剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 はっちゃけた。


剣キチさん一家ルーマニア滞在記(11)

 地響きを立てて大地に立つ鋼の巨人。

 黒竜を模した装甲を纏う勇者ヴォーティガーンの雄姿に、その場にいた者たちはただ目を見開いていた。

 それは相対する『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』の肩に乗るアヴィケブロンや、空中庭園から戦況を俯瞰(ふかん)していた天草四郎も例外ではなかった。

「変形・合体だと……!? ジャパニメーションの夢と技術の結晶をゴーレムに組み込むなんて、いったいどこの誰が……ッ!?」

 ゴーレムから転落しそうなほどに身を乗り出して叫ぶアヴィケブロン。

 仮面越しでも分かる羨望の眼差しを見れば、何に影響を受けているのかがよくわかる。

 ところ変わって空中庭園。

 そこではセミラミスの声を振り切った天草四郎が、大聖杯の安置された祭壇に向けて全力で走っていた。

『どうした!? なにがあったのだ、マスター!!』

「俺の中にある日本人のDNAが叫ぶんだ! 『聖杯大戦よりロボット大戦だ!』と!!」

 いつも余裕の笑みを絶やさない主の突然の豹変に、女帝たるセミラミスの声も動揺を隠せない。

 だが、今の四郎にはそれに気を回す余裕はない。

 現世に受肉して60年。

 その中で(つちか)った知識が、半ば忘れ去ったはずの日本人としてのソウルが叫ぶのだ。

『あの巨大ロボバトルに参加しない手はねぇ!!』と。

 ロボット工学も錬金術も修めていない非才な身ではあるが、幸いな事にあの舞台に立つ術は手にしている。

 息を切らせながら大聖杯の前に立った四郎は、何の迷いも無く纏っていたカソックを脱ぎ捨てた。

 そして、両の手に走る魔術回路を起動して大聖杯へと手を当てる。  

 大聖杯となったアインツベルンの始まりのホムンクルスの持つ魔術回路にアクセスし、聖杯の根源へと接続を開始。

 膨大な情報を受ける肉体と精神にかかる負荷は相当なものだが、それも受肉して今まで見て来た鋼の勇者達の雄姿を胸にすれば耐えられない事はない。

 大聖杯に溜まっている魔力は、未だ自身の大願をかなえるには不十分である。

 しかし、あの黒竜の勇者と戦う巨人を呼び出す事はできる!!

 一瞬でも気を抜けば意識を持っていかれそうな情報の暴風の中、四郎は自身のゴースト的ナニカの(ささや)きのままに叫んだ。

「オレに力を貸せ、『ユニコーーン』!!」

 その熱き魂の叫びに呼応して、大聖杯は魔力を噴き上げる。

 祭壇の全てを染め上げるほどの光が収まると、四郎の(かたわ)らには鋼の巨躯が鎮座していた。

 全身を覆う純白の装甲。

 頭から雄々しく生えた一本の角。

 そして大地を踏みしめる(たくま)しい()()

 そこにあったのは、目を見張るほどに立派な『モビルホース』であった。

「その『ユニコーン』じゃねーよぉぉぉぉぉぉっ!?」

 前足のヒヅメの横で四郎は泣き崩れた。

 惜しむらくは、大聖杯の聖女が『ユニコーン』と言われて巨大ロボットが出るほど、ジャパニメーションに精通していなかったことだろう。

 後日、聖杯の魔力を無駄使いした四郎は、セミラミスに滅茶苦茶怒られたという。

 

 

 

 

