剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 アポ2話目投稿です。

 今回、ヴラド三世についてねつ造設定がございます。

 数年前にFGOとEXTRAで公を知ったのが縁で『ドラキュラZERO』の映画を見たのですが、本当に格好良かった。

 あれでヴラド三世のイメージが変わりましたね。

 お陰でアポの退場の仕方が不満だったのですが。

 しかし、なぜ拙作でスポットが当たるのっておっさんばっかりなのだろうか……。


剣キチさん一家ルーマニア滞在記(2)

 あーと、初めましてって言うんだっけ。

 オレ、ガヘリスは父ちゃんと一緒にトゥリファスって町から北にある林を進んでいる。

 理由はもちろん、昨日街中でドンパチなんてやらかしやがったユグ……、ユグ……なんとかって奴等に文句を言う為だ。

 昨日は部屋から出てこなかったガレスだけど、今朝になって少し落ち着いたみたいで一緒に朝飯を食べる事ができた。

 まだ少し顔色は優れないけど笑顔も見せていたから、後に残るようなモノはないみたいだ。

 これには家族みんなでホッと一安心した。

 それで事情が飲み込めていない婆ちゃんとガレスにシシゴーのおっさんとでっかいモードを紹介して、父ちゃんがユグなんとかに乗り込む事を伝えたわけだ。

 争いごとが嫌いな婆ちゃんとガレスは、ソッコーでこの町を離れて妖精郷に帰ろうと言ってきた。

 けど、父ちゃんは『トゥリファスが奴等の根城なら、昨日の騒ぎも監視されているはずだ。俺やガヘリスはともかく、幻想種を呼び出しまくったガレスは目を付けられている可能性が高い。妙なちょっかいを掛けられない為にも、一発ガツンと食らわせたほうがいい』と説き伏せた。

 難しい事はわからんが、母ちゃんとアグゥの奴が反対しないのなら間違いは無いんだろう。

 オレ的にも妹を泣かされたのに、尻尾を巻いて逃げるのはゴメンだしな。

 というワケでシシゴーのおっさん達と別れたオレ等は、母ちゃんと兄貴にみんなの事を任せてユグなんとかの根城へと向かっているわけだ。

 所狭しと生い茂る緑を掻き分けて進む中、父ちゃんは時折右手を人差し指と中指を伸ばした状態にして宙を切り払う動作をしている。

 あれっていったい何してんだ?

「なあ、父ちゃん」

「どうした、ガヘリス?」

「さっきから指を振ってるけど、それって何なんだ?」

「ああ。この林の中は魔術的トラップがチラホラあるんでな、斬って無効化してるんだよ」

 今、サラリと凄い事を言ったな。

「ふ~ん。父ちゃんって、魔術師じゃないのによく分かるな。あと斬ってるって、剣抜いてないじゃん」

「魔術は術式というプロセスを踏むことで、術者の意のままに魔力を望む形に成型するものだ。だから魔術が仕掛けられている場所には、術者の意が強くこびり付く。俺はそれを感じ取ってるんだよ。それと、剣士は得物を選ばないって何時も言ってるだろ。例え無手だろうと手刀や剣指で相手を斬れるのが、真の剣士ってもんだ」

「難しすぎてわからんッ! 三行で頼む!!」

「……ハァ。俺は魔術の気配が分かる。真の剣士は得物を選ばない。だから、俺は素手でも魔法が斬れる。これでいいか?」

「よっしゃ、よっしゃ! それならわかるぜ!!」

 俺の反応に苦笑いを浮かべながら、父ちゃんはズンズンと前に進んでいく。

 昔から思っていたのだが、なんというか父ちゃんの使う武術は理屈っぽい。

 オレや兄貴は『ダッと走って、ブワァァァッと振って、ズバッと斬る』で使う技の説明が付くけど、父ちゃんの技は『意』がどうだの『(けい)』がどうだの『型』がどうなのと、メチャクチャ難しいのだ。

