剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、第五次剣キチです。

 なかなか筆が進まない中、何とか一話で収めようとしたのにこの体たらく……。

 次こそは頑張るであります。

 


  異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(13)』

 円蔵山の中腹付近の登山道から外れた獣道。

 

 真冬にも拘らず斜面となった山肌に色濃い緑を残す雑木林の中を奇妙な一団が進んでいた。

 

 一人は黒のスーツに身を包んだ赤紫色の髪が印象強い男装の麗人。

 

 もう一人は青のケルティックスーツを(まと)い、血色の槍を肩に預けた空色の髪の偉丈夫。

 

 その後ろに続くのは修道服の上に朱色のケープを羽織った銀灰色の髪のシスターに、彼女を警護するように取り囲む屈強な神父たちだ。

 

 先の代行者失踪事件を重く見た聖堂教会は、ランサーのマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツに協力を依頼して大聖杯の調査に再度乗り出したのである。

 

 曇天とはいえ、陽がもっとも高い位置にくる時間帯にも拘らず薄暗い周囲に警戒を(あらわ)にする一行。

 

 一歩また一歩と大聖杯がある洞穴に近づくにつれ、聖堂教会の責任者であるカレンの身体には傷が刻まれていた。

 

 『被虐霊媒体質』

 

 魔の存在を感じると、魔が憑依している者と同じ霊障が現れるという特異な能力。

 

 異端や魔を滅する事を使命としている代行者の使命である悪魔狩り、その第一歩にして最も困難な作業である『人に憑り付いた悪魔』を見抜く能力だ。

 

 聖堂教会では神の軌跡と言われて重宝されているが、要は『炭鉱のカナリア』である。

 

 その異能が聖杯に潜む『この世全ての悪』に反応したのだ。

 

「───シスター・カレン、治療を」

 

「不要です。これだけ離れた状態で反応するのなら、ここで治療を施したところで再度傷が開くのは必定。無駄な事に労力を使う必要はないでしょう」

 

「はっ」

 

 全身を覆うカソックの内側から血を滴らせるカレンに神父の一人が(ささや)きかけるが、彼女は感情の(こも)らない声でそれを拒否した。

 

 この体質が原因で幼き頃から悪魔狩りに連れまわされた彼女にしてみれば、こんな程度は慣れたものなのだ。

 

「バゼット、こいつはヤベぇぞ」

 

 そんな聖堂教会のやり取りを背に、先行するランサーは視界の端に見えて来た洞窟を睨みつける。

 

「どういう事ですか、ランサー」

 

「上手く隠しちゃいるが、この辺に漂う邪気は並大抵のもんじゃねぇ。これが聖杯の汚染によるものだとしたら、すぐに手を打たないとヘタすりゃこの街が吹っ飛ぶぞ」

 

 険しい表情を崩さないままのランサーの警告に、マスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツは小さく息を呑む。

 

 自身のサーヴァントは、アイルランドに伝わるアルスター神話にこの人ありと(うた)われた大英雄クー・フーリンだ。

 

 戦士であると共に魔術の知識も豊富な彼の言葉だ、戯言と聞き流すにはあまりに重かった。

 

「わかりました。聖堂教会の査察組は何らかのトラブルを抱えてるようですし、ここは我々だけで突入しましょう」

 

 マスターの指示に頷くと、肩に預けていた朱槍を一閃させて油断なく構えるランサー。

 

 同時にバゼットも身に着けた皮の手袋を鈍い(きし)みと共に引き絞る。

 

 警戒を一段階引き上げた両者が再び一歩を刻んだその時、彼等の目の前に一人の男が現れた。

 

 鞘に収まった日本刀を手にした黒ずくめの少年、陣だ。

 

 聖杯戦争の進行を妨げている件のサーヴァント殺しを前に、聖堂教会の代行者やランサー主従は警戒の度合いを強める。

 

 そんな中、陣は濁った金眼でカレンを捉えた。

 

「聖堂教会の監督役か。ランサーを用心棒に今更何の用だ?」

 

「アインツベルンより聖杯に不具合があるとの申告がありました。その真偽を確かめる為に調査を」

 

