剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 というか、本編を書けって言ってるじゃないかぁ!?

 なんで暗黒剣キチに逃げてるの、俺!!

 ロボット大好きなみなさん、もう少しお待ちください。

 


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(3)』

 数年ぶりとなる義兄弟との再会から一時間。

 自宅に戻ってきた衛宮士郎は、居間に座って呆然と天井を見上げていた。

 彼にとって今夜は様々な事が起こり過ぎていた。

 これほど濃密な夜は、彼の原初となる大火災以来の事だろう。

 何時もの習慣で()れていたお茶を口に含みつつ、士郎は降りかかって来た非日常を思い返す。

 

 

 

 

 事の始まりは夜の帳が降りたところまで(さかのぼ)る。

 友人である間桐慎二に頼まれていた弓道場の掃除を終えた士郎は、帰宅の途に就いていた。

 余程の事が無い限り夕飯は隣に住む姉貴分である藤村大河、そして中学から衛宮家に足しげく通っている間桐桜と摂るようにしている士郎は、二人を待たせては申し訳ないと普段は通らない裏道を使っていた。

 思えば、これが分岐点だったのだろう。

 道中、古くからある空き地の付近で妙な違和感を感じて足を止めた士郎は、住宅街で聞くはずがない鋼を打ち合わせる音を耳にした。

 普段から『正義の味方』を目指すと公言して(はばか)らない彼は、好奇心も相まって音のする方へ足を運んだ。

 結果、彼は空き地の中で矛を合わせていた遠坂凛と紅い弓兵、そして蒼の装束を纏った朱槍の戦士との戦いを目撃することになる。

 人間の限界などはるか彼方に置き去りにした超常の戦士同士の戦い。

 途中、朱槍の戦士が取った奇妙な構えに弓兵の死を幻視した士郎は、思わず声を上げてしまう。

 すぐに自身の迂闊(うかつ)さを後悔したが後の祭りだった。

 彼は証拠隠滅を指示された蒼い槍兵に追われる事となったのだ。

 身の危険を感じて一目散に逃げる士郎。

 しかし相手は人外のモノである。

 彼の努力を嘲笑う様にあっさりと追いつかれ、立ちすくんだところに槍を突き付けられた。

 本来であればここで衛宮士郎の命脈は断たれるところであったのだが、大火災を生き抜いた彼の悪運は並ではなかった。

 血色の穂先が胸に食らいつく寸前、風のように現れた紫の髪の美女が士郎の身を(かす)め取ったのだ。

 九死に一生を得たものの、これまた明らかに人間から外れている女に抱えられた士郎。

 コロコロと変化し続ける状況に唖然としていると、猛スピードで走っていた美女が降り立ったのは自宅の庭だった。

 ジェットコースターもかくやのスリリングな道程と家に帰ってきた安心感に、士郎は地面に降ろされると力なくへたり込んでしまう。

 そんな彼を迎えたのは間桐桜だった。

 居間へと付き添ってくれた彼女の口から紡がれたのは、この地で行われている聖杯戦争と呼ばれる魔術儀式とその為に呼び出される英霊と呼ばれる超常の存在について。

 桜が言うには間桐もまた古くからこの地に根付く魔術の家系であり、彼女もまた聖杯戦争の参加者であるそうだ。

 そして、日常の中で士郎に聖杯戦争の参加証である『令呪』が浮かんでいることに気づいた彼女は、彼の身を案じて彼女の呼び出した英霊『ライダー』を護衛に付けてくれていたらしい。