 それが父ちゃんの強さの秘密なんだろうけど、闘っている時にあれこれ考えるのは性に合わない。

 オレとしては『シンプル・イズ・ベスト』がしっくり来るのである。

 そんなこんなで林を抜けると、なだらかな丘の上に古い城砦が建っているのが目に入ってくる。

 アレがユグドなんたらの本拠であるミレニア城塞だろう。

「周囲を見渡せる高台に築かれた城砦か。水の匂いと音からすると背後に川が流れているみたいだし、護りやすく攻めがたいいい立地だな」

「へー。父ちゃんだったらどう攻める?」

「建ってる高台をぶった斬る。幾ら強固だと言っても、地盤が崩れればひとたまりも無いだろ」

「……人類が出来る範囲でお願いします」  

 高台ぶった斬るとか、父ちゃん以外に無理だから。

 雑談をしつつ坂道を登っていくと、城砦の入り口とハルバードを手にした警備兵の姿が見えてくる。

「止まれッ!!」

 こちらの姿を見咎(みとが)めた警備兵の警告に、オレ達は一先ず足を止めた。

「ここは私有地だ、許可無き者の立ち入りは禁止されている! 早々に立ち去れ!!」

 ハルバードの石突きを地面に突き立てながら、警備兵はがなり立てている。

 警備兵は2人、どちらもまったく同じ顔で怒鳴っているのに表情が人形の様に変わらない。

 双子なのか何なのかわからんが、ぶっちゃけ気持ち悪い。

 といっても、オレ達もガキの使いできているわけじゃない。

 『はい、そうですか』と、スゴスゴ帰るわけにはいかないのだ。

「一つお(たず)ねするが、ここはユグドミレニア当主が所有する邸宅に間違いないだろうか?」

「ここがユグドミレニアの拠点と知っているだと!? 貴様等、魔術協会の手の者か!!」

 敵愾心も露に斧槍(ふそう)の穂先を突きつける警備兵。

 気付けば、奴等の後ろには二階建ての建物程度の大きさはある土人形たちが、鉄の仮面に刻まれたスリットに光を灯している。

「それは違う。我々はトゥリファスに訪れた観光客だ。昨夜、そちらの引き起こした戦闘に身内が巻き込まれたので、それについての抗議と責任について話に来た。当主にお取次ぎ願えないか?」 

 向けられた穂先や土巨人の眼光など物ともせずに、こちらの要求を口にする父ちゃん。

 向こうが臨戦態勢に入ったので、オレも愛用の大型ハルバードをニニューの姐さんから貰った『四次元倉庫』から取り出して構える。

「貴様等のような怪しい輩に当主様はお会いにならん! 大人しく立ち去らぬというのであれば、力ずくで排除するまでだ!!」 

 警備兵の声に応えるように背後から姿を現した土人形は、城門を窮屈(きゅうくつ)そうに潜り抜けるとこちらに突進してくる。

 地響きを上げながら、こちらに向かってくる土人形。

 一歩ごとに速度を増すその巨体に巻き込まれれば、オレ達であってもダメージは免れないだろう。

 もっとも、それは『まともに当たれば』の話だ。

 当然、父ちゃんもオレもスットロいタックルなど食らうわけがない。

 片方は父ちゃんとすれ違った瞬間に目にも留まらない剣閃によってバラバラになり、もう片方はオレがフルスイングしたハルバードの一撃で粉々に吹き飛んだ。

 見た目のワリにはえらく(もろ)い。

 そういえば、あの夜デカいモードが素手でぶっ潰してたっけか。

 どうも土巨人たちはむこうの虎の子だったようで、さっきまで威勢がよかった門番たちは完全に腰が引けている。

 相手の士気が下がったところを見逃さずに、父ちゃんはすれ違いざまに警備兵たちの首筋に手刀を当てて意識を奪った。

「何の騒ぎだ! 赤の陣営の攻撃か!?」

 崩れ落ちる警備兵を尻目に中に入ると、警備兵と同じ城の制服に身を包んだメガネのアンちゃんとゴッツいメイスを持った白いドレスの女の子が駆け寄ってきた。

 オレも元英霊だからすぐにわかった。

 あの女、デカいモードと同じ感じがするところを見ると、母ちゃんが言っていたサーヴァントって奴だろう。

「君はユグドミレニア縁の者かな?」

「お前は……ッ!? セイバーを倒した黒ずくめ!!」

 父ちゃんを指差しながら叫ぶメガネ君。

 つーか、他人を指差すって失礼なはずなんだが、その辺の事は魔術師は教わらないのか?

