳴のような声で叫んだ。 

 追加の狂化によって威力も速度も目に見えて上がったにも拘らず、狂戦士の攻撃は先ほどよりも容易く攻撃が逸らされていく。

 何故か?

 速さ重さを代償に、彼の攻撃から消えてしまったものがあるからだ。

 それは精度と技量である。

 ギリシャ、いや世界的に見てもヘラクレスは傑出した武人である。

 人馬族の賢人であるケイローンより授けられ、神話に語られる試練や戦いを得て磨き抜かれたその技は、狂気に侵されてもなお色あせる事は無かった。

 しかしそれは通常状態の狂化での話だ。

 ホムンクルスと人の混血であり小聖杯の運び手という規格外の魔術師の命は、能力強化の代わりに目に見えない重要な要素を失わせることになったのである。

 そして陣が歩法を駆使してまで防御に徹していたのは、その技量を警戒するがゆえであった。

 いかに能力が上がろうとも、力任せに暴れるだけの野獣など恐れる理由は無い。

 道路や電柱など周辺のモノを薙ぎ払いながら繰り出される十数度目の斬撃、それが陣の操る輝線に導かれて軌道を逸らした次の瞬間。

 (ひるがえ)った『原罪』の刃はヘラクレスの剛腕を肘から断ち斬っていた。

 風切り音も肉を断つ音も上げない、まさに瞬殺無音の一撃。

「ヒッ!?」

 回転しながら宙を舞い、重い音と共に地面に落ちた巨大な腕を見て、イリヤスフィールは喉元までせり上がった悲鳴を寸でのところで飲み下した。

『あり得ない』

 手で口元を押さえる冬の少女の脳裏に回るのは、その一言だけだった。

 『十二の試練(ゴッドハンド)』と呼ばれる自律型宝具で守られたヘラクレスの肉体は、Bランク以下の神秘は通じないという破格の防御力を誇る。

 男の持つ武器は宝具と呼んでも遜色ないほどの神秘を宿しているが、担い手でもない現代人がその力を発揮する事など不可能なはずなのだ。

 イリヤスフィールの予想は的を射ていた。

 5年前に英雄王から奪取した『原罪』の原典。

 陣が内勁を流し続けている事で現界は続けているものの、彼を担い手と定める気配など全く見せようとしない。

 もっとも当の本人は『剣など丈夫で切れれば十分、妙な機能など邪魔なだけ』と言うだけあって、その辺の事などまったく気にしていないようだが。

 ならば『十二の試練』を打ち破り、ヘラクレスの身体を切り裂いたモノはなんなのか?

 それこそが因果を破断し概念にまで刃を通す内家拳の神髄、その発露であった。

 いかに強力な宝具であろうと、概念その因果自体を断ち切られてはどうしようもない。

 加護を授けたオリュンポスの神々も、人の振るう刃がその領域まで達するなど想定もしていなかっただろう。

 右腕の断面から壊れた蛇口のように血を滴らせながら、アスファルトに膝を付くヘラクレス。

 利き腕を失った事で戦闘続行は不可能となったのか?

