この頃はプライベートの事もあり、遅筆さに磨きが掛かっておりますが見捨てないでいただけるとありがたいです。
次は第五次か。
槍兄貴のカッコよさを再確認する為に、世紀末聖杯戦争ゲーことアンリミテッドコードでも久しぶりに引っ張り出してみようかな。
ルーマニア滞在記 7日目
え~、陛下と黒のキャスターの勇者ロボ大戦から一日が経過した。
終わった直後はユグドミレニアの面々やルーラー達から質問攻めを食らったが、その辺は『妖精郷驚異の技術力』で押し通した。
つーか、合体変形ロボの仕組みなんて分かるワケないだろ、いい加減にしろ!!
鉄巨人の核になっていたロシェという少年だが、現場近くの森の中で脱出ポッドの中で眠っていたのを保護された。
命に別状はなかったのだが、身体がホムンクルスとゴーレムの相の子になっており、その見た目は某異星人と接触したイノベイターのようにメタルだった。
鏡を見た瞬間に『アヴィケブロンの野郎! 今度会ったら絶対ぶっとばしてやるからなぁぁぁっ!!』と朝日に吼えながら走っていった彼を誰が責めることが出来ようか。
というか、巨大ロボのコアにする為に弟子兼マスターをサイボーグ(?)化するとは、あのキャスターは司馬
彼が将来『ビルド・アップ』しない事を切に祈ろう。
それはさて置き、今朝ユグドミレニアから次の作戦が提示された。
その作戦とは『ユグドミレニア所有のジャンボジェットにサーヴァントを詰め込んで空中庭園に突撃。総力戦を仕掛けてシロウ神父を殺害もしくは大聖杯を奪取する』というもの。
え~と……オタクら、最初にランサー込みで同じことやってガッツリに負けたんじゃなかったっけ?
そんな感想は空気を読んで言わなかったのだが、空中庭園の迎撃機構をライダーの宝具に一任するというのはいただけない。
その宝具は真名を開放すればあらゆる魔術を無効化できるそうだけど、彼女は肝心の真名を忘れているというではないか。
新月になったら思い出すと彼女は言っているが、とてもではないが信用できそうにない。
戦場に確証を求めるのは間抜けのすることだが、可愛い息子の身が掛かっている以上は分の悪い賭けはご法度だ。
因みにユグドミレニアがこうも強引な手を使おうとする背景には、独立して新しい魔術結社を作ると啖呵を切った魔術師協会から刺客が来るのを恐れている事や、空中庭園が自分達の陣地を超えると神秘の秘匿がヤバイという何ともアレな理由がある。
聖杯戦争に参加するのはこれで二度目だが、魔術を一般人に隠すって言うならこんな物騒なイベントなんて、絶対に都市部でやるべきじゃないと思う。
超人同然の英霊やその宝具なんて絶対に隠し通せるもんじゃないし、たまたま見ただけで殺されたり記憶を弄られるとか、住民からしたら堪ったもんじゃないだろう。
願いを叶えた身でいうのは憚られるんだが、聖杯戦争なんてぶっちゃけテロと大差ないんだから、国家権力にタレこんで全面禁止にすべきではなかろうか。
周辺住民への迷惑が天元突破してるし、魔術師なんてカルト集団の願いや都合なんて考慮する必要ないだろ。
色々と思うところはあったモノの、取りあえずはユグドミレニアの作戦にはNOを突き付けさせてもらった。
ガウェインのファイヤージェットならともかく、普通の旅客機なんて英霊からすれば飴細工同然だ。
空中庭園からの魔力砲撃はライダーの宝具を発動させられれば防げるとしても、ランサーや向こうのライダーの攻撃によって空の藻屑に消えるのがオチだろう。
もちろん、ユグドミレニアの面々からは非難の声が上がる事となった。
一際怒り狂っていたゴルドとかいうデブいおっちゃんから『そこまで言うなら、貴様も作戦の一つでも考えているのだろうな!?』と詰め寄られたので、こちらの作戦を提示することに。