「やはりそちらでもモニターしてたか。なら、用件はわかってるな?」

「な、なんだよ……?」

 顔色を真っ青にしながらも虚勢を張るメガネ君。

「ウアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」

 それに感じるものがあったのか、後ろに居たドレスの女が父ちゃんに襲い掛かる。

 女はどういうカラクリか、先の重石が帯電した身の丈ほどもあるメイスを大上段から振り下ろすが、そんなモノが父ちゃんに通じるわけが無い。

 あっと言う間に鞘に入った剣がメイスの支柱を絡め取り、大きく狙いが外れたメイスが土煙を上げると同時に、父ちゃんの手が女の子の顔面に掛かる。

()ッ!!」

「ギャアァァァァァァァァァァァッ!?」

 気合と共にバチッと電気がショートするような音が響き、女の子は甲高い悲鳴と共にその場に倒れこんだ。

「バーサーカーッ!?」

 グッタリと動かない女の子に駆け寄るメガネ君。

「手加減はしたしサイボーグでもないようだから、命を落とすような事は無いだろう。それより、昨日の一件で話があるから君達の代表に会わせてくれないか?」

 そんな彼を見下ろしながら、父ちゃんは先程と同じように語り掛ける。

 メガネ君はそんな父ちゃんを睨みあげていたが、どうしようもないと判断したのか、女の子を抱えると城の中に入っていった。

 いや、メイス忘れてるんだけど……。

 

 

 

 

 少年が城内に入ってから少しすると人形を思わせる無表情なメイドが現れ、俺とガヘリスは応接室と思われる部屋に通された。

 城砦という建物とは裏腹に室内は高そうな調度品が置かれた、貴族然とした部屋だ。

「なあ、父ちゃん」

「なんだ、息子よ」

 勧められた飲み物も椅子も固辞して待っていると、ヒマなのかガヘリスが声を掛けてくる。

「さっきの女、倒したのは何なんだ? 電気がバチッてなってたけど」

 そういえば、家族の前で電磁発勁って使った事なかったな。

「戴天流裏氣功術奥義『電磁発勁』。別名『紫電掌』とも呼ばれてる技だ。詳しい説明してもお前は『分からん』で済ませるだろうから省くけど、要は身体の中で電気を起こして氣と共に送り込むんだよ」

「ほー。そういえば、あの女も電気ビリビリさせてたもんな。こういうのって『毒を食らわば皿まで』っていうんだっけ」

「それを言うなら『毒をもって毒を制す』だ。ま、そういう理由で使ったワケじゃないんだが、その辺は置いておこう。そういう技だって覚えとけばいいさ」

 基本的に小難しい事を考えないガヘリスには無用の話だと断じた俺は、念の為にもう一度体内に損傷は無いか確認する。

 『電磁発勁』は特殊な練氣によって、体内で瞬間的に電磁パルス(EMP)を発生させる技法だ。

 これを呼氣と共に放てば『轟雷功』、掌から発勁として打ち込めば『紫電掌』という技となる。

 稲妻などの高エネルギー現象で発生する電磁パルスは、あらゆる電子デバイスの導体に電磁誘導を引き起こし、刹那のうちにこれを破壊する。

 これを浸透勁に組み込んで放つ事で、室内に埋め込まれた電子機器や生体に組み込まれるサイバーウェアのEMP対策をも擦り抜け、徒手空拳でサイボーグを屠る殺戮の絶技(アーツ・オブ・ウォー)に昇華せしめる。

