剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、異聞9話でござります。

 今回はちょっと迷走気味だったような気がががががが……。

 異聞の関係的に、兄様=えみやん、ホージュン=剣キチ的なアレにしようとしてたのに、剣キチのやってる事のほうが兄様じみている件。

 まあ、この辺はおいおいテコ入れが入るのでOKとしておこう。

 FGO

 水着ネロを狙っての十連。

 来たのはデブ×2、神祖様×1 礼装×7。

 ローマはローマでも、そっちじゃねーよ(涙)!!

 10連ガチャで☆4、5の礼装が来た際の絶望具合は筆舌し難いものがあると筆者は思います。


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(9)』

 窓から差し込む傾き始めた太陽の日差しで、少しだけ温かさを取り戻した道場の中に乾いた音が響き渡る。

 滑るように竹刀の表面を木刀が(はし)り、少女の放った一撃は虚空へと導かれた。

「はあっ!」

 次いで、身に降りかかる脅威を(しの)いだ少年は、低い体勢から大きく右足を踏み込むと共に、渾身の力を込めて手にした木刀を跳ね上げる。

「甘いッ!!」

 しかし、その一撃も少女の身体に喰らい付くことは叶わない。

 右の脇腹へと迫る木刃(もくじん)を力任せに跳ね除けた少女は、反動で大きく一歩退いた少年に向けて大上段から剣戟を放つ。

「シッ!」

 その一撃も打ち上げられた衝撃を足捌きで逃がした少年が振るう木刀によって絡め捕られ、再びあらぬ方向へと()れていく。

 昼過ぎに士郎が目を覚ましてから再び稽古を行うこと数時間、彼はセイバー相手に打ち合いを十数手にまで引き延ばす事に成功していた。

 最初の数回は思い切りの悪さからセイバーに圧倒されていた士郎だったが、手合わせの回数が十を超えた頃からセイバーの太刀筋を捉え始める事に成功し始めたのだ。

 これには当事者であるセイバーはもちろん、観戦していた凛や桜達も驚愕のあまり口を開く事となった。

 無論、士郎が短期間でここまで腕を上げたのは理由がある。

 午前中に行われた稽古の際、彼は木刀を握り締めたまま気を失った。

 救護に当たった凛や桜がいくら引っ張ろうと放そうとしなかったこの木刀。

 驚いたことに、士郎はこの状態でも無意識に憑依経験を続けていたのだ。

 気絶したことで自我と言うべきモノが希薄になった賜物(たまもの)か、木刀に沁みこんだ陣の経験は今までにない程に士郎へと馴染んだ。

 当時の彼は一種のトランス状態、武道で言うところの『無我の境地』に近い形だったのだから、そうなるのも当然と言えよう。

 そうして目を覚ました士郎は、眠っている間に吸収し続けていた経験を形にする為、再びセイバーに挑戦した。

 たかだか数時間のインターバルでしかない以上、肉体的な能力の上昇など無い。

 かつてアーチャーが指摘した通り、彼の乏しい剣の才では憑依経験によって汲み上げた技術の四分の一も十全に使いこなす事は不可能だ。

 では、士郎が得た物は何なのか?