こっちの作戦は俺が空中庭園に侵入してあの女帝を暗殺。
担い手を廃した事で空中庭園が崩壊すれば、その混乱に紛れてシロウ神父の処理と聖杯の奪取を行うというものだ。
この案にまたしてもゴルドが『アサシンでもあるまいに、敵の本拠に忍び込むなど易々と行くものか!!』と反論してきたが、こちらの氣殺法を黒の陣営のサーヴァントの誰も見抜けなかったという事実に沈黙した。
その後、フィオレ嬢からの『どうやって現地まで行くのですか』という問いかけに『歩いて行く』と返した俺はミレニア城塞を離脱。
アタランテにはガウェイン達と一緒に待っておくように言いつけて、捕まえた野生の馬で空中庭園まで行くことにした。
ルーマニアに来てから初の単独行動、しかも久々の敵地への潜入任務だ。
腕は鈍っちゃいないと思うが、後の作戦にはガウェイン達も参加するのだから気合を入れていくとしよう。
◇
さて、俺の目の前には青空の上を悠々と飛ぶ空中庭園の姿がある。
ここまで近づいて迎撃が来ないところを見ると、むこうは俺がここにいる事を把握していないのだろう。
あの女帝様は俺の事を目の敵にしてるからな、見つかったら雷撃とビームが雨霰と飛んできてもおかしくない。
「そんじゃあ……行くとするか。姉御、ナビよろしく」
『ちょっと目を離したらすぐに無茶するんだから……。庭園の持ち主はアッシリアの女帝セミラミス、世界最古の毒殺者と言われた女よ。その宝具は奴の工房と言ってもいい。神代の毒を供えている可能性もあるから、油断しないでね』
「了解」
憂いを帯びた姉御の忠告を頭に留めながら、俺は調息で練り上げた氣が体内に満ちると同時に地面を蹴った。
音を殺す独特の跳躍法で大地を離れた俺の身体は、風に舞い上げられる羽毛のように一蹴りで数メートルは跳んだ。
轟々と耳を打つ風の音に陰りが見えると同時に速度が弱まると、次に膝の前に浮いている小指の先程の石に足を掛ける。
普通ならば足場になどなるはずがない小石だが、軽身功を駆使する我が身の前では別だ。
つま先を乗せると同時に足首と足の指の力で跳ねると、速度と風の音が息を吹き返す。
そうして庭園から落ちてくる塵や細かい瓦礫などを足場に、跳躍を重ねること十数度。
俺はようやく空中庭園へと足を踏み入れることが出来た。
『いやはや立派なもんだ。こういうのを絶景って言うのかねぇ』
『アサシンと同年代で空中庭園と言えば、『バビロンの空中庭園』が有名なのだけど、これは違うでしょうね』
『そうなのか?』
『ええ。件の庭園は新バビロニア王国の王ネブカドネザル二世が、望郷の念に駆られた妻を慰める為に造り出したと言われる人の業を超越した建築物よ。けれど、彼の妻はメディア国王の娘アミュティスでセミラミスじゃない。彼女が庭園を持つ理由にはならないわ』
『なら、あの女帝様はどうしてこのデカブツを?』
『わからないわ。貴方を基点にして宝具をサーチするから、解った事があれば伝えてあげる』
『頼りにしてます』
姉御のナビを耳にしながら、俺は眼前に広がる雄大なパノラマに念話ながらも感嘆の声を漏らした。
緑豊かな浮島の群れに大理石で造られた床や柱。
大地には判別できないくらいに様々な植物が生い茂り、石柱や神や聖獣を象った像が立ち並ぶ。
美醜入り混じる庭園の風景はどこか幻想的で、観光地にすれば間違いなく繁盛するだろう。
『アルガ。景色を楽しむのはいいけど、そろそろ行動した方がいいんじゃないの?』
『おっと』
姉御の言葉に俺は軽く頭を掻きながら、古代中東やエジプト辺りを思い起こさせる庭園に足を踏み出した。
最低限とはいえ、結界を切り裂いて入ったからな。
女帝が綻びを見つけるのに、そう時間はかからないはずだ。
