剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 久々の暗黒剣キチです。

 昨今のなかなかにデンジャーなスランプっぷりに、私も頭を悩ませる日々にござります。

 とはいえ、拙い作品なりに継続し続ける所存でありますので、よければ見捨てないでいただけると幸いでございます。

 余談

 ギル祭&京まふガチャ結果

 今回こそはと柳生のじっ様をねらったのですが、40回回してきたのが横領秘書のドルセントと太陽王。

 太陽王、来てくれてありがたいのだがタイミングが悪い。

 初代様スキルマの為に鎖を使い切ってしまってるから、第二再臨もできないよ!?

 今月のログイン素材で鎖が来たときは、割とガチで運命というモノを信じそうになりました。


  異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(12)』

 陣がアーチャーを破った夜が終わり、太陽が再び天へと姿を見せた頃。

 

 肌を刺すような冷たい空気と(ほの)かな朝日の温かさを感じながら、セイバーは自分に割り当てられた部屋にいた。

 

 真っ直ぐに背筋を伸ばした正座の体勢で目を閉じ、彼女は今回の聖杯戦争の事を思い返す。

 

 昨夜、陣が生み出したシャドウサーヴァントの存在はあまりにも衝撃的だった。

 

 聖杯の記録と呪詛の汚泥によって作り出された(かつ)ての好敵手は、聖杯が『この世全ての悪(アンリ・マユ)』に犯されているという何よりの証拠だったからである。

 

 あの影が放つ禍々しさからすれば、聖杯が願望器として正常に動くと思うのは能天気に過ぎるだろう。

 

 彼女が臨んだ今回の現界はまったくの徒労だったというワケだ。

 

 昨夜マスターや同盟者の前では平静を保っていたセイバーだったが、部屋に戻ると声を殺して泣いた。

 

 前回は聖杯を目前にしてのマスターの裏切りにより逃してしまった事もあり、引き戻されたカムランの丘の光景に今度こそはと気合を入れていたのに……。

 

 その結果がこれでは、まるで道化ではないか。

 

 そうして出せない慟哭の分も涙で補うこと数刻、涙が枯れ果てた頃には彼女の中である程度の心の整理は付いていた。

 

 今回の聖杯戦争はもはや諦める他ない。

 

 ならば、何時までも固執し続けるのは愚かというモノだ。

 

 ブリテンの終わりに交わした世界との契約がある限り、聖杯を手にするまでチャレンジ権が尽きることはないのだから『次』に意識を向けるべきであろう。

 

 さて、そうして聖杯への執着を捨て去ってみると、次に目が行くのは今までの自身の言動だ。

 

 正直に打ち明けるなら、今回の参戦において彼女はマスターを信用する気は無かった。

 

 前回のマスターである衛宮切嗣。

 

 彼によるコミュニケーションの断絶と最後の裏切りは、セイバーの心にマスターという存在への不信を根深く植え付ける結果となった。

 

 その猜疑(さいぎ)心は己のマスターを担う魔術師に不審な点があれば、令呪を使われる前に意識を奪って魔力タンクとして使う事も考慮に入れる程だった。

 

 残酷で非道な手段だと思うかもしれないが、清廉潔白な騎士の王と評される彼女とて施政者である。

 

 冷酷で無慈悲な一面が無ければ国を率いる事など出来はしないのだ。

 

 だがしかし、召喚された自身の前に居たのは、巻き込まれただけの少年だった。

 

 衛宮切嗣の縁者という事で思うところはあったが、聖杯戦争の事を何も知らない彼はセイバーにとって護るべき無辜の民であった。

 

 だからこそ前回の教訓から裏切られないようにコミュニケーションを密にしつつ、前線には自分が出てマスターである士郎には魔力の供給のみを求める腹積もりだったのだ。

 

 しかし、状況は思わぬ方向に転がっていく事となる。

 

 聖杯戦争最大のイレギュラーたる衛宮陣、彼の存在がセイバーの計画を大きく歪めることとなったからだ。

 

