剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。

 久々の剣キチ本編です。

 自分で書いててビックリするほど難産で、ニートリアで溜めていたシリアス成分は全て放出してしまいました。

 これでメカの出番は終了。

 やっとアポも続けやすくなるってものです。

 あと、FGOの水着イベント。

 残ってるメンツを思うと、(爆)死の予感がプンプンするんですが……。

 ヒロインXXとBBの為に、再びオケラになる覚悟を決める必要があるか。

 我が事の宣伝ですが、小ネタの方でロボとアヴィケブロン関連でボトムズの一発ネタを書きました。

 もしよろしければ、目を通していただけばと。


剣キチさん一家ルーマニア滞在記(12)

 ヴォーディガーンとケテル・ザ・ビッグ。

 そびえたつ両雄の第二ラウンドは、重厚な金属音と衝撃波から始まった。

 背面バーニアによる加速を込めたヴォーディガーンの拳を、逞しさを増した剛腕で受け止めるケテル・ザ・ビッグ。

 インパクトの瞬間、威力に耐えられずにひび割れたケテル・ザ・ビッグの装甲から破片が舞い散った。

 前腕部を覆うガントレットは拳型に陥没し、ささくれ立った黒鉄(くろがね)が衝撃によって次から次へと零れ落ちる。

 しかし、そこまでだった。

 先ほどまで容易く土塊の腕を撃ち抜いていたヴォーディガーンの一撃は、黒鉄の前腕部に阻まれて完全に動きを止めていたのだ。

『なに……っ!?』

「うおおおおおおおっ!!」

 驚愕でヴォーディガーンの動きが止まった事を見落とすことなく、アヴィケブロンは気合とコクピットのレバーを前に倒す。

 ケテル・ザ・ビッグの両眼が光を放ち、主の意志に応えるべくその剛腕をヴォーディガーンに叩きつけた。

『ぐあっ!?』

 横薙ぎに振り抜かれた一撃を脇腹に受け、空中へと吹き飛ばされるヴォーディガーン。

 しかしこちらも歴戦の勇者、タダではやられない。

『食らえ! デュアルキャノン! ドラゴニックフレアッ!!』

 夜空を背に体勢を整えた勇者から、雷弾と業火が放たれる。

 だが、ケテル・ザ・ビッグも負けてはいない。

『させるか! アーク・レイ、ミサイル・ストーム発射!!』

 アヴィケブロンの号令によって両目から高出力の光線、それに次いで展開した前面装甲から迫り出したミサイルが次々に放たれる。

 互いの攻撃は両者の置いた距離の丁度中間でぶつかり合った。

 光線が雷弾を消し飛ばし、業火がミサイルを次々と誘爆させていく。

 並の宝具など比較にならない強大な力の(せめ)ぎ合い、その威力は空間を焼き払いながら衝撃波となって両者を襲う。

『クッ!』

 荒れ狂う暴風の中、思わず両腕で頭部をガードするヴォーディガーン。

 しかし、アヴィケブロンはその隙を見逃してはいなかった。

「今だ! ロシェ、出力最大!!」

『了解!』

 相棒への指示と共にレバーを前に押し込むと、ケテル・ザ・ビッグは轟音を立てて大地を蹴る。

 短い脚で大量の土砂を巻き上げながら走るその姿は、多くの者には鈍重に映る事だろう。

 しかし、実際はそうではない。

 他の量産型ゴーレムならばいざ知らず、ケテル・ザ・ビッグの前身たる『王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』は聖書の神が最初の人間(アダム)を創造した御業の模倣である。