 ───否である。

 ゆっくりと体を起こし、自身を傷つけた怨敵へと振り返る狂戦士。

 彼が獣の如く唸り声をあげると、地面を濡らしていた血は止まり傷口から肉が盛り上がる。

 次に膨らんだ肉を突き破って骨が飛び出すと、すぐさま神経・血管が骨を這い回る。

 その上を分厚い筋繊維が絡みつき、そして鉛色の皮膚が覆う。

 時間にして一分足らず。

 肘の半ばから失われた大英雄の右腕が傷跡すらなく再生されていた。

「私のバーサーカーを甘く見ないでよ! たとえその剣が防御を超えたとしても、ヘラクレスには十二の命があるんだから!!」

 復活した狂戦士の姿に先ほどまでの威勢を取り戻すイリヤスフィール。

 だがその衝撃の事実を耳にした陣が見せたのは、驚愕でも絶望でもなく喜悦が混じった笑みだった。

「それは重畳。大英雄と剣を交える機会などそう有る物ではない。一太刀、二太刀で終わってはつまらんからな」

 黒い魔剣の主が浮かべた凶相に、イリヤスフィールの口から小さく悲鳴が漏れる。

「これ以上余計な真似はするなよ、小娘。剣の振り方ひとつ知らない魔術師に嘴を入れられては、せっかくの立ち合いも興ざめだ」

 陣がそう言い放つと、顔を蒼褪めさせた主を護るように狂戦士が地を蹴った。

 再び吹き荒れる鉛色の暴風。

 それに飲み込まれながらも、陣は次々と襲い来る凶刃を巧みに捌いていく。

 一見すれば二手前の焼き増しに見える攻防だが、剣を交えている陣は狂戦士の攻撃に違和感を感じていた。

 耳をつんざく咆哮と攻撃の勢いに隠されているものの、今の狂戦士は左手のみで斧剣を振るっている。

 ゆえに先ほどまでと比べれば、暴威とも言える攻勢は明らかに失速しているのだ。

 眉を(ひそ)めながらも素早く空いているはずの右腕に目を走らせると、巨木の幹のようだった剛腕は断たれた場所から黒く染まっているのが見えた。

 黒くなった表皮を走る赤い葉脈、それが脈動する度に流れ出す気配は陣にとってなじみの深いものだった。

 『この世全ての悪』の呪い。 

 こちらに来る前に自身の練る内勁にはこれが含まれている事を、アンリ・マユに問いただされたばかりだったか。

 どうでもいいと片付けていた事がこんなところで影響するとは、と頭の片隅で皮肉に嘆息しつつ、陣は未だ迫り来る岩刃を切り払う。

 狂戦士が動けば動くほど右腕の浸食は進み、それに比例するかのように彼の動きが精彩を欠いていく。

(───大英雄もこうなってはお終いか……)

 金眼の剣士は目の前の巨人に見切りを付けつつあった。

 

 大聖杯を侵す『この世全ての悪』の呪い。

 これは聖杯を寄る辺に召喚されるサーヴァントにとって致死の毒である。

 如何に強靭な肉体を備えていようと、十二の蘇生魔術の重ね掛けという法外な宝具をその身に宿していようと、彼らがサーヴァントである以上はこれを逃れるすべはない。

 肉体を蝕む激痛と霊基を悪へと組み替えられる嫌悪を感じながら、狂気に隠れたヘラクレスの人格は歯噛みしていた。

 出会った瞬間から目の前の剣士の危険性は察知していた。

 にも拘らず、まんまと毒を盛られてしまった事は悔やんでも悔やみきれない失態だ。

 尤も、『強力な英霊を狂戦士のクラスとして召喚し、増幅した圧倒的能力で蹂躙する』というアインツベルンの策で呼び出された彼には、先ほどまでのように力任せに攻め立てる事しかできなかっただろうが。

 頭をよぎる悔恨を振り払いながらも、大英雄の戦術眼はこのままでは勝てない事を察していた。

 最大狂化の攻勢が凌がれた以上、毒によって衰えゆく身体ではいくら攻め立てようと成果は上がらない。

 それどころか、下手に動けば追撃の毒を撃ち込まれて我が身はあっけなく戦闘不能になるだろう。

 そうなってしまえば、狂気の中にあっても護ると誓った主がどうなるかなど考えるまでも無い。

 この劣勢を覆す可能性がある策を、ヘラクレスは一つしか思いつかなかった。

 しかしこれはアインツベルンの方針を完全に破棄するものであり、それ以前に聖杯からの知識ではそれが可能か否かの判断もつかない。

 一抹の迷いがヘラクレスの脳裏に過るが、呪詛による激痛で気を抜けば失速しそうになる体がそれを拭い去った。

 イチかバチか、ヘラクレスは召喚されて初めて主へ念話を送り付けた。

 黒い剣士を攻め立てるバーサーカーの姿に優勢で見えながらも粘りつくような不安を感じていたイリヤスフィールは、突然脳内に響いた威厳のある男性の声に目を見開いた。

 思わず声を上げそうになるところを念話の主に制された彼女は、彼から出された要求を迷う事無く了承する。

 狂気に侵されているならともかく、理性がある歴戦の大英雄の判断だ。

 魔術戦闘ですら数えるほどしか経験のない貴族の小娘の考えなど及ぶべくもない。

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが令呪二画を以て命じる! ヘラクレスよ! 汝を縛る狂気の鎖を断ち切り、大英雄としての威を示せ!!」