 彼の存在を知った事により士郎の思考は聖杯戦争の勝利から義兄弟を救う事へと変わってしまい、さらにはイリヤスフィールから大火災の真相を暴露された事で、図らずとも一端を担っていた彼女はその被害者である士郎の信用を著しく失う事となった。

 

 10年前の事故について、もちろん罪悪感はある。

 

 令呪によって強制された事に加えて現界が解かれた為にその後の結果を知らなかったとはいえ、自身の行いで500人を超える人間が死に至ったのだ。

 

 如何に王として人を捨てたというセイバーとて、その事実に何も感じないならば外道でしかない。

 

 だがしかし、聖杯戦争に参加する以上は自身の願望を叶えることが最優先だった。

 

 ブリテンを破滅から救う為ならば、犠牲になった人々に足を取られて歩みを止めるわけにはいかない。

 

 だからこそ、王であった時のようにアルトリアという個人を封じて『アーサー王』としての思考で動いていたのだ。

 

 しかし聖杯を得られなくなった今にして思えば、こちらの言動にも多くの問題があったのは否めない。

 

 士郎は魔術の素養はあれど、巻き込まれただけの一般人なのだ。

 

 自分のように聖杯への執着など無いし、生き別れた義兄弟の事を優先するのは至極当然である。

 

 そんな彼を前にして『聖杯戦争に邪魔だから』と陣の排除を(ほの)めかせば、不興を買わないワケがない。

 

 さらにはアイリスフィールの末路を知っている自分が、イリヤスフィールの前で聖杯を手に入れるなどと口にするのは言語道断だ。

 

 あの時はイリヤスフィールが彼女と同じ運命を背負う者だと知らなかったが、アインツベルンのマスターとして聖杯戦争に参戦している事を思えば、その辺の事情は容易に想像がつく。

 

 あの時の自分の宣言はイリヤスフィールに『死ね』と言っているのと同義だったのだ。

 

 鼻息荒くそんな非道を口にしていた自分を、彼女はどういう感情を抱いて見ていたのだろうか……。 

 

「頭に血が昇ると思考に柔軟さが欠けてしまう。生前からの悪癖でしたが、そうそう直らないものですね」

 

 深いため息と共に自嘲の言葉を吐いて、セイバーは瞼を開けた。

 

 この段に至っては自身の取るべき行動は決まっている。

 

 聖杯獲得というアーサー王としての責務が不可能になった以上、ただ一個の騎士として冬木に住む無辜の民を護る事だ。

 

 その為には士郎に協力し、陣が仕掛ける試練を乗り越えさせる必要がある。

 

 彼の言葉を鵜呑みにするのは危険だが、シャドウサーヴァントを呼び出した事を見るに『この世全ての悪』を制御しているのは事実だろう。

 

 ならば、被害を最小限に留めるには陣の力は不可欠なのは間違いない。

 

 聖杯を求めていた時は戦争の障害と疎ましく思っていた衛宮陣だが、思い返せば彼をあのように変貌させたのは10年前の聖杯戦争に関わった者達だ。

 

 自分達がこの地で聖杯戦争など行わねば、彼が全てを失う事も『この世全ての悪』の呪詛を受ける事も無かったのだから。

 

 ならば彼を家族の下に帰す事が、大火災の引き金を引いたモノとしてせめてもの償いになるのではないだろうか?