察知されて警戒レベルを上げられる前に、目的を達しないとな。
気配と音を殺して進む中、俺は周辺の至る所から立ち昇る魔力に目を細める。
『侵入者感知のセンサーに魔力弾発射装置。それに氷結機構に毒霧噴射と来て、外郭の迎撃装置を利用した落雷か。随分と凝ってるわね』
姉御の説明は、俺が感じている『意』と一致していた。
多種多様な迎撃装置だが、備え付けられた位置に有効範囲・その種別まで、魔力と共に固定された『意』を読み取れば一目瞭然だ。
こういうところで魔術は内家拳と相性がすこぶる悪い。
見渡してみればいたる所に罠を仕掛けているように感じるが、庭園の見栄えを気にしているのか、配置に甘いところがチラホラと見える。
これなら前世に侵入したロシアンマフィアの拠点や、ガキの頃に入り込んだマーリンの工房の方が危険度は上だ。
点在する罠を躱しながら進入路を探していると、ヤシのような木の下で座り込む人影が見えた。
逆立てた緑の髪に鎧を纏ったその男の顔には見覚えがあった。
赤のライダー、古代ギリシャの大英雄の一人アキレウスだ。
「あ~、姐さんの事は惜しかったなぁ。アサシンやあの神父も勝手にマスター替えとかフザケた事するから信用ならねぇし、オレも姐さんについて行けばよかったかなぁ……」
ヤシの幹に背を預け、足元の草をブチブチと抜きながら愚痴を垂れ流すアキレウス。
どうも勝手にマスター変更を行われた事が腹に据えかねているらしい。
そういえば、前回乗り込んだ時には激昂してシロウ神父を槍で突き殺そうとしていたっけか。
やはり、マスターとサーヴァントの信頼関係とは深いモノなんだろう。
あとアタランテにえらい未練タラタラなんだが、引き抜いたのは悪いことしたかな。
『けど、そうしたら先生やガヘリスと戦えないしなぁ。英雄として恥じない戦いができるのって、この二人くらいしかいないし……』という呟きを背に、俺はそっとその場を離れた。
『……英雄として恥じない戦いってなんなのよ?』
姉御、そういうのはツッコまないのが優しさだ。
庭園を回る事10分程度。
ようやく内部への侵入口を見つけた俺は、目の前に続く壁の燭台によって照らされた石造りの回廊に気合を入れなおした。
広い空間の庭園と違い通路での罠は逃げ場が限られる。
『しかし、英雄か……』
仕掛けを避けつつ螺旋を描く風に続く回廊を降りながら、俺は念話の中で呟いた。
こういう場合でも思わず口に出ないのは、経験の
『どうしたの、アルガ?』
『いやさ。さっきのアキレウスの愚痴を聞いて、英雄って何なのかって思ってさ』
『う~ん。一般には才能や知略、あとは武勇なんかに優れてて、常人には不可能な偉業を成し遂げる人の事を言うわね』
『アルトリアやガウェイン達って、英霊になってるんだから一応英雄にカテゴリーされてたんだよな。けど、あいつ等って偉業なんてやったっけ?』
『アルトリアはブリテンの王になったじゃない』
『あ~、なるほど。結果はともかく、あの国の王になったのはそれだけで偉業だわ。俺には絶対に無理』
姉御の指摘にうんうんと同意しながら、足元に仕掛けられた毒ガスの罠を飛び越える。
しっかし、この庭園って罠の位置が王道すぎて芸が無いわー。
比較対象に出すのは何だけど、マーリンみたいに『植物の種子をクレイモア地雷よろしくブッ飛ばす』みたいな仕掛けは無いんかい。
『我が妹は納得いったけど、ウチの息子達ってどうなんだろうな?』
『…………言われてみれば。身内だからそういう目で見た事ないっていうのもあるんだろうけど、あの子達が何したのかって、ぱっとでてこないわね』
『ガウェインは……あれか。アルトリアと陛下相手に戦ったから、竜殺しの一助を担ったって感じ』