 空中庭園で行われた些細な茶番はさて置き、突如として現れたヴォーティガーンの姿を見た者たちの反応は様々である。

 ユグドミレニア当主代行であるフィオレは自身のサーヴァントであるケイローンと共に目を見開き、傍らにいたゴルドはあんぐりと開いた口から涎を垂らしている。

「うおおおおおおおおっ! すっげえええええっ!!」

「ウナァァァァァァァァッ!!」

 対して、フィオレの弟のカウレスとサーヴァントであるバーサーカーは、アニメの中に出てくるような巨大ロボの姿に歓喜の叫びをあげた。

「ねえ、マスター。今の世の中にはあんな凄いゴーレムがあるの?」

「すまない、オレにもその辺は……。ルーラー、どうなんだろうか?」

「レティシアの知識では『あんなとんでもロボ、現実にあってたまるか!』となっているのですが、どういう事なのでしょう……」

 基準となる知識と常識が足りないジーク、ライダー、ルーラーの三人は互いに難しい顔で首を捻っている。

 ちなみに黒竜というフレーズはルーラーの琴線に触れるモノがあったのだが、それが何なのかは自身も分からなかった。

 そして第三勢力の面々は───

「遂に隊長にもサポートメカが実装されましたか。どうやら、私のファイヤージェットの技術が活かされているようですね」

「たぶん、オレの方も使われてんだろうなぁ。ニニュー博士って大将の装備には妥協が無いから」

「それもまた彼女なりの愛なのでしょう」

「姉御といいニニューさんといい、ウチの地方の女はどうして愛が重いのか……」

 黄昏(たそがれ)るアルガ親子の会話に、モードレッドはギョッと目を見開いた。

「ちょっと待て、まさかお前等もロボになるとか言わねえよな?」

「なりますよ」

「オレなんか三体合体だぞ」

「あんなロボットがゴロゴロしてるとかッ! どんな人外魔境なんだよ、妖精郷!?」 

「バカモノ。おかしいのは自警団の『フェアリー・ブレイバー』だけだ。他にはその辺で竜が暴れたり、ごくタマに馬鹿デカい水晶蜘蛛が現れたりするだけの基本のどかな世界だぞ」

「ああ……出ましたね、そんなの。周辺にあるモノを片っ端から水晶に変えるから、結界に閉じ込めるのに武装変形したりと大わらわでした。そう言えば父上は奴と対峙した時、あれをどうやって対処したんですか?」

「邪仙丸出しの最異端だけど、これでも一応仙人の端くれだからな。周囲の自然と一体化して環境適応くらいはできるさ」

「さすが父ちゃん、オレ等なんて話にならないくらいのチートっぷりだ」

「簡単に言うけど、あの時はマジで大変だったんだぞ。妖精郷が滅ぶとか言って姉御はパニックになるわ、ヤロウに近づいたら危うく水晶になりかけるわ。つうか何なんだよ、あの装甲。死ぬほど硬いと思ったら妙に弾性があるし、因果を断つしか斬れない物質なんてオリハルコン以来なんだけど」

「けど、勝ったじゃんか」

「あんなん勝ったって言えるか。ヴィヴィアンさんとか妖精郷の精霊や妖精総出で支援受けたのに、世界巻き込んで真っ二つにするのがやっとだったんだぞ。ニニューさんの話だと死んでないらしいし、サシでぶった斬らんことには納得いかん」

「たしか、本部の観測だと現世に戻ったんでしたね。何でも元々間違って迷い込んで来たそうですし」

「あの化けモン相手にタイマンで勝とうとか、やっぱ父ちゃんは剣の事になると頭がおかしいな」

「お黙り!」

「そういや、去年の暮れには除夜の鐘が逃げ出したよな。ロボットに変形して」

「そんな事もありましたね。東洋の干支にちなんだ見目麗しい巫女の方々が、回収に出向いてくれましたっけ」

「あれ年末恒例行事だからな。陛下もちょくちょく手伝ってるし」

「どこをどう聞いても、おかしな所しかねーよ!? 父上が休む場所なのに、どうなってんだ!!」

 頭を抱えるセイバーに、妖精郷在住の面々は生温かい視線を送る。

 彼女の父親は別次元のブリテンに逆行しているか、聖杯戦争に参加してる筈である。

 

 

 

 

「「ふぁ~~~」」

 巨人の内へと招かれた少女達は、暗闇に星のような光が流れる夜空のような空間を、ゆっくりとした速度で下降していく。

 そして体感時間にして数分ほどすると、下に現れた黒い巨躯を誇るドラゴンの頭にふわりと降り立った。

 二人は知る由もないが、彼女達が乗っているのはブリテンで卑王と呼ばれた頃のヴォーティガーンである。

『二人ともよくぞ来た。怖くはなかったか?』

「おう! オレは大丈夫だったぞ!!」

「わたしたちもこわくなかったよ、ドラゴンさん」

 頭の上で元気よく答える子供達に、ヴォーティガーンは金色の目を細める。

『それは何よりだ。それより私の角に掴まりなさい。揺れると危ないからな』

「「は~い!」」

 素直に額から生える二本の角に、身体全体を使って掴まる子供達。

 すると、彼女達の前に大きな空間ディスプレイが開いた。

 黒竜の顔と同じくらい大きなそれには、ヴォーティガーンの視界を元にした外の風景が広がっている。

「すっげー!!」

「たか~い!!」

 普段見る事のない巨人の視点に子供達が歓声を上げていると、今度はその横に小さなサブモニターが開く。

『あなた、調子はどうかしら~?』

 気が抜けるようなゆったりとした声と共に現れたのは、水色の髪に白衣を纏った妙齢の美女だ。

『問題ない。新たな義体もよく馴染んでいる』

『融合型魔力反応炉、デュアル・ウルテクエンジン共に問題ないわ~。子供達からのイノセント・エナジーも澱みなく変換されてるみたい~。でも新技術がいっぱい使われてる関係で、万が一の為に40%の出力リミッターを掛けてるから気をつけてね~』