 

 今更こんな事を言ったとしても『聖杯が使い物にならないと知った途端に現金な奴め』と回りから思われるかもしれない。

 

 しかし、それは身から出た錆でしかない。

 

 そういった事を全て受け止める事が、拗れてしまった士郎との関係改善の第一歩になるのではないだろうか。 

 

 迷いを振り切ったセイバーは先ほどよりも明るさを増した部屋を、静かに後にするのだった。

 

 

 

 

 セイバーが自身と向き合っていた頃、東京から帰って来たイリヤスフィールは朝日に照らされた衛宮邸の門を潜っていた。

 

 何時ものように朝食を調理する食欲をそそる香りが流れる中、彼女の目を引いたのは道場から微かに聞こえる風切り音だった。

 

 音を立てないように入り口にある木の門の隙間から(のぞ)き込むと、そこには汗だくになりながら黄金の剣を振るうジャージ姿の義弟の姿があった。

 

「あの剣……」

 

 朝日を浴びて(きら)びやかな軌跡を描く刀身に、イリヤスフィールの眉間に皺が寄る。

 

 忘れるわけがない。

 

 あの剣は自身の侍従であり、最大の味方でもあった狂戦士(バーサーカー)(ほふ)ったものだ。

 

 あの男の手にあった時とは色に違いがあるものの、感じる魔力の強大さを思えば間違いないだろう。

 

 そうして観察を続けていると、士郎の動きが陣の使っていた剣法と似ているのが分かる。

 

 何故、あの動きを士郎が出来るのか?

 

 当然の疑問が頭をよぎるが、イリヤスフィールは彼に声を掛けようとしなかった。

 

 鬼気迫る表情で剣を振るう義弟の邪魔をするのは、さすがに(はばか)られたからだ。

 

 そうして二十分ほどが経過すると、士郎は荒い息と共に板張りの床にドカリと腰を下ろした。

 

 流れ出る汗の量と冬の空気の中を身体から立ち昇る湯気が、彼の本気度を物語っている。

 

「ねえ、シロウ」

 

 ゆっくりと入口の戸を開けながら(つむ)いだイリヤスフィールの声に、士郎はタオルで汗を拭きながら振り返る。

 

「ああ、帰ったのか。おかえりイリヤ」

 

「ただいま。シロウ、その剣はどうしたの? それにさっきの動きもジンのモノと同じだったわ」

 

 突然の質問に少々面食らった士郎ではあるが、この二日間彼女が冬木にいなかったことを思い出した。

 

「えぇっと……その辺の事は長くなるから、居間で改めて話すよ。イリヤも朝飯まだだろ?」

 

「ええ、いただくわ」

 

「じゃあ先に行っといてくれるか? 俺は汗を流して着替えてくるから」

 

 小さく頷くイリヤスフィールを確認すると、士郎は手にした黄金の剣を壁の木刀掛けに預けて道場を後にした。

 

 残されたイリヤスフィールは、壁に掛かった件の剣に目を向ける。

 

 聖杯戦争最大のイレギュラーが持っていた出所不明の宝具。

 

 興味本位で解析の魔術を掛けようかという考えが頭をよぎったが、(すん)でのところで思い留まった。

 

 『十二の試練(ゴッドハンド)』を持つ狂戦士の身体を斬り付けただけで汚染するほどの呪詛を帯びていたのだ。

 

 現在はどす黒く濁っていた刀身も眩い黄金色となっているが、万が一呪詛が残っていた場合は下手に触れれば命取りになりかねない。

 

 せっかく小聖杯という呪われた運命から脱却したのに、そうなっては元の木阿弥(もくあみ)だ。

 

「なんだ、まだいたのか。イリヤ、朝飯が冷めちまうぞ?」

 

 掛けられた士郎の声に、イリヤスフィールはため息と共に伸ばしかけていた手を降ろした。

 

 自身では気づかなかったが、思った以上に長い時間葛藤していたらしい。

 

「今行くわ。それよりも私がいない間に何があったのか、話してもらうからね」

 

「わかってるって」

 

 念押ししてくる小さな義姉に苦笑いを浮かべながら、士郎達は桜達が待つ居間へと足を運んだ。

 

 

 

 

「───そんなことがあったのね」

 

 セラが()れた紅茶で唇を湿らせたイリヤスフィールは、小さな湯気と共に言葉を吐いた。

 

 自身が冬木の地を離れていた二日間、やはりと言うべきか事態は大きく変化していた。

 

