アーチャー、君はなんて動かしにくいんだ……。
戦闘描写から何まで、難産の連続でした。
おかげで、決着までたどり着けんし……。
はい、次はガンバリマス。
冬木市深山町。
高層ビルや店舗が主体の新都とは違い、日本家屋が建ち並ぶ古都である。
そんな住宅街に似つかわしくない金属が噛み合う音が響き渡る。
剣を振るうは、赤き弓兵と黒い剣士。
抑止の守護者たるアーチャー・エミヤと、聖杯戦争に孤剣一振りで戦いを挑む衛宮陣である。
戦況の優劣の針は、やはりと言うべきか陣へと傾いていた。
それを表すかのように、軽やかながら鋭い踏み込みから放たれる剣閃を捌く赤い弓兵の顔には深い渋面が刻まれている。
陣の剣をやり過ごし、カウンター狙いで斬撃を返すアーチャー。
しかし、彼の振るう二刀は街灯の反射によって描かれる切っ先の輝線によって大きく
そうして6手目の干将による一撃を跳ね上げ、返す刀で振るわれる陣の一撃。
胴を薙ぐような軌跡を描くそれは、進路を塞ごうとしていた白の中華刀を弾き飛ばすと、すぐさま胸を狙った刺突へと変わる。
流れるような動きで放たれた二撃目を、アーチャーは咄嗟に身を捻る事で回避する。
半ば崩れた体勢で後方へ飛んだ彼は、着地と同時に右手の
仕切り直しと踏んだ陣もまた雲霞秒々の構えを取る中、睨みあう両者の間には周りを凍てつかせるような緊張感が漂う。
切っ先をピタリと自身に向ける陣を油断なく見据えながら、アーチャーは鉄壁を思わせる防御をあえて少しづつ崩していく。
癖や疲労による無意識の行動のように、莫耶を持つ腕をゆっくりと下げていく。
無論、これは罠だ。
ブ厚い二刀流の防御圏の中に一つだけ空いた亀裂。
偶然を装ってぶら下げたエサに相手を食い付かせる事で、その行動を制御し予測する為の言わばサル廻しの首輪である。
弓兵の意図に沿って脇腹に当たる部分に明確な隙ができると、同時に陣が地を蹴った。
震脚と共に放たれた刃は狙い違わずに用意された隙への軌跡を奔らせ、同時にアーチャーは降ろしていた腕を跳ね上げる。
相手の剣を莫耶の峰で弾き、相手の体勢が崩れたところで干将を叩き込む。
それが罠を仕掛けた狩人の想定する未来。
だがしかし、その予想は大きく覆されることになる。
途中まで脇腹への軌道を描いていた黒い剣閃が、残り数センチといったところで跳ね上がったのだ。
魔剣が刎ねんとするのは、罠を仕掛けた小癪な狩人の素首。
「チィッ!」
咄嗟に干将を掲げるも漆黒の剣閃はその刀身に喰らい付き、火花と共に半ばから両断された。
しかし投影された贋作と言っても、両断されたとはいえ伝説に謳われた名剣である。
その身を犠牲に一刀の勢いを削いだおかげで、その主は皮一枚で死神の鎌から逃れる事ができた。
命拾いした事に息を付く間もなく、相手にペースを譲るまいと白刃を振るうアーチャー。
しかし崩れた体勢による腰の入り切らない一撃など、眼前の剣士に通用するはずがない。
翻る黒曜の輝線は容易く純白の刀身を絡め捕り、瞬く間も無くその一撃を虚空へと誘う。
そして、操剣の勢いのままにその身が回転すると、はためくコートがすぐ眼前を
……そう見えた刹那、アーチャーは頭部を襲う強烈な衝撃にのけぞった。
コートの
長衣の裾で相手の視界を奪うと同時に放つ、電光石火の後ろ回し蹴り。
戴天流剣法が『臥龍尾』
本来なら剣術に交えて使う隠し技である。
踵から伝わる感触は、今の一撃がコメカミを捉えた事を陣に伝える。
しかし、アーチャーも英霊である。
いかに急所を直撃したとはいえ、ただの打撃で打倒する事は叶わない。
二、三度ほどたたらを踏みながらも、赤い弓兵はおぼつかない足取りでアスファルトを蹴る。
英霊の脚力を駆使して大きく間合いを広げた彼は、刃を交えてから何本目かになる干将を生み出しながら荒くなった息を付いた。
(
アーチャーにとって、眼前の少年は殊更にやりずらい相手であった。
本人も明言していた事だが、エミヤシロウには剣才は無い。
しかし、彼は『全てを救う正義の味方』という理想を追い求めるにあたって、自身の非才を埋めるべく血の
一刀よりも手数に優れた二刀流を選び、取り回しが良く防御に優れた短刀と長剣の中間の刃渡りを持つ中華刀を用いる。