『承知している』

 ヴォーティガーンの声にフワフワとした笑みを浮かべる女性。

 その姿にジャックは首を傾げる

「ねえ、おねえさんはだぁれ?」

『あらあら、自己紹介がまだだったわ~。私はニニュー。あなたの乗っているドラゴンのお嫁さんで、ロボットを造った人で~す』

「わたしたちは、ジャック・ザ・リッパーだよ」

『ちゃんとご挨拶できたね、偉い偉い』

「えへへ……」

『お互いに知り合ったところで、ジャックちゃん、ちょっとゴメンねぇ~』

 ニニューの言葉に続いて、虹色の光がジャックの身体を走り抜ける。

『さすがはイグレーヌさん。本来は怨霊であるこの子の穢れをよく浄化しているわ~』

「いまのなぁに?」

『今のはね、ジャックちゃんがお母さんのお腹に還れるかを、確認したのよ~』

 首を傾げるジャックに、ニニューは言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。

「わたしたちのこと、しってるの?」

『モードレッドちゃんのママから聞いたのよ~。それでジャックちゃんがお母さんの中に還るにはね、『憎い』とか『辛い』とか『悲しい』って想いを持っていてはダメなの』

「どうして?」

『それを持ったまま還ると、お母さんは身体を悪くしちゃうのよ~。ジャックちゃんもそうなったら嫌でしょ~?』

「うん!」

『逆にね、『楽しい』とか『嬉しい』とか『好き』って想いを持っていると、お母さんもジャックちゃんを受け入れやすくなるのよ~。ジャックちゃんは『大好き』をいっぱい増やせるかな~?』