たしか、竜を殺したら英雄確定だったと思う。
黒のセイバーとかそうだし。
『あと、世界に三振りしかない星が鍛えた聖剣の担い手というのもあるわね』
『ガヘリスはそういった幻想種退治はしてなかったと思うんだよなぁ。騎士内の逸話とか内輪の伝説みたいなのはあったけど』
『そんなのあったの?』
『ああ。代表的なのは蛮族百人斬りとウータン・ホームランかな』
言った瞬間に頭の中で姉御が唖然とする気配を感じた。
この反応は仕方ないだろう。
俺だって初めて聞いた時には絶句したもんだし。
『……蛮族百人斬りはわかるけど、ウータン・ホームランってなに?』
『聞いた話だと、ピクト人が攻めて来た時に、あいつと族長がサシの勝負をしたらしいんだわ』
『ふんふん……それで?』
『で、相手が先手を取って飛びかかったんだけど、ガヘリスはその動きにカウンターで斧をフルスイングしたんだと。結果、族長は一撃でバラバラになりながら、空の彼方に消えたそうだ』
『それでホームランなのね。じゃあ、ウータンは?』
『ガヘリスの団内の
『あれだけ美形に産んだのにゴリだのウータンだの、失礼しちゃうわ』
『愛称だよ、愛称。みんな親しみを込めて呼んでたのさ。次はアグラヴェインだけど、あいつって文官に比重が行ってたから武勇伝は無いと思うんだけど』
文官モドキのトップを張ってたケイ君が過労で死にかけてたから、アルトリアがわざわざ土下座で頼み込んでまで文官に引き入れたんだよな。
アルトリアも、人材をスカウトするのにあんなに真摯に頭を下げたの初めてだって言ってたし。
だから、練兵場で剣を振るう事はあっても、戦場にはあんまり出てなかったはずなんだが。
『……あれじゃないかしら。ブリテンを支えた円卓の騎士に名を連ねた、みたいな』
『有名チームのメンバー補正かよ。そんなんで座に拉致られたら、こっちとしては
『まったくだわ。でも、こうして改めて考えてみると気になるわよね』
『なにが?』
『私達の世界のアーサー王伝説よ』
『……ああ』
言われてみると確かに気にかかる。
俺の事は書かれてないだろうからいいとして、アルトリアや子供たちの評価とか。
あと姉御の評判も、だな。
並行世界では魔女だの何だのと散々な有様だったから、何気に豆腐メンタルな姉御が見て落ち込まないかという意味で。
『帰ったらアマゾネスで探してみるか』
『そうね。アニメとかゲームばかり買ってることだし、たまには普通の使い方もしてみましょう』
さりげなくガレスへの皮肉を込める姉御。
一応はお小遣いの範疇でやってるみたいだから怒らないで上げてね。
脳内でそんなやり取りをしながら庭園の中枢を目指していると、回廊の途中で再び見知った人影を見つけた。
白髪に病的に白い肌を持つ黄金の鎧を纏った痩身の男。
赤のランサーで、たしか名をカルナと言ったか。
通路の壁に背を預けて目を閉じたまま動こうとしない男の前に、俺はゆっくりと足を踏み出す。
音を殺す。
気配を完全に断つ。
そして、大気の振動も最小限にするように気を配る。
そうしてカルナの前を通り過ぎようとした瞬間、太陽のような灼熱の『意』を感じた俺は隠密行動をかなぐり捨てて床を蹴った。
こちらが安全圏に到達すると、間一髪のタイミングで吹き荒れる炎熱が俺のいた場所を飲み込むのが見えた。
炎が治まった先に見えたのは、焼け焦げ融解した大理石の床の上に黄金の槍を手にしたカルナの姿だ。
こちらを見る色違いの瞳は冷徹ながらも、どこかひり付くような熱を感じさせる。
「恐ろしいまでの隠形だ。来ると確信して全神経を研ぎ澄ましてなお、霞を掴む程度しか貴様を察知できなかった。───だが、あの時の借りは返したぞ」
起伏を感じさせない一定のトーンの声だが、そこには勝ち誇るような達成感が込められている。