それらによる防御を主眼に置いた構えを基本としながらも、
そうする事によって、後手を選びながらも優位に立つのだ。
凡才である彼が格上を相手に渡り合う為に編み出した、まさに
しかし、目の前の少年にはそれが通用しない。
互いに防御主体の返し手狙いである事もそうだが、カウンターを成立させる為に不可欠な相手の動きを読む力は相手の方が数段上を行く。
剣腕にあっても、習得に至るのは万人に一人と言われる内家拳を十代で免許皆伝を受けた事がある陣に適う道理は無く、動きを制限しようと隙を作ったところで意図を読まれたかのように別の場所を狙ってくる。
とはいえ、アーチャーの顔には渋面は浮かべども絶望の色は無い。
陣がバーサーカーを降したという事実を知った時点で、接近戦で相手の方に分があるのは分かっていた。
しかし、彼にとって剣術など数ある手札の内の一つでしかない。
接近戦で劣るのならば、自身が優位に立てる戦場へと舞台を移ればいいのだ。
深呼吸一つで動揺を治めると、アーチャーは手にした干将・莫耶を陣に投げつける。
弧を描き左右から襲い来る陰陽一対の剣、それを牽制として彼はアスファルトを蹴った。
サーヴァントの脚力を活かして三階建ての建物と同程度の高さまで上昇した彼は、空中で黒塗りの弓を投影すると逆手に呼び出した真紅の刀身を持つ矢剣を
「
放った陰陽剣が弾かれるのを見ながら、引き絞った弦から射掛けた矢は三つ。
それ等は宙を奔りながら真紅の魔弾となり、陣へと襲い掛かる。
頭上、左下、右上と三つの軌道に分かれて獲物に牙を向く動きは、まさに猟犬のそれだ。
陣はアーチャーから迫り来る魔弾へと視線を移すと、着弾までのタイミングの僅かなズレを利用して初弾を
甲高い金属音と共に二発は弾き飛ばされ、獲物を見失った残りの一つは後方へと流れていく。
されど、
魔弾達は空中で体勢を立て直すと、再び風を巻いて陣へと踊り掛かったのだ。
「自動追尾か、懐かしいな……」
口元を吊り上げながら、滑るような歩法で次々に襲い来る魔弾を躱していく陣。
その様子を視界に収めながら、アーチャーは再びその手に一対の中華刀を投影する。
「
そして、力ある言葉を紡ぎながら赤い弓兵は干将・莫耶の双方を放つ。
「
反りを活かしてブーメランのように回転し、左右から挟み込むように陣へ迫る中華刀。
「
宙へと飛んだアーチャーは放った中華刀の着弾に合わせるように、陣の頭上から新たに作り上げた干将・莫耶を振り下ろす。
「……ふん」
赤原猟犬と干将・莫耶、宝具二種類の使用による六方向同時攻撃。
アーチャー・エミヤの持つカードの中でも必殺の一手と呼べる代物だ。
だがしかし、彼の眼前に立つ剣士も並の者ではない。
振り返る事も無く背後から迫る魔弾を剣の束で弾くと、陣は足首の動きだけで数メートルの距離を飛びずさる。
これによって中華刀とアーチャーの一撃、そして正面と下方から迫っていた魔弾は全て空を切る事となった。
「
だが、アーチャーの奥義は未だ終わりではない。
三度魔弾は陣を追撃し、先ほど標的を逃した中華刀も互いの刃を咬み合わせた反動を推力として目標へと迫る。
再び後方へと距離を取ろうとした陣は、背後から迫る空を切る音に踏み切ろうとした足を止めた。
夜気を切り裂いて迫るのは、アーチャーが魔弾を放つための牽制に用いた最初の陰陽剣であった。
陽剣・干将と陰剣・莫耶。
夫婦剣と呼ばれるこの一対の中華刀は、磁石のように互いを引き合う性質を持つ。
アーチャーは投影とその性質を利用して、再び斬撃の檻を作り上げたのだ。
これこそが『鶴翼三連』
『正義の味方』を追い求めた男が独自に磨き上げた数少ない奥義である。
「
こうして王手というべき状況を作り上げた男は、過剰な魔力を注ぎ込まれた事で刃が羽のように肥大化した干将・莫耶を手に突撃する。
亜音速の踏み込みから放たれる渾身の十字斬撃。
余波だけでアスファルトに大きな爪痕を残したその一刀は、魔剣士の影に触れる事すらできなかった。
呆然と前を見るアーチャーの背後に、音も無くシェブの体勢で着地する陣。
それに遅れて魔弾であった真紅の矢剣と二組の夫婦剣が、刀身を両断された無残な姿で地面を叩いては魔力へと還る。
