剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 アポ9話完成です。

 いやはや、今回は難産でした。

 不老不死って、個人の願いならわかりますが、争いの抑止としてはあんまり役に立たないと思った次第。

 あと、FGOとアポのコラボというタイムリーなイベントに、少々ビビりました。



剣キチさん一家ルーマニア滞在記(9)

 俺の素朴な疑問はさて置き、天草の答えによって場は沈黙に覆われた。

 俺達のように事前に知っていたのなら兎も角、いきなり『人類の救済』なんて大風呂敷を広げられては、いかに英霊でも唖然(あぜん)となるだろう。

「人類の救済…ですって……?」

「ええ。聖杯はその為に行使させていただきます」

 驚愕の表情で言葉を絞り出すルーラーに、天草はにこやかに答えを返す。

「ルーラーならば、わかっているはずです! 私達に許されるのは世界とそこに住まう人々を護る事だけ。英霊がその領域を逸脱し、望まれもしないのに人類全てを救うなどあってはならない!!」

「あの戦争で受肉して60年、この時を待った! 今更引き返す選択肢など、俺には無い!!」

 その願いをルール違反だと糾弾するルーラーに、天草は怒りを露わに反論する。

「なんだ。あの兄ちゃん、サーヴァントだったのかよ」

「話を聞くに、前の聖杯戦争で生身の肉体を得たらしいな」

 蚊帳の外といった感がある為か、赤のライダーと並んで傍観しているガヘリス。

 つーか、いつの間に仲良くなったんだ?

「天草四郎。今を生きる者達に願いを託さないのであれば、貴方に英霊の資格はありません」

「その通りだ、ジャンヌ・ダルク。私はもはや英霊でも聖人でもないのだろう。だが、人類を救済するという奇跡は起こしてみせる、必ず……ッ!!」

 ルーラーの言葉を受けて浮かべた自嘲を消して、確固たる決意を見せる天草。

 その気迫にルーラーが口を(つぐ)んだのを見て、今度は俺が口を開く。

「あー、天草君でいいのか?」

「今はシロウ・コトミネと名乗っています。できれば、そちらの方で呼んでください」

 俺の呼びかけに笑顔で応対してくるシロウ神父。

 こっちは少し前に重傷を負わせた相手なのだが、表情からはそういった隔意(かくい)は感じない。

 傷は再生してあるとはいえ、大したものである。 

「とりあえず、そっちのキャスターからは聞いたんだが、改めて確認させてくれ。君の言う人類救済の方法って、『全人類を不老不死にする』であってるか?」

「……まったく、それは我々の最重要機密だったんですがね」

 こちらの問いかけに、驚愕の表情を浮かべたシロウ神父は深いため息と共に言葉を吐く。

「という事は、間違いないんだな?」

「ええ、その通りです。全人類が不老不死になれば、エデンを追放されたアダムとイヴに主が与えたもうた罰である限りある肉の身体と、そこから発するあらゆる欲から解放される。そうすれば我欲による争いは起こらなくなり、人類は更なる進化の道を辿る事になるでしょう。これこそが私の望む人類救済です」

 胸を張って答えるシロウ神父の言に、絶句する英霊達。

 そんな中、俺は頭を抱えたい気分だった。

「天草四郎! 貴方は神にでもなったつもりですか!?」

「私はそんな烏滸(おこ)がましい考えは持ってはいません。ただ、これからも人が起こすであろう悲劇を止めたいだけだ」

 ルーラーの烈火のような怒りを意にも介ぜず、シロウ神父は薄く笑みを浮かべる。

「……なあ、シロウ神父。いくつか質問してもいいか?」

「どうぞ、遠慮なさらず。それで貴方の疑問が解消するなら安い物です。そこから私の考えに賛同してくれれば、なお良いのですが」

「それは質問の答え次第かな。───まず不老不死って言ったが、それはどういった物なんだ?」

「どういった物、とは?」

「食事は取らなくても空腹にならないのか、それとも死なないだけで空腹は感じるのか。はたまた、食事をとること自体が出来なくなるのか。あとは病気には(かか)るのかということや、傷を受けた際にはどういう対応をなされるのか、なんてのも不明なままだ」

「もちろん、不老不死ですので如何なる障害に見舞われても死ぬ事はありません。この答えでは不満ですか?」

「それじゃあ説明が足りない。死なないのは解るが、どう死なないのかがわからん。たとえば、致命傷を負った奴や致死レベルまで病気が進行した奴がいたとしよう。そいつ等が不老不死になった場合はどうなるんだ?」