 多少の改造は施されていても、それを基礎とするケテル・ザ・ビッグも人体を完全に再現する事で出来ている。

 加えて、心臓部たる炉心や力を生み出す全身の筋肉、それを支える骨格が強化された現在の力は神獣のそれに匹敵する。

 数歩で音速を超えた鋼の巨神は右足の踏み切りで大きく宙へと跳ね上がると、全身を鋼の砲弾に見立ててヴォーディガーンへと突っ込んだ。

 肩口に全体重を乗せて相手に叩き付けるショルダータックル。

 ヴォーディガーンのような機構に頼らない純然たる肉弾技だ。

 生身の戦いならば避けられやすいこの技も、巨大ロボ同士の戦いであれば勝手が違う。

 機体に多くのギミックを持ち、手足に限らず攻撃を放てるロボットだからこそ、こういう単純な一手は読みづらいのだ。

 それ故にヴォーディガーンもまた虚を突かれてしまう。

 耳を(つんざ)く様な激突音と、地震さながらの衝撃の波がミレニア城砦跡を襲う。

 剛腕による一撃は凌ぐことができたヴォーディガーンも、これには(たま)らず地面へと叩きつけられた。

『ぐぅ……ッ!?』

「「ひゃああああああっ!?」」

 機体の中では襲い来る衝撃に、黒竜の噛み潰した苦鳴と子供達の声が木霊する。 

『……無事か、二人とも』

「だいじょーぶ!」

「びっくりした……」

 機体の状態よりも先に子供達の様子を気に掛けたヴォーディガーンの声に、モードレッドは心配させまいと声を張り上げ、ジャックは角を掴みながら目を白黒させる。

『あなた、気を付けて~。敵の能力はさっきまでとは別物よ~』

『力を増したのは認識していたが、それほどのものか?』

『装甲強度は比較にならないし、パワーは2倍、スピードも1.5倍に跳ね上がっているわ~。総合的な力は今のヴォーディガーンに匹敵するかも~』

 ニニューの試算に、黒竜はその黄金の瞳を細める。

 思わぬ強敵の出現に、機体に加えられた出力リミッターの解除という手段が脳裏を掠めるが、頭の上から感じる感触にそれを払拭(ふっしょく)する。

 万が一の事態が起こってしまっては、この子達を身の内へと保護した意味が無いからだ。

 自身と一体となった鋼の身体を起こしながら、ヴォーディガーンは眼前にそびえる黒鉄の巨神を睨みつける。

 今のやり取りから考えれば、距離を取って戦うのは利口とは言えないだろう。 

 光線やミサイルもそうだが、あのゴーレムは鈍重な見た目に反して一瞬の瞬発力は驚くほどに高い。

 遠距離から射撃をしていては、両手の重厚なガントレットを盾にして強引に突破してきかねない。

 ならば───

『ツイン・ランサー!!』

 ヴォーディガーンの叫びと共に、脚部に収納されていた二本の手槍が飛び出した。

 黒竜の勇者の手に構えられた得物は槍と銘打たれているものの、全長の半分が幅広な刀身で出来ており、外見はむしろ剣を思わせる。

 長さも長剣と短剣の中間、日本刀で言うところの小太刀が最も近いだろう。

『はああああぁぁぁっ!!』

 裂帛の気合と共に背面に備わった翼の形状をしたスタビライザーを展開して、ヴォーディガーンは宙を駆ける。

「ふんっ!」

 風を巻いて迫り来る黒竜の勇者を右ストレートで撃ち落とそうとするケテル・ザ・ビッグ。

 しかし、放たれた鉄拳は紙一重のところで空を切り、懐に飛び込んだヴォーディガーンは勢いのままに両腕の手槍を振るう。 

 金属を引き裂く音と共に盛大に散る火花。

 脇腹と(もも)に向けて振り抜かれた斬撃はその身を断つ事は叶わなかったが、黒鉄の鎧に確かに傷を刻み付けた。

 その身に爪を立てる小癪(こしゃく)なトカゲをケテル・ザ・ビッグは払い飛ばそうとするが、ヴォーディガーンは襲い来る棍棒のごとき(かいな)を時に掻い潜り、もしくは相手の懐から退く事で躱しながら斬撃を積み重ねていく。

 教科書通りのヒット・アンド・アウェイ。

 巧みな足捌きとスラスターを使用しての滑るような動きは、王族時代に剣士として一流の教育を受けたヴォーディガーンならではと言えるだろう。

『くそっ! ちょこまかと鬱陶(うっとう)しい……ッ!』

「落ち着こう、ロシェ。機動性では相手に分があるのは最初から分かっていた事だ」

 決定打には程遠いながらも、着実に蓄積していく装甲ダメージに苛立ちを隠せないロシェ。

 そんな彼をアヴィケブロンは落ち着き払った声で(たしな)める。

 ケテルマルクトとケテル・ザ・ビッグ。

 両者の大きな違いの一つに、その体格がある。

 前者だった時は大きさはヴォーディガーンとほぼ互角であった。

 しかしケテル・ザ・ビッグへと進化を遂げた現在は、その全高は頭二つほど相手を上回っているのだ。

 装甲強化と出力上昇を得る為には機体の肥大化は仕方がない事なのだが、結果として元より劣っていた運動性でさらに差を付けられてしまっている。

「───一見すれば闇雲に斬りつけているように見えるが、実際は右の膝上へと斬撃が集中している。こちらの機動力を殺したうえで、大技を叩き込むか遠距離から鴨撃ちにしようという腹か」

 サブモニターに表示される機体ダメージに目を向けながら、アヴィケブロンは独り言ちる。

 それは古代の巨人討伐から続く小兵による大物退治のセオリー。

 しかし、そんなものを稀代のゴーレム・マスターであるアヴィケブロンが許すはずがない。

「ロシェ、姿勢安定用のアンカーを全て出してくれ」

『どうするんですか?』

「こちらの土俵で頑張っている彼に敬意を表して、一発逆転のビッグパンチというものをお見舞いしてやるのさ」

 頭上を通過する黒鉄の腕をやり過ごしながら、ヴォーディガーンは幾度目かの相手の懐に飛び込むことに成功する。

 最初のころに比べて打撃に精彩が欠いているのは、コツコツと溜め続けて来た脚部へのダメージが芽を出している為だろう。

 緑の光を(たた)えるデュアルアイは、ケテル・ザ・ビッグの右の膝上の位置にザックリと装甲が切り裂かれた場所を捉えていた。

 ささくれ立った黒鉄の奥に見える黄土色の地肌、ここにもう一撃を打ち込めば相手の足は殺せるだろう。

 そうなれば、頭上をブンブンと飛び回っている腕も脅威足り得ない。

 最初のような強力な再生能力を有している可能性もあるが、装甲材に修復の兆しが見えない事を考えればその線は弱いと見ていい。

 優れた頭脳と高性能な補助AIによって状況を再確認し、手槍を振りかぶるヴォーディガーン。

 しかし、彼はその槍を振り下ろすことができなかった。

 ギシギシと軋みを上げる身体を見てみると、そこには十本以上もの鎖が絡み付いていた。

 自身を捕らえているそれらの先端には大型のハーケンが付いており、根本はケテル・ザ・ビッグの胴体へと続いている。

『これはッ!?』

「僕のケテル・ザ・ビッグは小回りが利かなくてね、君に追いつくのは少々骨なんだ。だから、こういった手段を使わせてもらった」

 言葉と共に、ケテル・ザ・ビッグはヴォーディガーンに絡み付いた鎖を引き寄せていく。

 ヴォーディガーンはなんとか踏ん張ろうとするものの、パワーという点では相手に分があるためにジリジリと引き寄せられてしまう。

「君に使われている技術には興味が尽きないが、それとこれとは話が別だ。ケテル・ザ・ビッグの優位性を示すためにも、君には土を舐めてもらう……!」

 アヴィケブロンの言葉と共に黒鉄の巨神がひときわ強く鎖を引くと、ついに踏ん張っていたヴォーディガーンの足が大地から離れてしまう。

 夜気を裂いて引き寄せられる先には、肘のシリンダーを限界まで引き絞った右拳を構えるケテル・ザ・ビッグの姿。

『させん! ヴォーディガーン・サンダァァァァァッ!!』

 兜の角から放たれる蒼雷はケテル・ザ・ビッグの身体を(はし)り、装甲に刻まれた傷が次々とスパークを起こす。

 だが、その程度では巨神は止まらない。

 変わる事のない仮面の顔に代わって双眸(そうぼう)にギラつく闘志を宿し、必殺の拳を振りかぶる!

「───バイバイッ!!」

 渾身の力を込めてレバーを押し込むアヴィケブロンに連動して放たれる右拳。

 それはヴォーディガーンの胸の竜を捉えると、前腕部とシリンダーに貯めこまれた大地の精を起爆剤にして、その力の全てを拳から相手へと叩き込んだ。 

 周囲全てのモノを薙ぎ払うような爆音が夜を震わせると、ヴォーディガーンの身体は拘束していたアンカーを引き千切って後方へと吹き飛んでいく。

『やったね、アヴィケブロン!』

「ああ。右手に宿した『グラン・インパクト』はケテル・ザ・ビッグ最大の切り札。あれをまともに受けては、戦闘を続行する事ができないだろう」

 ロシェの声に応えながら、アヴィケブロンは好敵手が消えた方向にモニターを向ける。

 並のゴーレムならインパクトの瞬間に粉々になっているところだが、原形を留めて吹き飛んだ事があの機体の技術力の高さを物語っている。

「とはいえ、原型を留めているのなら油断は禁物だ。万が一にも戦闘可能であったなら背後から撃たれる可能性もある」

『それじゃあ、あのゴーレムを追撃するんだね』

「ああ。天草との契約にあった黒の陣営の始末はその後だ」

 そうロシェに返しながら、アヴィケブロンは(はや)る心を抑えながらケテル・ザ・ビッグを前に進める。

 ヴォーディガーンという彼にとっての宝の山を任務と言う形で合法的に回収する為に。

 

