剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、アポ十五話です。

 いやはや、久しぶりに肉弾戦を書いたのですが、段平を振り回す描写に慣れていたせいか、難しいったらなかったです。

 まあ、やりたいことはやれたので概ね満足ですが。

 対魔忍を育てている内にシトナイピックアップ終了。

 聖杯少女は当カルデアには来てくれませんでした。

 当方は汚れた大人なので当然ですよね!

 畜生! こうなったら柳生さんを貰って聖杯全部ブチ込んでやる!!

 


剣キチさん一家ルーマニア滞在記(15)

 ルーマニア滞在記 8日目

 

 

 明け方が近くなった頃、ようやく黒の陣営から打診があった。

 

 フィオレ嬢曰く、早朝に赤の陣営へ総攻撃を仕掛けるらしい。

 

 勝ちに行くのなら落としてすぐに速攻を掛けるべきなのだが、それについては今更言っても仕方がない。

 

 黒の陣営の機能不全については庭園を墜とすなんて予想だにもしない事を実行した俺にも責任があるしな。

 

 むこうでは黒の陣営から『考え無し』を始めとして散々な言われようだったが、こちらにもああした理由はちゃんとあるのだ。

 

 庭園が一般大衆にバレた場合、魔術協会が神秘の秘匿(ひとく)の為にトゥリファスの住民の記憶を(いじく)るか口封じをするなんて言われたら誰だってああするわ。

 

 つーか、たかだか神秘なんぞの為に人を殺すとかありえねーだろ。

 

 上海の黒社会にいた侠客(きょうきゃく)だって、基本堅気の衆には迷惑を掛けなかったんだぞ。

 

 冬木の事といい、魔術や魔術師がない方がこの世界ってうまく回るんじゃなかろうか?

 

 ……少々物騒な話が持ち上がったが話を戻そう。

 

 黒の陣営からはケイローン、黒のバーサーカーことフランケンシュタイン。

 

 ルーラー達はサーヴァントはもちろんジーク君まで参加するとのこと。

 

 しかし、あのバサ子ちゃんってフランケンシュタインの怪物だったのか。

 

 映画だと四角い顔の大男だったのに、イメージ違い過ぎるだろ。

 

 で、こっちからは俺、ガウェイン、ガヘリス、赤のセイバー、獅子劫、アタランテ、赤のキャスターが参加する予定だ。

 

 俺としてはガウェインとガヘリスにはアジトの護衛を頼みたかったのだが、二人して首を横に振られた。

 

 前回の会戦で因縁の相手ができたらしく、次の決戦でケリをつけるのだとか。

 

 大方例の赤の二大英雄なんだろうが、アキレウスは出てこれるのだろうか?

 

 バシュムとかいう爬虫類から受けた毒素の因果を絶っておいたが、そうそう回復するような傷でもなかったと思うが。

 

 一方、セイバーと獅子劫は女帝様とシロウ神父の首を獲る気満々の様子。

 

 魔術協会の依頼については、ユグドミレニア独立の首謀者であるダーニックが死んだ時点でほぼ完了しているそうだ。

 

 あとは黒の面々に大聖杯を使わせる事無く、確保または処分すれば完璧なんだとか。

 

 『あの胡散クセー神父と毒婦は気に入らなかったんだ、やっと何の(うれ)いも無くぶった斬れるぜ!』とはセイバーの言。

 

 そういえば、昨夜遅くにミレニア城砦にいたはずの獅子劫が来て、姉御と一緒になんか作っていた。

 

 俺も首が三つある蛇のホルマリン漬けを斬らされたんだが、あれはいったい何だったのか?

 

 赤のキャスターは創作意欲が湧く様な刺激的な瞬間を見る為に戦場に(おもむ)くらしい。

 

 怖いもの見たさで大都市の暗部や中東の紛争地帯に行く阿呆みたいな動機だが、本人は死んでもいいと言っている以上は自己責任だ。

 

 因みにこいつの真名はウイリアム・シェイクスピア。

 

 かの有名な劇作家である。

 

 その証拠……と言えばいいのか、このおっさんは姉御から聞いた俺達の世界のアーサー王伝説を即興で戯曲にしやがった。

 

 曰く『アルガ殿がメアリー・スーのようで少々面白みに欠けますが、最後に訪れた悲劇と破局には筆が乗りましたぞ!』

 

 朗らかに笑うおっさんに発勁を叩き込んだ俺は悪くない。

 

 というか、なんで中世の人間が『メアリー・スー』知ってんだよ。

 