「オールレンジ攻撃を試みたにしては武装の連携が悪いな。脳波コントロールかなにかは知らんが、狙うならもう少し動きや配置を見直すべきだ」
構えを解き刀身を肩に預けて、何事も無いかのように言い放つ陣。
アーチャーは振り返りながらも、先ほどの少年の動きに戦慄を覚えていた。
先の一手、陣には逃れる術など無い筈であった。
だが、この少年はアーチャーの及びもつかない方法で窮地を脱して見せた。
陣は垂直に跳躍すると、振り向きざまの一刀で背後から迫っていた莫耶を両断した。
断たれて宙を舞う柄の上に手を置くと、まるでそこを足場にするかのように片腕一つの力でさらに跳ね上がり、その過程で干将を一閃。
さらに空中で体勢を整えると干将の刀身を蹴って跳躍した陣は、アーチャーの頭上を跳び越えながら放った六条の剣閃で、自身を狙う武具を全て斬り落としたのだ。
その動きや剣の冴え、そして判断能力はアーチャーにして絶技と評するしかないモノだった。
「知りたいか? 何故、貴様の攻撃が当たらないのかを」
唐突に口を開いた陣の問いに、アーチャーは思わず首を縦に振った。
「刀も矢も、貴様が俺に放とうと思った時点で、その一撃はすでに放たれている」
「……なに?」
「分からんか? いかに英霊であろうと、貴様等の攻撃は『意』よりも遅い。振るう剣、番えた矢、そのすべてに先んじて『意』は放たれ、攻撃はその後に飛んでくる。俺はそれらを払い除ければ済むだけの事。欠伸が出るほど簡単だ」
そこまで聞いたアーチャーの背を冷たい汗が流れた。
頭に浮かぶのは、昼に行われた衛宮士郎とセイバーの修行風景。
その際、あの小僧は言っていたではないか。
『意とは、人が何か行動を起こそうとする際に生じる意志』であると。
「遊びは終わりだ、アーチャー。貴様等英霊の奥の手、宝具とやらを見せてみろ」
顔色を失ったアーチャーを前に、三度雲霞秒々の構えを取る陣。
その姿に赤い弓兵は宝具を切る事を決意する。
『リン、宝具を使うぞ』
『え! アンタ、記憶喪失じゃなかったの!?』
『それは後で説明する! 衛宮陣は我々が思っている以上に危険な男だ。ここでねじ伏せなければ、取り返しのつかない事になる!!』
突然の念話に驚きの声を上げる凜。
しかし、アーチャーの切迫した声にただ事ではないと悟った彼女は、即座に肚を決める。
『いいわ。ただし、絶対に勝つ事! あと、戻ってきたらアンタの事はちゃんと聞かせてもらうからね!!』
『了解した、マスター』
主の激励へ返礼を返して念話を打ち切り、アーチャーは陣に動く気配がない事を確認すると目を閉じる。、
「
彼の口から紡がれるのは、自己暗示と同時に己の起源を表す
「
集中しパスを通して廻ってくる魔力を体内で循環させながら、アーチャーは凜の事に想いを馳せる。
「
『
さらに干将・莫耶や
このうえ、自身が持つ真の宝具を真名開放すれば、凜に掛かる負担はさらに巨大となるだろう。
「
だとしても、アーチャーはこれ以外に衛宮陣を倒す術はないと確信していた。
「
昼間の衛宮士郎と彼の言が真実だとすれば、目の前の少年の読みはセイバーの直感をも超えた読心術レベルという事になる。
これに宝具すら断ち切る剣の冴えが加われば、接近戦主体であるセイバーやライダーでは勝つことが難しいだろう。
「
だからこそ、自身の宝具が必要となるのだ。
例えこちらの狙いを読まれようとも、物量で圧し潰すことの出来る宝具が。
「
鋼の決意を込めて、最後の一節と共に右腕を振り払うアーチャー。
同時に炎が地面を奔り、閃光と共に世界は一変する。
雲に覆われた
宙には巨大な歯車が回り、世界には鉄を鍛える
視界一面に広がる荒野には無限を思わせる剣が墓標のように突き立ち、その中心にこの世界の主たるアーチャーが仁王立ちしている。
「……驚いたな。さすがは人類史に名を連ねる英霊といったところか」
魔法に最も近いと言われる魔術の最奥『固有結界』
術者の心象風景で現実を塗りつぶし、世界を変革するという奇跡さながらの光景を目の当たりにしても陣の顔に動揺は無い。
「───衛宮陣。これより貴様が挑むのは無限の剣、剣戟の極致……」