 魔術回路を起動させ、全身に刻まれた令呪を発動するイリヤスフィール。

 その命を受けた彼女の従者の変化は劇的だった。

 悪鬼の如き形相だったその顔は美形よりも男前と称される整った容貌へと変わり、神の混血を示す真紅の瞳には理性の光が宿る。

「ッ!?」

 そして先ほどまで容易くいなされていた力任せの斧剣は、圧倒的技量と鋭さを兼ね備えた一撃となって陣の身体を弾き飛ばした。

「感謝するぞ、マスター! 我が身に残された時間は多くは無いが、必ずや彼の魔剣士を討つと誓おう!!」

 その口から放たれるのは、獣の如き叫びではなく戦士としての鬨の声。

 今ここに大地を踏みしめるは狂戦士に非ず、ギリシャ神話にその名を刻んだ大英雄ヘラクレスである。

「あの局面で狂化を解除するとは、やってくれるな」

 数メートルの距離を飛ばされた陣は、口元から漏れ出た血反吐を拭いながらも剣を構える。

 咄嗟の判断で後方に跳び退いたのだが、軽身功を以てしてもその威力を殺しきることができなかったのだ。

「ぬぅんっ!!」

「シッ!!」 

 アスファルトを踏み砕くほどに鋭い踏み込みから、ヘラクレスは手にした斧剣を袈裟斬りに振り下ろす。

 対する陣も先ほどまでの剣閃のみでの対処ではなく、体捌きや歩法など持てる技術を活用してそれを制しに行く。

 甲高い刃鳴と共に大気を振るわせて咬み合う両者の得物。

 結果、後退したのは陣の方だった。

「おおおおおおおおっ!!」

 雄叫びと共に放たれるヘラクレスの連撃。

 一合、二合と降り注ぐ岩刃を凌いでいく内に、陣の表情が険しさを増していく。

 ヘラクレスが放つ攻撃は籠る力こそ狂化していた時の半分ほどになってはいるが、その分振りはコンパクトとなり一撃の鋭さや回転数はむしろ上がっている。

 さらには柄頭や拳による打撃も織り交ぜる事によって手数が倍化し、陣は凌ぐのが精一杯で反撃の隙を見つけることができない。

 そもそも剛力を誇るヘラクレスは、相手を倒すのに全力を出す必要性は無い。

 通常の英霊ならば五分、一級と言われる者でも七分の力を用いれば圧倒できるのだ。

 ヘビー級のボクサーのジャブが軽量級の渾身のストレートに匹敵するように。

 それ故に手数で圧し潰すこの戦術は殊更に有効であった。

「宙を舞う羽毛が如きその武、素直に称賛しよう。いくら私でも、浮かんだ羽を断つ事はできぬからな!」

 言葉と共に圧を強めるヘラクレスによって、ジリジリと後退を余儀なくされる陣。

 本来ならば相手の攻撃を受けることなく、釣り上げ絡め捕る事で迫る危難を避ける事に内家拳の神髄がある。

 しかしヘラクレスの技量の精妙さと、加減しているにも拘らず並の英霊の全力に匹敵する力は、練り上げた彼の功夫をも凌駕し始めている。

 それは陣の手腕を以てしても、まともに防御せざるを得ない攻撃が増えている事から見て取れる。

 劣勢の中にあって、陣は何とか軽身功や消力によって衝撃を逃がそうと苦心しているが、頭上から地面に縫い付けるように放つ大英雄の攻撃の前にはそれもままならない。

「しかし地に落ちた羽ならばその限りではない!! 魔剣士よ! 自慢の体術、このまま圧し殺させてもらうぞ!!」

 宣言を誠にするかのように、さらに激しさを増していくヘラクレスの攻撃。

 紙一重で直撃は避けているものの、逃がしきれない衝撃によって陣の身体には着実にダメージが蓄積されていく。

 そうして交えた刃の数が百を超えた頃、ヘラクレスにとって最大の好機が訪れる。