「もちろん傷は即座に癒え、病はその身体から駆逐されるでしょう」

「成る程、高い治癒力と各種病魔への抗体が付くと。そうなると医療関係に従事してる奴は軒並み路頭に迷うな。あ、死なないんだったら葬儀関係もそうか。で、空腹に関しては?」

「それは……食べる事が出来るでしょうが空腹になる事はありません」

「ふむ。なら、嗜好・美食という観点で食物に関しての取り合いは免れんわけだ。次なんだが、不老不死になる時に老人だった奴って老人のままか? 逆に子供はどうなんだ?」

「それは……」

「これが老人のままだった場合、若さを取り戻す為に権力者は人体実験とか普通にやると思う。で、永遠に成長しない子供なんて社会にとって多大な重荷になるぞ。自分の子供が何時までたっても赤ん坊ってのは親の負担は強烈だからな。あと、子供はできるのか? 人間は動物じゃないから、種の保存の必要は無くても子供を欲しがる。ついでに言えば、性交渉も子孫を残すって側面より、性的快楽の追及や愛情表現の意味が強いからな。つまるところ、男女共に美醜で格差は解消しない。それと子供が産めれば世界人口は増加する一方だから、居住可能な土地が足りなくなるな。そうなると住みやすい場所と住みにくい場所の格差がついて、それが争いの火種になるんじゃないか?」

「…………」

「というか、そこまで行ったら地球が保たんか。現在の世界人口は約76億、それだけでもこの星を取り巻く環境問題は山積みだ。それなのにこれから人口は減ることは無く増える一方なんだろ? だとしたら発展途上国はもちろん、先進国だって居住環境や人口問題で環境に目をやる余裕がなくなる。減る事のない国民の生活空間を求めて、今まで手つかずでいた森を切り開き、海を埋め立てていく。その果てに待ってるのは、壊滅的な環境破壊。動植物は姿を消し、腐り果てた土壌に酸の雨が降る地獄だろうさ。まあ、それでも死ぬことは無いんだろうから、人類は(たくま)しく生きていくのかねぇ。あ、あと娯楽や社会的地位、権力に対する欲求は三大欲求と関係ないから、不老不死になっても争いは続くんじゃねーのかな。って、どうしたシロウ神父?」 

 返答が返ってこないので様子を見れば、シロウ神父は先ほどまでの泰然(たいぜん)とした顔とは打って変わって、顔を引き()らせながら冷や汗をかいている。

「………いえ、何でもありません。貴方の上げた問題点についてですが、私は聖職者であり施政者ではありませんので具体的な意見を述べることができません。しかし人類が新たな進化を迎えれば、そういった諸問題も解決策が見つかることでしょう」

「いや、それって完全に丸投げじゃないか。自分の理想で全人類に手を加えるんだから、その責任くらい持とうよ」

 俺のツッコミに再度言葉を詰まらせるシロウ神父。

「我がマスターを惑わすのはそこまでにしてもらおうか、下郎」

 それに代わって言葉を返したのは、彼の(かたわ)らに姿を見せた黒衣の女だった。

 姉御直々に魔女判定を食らった『赤のキャスター』、いや例の作家がキャスターならば彼女は『赤のアサシン』か。

「天草四郎を(たぶら)かしたのは貴方ですか! 人類最古の毒殺者、女帝セミラミス!!」

 その姿を見て荒げたルーラーの声に、俺は再び首を傾げる。

 セミ……誰それ?

