剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 異聞五回目でございます。

 本編書かないと、などと思っている内に『ぐだぐだ聖杯奇譚』が始まってしまった。

 初っ端のノッブの毎ターンチャージMAXに懐かしさを感じ、以蔵さんの火力にビビる。
 
 うん、これこそFGOである。

 ちなみにガチャですが、金枠の前振りが来て『よっしゃ!!』と喜んだのもつかの間、来たのは赤い家政婦でした……。

 これで宝具Lv3か。

 アーチャー枠は全体宝具でAUO、単体でクロとケイローン先生だからなぁ。

 出番作ってあげようかしら。


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(5)』

 気の早い冬の太陽はその身を隠し、夜の帳が降り始めた頃。

 少々年季が入った吊り下げ式の照明に照らされた衛宮家の居間では、セイバーが苦い顔のまま沈黙していた。

『聖杯をどうするのか?』

 この町の魔術における責任者であるセカンド・オーナー、遠坂凛の放った問いに少女騎士は答えを返す事が出来ないでいた。

 結論から言えば、彼女の答えは決まっている。

 ブリテンを治めた騎士王が聖杯に掛ける大願、それは『選定の儀のやり直し』だ。

 彼女が阿頼耶識の誘いに乗って聖杯戦争の事を知った当初、胸に抱いていた願いはこれではなかった。

 『滅び逝く祖国、ブリテンの救済』

 その願いと共にカムランの丘から遥か未来へと旅立った彼女であったが、前回の聖杯戦争に参加した際、とある大王によって彼女の王道は否定される事となった。

 世界を手中に収める寸前までいった大王、彼の掲げる王道は暴君のそれであった。

 しかし、彼は言う。

 『王が自身の行いを悔いるのであれば、それは暗君である。そして暗君の方が暴君よりなおタチが悪い』と。

 同じ亡国の王でありながら髪の毛一つほどの後悔を見せない大王の姿に、彼女は自身の王としての在り方に揺らぎを覚えた。

 アルトリア・ペンドラゴンという少女は、その真面目さから自身に降りかかる事を一人で背負い込む悪癖がある。

 それ故に、ブリテンの崩壊も『王たる自分が(いた)らないから』と自責の念に駆られていたのだ。

 そんな中で自身の王道を否定され、さらには大王の宝具によって彼とその臣下との死後も続く断金の絆をも見せつけられたのだ。

 狂いし義姉モルガンの謀略があったとはいえ、ブリテンの崩壊は円卓の騎士の内部不和によるものが大きい。

 その自覚があった彼女にとって、王の呼びかけによって時空を超えて集う数千の勇者達の姿は、自身の歩んだ道に疑問を持たせるのに十分なものだった。

 その自問を後押しするかのように、狂戦士となって参戦していた最も信頼する配下ランスロットと戦い、彼が狂気に走った理由が自身の采配にあると知る事となる。

 精神的にズタボロになったものの、祖国を救うという執念によって勝ち上がったアルトリア。

 そんな彼女を待っていたのは、マスターである衛宮切嗣による裏切りだった。

 令呪での強制命令によって聖杯を破壊した彼女は、気づけばブリテン終焉の地であるカムランの丘に戻っていた。

 視界一面に広がる積み重なった騎士の遺体、その寒々しい光景を目にした彼女はこう悟った。

 『私には王としての器は無い。あの選定の儀で私が剣を抜いてしまったのは間違いだったのだ』と。

 だからこその『選定の儀のやり直し』なのである。

 今回の聖杯戦争に勝利し選定の儀をやり直した暁には、自分は参加せずによりブリテンを統べるに相応しい人物へと王権を譲渡しようと考えていたのだ。

 もっとも仮にそれを成したとしても、改変された歴史は人理によって剪定事項の烙印を押され、消去されるであろう事を彼女は知らない。

 そもそも件の『選定の儀』自体、アルトリアが王座に就く正統性を得る為に半魔の大魔術師が仕組んだモノなので、彼女が参加しなければ剣を抜く者は現れない。

 そうなれば、ブリテン島には11の王が乱立する混乱の中で蛮族に蹂躙される末路が待っているのだが、神ならぬ彼女にそれを悟れと言うのは酷な話であろう。

「あの……セイバーさん。セイバーさんはどんな願いを持ってるんですか?」

 黙して語ろうとしないセイバーに、緊迫した空気を換えようと桜が声をかける。

 するとセイバーは俯いていた顔を上げて、少し間を開けてから口を開いた。

「……真名を知られている以上、隠していても仕方ありませんね。皆さんは私が王に選ばれた逸話をご存知ですか?」

「選定の剣の話ね」

「そうです。……私はその選定の儀をやり直したい。臣下を理解することなく、理想を求めて国を滅ぼした私には王としての器はなかったのです。だからこそ、私よりも選定の剣に相応しい人物に王権を渡したい。そうすれば、ブリテンもあのような最後を迎える事は無いはずですから」