 振り下ろした柄を防ぎきれなかった陣が、大きく体勢を崩したのだ。

「ぬぅおおおおおおおおおっ!!」

 待ちに待った瞬間に気炎を吐くヘラクレス。

 右手を浸食し胸元までその手を伸ばした呪いの事を思えば、これが男を討つ最後のチャンスとなるだろう。

 そう確信した彼は、ほとんど感覚が無くなった右腕を叱咤しながら斧剣を大きく振りかぶる。

 これより見せるは、かつて九つの頭を持つ毒竜を討ち果たしたる大英雄が奥義。

 

 一瞬九撃・『射殺す百頭(ナインライブズ)

 

 ヘラクレスが渾身の力を込めた必殺の剣閃。  

 強靭なヒュドラの首をも刎ね飛ばす刃は、陣の身体を掠めただけでも微塵に砕くだろう。

 風すら置き去りにして迫る暴威、それは死を明確に意識した少年の意識を過去の記憶へと誘った。

 脳裏に過るのは『陣』として生きた17年間と『42号』の十六年の生涯。

 人が今わの際に走馬燈を見るのは、過去の記憶から迫り来る死を回避する術を探すためだという。

 目まぐるしい速度で移り変わる彼が体験した二つの生。

 その中で一際目を引いたのは、前世で迎えた絶体絶命の状況だった。

 超精密駆動を可能とするサイバーアームと頭蓋にこれでもかと増設された各種センサー。

 その二つを駆使して多くの要人を闇に葬ってきた一流の暗器使い。

 組織にとって目障りになった男を抹殺せよとの指令を受けて忍び込んだ彼の隠れ家で、前世の陣は待ち伏せを受ける事となった。

 腹部に重機関銃を備えた戦闘用ガイノイド4体を前衛にして、暗器による精密射撃を放ってくる男。

 そのサイバーアームから放たれる抽箭は、装甲車をも貫通するアンチ・マテリアルライフル並の威力を備えていた。

 面制圧の機関銃と狙撃の暗器、先手を取られた事も災いして陣はあっという間に追い詰められた。

 一流の暗殺者らしく、こちらに手向けの言葉も無いままに止めを刺そうとする男。

 その瞬間、死にたくないという思いと敗北の屈辱感が陣の意識を今までに到達しえない領域へと跳ね上げた。

 内家戴天流の中でも秘剣と言われる幻の奥義『六塵散魂無縫剣(りくじんさんこんむほうけん)

 万を超える修練を積み重ねても到達できなかった超音速の刺突、その数十手。

 放たれた稲光が如き剣閃は迫る機関銃の弾丸や仕込み矢を撃ち落し、さらには敵対するモノ全ての首を刈り取った。

 かつての自分が絶技に開眼した瞬間を、陣は他人事のように俯瞰していた。

 しかし、身体は確かに秘剣の感覚を思い出している。

 戴天流を叩き込んだ師は常々心の大切さを説いていたが、今思えば戯言もいいところである。

 組織によって使い捨ての暗殺者と成るべく送り込まれた自分達に、人の道など何の意味があろうか。

 剣術にしてもそうだ。

 人道・義侠の道などと称したところで、剣は人を斬り命を絶つ利器であり剣術もまた人殺しの技に過ぎない。

 ならば、人道に踏み止まる者がその道を極めるなど出来ようはずもない。

 秘剣に手を掛けたあの瞬間、陣の意識は師の語る『無我の境地』などとは程遠い場所にあった。

 生き汚さに憤怒と殺意。

 生の汚濁が入り混じった感情が起爆剤となって開眼したかつての己を、師はきっと邪法と罵るだろう。

 だが、それがどうしたというのか。

 前世・現世共に剣に全てを掛けた人生だ。

 人の情や輪を些末事と捨て去り、呪詛の坩堝(るつぼ)に於いて剣を磨く。

 このような生き方のどこに人の道がある?