そして、その言葉で俺は聖杯大戦に関わった序盤に奴を叩き伏せた事を思い出した。
「なるほどな。つまり前に乗り込んだ時、こっちの姿を見たお前さんは俺が忍び込んでくると張っていたって事か」
「ああ、何故か分からないが確証があった。お前なら必ず潜入してくると」
「それはまた……」
思わず口から呆れとも感嘆とも付かない声が漏れた。
俺が忍び込むと的中させたその勘を褒めるべきか、それとも来ると信じて延々と集中して意識の網を張り続けた忍耐力に呆れるべきか。
ここまでされたら、見破られたとしても悔しいとも思わんな。
「隠形を破る事で不意打ちの雪辱は果たした。あとはお前を倒してあの時の敗北を
槍に纏った火の粉を払いながら黄金の切っ先を突き付けてくるカルナ。
『どうするの?』
『相手が相手だ、このまま退くのは無理っぽいな。背中を向けた瞬間に串刺しって事になりかねん』
小さく息をついて俺は倭刀を鞘走らせる。
見つかった以上は悠長にしている暇は無い。
他の奴等が集まって来て、4対1でフクロにされるのは流石に勘弁だからな。
「はあぁっ!」
ロケット噴射のように自身の魔力を炎に変えて突っ込んでくるカルナ。
初手である加速と全体重を掛けた刺突を波涛任櫂で受け流す。
槍ごと相手が突っ込んできている以上、当然真正面から受けるのは愚策でしかない。
歩法と体捌きでカルナの側面に身体を逃がしながら槍の穂先から柄に掛けて刃を滑らせれば、その軌跡に沿って槍が纏っていた炎熱は次々と消え去っていく。
「クッ!」
その光景に息を呑みながらも、カルナは強引に槍を振り払う事で俺との間合いを広げる。
もちろん、苦し紛れに振っただけの力任せの一閃など当たるはずもない。
1mほど後方に跳んだ俺は、着地と同時に自然体に構えを取る。
『アルガ、気をつけて。カルナはインドに伝わる叙事詩マハーバーラタに登場する英雄。父である太陽神スーリヤから与えられた不壊の鎧と、雷帝インドラから授かった神槍を持つと言われているわ』
「太陽神の子、ね。どうりで炎がガウェインに似てるわけだ」
『2度も顔を合わせていたのに全く誰か分かってなかったのね……。聖杯戦争って相手のサーヴァントの真名を探るのも戦略の内じゃなかったかしら?』
「死合う相手の前評判に興味はありませぬ」
『……ガヘリスとおんなじ事言ってる。やっぱり、あの子の大雑把なところは貴方に似たのよ』
念話で呆れた声を出すという器用な真似をする姉御。
いやいや、あそこまで適当じゃないっスよ、私。
などと脳内夫婦漫才をしていると、カルナが再び仕掛けてくる。
一足で間合いを詰めて放たれたのは、槍術の基本というべき刺突。
だが、それも半神の英雄が放てば必殺の牙へとその姿を変える。
容易に音速へと足を踏み入れ、纏う炎すら置き去りにする穂先。
その威力は逸らした先にある回廊の壁が余波で砕ける程だ。
初弾を躱されるのを見て取るとカルナは素早くスタンスを広げ、連撃を放てる体勢に入った。
二撃、三撃、四撃……。
無駄のないフォームから繰り出された刺突は七撃。
もちろん、その全てが音速だ。
しかし、並のサーヴァントならば一撃で早贄にするはずの穂先は、一度たりとも俺の身体を捉える事は無い。
その全てをこちらの操る切っ先が逸らし、絡め捕っているからだ。
ここまで手を合わせて分かったが、カルナの槍術には遊びが無い。
いや、無さすぎると言うべきか。
教本に乗せたくなるほどの基本に忠実な動き。
放たれる切っ先は最短距離を通り、最高速度で相手へと襲い掛かる。
一切の無駄を省いて研ぎ澄ました有効打のみで相手を打ち倒す、虚実における『実』のみを突き詰める術理。
それこそがカルナの戦闘スタイルなのだろう。