「愚鈍の極みだな。聖杯に異常がある事など、十年前の大火災を見れば明らかだろう」

 

「数年前まで赴任していたロクデナシが情報を隠匿していたので、聖杯が稼働し始めるまでその事実を掴むことが出来なかったのです」

 

「シスター・カレン、奴は討伐対象です! 言葉を交わす必要はありません!!」

 

「いいえ。彼は現在大聖杯に最も近い位置にいる者、討つとしてもできうる限り情報を引き出すべきです」

 

 声を荒げる護衛を諭すと、カレンは再び陣へと向き直る。

 

「エミヤジン、でしたね。貴方とは矛を交える事になりますが、その前に幾つか話をしても?」

 

「いいだろう」

 

「では、本当に大聖杯は『この世全ての悪』なる存在に汚染されているのですか?」

 

「事実だ」

 

「ならば、何故貴方は汚染された大聖杯と共にあるのですか?」

 

「答える必要はない」

 

「聖杯戦争を妨害する理由はなんですか? サーヴァントも所持していない貴方が他の参加者を打倒して、何の意味があるのです?」

 

「理由も意味もある。だが、貴様等が知る必要はない」

 

「……ッ、このままサーヴァントを全て打倒するつもりですか?」

 

「無論だ」

 

 時にはぐらかしながらもカレンの並べる質問に答えていると、陣の脳裏にある疑問が(よぎ)った。

 

 否、過ったのは疑問ではなくどちらかと言えば確認、もしくは恨み言の類だったかもしれない。

 

 普段なら些末事(さまつごと)と消し去っているだろうそれを、今の陣は無視することが出来なかった。

 

「次はこちらから質問させてもらおう。───構わんな?」

 

 内心で己が至らなさを自嘲している事をおくびにも出さずに、彼は頭の隅にあるモノを口にする。

 

「ええ。こちらが一方的に情報を得るのでは公平とは言えませんので」

 

「なら(たず)ねる。聖杯戦争などというモノを、何故この大都市で行おうとする?」

 

 思いもよらぬ質問に、カレンを初めとする一行は唖然となった。

 

「───それはどういう意味でしょうか?」

 

「サーヴァントなどという化け物を召喚し殺し合うのだ、人口の多い都市部で行えば一般人に被害が出るのは必定。その割には参加者はもちろん、貴様等運営側もそれに対する配慮が欠けている節がある。外道と聞く魔術師ならば分からない事も無いが、神の徒を自称する貴様等がそこを(ないがし)ろにしているのに疑問を憶えた」

 

 陣の言葉にカレンたちは答えに窮した。

 

 聖杯戦争というルールからみれば完全な無頼漢である少年が、世間一般の常識的見地から至極真っ当な事を口にしているのだ。

 

 衛宮陣を狂人と思っていた彼等からしてみれば、不意打ち以外の何物でもなかったのである。

 

「……貴方の意見は(もっと)もです。ですが、我々に課せられた聖杯戦争の監督役としての役目は魔術的産物であるとはいえ、聖遺物と同一の力を持つ聖杯を監視する事。それが降臨する為の儀式である聖杯戦争を中立的立場から円滑に儀式を遂行するように助力することです。一般人への神秘の漏えいを防ぐ事はあっても、住民に犠牲が出ない様に尽力する義務はありません」

 

「なるほど」

 

 監督役からの説明を受け、陣は小さく息を付いた。

 

 つまるところ、10年前の大火災や連続児童誘拐殺傷事件は起こるべくして起きた人災、いやオカルト的テロ行為であるという事だ。

 

 この事実に関して、陣は怒りを覚えるという事は無かった。

 

 多少思考が引き摺られる事があったとはいえ、今の彼は『■■陣』とは別人なのだ。

 

「こちらからももう一つ訊ねたい事があります。我々より先にここを訪れた先遣隊がいたのですが、ご存じありませんか?」

 

「そいつ等なら始末した。人の庭先でチョロチョロと動き回るのが目障りだったのでな」

 

「貴様、よくもぬけぬけと……ッ!?」

 

「聖職者を殺めてなお、その罪を恥じぬとは……この外道めッ!!」

 

 同胞を殺害したと事も無げに吐き捨てる少年に、カレンを警護している代行者たちから非難の声が上がる。

 