 最大の変化は凜のサーヴァントであるアーチャーの脱落、そして陣が聖杯の汚染とその原因を支配している事を示した事。

 

 あとは士郎が陣の剣を模倣(もほう)した事で彼に目を付けられた事か。

 

「それでリンはどうしたの?」

 

「姉さんはアーチャーさんの脱落がショックだったらしくて、家に帰っています」

 

「……そう」

 

 姿が見えない遠坂の当主の事について、桜から返って来た答えにイリヤスフィールは小さく息を付く。

 

 たかだかサーヴァント一騎、などと言うつもりはない。

 

 自身も狂戦士を失ったからわかるが、絆を紡いだ従者がいなくなるという事は半身をもぎ取られるに等しい辛さがある。

 

 しかし遠坂凛という少女は誇り高く激しい気性の持ち主だ。

 

 このまま消えゆくようなタマではないだろうから、下手に関わるよりは心の整理が付くまでそっとしておくのが得策だろう。

 

「これでジンが倒したサーヴァントは三騎。約半数を持っていかれてしまった以上、今回の聖杯戦争は失敗ね」

 

「お嬢様、万が一の為に保険を掛けておいた甲斐がありましたね」

 

「まったくだわ」

 

「保険とはどういう意味ですか?」

 

 イリヤスフィールとセラの言葉に、会議が始まってから無言を貫いていたセイバーが問いを投げる。

 

「キャスターの魂が収められた小聖杯を、冬木とは離れた別の場所において来たのよ。これでジンが残ったサーヴァントを倒したとしても、七騎全ての魂が『この世全ての悪』にくべられる事はないわ」 

 

 いつもなら聖杯戦争の可否については食い気味に迫ってくるセイバーが大人しい事に、内心で首を傾げながらも答えを返すイリヤスフィール。

 

「イリヤスフィール、小聖杯は貴方の身体の中にあるのでは?」

 

「そうよ。だから、身体を交換してきたの。都内に潜む封印指定の人形師に頼んでね」 

 

「えっと……。イリヤ、どういう事か教えてもらってもいいかな?」

 

 不穏な単語が次々に出る中、話について行けない士郎は学校の授業のように右手を上げた。

 

 それを見たイリヤスフィールは、世話の焼ける義弟の理解を促すべく言葉を紡ぐ。    

 

「聖杯戦争の大まかな仕組みは前に話したでしょ?」

 

「たしか聖杯には小聖杯と大聖杯の二つがあって、サーヴァントが負けると魂が小聖杯に蓄えらえる……でしたよね」

 

 少々自信なさげに答えを口にする桜に、イリヤスフィールはしっかりと頷いて見せる。

 

「そう。聖杯は英霊の魂を使用することによって、はじめて願望器となり得る。その為に必要とされる魂の数は5騎から6騎とされているわ」

 

「そうか。『この世全ての悪』を支配する陣がサーヴァントを倒せば、その魂は小聖杯を通らずに直接奴の餌になっちまう」

 

「その通りよ。七騎の内の約半数を取られた時点で、小聖杯は願望器になり得ない。だから、聖杯戦争は事実上失敗ってこと」

 

「じゃあ、身体を交換したとかっていうのは?」

 

「衛宮士郎、貴方が知る必要は───」

 

「いいのよ、セラ」

 

 踏み込んでほしくないところに入ろうとする士郎をセラが拒絶しようとするが、イリヤスフィールはそれを止めた。

 

「お嬢様……」

 

「シロウは現状で最も重要な人物よ。こちらの知り得る事は全て話しましょう」

 

「お嬢様がそう仰るのなら」

 

「えっと、今のって聞いちゃ拙かったか?」

 

「本来はね。この件はアインツベルンの秘儀に関わる事だから。でも、これからの事を考えたらシロウは知っておくべきだわ」

 

 バツが悪そうにする士郎にそう返すと、イリヤスフィールは再び語り始める。

 