 それは氣功と(ことわり)である。

『刀にしてすでに意。己が想念を滅却し、心魂万感その一刀に託すべし』

 これこそは戴天流剣士が到達すべき『一刀如意』の境地。

 すなわち───

「……身体は剣でできている」

 呟きと共に氣を練り上げる士郎にはセイバーが振るう刀、その全てが先立って放たれる『意』によって捉える事ができる。

 いかに最高のゴーストライナーたる英霊であろうと、何処をどのような攻撃で狙うかが事前に分かっているのなら、人間に対処できない道理はない。

「はあっ!」

 道場の床板に亀裂が奔るほどの踏み込みから、セイバーは手にした得物を袈裟斬りに振り下ろした。

 自身の攻撃を次々と凌がれている事で、セイバーの手加減は徐々にその意味を為さなくなっていた。

 魔力放出によるブーストは無いが振るわれる力はすでに五割に迫り、刃も重さもない竹刀に人を殺めるに足る威が宿りつつある。

 桜と共に観戦していたライダーが、いつでも飛び出せるように腰を上げているのがその証拠だ。

 だがしかし、それだけの力が込められた一撃も、もはや士郎を捉える事は出来ない。

 未だ粗の目立つ技を練り上げた内勁によって補強し、士郎は迫り来る一刀を釣り上げ誘導する事で虚空へと受け流す。

 魔術、剣術共に才が無いと酷評されてきた士郎であるが、こと氣功術に於いては類稀なる天稟(てんぴん)を秘めていた。

 凡庸なる者……否、ある程度の素養がある者でも『一刀如意』の境地に到達する者はいない。

 それどころか、氣を内勁に練り上げる業ですら手が届くのは一握りだ。

 戴天流免許皆伝者である陣という教材、そして憑依経験という反則じみた手段を考慮に入れても、数日でそこまで到達するなど尋常な才ではない。

 そうした士郎の才覚の目覚めをもっとも肌で感じているのは、紛れも無くセイバーであろう。

 急激に上がっていく剣腕もそうだが、セイバーは士郎の繰り出すこの防御方法に戸惑いを隠せなかった。

 彼女達が生きていた時代、ブリテンには合理によって成る武術というものが存在しなかった。

 軍隊や騎士団、武門の家々での違いはあれど、基本的な剣の振るい方は武装した相手を叩き斬る為の戦場剣術。

 速さ、重さに重点を置いた力任せのチャンバラというべき代物だ。

 それ故に自身の一撃を正面から受け止められたり、もしくはより強い力で振り払われることはあっても、士郎が行う様に何の抵抗も無く受け流されるなど初めての経験だった。

 武に携わる者にとって、未知の技を掛けられるというのは大きな恐怖を伴う。

 例え訓練の場であったとて、それは変わる事は無い。

 そういった理由もあり、無意識に手加減を忘れつつあるセイバーの太刀は一合ごとに鋭さを増していく。

 増大する圧力によって、ジリジリと後退を余儀なくされる士郎。

 下段からの斬り上げを受け損ない無防備な姿を(さら)す士郎に、乾坤一擲の一撃を放たんとセイバーは竹刀を振り上げる。

 『ヤバい』と悲鳴を上げる凛。

 惨劇を予測して手で顔を覆う桜。

 そして、飛び出そうと四肢に力を籠めるライダー。

 ギャラリーたちが各々反応を見せた次の瞬間、道場に乾いた打撃音が響き渡った。

 熱された空気を震わせる決着の音の後、耳が痛い程の静寂が辺りを包む。

 誰一人声を上げようとしない中、顔を覆う手を放した桜の目に映ったのは荒い息を吐きながらも仁王立ちしている士郎と、呆然とした表情で尻もちをついているセイバーの姿だった。

「あ……」

「やっと一本取れたぞ、セイバー」

 痣だらけの顔に悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべ、眼前の従者へ手を差し伸べる士郎。

「シロウ……貴方はなにをしたのですか?」

 手を取って引き起こされたセイバーは、困惑の表情を隠そうともせずに士郎へ問いかける。

「あ~、なんて言ったらいいのかな」

「あの時、貴方は完全に無防備でした。あの状況で私より早く剣を放つなど出来ないはずです。それに一撃を食らってから直感が働くなんて……こんなことはあり得ない」

 困惑する士郎に矢継ぎ早に質問を投げかけるセイバー。

 焦りに近い表情を見るに負けたことに納得がいかないのではなく、自身の理解が及ばない技を掛けられたことへの危惧が先立っているのだろう。

「さっきの隙なんだけど、実はこっちがわざと崩したんだ。あれだけ大きな隙を見せれば大振りの一撃が来ると思ったからさ。で、予想通りセイバーが隙を見せたから、打ち上げられた木刀は勢いに任せて背中に廻して背面で逆の手にバトンタッチ。竹刀を上段に振り上げたセイバーの腹部に向けて突きを放ったんだよ」