「吼えるな、ルーラー。我はこ奴のサーヴァントぞ。その命に従いはすれど、マスターの不利になるような事をするはずがあるまい」

 いけしゃあしゃあと言い放つセミ……なんとかさん。

 しかし身に(まと)った悪の雰囲気の所為で、説得力は清々しいまでにゼロである。

「女帝って事はアンタ施政者だったんだよな。従者を気取るんなら、シロウ神父がイタい理想を掲げたときにダメ出ししとけよ」

「黙れッ! 我がマスターの理想は、貴様のような下種が口を挟んでいい物ではないわ!!」

 セミの怒号と共に通路の端から紫電が迸る。

 めんどくさいので軽く刃を合わせてやれば、雷撃が両断されると同時に薄闇の向こうから重いものが落ちる音が響いた。

「何を怒ってるんだ。アンタに何かした覚えはないんだが?」

「マスターや庭園を傷つけておきながら、どの口が───ッ!!」

「アサシン、お止めなさい」

 さらに激高しようとするセミ女だが、その肩にシロウ神父の手が置かれると渋々といった感じで引き下がる。

 あんな気性の荒い女を手なずけてるとは、あの兄ちゃんやりおるわ。

「失礼しました」

「構わんよ。今は敵同士、攻撃の一つや二つくらい飛んでくるのは仕方ないさ」

 小さく頭を下げる神父に手をヒラヒラと振りながら言葉を返す。

 むこうも右手をぶった切った事を言及しないのに、この程度で怒ってはこっちが情けないじゃないか。

「手を貸してもらうという件ですが、残念ながら色良い返事は貰えそうにありませんね」

「熱意は伝わるが計画の練りこみが足りなすぎる。俺も家族がある身だから、そんな杜撰(ずさん)な計画には乗れんよ。まあ、時間があるのならもう少し世間を勉強することを勧める。社会や人間の汚い部分のな」

「助言は受け取らせてもらいましょう。ですが、それを実行する事はできかねます。───俺はこのチャンスを逃す気はないのでね」

 言葉を交わしている時とは別人のような剣呑な気配と共に、指の間に挟む形で6本もの細身の剣を構えるシロウ神父。

 だが、それは俺たちの間に割って入る形で立ちはだかった赤陣営のサーヴァント達によって阻まれる。

「待ちな、アサシンのマスター。テメエに聞きたいことがある」

 殺気を隠そうとしないライダーの視線だが、当のシロウ神父は薄い笑みを浮かべたまま真正面から受け止める。

「なんでしょう、ライダー?」

「先ほど、唐突に我等のマスターが変更になった。それは貴様の仕業か?」

 鋭い視線と共に矢を番えた弓を向ける赤のアーチャー。

 だが、それも神父の前では暖簾に腕押しだ。

「ええ、彼等は快くマスター権限を譲ってくれましたよ。故に、全ての赤のサーヴァントのマスターはこの私、天草四郎時貞ということになります」

 笑顔のままで神父が答えを吐いた瞬間、風の速度で飛び出したライダーが彼の胸元に向けて青銅の槍を繰り出す。

 しかし、それは神父の胸に血の華を咲かせる寸前に、セミ……もうアサシンでいいや、の細腕によって阻まれた。

 目を凝らせば、奴の腕が鈍色の鱗に覆われているのが見て取れる。

「神魚の鱗をこうも容易く貫くとは、さすがはギリシャの大英雄よな。だが、容易くマスター殺しなどはさせぬよ」

 鱗が弾けると同時に、背後から召喚した鎖をライダーに放つアサシン。

 しかし、ライダーは襲い来る鋼の蛇を弾きながら、瞬きする間に安全圏まで退避する。

 両者の攻防に間髪入れずしてアーチャーの矢が放たれるが、それはアサシンの顔面の手前でその動きを止めた。

「ランサー、テメェ……ッ!?」

「どういうつもりだ! 貴様は奴をマスターと認めるつもりか!?」

 女帝の顔を射貫くギリギリのところで矢を掴み取った赤のランサーは、言葉と共に手の内にあるそれを握り潰す。

「奴にはまだ問いたださねばならん事がある。矢を射掛けるのは、それからでも遅くあるまい」

 赤のサーヴァント二騎からの非難の声に冷静に答えを返したランサーは、表情を変えることなくアサシン主従へと向き直る。

「ありがとうございます」

「礼など不要だ。俺とてマスター替えに賛同したつもりはない」

 頭を下げるシロウ神父へ冷徹に言い放つランサー。

 しかしその声に動じることなく、神父はこちらへと視線を移す。

「あの男、赤の陣営に敵視されているのに、まったく動じていませんね」

「さっき、奴は赤のサーヴァント全体のマスターになったと言っていた。何らかの反発があったとしても、城塞の主であるアサシンが抑えている間に、令呪を使って鎮圧するつもりなんだろうな」

 小声で話しかけてきたガウェインに、奴らに悟られないように答えを返す。

 聖杯戦争において、令呪はサーヴァントという文字通り次元違いの化け物を、魔術師が御する為の首輪というべきものだ。

 事前に聞いていた獅子劫の話では、あの神父は聖堂教会が派遣した監督役だという。

 その役割が冬木と同じだとすれば、四次聖杯戦争で言峰璃正神父が『デスクィーン師匠討伐』の際の賞品として令呪を差し出したように、通常のマスターよりも多くの令呪を保持している可能性は高い。