 人が死して生き返れば、その者は鬼と称される。

 そして人の道を踏み外した者もまた鬼と呼ばれる。

 ならば……ならば、この身は既に人非ざるモノ。

 我は剣鬼。

 ただ一振りの剣として、ここに在る………!

 刹那にも満たない間、思考の海を漂っていた陣を迎えたのは神業によって振るわれた岩刃の一閃だった。

 そんな死の具現を前にしながら、少年は嗤っていた。

 濁っていたはずの黄金の瞳はギラギラと光り、口角は頬が裂けんばかりに釣り上がる。

 それはまさに鬼相であった。

「カカ……、カカカカ………、ゲェェェハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 耳を(つんざ)く様な下品な笑い声が陣の喉から迸った。

 同時に半ば崩れた体勢は即座に整えられ、身体は意に先んじて手にした刃を峨眉万雷の型へと移る。

 そして少年の意識は『虚』を踏み越え『空』を踏破し、三段飛ばしで『浄』の境地へと登り詰めた。

 死を確約する九の刃、それに対するは戴天流剣法が秘剣。

 

 鬼剣十閃・『六塵散魂無縫剣』

 

 瞬間、大気が爆ぜるような衝撃が辺りを駆け抜けた。

 一合目は剣閃が斬撃を抑え、二合目は斬撃が閃光を弾き返す。

 三合は黒の刃が斧剣の柄元を跳ね上げ、四撃目は剣閃が斧剣を絡め捕るも切っ先が陣の肩の肉を持っていく。

 五度のぶつかり合いは斬り上げた刃への迎撃が間に合わずに腹と胸の肉を削がれ、六合目の逆袈裟は切っ先をいなす事で空を切る。

 そして七度目は腹を両断せんとする横薙ぎ、それは合わさった瞬間に剣を支点にして前方に宙を返る事でやり過ごす。

 この時点で陣の耳はようやく刃が噛み合う音を拾った。

 ここまでの七手、どうやら音を超えていたらしい。

 頭の片隅で漠然とそんな事を思いながら、彼はなお迫りくる『意』に合わせて剣を振るう。

 八手目に放てられる首狙いの薙ぎ払いは、斧剣の腹を突き上げる事で髪の先を斬り飛ばすだけに留めた。

 そして最後の九撃目。

 大英雄が放つ渾身の唐竹割りは、斧剣の中ほどの刃に狙い違わず突きを叩き込む事で勢いを殺し、僅かに逸れた軌道に向けてこの身を滑り込ませる事で回避する。

 当然無傷と言う訳にはいかず、左手の肉をごっそりと持っていかれたが、あの一撃を制する代償としては破格と言えよう。

 こうして大英雄の絶技は剣鬼の刃を以て制された。

 そして翻る黒刃一閃。

 舞い上がる粉塵が晴れた先にイリヤスフィールが見たものは、血塗れになりながらも『原罪』を相手の胸深くに突き立てた陣の姿だった。 

「───見事。……すまぬ、主よ」

 喀血と共に零れた小さな言葉、それを最後に大英雄は黒い泥となって消えた。

 眼前に示された結果に呆然としていたイリヤスフィールは、自身のサーヴァントが敗北したことを理解すると力なくその場に座り込んだ。

 もはや闘う術も戦意も残されていない少女の前で足を止めた陣は、そんな彼女の様子など気に掛けることも無くヘラクレスを葬った剣を振り上げる。

「覚悟はいいな、小娘。大英雄があの世で待っているぞ」

 いっそ優しげにイリヤスフィールの耳朶を打つ死の宣告。

 しかし、その刃がホムンクルスの少女の血で汚れる事は無かった。

 イリヤスフィールの頭に刃を落とす寸前、自身に向けられた『意』を察知した陣はその場から跳び退いたからだ。

 夜闇を切り裂き、彼のいた場所に刺さったのは矢……否、矢の形に加工された細身の剣であった。

 イリヤスフィールから引き離すように、連続して放たれる矢を手にした刃で撃ち落とす陣。

 その間に闇の中を飛ぶようなスピードで駆ける人影が、白い少女の小柄な体を回収していく。