「武装した集団がこちらの領域に乗り込んで来たのだ、討たれるのは必然ではないか」

 

 だがしかし、陣は彼等の声を鼻で笑うとバッサリと両断した。

 

 陣の嘲笑に歯を食いしばる神父に代わって、前に出たのはバゼットだ。

 

「もはや、これ以上の問答は無用でしょう。あの男は聖杯戦争を破壊すると宣言した、ならばここで討つのみ!」

 

「ならば、かかって来い。言葉など並べる必要はあるまい」

 

「ほざけッ!!」 

 

 まるで虫けらを見るような視線と共に紡がれた陣の返答に、バゼットは気炎を吐きながら大地を蹴った。

 

 封印指定の執行者として鍛え上げられた彼女の身体は、魔術によって強化された脚力に物を言わせて瞬く間に陣との間合いを殺しきる。

 

 そして振るわれるのは魔術によって鋼をも上回る強度を得た右拳。

 

 人間の頭部を捉えれば、一撃でザクロと変え得る完全無欠の凶器である。

 

 黒土が撒き上がる程の踏み込みで放たれたのは、プロ顔負けの剛腕ストレートだった。

 

 無防備に立っている陣の顔面に向けて迫る自身の拳に、バゼットは勝利を確信する。

 

 このタイミング、この手ごたえ。

 

 今まで多くの封印指定の魔術師を相手にしてきたが、誰一人放たれた一撃を躱した者はいなかった。

 

 それはバゼットの拳が人間の知覚を上回った証明と言える。

 

 だが、陣が年相応の容姿を持つ少年だった事で彼女は失念していた。

 

 目の前の男が英霊を打倒する化け物だという事を。

 

 一瞬の交差に少し遅れて肉を打つ鈍い音が雑木林に響き渡った。

 

 背後から一連の動きを捉えていた代行者達は、バゼットの拳が陣の顔面を砕いたものと確信した。

 

 だが、それは間違いだ。

 

 実際には彼女の拳は紙一重で陣の左側頭部を通り過ぎており、その代わりというように彼の左掌がバゼットの心臓の上にめり込んでいる。

 

「ゴボッ!?」

 

 吐血と共に崩れ落ちる麗人を陣は下らないモノを見る目で一瞥(いちべつ)するのみ。

 

 確かにバゼットの一撃は速く鋭かった。

 

 だが、その速度は音を超えるほどではない。

 

 威力とて戦車砲弾には程遠い。

 

 それでは己を討つなど出来ようはずがない。

 

「バゼット!?」

 

 ランサーが慌ててマスターに走り寄る中、聖堂教会の者で唐突に切られた闘いの火ぶたに対応できたのはカレンだけだった。

 

「ノリ・メ・タンゲレ!」

 

 詠唱と共に振るわれた赤いストールは、まるで生き物のように陣の方へと伸びていく。

 

 マグダラの聖骸布。

 

 男性捕縛に特化した礼装だ。

 

 だがしかし、それも陣の前では(はかな)き抵抗に過ぎない。

 

 肥大化し全身を覆うほどへとなった布に刀を走らせると、鞘に包まれているにも拘らず聖骸布はバッサリと斬り捨てられた。

 

「マグダラの聖骸布が……ッ!?」

 

 先ほどまでの力強さを失い(ただ)の布に戻った自身の礼装に驚きの声を上げるカレン。

 

 同時に彼等の視界を遮っていた肥大化した赤布が吹き払われると、代行者達は目を見開いた。

 

 先ほどまでいたはずの陣の姿が忽然(こつぜん)と消えてしまっていたからだ。

 

「くっ!? 円陣を組め! 監督役を護るのだ!!」

 

 場が混乱する中、リーダー格の指示によってカレンを囲う様に警戒をする代行者達。

 

 張り詰めた空気によって誰もが動く事の出来ない中、唯一行動に移ったのはランサーだった。

 

 バゼットに息がある事を確認した彼は、カレン達へと向き直ると残像を残すほどの踏み込みから朱槍を突き出したのだ。

 

 電光石火で放たれた穂先は、何もない虚空へ向けて突き進んでいく。

 