 

 

 

 山二つほどを飛び越し森林地帯に一直線の荒野を書き示す事で、ようやくヴォーディガーンの身体は停止した。

 五体に欠損は無いとはいえ刻まれたダメージは大きく、特に右拳の直撃を受けた胸のドラゴンの顔は完全に潰れてしまっていた。

 だがしかし、それ程のダメージを受けても搭乗者であるモードレッド達にはケガはなかった。

 それは偶然でも奇跡でもない。

 子供達を護る為に右拳を食らう寸前、ヴォーディガーンがリミッターの限定解除を行い、エンジン出力を先ほどの2倍である80%まで引き上げたからだ。

 とはいえ、問題が無いわけではない。

 試作機である『キング・アルビオン』が予想以上のダメージを受けた事により、肝心のヴォーディガーンが意識を失ってしまったのだ。

「じいちゃん! へんじしてよ、じいちゃん!!」

「ドラゴンさん! ドラゴンさん!!」

 薄暗くなった空間の中、自分達が乗っている黒竜の頭をぺちぺちと叩きながら必死に呼びかけ続ける子供達。

 しかし、降りてしまった(まぶた)が持ち上がる事は無い。

『モ……ちゃ……! そこ………だ……しゅ……』 

 ノイズしか移さなくなった通信から切迫したニニューの声がするものの、音声状況が劣悪なためにほとんど聞き取ることができない。

「じいちゃん……」

 目にいっぱい涙を溜めながら、両手を握り締めるモードレッド。

 妖精郷についてから付き合いがあるモードレッドにとって、家族同然の存在である。

 女神の分霊と神仙の混血であり、時間という概念の無い妖精郷に住んでいる彼女は、普通の子供に比べて遥かに成長が緩やかだ。

 だからこそ、身近な人間が臥せっているという状況に耐えることができない。

 そんな友人に掛ける言葉が見つからなかったジャックは、心のままにモードレッドの身体を抱きしめた。

「じゃっく?」

「わたしたちがつらいときやかなしいとき、おかあさんはぎゅってしてくれた。そうしたらね、こころのなかがすーってかるくなったの。わたしたちはモードのおかあさんじゃないけど、モードにげんきになってほしいからぎゅってするね」

 そう言ってモードレッドに抱き着く力を強めるジャック。

 人というのは不思議なもので、身近な人の体温を感じるだけで沈んでいた心がほんの少しだが楽になる事もある。

 それはモードレッドも例外ではなかった。

 友人の温かい気遣いを感じた彼女は目じりに堪った涙を乱暴に拭うと、再び竜の角を握り締める。

「モード、どうするの?」

「氣を通して、じいちゃんを治療する」

「き?」

「父上が剣で使ってる不思議パワー。ケガした時とかに身体に通すと、痛くなくなったり治りが早くなったりするんだ」

「へぇ~」

 感嘆の声を上げるジャックを他所に、角を通して氣を送るモードレッド。

 流れるその質は兄であるアグラヴェインより一段上、角を握る手に伝わる感触からも確かに氣は通っている。

 しかし、いかんせん相手が大きすぎる。

 アルガならともかく、未熟なモードレッドの内氣功では竜の巨躯を癒すには圧倒的に氣の量が足りないのである。

 モードレッド自身もそのことに気づいてはいるが、それでも止めようとは思わなかった。

 彼女に限らず妖精郷に住む様々な子供達にとって、ヒーローであると同時に優しい祖父のような存在であるヴォーディガーン。

 そんな彼が窮地に立たされているならば、手助けをせんと手を伸ばすのは当然のことだ。

 額に汗しながら懸命な治療を行うモードレッドと、そんな彼女を必死に応援するジャック。

 だがしかし、そんな彼女たちを更なる危機が襲う。

 生きていた外部モニターが捉えた大きな影、それに顔を上げた二人はこちらを見下ろす仇敵の姿を目の当たりにした。

 黒鉄の巨神、ケテル・ザ・ビッグ。

 影の主は止めを刺すつもりか、倒れたままのヴォーディガーンへと手を伸ばす。

 この絶体絶命のピンチにあっても、黒竜が目覚める気配はない。

 恐怖からキュッと目を瞑るジャックの手を握り締め、モードレッドは怯える事無く、画面越しにケテル・ザ・ビッグを睨みつける。

 今の状況で自分達にできる事は何もないだろう。

 だとしても、負けたとだけは認めたくない。

「負けてない! じいちゃんも、オレ達も! お前なんかに負けてないぞーーーーーッ!!」

 迫り来る死の恐怖に向けて、声の限りに吼えるモードレッド。

 それは理屈も根拠も何もない、子供が感情のままに振り回す意地でしかない。

 しかしそんな生の感情の発露が、この時たしかに奇跡を引き寄せた。

 黒鉄の指がヴォーディガーンの頭部を捕える寸前、突如としてケテル・ザ・ビッグの腕が横合いから弾かれたのだ。

「え……?」

 訳も分からず間抜けな声を漏らすモードレッド。

『あの巨神を前にそれだけの啖呵を切るとは、やはり其方も管理者の子だな』

 声と同時に薄暗かった空間が先ほどのように明るく輝いていく。

「じいちゃん!」

「ドラゴンさん!」

『怖い思いをさせてすまなかった。もう大丈夫だ』

 顔をくしゃくしゃにして角にしがみ付く子供達に、優しい声音で言葉をかけるヴォーディガーン。

『返事をして! モーちゃん! ジャックちゃん! アナタ!!』

 同時に機能を復旧させた通信モニターは、ニニューの間延びする癖も忘れた必死の呼び声を拾い上げる。

『ニニュー、返事を返すのが遅れてすまなかった。全員無事だ』

 ヴォーディガーンがそう返すと、モニター越しのニニューは深々と息を吐くと共に机に突っ伏してしまう。

『よかったわ。通信が途絶えた時は、本当に生きた心地がしなかったもの……』

『心配をかけてすまぬ。我もさきの一撃で気を失ってしまってな。モードレッド達の声が無ければ危ないところだったのだ』

『そう……モーちゃん、ありがとうね』

「どーいたしまして!」

「うん、どーいたしまして!」

 泣いたカラスがなんとやら、涙の跡を残しながらも笑顔で胸を張る子供達に思わず笑みをこぼすニニュー。

『すまんが、のんびりとしていられる状況ではないのだ。ニニューよ、機体に課せられたリミッターは安全を確保したうえで外せるのはどの程度までだ?』

 ヴォーディガーンが放った問いに、緩んでいたニニューの顔が一気に引き締まる。

『……ごめんなさい、現状では解除はできないわ。『キング・アルビオン』に受けたダメージが大きすぎるもの。安全性を考慮したら、さっきまでの10%減の30%も怪しいかもしれない』 