 『たしか、背車刀って技だったかな?』と頬を掻く士郎。

 自身の行動を読まれた上に誘導までされたと知って、セイバーの頬が羞恥に染まる。

「で……では、直感についてはどうなのですか!?」

「セイバーの直感っていうのがなんなのかは分からないけど、多分俺の剣が『意』よりも疾く振れたからだと思う」

「『意』ですか?」

「人が何か行動を起こそうとする時に生じる意志のことらしい。それを読み取ったり、発生する前に攻撃を放つのが内家拳の極意なんだ。とは言っても、俺も初めてできたんだけどさ」

 どこか気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる士郎。

 そんな彼の発言を聞きとがめた者がいる。

 先ほどまで呆然としていた凛だ。

「ちょっと待って、衛宮君。その内家拳って、中国武術の事よね!?」  

「あ、ああ。そうみたいだな」

 経験ばかりを吸い出した所為で、戴天流についての知識がない士郎はしどろもどろになりながらも答えを返す。

「姉さん、知ってるんですか?」

「ええ」

 桜の言葉に重々しく頷いた凜は、渋面を浮かべながら口を開く。

「内家、外家というのは中国武術の考え方の一つでね。外家というのは主に肉体を、内家は身体の内側を鍛える事を主眼としているの」

「内側と外側、ですか?」

「分かりやすく言うと、外家は筋肉や骨格、後は皮膚なんかを鍛えるの。筋トレはもちろんの事、砂袋を打って拳や掌を鍛える事もこれに当たるわ」

「昔のギリシャで見た拳闘やパンクラチオンの競技者のような鍛え方ですね」

「そう言われれば、テレビとかでやってる普通の格闘家のトレーニングに似てるかも」

 ライダーと桜の感想に凜も一つ頷いて見せる。

「そうね。対する内家の方は呼吸によって体内の経絡を活性化させて、『氣』即ち生命エネルギーを鍛える事に重きを置いているらしいわ」

「一気に胡散臭くなりましたね」

「氣って、大体はゲームやアニメの中に出てくるものだから……」

「まあ、内家の方を極めた人なんて殆どいないらしいから仕方ないわ。ただ、中国武術では氣の存在は信じられているの。だから私が綺礼に習った八極拳を始めとして、その多くは内と外両方を鍛えていくのが普通とされているわ」

「なら、姉さんは氣を使えるんですか?」

「それは無理。本当の意味での氣功術を使える人間なんて、今の世の中には存在しないもの。氣功術の究極は自然と合一して仙人になる事って言われてるくらいだから、神秘の薄れた今の世の中だと居たとしたら封印指定以上にレアな存在よ」

「……そうすると、シロウはそのレアな存在になるんじゃないですか?」

 ライダーの的確なツッコミに、ビシリと固まる元遠坂姉妹。

「そうだわ! 衛宮君、貴方どうやって氣功術なんて覚えたのよ!?」

「先輩の剣術って本当に氣を使ってるんですか?」

「シロウ! 今後の為にも貴方の剣術について、詳しく教えてください!!」

「ちょっと待ってくれ! ちゃんと説明するから、いったん落ち着いてくれ!?」

 凛、桜、セイバーの三人に詰め寄られて思わず後ずさる士郎。

 その姿からは、先ほどまでの凛々しさを微塵も感じられなかった。

 

 

 

 

「なによ、憑依経験って……。ありえないわ、こんなの」

 道場を後にして居間で仕切り直した一同だが、士郎から為された説明に凜は頭を抱える結果となった。 

「なにかおかしいのか?」

「おかしいに決まってるでしょ!? 普通、解析は内部構造くらいしかわからないのよ! 製造工程やら経過年月、果ては使用者の経験なんて読み取れるわけないでしょーが!!」

 首を傾げる士郎に物凄い表情で噛み付く凛。

「そうだったのか。魔術の事は殆どわからないからこれが普通だと思ってたよ」

 その勢いに押されながらも、困った様に苦笑いを浮かべる士郎。

 しかし、その言葉にセイバーを始めとする女性陣は眉を潜める結果となった。

「ちょっと待ってください。シロウ、貴方は切嗣から魔術を受け継いだのではないのですか?」

「それが爺さんは俺が魔術に関わるのは反対だったみたいでさ。何度も必死に頼んで教えてもらえたのが魔術回路の作り方と解析、あとは強化だけだったんだ。だから、他の事は殆ど分からないんだよ」