 ランサーは陣の居場所が分かっていたワケではない。

 

 圏境へと達した彼の姿を視認していないし、隠形によって消し去った気配も感じ取れない。

 

 彼が槍を放った根拠は野生の獣の如き直感だ。

 

 生前、アルスター最強にして一国の軍に匹敵する武力を持っていた彼は、絶えず暗殺者に命を狙われていた。

 

 国内外に関わらず、彼の存在を疎んでいる者は後を絶たなかったからだ。

 

 そんな環境の中を生き抜く為に彼が頼りにしたのは己の直感だ。

 

 ほんの些細な違和感、虫の知らせ、気のせい。

 

 わずかでも自身の琴線に触れる事があったならば、彼はそれを見逃さなかった。

 

 何故なら、それこそが自身の命脈を繋ぐ糸だったからだ。

 

 結果、彼は二十余年に及ぶ人生の中で四桁にのぼる暗殺者を退ける事となった。

 

 そして今、まさにその直感が警鐘を鳴らしているのだ。

 

 一見すれば当てずっぽうと思われるような場所に、危険な何かがいると。

 

 槍を放って刹那の間、繰り出したランサーの手に確かな手応えが伝わると同時に、冬山の清浄な空気に鉄錆の臭いが放たれた。

 

 赤い噴水のように血を吹き出しているのは、カレンの身辺を警護していた代行者の一人。

 

 ランサーの放った槍は束の先端まで代行者の胸元に突き刺さり、体内に潜った穂先から四方八方に飛び出た(とげ)によって内側からその肉体を破壊されていた。

 

「野郎……ッ!」

 

 不発である事に忌々しく唇を歪ませるランサー。

 

 勿論、彼が代行者を狙ったわけではない。

 

 放った槍の先にいた何者かが、近くにいた代行者を咄嗟に盾にしただけだ。

 

 舌打ち一つで気分を入れ替えた蒼い槍兵は第二撃を放とうとするが、それよりも速く響いた打撃音と共に残った教会組の三人が足元まで吹き飛んできた。

 

 巻き上がる落ち葉や黒土の先には先ほど消えたはずの陣の姿が見える。

 

「剣士かと思っていたが暗殺者だったか、小僧」

 

 油断なく槍を構えながら言葉を紡ぐランサー。

 

「さてな。中身は外道の類かもしれんぞ」

 

 それを見た陣もまた童子切を鞘から抜き放った。

 

 大きめにスタンスを広げ、前傾姿勢のまま穂先で陣の首元へ狙いを付けるランサー。

 

 対する陣は緩やかな呼気と共に雲霞秒々の構えを取る。

 

「シィッ!」

 

 先に動いたのはランサーだ。

 

 その強力な脚力を駆使して一歩で間合いを詰めると、その勢いのまま中段突きを放つ。

 

 常人には紅い閃光にしか見えないそれを半身になって躱した陣は、相手の引き手に合わせて間合いを詰めようとする。

 

 だが、ランサーもアイルランドに名高き槍の名手、そう易々とは懐に飛び込ませはしない。

 

 ただ真っ直ぐに繰り出した槍を収めるのではなく、引き戻す穂先が掠めるようにして陣を牽制し、そして顔や胴などへ刺突を重ねていく。

 

 対する陣も迫りくる刺突を二手、三手と打ち払っていくが、ランサーの懐へと飛び込むタイミングが掴めない。

 

 本来ならば遠心力や長柄の反動の為に、通常だと槍は弾かれれば体勢を崩しやすいものだ。

 

 しかし、そんな常識は英霊には当て()まらない。

 

 繰り出す刺突を躱し逸らされる際、確かにランサーの上体が泳ぎかける事は何度もある。

 

 しかし、その度にスタンスを広げて地面を噛み締めた足腰が身体を支えているのだ。

 

 さすがは聖杯戦争七騎の中で最速と言われる槍兵のスピードの源泉といったところだろう。

 

 いつもは静かな山間に響く風切り音と剣撃の調べ。

 

 矛を交えて1分ほどの時が経過しているが、陣はランサーとの距離を詰められずにいる。

 