『子供達の事を思えば無茶は出来んか。ならば、30%で勝つしかないな』

 言い辛そうに紡がれたニニューの言葉に、ヴォーディガーンは鋼の如き声を返す。

「じいちゃん、オレ達の事は気にしないでくれ!」

「わたしたちはえいれいだから、すこしむちゃしてもだいじょうぶだよ?」

『そうはいかん。お前たちを我が中に招いたのは、ケガをしないよう保護するためだ。だというのに、我の失態で二度もお前たちを危険な目に合わせてしまった。これ以上、(ないがし)ろにはできんよ』

「でも……」

『心配はいらん。これでも卑王と呼ばれ、アーサーと五分の勝負を繰り広げた身だ。この程度の事で屈するほど軟ではない』

 ヴォーディガーンの言葉に揺るがぬ覚悟を感じ取ったモードレッドは、喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。

 武人の子であり自身も剣を取る身ならば、これ以上の言葉は侮辱となる事を理解できたからだ。

「わかった。がんばれ、じいちゃん!」

「ドラゴンさん、がんばって!」

『うむ』

 頭上からの声援に頷くことなく声を返したヴォーディガーン。

 そんな彼にケテル・ザ・ビッグの拳が迫る。

 躱せるタイミングではないと判断した彼は、脚部スラスターを吹かして後方に跳ぶと同時に拳に前にツイン・ランサーの刀身を重ねるようにして構えた。

 轟音に続いて、そして金属が砕ける甲高い音が辺りに響く。

 全力の拳を放ち、前のめりになったケテル・ザ・ビッグの中でアヴィケブロンは見た。

 周囲に散らばる大小様々な双槍の成れの果て、その向こう側で黒竜の勇者が身の丈ほどの刃を持つヴォーディガーン・ソードを引き抜いているのを。 

 背面バーニアを全開にしたヴォーディガーンが間合いを詰めるのと、ケテル・ザ・ビッグが上体を起こすのは全くの同時だった。

『はああぁぁぁぁぁっ!』

 裂帛の気合と共に大上段から振り下ろされる大剣。

 アヴィケブロンは咄嗟に左手のガントレットを構えて盾にしようとするが、放たれた斬撃は分厚い装甲をバターでも斬るかのようにあっけなく漆黒の剛腕は半ばから断ち斬った。

「ちぃ……ッ!?」

 斬撃の余波が背後の丘陵にクレバスを刻む中、舌打ちを打ちながらも体勢を立て直す為に間合いを取ろうとするアヴィケブロン。

 しかしヴォーディガーンは身体の各所に備わったスラスターを吹かせる事で、ケテル・ザ・ビッグの逃げ道を塞ぎながら斬撃を放ち続けている。

『アヴィケブロン!!』

「接近戦の腕はむこうが格段に上だ! 間合いを取るのは容易じゃない!」

 先ほどより洗練された動きに、アヴィケブロンは舌を巻いた。

 小回りと機動力では敵わないのは散々理解させられたが、序盤の動きが本気ではないとは思わなかった。

 両腕が健在ならともかく、片腕となった現状ではとてもではないが捌き切れる自信は無い。

『じゃあ、どうするのさ!?』

「発想の転換だ、ロシェ。間合いが取れないのなら、逆に詰めればいい!!」

 振り下ろされる大剣に半ばまで切れた左腕を盾にして、ケテル・ザ・ビッグはクロスレンジへと飛び込んでいく。

 この位置では相手の主武装であるヴォーディガーン・ソードの威力は半減されるが、リーチが異様に長いケテル・ザ・ビッグも溜めのある強打を打つことは出来ない。

 クロスレンジでの攻防を制し、相手を自分の必殺の間合いに押し出す事が出来た方に勝利の女神がほほ笑むという事だ。

「黒竜の勇者! 君は何故僕の前に立ちはだかった!?」

 折りたたんだ右腕を伸ばすことなく拳で突き放しながら、アヴィケブロンは外部スピーカーで問いただす。

 思えば、彼は聖杯戦争とは何の関係も無い。

 こうもボロボロになってまで、戦う理由などありはしないのだ。

『言ったであろう、貴様等が私の同胞に危難を振りまこうとしたからだ!』

 破損が激しい胸部を打たれた事で、ヴォーディガーンの身体はぐらりと傾いた。

 しかし、すぐさま立て直し、お返しとばかりに強烈な突き蹴りを巨神の腹部に叩き込む。

「同胞だと?」

『そうだ! あの城塞には我が守護する妖精郷の民がいた! 例え現世と言えど我らが民を護る、それこそが我が使命よ!!』

 対格差をものともしない一撃に、ケテル・ザ・ビッグの足が一歩後ろに下がる。  

『そういう貴様は何の為にその巨神を製造した? それだけ大規模な改造を施したのだ、当初のようにこの地を作り替える為ではあるまい!』 

「僕は……」

 ヴォーディガーンの投げかけた問いに、アヴィケブロンは即座に答えることができなかった。

 ケテル・ザ・ビッグの前身たる『王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』、その製造目的は全ての数秘学者の夢と言われている神による人間の創造の模倣。

 即ち、最初の人間たるアダムを再現することにより、彼とイヴが追放された楽園を地上にもたらし人類を救済する事だ。

 そんなケテルマルクトを戦闘用であるケテル・ザ・ビッグに改造したのは、ゴーレムマスターとして、なにより技術者として、眼前のロボットに負けたくないという思いから───

 本当にそうだろうか?

 ふと、アヴィケブロンの脳裏に疑問が過る。

 普段の自分ならば、切り捨てたロシェが何を言おうとケテルマルクトを改造などしなかったはずだ。

 ヴォーディガーンとの戦いにケテルマルクトが敗れたとしても、製造目的が違うからと素直に納得したに違いない。

 なら、どうしてここまでするのか?