「冬木の聖杯戦争において始まりの御三家と言われる遠坂、マキリ、アインツベルンには其々(それぞれ)に役割があるの。遠坂は開催する土地の提供。マキリは英霊の召喚術式と令呪システムの構築。そしてアインツベルンは小聖杯の作成とその運び手よ」

 

「マキリ?」

 

「間桐の古い名です。家に残された文献だと、元はロシア出身だったとか」

 

「第一次から三次までの失敗で、儀式途中で小聖杯が破壊される事案を重く見たアインツベルンはある対策を講じた。それは小聖杯をホムンクルスの体内に隠すことで、自立的に移動や防御、逃亡を可能とするという手段だったわ」

 

 事も無げに吐き出したイリヤスフィールの説明に、桜と士郎の表情が凍り付いた。

 

「……ちょっと待ってくれ。じゃあ、今回の小聖杯って」

 

「私の心臓よ。まあ、今はもう違うけどね」

 

 あっけらかんと言い放つイリヤスフィールの言葉に、頭に血を登らせかけた士郎はふと首を傾げる。

 

「え、違うの?」

 

「さっき言ったでしょ、小聖杯を置いてきたって。その為に私はトウキョウまで行ってきたのよ」

 

「小聖杯を体内に宿したホムンクルスは、聖杯戦争の儀式が進む事で英霊の魂が蓄えられると人としての機能を失っていきます。それは人としては死ぬ事と同義。お嬢様はそんな運命を(くつがえ)す為に、極東に潜む封印指定の人形師に渡りを付けていたのです。アインツベルンの秘儀を施された自身の肉体を対価として、新たな身体を作ってもらう為に」

 

「新しい身体に人形師……いったい、どういう事なんだ?」

 

「聞いたことがあります。日本に人間と寸分違わない人形を作ることが出来る魔術師がいると。その人形師が手掛けた物は、意識を移す術さえあれば肉体のスペアとして活用できるそうです」  

 

 思いがけない言葉に首を傾げる士郎に、説明を補足する桜。

 

 少々端折(はしょ)ってはいるものの説明が(おおむ)ね間違いではない事に小さく頷くイリヤスフィール。

 

「なるほど、そんな動きを取っていたのですか。それならば、最悪の事態を防ぐことができるかもしれませんね」

 

 得心が言ったように頷くセイバーに、イリヤスフィールを始めとするマスター達は困惑の表情を浮かべる。

 

 誰よりも聖杯を欲していたセイバーにしてみれば、先ほどの話は明らかに裏切り行為だ。

 

 とても看過できるワケがないはずなのだが……。

 

「えっと……いいのか、セイバー。イリヤの話だとお前の願いは叶わないって事になるんだけど」

 

「ええ、それについては昨夜のうちに整理を付けました。ジンがシャドウサーヴァントを呼び出した時点で、聖杯の汚染は確実です。故に今回は諦めざるを得ないでしょう」

 

 恐々と声をかける士郎に、セイバーは穏やかな笑みと共に答えを返す。

 

 突然ともいえる豹変に誰もが言葉を発せない中、セイバーは真剣な表情で居住まいを正した。

 

「イリヤスフィール、そして士郎。遅まきながら謝罪させてください。私は自身の願いを叶える事にばかり目が行って、貴方達に心無い言葉を浴びせてしまいました」

 

 深々と頭を下げる騎士の王に、士郎は陸に上がった鯉のように口を開閉させる事しかできない。

 

 そんな義弟の様子とは裏腹に、落ち着きを取り戻したイリヤスフィールは一度深く呼吸をするとセイバーに声をかける。

 

「どうしたの、セイバー。誰よりも聖杯を欲していた貴方がらしくないじゃない」

 

「昨夜、心の整理を付けた後に自分の行動を顧みたのです。私の言動は聖杯戦争で犠牲を強いられた貴方達に向けていい物ではなかった」

 