「だいじょうぶ! おかあさんもモーディもイグレーヌおねえさんもガレスおねえさんもいるから!!」

『はい、いいお返事です』

『ニニュー。話の途中ですまんが、敵が動き出したようだ』

 ヴォーティガーンの声にジャック達がメインモニターに目を戻すと、そこにはゆっくりとした動きながらも歩を進めるゴーレムの姿があった。

『わかったわ~。私はコンディション管理と戦況分析に努めるから、後の事はよろしくね~』

『任された。子供達よ、しっかりと掴まっているのだ』

「おう!」

「うん!」

「では行くぞ!!」

 自らの角を掴む子供たちの力が増した事を確認すると、ヴォーティガーンは大地を蹴った。

 背面に備え付けられたバーニアから白い炎を吐き出して滑走する漆黒の巨体。

 接近してくる敵機にアヴィケブロンは慌てて迎撃の指示を出す。

 しかしケテルマルクトが手にした黒曜石の剣を振り下ろすよりも前にヴォーティガーンは懐に飛び込み、両腕を抑えられてしまう。

「この剛腕を受け止めるとは、なかなかのパワーだ。だが───!!」

 創造主の意を汲んで両腕に更なる力を込めるゴーレム。

 その力によって、ヴォーティガーンの踏みしめていた大地は轟音を立てて砕けていく。

 しかし、その剛腕を受け止める漆黒の勇者の腕は少しも下がらない。

 それどころか、鋼の指が土くれの腕に食い込んでいく度に、徐々にではあるがケテルマルクトの腕を押し返しているのだ。

『甘いぞ! この程度の力では新たな力を得た私をねじ伏せる事は───できんッ!!』

 気合と共にヴォーティガーンが力を込めると、掴まれていた部分からゴーレムの腕は砕けた。

「なにぃっ!?」

 容易く自身のゴーレムの力が覆された事にアヴィケブロンの口から驚愕の声が上がるが、ヴォーティガーンの攻勢はこの程度では留まらない。

 砕いた部分に更なる圧力をかける事で、肘の辺りまでゴーレムの腕を押し潰したのだ。

「うおおっ!?」

 完全に力負けして体勢を崩すケテルマルクト、その隙を逃さず放たれたヴォーティガーンの膝が無防備になった脇腹を深く抉る。

「おのれ……ッ!? 吼えろ、ケテルマルクト!!」

 一帯の空気を震わせるほどの轟音と共に吹き飛ばされながらも、アヴィケブロンの指示に従ったゴーレムは咆哮を放つ。

 唇の無く歯が剥き出しになった口から生れ出た爆音は、物理的圧力を伴った衝撃波となってヴォーティガーンを襲う。

『なんのっ! ドラゴン・ハウリング!!』

 しかし、彼の胸部に生えている竜の顔から放たれる衝撃波によって、ゴーレムの叫びは簡単に相殺されてしまった。

「なんと……ッ!」

 奥の手を防がれたことに戦慄を隠せないアヴィケブロン。

 そんな主とは裏腹にケテルマルクトは周辺の土を吸い上げ、みるみるうちに破損個所を修復していく。

「あーーーっ!!」

「こわれたところがなおってるぅ!?」

 ヴォーティガーンの体内では、モニター越しに映るゴーレムの姿に子供達は驚きの声を上げる一方、サブの方ではタイピングの音と共にニニューが解析を進めている。

『あなた、解析結果が出たわ~。あのゴーレムは内部が自立式の固有結界となっているみたい。その作用によって大地の精を吸い上げて修復しているようねぇ~』

『対処法はあるか?』

『今のところ方法は二つあるわ~。一つは地面から引き離す事で、修復のエネルギー源である大地の精を絶つ事。もう一つは再生が追いつかなくなる威力で胸部の魔力炉心を破壊する事よ~』

『ふむ、あの巨体を空中まで引き上げるのは(いささ)かホネだな。ならば、デュアルキャノン!!』

 ヴォーティガーンの叫びに呼応して背面に折りたたまれていた砲身が起動、両肩の上部に固定されるや否や雷撃を纏った大型の砲弾を吐き出した。

「ぬおおっ!?」

 超音速で放たれた弾がゴーレムの右腕と左脇を吹き飛ばされ、大きく体勢を崩すゴーレム。

 しかし、なんとか踏み留まると、ヴォーティガーンに向けて残った腕を伸ばす。 

『甘いッ!』

 迫りくる土塊の腕を掻い潜り、ケテルマルクトの顔面に鉄拳を叩き込むヴォーティガーン。

 腹の奥に響く様な轟音が辺りに轟き、右の頬を撃ち抜かれたケテルマルクトは大きく仰け反った。

『食らうがいい! ドラゴニック・フレアァァァァァァッ!!』

 土と折れた歯が舞い散る中、ヴォーティガーンの胸部にある竜が灼熱の轟炎を放つ。

 逆巻き竜の姿を模した炎はゴーレムの左肩に食らいつき、土で出来た腕を砂と灰に変えて根こそぎ奪い取った。 

『まだまだっ! ヴォーティガーン・サンダー!!』

 たたらを踏んで後退するゴーレムだが、漆黒の勇者の攻撃の手が緩むことはない。

 裂帛の気合と共にヘルムから生える竜の角が帯電し、それは蒼い雷撃となってケテルマルクトへと襲い掛かる。

 夜闇を灼きながら奔る稲光は眼前のゴーレムを絡め取ると、その膨大なエネルギーをその土塊の身体へと解き放った。

「ぐうううううっ!?」

 ケテルマルクトの身体が次々と砕ける中、大地の加護を流用した結界で雷撃を防ぎながら、アヴィケブロンは仮面の奥で歯を軋ませる。

 生前はもちろん、召喚されてからも心血を注いで造り上げたケテルマルクトが、いい様に叩きのめされている事実には(はらわた)が煮えくり返る。

 再生するとはいえ、不眠不休で手を加え続けたパーツが容易く破壊される様子を見ると涙が出そうになる。

 心は必死に現実を拒否しようとしているが、技術者として数秘術学者としての頭脳は残酷な事実を冷静に受け入れていた。

 それは───

(勝てない……ッ!!)