言葉と共に傍らに突き立つ剣を手にするアーチャー。
その鈍色の瞳には不退転の覚悟が光を放っている。
対する陣もまた、楽しげに口角を吊り上げながら魔剣を構える。
「恐れずにして掛かって来いッ!!」
「おぉッ!!」
乱立する剣の間を縫うようにして走る陣と、宙に浮いた無数の剣を背にそれを迎え撃つアーチャー。
射出された剣の群と振るわれる魔剣が、錬鉄の世界に一際大きな刃音を立てた。
◇
時を同じくして、アーチャーの意見を汲んで戦場を離れた凜は、ようやく衛宮邸の前に到着することができた。
道中、無遠慮に魔力を吸い上げていくアーチャーの所為で少し足元がおぼつかなくなったこともあったが、事情が事情であるし無事に目的地へたどり着いたのだからと、大目に見ることにした。
入り口の引き戸や窓から明かりが漏れているところを見ると、幸いな事に家人はまだ床に付いていないようだ。
桜のように合鍵は支給されていないので呼び鈴を押すと、少しの間を置いて入り口の扉が開いた。
中から顔を出したのは士郎とセイバー。
士郎の身に纏っているのが紺色の
「どうしたんだ、遠坂。夜の見回りはもう終わりか?」
「それどころじゃないのよ! 桜とライダーは!?」
「私達より一足早く床に付いたようですが……」
「じゃあ、すぐに起こして!!」
「落ち着け、遠坂! 何があったのか説明してくれないと、俺達も動きづらい」
「見回りの途中で衛宮陣に見つかって追いかけられたの! それで今アーチャーが足止めしてるのよ! だから、速く助けに行かないと!!」
「……ッ!? わかった!」
慌てて家の中へと飛び込む士郎。
バタバタと家の中から響くせわしない音を聞きながら待つことしばし。
ライダーにピンクのパジャマに同色のカーディガンを羽織った桜、そして作務衣の上からいつものジャンパーを着た士郎が木刀片手に戻って来た。
「悪い、待たせた!」
「姉さん、アーチャーさんは!?」
「案内するわ! ついて来て!!」
言うや否や玄関を飛び出した凜を追って、士郎を先頭に駆けだす一行。
そうして数分ほど走り続けると、深山町の住宅街だったはずの風景が一変する。
夜の帳が落ちる日の赤光に。
新旧の家が立ち並ぶ街並みが、宙で歯車が回る奇妙な空間に。
そして舗装された道路が無数の剣が突き立つ荒野に。
「これって……もしかして、固有結界なの?」
眼前に広がる常軌を逸した光景に唖然と呟く凛。
その隣に立っていた士郎は、言葉を発する余裕も無いままに目の前に広がる光景を焦点の合わない目で見つめている。
「シロウ、どうしたのですか?」
自身の主の異常に気付いたセイバーが声をかけるも、士郎は答える事無くフラフラと異界の中に足を踏み入れていく。
「先輩、しっかりしてください!!」
明らかに異常な状態を見かねた桜が肩を掴んで呼びかけると、
「…………さくら?」
「そうです! 大丈夫ですか、先輩」
「ああ。すまん、心配かけた」
自身を
「シロウ、どうしたのですか? 突然、心ここに在らずといった風になって」
「……すまん。なんでかわからないけど、解析の魔術が暴走したみたいだ。それで頭がいっぱいになってた……」
苦笑いを浮かべながら頭を下げる士郎にセイバーはどこか違和感を感じたが、それが何かまでは分からないので言及するのは避けた。
奇妙な環境と士郎に現れた異常によって一行の中に妙な空気が流れ始めるが、それも奥から響く爆発と剣戟の音によって一気に霧散する。
「アイツら、まだこの奥で戦ってるのね。いきましょう!」
凜を先頭に剣の荒野を駆けていく一行は、その中心で起こっている光景を目の当たりにした瞬間、思わず立ち止まってしまった。
そこは孤剣と無限の剣が争う戦場だった。
アーチャーの合図によって周囲に乱立する剣は浮き上がり、次々に陣へ向けて殺到する。
ある物は再び荒野に切っ先を突き立て、またある物はミサイルの如く着弾と同時に爆発し周囲のモノを薙ぎ払う。
そんな空爆さながらの環境においても、陣は生きていた。
自身へ放たれた剣を切り裂き、撃ち落し、向かい来る爆炎を一刀のもとに斬り開く。
今や、彼が手にしているのは孤剣ではなかった。