「それって本当に基礎の基礎じゃない。じゃあ、魔術師としての心得とか常識なんかも教えてもらってないワケ?」

「ああ、爺さんは魔術の事は口にしたがらなかったからな」

「……衛宮君がへっぽこな理由が分かったわ。もし良かったら、私が魔術の事を教えてあげようか?」

「いや、いい。今回の件が済んだら俺は魔術を捨てる」

 何の気負いも無く返された士郎の答えに、凜や桜は目を丸くする。

「いいの? せっかく回路もあるのに」

「いいんだ。俺が魔術を始めたのは切嗣に憧れたからだから。今回の事でそれも薄れたし、魔術に関わるのがどれだけ危険かも分かった。このまま関わり続けて、藤ねえや桜が巻き込まれたら目も当てられないだろ」

「先輩……」

「いや、桜は元々魔術師なんだけど」

 物凄く嬉しそうに頬を染める桜に、呆れて半眼を向ける凛。

 主の恋路に進展が見えた事に、ライダーは見えない位置で親指を立てた。

「そういえば、爺さんに魔術回路の作り方を教えてもらったすぐ後、陣に注意されたっけ。『死ぬからやるなって』」

 思い出話を思い出したかのように手で槌を打つ士郎。

 その内容の物騒さに、他の面々はギョッと件の彼に目を向ける。

「死ぬって……どういうことですか、先輩?」

「その時ってさ、俺は魔術を使う度に回路を作ってたんだよ。どうもそれが間違いだったみたいで───」

「当たり前です! 普通は一回作れば充分で、後は使用する時だけスイッチを入れればいいんですよ!? それを魔術を使う度に作るなんて、自殺行為じゃないですか!?」

「落ち着いてくれ、桜! その時に陣が回路が上手く動くように通してくれたから、今はもうそんなことやってないんだ!!」

 見た事も無いほど激昂する桜に、士郎は慌てて宥めに入る。

 しかし興奮した彼女は士郎に掴みかかるわ、両手でポカポカと叩くわと大暴れである。

「またジンですか。しかしシロウ、貴方は以前に彼は魔術師ではないと言ってませんでしたか?」

 主を宥めようともしないで暢気に首を傾げるライダー。

 そんな彼女に士郎は恨めし気な視線を送っていたが、何とか桜を落ち着かせるとため息と共に口を開く。

「思い出したって言うか、この木刀に憑依経験を掛けて知ったんだ。あいつってさ、トンデモないレベルの内家剣士で氣功使いだったんだよ」

「内家剣士って、さっき姉さんが言っていた?」

「ああ。俺の魔術回路を通してくれたのも、多分あいつが氣功を使って経絡を弄ってくれたからだと思う」

「衛宮陣が氣功術まで使える武術家ですって? そいつって12歳で家出してるのよね? だったら、その木刀はそれ以前に使ってた事に……」

「ああ。たしか10歳の時の物だぞ」

「待ってください、シロウ! では私は10歳の子供の真似をした貴方に後れを取ったという事ですか!?」

「これは……イリヤスフィールの立てた仮説は間違いで、彼は元からサーヴァントに対抗できる力を持っていたという事になりますね」

「どんな化け物よ、それ!?」  

 喧々轟々と騒がしい居間の中、ふと士郎はあるべき顔が見えない事に気が付いた。

「そういえば、イリヤはどこに行ったんだ?」

「なんか用事があるって、東京に行ったわよ。なんでも二日くらいは帰れないんですって」

「泊りがけか。一体どんな用なんだろうな?」

「さあね。まあ、あの娘もアインツベルンの代表なんだし、聖杯戦争に敗退したと言ってもそれなりに忙しいんでしょ」

「けど、イリヤが小さい方の聖杯を持ってるんだろ? 襲われたりしないだろうな」

「大丈夫でしょ、ホムンクルスの護衛も迎えに来てたし」

 どことなく不吉なものを感じて、障子越しの夕日に目を向ける士郎。

 今日もまた、聖杯戦争の夜が訪れつつあった。

 

 

 

 