 思い詰めた顔で願いというにはあまりにも悲しい考えを口にするセイバー。

 それを聞いた他の面々は、一名を除いてなんとも言えない表情のまま口を開こうとしない。

 当然だ。

 高校生に城から外へ出た事の無い箱入り娘。

 加えて、サーヴァントとはいえ玉座など縁も所縁もない反英霊が2騎である。

 王の悩みを理解しろ、というのが無理な話と言える。

 だが、そんな空気の中でも口を開く者がいた。

 彼女の主たる衛宮士郎だ。

「セイバー。お前はその願いを諦めるつもりはあるのか?」

 凜ですらオブラートに包んでいた問いを直球で投げつける士郎。

「それは……」

 その言葉に周りがギョッと眼を剥く中、士郎は何事も無いように口ごもるセイバーへ言葉を続ける。

「お前だって聞いてたよな、あの聖杯は呪われている可能性が高いって。爺さんの手記にも前回の聖杯戦争が大火災の原因だって書いてあった。それを知ってもお前は聖杯を欲しがるのか?」

 いつもの士郎とは打って変わった、他者への配慮など全く無い詰問。

 おかしいと思った桜は彼の目を見て『ひっ』と息をのんだ。

 彼の顔に浮かぶ表情は普段と変わらない。

 しかしその目は全く笑っておらず、琥珀の瞳はゾッとするほどに鋭い光を湛えている。

 付き合いの長い彼女には分かってしまった。

 士郎が完全にキレてしまっているのだと。

「私は……ブリテンの王として、そして祖国の滅びを担ってしまった者として、この願いを諦めるわけにはいかない」

 絞り出すように紡いだセイバーの言葉を聞いて、士郎はちゃぶ台に身を乗り出して彼女を睨みつける。

「そいつはご立派なこった。けど、それって俺達に関係あるか? 10年前、使う前に聖杯をぶっ壊したのにあれだけの大災害になったんだ。だとすれば、完全な形で使った場合はそれ以上の被害になるのは間違いないよな。───なあ、セイバー。なんで俺達がとっくの昔に滅んだ国の穴埋めで犠牲にならなきゃいけないんだ?」

 その一言の及ぼした効果は劇的だった。

 今まで苦い表情ながらも意思を通そうとしていたセイバーの顔が一気に蒼褪めるほどに。

「どうしたよ? お前が聖杯を求めるってのはそういう事だろうが。こっちはな、お前等がやらかした大火災の所為で全部失っちまったんだ。住む場所も、知人も、家族やその思い出も。わかるか? 俺や陣は実の親の顔も、家族は何人だったかすらも分からないんだぞ」

 普段からは想像もできないほどにキツい口調で詰め寄る士郎に、セイバーは黙して俯く事しかできない。

 かく言う士郎自身も、大火災に関しては彼女や切嗣に責は無い事は分かっている。

 彼らは聖杯に潜む『この世全ての悪』を開放しない様に手を打っただけで、あの大火災が起こるなど露ほども思っていなかったのだから。 

 しかし、今の彼女の答えは別だった。

 聖杯の汚染とその呪詛による大火災。

 それだけの事実を知ってもなお、自身のサーヴァントは聖杯を諦められないと言う。

 それはあの大火災で亡くなった人達の犠牲を無にする言葉だ。

 人の焼け焦げる悪臭が漂う暗い灼熱地獄の中、悲鳴や呻き、そして助けを求める声が至る所で響いていた。

 泣き叫ぶ女の人がいた。

 ただ(うめ)くだけの男の人がいた。

 奥さんと思われる黒い死体を抱いたまま動かなくなったお爺さんが、せめて子供だけでもと必死に赤ん坊を助けようとする母親がいた。

 切嗣に出会うまでに自分が切り捨ててきた全ての人々、それを仕方がないとばかりに脇に置かれては士郎だって黙ってはいられない。

 あの火災が無ければ切嗣や魔術に出会う事は無かっただろうが、その代わりに本来の家族と生きている自分がいたかもしれない。

 陣だって呪いでおかしくなる事も無く、普通に暮らしていたに違いない。

 あの火災で散って逝った五百余名の人たちだって、生きてそれぞれの人生を歩んでいたのだ。

 士郎は大股でセイバーの傍まで歩み寄ると、襟元を掴んで無理やり顔を上げさせた。

「俺はな、聖杯の所為で二度家族を失った! 一度目は大火災で実の家族、二度目は呪いで切嗣と陣をだ! まだ聖杯が欲しいのなら、そんな俺の目を見て後何人死ねばいいのか、デカい声で言ってみろッ!!」