 だとすれば、意に従わないサーヴァントを服従、あるいは自害によって排除するための手は確保されていると見るべきだろう。 

「さて、このままでは赤と黒、そして彼等第三勢力による三つ巴の争いとなるわけですが、その前にこちらから黒の陣営へと提案があります」

「提案、ですか?」

「ええ。ケイローン、そしてアヴィケブロン、我々に降伏する気はありませんか?」

「……どういうつもりですか、赤のマスター?」

 突然の降伏勧告に鋭さを増す黒のアーチャーの視線、それを真正面に受け止めながらシロウ神父はさらに弁を振るう。

「現状を(かんが)みれば、黒のサーヴァントの残りは5騎、対する赤のサーヴァントは6騎です。そしてそちらは主力たる三騎士のセイバー、そして舵取りを担っていたランサーを失いました。さらにアサシンも第三勢力に属している為、実質的には6対4と言えるでしょう」

「一つ間違いがありますね、天草四郎。そちらのキャスターも第三勢力の虜囚(りょしゅう)となっているのだから、我等の人員の差は1騎ですよ」

 教師が生徒の間違いを示すように、シロウ神父の発言の誤りを指摘するアーチャー。

 正確に言えば赤のセイバーもこっち側なのだが、わざわざ教える必要はないだろう。

「これは失礼。しかし、現状で赤の陣営が有利であることに変わりはありません」

「つまり何が言いたのだ、赤のルーラーよ」

「このまま赤と黒が潰しあえば、得をするのはそちらにいる第三勢力という事だ、黒のキャスターよ。故に、一時的に赤と黒で同盟を結び、異物である彼等を排除しようと持ち掛けておるのさ」

 薄い笑みを浮かべるシロウ神父の横で、エゲツない事を口走る赤のアサシン。

 あれか。

 奴ら、渾身の理想にケチをつけたのがそんなに許せんかったのかね。

「異物というのは語弊(ごへい)がありますね。彼らは黒のアサシンの協力者、つまりは我々の側の人間だ。そちらの都合で排除するのを認めるわけにはいきません。それに、貴方達の視線からは聖杯によって召喚されたルーラーまでもが邪魔者と思っているように感じるのですが?」

「否定はしませんよ、ケイローン。大聖杯に組み込まれたシステムとはいえ、本来の聖杯戦争においてルーラーの出番はありません。そんな裁定者に立場を振りかざして余計な口出しをされるなど、参加者としては避けたいと思うのは当然でしょう」

「天草四郎、貴方は……ッ!?」

 堂々と不要と断じられて、ルーラーは思わず鼻白む。

 言わんとすることは分からんでもないが、本人がいる前でキッパリと口にするあたり面の皮が厚い。

「さて、返答を聞かせいただけますか?」

「せっかくの誘いですが、その手を取る気はありません。私にも願いがあり、そして共に戦うと誓ったマスターがいる」

「そうですか、残念です。それでは貴方はどうですか、アヴィケブロン」 

「……一つ条件を飲んでもらえるなら、僕は君の手を取ろう、天草四郎」

「キャスター!?」 

 背後にいる仮面の男が放った思わぬ言葉に、驚愕の声を上げる黒のアーチャー。

「その条件とは?」

「ユグドミレニアに属している僕のマスターに手出ししないと約束する事だ」

「わかりました。(しゅ)聖名(みな)において誓いましょう」 

「契約成立だな」

 その言葉を合図として、黒の陣営が持ち込んでいたゴーレムが俺達を取り囲む。 

 マスターの安全を引き換えにするのには感心するが、この状況は少々いただけない。

「キャスター! 貴方は何を考えているのだ!?」

「愚問だな、アーチャー。聖杯戦争に参加する英霊が考えることなど、如何(いか)にして自身の願いを叶えるかに決まっているだろう。僕はその為に必要な選択をしただけだ」

 声を荒げる黒のアーチャーに冷徹に答えながら、仮面の男は新たな主の傍らで肩の高さに挙げていた手を振り下ろす。

 それを合図としてゴーレムたちは剛腕を振り上げるが、固められた拳が振り下ろされるより早く、飛来した矢によって包囲の一角を担っていた数体が粉砕される。

 ゴーレム達を貫いた射撃の発生源に目をやると、そこには弓に新たな矢を番えた赤のアーチャーの姿があった。

「姐さん、あんた……」

「アーチャー、なんのつもりだ!」

「神父、そしてアサシン。汝らは信用ならんのでな、私は彼等に付かせてもらう」

 呆然と口を開くライダー、そして怒りを(あらわ)にするアサシンの詰問を受けながらも、獣さながらのスピードでこちらに付いたアーチャーは彼らに狙いを定めながら言い放つ。