 これまでの攻防によって、アヴィケブロンの頭脳が導き出した結論はこれであった。

 確かに『王冠:叡智の光』はアヴィケブロンの宝具であり、生前では完成させる事のできなかった最高傑作である。

 しかし、このゴーレムのコンセプトは神が最初の人間(アダム)を生み出した奇跡の模倣(もほう)

 そしてアダムに与えられた大地の祝福によって、再び地上に『楽園』を取り戻すことによる世界の救済なのだ。

 断じて戦闘用に造られたモノではない。

 故に大地の加護により成長するとしても、眼前の黒竜の勇者のような自身と同等……否、自身を上回る技術によって造り出された戦闘用ロボット相手では、どうしても遅れを取ってしまう。

 技術的に上回られた事もそうだが、何より設計思想で差がついているという事実にアヴィケブロンの心は諦めへと傾いていく。

 しかし、それを良しとしない者がここにはいた。

『ふざけるなッッ!!』

 頭を殴りつけるような大音量で響いた念話に、アヴィケブロンは(うつむ)きかけた顔を上げる。

「この声は……ッ!? ロシェ……なのか?」

『そうだ、アヴィケブロン!』

「馬鹿な!? 君はケテルマルクトの炉心に取り込まれたはず……!」

『アンタは僕を少し甘く見すぎてる! 確かに僕の身体は炉心としてケテルマルクトに取り込まれた。けれど、僕だってこれでも産まれた時からゴーレムと生きてきた! 身体がゴーレムに融け込む過程でコイツの構造を解析して、同化する事で制御に成功したんだよ!!』

「なんと……」

 あまりの事態に絶句するアヴィケブロン。

 しかし、驚きの後に彼の心を訪れたのは罪悪感と諦めだ。

「それで、君はどうするのだ。その身体を()って、生け贄にした僕を討つか?」

 人間嫌いで厭世家(えんせいか)とは言え、アヴィケブロンは悪人ではない。

 己の事を師と慕っていた少年を我欲の為に利用した事は、彼の中で拭い去れない(しこ)りとして根付いていた。

 ケテルマルクトに取り込まれる時の、ロシェが上げた絶望の声も、恐怖に歪んだ表情も彼の脳裏には焼き付いている。

 ここで自身のゴーレムに潰されるとしても、彼はそれを甘んじて受けるつもりだった。

 しかし───

『何を寝ぼけた言ってるんだ、アンタは!! 今はゴーレム同士のバトルの最中だぞ。そんな下らない事を考えるヒマなんてあるかっ!!』

 返って来たのは恨み節ではなく、叱咤の声だった。

「ロシェ、君は僕を恨んでいないのか?」

『恨んでるに決まってるだろっ! こんな状況じゃなかったら、虫ケラみたいに叩き潰してやりたいさっ!! でも、僕はゴーレムマイスターだ、クリエイターだ! このケテルマルクトはアンタ主導の製作だけど、こっちだって持てる技術を注ぎ込んだ、僕にとっても最高傑作なんだ! そのうえ身体までつぎ込んだソイツが負けそうになってるんだ、こんな程度の恨み辛みなんてドブに捨ててやるさ!! それよりもアンタは何を諦めようとしてるんだ!?』

 自身の為した非道をあっさりと『そんな程度』と言い捨てるかつての弟子に、思わず言葉を詰まらせるアヴィケブロン。

 だがしかし、怒りに燃えるロシェの口撃は止まらない。

『アンタのケテルマルクトに掛ける情熱はその程度だったのか! そんなモノの為にアンタは僕を生贄したのか!? だったら、今すぐコイツから降りろ! 心が折れた負け犬なんて邪魔なだけだ!!』

「好き勝手言ってくれるな……! 未熟者の君には分からないだろうが、ケテルマルクトは戦闘用に造られたものじゃない! 戦闘用に造られた奴と真正面からやり合えるものか!?」

 いくら罪悪感があろうとも、ここまで好き勝手に言われてはアヴィケブロンも黙ってはいられない。

 仮面の奥で目を見開き、彼は珍しく感情のままに言葉を(まく)し立てる。

『わかってるさ! 僕は今、コイツと一心同体なんだ。大地から吸い上げたエネルギーの七割が戦闘とは別の事に使われているくらい、把握してるに決まってるだろ!』

「ならば、君にも分かるはずだろう! コイツでは目の前の巨人には勝てない事が!!」 

『だったら、勝てるように改造すればいい!!』

「……なに?」 

 ロシェの予想もしない一言に、思わず喉元まで来ていた言葉を止めるアヴィケブロン。

『目の前のロボットに勝てない時点で、ケテルマルクトは究極のゴーレムじゃなくなった! つまり、改良の余地があるって事だ!! だったら、それを直して更なる上を目指さない手はないだろ!!』