 額がこすれ合うほどの距離で、セイバーの目を睨みつけながら士郎は吼えた。

 今の彼は衛宮切嗣の義息子でも、正義の味方を志す少年でもない。

 あの火災の被害者だった。

 そんな彼の目から零れ落ちる一粒の涙に、セイバーは返す言葉を持たなかった。

 ブリテンが未だ滅びておらずにその救済方法を探しているのであれば、彼女は王の殻を被って士郎の訴えも火災の被害者たちも切り捨てることができただろう。

 生前がそうであったように、人の心を持っていては王が成しえないのだから。

 しかし、現実はそうではない。

 ブリテンは確かに滅び、『故国の救済』も『選定の儀のやり直し』も自身が犯した失敗の補填に過ぎない。

 王という機構ではなく一人の悔いを秘めた人間としてここにいる彼女には、自身の所業の被害者からの生の感情は強烈すぎた。

 手を離した途端に力なくへたり込むセイバーを尻目に、士郎は足早に居間を後にする。

 気を抜けば止まらなくなりそうな涙を、あそこにいる誰にも見せたくはなかったからだ。

 そのまま自室に飛び込んだ彼は、電気も付けないまま壁に背を預けるとズルズルと座り込んだ。

 正直、あそこまで言うつもりはなかった。

 だが、未練がましいセイバーの態度や言葉を聞いた瞬間、頭の中に色々な光景が駆け巡って抑えが利かなかったのだ。

「先輩、大丈夫ですか?」

 火照った頭の中を回る行き場のない感情と自己嫌悪。

 それらを湿ったため息と共に吐き出していると、襖の向こうから桜の声がした。

 頭に上った血が下がってくると自身の言動が彼女や凛、イリヤにどう映っていたかという事にも気が回ってくる。

「…………悪い、桜。怖がらせちまったな」

「大丈夫です。先輩が本気で怒ったのを見るの、初めてじゃありませんから」

 湧き上がってくる自己嫌悪のままに詫びの言葉を出すと、襖のむこうにいる桜は穏やかな声を返してくる。

「……ああ。中学の時の慎二との件か」

「あの時は学校に着いてすぐに三年の教室で先輩と兄さんが大ゲンカしてるって聞いて、心臓が止まるかと思ったんですよ」

「あれは慎二が悪かったんだ。桜に手をあげたりするから」

「それでも、二人とも顔中腫れ上がるくらい殴り合わなくてもいいじゃないですか。あの喧嘩のせいで兄さんの前歯、二本も差し歯になったんですから」

「俺は鼻の骨を折られたよ。けど、あのお蔭でアイツとは親友って呼べる仲になったんだよな。家の件で桜にコンプレックスを抱いてた事も話してくれたし。あれって魔術の事だったんだろ?」

「はい。間桐、マキリは日本の土地に合わなかったのか、こちらに移り住んでから魔術回路が衰退するばかりだったそうです。兄さんの叔父にあたる方はまだあったそうなんですが、お義父さんと兄さんには……」

「そっか。けど、俺は慎二や桜が羨ましいよ」

「えっ?」

「喧嘩もするだろうけど、義兄妹で一緒に暮らしているじゃないか」

「陣さん、のことですね」

「あいつはさ、言葉少なで取っ付きにくいところもあったけど、優しい奴だったんだ」

「そうなんですか?」

 懐かしむような士郎の言葉に、桜の口から懐疑的な言葉が出る。

 昨夜、イリヤに剣を向けたうえに姉に矢を突き刺した男は、とてもそんな風には見えなかったからだ。

「ああ。この家に越してきた時、俺はもちろん切嗣も料理なんてできなかったんだ。それで出前を取ろうかどうかって言ってた時、陣が飯を作ってくれたんだよ」

「先輩の言う事を疑うわけじゃないんですけど、想像つかないというか何と言うか……」

「昨日のあいつの姿だと信じられないのも無理はないよな。けどさ、本当なんだよ。出てきた焼き飯は油が多いわ味も塩辛いわで、お世辞にも美味いものじゃなかった。それでも爺さんと俺はバクバク食べたよ」

 そうやって士郎は陣との思い出を桜に語った。

 この家に来た当初、悪夢に魘されて眠れない士郎の為に切嗣と陣の三人と川の字になって眠った事。

 大河と出会った際、切嗣を取られまいと突っかかる士郎を宥め、一緒に昼食を取ったこと。

 ある時は顔色が優れない切嗣を心配して、朝鮮人参を買って来た事もあった。

 襖越しにではあるが別れた義兄弟の思い出を語る士郎の姿に、桜はセイバーに怒りを露にした理由を悟った。

 良すぎると言われるほどに人がいい彼が怒るのは、家族と認識した人間に関する時だけだった。

 士郎にとって、陣という少年は大河に匹敵するほどに大切な人なのだろう。

「───爺さんに……切嗣に引き取られた時、あいつがいてくれて本当に救われたんだ」

「救われた、ですか?」

「大火災で生き残ったのは俺だけじゃない。あの地獄みたいな光景を知ってる奴が他にもいる。……きっとあいつも、助けを求めていた人達を切り捨てて命を拾ったんだって。最低な考えだけどさ、そう思ったら肩に乗っていた重い物が軽くなったんだ」