 混乱冷めやらぬ中にあっても、命の恩人である桜たちに頭を下げる士郎。

 謙遜する桜に恩を返さないと気が済まない士郎と、どこか微笑ましいやり取りを続けている中、不意に桜の背後に控えていたライダーが警戒態勢を取った。

 途端に鳴り響く鳴子(なりこ)の乾いた音。

 これが切嗣がこの家に張っていた結界で、害意を持つ者の侵入警報である事に士郎が気づくと同時に庭側の障子が吹き飛んだ。

 寒風を逆巻く中、士郎の目に映った先ほどの蒼い槍兵だった。

 即座に迎撃に出るライダーに対して、獰猛な笑みと共に牙を向く槍兵。

 閃光の如き動きに果敢についていくものの技量では槍兵に軍配が上がるらしく、ライダーは次第に追い詰められていく。

 庭で大立ち回りを繰り広げる彼女の指示で土倉へと避難した士郎は、ライダーの無事を祈る桜の肩を抱きながら自身の無力さに歯噛みしていた。

 力が欲しい、そんな思いと共に右手をきつく握り締めたその時、土倉の床から(まばゆ)い光が立ち昇る。

 光と吹き荒れる魔力の奔流が収まった先に立っていたのは、甲冑を身に纏った少女騎士。

 セイバーと名乗った彼女が自身の呼び出した英霊・サーヴァントであると知った士郎は、外で戦っているライダーの助力を命じた。

 彼の言葉に風のごとき速さで出て行ったセイバーは、ライダーと共に見事槍兵の撃退に成功。

 その後、槍兵を追って衛宮家を訪れた遠坂凛達とひと悶着あったものの、対立する事は避けられた。

 三組の主従それぞれが落ち着いてから、改めて聖杯戦争の説明を受けた士郎は凛達に丘の上にある言峰教会へと連れられた。

 参加・不参加に関わらず、監督役から説明は受けておくべきという二人の判断からだ。

 そこで自分達とそう変わらない年の監督役カレン・オルテンシアから、養父切嗣が前回の聖杯戦争の参加者である事。

 そして自身が全てを失った冬木の大火災も聖杯が関係している事を聞いた士郎は、惨劇の阻止と街を護るために参加を決意する。

 説明と参加表明も終わり教会を後にした士郎は、桜から持ち掛けられた同盟を承諾。

 敵対すると口にしながらもアドバイスをくれる凛に礼を言ったところで、道の先に二つの影を見つけた。

 力なくへたり込む少女と、そんな彼女に剣を振り上げ斬り殺そうとする男。

 幸い、凜と桜のサーヴァントの活躍によって凶行は防ぐことが出来たが、凶刃を持つ男の顔に士郎は目を見開く事となった。

 何故ならそれは五年前に衛宮の家を出て行った義兄弟、陣だったからだ。

 その後、陣からの反撃によって凛が負傷してしまい、比較的近い距離にあった衛宮家に連れて来る事となった。

 士郎のような未熟な魔術師が聖杯戦争の初日を無傷で乗り切れたのは僥倖と言えるだろう。

 だがしかし、そんな成果とは別に彼の苦悩は晴れる事は無い。

 

 

 

 

(陣、お前にいったい何があったんだ?)

 湯呑の中に広がる薄緑の湖面、そこに映る自身の顔に士郎が問いを投げる。

 士郎が義兄弟に抱く感情は複雑だ。

 身を案じて学校に行けと忠告する大河を実力でねじ伏せたのは気に入らないし、切嗣が死んだ時に家を出て行ったのは正直許せない。

 それでも五年間同じ屋根の中で暮らしてきた。

 大火災以前の記憶の無い士郎にとっては、切嗣と陣は血の繋がりは無くとも本当の家族なのだ。

 それに彼が本格的に剣にしか興味を示さなくなった十歳までは、家事の仕方を教えてくれたり宙を舞う木の葉に乗る特技を見せたりと、それなりに家族として付き合えていた。

 切嗣には少々冷たいところはあったが、大河にしても世話を焼いたり焼かれたりと関係は悪いものではなかったはずだ。

 そんな姿を知るからこそ、士郎は陣を切り捨てる事が出来ないでいた。   

「ねえ、シロウ」

 思考の海に沈んでいた士郎を、鈴を転がすような声が現実に引き戻す。

 顔を上げると先ほど助けた女の子が心配そうにこちらを見ていた。

「なんだ、ええっと……」

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、イリヤでいいわ。それよりも大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。イリヤこそ大丈夫か? さっき……」