「無茶を言うな!? 内部構造を弄るにしても材料が無い! それに今は戦闘中だぞ!!」

 アヴィケブロンの言葉を証明するかのように飛んでくる、黒竜の勇者が放つ鋼の拳。

 しかし、それがゴーレムの主を打ち据える前に、ケテルマルクトが巨大な手を犠牲にして受け止める。

『出来る出来ないじゃない、やるんだ! 僕たちはビルダー、創り出す者だろ!! 闘うだけしか能のない英霊がいくら量産型を壊したって、悔しくもなんともない! あいつ等はゴーレムの製法も価値も分からない野蛮人、相手にするだけ無駄だからだ!!でも、アイツだけはダメだ! 僕達より優れた技術で造られた、こいつ(ケテルマルクト)を上回るゴーレム! 奴に負ける事だけは認められない!!』

 叫びと共にヴォーティガーンの腕を払いのけると、ケテルマルクトは砕けた手で相手の漆黒の身体に殴りかかる。

 鈍い音を立てて破損した手は肘まで崩れ落ちるが、それでもヴォーティガーンを後退させる事ができた。 

『奴を目にするだけで羨望が湧き上がる! こちらに無い機能を見る度に嫉妬が沸き上がる! 今だって、こうして追い詰められている事に悔しさで(はらわた)がねじ切れそうだ!! 同じ創り手として、アイツだけには負けられない! 負けたくない!! アンタだってそうだろ、アヴィケブロン!!』

 ロシェの魂の声に、アヴィケブロンは頭の芯が燃えるような感覚を憶えた。

 確かに『王冠:叡智の光』はカバリストの、彼の一族の悲願である。

 だが、それがどうしたというのか。

 彼が学者や魔術師である前に技術者だ。

 ロシェの口にした事柄は全て彼自身が感じていた事。

 早々に諦めた彼と心のままに抵抗を続ける元弟子の少年。

 二人の態度の違いは素直でいられる子供と、そんな感性を心に封じ込めた大人の差に過ぎない。

 ならば……ならば、賢者の仮面などかなぐり捨てればいい。

 自分だって、ケテルマルクトが目の前の巨人に負ける事だけは、絶対に認められないのだから!!

「そうだ。君の言う通りだ、ロシェ! 僕だって、ヤツに負ける事だけは我慢ならない!!」

『だったら───』

「ああ、これからケテルマルクトの改造を行う! だから、力を貸してくれ!!」

『判断が遅いよ、まったく。内部構造に関してはこっちに任せてくれ。念話で指示をくれたら、その通りに調整してみせる』

「助かる。しかし、材料はどうする? それに改造している間に攻撃されては元も子もないぞ」

『それについては大丈夫。材料はミレニア城砦に残されたゴーレムたちを当てればいい。時間稼ぎに関しても、こっちが大地の祝福で壁を作ってゴーレム達に遠距離から石を投げさせれば、ある程度はイケるはずだ』

「その手があったか。ならば───」

 アヴィケブロンが城砦の方に手を向けると、瓦礫の中から次々とゴーレムが掘り出てくる。

「全ゴーレムに告ぐ! 我等が勝利を掴む為に、その全てを捧げよ!!」

 創造主の大号令によって、残存するゴーレム達は一斉に行動を開始する。

 その数、実に三百強。

 ある者は隊伍を組んでヴォーティガーンへ攻城兵器さながらの投石を開始し、またある者はその身を捧げる為にケテルマルクトの元へと集っていく。

『あなた、気をつけて。相手の魔力数値が急激に上昇してるわ』

『こちらでも確認している。ならばこの飛礫は、奴等の策を組むための時間稼ぎか』

 普段の緩やかな口調をかなぐり捨てたニニューの言葉に、警戒を一段階引き上げるヴォーディガーン。

 すぐさま放たれたデュアルキャノンによって、ゴーレムの投石隊は打ち砕かれる。

 だがしかし、破壊された残骸はケテルマルクトを中心に渦を巻き始めた魔力に巻き上げられ、他のゴーレム達と同じく巨人に吸い上げられていく。

「ぐ……ううううううっ!?」

『錬金術による構成素材の錬成を確認! 内部魔力回路の再構築および魔力炉心の出力強化を開始!!』

 ゴーレムだった元素達が渦巻く中、アヴィケブロンは自身の身を削る覚悟で改造を行っていた。

 いくら英霊に昇華された魔術師とはいえ、自身の宝具の改造など容易に行えるはずがない。

 『王冠:叡智の光』の改造はまさしく、アヴィケブロンの霊基を代償としての行いであった。

 ナイフで少しづつ身を削られるような喪失感の中、彼は魔力が足りない事に歯噛みする。

 彼の現在の主である天草四郎は、絵空事というべき理想を現実にしようとしている一種の狂人だ。

 そんな男が自分達の意を()んで、更なる魔力供給に応じてくれる可能性は低い。

 マスターへ(うかが)いを立てるなど人間嫌いのアヴィケブロンにとっては煩わしい事この上ないが、ケテルマルクトが改造中である以上、魔力を得るにはマスターを頼る他ない。