 これこそが前世において、電磁発勁が生身の人間でもサイボーグに対抗しうる唯一の武術、対サイバー氣功術と呼ばれた所以である。

 俺も凶手時代は室内のセキュリティを無効化するのに広域放射の『轟雷功』を使用したものだ。

 もっとも、生身で電子デバイスに電磁誘導を引き起こす程のEMPを発生させるこの技は、通常の氣功術に比べて肉体に段違いの負担を掛ける。

 無茶な氣の運用に加えて生成したEMPが体内を駆け巡る事から、使うたびに臓器全てが損傷していく。

 こういった内傷が軽度である内は、内養功と長期の休暇を挟めばさして問題はない。

 しかし、濤羅(タオロー)兄のように長年凶手として組織に仕えてきた名家の出ならいざ知らず、俺は一山いくらの鉄砲玉。

 長期休暇なんぞ与えられる訳が無い為、死にたくなかった身としては必然的に使う機会が減っていったわけだ。

 まあ、今生は神仙になったお蔭か、電磁発勁で身体を痛めるリスクは無くなったようだが、あれが外法の練氣に端を発する事は変わりない。

 前世の直接的な死因って短期間であれを使いすぎた事で臓器が軒並みイカレたせいだし、使用は控えたうえで用心は怠らないほうがいいだろう。

 なら、何で使ったのかって?

 それはまあ、あのバーサーカーがサイボーグに見えた事で、条件反射的にやってしまったというか……。

 簡単に言えば『剣キチはサイボーグを見ると、つい殺っちゃうんだ♡』という事である。

 もっとも、さっきのは俺の勘違いだったようなので、電磁誘導で神経がズタズタとかは無いようだが。

 ゴホンッ!

 技の回想はさて置いて、そろそろ現実に戻るとしよう。

 俺達がボケッと突っ立ったまま待っていると、ノックの後に2人の男が現れた。

 一人は例の制服に短い外套を羽織ったウェーブの掛かった青髪の青年。

 もう一人は黒を基調にした仕立ての良い服を身に纏った、金灰色の髪に蝋の様に白い肌が特徴の支配階級を思わせる壮年の男だ。

 彼等は俺達の前に置かれた椅子に身体を預けて、立ったままのこちらにも身振りで着席を勧めてくる。

 さすがにここまで来れば、突っぱねるわけにも行かない。

 こちらが椅子に腰を下ろしたのを見計らって、青髪の青年が口を開く。

「お待たせした、客人たちよ。私はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア、このユグドミレニア一族を束ねる者だ。こちらの方は私が仕える主と憶えていただこう」

 人当たりの良い笑顔と共に自己紹介を始める青髪の青年ことダーニック。

 その反応に俺は目を細めた。

 一連の俺達のユグドミレニアへの対応は決して褒められたものではない。

 昨夜の事も然ることながら、今回の訪問だって完全に殴り込みである。

 普通の当主なら応対などせずに、全力で排除して当たり前だろう。

 そんな状況で、ダーニックのこの態度……。

 何か裏があるとしか考えられん。

 それにダーニックが主と呼ぶあの男。

 気配からして、奴は間違いなくサーヴァントである。

 そして俺の記憶が確かならば、奴はガウェイン達を助け出す際に英霊の座で立ち塞がった杭使いのはずだ。

 もし奴が英霊の座での記憶を持っているとすれば、狙いは───

「私はアル、そしてこっちが弟のガスという。今日、こちらに赴いた理由は聞いていらっしゃるかな?」

 事前に申し合わせておいた偽名と立場を名乗って反応を見る。

 むこうの顔に疑念などが浮かばないところを見ると、ウソを見抜かれたワケではないようだ。

 今回のことが無ければ関わり合いになどならない連中である。

 こちらの情報などくれてやる理由は無い。

「カウレス、君達が中庭で出会った者から聞いている。昨夜の件についてだったね」

「ええ。私達はトゥリファスを訪れた観光客なんだが、夜半に街へ出たところ貴方方と敵対する勢力との抗争に遭遇した。幸いにも家族に怪我を負う者は無かったが、血生臭い場面を見た所為で妹が体調を崩してしまった」

「なるほど、そちらの事情は理解した。それで、貴方方が私達に何を求めるのかな? 賠償ならば治療費に迷惑料を付けてお支払いしよう。巻き込まれた事件の真実を求めるのなら、私達が知らせられる範囲でお話する」