「随分と現金なものですね。聖杯が手に入らないと分かった途端に態度を改めるとは」

 

「……返す言葉もありません。」

 

「やめてくれ、セラさん。セイバーだって譲れない願いがあったんだから、それが叶うチャンスがあるのなら優先するのは当然だ。それより、どんな切っ掛けにせよ自分に非があると認めて頭を下げられるのは凄い事だと思うよ」

 

「ありがとう、シロウ」

 

 頭を下げたまま、士郎の言葉に声を詰まらせるセイバー。

 

 そんな姿に、沈黙を続けていたイリヤスフィールは『顔を上げなさい』と言葉を掛ける。

 

「謝罪の言葉は受け取ったわ、セイバー。どういう事情であれ、現状で貴方が味方に付いてくれるのはありがたい事よ。だから、これからは言葉じゃなくて態度で誠意を示してちょうだい」

 

「わかりました」

 

 セイバーが顔を上げるのを見ながら、イリヤスフィールは紅茶で口を湿らせる。

 

「シロウ。ジンの言葉が本当だとしたら、聖杯を止めることが出来る可能性があるのは貴方だけという事になるわ」

 

「わかってる。どんな手を使ってもあの剣から技術を引き出して、あいつを満足させないと」

 

 タコができ始めた掌を見ながら、士郎は独り言ちる。

 

 憑依経験によって『原罪(メロダック)』から戴天流の技を体験しているが、剣に込められた記録の中の陣と今の自分とは雲泥の差がある。

 

 『お前がここまで上がってくるのを待っている』

 

 あの時、義兄弟はたしかにそう言った。

 

 自分に剣才が無い事を自覚している士郎は、爪が肉に食い込むほどに手を握り締める。

 

 自分への不安、時間が無い事への焦燥、義兄弟の期待に応えられない事への恐怖。

 

 そういった心理的圧迫が、ズシリと両肩に圧し掛かるような気がしたのだ。

 

 それを振り払うべくきつく目を閉じていると、痛みを感じ始めた手をふわりと温かい何かが包み込んだ。

 

 押し上げた瞼の先には血が滲み始めた拳を両手で包み込む桜の姿があった。

 

「一人で抱え込まないでください、先輩。私達も、ここにいない姉さんだって先輩の味方です」

 

 その言葉に士郎が強張っていた体からゆっくりと力を抜いた。

 

「そうだな……俺は一人じゃない。戦うのは俺だとしても、後ろにはみんながいるんだ」 

 

「その通りです、シロウ。私もサーヴァントとして出来得る限りのサポートをさせてもらいます」

 

「ところでセイバー。シロウの代わりに貴女がジンを満足させる事はできないのですか?」

 

 思いがけない問いかけに一同の目がセイバーへと集中する。

 

 だが、当の本人は苦い顔で首を横に振るだけだ。

 

「残念ながら、それは無理でしょう。昨夜呼び出された四次ランサー、彼は私に勝るとも劣らない腕を持っていました。それが容易く倒されるようでは、剣の腕でジンを満足させることはできるとは思えません」

 

「そうだった。あいつは前回の参加者をシャドウサーヴァントとして訓練相手にしてるんだ。だとしたら、前回参戦していたセイバーとだって何百回と戦っている事になる」

 

「シャドウサーヴァントは宝具が使えないって言葉が事実なら、その辺が勝利のカギになるんでしょうけど。かといって、真名開放しちゃうとジンを殺しちゃうものね」

 

「ライダーだとどうなの?」

 

「───難しいですね。遠距離から宝具を使えば倒す自信はありますが、それだとイリヤスフィールの言う通り彼を殺してしまいます。かといって、近距離では私で敵う相手ではありません」

 

「そっか。無理を言ってゴメンね、ライダー」

 

「気にしないでください、サクラ」

 

 この後も引き続いて各自で案を出し合ったものの、結局は士郎が戴天流の腕を上げるという結果に終わった。  

 