 言葉を選んでいるのだろう、時折詰まりながらも吐き出される士郎の言葉に桜は耳を傾けていた。

 間桐家に養子に出されて以来、虐待とも言える魔術鍛錬を強いられていた桜にとって、当時存命だった間桐臓硯の命令で訪れた衛宮家での日々は宝石の様だった。

 兄の慎二や臓硯と違い、自分を一人の少女として温かく迎えてくれる大河と士郎。

 間桐の家が凍える夜ならば、衛宮家で過ごす時間は春の日だまり。

 そんな自身にとって太陽のような存在だった士郎が、心に秘めた汚い部分を漏らしている。

 だがしかし、桜の中に沸き起こるのは幻滅ではなく喜びだった。

 我欲が薄く他者に弱みを見せない士郎は、セイバーはもちろん姉やイリヤにもこんな事を聞かせることは無いだろう。

 自分だからこそ話してくれているのだという確信が彼女の中にあったからだ。

 これが自身の嫉妬心から端を発している事は自覚している。

 しかし、それがどうしたというのか。

 衛宮家に通い始めてから2年間、桜はずっと士郎への思慕を胸に秘めてきた。

 それを姉はもちろん、ポッと出の義姉を名乗る女やサーヴァントに取られては堪ったモノではない。

「血は繋がっていないけどさ、俺にとって陣は本当の意味での兄弟なんだ。───同じ地獄を見て、同じように全部なくして、そうして0から自分を作り直した。だから、俺にはあいつを見捨てる事なんてできない」

 聞いている者が身震いするほどの決意が籠った言葉に、桜は小さく息を吐く。

 先ほど士郎があの男に抱く想いは大河と同じと断じた。

 しかし、それは間違っていたようだ。

 士郎が大河に抱く想いは、おそらく家族の情。

 しかし、あの陣という男に持つのはある種の依存だろう。

 もちろん、彼の言葉や想いを理解しているというのは傲慢だ。

 桜は士郎ではないし、あの大火災を体験している訳ではないのだから。

 だとしても共感はできる。 

 地獄ならば自分だって見ているのだ。

 間桐で受けた魔術鍛錬という名の蟲による凌辱。

 その時に同じ境遇の仲間がいれば、桜は間違いなく依存していただろうから。  

 心の中を吐き出した後、士郎は襖を開けて廊下にいた桜に頭を下げた。

 突然の事に慌てふためく少女に彼が頼んだのは、義兄弟を助けるために聖杯の破壊へ協力してもらうこと。

 士郎からしてみれば庇護対象である妹分、桜を頼るのは断腸の思いであった。

 だがしかし、自身のサーヴァントが信用置けない以上は他にとれる手は無い。

 遠坂やイリヤは信用に足る人物だと思うが、家族の事を頼み込めるほど親しくはない。

 義兄弟は孤剣一つでサーヴァントに立ち向かえるのに自分はこの体たらくと、あまりの情けなさに涙が出そうになる。

 しかし、そんなメンツを気にしていられるほど士郎に余裕はない。

 陣の目的は分からないがアイツを止めて聖杯をどうにかしないと、待っているのは10年前など比較にならないほどの大惨事なのだ。

 そんな士郎の心情を察したのか、桜は穏やかな笑みを浮かべながら承諾の返事を返すのだった。

 

 ところ変わって、士郎が去った居間は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 無言のままのセイバーと、物憂げな表情でため息をつくイリヤ。

 凜はセカンド・オーナー、そして聖杯戦争に関わる家の者として士郎の発した怒りに返す言葉が無く、二騎のサーヴァントもまた沈黙を続けている。

 アーチャーこと英霊エミヤは、先ほどの衛宮士郎の怒りに色々と思うところがあった。

 セイバーに対して詰め寄った挙句、罵声に近い言葉を浴びせたのは眉を潜めるところである。

 これが『正義の味方』や『魔術使い』としてならば、口だけではなく手や足も出ていただろう。

 彼が衛宮士郎の怒りに沈黙を貫いたのは、その言葉が『大火災の生き残り』としてのモノだったからだ。

 たしかに衛宮切嗣の判断は間違いではない。

 セイバーが災害の引き金を引いたのは意にそぐわない事だったのだろう。

 だとしても巻き込まれて命を始めとして多くのモノを失った被災者から、誹りを受けなくていい理由にはならない。

 あの時、衛宮士郎は一部ではあるが死んでいった者達の言葉を代弁していたのだ。

 だとすれば、例えその矛先がアルトリアに向けられていたとしても、エミヤには止めることは出来ない。

 彼もまたあの地獄を経験した身なのだから。

 イリヤは士郎の見せた怒りに、父が為した所行の業の深さを垣間見た。

 家族や財産どころか火災以前の記憶までも無いとは、これでは士郎や陣は一度死んでいるのと同じである。

 切嗣は贖罪として彼等二人を引き取ったようだが、自分の事を気にしすぎてロクに面倒も見ていなかったのだろう。

 その結果が陣の離反だとすれば、それこそ本末転倒だ。

 そこまで考えて、イリヤは士郎に全面的に協力することを決めた。

 義兄弟の救出の為、士郎が聖杯の破壊を志すのは想像に難くない。

 彼女としても聖杯の汚染や切嗣の真意を知った以上、なおの事アインツベルンの思惑に従うつもりはなかった。

 そも、母を捨て駒にしたうえに自分の身体をいじくりまわした彼等にイリヤは悪感情しか抱いていない。

 アインツベルンの姓を名乗っているのも、母であるアイリスフィールとの繋がりという意味だけで、家の悲願や誇りなどクソ食らえだと思っている。

 この戦争だって復讐を果たして勝者となれば、バーサーカーを使って大聖杯を破壊するつもりでいたのだ。

 ならば、それが義弟の為になったとしても大した問題は無いだろう。

 懸念があるとすればサーヴァントが脱落することで彼女の身体が小聖杯として完成が近づくことだが、その辺は日本にいる封印指定の人形師にスペアの肉体を依頼する事で対処は出来ている。