 冬木の街を夜の帳が包んでから数時間。

 煌々と輝く月の元、聳え立つ新都のビルの屋上に一組の影があった。

 赤いコートを着込み、少し癖のある黒髪を二つに結った少女魔術師、遠坂凛。

 そしてそのサーヴァントである赤い弓兵、アーチャーだ。

 彼等は寒風が通り過ぎる地上数十メートルの高さから、冬木市の様子を探っている。

 常人はもちろん魔術師であっても、ここまで距離が離れてしまっては街の情景などまともに見えはしない。   

 それらを監視しているのは、彼女の従者が誇る鷹を思わせる鈍色の瞳だ。

 パスの繋がりによって感覚を共有する主従が探しているのは、言うまでも無く聖杯戦争のイレギュラーたる衛宮陣だ。

 『この世全ての悪』によって墜とされた凄腕の少年剣士。

 今日はそれに加えて氣功術の使い手であることまで判明した。

 人霊の極致たる英霊に対抗できる個人などというふざけた存在が、野放しになっている現状を凜は好ましく思っていない。

 今までは聖杯戦争関係者、正確に言えば召喚されたサーヴァントのみを襲っていたようだが、その矛先が何時無関係な一般人に向くかなど分かったものではないのだ。

 疑似家族としての情に絆された士郎は助けようと躍起になっているが、凜はそれほど楽観視していない。

 聖杯の力を手にした神霊レベルのナニカに囚われているなど、解決方法は存在しないと思った方がいい。

 それに、今回の情報で彼の少年がサーヴァントと渡り合える理由が『この世全ての悪』の影響でない可能性も浮上した。

 あの時は言及しなかったが、もし一連の行動が洗脳ではなく、彼自身の意思によるものならば……。

 その考えに至ったからこそ、手遅れになる前に衛宮陣を排除するつもりなのだ。

「……いいのかね? 同盟相手に告げずに独断専行。事が成功すれば、小僧は確実に敵に回るぞ」

「そうなれば衛宮君に想いを寄せている桜とも、敵対する事になるでしょうね。なにせ衛宮君が必死に助けようと努力している横で、その対象を手に掛けるんだから」 

「今ならまだ、ぬるま湯のような関係の中に引き返せるが?」

 主の方に視線を向ける事無く進言するアーチャー。

 皮肉交じりのセリフとは裏腹に、その声音は凜の事を憂いている事を感じさせる。

「不要よ。私は遠坂の当主であり、この冬木のセカンド・オーナー。優先すべき事は分かっているし、それの前では妹も友人も心のぜい肉でしかないわ」

『それに、今彼を倒しておけば、それが結果として桜たちを護ることになる』そう続く言葉を飲み込んで、凛は眼下に広がる街の灯を目に納める。

「……そうか。ならば、君の決意を尊重しよう」

「そうして頂戴。───衛宮陣を見つけ次第、ここからの狙撃で仕留めるわよ」

「承知した、マスター」

 アーチャーの返答を最後に言葉を打ち切った遠坂主従は、屋上からの観測場所を次々と変えて街の様子を窺っていく。

 狙撃を本領とするアーチャーの視力が並外れているとはいえ、大都市の部類に入る冬木の中で人ひとりを探すのは骨が折れる。

 それでも諦めずに索敵を続けていた凛達。

 そうして二時間が経過した頃、吹き抜ける寒風に耐えていた彼女たちの努力が報われる時が来る。

「リン、見つけたぞ」

「どこ!?」

 いい加減しびれを切らしそうになっていた凜は、アーチャーの囁きを聞くとすぐに魔力温存の為に切っていた感覚共有を再開する。

「ここから3kmほど先にある公園だ。見えるか?」 

 アーチャーの誘導によって猛禽さながらの視界を探っていくと、人影がまったく無い公園のベンチに座ってパンに齧りついている陣の姿が見えた。

「ええ。でもあそこって、10年前の火災が原因で瘴気が絶えない場所だったはずよ」

「あの男は『この世全ての悪』に汚染されているらしいからな。ああいった環境の方が落ち着くのだろう」

「なるほど。ああやって瘴気の中で平然としていられる事が、傀儡の証拠ってワケね」

「さて、観察はもういいのではないか?」

「そうね。───やってちょうだい、アーチャー」

 凜の指示に頷いたアーチャーは、その手に黒塗りの大弓を出現させる。

 そして陣のいる方向に弓を構えると、弦を引く手に現れるのはドリルを思わせる刀身を持った奇妙な剣だ。

我が骨子は捻じれ狂う(I am the bone of my sword)