「当面の課題は刺客として送られてくるシャドウサーヴァントの対策ね」

 

「真名はセイバーに聞けば判明するでしょうが、どのクラスが来るかが分からないのは痛いですね」

 

「ジンの言葉通りならシロウの力量に合わせるとの事ですから、まずは私とライダー相手に模擬戦を行って対サーヴァントに慣れる事を目標にしましょう」

 

「わかった」

 

 一応の決着を見た事で、朝食後の作戦会議は終了した。

 

 このあと士郎は道場でセイバーとライダー剣を交える事となったのだが、本気を見せた英霊にはまだまだ及ばずに何度も床を舐める事となる。

 

 錬鉄の少年が歩む内家剣士の道は遠く険しい。

 

  

 

 

 ゆらゆらと湖面のように安定しない視界。

 

 陣は自らが夢を見ているという認識の中、その先で繰り広げられる光景を映画でも見るかのように眺めていた。

 

 そこに映るのはある家族の肖像だ。

 

 妻子のために働く父と、家事を一手に引き受けてせわしなく動き回る母。

 

 そして二人の間に生を受けた幼い一人息子。

 

 夕食のおかずに一喜一憂し、休日には父が家にいる事に歓声を上げる。

 

 そんな何でもない事にはしゃぐ子供を見て、両親もまた嬉しそうに笑うのだ。

 

 どこにある平凡で絵に描いたような幸せな家族。

 

 特筆すべき点があるとすれば、その誰もが顔を黒く塗りつぶされている事か。

 

 息子にとっては、両親は最愛の存在だった。

 

 力強く頼りになる父、常に優しく微笑んで自分を受け入れてくれる母。

 

 幼い彼にとって二人は物事の中心であり、世界の全てでもあった。

 

 時には褒められて笑い、時には怒られて涙する。

 

 そんな有り触れた日常が何時までも続くと思っていた。

 

 しかし、そんな幸福な時間は唐突に終わりを告げた。

 

 ある夜。

 

 不意に自宅の周りが騒がしくなったと思った途端、家の壁が炎上したのだ。

 

 黒く焼け焦げて用を為さなくなった壁を乗り越えて入って来たのは、人の悪意を煮詰めた様な黒い汚泥。

 

 運悪く壁際のソファで寛いでいた家族にはその襲撃を避ける術など無く、泥は三人すべてを飲み込む筈であった。

 

 しかし、そうはいかなかった。

 

 汚泥に包まれる寸前に、父に庇われていた母が少年を泥の効果範囲外へ突き飛ばしたのだ。

 

 呪詛と高温を帯びた泥に犯されながらも、二人は少年に向けて必死に叫ぶ。

 

 ただ『生きろ!』と。

 

 呆然としていた彼だったが、その言葉に背を押されるように全力でその場を後にした。

 

 全力疾走で息を切らしながら何度も背後を振り返り、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした彼が玄関を出たのは、両親が泥の中に消えるのと同時だった。

 

 自宅を飛び出した少年が目の当たりにしたのは、この世の地獄ともいえる光景であった。

 

 閑静な住宅街であった近隣は立ち並ぶ家や木々が巻き上げる炎で紅く染まり、時より火達磨(だるま)になった住民が悲鳴と共に飛び出してくる。

 

 道路には黒焦げの死体や息も絶え絶えな重症者が転がり、辺りからは苦痛の呻きや断末魔の声が次々と上がっている。

 

 直接炎や汚泥の手に掛かっていないとはいえ、(ただ)れたアスファルト進む少年には死の臭いや高温、そして周囲に充満する呪詛が容赦なく襲い掛かってくる。

 

 大人でも耐えられないであろう状況の中、彼は歯を食いしばって()えそうになる足を必死に動かした。

 

 少年が諦めないのは(ひとえ)に両親から託された願いがあるからだ。

 

 今わの際に二人が叫んだ自身の生存を望む声、それこそが彼を支えるただ一つのモノだった。

 