 代価は小聖杯として調整された今の身体で、来日した時点で作成はほぼ終了していると聞いている。

 なら、完成と魂の移植等々の処置を考えれば、あと二日ほど保たせれば何とかなるだろう。

 そうなれば、後顧の憂いは無く聖杯をぶち壊せる。

 小聖杯である自身の離脱に秘儀の漏洩、さらには大聖杯の破壊までくればあのアハト翁がどんな顔をするか楽しみである。

 ライダーは、士郎の怒りに思うところは無かった。

 彼の境遇を考えればセイバーに怒りをぶつけるのは当然で、むしろ令呪で自害を強要されなかったのが不思議なくらいである。

 今の彼女の関心はそんな事ではなく、不器用ながらに恋にアタックしようとしている自身の主にあった。

(ファイトですよ、サクラ)

 眼帯で視線が図れないのをいいことに、士郎の部屋の方角を見ながらライダーは心中でエールを送るのであった。

 遠坂凛はこれからの事を考えて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 士郎の言い分はわかるし、御三家の一つである遠坂の当主としても申し訳ない気持ちもある。

 しかし、今回の事はタイミングが悪すぎると言わざるを得ない。

 衛宮切嗣の手記が事実なら、この冬木の聖杯は呪詛によって変質していることになる。

 そんな蟲毒の壺のようなモノが自身が管理する地にあるなど言語道断だ。

 だが、その対処を行うには三組のマスターとサーヴァント、そしてあの異様な剣士と戦わねばならない。

 いくら士郎が三流以下だとはいえ、セイバーは最優と言われるサーヴァントだ。

 それがアーサー王だというのであれば、実力は折り紙付きと言っていいだろう。

 だからこそ、今回の事で支障が出るのは痛すぎる。

 なんとか仲直りをしてほしいところだが、今の状況ではそれは難しいだろう。

(衛宮君達が落ち着くまでは守りを固めるしかないか……)

 結論と共に、凜は一層大きなため息をついた。

 

 こうして話し合いから数刻が経ち、衛宮邸に招かれた各主従は話し合いをする空気でもない事もあり、各々が充てられた部屋で床へと付いた。

 そんな中、塀を飛び越え道路に音もなく着地する影が一つ。

 青のドレスに銀の甲冑という自身の武装を纏ったセイバーだ。

 あれから彼女は一人悩んでいたのだが、結論は一つしか出なかった。

 それはマスターである士郎との信頼関係を取り戻す事。

 マスターに(いと)われ、円滑なコミュニケーションを取れない事がどれだけ不利かは、前回の聖杯戦争で身に染みて分かっている。

 だからこそ、今回のマスターとはそのような不毛な関係にはなりたくないのだ。

 正直に言えばマスター替えも頭を過ぎったが、候補がいない状態ではリスクが高すぎる。

 現マスターのシロウを裏切れば、アーチャー・ライダーの同盟が敵に回る事になる。

 仮にこの案を実行に移すとすれば、次のマスター候補の他にも迎撃可能な拠点が必要になるだろう。

 頭の中で冷徹な計算を働かせている彼女であるが、セイバーにも当然罪悪感はある。

 意図した事ではないとはいえ、自身の所業で多くの無辜(むこ)の民が命を落としたのだ。

 その被害者であるシロウの言葉には、申し訳なさも胸の痛みも感じていた。

 だが、それと聖杯を求める事については別問題だ。

 あの時士郎はあと何人死ねばいいのか、とセイバーに問うた。

 彼女はあえて明言を避けたが、必要ならばこう答えただろう

 『自身の願いを叶える聖杯が望むだけ』と。

 彼女とて善政を敷いてきた王である。

 もちろん犠牲など出ないに越したことはない。

 しかし、それが必要だというのならば躊躇(ためら)うつもりは無い。

 何故なら、彼女の中では人命は等価ではないからだ。

 ブリテンの民と今を生きる異国の民、天秤に掛ければ当然ブリテンに針は傾く。

 とっくの昔に滅んだ国と士郎は言ったが、彼女からすればだからこそ救わねばならないのだ。

 もちろん、この想いが善ではない事はセイバーも自覚している。

 ならば、尚の事自分が背負わねばならない。

 やり直した選定の儀によって王位に就く者の汚濁にならないよう、消え去る自分こそが。

 それが国を滅ぼした暗君たる自身が担うべき最後の役割なのだ。

 そこまでの覚悟を秘めているが、セイバーとしても今すぐに非情の選択を取るつもりは無い。

 士郎を初めとして同盟の中では、自分以外に聖杯を欲する者はいないのだ。

 今の立場のままなら切嗣の手記が出鱈目であった場合、当初の約束通りに彼等も聖杯を渡してくれる可能性は高い。

 そして万が一、呪詛の話が真実であったのならば、士郎たちに協力すればいいのだ。

 そうなる為にも、まずは士郎との仲を修復するのが先決だ。

「敵サーヴァントを一体でも討ち取れば、今のシロウでもこちらの話くらいは聞いてくれるでしょう」

 そう一人ごちて、セイバーはアスファルトを蹴った。

 背後から彼女を見つめる鷹の如き目がある事にも気づかずに。 

 