これは武術における一つの理想たる『一撃必殺』に通ずるモノだ。
だが、それ故に欠点もある。
一切の無駄が無いという事は、転じて動きを読みやすいという事に繋がる。
狙い、技を放つタイミング、そして攻撃の軌道。
最適化されているからこそ、一定以上の技量を持つ者ならば容易に予測が可能となるのだ。
さて件のカルナだが、七連撃をいなされた事で刺突だけでは倒せないと判断したのか、即座に攻めの手を変えてきた。
次にむこうが取った手は、得物のリーチと遠心力を生かした撃ち下ろしや横薙ぎだ。
巧みな長柄捌きによって、奴を中心として斬撃の嵐が吹き荒れる。
黄金の軌跡を残して周囲の壁や床を溶かし抉っていく炎熱の槍。
しかし、そんな溶断の刃も辿る結果に変わりはない。
横薙ぎは身を沈めてやり過ごし、撃ち下ろしを柄に切っ先を当てる事で軌道を逸らす。
穂先で床を抉りながら反動で跳ね上がる切り上げは半身で躱し、眼前を通る柄に下から押し上げてやればカルナの体勢はグラリと傾く。
その隙に槍から刀の間合いへと大きく踏み込み、俺は袈裟斬りの一撃をカルナに向けて放つ。
カルナが反撃に放った首への横薙ぎを掻い潜って胴を薙げば、今度は弾かれることなく刃は虹色の光彩を映す表面に小さな傷を付けた。
胴への衝撃で2歩ほど後退したもののカルナは崩れた体勢のまま、こちらを引き離そうと心臓に向けて刺突を放ってくる。
随分と手慣れた感があったが、無理な姿勢から放たれた力もスピードも乗り切らない一撃など恐るるに足りない。
襲い来る切っ先を紙一重で躱し、俺は大きく踏み込んだ勢いのまま一撃を相手に放つ。
内家戴天流剣法が一手、『放手奪魂』
音を置き去りにして奔る白刃は、三度目の正直と言わんばかりに黄金の鎧を叩き割りカルナの左肩へと喰らい付いた。
そして紅玉が埋め込まれた胸元を通り、紅い残滓を残して右脇腹から奴の身体を奔り抜ける。
途端に吹き上がる血飛沫。
その飛沫が届かぬ場所へと間合いを取りながらも、俺は油断なく紅い槍兵の様子から目を切ることはない。
振り抜いた剣から伝わる感触によって、奴に与えた一刀は致命でない事が分かっていたからだ。
現にカルナはこちらが後方に下がった後、さらに間合いを広げる為に赤い飛沫を床へ残したまま後方に跳んでいる。
「見事だ。神々すら破壊が困難と言われた鎧を、こうも簡単に断ち斬るとは」
言葉と共に血糊を拭うように手で傷を払うカルナ。
奴の手によって露になった傷痕に、俺は自分の目が鋭さを増すのが分かった。
付けられて1分もしていない筈の太刀傷が、薄く肉が盛り上がり出血が止まっているのだ。
奴の手に治癒の効果があるのか、それとも自慢の鎧の効能か。
おそらく、前回の奇襲を生き延びたタネもこれなのだろう。
とはいえ、あの鎧が脅威となり得ないのは実証済みだ。
さっきの攻撃はカルナの纏う鎧がどれほどの硬度なのかを試す意味合いもあったのだ。
全力の一割にあたる内勁を込めた一撃目は歯が立たずに弾かれた。
次の攻撃は二割、表面にほんの少し刃が食い込んだ。
そして三割を込めた一刀は、見事鎧を断ち割った。
これならば、四割ほどの力を籠めれば致命の一撃を与える事ができるだろう。
姉御が神の鎧とか言ってたから警戒していたのだが、これなら例の水晶蜘蛛の装甲の方が100倍硬いと思う。
ぶっちゃけ、アイツの場合は全力で内勁を込めても足を斬り飛ばすのが精一杯だったからなぁ。
さて、世の中には悪い事は重なるというジンクスがある。
割と有名な文句なので耳にする事はあったのだが、まさか自分に降りかかるとは思ってもみなかった。
その不幸とは、ずばりアキレウスである。
何とかカルナを撒こうと思案していたところ、猛スピードでこっちに向かっていた気配が消えたかと思えば、突然すぐ近くに現れたのだ。