 ダーニックという男は、口元に薄く笑みを浮かべながらトントン拍子に答えを返してくる。

(父ちゃん、なんだか話が分かる奴みたいだな)

(騙されてんじゃないよ、バカチン。むこうは聖杯戦争真っ最中だ。昨夜の映像を見ていたのなら、俺やお前、ガレスにも戦力的価値を見出してる可能性が高い。ここでヘタに要求を出してみろ、なんだかんだと理由を付けて自分たちに協力するように仕向けてくるはずだぞ)

 さっそく騙されそうになっているガヘリスに念話で喝を入れ、俺はダーニックと向かい合う。

 以前の冬木とは状況がまったく違うのだ。

 家族サービスという使命がある以上、聖杯戦争なんぞに構っている暇など無い。

「ご厚意には感謝するが、生憎とそういった物は遠慮させていただこう。我々としては、妹に対して謝罪してくれればそれで十分だ」

 むこうの提案を断ると、ダーニックの方に変化は無かったが後ろのサーヴァントの眉間に一瞬皺が寄ったのが見えた。

「……承知した。我々の諍いに妹君を巻き込んだ事、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの名において謝罪しよう。相手方からの襲撃に関しては難しいが、今後こちらから仕掛ける際は人払いの結界などを使用して、一般人が巻き込まれる事がないように配慮する事を誓おう」

「そちらの謝罪、妹に成り代わり確かに受け取った。こちらも本件に関しては水に流す事を約束する」

 伸びてきたダーニックの手を握り返した後、ガヘリスを促して俺は席を立つ。

「もう行かれるのかな?」

「こちらでの用は済んだので。押しかけてきて言うのもなんだが、そちらは厄介事を抱えている様子。異物はいない方が都合がいいだろう」

「たしかに。では、今度は別の機会に会える事を期待していよう。旅の無事を祈っているよ」

「貴方方も御武運を」 

 互いに言葉を交わし、俺達は応接室を後にした。

 廊下に出て、人の気配や監視の目が無い事を確認した俺は、ダーニックと握手をした手を強めに上着の裾で拭う。

「どうしたんだよ、父ちゃん?」

 突然の俺の奇行に目を白黒させるガヘリス。

(あのペテン野郎、最後の握手の時に手に精神系の魔術……多分魅了を仕込んでやがったんだよ)

 聞かれると拙いので念話で答えると、ガヘリスの顔もしかめっ面へと変化する。

(魅了って、あの兄ちゃんソッチ系なのかよ?)

(いや、掛かってたのは恋愛的なものじゃなくて、親愛的な感情を植え付けるものだと思う。大方、こっちに親近感を抱かせて自分の陣営に抱き込む算段だったんだろうよ。あ~、気持ち悪ッ!?)

 ゴシゴシと手を擦りながら案内されたルートを思い返して出口を目指していると、廊下の端に肌色の塊が見えてきた。

「なんだありゃ?」 

「さてな。ゴミか何かか?」

 ガヘリスと2人して首を傾げながら近づくと、それは地に伏せった少年である事がわかった。

 年の頃は14・5歳程度、栗色の髪に細身の体。

 肌の色は病気かと思うくらいに白い。

 しかし、何故に城の中で全裸なのか?

「城の中で全裸で行き倒れとか、事件の予感しかしねえんだけど。大丈夫なのか、こいつ?」

 息があるのを確認したところで、背後からガヘリスが問いかけてくる。

 招かれざる客である俺達が首を突っ込む話ではないのはわかっちゃいるが、このまま放っておくのも後味が悪い。

「取りあえず、ここの職員が通りかかったら対処を任せることにするか」

「そうだな」  

 誰か来ないかと2人で周囲に気を配っていると、前方から桃色の髪を靡かせた人影が歩いてくるのが見えた。

 こちらに近づいてくるのはまたしてもサーヴァント、しかも見た顔である。

 先程の杭使いと同じく英霊の座で刃を交えた、鷲馬を乗りこなしていた少女だ。

 鼻歌交じりで歩いていた彼女は、こちらに気がつくと驚愕の表情を浮かべながらこう言った。

「あ~~~ッ! 頭がおかしい首刈族!!」

 誰がやねん。

 