 どんな場面でも付いて回る『スポンサー』という研究者の業に内心反吐を吐きながら、念話で魔力供給の強化を願い出るアヴィケブロン。

 だがしかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

『こっちはすでに大聖杯に接続済みだ、遠慮なく使っていい。ただし、やるからには妥協は無しだ。あんたが思い描く最強のロボットを作り上げてくれ!!』

 頼んだこちらが唖然とするほどの熱いエールであった。

 魔力の供給が始まってから『見た目はああだが、あの男も日本人だったな』と思い当たり、アヴィケブロンは妙に納得した。

 黒のバーサーカーのマスターが収集していた映像を見たが、あの民族のロボットへの(こだわ)りは本当に目を見張るものがある。

 自身から端を発した巨大な人型という思想が、極東の地であそこまで多種多様な開花を見せるとは思ってもみなかった。

 無人から有人へ、そしてゴーレムからロボットへ。

 姿や創造の媒体は違えど、アヴィケブロンが追い求め続けたゴーレムを祖とするモノを愛し、発展させ続けている事を知った時は心底嬉しく思ったものだ。

 そこまで考えていると、再び黒いロボットから雷撃が飛んできた。

 慌てて結界を張ろうとするが、それより早く自分達の前に(そび)え立ったケテルマルクトを覆い隠すほどの土壁によって、相手の攻撃は阻まれる。

『油断は禁物ですよ、アヴィケブロン。それと外部装甲は70%創造完了しました! あと、指示通りに内部魔力回路増加による筋力強化、内部骨格構造変化も完了! 工程の速さと構造の堅実さはさすがですね!!』

 内部構造を任せているロシェも、何時の間にか自分を師事していた頃の口調に戻っている。

 思わず忘れそうになってしまうが、自分が彼を裏切り殺めようとした事実は消えない。

 都合がいい方向に流れようとする自分を戒めながらも、アヴィケブロンは最後の工程に手を付ける。

『汝、楽園の導き手に非ず。万民を守護せし守り人に非ず。()は己の身を(よろ)う者。絶えぬ闘志を内に宿し、炎燻る戦場で咆哮を上げし者。今こそ熱き(たぎ)りに拳を固めよ。汝、戦人なり!!』

 (うた)う様に紡がれた詠唱によって、三百体以上のゴーレム全てが姿を消した。

 原材料にまで分解された彼らは魔力流に乗ってある物は外部を鎧う装甲に、またある物は身の内に力を通す魔力回路に、アヴィケブロンの意思のままにその身をケテルマルクトへと捧げていく。