 『殺されかけた』この一言を士郎は紡ぐことができなかった。 

 それも仕方のない事だろう。

 自分の家族が誰かを殺めようとしていた事実を、現代日本で受け入れられる者はほぼいないのだから。

「私は大丈夫よ。魔術師だもの、命の危険なんて今までいくらでもあったから」

「そうか……」

 イリヤにそう言われ、士郎は安堵の息を吐く。

 何だかんだ言っても身内のしでかした事である、申し訳ないという気持ちはぬぐえなかったのだ。

「お待たせしました、先輩」

 少し場の空気が緩んだのを見計らったように、桜と凜が居間に入ってくる。

 肩を負傷した凛であったが今の彼女は傷の影響があるようには見えず、着ていた服も赤だったこともあり負傷の痕跡はうっすらと残る血の染み程度しかない。

「遠坂、大丈夫なのか?」

「ええ。当たったと言っても急所じゃないし、矢も骨に当たって止まってたから傷も深くなかったしね。治癒魔術でちょちょいと治しちゃったわ」

「ダメですよ、姉さん! まだ治ったばかりなんですから!」

 何ともないとアピールするように肩を動かして見せる凜を桜が(たしな)める。

 桜と凜が実の姉妹だと士郎が知ったのは中学三年の時だった。

 学校で突然体調を崩した桜を凜と共に介抱した後、病院で桜から打ち明けられたのだ。

 その時は中学でミスパーフェクトの名で呼ばれている才女が桜の姉だと知って、本当に驚いたものだ。

「それより部屋を貸してくれてありがとう、衛宮君。さっきはああ言ったけど、あの傷で家まで帰るのって結構キツかったと思うから」

「いや、気にしないでくれ。遠坂や桜には聖杯戦争の事で助けられてるし」

 何気なく士郎が口にした聖杯戦争の一言。

 それによって凜の目が鋭さを増す。

「そういえば、衛宮君。貴方、さっきの男の事知ってるの?」

 湯呑が用意されている席に座って士郎に問いを投げる凛。

 桜は急須から自身と姉の分のお茶を淹れている。

「知ってる。あいつは───」

「エミヤジン。十年前にシロウと共にエミヤキリツグが保護した災害孤児。五年前、キリツグの死を契機として謎の失踪を遂げる。当時は小学生だったという事もあり警察や地元の青年団が捜索に当たったものの、現在まで発見には至っていない」

 立て板に水の如く陣の事を口にするイリヤに、卓を囲んでいた面々は目を見開いた。

「貴女は……」

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。はじめまして遠坂、そしてマキリの現当主」

 人形めいた笑みを浮かべるイリヤに凛達は二の句が継げられなかった。

 まさか、助けた相手が始まりの御三家の一人だったとは夢にも思わなかったからだ。

「えっと……それでアインツベルンさんは、どうして彼に殺されそうになっていたんですか?」

「あの男が私のバーサーカーと交戦して打ち破ったからよ」

 桜の問いかけにイリヤは苦虫を嚙み潰したような表情で吐き捨てる。

 そこから語られた証言は、マスター・サーヴァント共に驚嘆に値する物だった。

 ギリシャ神話最強の英雄であるヘラクレスをバーサーカーで召喚したアインツベルンもとんでもないが、それを真っ向から打ち破った陣は輪を掛けて異常だった。

「正直、信じられませんね。狂ったヘラクレスだけでも絶望的なのに、ただの人間が正気を取り戻した彼を打倒するなんて」

 桜のサーヴァントであるライダーは口元を引き攣らせながらそう呟いた。

「確かにな。ヘラクレスを真正面から打倒するなど、英雄王クラスのトップサーヴァントでなければ不可能だろう」

「ですが、あのジンという男はそれをやってのけた。シロウ、他に彼についてわかることは無いのですか?」

 セイバーに水を向けられた士郎は思わずため息をついてしまう。

「さっきイリヤが言ったけど、あいつは五年前に家を出たきりだ。だから俺もそれから会ってない」

「家にいる間、何か変わったことは無かったの? 例えば固有の魔術をつかっていたとか」

「いいや。というか、あいつは魔術師じゃない。切嗣も魔術回路が無いから使えないって言ってたから、これは間違いないと思う。ただ、こっちに貰われてすぐに剣術の修行をしてたのは憶えてる。あとは、ガキの時に落ちてくる葉っぱを踏み台にして跳ぶのも見たっけ」