おそらく、アサシンが庭園の仕掛けか何かで転移させたのだろうが、厄介な事この上ない。
幸いアキレウスは『意』を隠そうともしなかったので、反射的に突き出された青銅の穂先を払うことが出来たが、これで事態はさらに悪化してしまった。
「騒ぎが起こっていると来てみれば、貴様が侵入者だったとはな! 前に見た時は剣士かと思っていたが、暗殺者の類だったか」
逆立てた緑の髪を揺らし、橙色の目を爛爛と輝かせて口上を垂れるアキレウス。
むこうが何を言っているかなんて正直どうでもいいのだが、現在こちらが置かれた立ち位置が少々拙い。
立ち回るには手狭な回廊の中で、左右をカルナとアキレウスに挟まれる形になっている。
これはもう挟撃してくださいと言ってるようなものだ。
「何を目的にここへ忍び込んだかは知らんが、オレに出会ったからには逃げられるとは思うなよ」
「油断するな、ライダー。この男は危険だ」
俺を挟む形で申し合わせたように槍を構えるカルナとアキレウス。
一番避けたかった事態にこうもあっさりとハマってしまうとは、俺の潜入テクも衰えたもんである。
あまりの体たらくに思わずヘコミそうになったが、脳内反省会はまた今度だ。
一家の大黒柱としては、こんなところでやられるワケにはいかんのである。
『アルガ、1分時間をちょうだい。その間にこの庭園のジャミングを解除して、貴方を転移できるようにするから』
『わかった。なんとかしてみるわ』
こっちの状況をトレースしている姉御からの焦りが滲んだ念話に応えたところ、頭の中にある言葉が浮かんだ。
『ところで姉御。時間を稼ぐのはいいが───別に、アレ等を倒してしまっても構わんのだろう?』
どこで知ったかも定かではないし、こちらでは縁もゆかりも無いであろう台詞。
しかし、どうしてか分からないがこのシチュエーションで言わない手は無いような気がしたのだ。
口にした瞬間に妙なフラグが立ったような気がしたが、きっと思い過ごしだろう。
『この場面でそんなカッコいい台詞……! 惚れ直してまうやろっ!!』
さっきとは別の意味で上ずった声が響くと、念話はプツリと切れてしまった。
姉御が着々と現世の文化に染められているのは置いといて、これで少しはむこうの緊張感も解れたことだろう。
軽く首を鳴らし、気持ちを切り替える為に一度調息をして、俺は刀を持つ逆の手で腰に差した鞘を抜いた。
1分間。
その程度なら亀のように防御を固めれば凌ぎきれるだろうが、それではやはり芸が無い。
せっかく、赤の陣営の主力を相手にするのだ。
ここは力試しも兼ねて楽しむべきだろう。
「さて、遊ぼうか」
槍を構える二人の英雄に向けて、俺はニヤリと口を吊り上げてみせた。
オマケ
感想欄の質問にあったので、戴天流の使い手がどのくらいの腕なのかを表にしてみました。
中國武術なのに日本の伝位制を使ってますが、その辺はご愛敬という事で。
初伝(最初の段階に伝授される段階)
【初伝以上中伝未満】衛宮士郎(木刀師匠)
中伝(修行の道半ばで授けられる伝授のこと) モードレッド(チビ)
奥伝(師から奥義を伝授されること) アグラヴェイン
皆伝(師からその道の奥義をすべて伝授されること) 孔 濤羅(原作開始)
――――――剣鬼(精神的に脱人間)—————
サイバネ内家剣士 劉 豪軍
極伝(家伝のうちで秘奥とする伝授。目録・皆伝よりも上位) 孔 濤羅(秘剣修得) 42(剣キチ前世)
邪仙化 衛宮陣
――――1500年の修練―――――
世界斬り 剣キチ(本編)
となります。
因みに暗黒剣キチと本編剣キチが闘った場合、一撃で本編剣キチが勝つ模様。
1500年の蓄積は伊達ではありません。