 保護するまでの時間稼ぎが目的だったのだろう。

 射撃が止んだことで気配に目を向けると、そこには三組のマスターとサーヴァントがいた。

 陣と同じ程度の歳の赤毛の少年とシャドウ・サーヴァントのオリジンと思われる青いセイバー。

 そして黒髪に赤いコートを着た女と、その傍で黒塗りの弓を構えている赤い外套の射手。

 最後は紫の髪に目を眼帯で覆った長身の女と菫色の髪の少女。

「この短期間で三組の主従が結託しているとはな」

 剣を構えながら感情の籠らない言葉を吐く陣。

 その声にセイバーと黒髪の少女は警戒を強め、赤毛の少年は何故か陣を見て驚きの表情を浮かべている。

「貴方、サーヴァントじゃないわよね。その割にバーサーカーを仕留めていたけど、何者なのかしら?」

「答える必要はない」

「………でしょうね。けど、はいそうですかってワケにはこっちもいかないの。三対一───ッ!?」

 戦意を剥き出しにしていた少女は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。

 突如として押し殺した悲鳴と共に蹲る彼女の肩には、先ほど赤い射手が放った細身の剣が食い込んでいたからだ。

「凛!」

「姉さん!?」

「遠坂!」

 リンと呼ばれた少女の負傷に色めき立つ主従たち。

「この場は退かせてもらう。向かってきても構わんが、三人のマスターの誰か一人の額にこいつが生えることになるぞ」

 彼等の様子など気にすることなく、足元から拾い上げた矢剣を手で弄びながら陣は感情の籠らない瞳を向けた。

「そんな、私達に気づかせないで投げたというのですか……」 

「矢が消せんだと……ッ!?」

 眼帯の女は自分たちの意識を縫ってマスターの一人を狙撃されたことに驚き、アーチャーは陣の手の中にある矢剣が消せない事に戦慄する。

 だがこの程度、陣にとっては別段驚く事ではない。

 凶手であった彼は剣の他にも重火器や暗器術だって仕込まれている。

 内家拳と織り交ぜ、殺気よりも疾く相手に撃ち放つ事など朝飯前だ。

 矢剣にしても、英雄王から奪った原罪の原典が消えないのと原理は同じ。

 アンリ・マユ曰く、陣が内勁を込めた物はその効果が残っている内は、英霊の持ち物であろうとその管理から外れるのだとか。

 さらに言えば、陣の内勁には『この世全ての悪』の呪いが付与されている。

 さっき放った分には込めていなかったが、今手元にある物が刺されば人間にとっては致命傷になるのではなかろうか。

 ふと興味が湧いたものの、彼はその考えを破棄した。

 今の内ならともかく、犠牲者が出れば奴らも退くに退けなくなるだろう。

 今夜の落としどころを思うなら、脅しで止めるくらいが丁度いい。

 セイバー達の戦意が目に見えて落ちた事を確認した陣は、相手から目を切らないでアスファルトを蹴った。

 軽功術の効果によって軽い跳躍でも身体は街灯の上まで運ばれる。

 三騎のサーヴァントが仕掛けてこないのを確認し、もう一度跳ぼうとした時、赤毛の少年が陣にむけて声を掛けて来た。

「待ってくれ、陣! お前、衛宮陣なんだろ!?」

 悲痛さを感じさせる表情でこちらに呼びかける少年。

 少し頭を捻ってみるものの、陣には彼が誰なのか皆目見当がつかない。

 結局、陣は少年の声を無視することにした。

 すぐに思い当たらないのだから、自分にとって特に重要な人物ではないだろうと判断したためだ。

 自身を呼び止める声に頓着することなく、陣は夜闇の中を駆ける。

 道中、バーサーカー戦の負傷が無くなっている事や妙に体が軽い事に疑問を覚えたが、大空洞に戻るのが先決と捨て置いた。

 そうして円蔵山の中腹に帰り着くと、こちらを尾行する者がいないのを確認して洞窟へと足を踏み入れる。