「落ちてくる木の葉を踏み台に? 魔術なら重力制御で体重をゼロにすれば出来ないことは無いけど……。衛宮君、彼はその時何か言ってなかったの?」

「悪い、十年近く前の事だからな。さすがにそこまでは……」

 凛の質問に頭を捻りながら答えを返したものの、反応は芳しくない。

 場の空気を変える為に、士郎はイリヤへと声を掛けた。  

「えっと……。イリヤは陣の事を知ってるのか?」

「直接面識があるわけじゃないわ、ただ調べたの。キリツグが日本で二人の子供を引き取ったって聞いたから」

「調べたって、どうして……」

「私がエミヤキリツグの娘だからよ」   

 瞬間、士郎の息が止まった。

 あまりに唐突すぎる告白だった。

 士郎の記憶の中にある衛宮切嗣は、隙あらば食事もジャンクフードで済ませようとする、私生活のだらしない根無し草のイメージだった。

 だからこそ、彼が衛宮家の外に家庭を持っているなど想像もしていなかったのだ。 

「───本当、なのか?」

 辛うじて絞り出した声に、イリヤは迷いなく頷いて見せる。

「ええ。前回の聖杯戦争が始まる九年前から、キリツグはドイツのアインツベルンにいた。魔術師殺しの異名を持つフリーランスの魔術使いだった彼は、第四次聖杯戦争にアインツベルンのマスターとして参加する予定だったから。そしてお母様、アイリスフィール・フォン・アインツベルンと結婚して子を成した、それが私」

 どこか寂しげに笑うイリヤの顔を見た士郎は、気が付くと額を畳に擦り付けていた。

「ごめん、イリヤ。知らなかったとはいえ俺はイリヤから爺さんを、キリツグを奪っちまった」

 大火災から切嗣に引き取られるまでの本当に短い時間であるが、孤児であった士郎は家族がいない寂しさを知っている。

 漂白されてしまった記憶では実の両親の顔や家族構成すら思い出せないが、それでもいないという事実は涙が出るほどに寂しかったのだ。

 ならば、愛された記憶を持つイリヤの心中がいか程のモノかなど、士郎には想像もつかない。

 もちろん謝って許される事ではないが、それを思えば彼は頭を下げずにはいられなかったのだ。

「謝る必要はないわ。シロウを引き取ろうとしたのはキリツグの判断であって、貴方には何の責任も無いもの」

 目の前に投げ出された士郎の頭を、イリヤはその小さな手であやすように撫でる。

 つい数時間前まで八つ当たりと分かっていても、手に掛けようとしていた義弟。

 けれど、衛宮陣との再会から彼が浮かべる苦悩の表情を見てイリヤは気づいたのだ。

 この子も自分と同じく家族に置いて行かれたのだと。

 同類だというシンパシーを感じてしまえば、八つ当たりの自覚がある上に聖杯戦争という建前に支えられていた殺意など、維持するほうが難しい。

 聞けば自分を真っ先に助けようとしたのは彼だというのだから、それも猶更だろう。

 バーサーカーの件等々でそういった感情が陣に集中したのも相まって、今のイリヤは士郎を義弟と認められるようになっていた。

 ちなみに、その姿を見た凛と桜は外見年齢よりも大人びて見える彼女の姿に息を飲むこととなったのだが。

「なにかしら。年齢が逆転してるというか、イリヤスフィールの方が年上に見えるわ」

「そうですね」

「見える、じゃなくて実際そうよ。体質的な関係で見た目はこうだけど、私は十八歳だもの」

「「「ええっ!?」」」 

 さらりと投げられた爆弾に、凜や桜はもちろん土下座中だった士郎までもが顔を上げた。

「そういうリアクションは仕方ないけど、レディの歳を聞いて驚くのは失礼だと思うわよ」

「「「ごめんなさい」」」

 呆れながらもイリヤが口にした尤もな意見に、三人は一斉に頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 その後は時計の短針も『3』を示していた事もあり、イリヤはもちろん凛や桜も衛宮家に泊まっていくこととなった。

 自室に敷いた布団に潜り込んだ士郎がふと目をやると、入り口の(ふすま)を背に座り込むセイバーの姿が見えた。

 本来であれば『男女が同じ部屋で夜を明かすなど不謹慎だ』などと言うところだが、陣の事に加えてイリヤが切嗣の実子という衝撃の事実に頭がいっぱいとなり、気にする余裕はなかった。

 オーバーキャパシティ気味な頭を休ませようと頭から布団をかぶれば、数分としない内に士郎は夢も見ないほどに深い眠りについた。

 そして翌日。

 朝食の折にマスター三人組に加えて、セイバーとライダーという見慣れない女性達を見つけた大河は当然の如く吼えたのだが、その叫びは士郎の『陣を見つけた』という一言で収まった。

 士郎としても裏の世界に大きく足を踏み入れているであろう陣の事を、一般人の大河に伝えるのは(はばか)られた。

 しかし、今でも暇があれば自分の義兄弟を探して回っている姉貴分には、隠したままにしておくことはできなかったのだ。

 聖杯戦争や魔術の事はボカした為、『凜や桜に不審者がいると言われて出ていったところ、イリヤの前に刀らしきものを持った陣が立っていた』などという、何とも妙な目撃談になってしまったが。