 口の中で転がすように呪文を紡ぐと弦に掛けられた螺旋剣は変形し、剣を象った矢へと姿を変える。

「───偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 真名の開放と共に引き絞った弦を離すと、瞬間的に音に迫る速度まで加速した螺旋の矢は周囲の空間をねじ切りながら陣のいる公園へと迫る。

 着弾までの予想時間は数秒。

 直撃すれば人間の身体など原形を留めることはできず、生半可な防御では防ぐことは不可能。

 よしんば回避されたとしても、壊れた幻想で爆破すれば生身の人間では致命傷は避けられない。

 完璧な狙撃にして完全な奇襲。

 如何に剣の腕が立とうとも、この状況ではどうすることもできない。

 ───そのはずだった。

 必勝を期した矢が彼我を隔てる距離の半分を走破すると同時に、ベンチに腰を掛けていた陣は立ち上がると傍らに立てかけていたギターケースから得物を抜き出した。

 そうしておもむろに剣を一振りすると雲霞秒々に構え、その切っ先を凜達に向けたのだ。

「嘘っ! 気づかれた!?」

「馬鹿な……ッ!?」

 凛は叫びを上げ、アーチャーの口からも思わず驚嘆の声が漏れる。 

 彼我の間には3kmもの距離がある。

 ここまで離れてしまえば余程直感の高いサーヴァントでもない限り、狙撃に気づく事など出来はしないはずなのだ。

 アーチャーと凜の心情を他所に、螺旋の矢は渦巻く大気によって周辺のモノを巻き上げながら陣へと迫る。

 そうして訪れる着弾の刻。

 陣の身体を食い千切らんと襲い掛かった矢は、彼の剣が輝線を描くと甲高い金音を上げて大気ごと真っ二つに両断された。

 目標であった少年を中心に左右に分かれた矢であったものは、地面に落ちるよりも早く己が身を維持することができずに魔力へと還る。

 音速で飛来する矢、それも極上の神秘たる宝具の真名解放を剣で両断するという、何かの冗談としか思えない荒業を目の当たりにした事で唖然となる遠坂主従。

 彼等は知る由も無いが、陣が生き抜いた前世の上海では狙撃は10km以上離れる事が基本とされていた。

 最新鋭の科学によって生み出された各種高感度センサーを複数頭蓋に埋め込んだサイボーグスナイパーの視界は、英霊のそれを容易く上回る。

 通常の視界に加え温度や空気の揺らぎまで視認する彼等がニューロン神経節で繋がった狙撃銃を手にすれば、それだけの距離でも針の穴を通す射撃が可能なのだ。

 それ故に、陣は生き抜くためには彼等の放つ『意』を先読みする事を余儀なくされた。

 自身の同胞や監督役であった幇のサイバネ武術家の脳漿が降り注ぐ中、死に物狂いで研ぎ澄ました彼の感覚は狙撃に限定すれば20kmを感知する。

 つまり、アーチャー達の奇襲は矢を放とうとした瞬間には、すでに察知されていたという事である。

 思考が停止するのも刹那のこと、奇襲が失敗に終わった事実に渋面を浮かべるアーチャー。

 その猛禽の如き視界の先、彼は魔剣を携えた少年の汚金の瞳がこちらを見据えている事に気が付いた。

「奴め、我々の位置に気づいたか!」

「なんですって!?」

 アーチャーの言葉に半ば悲鳴じみた声をあげる凜。

 距離の利を取ろうとフルンディングを矢に変えた紅い射手は、弓を引き絞ろうとして目を見開いた。

 なんと公園にいたはずの目標の姿が、まるで煙のように消え去ってしまったのだ。

「クッ……どういうことだ」

 次々と起こる不可解な事象に、アーチャーの奥歯が軋みを上げる。

 脳裏には文句や悪態は腐るほど湧き出てくるが、今はそんなモノに構っている場合ではない。

「撤退するぞ、リン!」

「わかったわ! お願い、アーチャー!!」

 リンの言葉に頷くと、彼女の身体を抱きあげてアーチャーは虚空へと躍り出る。