 それとシェイクスピアが戦場に向かうにあたって、裏切り他諸々防止の為に死呪を身体に刻んであるそうだ。

 

 その効果は『魔力を使おうとしたら死』『監視の目から逃れようとしたら死』『赤の陣営に協力しようとしたら死』『姉御をムカつかせたら死』と結構酷い。

 

 シェイクスピア自身も初めて聞いたのか、興奮で紅かった顔が一気に蒼白になっていた。

 

 『条件付け以外にも気分が乗ったら発動させるかもしれないから、重々気をつけなさい』と口元を吊り上げるその様はまさに魔女。

 

 手にしたワイングラスの中身が『野菜生活100』じゃなかったら、もっと格好が付いたと思う。

 

 さて、おそらくこれでルーマニアでの騒動は終わりになるだろう。

 

 一緒に行動するとはいえ黒の陣営は敵勢力である事に変わりはないし、ルーラー達の目的も不明だ。

 

 アタランテや子供達には言い含めている事だが、警戒を密にして背後から討たれないようにしなければ。

 

 

 

 

 黒の陣営による全力攻勢が初まって数十分、アキレウスは傷だらけの身体で戦場を駆けていた。

 

 戦端が開かれてすぐに彼の目の前に立ちはだかったのは、かつての師である黒のアーチャー・ケイローンであった。

 

 実戦形式で自分の槍捌きの何処が悪いかを指摘しながらも巧みな間合い取りで遠距離から矢を射掛けられ、アキレウスは窮地に追い込まれた。

 

 しかし持ち前の負けん気とギリシャ最速のスピードで突貫した彼は、多少の矢傷と引き換えにケイローンを対等の舞台に立たせることに成功する。

 

 『宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)

 

 生前に彼が参加したトロイア戦争で巧みにこちらを掻き廻すヘクトールとの決着に使用した、師すら知らない宝具。

 

 その効果は自らと対象を特殊な空間に取り込む決闘の舞台。

 

 当然逃げることは叶わず、武具を持ち込むことは可能だが如何なる宝具もその特殊効果は封じられてしまう。

 

 そんな二人だけの決闘場の中で、ケイローンとアキレウスは素手での戦いを選んだ。

 

 マスターの信頼と師としてのプライドを背負った賢者と、師を超えんとする決意と英雄としての矜持を双肩に乗せた弟子。

 

 交錯する数多の拳の果て、アキレウスの放った一撃はケイローンの胸を貫いた。

 

 胸部にある霊核はサーヴァントにとっての心臓と同義、即ち致命傷だ。

 

 宝具の特殊空間が解除される中、師を乗り越えた事に万感の思いを馳せるアキレウス。

 

 だがしかし、ギリシャ最優の賢人は(したた)かだった。

 

 アキレウスの宝具に取り込まれる寸前、彼は万が一に備えて一つの策を講じていたのだ。

 

 『天蠍一射(アンタレス・スナイプ)

 

 ギリシャ神話において射手座となったケイローンが持つ必中の宝具。

 

 射手座が蠍座のアンタレスを狙っているという逸話から生まれた天から降り注ぐ流星の一撃を、彼は自身が負けた際の保険として何時でも放てるようにしていたのだ。

 

 狙いは言うまでも無く、アキレウスの急所である踵。

 

 天から流れ落ちるようにアキレウスへと流星が迫る。

 

 だがしかし星の矢が鏃を突き立てんとする寸前、アキレウスは右手でそれを払い除けた。

 

 パンッという炸裂音と共に消滅した自身の一射に目を見開くケイローン。

 

 勝利した瞬間という戦士として避けられぬ隙を突いた、彼にして完璧と呼んでも差し支えない一手だった。

 

 事実『正史』と言うべき並行世界では、この一撃はアキレウスの踵に食らい付き不死性を奪い去っているのだ。

 

 では何故、この世界の彼は反応できたのか?