 あの子は何をしているのか、と号泣する大河に陣を探すために休むと伝えると、彼女は何とも言えない表情ながらも了承して職場へと出勤していった。

 その後、イリヤはアインツベルンからついてきたというメイドに合流すると出かけ、桜と凜は着替えなどもあるからと衛宮邸を後にした。

 女性陣が帰った後、士郎は自室に一人寝転がって天井を見上げていた。

 セイバーは護衛が必要と渋っていたが、一人になりたかったので出てもらった。

 ため息と共に浮かぶのは、イリヤを斬り殺そうとしていた陣の姿だ。

 士郎の知る彼は、剣に異常な執着を見せてはいたが他人を害しようとする男ではなかった。

 それにランサーとアーチャー、そしてライダーやセイバーの戦いを見ていたからわかるが、英霊は人間など足元にも及ばない力を持っている。

 イリヤの話が事実なら、陣は単独でバーサーカーを倒した事になる。

 昔から明けても暮れても剣を振るっていたけれど、それだけで人間はあそこまで強くなれるものなのか?

 それにイリヤが切嗣の娘だという事も驚いた。

 実の娘がいたのなら、どうして彼女を放っておいて自分達を引き取ったのか?

 普通ならむこうを優先するだろうに……。

 イリヤの存在や前回の聖杯戦争への参加など、自身の知らなかった情報によって盤石であった士郎の切嗣への信頼が少しづつ揺らいでいく。

 養父を信じたいという気持ちとそれを覆す数々の事実との板挟みに、士郎は深くため息をついた。

 欠片でもいいから切嗣の気持ちが分かれば、と思って寝返りを打ったところ、頭の隅になにか引っ掛かる物があった。

(そう言えば、葬式の後で爺さんの所持品の整理を任せた雷画爺さんが、遺品だって渡してきたものがあったな)

 あの当時は切嗣に陣と一斉に家族を失った事で、士郎にも余裕はなかった。

 切嗣が死んだという証拠である遺品を見るのが嫌で、土倉の奥に放り込んだ記憶がある。

(もしかしたら、切嗣の事を知る手掛かりがあるのかもしれない)

 そう思い立った士郎は、部屋から飛び出すとセイバーの声にも答えずに土倉の中に駆け込んだ。

 魔術訓練のガラクタや大河が持ち込んだジャンク等々、積み上げられた荷物の山に上半身を突っ込む事しばし。

 手や顔を埃塗れにした士郎は、ようやく目的のモノを見つけ出す事が出来た。

 彼が引っ張り出したのは、古いデザインの持ち運び式金庫。

 底に隠してあったメモを頼りに暗証番号を打ち込むと、錆びた歯車がかみ合うような音がしてロックが外れた。

 中に入っていたのは切嗣名義のパスポートに幼い士郎と陣、高校生の大河と切嗣の写った写真。

 そして今より少し幼いイリヤとイリヤそっくりの女性が映った写真に、古びた黒革の手帳だった。

 手帳を開いたところ、どうやらここに移り住むようになってからの切嗣の手記のようだった。

「悪い、爺さん。見せてもらうな」

 この世を去った持ち主に小さく断りを入れ、士郎は手記に目を通す。

 この結果、士郎はある重大な真実を知る事となった。

 

 

 

 

 武家屋敷で少年が養父の手記を見つけて数刻後、再び聖杯戦争の時間である夜が訪れる。

 円蔵山に古くから居を構える柳洞寺、そこの山門には現代にそぐわない装いの男が煌々と光る月に目を向けていた。

 彼こそはアサシン・佐々木小次郎。

 とはいえ、宮本武蔵との巌流島の決闘で有名な天才剣士、その人ではない。

 所説によると、佐々木小次郎という剣豪は実在しない創作の人物と言われている。

 そしてその説は間違いではない。

 事実、ここで月を愛でる男は佐々木小次郎本人ではなく、彼に近い剣腕を持つ農夫に佐々木小次郎という殻を被せた亡霊だ。

 では、この男は本物の佐々木小次郎より劣るのか?