「おやおや、マスター替えの事を言っているのですか? それならば、彼らは穏便にマスター権限と令呪を私に譲ってくれたのですよ」

「一度も我が前に現れることのなかったマスターなど、どうでもいい。大方、アサシンが毒を盛って操り人形にでも仕立てたのだろうが、それを阻止できなかったのはマスター自身だからな」

「ならば、何故?」

「言ったであろう、貴様らが信用ならんと。協力するのならば、産まれたいと望む子供の為に戦いに身を投じている彼らの方が百倍マシだ」

 確固たる決意を持ってそう云い放つアーチャーに、シロウ神父は小さく息をつきながら頭を振るう。

「……そうですか。残念ですが、仕方ありませんね。では、令呪を以て命じる。アーチャー・アタランテよ、自害せよ」

「テメェッ……!?」

 なんの迷いもなく令呪にて自害を命じるシロウ神父に非難の声を上げるライダー。

 当然、こっちも黙ってみているつもりはない。

 神父の右手が赤い光を放つと同時に、俺は彼女の少し前に刃を振るう。

 糸を断つような軽い手ごたえと共に刀が降ろされると、赤のアーチャーは強張らせていた顔に困惑の表情を浮かべる。 

「これはどういう事だ? 奴とのパスが完全に断たれている……」

「悪いな。ああいう手を使ってくるのはわかってたから、先に奴との繋がりを斬らせてもらった」

 こちらの声に驚く彼女だが、俺の顔を見ると何故か納得したかのように口角を吊り上げた。

「汝はあの時の……。なるほど、世界すらも断つ事ができるその刃ならば、魔術の契約を斬るのは容易いであろうな」

 よくわからんが、むこうが疑問に思わないのならそれでいいだろう。

「姐さん……」

「これが私の選んだ道だ。アキレウス、汝はどうする?」

「……俺はこっちに付く。こいつ等は信用できねえが、黒のアーチャーもガヘリスも英雄としての戦いの相手には申し分ない。これほどの好敵手と巡り合う機会はそうはないからな」

「そうか。ならば、私と汝は敵同士だ。道を違えたのだから戦場では容赦するなよ」

「ああ、わかってるさ」

 赤のライダーと離別の言葉を交わした彼女は、今度は真剣な表情をこちらに向ける。

「そういうワケなので、汝の側に付かせてもらう。よろしく頼むぞ」

「了解だ、こちらこそよろしく頼む」

 当たり障りのない言葉を交わし、俺達は再び赤の陣営と睨み合う。

 気の利いたセリフを吐ければいいのだが、生憎とアドリブではそんな物は出てこない。

 そんな事よりも、今は彼女をどうするかが問題だ。

 仲間に引き入れたのはいいが、野良となってしまった彼女は魔力の供給がなければすぐに消えてしまう。

 ここは一度退いて、体制を立て直すべきだろう。

「アヴィケブロン、ゴーレムを(けしか)けよ! 奴らを逃がすな!!」

「心得た」

 こちらが撤退するのを察知したアサシンの命によって、四方を囲っていたゴーレム達がその包囲を狭めてくる。

 ここにいるメンツにとってゴーレムなど物の数ではないが、矢継ぎ早に投入されれば足止めは避けられない。

 赤のアーチャーの事を考えればそれは避けたい。

 この空中庭園が飛んでいる高度なら、ウチの子供達やサーヴァントが転落死することはないと判断して回廊を落とす為の氣を練り始めたその時、外周部へと続く道を塞いでいたゴーレム達が両断された。