 そうして視界を塞ぐ砂嵐が終わりを告げた先から現れたのは、ケテルマルクトよりも頭一つ程上の高さを誇る黒い巨神だった。

 全身に武骨な黒鉄を纏い、眼と歯が剥き出しであった顔の上に()め込まれた彫刻のように無表情な顔には、瞳の無い目が剣呑な光を湛えている。

 そして最も目を引くのが、足首に届かんほどに伸びた腕であろう。

 前腕部には両腕を合わせるだけで全身をカバーできるような巨大な籠手が備え付けられており、肘からは前腕と同等のシリンダーが生えている。

 そして何よりも自身の顔面を超えるほどに巨大な手が、硬く握り締められて文字通り鉄拳を形作っている。

「なんとか完成したか……」

『まだだよ、アヴィケブロン』

「うおっ!?」

 新たなケテルマルクトの姿に一息つこうとしたアヴィケブロンは、喉元に開いたハッチから延びるマジックハンドによって内側に引きずり込まれてしまう。 

 少しの浮遊感の後で体を受け止める柔らかい感覚に目を開けると、そこはアニメで見たロボットのコクピットに似た空間だった。

 360°全体が外部の映るモニターになっており、自身の座るシートの左右には壁に沿う形でスライドするタイプのレバーが生えている。

「これは一体……?」

『もちろん、新たなケテルマルクトのコクピットだよ』

 自身の設計に無い設備にアヴィケブロンが首を捻っていると、スピーカーからロシェの声がした。

「どういう事だ? 僕はこんなモノを作るように指示した覚えはないぞ」

『それはそうさ、僕が独断でやったもの』

「何故、このようなモノを?」

 あっけらかんとした教え子の声に、アヴィケブロンの声のトーンが一段下がる。

『簡単だよ。圧倒的にサイズが違うサーヴァントと戦うならともかく、同サイズの相手との戦闘だと肩に掴まっているアヴィケブロンが邪魔になる。遠距離攻撃を受ければ貴方を護る為にリソースを割かないといけないし、潰されるか振り落とされると思えば格闘戦も危険すぎる。遠方から指示を出すのは王道だけど、ケテルマルクトから離れたところを暗殺されたら元も子も無い。だったら、一番安全な所に隠すしかないでしょ』

「なるほど。そう思えばケテルマルクトの中にいる事が最も安全というワケか」

『そういう事。他にも自立行動のリソースを強化に()てたから、操縦が必要になったのもあるけどね』

「どういう事だ?」

『コイツの自立行動のルーチンは楽園創造とセットになってたんだよ。だから、楽園を作るエネルギーを戦闘に廻した今のケテルマルクトじゃ使用できないんだ』

「なるほど、それ故の有人制御か。新型の自立行動ルーチンなど即興で造れるものではないからな」

『その通り。まあ操縦と言っても基本はパスからの思考制御だからね。レバーは補助だと思えばいいよ』

「……まさか、僕自身が巨大な人型を操縦することになるとは───」 

 そうボヤいていたアヴィケブロンは、操縦席のコンソールに目を向けると同時に言葉を飲み込んだ。

 黒く染まった画面には、白の文字である一文が浮かび上がっていたからだ。

 

CAST IN THE NAME OF GOD,(― 我、神の名においてこれを鋳造する ―) YE NOT GUILTY. (― 汝ら罪なし ―)

 

「これは……」

『好きだったんでしょ、あのアニメ。知ってたよ、貴男がカイウスがいない隙に機械をいじって夢中で見てたの』

 声を詰まらせるアヴィケブロンに、ロシェはいたずらが成功したかのように含み笑いと共に言葉を返す。

「───それはまた、恥ずかしいところを見られたな。だが、礼を言おう。お蔭でこれの新しい()が決まった」

 深く深呼吸をしてからそう呟くと、アヴィケブロンは意を決して両脇にあるレバーを握り締める。

 最初の人間の模倣として生み出されたケテルマルクト、しかし『楽園』創造を捨てて闘う事を選んだこの巨人にその名はもはや相応しくない。

 ならば、私はこの銘を授けよう。

 何時か見た虚構の世界において、圧倒的な力を見せた(くろがね)機械仕掛けの神(メガ・デウス)の名を!

「行こう、ロシェ、そして『ケテルマルクト・ザ・ビッグ』! これからが僕達のショー・タイムだ!!」

 アヴィケブロンが決意を込めてレバーを押し込むと、新生したケテルマルクト、いやケテル・ザ・ビッグは咆哮を上げる。

「ジイチャン、なんか相手が強くなったみたいだぞ!」

「うん、くろくておっきくなってる!」

『心配は無用だ、子供達よ。たとえ如何なる敵であろうと、私は負けない!』 

 焦りを見せる子供達を勇気付けると、ヴォーティガーンは三度大地を蹴った。

 炎と共に襲い来る黒竜の勇者に、アヴィケブロンも握り締めたレバーを大きく引き絞る。

『行くぞ! 巨人よ!!』

『ケテル・ザ・ビッグ! アァクションッ!!』

 ヴォーティガーンとケテル・ザ・ビッグ。

 二つの巨神の闘いは、烈火の意思を巻き込んで更に加速していく。

 




 古風なオフィスの一角に置かれた古めかしい黒電話。

 ずんぐりとした本体にポツンと付けられた赤のランプが明滅すると、それは甲高いベルの音で『着信アリ』と騒ぎ出す。

 そんな昔気質な仕事人の受話器を持ち上げるのは、紫の袖と金の鋼板を縫い付けた同色の手袋。

 仮面越しに手の主が受話器を耳に当てると、銅線で出来たコードの奥から男の声が流れてくる。

 声が流暢な英語で発した言葉はこうだ。

 次回『Deus ex Machina』

 古き魔術の城塞に、巨神の咆哮が木霊する。

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