 初手から加速したランサーの刺突は今や槍衾(やりぶすま)と言ってもおかしくない程の苛烈さを誇り、戴天流の精妙さを以てしても防戦の状況を覆す事ができない。

 

 世に『剣道三倍段』という言葉がある。

 

 『空手バカ一代』でクローズアップされた為に『素手格闘が剣術に勝つ為には三倍の技量が必要である』と言う意味で世に知られているが、本来は『剣術が槍術を相手に闘うには槍術の3倍の技量が必要』という意味なのだ。

 

 それほどまでに槍と言う武器は剣よりも優れているのである。

 

 一見すれば完全に押し込まれてしまっている状況の中、されど陣の顔に焦りは見当たらない。

 

 貼り付けた様な鉄面皮の中、その瞳は冷徹に状況と相手の隙を探り続けている。

 

 そも、陣の重ねてきた経歴の中で武具や身体能力で優位に立てた事など一度も無い。

 

 かつての上海において違法改造のサイバネ義肢に身を包んだ荒くれ者たちが振るうのは、高周波振動切断機能やレーザー発振装置など最新鋭の技術が組み込まれた器械だったのだ。

 

 そんなものを相手に無銘の倭刀一振りで挑み続けた彼にしてみれば、得物の性能差はもとより神話に記された伝説の武具であろうと恐るるに足りない。

 

 そうして膠着状態での打ち合いが二百手に差し掛かろうとした時、ランサーのほうに動きがあった。

 

 槍を引くと同時に地面を蹴った彼は、疾風もかくやのスピードで木々を足場に空中へと飛び上がったのだ。

 

 生い茂る緑の葉を隠れ蓑にして振るわれるは、落下の速度と全体重を乗せた振り下ろし。

 

 陣が後方に跳ぶことでその一撃を陣が回避すると、地面を抉った穂先を力任せに持ち上げて横薙ぎへと変化させる。

 

 舞い上がる土と落ち葉を目晦ましに豪快なスイング音を伴って陣の体を捉える魔槍の()

 

 だが、ランサーの手にはいつものような確かな手ごたえは返ってこない。

 

 訝しさに目を向けると、当たると同時に跳んだのか束と身体の接点を起点として空中をぐるりと回転している少年の姿があった。

 

 軽身功と消力(シャオリー)

 

 4000年以上もの間、星の数ほどの天才や達人達によって研鑽され脈々と受け継がれし武は、大英雄の一撃すら完全に殺しきる。

 

 空中で体勢を立て直した陣は、加速と回転の勢いを込めた剛の一撃を放つ。

 

 戴天流・沙羅断緬。

 

 空を裂いて放たれた銀閃は、角度を付けて構えられた魔槍の太刀打ちの部位を火花と共に滑る。

 

 そして刀が槍を離れると同時にランサーのネコ科の肉食獣を思わせる筋肉が(たわ)み、棒高跳びの要領でその身体が大きく空へ跳ね上がった。

 

「そらっ!」 

 

 陣の頭上目掛けて振り下ろされる真紅の穂先。

 

 英霊の膂力に全体重と遠心力が乗った一撃だ、仮に防げたとしても空中では地面に叩きつけられる事は必至。

 

 反撃に転じようとも、頭を押さえられた陣にはランサーの打ち下ろしを跳ね除ける程の勢いを持つ術が無い。

 

 確実に痛撃を加えられると確信したランサーの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。

 

 だが、それは思わぬ形で覆される事となった。

 

 魔槍の刃が頭を割らんとしたその瞬間、陣はまるで地上にいるかのように後方へと跳んで間合いを広げたのだ。

 

 予想外の事態と空振りによって体勢を崩すランサーに、空を蹴る様にして間合いを詰める陣。

 

 吹き飛ばされながらも辛うじて陣の胴薙ぎを防ぐことのできたランサーは、攻撃を受ける瞬間にしっかりと見て取った。

 

 眼前の少年は、宙に舞う木の葉を踏んで移動していたのだ。

 

 さしもの敏捷性を誇る槍兵とて、あのような軽業は真似できない。

 

 再び地面に足を付けたランサーは、自身の口角が吊り上がるのを自覚した。

 

 今回の聖杯戦争において、彼は全力での戦闘を未だ経験していない。

 