 相手はヘラクレスを正面からねじ伏せるほどの近接戦闘のエキスパートだ。

 アーチャーとて、好んで相手の土俵で戦おうとは思わない。

 冬の凍るような空気を切り裂いて、アーチャーは夜闇を翔る。

 一足でビルからビルへと飛び移る彼等が目指すのは衛宮邸だ。

 あの魔人もサーヴァント三騎を相手にするとなれば、無暗に攻め込むことは無いと踏んでのことであった。

 しかし、同時にアーチャーの中ではある直観も警鐘を鳴らしていた。

 凛を抱えて全力で移動すること数分、深山町に差し掛かり衛宮邸まで数分と言うところでアーチャーは足を止めた。

「ここまで来れば大丈夫よね」

 アーチャーのスピードと陣の姿が見えない事から振り切ったと判断したのか、凛は地に足を付けて安堵の息を吐く。

 それに対するアーチャーの表情は硬い。

 たしかに姿は見えない。

 気配すら感じない。

 しかし、多くの修羅場を潜り抜けてきた直感が騒ぐのに加えて、彼には衛宮陣が追ってきているという確信があった。

 『サーヴァントの気配は、その存在の大きさからよく目立つ』

 朝に聞いた衛宮士郎の発言が事実ならば、件の少年がこちらを見失うはずがないのだから。

「リン、君はこのまま衛宮邸に向かってくれ」

「え……貴方は?」

「念のため、ここで周囲を警戒する。奴が追いついてくる危険性もあるからな」

「……ッ、わかったわ。ライダーとセイバーを呼んでくるから、もしあいつが来ても無理はしないで」

「了解した。ところで」

 悲壮な表情を浮かべる凛に背を向けたアーチャーは、闇に包まれた街道を睨みつけながら言葉を紡ぐ。

「別に、奴を倒してしまっても構わんのだろう?」

 アーチャーの強気な発言に凛は虚を突かれたように呆けた顔をするが、すぐにそれは不敵な笑みへと変わる。

「そうね。チャンスがあるなら遠慮なくやっちゃって」

「了解した」

 遠ざかっていく凛の足音を耳にしながら、街道を包む闇を睨むアーチャー。

 その視界に脇に映る街灯の光の中に、なんの前触れもなく黒ずくめの少年は現われた。

「……ッ!? やはり、来たか」

 近づいてくる予兆すら感じさせない、まるで自身の認識の隙間を縫う様にして姿を見せた陣に、アーチャーは両の手に干将と莫耶を投影する。

「なかなか面白い真似をしてくれたな、アーチャー。狙撃を受けたのは随分と久しぶりだった」

「ほう、まるで以前にもされたかのような口ぶりだな」

「これでも経験豊富な身でな」

 事もなげに答える陣に、アーチャーの視線はさらに鋭さを増す。

 この日本において、狙撃を受けるなど通常ではありえない。

 ならば、眼前の少年はどういう形でそれを体験する事となったのか?

 空白の五年間か、それともそれ以前からか。

「遠距離主体の弓兵など後回しにするつもりだったが……気が変わった。───ここで死んでもらうぞ、アーチャー」

 手に下げていた漆黒の剣、その切っ先を紅い弓兵へ向ける陣。

「随分と捻りの無い文句だが、こちらも『はい、そうですか』と討たれる訳にはいかんな」

 それに対して、アーチャーもまた白黒二対の中華刀を手に自然体を取る。

 イレギュラーの魔剣士と抑止の執行者。

 今宵倒れるのは、はたしてどちらか?   

 

      




 本日の議題『チートとは?』

 剣キチ『16年地獄みたいな環境で必死に生き延びて、それに+10年の修行で英霊と闘えるようになりました』

 えみやん『憑依経験を使って、2日で『一刀如意』の域にまで行けました。氣功術も使えるようになったっす』

 ……憑依経験、パネェ。


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