右手にはいつものドス黒く染まった『原罪』
そして、左手には冷たい光を刃に宿した太刀が握られている。
「童子切安綱……」
知らぬ間に発動した解析によって、士郎は陣が握る剣が何であるかを理解する。
平安の世、源頼光が大江山に住む鬼の首魁である酒呑童子の首を落としたと言われる名刀。
アーチャーの投影による贋作と言えど、宿した威が霞むわけではない。
内勁が籠った鬼殺しの刃は、その身が煌めく度に立ちはだかる剣群や業火を切り裂いていく。
「……ッ!? 何やってんだ! 呆けてる場合じゃないだろ!!」
憑依経験で見たかつての姿よりも数段キレの増した陣の動きに目を奪われていた士郎は、ふと我に返ると陣の方へ駆けだそうとする。
しかし、それより速くその肩を掴む者がいた。
彼のサーヴァントたるセイバーだ。
「どこに行こうというのですか、シロウ!」
「決まってるだろ、陣を止めるんだよ! あのままじゃあいつが死んじまう!!」
「無茶を言わないでください! あんな場所に行っては、ジンを止める前に貴方の命がありません!!」
「だったら……! 遠坂、アーチャーの攻撃を止めてくれ! あの爆撃が邪魔で陣を説得できない!!」
「馬鹿言わないで! 今、攻撃を止めたらアーチャーの命が危険なのよ! それよりも、アイツを援護する方法を考えて!!」
「ふざけるな! お前、陣を殺す気かよ!?」
「……そうよ。この街のセカンド・オーナーとして、聖杯戦争の参加者として、あの男を野放しには出来ない」
「遠坂ッ!!」
「勘違いしないでね、衛宮君。これは資格も無いのに聖杯戦争に首を突っ込んだ彼が招いた事よ。聖杯の汚染という可能性もあるんだから、この判断は魔術師としては当然の事だわ」
響く爆音に負けない程の声量で怒鳴る士郎の言を、凛は一考もせずに切り捨てた。
湯水のようにこちらの魔力を吸い上げながらも厳しい表情を崩さないアーチャーを見れば、説得の為に攻撃を収める余裕がないのは手に取るようにわかる。
なにより、自分が彼等を呼びに行ったのはアーチャーを助けるためだ。
士郎の提案を飲んだ結果、アーチャーを討たれたとあっては本末転倒ではないか。
「セイバー、ライダー。ここからアーチャーの援護は可能かしら?」
「申し訳ありませんが、桜の許可が無ければ私は参戦するワケにはいきません」
「…………私もです、リン」
「衛宮君、桜……ッ!?」
セイバー達からの返答に怒気の籠った視線を士郎達に向ける凛。
桜を背後に庇いながら、士郎は普段なら自分の意思など容易くねじ伏せるそれを睨み返す。
「遠坂。俺が聖杯戦争に参加するのはこの街を護る為。そして、陣を連れ戻す為だ。だから、あいつを殺すことに手を貸すなんてできない。絶対にだ」
「ごめんなさい、姉さん。私も先輩に協力すると決めました。だから───」
二人からの拒絶の意思を受けて、凜は内心頭を抱えた。
何のためにこの二人はついて来たのだろうか? という愚痴が口をつきそうになるが、何とか我慢して飲み下す。
凜とて、二人の言い分が分からないワケではない。
と言うか、着いたタイミングが悪すぎた。
あの時、明確な形でアーチャーが窮地に追い込まれているのであれば、二人も協力を惜しまなかっただろう。
しかし、現実は数分前から今までの間、自身のサーヴァントが変わらず陣を圧倒しているようにしか見えない。
これでは他の二騎に援護を求めても、彼に止めを刺そうとしてるとしか取られない。
正直な話、こちらだって余裕はないのだが、それを口にしたところで信じてくれるとは思えない。
あとはうっかりと言うか何というか、怒れる士郎に魔術師としての顔を見せたのも悪手だった。
彼が魔術師としての心構えを受けていないと、昼間に聞いたばかりなのに……。
(これは令呪による撤退も視野に入れる必要があるわね……)
痛恨ともいえるミスに内心悶絶しながらも、凛は冷徹な魔術師の仮面を着けたまま戦場に視線を戻すのだった。
戴天流というか、内家拳の最大のチートは、『意』を読む事だと思います。
ぶっちゃけ『鬼哭街』でも、兄様に攻撃当てたの同門の覇軍だけだし。
他流派だとヒットさせる最低条件が『無念無想』とか……ハードル高すぎですよ、奥さん!