 それもまた否である。

 本物とは違い我流の剣ではあるが、この男もまた天賦(てんぷ)の才を宿す者。

 世に出ることなく山野で一人剣を磨いていたために天下に名が知られる事は無かったが、生涯全てを捧げたその剣は講談の佐々木小次郎を上回ると言っても過言ではない。

 『努力を厭わない天才ほど手に負えないモノは無い』とどこぞの秀才は嘆いていたが、こと剣に関しては彼はまさにそういった人間だった。

「今宵も山門から見る月は美しい。これで手に酒でもあれば、言う事は無いのだがなぁ。───其方(そなた)もそうは思わぬか?」

 生涯を自然と共に過ごしたが故に風流を知る男は、山門の階下に立つ男に声を掛ける。

 髪と肌は白く染まっているが纏う衣服は黒、手にした一刀もまた黒。

 藍色の陣羽織を着こなした山門の守り手よりも、この男の方が暗殺者の名は似合うだろう。

「サーヴァント・アサシン。一手、死合ってもらおうか」

 濁った金の瞳をギラ付かせながら、男は抜身の剣を侍に付き付ける。

「その鬼氣……。招かれざる客とは思っていたが、鬼であったかよ。鬼が出るのは京の都と相場は決まっておるが、聖杯戦争などと怪しげな儀式の舞台ならば悪鬼が顔を見せてもおかしくはないか」

 涼やかな笑みと共にアサシンは愛刀を鞘走らせた。

 通常の太刀よりもはるかに長い刀身は、月明りを受けて夜闇の中に薄ぼんやりと浮かび上がる。

「私もこの山門の守護を任されていてな。女狐の許可無く通ろうとする者は、無一物ではないが悪鬼神仏であっても斬る事になっている」

 アサシンの言葉に、男は迷うことなく階段に足を掛け、

「奥に潜むキャスターに興味はないが、そういう事ならば是非もない」

 そこで言葉を切ると同時に、飛ぶような速さで山門目掛けて駆けあがり始める。

「───押し通るぞ、アサシン!」

「やってみるがいい、鬼よ!」  

 下段から跳ね上がる黒い魔剣と打ち下ろされる太刀。

 甲高い刃鳴と共に、聖杯戦争第二夜の幕が上がる。

 

 

 オマケ バッドエンド(2話)

 

 

 俺、衛宮士郎は後輩の桜、同級生の遠坂と共に丘の上にある言峰教会を後にした。

 聖杯戦争、この冬木の街で行われている魔術師同士の殺し合い。

 俺も偶然巻き込まれたわけだけど、正直現実感が薄い。

 とはいえ、この戦争が10年前の大火災を引き起こしたというのなら、あの惨劇の生き残りとして、そして切嗣に誓った『正義の味方』になると理想を叶えるためにも見過ごすわけにはいかない。

 ありがたいことに桜は同盟を組んで協力してくれるというし、何とかしてこんな馬鹿げた闘いを終わらせないと。

「それじゃあ、私達は行くわね」

 そんな決意を固めていると、遠坂が声を掛けて来た。

 遠坂の家の場所は知らないけど、ここから別れた方が近いらしい。

「衛宮君、それと桜。今度会うときは敵同士なんだから、油断するんじゃないわよ」

「いや、遠坂。俺はお前と敵対するつもりは無いぞ。それに桜は妹じゃないか」

 そう言うと遠坂は険しい顔で深々と溜息を付いて見せた。

「あのねぇ……貴方、あのシスターの話を聞いていたの? 聖杯戦争は7人の魔術師が最後の一人になるまで戦うバトルロイヤルなのよ。聖杯を求めるのなら、自分たち以外は全部敵に決まってるでしょうが!」