 土塊へと戻る人形の粉塵が晴れたその先には、私服姿に剣を下げた赤のセイバーの姿が───

「なんで死んでもうたんや、セツコ~~」

 ……やだ、イントネーションが関西弁。

 泣き腫らした目を擦りながら鼻をすすり上げるセイバーの姿に、思わず頬を引きつらせてしまう。

 見たのか、『火●るの墓』を。

 今から鉄火場に出る人間に見せるとか、お袋さんの情操教育、おそるべし。

「……生前と同じく裏切るつもりですか、反逆の騎士」

 セイバーに厳しい視線を向けるシロウ神父だが、当の本人はそんなものはどこ吹く風と、ジャケットのポケットに入っていた小瓶をアサシンに向けて放った。

 その動作があまりに自然だった為に、思わず手で受け止めようとするアサシン。 

 だがしかし、それがいけなかった。

 彼女の頭上へと達した瞬間に小瓶の封が独りでに解け、その中身がアサシンの身に降り注いだのだ。

 そして次の瞬間、俺達は一斉に鼻を摘まむ事となる。

「うおっ、くっさぁっ!?」

「クッ!? 女性に対して失礼ですが、これは堪えられません」

「なんだ、これは!? 腐った乳と玉ねぎのような匂いがするぞ!?」

「これは堪りません。ここにいたら吐きそうです」

 アサシンの身体から放たれる悪臭に、一斉に距離を取るウチの息子と黒の陣営。

 見れば、赤の面々や神父までも彼女から離れている。

 かく言う俺も鼻を摘まみながら退避中である。

「……貴様ぁ! なんだこれはッ!!」

「ウチの魔女から伝言。『私の愛しい旦那様を害そうとするカメムシ女には、ラフレシアの香りがよく似合うと思うわ❤』だってよ。それって香水じゃなくて体臭を変化させる魔法薬だから、風呂に入ったくらいじゃ効果無いらしいぜ。あ、『も●のけ姫』見なきゃいけないから帰るわ」

 怒りで顔を真っ赤に染めたアサシンに完全にどうでもいいといった感じで吐き捨てると、発煙筒を置き土産にしてとっとと退散するセイバー。

 あれってラフレシアの香りだったのか。

 てっきり牛乳拭いてほったらかしといた、便所の雑巾の匂いだと思ってたわ。

 つーか、姉御が相変わらずエゲツなくて一周回って安心した。

「父上!」

「あいよ、撤退。ルーラーの嬢ちゃんと赤のアーチャーも一緒に来てくれな」

「はっ、はい!」

「承知した」 

 後ろ髪を引かれる何かがあるのか、歩みの鈍いルーラーの背中を叩いて退路を走る。

 置き土産として回廊の片方をブッタ斬った所為で、平坦な道が上り坂になってしまったが些細な事だろう。

 

「「「じゃんけん、ぽん!!」」」

「はい、私の勝ちです」

「まけちゃった」

「うぬぬ……。ガー姉ちゃん、じゃんけん強いぞ」

「という訳で罰ゲームです。ジャックちゃんから頬っぺたモチモチ~~」

「はわーーーー」

「続いてモディもモチモチ~~」

「うをーーーー」 

「じゃあ、次の勝負ですね「「「じゃんけん、ぽん!!」」」

「わたしたちとモディのかちだよ」

「よし! ジャック、合体攻撃だ!!」

「うん! ガレスおねえちゃんをもちもち~~」

「モチモチ~~!!」

「ひゃあーーーー」

 

 アサシンの怨嗟の声をバックに逃亡に成功した俺達を迎えたのは、なんとも和む遊びをしている子供達だった。

 その光景に一気に顔が蕩ける赤のアーチャーを見て、心のブラックリストに登録しそうになったのは秘密である。

 あと、先に帰っていた赤セイバーがモニターを見ながら『俺もヤックル欲しい……』と呟いていたのは聞かなかったことにしよう。

 

 

 




 グダグダ英霊剣豪七番勝負(3)


代役


インシュー『踏み込みが甘い!!』
パラちゃん『クッ! 何奴!?』
ドーマーン『コラー! 生身の人間が戦ったらルール違反であるぞーー!』
インシュー『笑止! 俺は貴様たちに召喚されたさーばんと。ならば、この七番勝負に出る資格はあるはずだ!!』
プーサー 『おお、さすがは御坊!』
剣キチ  『スパロボで『熱血』『集中』を掛けたフィン・ファンネルを切り払った島田兵を彷彿(ほうふつ)とさせるセリフは伊達じゃない!!』
ドーマーン『しまった。拙僧としたことが、あのハゲがサーヴァントであった事を忘れておったわ』
パラちゃん『御館様、如何(いかが)いたしましょう?』
ドーマーン『仕方あるまい。パライソよ、あのハゲの頭を綺麗に剃り直してやるがいい!!』
パラちゃん『承知! 鏡のようにツルツルにして見せましょう!!』
インシュー『たわけ! 剃髪(ていはつ)の手入れなら、いつもしておるわ!!』