 …………わかっている。

 いや、正確には気づいてしまったというべきか。

 本格的に聖杯大戦がはじまる前、カウレスの部屋で見たアニメーション。

 そこに登場した数多のロボット達。

 彼等は時に熱い正義の心を持った人を乗せ、主と共に人々を救う為に戦った。

 中には自我を持ち、人への愛を胸に多くの悲劇をその鋼の腕で打ち払う者もいた。

 正義の使者として生を受けた者もいれば、純然たる兵器として製造されたモノもあった。

 しかし、その多くがアヴィケブロンが生きて来た時代よりもはるかに複雑化した社会の中で、誰かを護る為に戦っていた。

 それを見た時、彼の心の中にストンとハマるものがあった。

 ああ、自分は彼等を作りたかったのだ、と。

 アヴィケブロンが生涯をケテルマルクトの製造に掛けたのは、世界に蔓延(はびこ)る悲劇とその犠牲になる人々を救いたかったからだ。

 彼は厭世家(えんせいか)で人付き合いを苦手としていたものの、日々を生きる人々を嫌ってはいなかった。

 だからこそ戦争や疫病、飢饉(ききん)や犯罪によって無残に命を落とす人々を見ていられなかった。

 そんな無辜(むこ)の民を救うためのケテルマルクトであり、楽園だったのだ。

 しかし、考えてほしい。

 最初の人であるアダムとイヴはたった一度の過ちで、神によって楽園を追放されてしまったという。

 罪無き者の楽園と言えば聞こえがいいが、それは一つでも罪を犯した者には居場所が無いのと同義である。

 果たして、彼の救いたかった者達の中に産まれてから一度も罪を犯さなかった者などいるだろうか?

 答えは言うまでもないだろう。

 生前、アヴィケブロンはその矛盾に気づいていた。

 しかし、彼はケテルマルクトの製造を止めようとはしなかった。

 何故なら、彼が得意とするゴーレムによって人々を救済する方法はそれしかなかったからだ。

 だからこそ、誰もが跳ね除けれるであろう楽園に一縷(いちる)の望みを掛けた。

 これしか術が無いから、これしか方法を知らないから。

 救われる者がいる可能性が、砂粒程度しか無い事から目を瞑って。

 だがしかし、現代において彼は知ってしまった。

 我が身が傷つくのを厭わず戦い、人々を悲劇から守ろうとする鋼の救世主(メシア)たちを。

 如何なる困難や絶望が待っていようとも、最後にはその全てを打ち砕いて人々に救いを齎す機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を。

 無論、あれらは人々が作り出した娯楽、創作物に過ぎない。

 しかし、それがどうしたというのか。

 娯楽上等、創作物上等。

 自身が生前に目指したケテルマルクトなど、神の御業の模倣という御伽噺(おとぎばなし)ではないか。

 それに比べれば、創作物の再現の方がよほど現実的だ。

 だがしかし、自分はそこに手を伸ばそうとしなかった。

 従来の偏屈(へんくつ)さが、長年染み付いた他者の目を気にする悪癖が、心にこびり付いた小さな諦観が、自身に新しい挑戦へ向かう事を許さなかった。

 その妥協の果てがケテルマルクトだ。

 あんなものを完成させる為に、仲間を裏切り自分を師と慕った少年を手に掛けた。

 きっと……いや、間違いなく今の自分には『彼等』を手掛ける資格は無いだろう。

 存外の幸運もあって、紆余曲折の末にケテル・ザ・ビッグを産み出すことが出来たが、眼前の黒竜の勇者と自分の立ち位置を思えば完全に悪役となってしまっている。

 そこまで考えて、仮面のゴーレムマスターはようやく自分の心に気づいた。

 ああ……自分があのロボットに対してムキになるのは、羨ましいからだ。

 技術がどうとか魔術がどうなんて話じゃない。

 自分が憧れた『彼等』のようなロボットを産み出すことができた誰かへの醜い嫉妬。

 (うらや)ましくて、妬ましくて、合体を再現成しえた技術や大地に立つその雄姿に憧れて……

 だからこそ、勝ちたかった。

 だからこそ、負けたくはなかった。

 このロボットに勝てば、もしかしたら自分にも『彼等』を創り出す権利が得られるのではないか、と思ったから。

 ……そんなもの、あるはずもないのに。

「……ケテル・ザ・ビッグを組み上げたのは証明する為だ。僕のゴーレム作成の技術が、君の創り出したそれよりも優れていると。それ以外に理由などない」

 右のショートブローと共に、アヴィケブロンは心のよどみとは別の言葉を口にする。

 生前から周りの目に敏感だった彼は、自身の内に渦巻く本音を表に出すことを良しとしなかった。

 ここで本音をぶち撒けたとて、待っているのは嘲笑もしくは蔑みだろう。

 敵対する者からどう見られようと気にはならないが、だからといって悪意の籠った視線を浴びようとするほど愚かではない。

 そもそも、何を並べたところで今更なのだ。

 心の内に自身の汚泥を他人に晒すくらいなら、口にした建前を真実にした方が余程マシであろう。

『そうか。ならば貴様の虚栄心、我が使命を以って斬り伏せよう!』

 突き放すように繰り出されたケテル・ザ・ビッグの右拳を剣の(つば)で押さえると同時に、ヴォーディガーンは相手の腹部に蹴りを打ち込んだ。

 相手を離す為の突き蹴りによって間合いが開くと、蹴り足を踏み込みに変えて大剣を振り下ろす。   

 しかし、ケテル・ザ・ビッグもむざむざやられはしない。

 強引に間合いを詰める事で、最も力の乗った部分ではなく切れ味の落ちる刀身の根本を受ける事でダメージを最小限に抑え、同時にヴォーディガーンの頭部へ向けて頭突きを叩き込む。