 だが、いかに屈強な精神的支柱があろうとも、焦熱地獄と化した街は子供が抜けるには過酷に過ぎた。

 

 道の半ばに辿り着く前に体力は尽き、折り返しを超えた頃には気力が枯れ果てた。

 

 だがしかし、それでも彼の足は止まらない。

 

 己を蝕む呪詛、空っ欠になった身体、ほぼ消失してしまった意識の中で彼は進む為に新たな代価をくべる事を選択する。

 

 それは『■■陣』という人間を構成する要素だった。

 

 一歩足を踏み出すごとに五感が消えていく。

 

 一度足を引き摺る度に感情が死んでいく。

 

 焼野原に足跡を刻む代償として、かけがえのない記憶が失われていく。

 

 それでも少年の歩みは続く。

 

 人間として不可欠なものを次々と取りこぼしながら進み続けた彼は、遂に火災の切れ目へと到達する。

 

 しかし、あと一歩で安全圏へと逃れられにも拘わらず、彼の足はピクリとも動こうとしない。

 

 何故なら、そこに至るまでに少年は己の全てを質に入れてしまったからだ。

 

 彼の中に残る微かな残滓では、限界を超えた身体を動かす代価としては足りない。

 

 このままでは少年は呪詛と炎の中にその命を散らすことになっただろう。

 

 しかし、ここで一つの奇跡が起こった。

 

 生物としての人間ではなく魂という存在が持つ生存本能が為せる技か、七年間の蓄積の全てを吐き出した少年の魂は内に刻まれた前世の記憶を引き出したのだ。

 

 自身の生涯など比べ物にならないほど薄暗く凄惨で、それでいて生存本能に溢れた記憶の助けを借りて、少年は己が最後の残滓をくべる事で漸く安全圏へと転がり込むことができた。

 

 消えゆく『■■陣』の自我が最後に見たのは、眩い光の中でねぎらいの言葉を掛ける両親の笑顔だった。

 

  

 

 

 ゆっくりと浮き上がるような感覚の後、陣の意識は覚醒した。

 

 ぼんやりと鈍った寝起きの頭で周りを見渡せば、そこは瘴気が満ちる大空洞。

 

 ここ数年間、寝泊まりしている拠点であった。

 

 昨夜の記憶を辿れば、アンリ・マユがどこからか仕入れて来た人を駄目にするクッションを試していた最中に寝落ちした事を思い出す。

 

「おはようさん。随分とよく眠ってたみたいだけど……って、オタク泣いてるのかよ!?」

 

 この世の終わりを見た様な表情で目を引ん剝く同居人の声に頬へ手を当てると、確かに濡れた感触があった。

 

「……俺のじゃない(・・・・・・)

 

 短くそう答えると、陣は傍らに立てかけていた童子切を手に立ち上がった。

 

「どうした?」

 

「侵入者だ。───数は6、内一体がサーヴァントなところを見るとランサーの可能性が高いな」

 

「セイバーやライダーじゃなくてか?」

 

「奴らなら単独で動くのはおかしい。それに他の気配も、一人を除いて訓練された人間のソレだ。奴らにそんな増援の当てがあるとは思えん」

 

 相も変らぬ相棒の感覚の鋭敏さに口笛を吹かすアンリ・マユ。

 

 周囲に響く高い音色を他所に陣は入口へと足を向ける。

 

「片付けてくる。ここから動くなよ」

 

「はいはい。オレはクソ雑魚ナメクジだからな、サーヴァント相手なら余計な事はしねえよ」

 

 腰を上げた己に代わって例のソファに陣取ったアンリ・マユを一瞥し、陣はゆっくりと地上へと続く洞穴へと姿を消すのだった。

 




 今回は繋ぎ回になってしまいました。

 青ランサーの兄貴の活躍は次回に持ち越しです。

 果たして、作者の技量で兄貴を輝かせることが出来るのか。

 不安しかねぇ……。

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