治療

プーサー 『師範、御坊が時間を稼いでいる内に、Mr.エミヤを何とかしましょう』
剣キチ  『ああ』
エミヤ  『くま<МFミをたG……』
プーサー 『……とはいえ、これはどうしたらいいものか』
剣キチ  『方法はある』
プーサー 『マジですか!?』
剣キチ  『うむ』
プーサー 『して、その方法とは?』
剣キチ  『今のこの男には一つの身体に二つの心があり、その心がお互いに反発し合っている状態だ。ならば、その心を一つにシンクロさせれば何とかなるかもしれん』
プーサー 『おお、なんかそれっぽい!!』
剣キチ  『そこで、心を一つにするには強烈な痛みを与えることが最も手っ取り早い』
プーサー 『……ええ~』
剣キチ  『どうした、プーサー?』
プーサー 『あの……ほかに方法はないのですか?』
剣キチ  『……すまんが、俺にはこの方法しか思いつかなんだ』
プーサー 『それは……仕方ありませんね』
剣キチ  『ああ。ではエミヤの上を裸にして、こちらに背中を向けさせてくれ』
プーサー 『わかりました……。OKです』
剣キチ  『よし。俺の知る経絡秘孔の中で、この症状を何とかできそうなものは……これだ!』
プーサー 『師範、どうぞ!』
剣キチ  『心霊台!!』
エミヤ  『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!?』
プーサー 『うおっ!? なんという叫び声!!』
剣キチ  『プーサー、奴を押さえろ! 決して逃がしてはならん!!』
プーサー 『分かりました! うわっ!? 左右で手と足が完全にバラバラに動いてる! 気持ちワリ―――!!』
エミヤ  『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!?』
剣キチ  『我慢しろぉ、まともになりたくないのかぁ』
エミヤ  『■■■■ッ!?』
剣キチ  『んン、間違えたかな?』
エミヤ  『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!?』

復活

プーサー 『治療途中で(やぐら)の補強に張ったテントから放り出されてしまった。悲鳴が止んだのだが、どうなったのだろう。むっ!? 誰かが出てくる』
エミヤ  『やあ』
プーサー 『…………』
エミヤ  『…………』
プーサー 『…………えぇぇぇぇぇぇっ!?』
剣キチ  『どうした?』
プーサー 『どうなってるんですか、コレ!? エミヤのトレードマークだった褐色の肌が普通の肌色に……! それに髪の毛も橙色だし……』
剣キチ  『気づいたら変わってた。しかし、冬木で知り合ったえみやん君にソックリだな。それで、闘れそうか?』
エミヤ  『大丈夫だ、TOSAKA。俺、これからも頑張っていくから』
剣キチ  『何故、俺達じゃなく位牌に話しかける?』
プーサー 『というか、それ快楽天ビースト!!』
剣キチ  「お前、実は殺生院大好きだろ。それはさておき、本当に大丈夫なのか?』
エミヤ  『……問題ない、任せたまへ』
プーサー 『不安だ……』

本番

エミヤ  『そこまでだ、アサシン・パライソ。ここから先は私が相手をしよう』
パラちゃん『貴様が本当の英霊剣豪か!?』
インシュー『おお、エミヤか! 体の不調はもういいのか?』
エミヤ  『問題ない。迷惑をかけたな、宝蔵院殿』
インシュー『なんの。お主が元気になったのであれば、それでよい。しかし本当に心配したぞ。左右で違う表情を浮かべ、両手足がすべて別の動きをしながら這い回っていたのを見たときは、どうしようかと思ったわ』
エミヤ  『……病状を事細かに説明するのはやめてくれないか。精神的にかなりキツイ』
パラちゃん『お、お主……』
エミヤ  『君も頼むから、憐みの目で見ないでくれ』
インシュー『兎も角、お主が変わるというのであれば、俺は退くとしよう。その娘は見た目の幼さとは裏腹にかなりの手練(てだ)れ、努々(ゆめゆめ)気を付けるのだぞ』
エミヤ  『承知した』
パラちゃん『今生の別れは済んだようでござるな』
エミヤ  『待っていてくれて助かった。礼を言わせてもらおう』
パラちゃん『礼など不要でござる。拙者に恩義を感じているのなら、その首を置いていくがいい!!』
エミヤ  『ッ! はぁっ!!』
プーサー 『おぉ!』
剣キチ  『ほぅ。体術を使ったフェイントを全部見切ったうえに、腰のあたりに一太刀いれやがった。随分といい動きをするじゃないか』
インシュー『しかし、なぜあ奴は木刀と丸めた紙の棒で戦っておるのだ?』
プーサー 『あの紙束、なにかのポスターみたいですね。ほんと、どうしてあんなの武器にしてるんでしょうか?』
剣キチ  『……やっぱ、しくじったかなぁ』
パラちゃん『くっ、出来る!?』
エミヤ  『何故だか知らんが体が軽い。これならば君のスピードについていけそうだ』
パラちゃん『戯言をッ!!』