 鈍い金属音と共に砕けた装甲の破片が宙を舞う。

 思わず仰け反ったヴォーディガーンに、チャンスと睨んだアヴィケブロンは畳掛けようと攻勢に出た。

「今だ、アーク・レ───」

 黒鉄の巨神の眼に光が集まり、力を解き放とうとした瞬間、紙一重のタイミングでヴォーディガーンの大剣の柄が叩き込まれた。

 その一撃によって開放の時を目前にした破壊のエネルギーは、唯一の出口を破壊された事で暴走。

 爆発と共に右半面と側頭部の一部を吹き飛ばした。

 ケテル・ザ・ビッグの両眼から放たれる高収束魔力砲アーク・レイ。

 直撃すれば、ヴォーディガーンの装甲すら融解貫通するであろう威力を持つ必殺の武器だが、ここに至っては悪手でしかなかった。

 手を出せば相手の身体の何処かに当たるのがクロスレンジである。

 その状況では、溜めの必要な技など絶好の的でしかないのだ。

 頭部の半分を吹き飛ばされた事で大きく仰け反ったケテル・ザ・ビッグ。

 そこをヴォーディガーンは剣戟や柄による打撃はもちろん、拳打・蹴りまでを織り交ぜながら徐々に相手を押し退けていく。

 こういったギリギリの鬩ぎ合いは、一度天秤が傾くと持ち直すのは容易ではない。

 ゴーレムの操縦には長けていても、優れた戦闘技能を持つわけでないアヴィケブロンでは猶更(なおさら)だ。

 コクピットの中を赤い警告灯が埋め尽くし、刻一刻と破壊されていく機体の状態を目の当たりにしたアヴィケブロンは覚悟を決めた。

 被弾を覚悟で間合いを詰め、ボクシングのクリンチのように残った右腕を搦めて相手を抑え込むと、攻撃が止んだ僅かな時を活かして彼は炉心にアクセスを試みる。

 幸いな事に炉心に捧げたロシェは消滅する事なく、逆にケテル・ザ・ビッグの中にその意思を残すことで機体制御用の人工知能のような役割を果たしている。

 ならば、その意思がある部分を特定することができれば、彼を再びケテル・ザ・ビッグから分離させることができるかもしれない。

 そう考えながら、アヴィケブロンは炉心の構成情報を精査していく。

 英霊としてのスペックをフルに活かした彼は、最新型人工知能も顔負けの処理能力によってロシェの意志が宿る部分を特定に成功する。

 そして、その部分をロシェに気づかれないように切り離すと共に、ケテル・ザ・ビッグの構成素材を拝借して彼の新たな体となるゴーレムを作成した。

 本来、土から造り出すゴーレムでは、人間のような肉の身体を作成することは出来ない。 

 しかし、それに関してはミレニア城塞までの道中で相当数のホムンクルスの肉体を取り込んだことが幸いした。

 アヴィケブロンはそれを使用する事で、土塊ではなく肉を使用したゴーレム。

 俗にいうフレッシュ・ゴーレムとしてロシェの身体を生み出したのだ。

 彼の記憶の中にあるロシェの身体を再現するように創り出された肉体に、切り離した弟子の意識が宿った炉心の一部を埋め込む。

 すると蝋のように白かった肌に血色が現れ、心臓部に収まったコアが確かに脈打つのを感じ取れた。

「すまない、ロシェ。僕の技術では、この身体が精一杯だ」

 微かに寝息を立てる弟子にアヴィケブロンは語り掛ける。

「君の事だ、負けると分かっていてもケテル・ザ・ビッグから降りようとはしないだろう。しかし、僕としてはそれを認めるわけにはいかない」

 言葉と共に腕を軽く振るうとロシェの身体の周りの床が盛り上がり、瞬く間に黒鉄の棺へと変化する。

「君は僕の教えを受けた最後の人間だ。今更師匠面など出来る立場ではないけれど、お節介の一つくらいは焼かせてほしい」

 そう言うと彼は身に着けていた仮面を外し、棺の中に収めた。

 すると仮面は淡い光を放ちながら、小さなメッセージボードへと変化する。

「きっと君は僕の事を許さないだろう。それは当たり前のことだし、恨まれるのも憎まれるのも必然だ。けれど、気が向いたらで構わないから、そのボードに残した僕の頼みを聞いてくれるとありがたい」

 その言葉を最後に、棺はコクピットの床に開いた穴へと吸い込まれていく。

 アヴィケブロンの計算通りなら棺は機体の背面から射出され、安全と思われる場所まで飛んでいくことだろう。

「現状発揮できる機体スペックは30%が限界か……。普通なら僕にも脱出ポッドが必要な状況だが」

 再びコクピットに付いたアヴィケブロンは、ケテル・ザ・ビッグの状態に思わず肩をすくめる。

「ロシェの代替えとして炉心となる僕には無用の長物だな。すまない、ケテル・ザ・ビッグ。あの子ではなく、私のような薄汚い男が道連れで」

 自身を構成するエーテルを開放し、ゆっくりとその身を薄れさせながらアヴィケブロンは軽口をたたく。

 霊核だけとなった彼が炉心に融合すると、巨神の心臓部はほんの少しだけ鼓動を強めてみせた。

 まるで、自身と一つになった生みの親を歓迎するかのように。

(礼を言おう、ケテル・ザ・ビッグ。お蔭で大博打が打てそうだ)

 ロシェの行った事を参考に、炉心と融合しながらも自我を確保したアヴィケブロンはあえて後ろに下がった。

 そこは相手にとっての必殺の間合い、同時にケテル・ザ・ビッグ最大の武器である『グラン・インパクト』の発動可能範囲でもあった。

 左腕と頭部を半分、そして全身の装甲の七割を失った満身創痍の巨神。

 それでもなお、彼は宿敵を前に自慢の拳を構えて見せた。

『最後の勝負か。いいだろう、受けて立つ!』

 相手の覚悟を感じ取ったヴォーディガーンは両手に己が名を冠する大剣を構え、竜の羽を模したスタビライザーを大きく広げる。

 肌がひりつく様な緊張感の中、微動だにしない二体の巨人。

 そんな中、月から降りた様な一陣の風が互いの間を吹き抜けるのを合図として、両者は同時に動きを見せた。

 ケテル・ザ・ビッグは生き残ったアンカーを地面に打ち込んで己が放つ一撃の威力に備え、ヴォーディガーンは身体に備わった推進装置の全てを使って限界以上の速さを生み出す。

『ヴォーディガーン・クラァァァッシュッ!!』

『グラン・インパクトォォォォォ!!』

 交差する必殺技によって放たれた力は、夜の風を巻き上げて天を()く竜巻を生み出す。

 灼けた土砂を天空高く舞い上げたそれが姿を消すと、巨神達は一撃を放った体勢で互いに背中を向けていた。

 一瞬の沈黙を挟んでヴォーディガーンの口元を覆っていたマスクが甲高い音と共に砕け、同時にケテル・ザ・ビッグは刻まれた袈裟斬り状の斬線に沿()って、徐々にその黒鉄の身体は崩壊を始める。

(───やはり届かなかったか。ああ、くやしいなぁ……)

 そう思いを残しながらも、どこか晴々とした気持ちでアヴィケブロンはこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 ケテル・ザ・ビッグが土へと還ったのを確認すると、ヴォーディガーンもコアである乗用車と『キング・アルビオン』とに分離した。

 そして『キング・アルビオン』は荷台部分に設置された砲台からのエネルギーによって歪んだ空間を通って妖精郷へと帰還し、ヴォーディガーンは子供達を乗せて戦場から少し離れた林の入り口へと車を走らせる。

『待たせたな、管理者よ』

 ボンネットに内蔵されたスピーカーから呼びかけると、ひときわ高い針葉樹から二つの影が降りてくる。

 アルガとそのサーヴァントであるアタランテだ。

「陛下、子供達は?」

『大丈夫だ。少々驚かせてしまったが、ケガ一つない』

 ガルウィングの扉が開くと、中には後部座席で横になって寝息を立てているモードレッドとジャックの姿があった。 

「……たしかに怪我はしていないようだな」

「それはなにより。しかし、本当に胆が冷えましたよ」

『すまぬ。今回は弁解の余地も無く、我の失態だ』

 重苦しい声で謝罪の言葉を述べるヴォーディガーンに、アルガは首を横に振って見せる。

「陛下を責めるつもりはありませんよ。事前に説明を受けたうえであの子達を預けたわけですから」

 今回、ヴォーディガーンが子供達を身の内に収納したのは、妖精郷での出撃の際に現場において子供たちの避難場所が無い場合を想定した保護システムの試験だったのだ。

 ケテルマルクトをサーチした結果、勝率が90%以上であった為に試験へと踏み切ったワケだが、相手が戦闘中にパワーアップ改修を行ったのはニニューやヴォーディガーンにとっても予想外だった。