 初戦のアーチャーは、盛り上がり始めた矢先にセイバーのマスターに見つかった事で口封じのために中断。

 

 二戦目のアサシンは接近戦での不利を悟ったバゼットの指示で撤退だ。

 

 三度目の正直が人間の小僧だったのは意外だが、刃を交えてみてランサーは悟った。

 

 不死身の狂戦士を降し達人のアサシンを退け、そしていけ好かないアーチャーまでも打倒したイレギュラー。

 

 教会連中から『サーヴァント殺し』と呼ばれた小僧は、自分が全力で戦うに足る戦士である事を。

 

「やるじゃねぇか、坊主。人間相手とタカを括っていたが、その評価を改めねえとな」

 

「好きに採点するがいい。貴様がどう思おうと俺のやる事は変わらん」

 

 魔槍を肩に預けてニヤリと不敵な笑みを浮かべるランサーだが、陣の反応は冷淡なものだった。

 

「おいおい。ここは軽口の一つでも付いてやるのがイカした漢ってもんだぜ?」

 

「興味がない。────そろそろか」

 

「あ?」

 

 陣の言葉にランサーの眉が上がった瞬間、周辺に響き渡る程の絶叫が木霊した。

 

 交戦序盤で打ちのめされたバゼットを始めとする人間たちが、突如として胸を掻き毟りながらもがき苦しみ始めたのだ。

 

「これはいったい……ッ!? テメエ! 何をしやがった!?」

 

 のたうち回るマスターの下へ向かいたいという心をグッと抑えて、ランサーは陣に槍を突き付ける。

 

「大した事はしていない。さっきの打撃の折に呪詛を撃ち込んだだけだ」

 

「呪詛だと!?」

 

「安心するがいい。植え付けたのは七歳のガキが跳ね除けられる程度の軽微なものだ。聖堂教会や魔術協会の精鋭なら難なく解呪できるだろうさ」

 

 まるで明日の天気を口にするかのように事も無げに呟く陣に、ランサーはガリっと歯を食いしばった。

 

 バゼット達の苦しみ様や身体から立ち昇る邪気からして、陣の言葉が真実だとは到底思えない。

 

 ランサーの見立てでは全員1分保てばいい方だろう。

 

「……一つ確認だ。この呪いはテメエをブチ殺せば解けるのか?」

 

「さてな。そう思うのなら試してみるがいい」    

 

「上等だぁ!」 

 

 気炎と共に魔槍を繰り出すランサー。

 

 半ば音速に足を踏み入れた刺突が描く軌跡は三条、その狙いは陣の眉間、喉、そして心臓だ。

 

 その三連撃も波涛任櫂によって踊る剣閃によって次々とあらぬ方向へと導かれ、虚空を穿つに終わる。

 

 だが、ランサーの攻撃はこれで終わりではない。

 

 三手目が逸らされるのと同時に間合いを詰め、外れた刺突を引き戻すとすかさず石突を跳ね上げたのだ。

 

 穂先ではないとはいえ侮ることなかれ。

 

 英霊の持つ常識外の身体能力で振るわれたそれは、当たれば人の肉体など容易く砕く凶器となる。

 

 下から突き上げるように顎へと迫るそれを半身になって躱す陣。

 

 錐の鋭さを持つ先端は虚空を掻くに終わってしまったが、ランサーの振るう魔槍は留まることはない。

 

 彼の手によって操られたそれは、プロペラのように回転数を上げながら縦横無尽に穂先と石突による連続攻撃を放ってくる。

 

 八方向から次々と襲い掛かる暴威を陣は巧みな剣と体捌きで躱していく。

 

 とはいえ、一挙動で二撃を生み出すこの技による手数の差は明白で、陣は剣の間合いでありながら反撃を放つことが出来ない。

 

 埒が明かないと判断した彼は、跳ね上がってくる穂先を打ち払いながら後方へ跳んで間合いを取る。 

 

 しかしそれはランサーの思惑の内でもあった。

 

 着地と共に雲霞秒々の構えを取ろうとした陣の背中に冷たいモノが走る。

 

 視線を上げれば、ランサーは肩口ほどに槍を持ち上げて大きく身体を捻る奇妙な構えを取っている。

 