「でも、姉さんは聖杯なんていらないっていってましたよね?」

「うっ!?」

 勢いよく捲し立てていた遠坂だが、桜がそう言うと痛いところを突かれたように怯んだ。

「それにサーヴァントのアーチャーさんも聖杯はいらないとか。私もライダーも必要ないですし、先輩もそうですよね?」

「ああ。セイバーは欲しいらしいから、できれば彼女に与えてやってほしいけど、俺自身はそんな物はいらない」

 そう答えると、桜は遠坂に向けてニコリと笑みを浮かべてみせる。

「なら、私達は敵対する理由はありませんね。聖杯については他の四組を倒した後、遠坂と間桐の資料を漁って呼び出す方法を探せばいいんですから」

「で……でも、私はちゃんと聖杯戦争に勝ちたい───」

「姉さんはそんな理由で私と闘うんですか? 聖杯戦争は殺し合いだっていうのに」

「うぐぅっ!?」

 あ、遠坂が桜に押されてる。

 まあ、普通に考えれば魔術師だ何だって言っても姉妹同士で戦うとか無理だよなぁ。

「わかった! わかったわよ!! 同盟でも何でも組んだげるわよ!!」

「おい、リン!」

「だったら、アンタが桜を説得しなさいよ!? 私は絶対嫌よ! あの子怒ったらメッチャ怖いんだからっ!!」

 ヤケクソ気味に叫んだ遠坂を嗜めようとアーチャーが出てきたけど、遠坂に逆切れされてタジタジになってる。

 理不尽極まりないけど、アイツってなんか可哀想に見えないんだよなぁ。

「えっと、セイバーもそれでいいか?」

「はい。聖杯が手に入るのならば、問題ありません。それにシロウは魔術師としては未熟なようですから、リンやサクラの援護があるのは頼もしい」

 セイバーに反対されなかった事に小さく安堵の息を吐いた。

 さりげなくダメ出しをされているけど、俺が魔術師としてへっぽこなのは本当だから仕方ない。      

 そんなこんなでひと悶着あったわけだが、結局用心とお互いに家の場所を確認する為に、近い順から三人の家を回る事になった。

 そうして丘から降る道を歩いていると、目の前に人影が見えた。

 一人は影でも分かる位に小さな女の子で、どうしてか地面にへたり込んでいる。

 その傍らに立つもう一人を目にした時、俺は思わず息を飲んだ。

 何故なら、奴は手にした剣のようなモノを目の前の子に向けて振り下ろそうとしていたのだから……ッ!?

 むこうの事情は分からないけど、このままじゃあの子が殺されてしまう!

 だから、俺は───

 

 →1.セイバーに女の子を助けるように命じる。

  2.我を忘れて助けに走る。

 

 

「セイバー! あの子を助けてくれ!!」

 思わず飛び出そうとする足を抑えつけて、俺はセイバーに叫んだ。

 とても歯がゆいが、相手が何者かが分からない以上、俺が行っても返り討ちに遭う可能性が高い。

 けど、超人というべきサーヴァントならば人間相手ならまず負けない。

 仮に相手がサーヴァントだったとしても、一方的にやられることは無いはずだ。

「わかりました、シロウ」

 冷静に言葉を返し、セイバーはアスファルトを踏み砕きながら男へと迫る。

 相手が凶器を持っているのを考慮してか、その手にはすでに不可視の剣が握られている。

 瞬く間に十メートルの距離を踏破して剣を振りかぶるセイバー、その動きはランサーと相対した時に見せた物と遜色なく、俺は少女が救われた事を確信した。

 だが、俺の予想は大きく覆された。

 男が翻した剣がセイバーの一撃を容易く受け流してしまったのだ。

「───その無様な剣はなんだ、セイバー。これなら模造品の方がまだマシだぞ」

 渾身の一撃をいなされて大きく身体を泳がせるセイバーに、牙をむく凶刃。

 まるでセイバーの剣を滑るように放たれたそれは、冗談のように容易くセイバーの首を刎ね飛ばした。

 宙を舞い、鈍い音を立てて地面に落ちるセイバーの頭部。

 それに一瞬遅れて、残された身体は血飛沫と共に光の粒となって消滅する。

 その光景に俺達は言葉を発する事が出来なかった。

 あのセイバーがああも簡単にやられるなんて……。

 あまりの事に脳内で役目を放棄してしまう思考。

 ───だがそれがいけなかった。

「サーヴァントを失った以上、貴様に用はない。───逝け」   

 そんな意識の空白に滑り込む様に、男はなんの前触れもなく俺の懐に入り込んでいた。

 音も無く奴の手が胸に添えられ、間を置かずに身体を貫く全身を打ち砕くような衝撃。

「は────ご、ふ…………!」

 聞こえないはずの心臓が破裂する音が耳の奥に響き、俺は喉からせり上がって来た暑い塊を吐き出しながら崩れ落ちた。

 急速に薄れゆく視界が最後に映したのは……こちらを無慈悲に見下ろす義兄弟の濁った金の瞳だった。

 

 

 

 

DEAD END

 

 

 




 次回(があれば)


 第五次聖杯戦争 最強剣士決定戦。

青セイバー「…………私は?」

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