『そう言ってもらえると助かる。決着まで手を出さなかったことを含めて、礼を言おう』

「まったく、とんでもないマスターだ。子供たちがいるにも拘わらず、窮地になっても加勢しようとしないとはな」

「陛下を信用しているのさ。もっとも、もう少しヤバかったら遠慮なしにぶった斬ってたけど」

 ジャックを抱いたアタランテの嫌味に、モードレッドをおぶりながらアルガは肩をすくめてみせる。

『ところで、城塞まで送っていった方がいいか?』

「大丈夫ですよ。離れていると言っても、精々が山二つくらいですから。二十分もあれば戻れます」

「私も不要だ。機械というのは、鉄や油の臭いがキツくて好きになれん」

『ならば、我は一度妖精郷に戻ることにしよう。ニニューの奴が精密検査を受けろとうるさいのでな』

「あれだけのダメージを受ければ、そう言われますよ。……そうだ、ガウェインがジェット機を使うかもしれませんから、用意してもらうように言付けお願いできますか?」

『承知した。妙な事に巻き込まれているが、貴様等も無事に帰ってくるようにな』

「ええ、土産話は期待しておいてください」

 アルガの返答を聞くと、ヴォーディガーンは器用にターンを決めて走り去っていった。 

「奇妙、というほか無い輩だったな。奴は何者なんだ?」

「卑王ヴォーディガーン。かつてブリテン島へと逃れてきた『まつろわぬ者』達の王であり、竜種へと変化した人だよ。まあ、紆余曲折あって今は勇者ロボしてるけどな」

「その紆余曲折があまりに気になるのだが……」

「聞きたいか?」

「やめておこう」

 賢明な判断を下した純潔の狩人に肩をすくめたあと、アルガは軽く地面を蹴った。

 軽身功を使って跳べば、ミレニア城塞まではそう時間はかからない。

 妙なトラブルに巻き込まれさえしなければ、日付が変わる前には着けるだろう。

 愛娘の体温を背中に感じながら、アルガは少しだけ木々を飛び移る速度を速めた。

 

 

 

 

 巨神達の戦場から少し離れたトリファスにほど近い川のほとり。

 ケテル・ザ・ビッグから射出されたロシェは、棺の顔の部分に備え付けられた窓から差し込む月明りで目を覚ました。

 最初はケテル・ザ・ビッグの中枢になっていた自分が再び肉の身体を持っている事に混乱した。

 しかし自身の胸元に置かれたメッセージボードに気づいた彼は、それを一読すると顔を真っ赤にするほどに怒り狂った。

 ボードには謝罪の言葉や彼の肉体についての注意書きが並んでいたのだが、最後に『正義の為に働く、ケテル・ザ・ビッグを超えるロボットを造ってほしい』という願いが書かれてあったのだ。 

 ロシェはあの時、ケテル・ザ・ビッグと共に朽ちる覚悟を決めていた。

 アヴィケブロンと自身の技術を結集した最強のゴーレムならば、自身の墓標となるには十分すぎると思ったからだ。

 だがしかし、それもアヴィケブロンの思惑によって水泡に帰した。

 いや、本当のところはロシェ自身も分かっている。

 アヴィケブロンは自分の身を案じて、一人で死出の旅へと旅立った事は。

 だとしても、彼は一言でいいから事前の説明が欲しかった。

 どうするか、という選択肢を自分に与えてほしかったのだ。

 散々喚き散らした後、メッセージボードを叩きつけようとしたロシェであったが、寸でのところで思い留まった。

 聖杯大戦がはじまる前、カウレスの部屋でアニメに感激の声を上げていた自身のサーヴァントだった男の姿を思い出したからだ。

 アヴィケブロンを召喚してから、何度か夢に見た彼の記憶。

 その中の彼は、人間嫌いの偏屈者の癖に人々を救おうと研究を重ねていた。

 『正義の為に働くロボット』

 彼が本当に追い求めていたのは、数秘学の奥義などではなくそれを造ることだったのではないか。

 そこまで考えた後、ロシェは脱出ポッドから身を起こした。

 自分とアヴィケブロンの関係とは何だったのか?

 夜空に輝く月を見上げながらロシェは考える。

 マスターとサーヴァント、ゴーレム作成における師弟、裏切り者とその被害者、戦友、共同開発者。

 頭に浮かんだ全てが当てはまると同時に、明確な説明はできないけれど全てに何かが欠けていると思う。

 ただ、一つだけ言えることがあるとするならば、彼も自分も技術者だという事だ。

 ならば、同じ技術者として託された依頼には応えなくてはならないだろう。

 稀代のゴーレム・マスターを、あのケテル・ザ・ビッグを超える。

 それは長く険しい道になるだろうが、きっと人生を掛ける価値があるに違いないのだから。

「手始めに、こいつの解析からはじめるとするか」

 そう呟くと、ロシェは魔術回路を起動させて周りの土から簡単なゴーレムを創り出す。

 即興で手掛けたそれらは泥人形のように不格好だったが、彼はそれでも良しとした。

 例え、今は未熟でも一歩一歩歩んでいけばいい。

 目指すべき黒鉄の巨神(目標)は、自身の脳裏に焼き付いて消えることはないのだから。




 グダグダ英霊剣豪七番勝負(4)