 その構えと魔槍を奔る魔力に陣は見覚えがあった。

 

「───その心臓、貰い受ける」

 

「チィッ!?」

 

 宣誓と共に大きく一歩を踏み出す槍兵、同時に陣もまた急速に練り上げた内勁を刃に乗せる。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)』!!」

 

 放たれるのは必中の一閃。

 

 刺突ではあり得ない複雑な軌道を描いて、赤い穂先は陣の心臓へ食らい付かんと空を駆ける。

 

 同時に事象の因果すらも断つ刃が赤い一撃を撃ち落とすべく大気を裂く。

 

 刹那の間を置いて響く剣戟の音と宙を舞う赤い飛沫。

 

 ランサーは横合いからの衝撃で弾かれた槍を右手だけで支えることが出来ずに体勢を崩し、陣は吹き飛ばされたように先ほどよりもさらに後方で膝を付く。

 

「───躱したな、我が必殺の一撃を」

 

 凶相と共に神性を示す紅い瞳で陣を睨みつけるランサー。

 

 視界の隅に映る魔槍は口金の部分に大きく切れ込みが入っている。

 

「……その技は一度見た事がある。尤も、精度は段違いだったようだがな」

 

 赤く染まったツバを吐き捨てながら身体を起こす陣。

 

 その胸元は横一文字に大きく裂けているものの、傷は臓器へ至るほど深くはない。

 

「どこで、と聞いても答えは返ってこないんだろうな。───それにしても、あの一瞬で左を持っていかれるとは思わなかったぜ」

 

 忌々し気に舌打ちをするランサーの視線の先には、ぶらりと力なく垂れさがる彼の左腕の姿。

 

 その上腕部にはくっきりと掌の跡が刻まれている。

 

「本当ならこちらが心臓を貰うつもりだったんだがな。そう上手くはいかんらしい」

 

「当たり前だ。心臓を穿つのはこっちの専売特許なんだ、そう易々とパクられてたまるかよ」

 

 陣の言葉に不機嫌を隠そうともせずに鼻を鳴らすランサー。

 

 さきの攻防では、二つの動きがあった。

 

 まずはランサーの魔槍の一撃とそれを迎撃しようとする陣の斬撃だ。

 

 対アーチャー戦で『刺し穿つ死棘の槍』を目の当たりにしていた陣は、ランサーの構えで必殺の一撃が来ることを予見して迎撃に移った。

 

 しかしオリジナルであるランサーの一撃は、アーチャーのそれとはまるで別物の精度と速度を誇っており、陣の斬撃が因果逆転の呪いを断った時には穂先の先端は胸骨まで達していた。

 

 胸を焼く痛みの中、このままでは呪いが無くとも心臓を穿たれると判断した陣は魔槍の食い込ませた刀を強引に振り抜くことで、胸の傷を代償に槍を急所から逸らすことに成功する。

 

 深手を負ったものの、陣もまたやられたままではない。

 

 剣を振り抜いた勢いのままに身体を回転させると、必殺の一撃を凌がれた事に驚愕を露にするランサーの隙を突いて懐に飛び込み、黒手裂震破を叩き込もうとしたのだ。

 

 だが、ランサーも大英雄と呼ばれた男である。

 

 殺意よりも速く自身の心臓に伸ばされた手を見て取った彼は、無意識の内でありながらも身体を捻る事で左手を犠牲に致命の一撃を逃れて見せたのだ。

 

「しかし、なにが七歳のガキに祓える程度だ。サーヴァントの肉体を侵すレベルじゃねーか」

 

 刻まれた手形からじわじわと広がり始めた黒い染みを一瞥すると、ランサーは右手に持った槍を一閃した。

 

 風と肉を断つ音の後には、彼の左手は肩口から綺麗に斬り落とされていた。

 

「───随分と思い切りがいいな」

 

「使い物にならないのならブラ下げてても仕方ねえだろ。───それよりも続きと行こうや」

 

「ああ」

 

 互いに深手を負っているにも拘らず、両者の動きによどみは無い。

 

 刺すような寒気をさらに凍てつかせ、死闘の第二幕が始まる。

 

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