 

 

 

「王よ、どうやら私の魔術はレジストされてしまったようです」 

 眼前で苦い表情を浮かべる自身の仮の臣下にしてマスターであるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの言葉に、黒のランサー・ヴラド三世はため息を吐いた。

 本体から寄せられた記憶が確かならば、ダーニック如きが使う魔術などあの剣士に通用するはずが無い。

 ヘタな小細工は相手の勘気に触れるだけ。

 他の家との謀略に慣れすぎたこの男には、それすらも分からないらしい。

「構わぬ。その程度で絡め取れる男なら、ワザワザ引きこむ価値は無い」

「しかし、本当に王が言うほどの価値があの男にあるのですか?」

 ダーニックが口にした疑念を黒のランサーは眼力一つで封じ込めた。

 この臣下が不満を抱くのも分からなくは無い。

 所属していた魔術協会を向こうに回すほどに魔術師として高い矜持を持つこの男は、魔道の徒ではない者達など塵芥程度にしか思っていない。

 ヴラドがあの男を自陣に取り込むという決定を下さねば、頭など決して下げる事はなかっただろう。

 だがしかし、今の言葉はいただけない。

 臣下が王の采配を疑うなどあってはならない事だ。

 生前ならば無礼討ちとなってもおかしくは無い失態である。

「貴様も見たであろう。赤のセイバーと思しきサーヴァントを一撃で斬り伏せたのを」

「それは……」

「余の話が信じられぬとしても、あの男がサーヴァントと同等、もしくはそれ以上の力を持つのは事実だ。彼奴を引き込む理由としては十分ではないか」 

「……出すぎた真似を致しました。お許しを」

 謝罪の言葉を述べるダーニックに小さく頷いたヴラドは、供を待たずに応接室を後にする。

 謁見の間へと戻る道で彼の脳裏に過ぎるのは、世界に使役されて彼の剣士と相対した時の記憶だ。

 奪われた我が子を取り戻さんと、孤剣一つを携えて世界に立ち向かった男。

 阿頼耶識の傀儡ではあったが、その姿に彼は羨望を覚えた。

 ヴラドは生前、ワラキアに侵略の手を伸ばしてきたオスマン帝国から息子を護る事ができなかったからだ。

 大公の地位に就いた彼は国内を中央集権化すると同時に、支東欧世界に侵略の手を伸ばしていたオスマン帝国に牙をむいた。

 乾坤一擲の夜襲を敢行するものの、相手方の王であるメフメト二世を討つ事が叶わなかった彼は、敵軍の侵攻を遅らせる為に要求された莫大な貢物と共に親衛隊(イェニチェリ)という名の人質として多くの男子を贈らねばならなかった。

 その年若い虜囚の中には、自身で志願した彼の息子の姿もあったのだ。

 父であるヴラド二世が自身と弟を差し出さざるを得なかったように、己もまた国と我が子を天秤に掛けるのは皮肉と言う他ないだろう。

 その後、再び侵攻を開始したオスマン帝国に対し、ヴラド三世は捕虜への串刺し刑や焦土作戦などの苛烈とも言える戦略でワラキアを守り抜いた。

 しかし、彼は再び我が子に出会うことが出来なかった。

 だからこそ、オスマン帝国など比較にならないほどに巨大な相手から我が子を取り戻した彼に憧れを抱いたのだ。

 此度の聖杯戦争、彼は自身に掛けられた『吸血鬼ドラキュラ』のイメージを払拭する事を望みに召喚に応じた。

 しかし、槍を振るう理由はそれだけでは無い。

 吸血鬼ではなく小竜公として降り立った彼にとって、かつて己が治めた地であるワラキアが魔術師達の我欲に蹂躙されるのを防ぐ事もまた、果たさねばならぬ使命なのだ。

(ダーニックとて所詮は魔術師、信用など出来よう筈がない。この地であの男と出会えたのは、まさに主の導きと言えよう。なんとしても協力を取り付けねば……) 

 護国の鬼将はその手に剣を求める。

 己に纏わり付く言われ無き悪評を払うため、そして再び己が領地を守護する為に。

 






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