二番手


剣キチ  『さて、デミヤのやらかしの謝罪が終わったところで次の勝負だ』
インシュー『土下座程度で許してくれたパライソが女神すぎるわ……』
プーサー 『いや、一応私って王なんですけど』
剣キチ  『元、な』
インシュー『仮に現役だったとしても、自国領土でなければ土下座に付加価値などあるまいよ』
プーサー 『クッ、返す言葉が見当たらない』
ドーマーン『さて、そちらが落ち着いたのならば、次の勝負でおじゃる』
プーサー 『口調がブレブレすぎますね、あのリンボ』
剣キチ  『そういうキャラなんだろ、気にすんな』
ドーマーン『次に拙僧が呼び出すのは、アーチャー・インフェルノでおじゃる!!』
巴ちゃん 『主殿……』
プーサー 『またしても女性ですか、やりずらいですね』
インシュー『というか、何故にあやつは上下イモジャージなのだ?』
ドーマーン『インフェルノ、武装はどうしたでおじゃる?』
巴ちゃん 『私がげーむに興じているときは呼ぶなと、あれほど言ったではないですか。あと、PS4はまだですか?』
ドーマーン『あれ、なんで拙僧怒られてるの? それとPS4は高すぎるから勘弁でおじゃる』
巴ちゃん 『主殿……燃やしますよ?』
ドーマーン『……ボーナスまでまってください』
インシュー『呼び出した英霊剣豪に脅迫されるとは、哀れな……』
プーサー 『上司・部下の関係って難しいですね』
剣キチ  『お前が言うと説得力あるわ』
インシュー『兎も角、こちらも出さねばなるまい』
プーサー 『さっきのように先手を取られては不利ですからね』
剣キチ  『ぶっちゃけ竿一本しかないしな、ヤグラ。というワケで、これに決めた!』
???  『お待たせ、召喚に応じて参上したわ! 私は紗条愛香、クラスはビー───』
プーサー 『エックスカリバァァァァァァァァッ!!』
剣キチ  『ちょっ!?』
インシュー『なんと!? いたいけな少女は一瞬にして塵も残らずに……』
プーサー 『許しは請わないよ。君とは……何の関係も無かったね』
剣キチ  『なにすんだよ、プーサー』
プーサー 『師範、今のは人類悪です。世に出してはいけないモノなんです』
インシュー『ふむ……。それで本音は?』
プーサー 『あれだけ苦労してあの世に返したストーカーゾンビが黄泉返るとかナイワー』
剣キチ  『ばっちり私怨じゃねーか』
ドーマーン『ようやくこっちはインフェルノを着替えさせたのだが、お主等はまだ準備ができないでおじゃるか?』
剣キチ  『仕方ない、今度はコイツだ!』
旭さん  『セイバー・木曾義仲、召喚に応じ参上し……巴!!』
巴ちゃん 『そんな……義仲様!?』
剣キチ  『あれ、なんか修羅場な予感』


因縁

ドーマーン『ヒョヒョヒョ! どうやらこちらが仕掛けた罠がうまく作用したようでおじゃるなぁ。どうかな、インフェルノ。愛しい男が敵に回った感想は?』
巴ちゃん 『燃やします』
ドーマーン『アッーーーーーーーーーー!!』
インシュー『なんという見事な火炙りよ』
プーサー 『あっという間に燃えましたね』
剣キチ  『まあ、すぐに復活するんだろうけどな』
旭さん  『フッ、火のような苛烈さは変わらぬな、巴よ』
ドーマーン『なにをするでおじゃる!?』
巴ちゃん 『ドヤ顔がムカついたので燃やしました。反省も後悔もしていない』
ドーマーン『拙僧はお主の主でおじゃるぞ! そんな簡単に燃やしていいわけなかろう!?』
巴ちゃん 『え、いつもの事じゃないですか』
ドーマーン『おのれ、このゲーオタが……ッ!? こうなれば、コヤツのディープなオタクさを木曾の奴に───』
巴ちゃん 『あ”?』
ドーマーン『すみませんでしたっ!!』
剣キチ  『どっちが上か、物凄くわかるな』
インシュー『下剋上が完全に成っておるわ』
プーサー 『人望って大切ですよね』
旭さん  『ところで主殿、ゲーオタとはいったい……?』
剣キチ  『説明しようとしたら殺し合いになるからやめとこう』
巴ちゃん 『しかし困りましたね。一応とはいえ、私の主はこのボンクラ。このままでは義仲様と刃を交える事に……』
旭さん  『待て、巴。俺は其方を斬る刃など持ち合わせてはおらぬぞ』
巴ちゃん 『私も義仲様に向ける刃など持ち合わせておりませぬ』
プーサー 『これはもしかして、ロミオとジュリエット状態なのでは?』
インシュー『そのロミオと何たらの事はわからんが、あの女武者が巴御前だとすれば、木曾殿とは情が通じ合った仲である事は間違いない。どうする、剣キチ殿』
剣キチ  『プーサー、リンボにカリバー』
プーサー 『? わかりました。これは精霊──以下略カリバー!!』
ドーマーン『ドムゴォォォォォォォッ!?』
剣キチ  『エクスカリバーが目晦ましになってる内に、奴の契約をチョン』
巴ちゃん 『あ、契約が……このままでは位牌に……』
剣キチ  『でもって、インフェルノにサンテン・ピッテン……トヤーーー!!』
旭さん  『おおっ! 巴が再び人の姿に!』
巴ちゃん 『義仲様!』
旭さん  『巴!!』
剣キチ  『これにて一件落着』
プーサー 『さすが師範というべきなのでしょうが……』
インシュー『もう少しヤマ場というか、盛り上がりが欲しかったな』
剣キチ  『現実ってこんなもんよ。ドラマみたいにクライマックスなんて、普通はありません』
ドーマーン『オノレェェェェェェ! 拙僧を何回コロせば気が済むんじゃ、貴様らぁぁぁあ!!』
インシュー『おー、おー。目が飛び出んばかりに怒っておるぞ』
プーサー 『どこかキャスターのジル元帥に通じるものがありますね』
ドーマーン『しかし、英霊剣豪が強奪されるとは思ってなかったでおじゃる。まあ、インフェルノは使い勝手が悪いからあんまり惜しくないかなー』
巴ちゃん 『焼却』
ドーマーン『ワッッジャアアアアアアアァァァァァァッ!?』
インシュー『リンボがまた燃えておるぞ』
プーサー 『なぜ口は災いの元だと気づかないのでしょうか』
剣キチ  『話が進まないので、木曾君は奥さんを連れて後ろで待機』
旭さん  『承知した。巴、二人きりでゆっくりと語り合おうぞ』
巴ちゃん 『はい、義仲様❤』
ドーマーン『ぐぬぬ……ッ、先ほどから何度もダイレクトアタックをしてきおって! 拙僧のライフは1よ!?』
インシュー『何度もって、ほとんどが御前がやった事ではないか』
プーサー 『こちらからの攻撃は私のカリバーだけなのですが……』
ドーマーン『こうなれば、こちらもダイレクトアタックを───』
剣キチ  『カマン(クイクイ)』
ドーマーン『何故でおじゃろうか、やった瞬間に全てが終わる予感しかしない』
プーサー 『勘の鋭さはなかなかですね、あいつ』
インシュー『剣キチ殿に手を出すとどうなるのだ?』
プーサー 『色んな意味でさようならすると思いますよ。おもに現世から』
ドーマーン『仕方あるまい! 今度は三回戦でおじゃる!!』
剣キチ  『え、まだ続くの?』































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