 

 

 

「───受けよ、秘剣・燕返し!」

 異様な構えを解き、石段を踏み割る程の踏み込みから放たれるアサシンの刃。

 複数の風切り音が響いた次の瞬間、アサシンの(まと)う長大な刃圏(じんけん)から脱した陣は思わず膝を付いた。

「ぐ……っ!?」

 肉を断たれる灼熱感に呻きながらも反射的に傷口を手で押さえるが、前かがみに(うずくま)った身体から零れる鮮血は古びた石段に赤い水溜まりを作る。

 油断は無かった。

 むしろ意識はこれ以上ない程に研ぎ澄ましていた。

 にも拘らず、陣は一瞬前に起きたことを説明することができなかった。

 相手が放ったのは、脳天狙いの唐竹のはずだった。

 しかし、頭上へと降ってくる長刀の刃は花弁が花開くように三つに分かれたのだ。

 あまりの事に息を飲む間も無く、三条となった銀閃は獣の顎の如くこの身に襲い掛かって来た。

 幻術でも高速が生み出した残像でもない。

 あの男は全く同じタイミングで唐竹、袈裟斬り、逆胴の三手を放ってきたのだ。

 魔剣。

 人知を超越したアサシンの奥義は、その名を冠するに相応しいものであった。

 陣がその刃の檻から命を落とさずに脱出できたのは、魔剣に先んじて三方向から放たれる『意』を読み取った故に他ならない。

 朧気ながらも事前に相手の技を察知できた刹那の間に、『原罪』と咄嗟の判断で拾い上げた松の枝に内勁を通して盾にする事で、二刀を防ぐことに成功したのだ。

 とはいえ、その程度で凌げるならば魔剣とは言わない。

 二刀を防御した衝撃から背後に跳ぶのが遅れ、三刀目の袈裟斬りは避ける事ができなかった。

「───浅かったか。よもや、我が秘剣までも凌いで見せるとはな。初見であれば、鬼でも首を落とせると自負していたのだが」

 アサシンが放つ驚嘆の声を耳にしながら、陣はゆっくりと地に足を噛ませる。

 先ほどの袈裟斬りは致命こそ避けたものの、その一撃は確実に肉を断ち骨にまで刃を噛ませている。

 臓器に損傷はないが言うまでも無く重傷である。

 常人ならば戦う事はおろか動くこともままならない。

 だが、それだけの深手を受けても陣の闘志は萎える事を知らない。

 ───否。

 その身から立ち昇る闘志は剣気を鬼氣へと変え、勢いを増して燃え上っている。

 その貌に張り付いているのは紛れもなく凶相。

 吊り上がった口角に闇夜に爛爛と光る金の瞳はまさに鬼の笑みだ。

 事実、陣は傷の痛みとは別に背筋を震わせるほどの喜悦を得ていた。

 一手にして三刃、かの大英雄ヘラクレスすら届く事の無かった絶技。

 生身で斯様な技を繰り出す者は中国武術の諸流派に軍隊格闘技など、数多の武と立ち合ってきた陣も見た事がない。

 だがしかし、これこそが英雄なのだろう。

 人類史に名を刻んだ豪傑・達人達。

 それ程の益荒男であれば常識を捻じ曲げて世の理を覆し、絵空事である筈の秘剣にすら到達しても可笑しくは無い。

 ───痛快、まさに痛快無比だ。

 時代を超え、国を超え、そんな武人達と刃を交える。

 剣客として、これ以上の悦楽が他にあろうか?