 光の届かない岩道を抜けて大空洞に辿り着くと、そこには自身が持ち込んだソファーに寝そべって菓子を貪っているアンリ・マユの姿があった。

「おお、帰ったか。お疲れさん」

 陣の姿に体を起こしたアンリ・マユは、何とも気の抜ける声と共に右手を上げてみせた。

 ソファーが占領されているのでパイプ椅子を持ってくると、彼は段ボール箱の中から取り出したスポーツドリンクを陣に投げ渡す。

「流石は陣だよな、初っ端からバーサーカーを降すなんてよ」

「大したことじゃない」

 嬉しそうに笑うアンリ・マユに言葉を返しながら、陣はプルタブを上げて缶をあおる。

 冬場という事もあって、いい感じに冷やされた中身が未だ火照りの収まらない身体の中を滑り降りていく感覚は心地が良い。

「相変わらず殊勝なこって。あの大英雄は間違いなく今回の優勝候補NO1なんだぜ? そいつに勝ったんなら小躍りの一つくらいしても罰は当たらんだろうに」

 冷静さを失わない陣に、大げさに肩をすくめて見せるアンリ・マユ。

 ひじ掛けに備え付けられた小さなテーブルからスナック菓子を口に含んで寝そべろうとしたところで、彼は思い出したように口を開いた。 

「そういやオタク、身体の調子はどうだ?」

「問題ない」

 唐突に投げられた問いに陣は短く答えを返すが、そういう事を問うたわけではないらしく、アンリ・マユは自身の顔の前でパタパタと手を振って見せる。 

「そうじゃなくて。能力が上がったとか、身体が軽くなったって感じは無いかって聞いてるんだよ」

 眼前の青年の言葉に、陣の中で帰路での疑問が首を(もた)げる。

「そういえばバーサーカー戦の後、負った傷が消えて身体能力も上がったような感覚はあった。お前、何か知ってるのか?」

「あー。説明するとややこしいから簡単に言うとな、オタクは今大聖杯の中の『この世全ての悪』とリンクしてるんだよ。それでな、サーヴァントがくたばって奴が成長するとお前さんの能力も上がるってワケだ」   

 アンリ・マユが口にした適当な説明に、陣は不快気に眉根を寄せる。

「なんだ、そのカラクリは。そんなことを頼んだ覚えはないぞ」

「こっちがやったわけじゃねーよ。オタク、この五年間大空洞で氣だの何だの練りまくってたじゃねーか。その所為で向こうの『この世全ての悪』と繋がったんじゃねーの」

「……ッ、切り離す方法は?」

「知らん。つーか、何で嫌がんだよ。そっちの方が絶対便利じゃねーか」

「そんな訳の分からん力に頼って、なんの意味がある」

「……変な方向でメンドクサイな、オタク。まあいいや。取り敢えず、無理やり切ろうとするのはやめとけよ。身体にどんな悪影響が出るか、わかんねーからな」 

「くそっ!」

 珍しく感情を露わにへそを曲げた陣に呆れを含んだ視線で一瞥すると、アンリ・マユは再びソファーに寝転ぶのだった。  

 

 

 

 




【朗報】暗黒剣キチ絶技開眼

 悪堕ち奥義開眼はニトロの十八番。

 次はビーム斬りである。

【朗報】サーヴァントが脱落する度に、剣キチ強化

FGO的例え。

サーヴァント一人脱落 剣キチレベル50  再臨1 スキルLvオール5 ←今ここ  

サーヴァント二人脱落 剣キチレベル60  再臨2 スキルLvオール6

サーヴァント三人脱落 剣キチレベル70  再臨3 スキルLvオール7

サーヴァント四人脱落 剣キチレベル80  再臨4 スキルLvオール8

サーヴァント五人脱落 剣キチレベル90  再臨4 スキルLvオール9

サーヴァント六人脱落 剣キチレベル100 再臨4 スキルLvオール10 フォウマ

 

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