勝敗

ドーマーン(う~む、参った。ああまで素早く動かれては、何が何だかサッパリでおじゃる……)
剣キチ  『エミヤの奴、技が切れてるなぁ』
プーサー 『本当ですね。心眼の読みもいつもより精度が高いです』
インシュー『このまま行けば、どっしりと後の先を狙うエミヤより、虚実を織り交ぜて動き回っているパライソの体力が先に尽きる。勝負はその時よな』
プーサー 『ええ、焦らず確実に拾ってほしいですね』
パラちゃん『その守りの硬さは見事なり! しかし、技では防げぬモノがある事を教えてやろう!!』
プーサー 『パライソの魔力が高まっていきます!』
剣キチ  『パライソの奴が勝負を仕掛ける気か』
パラちゃん『呪え、我が血を。(たた)れ、我が罪を。甲賀三郎より幾星霜、(そそ)げぬものがここにあろう『口寄せ・伊吹大明神縁起』!!』
インシュー『おおっ! あの娘、巨大なオロチを呼び寄せおった!!』
エミヤ  『宝具を展開してきたか! だが、やらせはせん! ロー・アイアス!!』
プーサー 『Mr.エミヤの盾がパライソの呪いを防ぎ切った!!』
インシュー『伊吹大明神、すなわち八岐大蛇ということか。その権能をしのぎ切るとは、あの盾はさぞかし名の有る物なのだろう』
剣キチ  『ん? まだパライソの攻撃は終わってないみたいだぞ』
ドーマーン『そうでおじゃるか。なんだかよくわからんが、とにかくよし! 行けぃ、パライソよ!!』
プーサー 『ええと、補足説明をば。パライソは宝具を囮にして、Mr.エミヤの首を狙って空中から斬りつけるつもりのようです』
インシュー『エミヤの方も絶妙な間で盾を手放して、迎撃に動いておるようだぞ』
剣キチ  『タイミング的にはどっちに軍配が上がってもおかしくない。勝敗はどうなる!?』
プーサー 『あ』
剣キチ  『あ』
インシュー『あ』
ドーマーン『ああああああああぁぁぁぁぁっ!?』

事故

剣キチ  『エミヤの位牌はどうだ?』
プーサー 『ダメですね。完全にバラバラになってます』
インシュー『元々破損していたところを無理に使ったからな。そのうえ、あんな攻撃を受ければそうなるのも仕方あるまい』
剣キチ  『しかし、あの決着は酷かった』
プーサー 『ええ。まさか、あのタイミングでパライソの腰ヒモが千切れてしまうとは』
インシュー『さらにエミヤが動いたせいで狙いがズレて、丸出しになったパライソの股間に顔面から突っ込むなど、御仏でも予見できまい』
プーサー 『顔面騎乗ですか、ランスロットの野郎が好きなプレイでしたね。僕が浮気の現場に乗り込んだ時もやってました』
剣キチ  『知りたくねーよ、そんな知識』
インシュー『しかし、ああも顔を真っ赤にして泣くとは。あの娘もくノ一なれば、色仕掛けの一つも学んでおろうに』
剣キチ  『あれじゃね。そういう手段を使うときって覚悟を決めてやるけど、今回は覚悟もへったくれもなかったから』
プーサー 『まあ、まだ幼さの残る女の子ですしね』
インシュー『むむ……。そういう事情なら後でエミヤが馬乗りで滅多刺しにされたのも、ある種仕方がないことかもしれん』
剣キチ  『嫌な事故だったね』
プーサー 『ええ、本当に』
インシュー『せめてもの救いは、エミヤの死に顔が妙に満ち足りたモノであった事か。お蔭で読経がしやすかったわ』
剣キチ  『そうか。なら、無理をおして戦ってくれたエミヤの冥福を祈ろう』
プーサー 『はい』
インシュー『最後に極楽を見たのだ。それを冥途の土産にして、迷わず逝くがよい』
ドーマーン『……ところで貴様ら。拙僧とこの娘に言うべきことがあるのではないか?』
三人   『すいませんでしたっ!!』

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