「カ……カカカカカ……ッ!」 

 堪え切れずに漏れ出た嗤いが、陣の喉笛を震わせる。

 だが、それはもはや人のソレに(あら)ず。

 聞く者すべてを奈落に引き込む化生(けしょう)の声だ。

「……ッ!? 化けの皮が剥がれたかよ、鬼め」

 先ほどまでとは明らかに異なる気配に、小次郎は再び燕返しの構えを取る。

 対する陣が構えるは戴天流・竜牙徹穿。

 剣を持つ右腕を弓に番えた矢の如く引き絞る、戴天流における刺突の型。

 陣はアサシンの構えから次の一手は己が身を刻んだ魔剣である事を察し、向けられた切っ先からアサシンもまた陣の狙いを見抜いている。

 狙うは互いに必殺の一刀。

 睨み合う両雄の発する殺気は彼等の間を舞う木の葉を触れずして微塵に砕き、様子を覗き見ていたキャスターの使い魔を鏖殺する。

 一呼吸、二呼吸。

 虫の蠢く音すら消え去った死合いの間に響くのは、両者が放つ呼気の音のみ。

 アサシンはその身に満ちる魔力を感じ、陣も研ぎ澄ました氣が経絡の全てを勢いよく巡るのを自覚する。

 そうして精神と肉体を最高潮へと引き上げた三度目の呼気。

 鋭く発せられたそれは事態が動く狼煙となった。

 先んじて仕掛けたのは陣。

 練り上げた内勁を駆使した一手に、今度はアサシンが驚愕に目を見開く事となった。

 石段を砕くほどの踏み込みと共に響く爆音。

 次の瞬間、アサシンの視界には舞い上がる粉塵を切り裂いて現れる三人の陣を映し出していた。

「……ッ!? 燕返し!!」

 寸毫(すんごう)の間が命取りとなる事を悟ったアサシンは、止まりそうになる思考を叱咤しながら魔剣を放った。

 胴を薙ぐように振られた長刀の刃は半ばにて三つに分かれ、突進する陣を取り囲む斬撃の檻を形成する。

 英霊であるアサシンにして脅威と言わしめるスピード、先ほどの爆音は陣の突進が音速を超えた証であろう。

 されど、こちらへ突進してくるのならば先ほどのように檻から逃れる事は不可能。

 自身の絶技に(しん)を置き、必勝を期して振るう刃に力を籠めるアサシン。 

 だがしかし、この段において陣はアサシンの予測の上を行った。

 音を置き去りにする速度の身のこなしから放たれる雷霆(らいてい)の如き刺突、それは迫り来る三刀へと襲い掛かった。

 一手目は火花と共に唐竹の太刀を跳ね除け、二手目は袈裟斬りに絡みついてその軌道を逸らす。

 輝線が(きらめ)き、甲高い刃鳴(はな)が響く度に三つに分かれた陣の姿が消えていく。

 そうして迎えた三手目。

 袈裟斬りを捌いた黒い刃が引き戻された時には、アサシンの長刀は陣の胴へと喰らい付かんとしていた。

 超音速の剣、そして曲線を描く斬撃に対して直線で飛ぶ刺突のアドバンテージ。

 この二つを以てしてもアサシンの魔技を制する事は叶わない。

 風を裂いて迫る白刃が陣を両断すると思われたその瞬間、腹の底に響くような振動と共に鉄の咬み合う音が山門に鳴った。

「なっ……ッ!?」

 殺ったと確信できるほどの一手、それが大きく弾かれた事にアサシンの口から驚愕の声が漏れる。

 大きく体勢が崩れる中で視線を巡らせれば、そこには引いた剣を盾のように構えて足を広げて踏ん張る剣鬼の姿があった。

 陣は引き戻した剣を手品師顔負けの器用さで白刃への盾に変えると、同時に中国拳法における(こう)の応用でアサシンの一撃を打ち飛ばしたのだ。

(最後の一手、大きく引いたのはその為であったか……ッ!?)

 妙な得心を得ながらも崩れた体勢を整えようとするアサシン。

 しかし、それは遅きに(いっ)していた。

 馬歩の体勢から大きく前へと踏み込んだ陣が、その一足を震脚としてアサシンの胸へと空いた左掌を打ち込んだのだ。

「――――()ッ!!」

 瞬間、砲塔の発射音を思わせる轟音が辺りに響き、大量の喀血と共にアサシンの身体が崩れ落ちる。

 戴天流内功掌法・黒手裂震破。 

 掌と共に内勁の衝撃を体内に直接打ち込むことで、内臓器官を破壊する浸透勁の一種だ。

 熟練の者ならば、一撃で五臓六腑全てを破裂させることも可能だと言われている。

「が……はっ!? ───成程、見慣れぬ剣筋と思ってはいたが、其方(そなた)は大陸の技の使い手であったか」

 石畳に仰向けとなったアサシンは、自身の血に汚れた口元に小さく笑みを浮かべる。

 陣の与えた一撃は狙い違わずにアサシンの胸の霊核を破壊していた。

 その証拠に命脈を断たれたアサシンの身体は、少しずつ光の粒へと還っていく。

「……アサシン。あんたの魔剣、堪能させてもらった」

 音を超えた反動か、ボロボロに破れたコートをはぎ取りながらアサシンへと手向けの言葉を掛ける陣。

 それを聞いた侍は小さく息をつく。   

「───全てを出し切ったという自覚はある。本来なら悔いは無いと言うべきなのだろうが、負けるというのはこうも口惜しいモノなのだな」 

「再戦の機会なら、近い内に作ってやる。貴様の魔剣、三刀全てを打ち払ってこそ初めて破ったと言える。あの体たらくでは納得いかん」

 不機嫌そうに顔を(しか)めながら呟く陣に、アサシンは少し苦し気ながらもカラカラと笑い声をあげた。

「其方もなかなかの偏屈者よ。───あい分かった。次の立ち合い、楽しみにしておこう。だが、気を付けるがいい。私の剣は何時までも三つとは限らんぞ?」

「望むところだ。その時にまでには俺もさらに腕を上げておこう」

 陣の返答に小さな笑みを返し、風流を知る侍の姿は夜風と共にこの世を去った。

 またしても手傷が消えた事に眉を顰めながらも、刃を交えた強者へと黙祷を捧げる陣。

 死者への弔いも終わり石段を降ろうと踵を返したところで、彼は足を止める。

「何か用か、キャスター?」

 振り返る事無く言葉を放つ陣の後方、山門に紫紺のローブに身を包んだ女の姿があった。

「何か用? 私の神殿に攻め込んでおいて、ふざけているのかしら」

 陣の言葉に不機嫌さを隠そうとしないキャスターは、苛立ちを振り払うかのように手を水平に振り払う。

 すると陣を包囲する形で多種多様な魔法陣が浮かび上がった。

「私の陣地に土足で踏み入った上に門番であるアサシンを倒すなんて、そこまでの真似をして無事に帰れるなどと思ってはいないでしょうね?」

 自身の優位を確信して嘲笑を浮かべるキャスター。

 奇妙な気配ではあるが、相手は人間。

 アサシンを退けた事は驚嘆に値するが、アレとて裏技で呼びだした名も無き亡霊でしかない。

 多少は剣の腕が立つとはいえ、只の人間に後れを取るという事はその程度という事だ。

 剣を振るしかない野蛮の徒には打つ手がないと、眼下の少年を見下す魔女。

 しかし、その笑みは次の瞬間に崩れ去る事となる。

「――――くだらん」

 言葉と共に鳴り響くは甲高い刃の音。

 それが過ぎ去った後、彼を取り囲んでいた術式は全て細切れに寸断されて虚空へと消える。

「は……?」

 その光景を目の当たりにしたキャスターは、ローブの下から覗く形の良い唇をポカンと開く。

 少年の手にする剣からは宝具レベルの神秘を感じる。

 しかし、だからと言って物理干渉をしていない魔術式を斬って捨てるなど、誰が想像するであろうか。

「手品自慢なら他でやれ。俺はそんなモノには興味はないんだ」

 言い捨てて石段を降っていく陣。

 我に返ったキャスターは馬鹿にされた事に頭に血を登らせるが、追撃の魔術を放とうとする手を止める者がいた。

「宗一郎様……」

「――――キャスター、あの男には手を出すな」 

 キャスターのマスターである痩身の男は、感情を感じさせない罅割れた声と共に(かぶり)を振る。

 男、葛木宗一郎には分かっていた。

 あの少年が自身と同じく暗殺道具として生産されたモノである事を。

 そして、自身と違って道具として完成され、さらに修羅の道に踏み込んだ事も。

「宗一郎様、何故です?」

「あれは私と同じ、人を殺害するという事に特化したモノだ。相手にすれば我々も無事ではすまん」

 珍しく多弁で断言する主にして想い人の姿に、キャスターは展開していた術式を消去する。

 冷静さが戻ってくれば、自身の魔術を斬って捨てた少年の得体の知れなさが改めて認識できる。

 成る程、確かにあの少年には無策で挑むのはリスクが高すぎるだろう。

「分かりました。ですが山門を護るアサシンが倒された以上、警備をさらに密にする必要があります」

「――――任せる」

 魔術については門外漢である彼は、キャスターの進言に短く返して母屋の方へと戻っていく。

「まずは警護の竜牙兵とここを通る霊体に反応する設置式の術式かしら。サーヴァント相手に何処まで効果があるかは分からないけど、無いよりはマシよね」

 小さく呟きながら次々と術式を山門に仕込んでいく魔女。

 その手管はまさに大魔術師と言うに相応しい物だった。

   

 石段を降り切った陣は、こちらに向かってくる気配に顔を上げた。

 視線の先にある暗がりから現れたのは、見覚えのある青い少女騎士だ。

「貴様はッ!?」

 血の匂いをさせた少年に警戒を露わにするセイバー。

 だが、陣はそんな彼女を意にも解さずにその横を通り過ぎていく。

「待て!」

 闇に消えて行こうとする少年をセイバーは呼び止める。

 その声に、足を止めた陣は胡乱げな視線を少女に向けた。

「貴様、またサーヴァントと闘ったのか?」

「それがどうした」

「何故だ! 何故、マスターでもない貴様がサーヴァントに刃を向ける!? それも『この世全ての悪』の呪いの所為なのか!?」

「答える必要はない」

 先刻の士郎との確執もあって半ば叫びとなったセイバーの問いを一言に切って捨てる陣。

 だがしかし、セイバーとて『はい、そうですか』と引き下がるワケにはいかない。

「シロウは、貴様の義兄弟は今でもその身を案じているのだぞ!」

「誰だ、それは?」

「……………ッ!?」

 自身の行いで呪いを(こうむ)った彼にせめて家族の想いを伝えようとしたセイバーは、返って来た非情な答えに言葉を詰まらせた。

 当の陣は己の答えに固まってしまったセイバーに不審げな目を向けていたが、すぐに興味を失ったようでそのまま暗がりへと消えていった。 




【悲報】ケリィ、死後もセイバーイジメに余念なし【鞘との絆、ぶった切り】

 この段階で士郎がセイバーが大火災の引き金引いたって聞いたら、信頼関係もクソもないよね。

 あと、異聞での士郎は大火災唯一の生き残りという呪縛が無いのと同じ境遇の陣がいたことで、人間味が増してます。

 だいたい、原作がロボット8、人間2だとすると拙作ではロボット6、人間4くらい。


 

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