 

 それは偏にモチベーションの差である。

 

 『正史』では彼が定めた倒すべき宿敵は師であるケイローンだけだった。

 

 だが、この世界では違う。

 

 英雄たる誇りを以って超えねばならない宿敵はあと二人いる。

 

 同じ半神であり、己を超える剛力とタフネスを誇るガヘリス。

 

 そして、自身とカルナという二人の大英雄を同時に相手にしてなお、手玉に取る程の剣の使い手であるアルガ。

 

 次なる戦場へと(おもむ)かんとする彼は『正史』の如くこの勝利で燃え尽きる事はなかった。

 

 師を超えた事で目標を見失った漢と、師を凌駕した事実を胸に更なる高みへと向かう漢。

 

 その心胆の違いこそが決定的な差となって表れたのだ。

 

 ケイローンは己が最後の策が不発に終わった事よりも、弟子が完全に自身を超えた事に満足げな笑みを浮かべてこの世を去った。

 

 その笑みを目に焼き付けたアキレウスは、生きていた迎撃装置を超えて黒のバーサーカーやライダーが庭園跡に取り付くのを尻目に戦場を駆ける。

 

 ルーラーが何を画策していようと興味はない。

 

 師を失った黒の陣営もまた、大英雄の眼中に入らない。

 

 彼が求める相手、それは焦土と化した平原の中央で腕を組み仁王立ちしていた。

 

 父親を超える2mの長身に鍛え上げられた筋肉を纏う太い漢、ガヘリスだ。

 

「待たせたな、ガヘリス」

 

「遅かったじゃねえか。危うく眠っちまうところだったぜ」

 

 土煙を上げて急停止するアキレウスの姿に、ガヘリスはゴキリッと首を鳴らす。

 

 見れば、彼の得物である斧槍の姿はどこにもない。

 

 つまり、相手は前回と同じく素手で勝負しようという腹なのだ。

 

 その意図を汲んだアキレウスは英雄殺しの槍を天に投げ放ち、『宙駆ける星の穂先』を展開する。

 

「こいつは───なるほど、サシで闘り合う為の空間か。いいモン持ってんじゃねーか」

 

「察しが早くて助かるぜ。ここなら前のような邪魔は入らん。……どちらかがくたばるまでな」

 

「くたばるまで、か。つーことは、喧嘩の続きじゃなくて殺し合いって事でいいんだよな」

 

「そうだ。ここは決闘の場、決着はどちらかの死以外にありえん」

 

 アキレウスの言葉にガヘリスはゆっくりと構えを取る。

 

 それは以前のような自然体ではなかった。

 

 グローブのような(たくま)しい両手を顔の前に(そな)え、スタンスを開くと同時に重心を落として両の足で地面をしっかりと噛み締める。

 

「だったら、是が非でも勝たねぇとな。二度も先に死ぬなんて親不孝は御免だしよ」

 

 組技を主体とした格闘家が取る代表的な構え。

 

 手の隙間から覗く口元が吊り上がると同時に、ガヘリスの巨体を覆う筋肉がミチリッと音を立ててひと際大きくなる。

 

 その姿にアキレウスは思わず固唾を呑み込んだ。

 

 彼にとってガヘリスの取った構えは初めて見るものだが、滲み出る威圧感は相対する者に難攻不落な城門を前にしたような錯覚を起こさせる。

 

「そうはいかんな。貴様の首を(もっ)て、俺はもう一度あの剣士に挑戦せねばならん」

 

 そんな人間要塞を前にアキレウスもまた構えを取る。

 

 軽く曲げた左手を前にして右拳は腰だめに、そしてスタンスを大きく開いて何時でも飛び掛かれるよう両足に力を籠める。

 

 それは師であるケイローンが好んだ徒手の型。

 

 視線を合わせれば互いの身体から立ち昇る闘氣によって、白い靄が掛かる時が止まった景色がぐにゃりと歪む。

 

 もちろん錯覚だが、それを幻視するほどに互いの発氣(はっき)は凄まじいという事だ。

 

 構えを崩さないまま、ジリジリと摺り足で互いの制空圏を侵していく両者。

 

 緊張で強張ったアキレウスの頬を伝う汗が顎先をから地面に落ちたその瞬間、炸裂音と共にアキレウスの身体が消えた。

 

 『彗星走法(ロメウス・コメーテース)』をフルに使用する事により、一歩目でガヘリスの動体視力を振り切る速度を叩きだして見せたのだ。

 

 そんな規格外の速度と英霊の膂力が乗った拳を、ガヘリスは首を横に傾げて紙一重で躱して見せる。

 

 そこから二発三発と拳を重ねるものの、それらはガヘリスのぶ厚い手に払い落とされてその顔面に届くことは無い。

 

「チッ……!」

 

 思ったよりも硬い防御に舌打ちを漏らすと同時に、アキレウスは纏う速度のギアを一つ引き上げる。

 

 そして迅雷の如き速度でガヘリスの側面に回り込むと、ガラ空きの脇腹に加速分の勢いを込めた拳を打ち込んだ。

 

 しかし、次の瞬間に手から伝わってきた感覚に彼は大きく顔を(しか)める事になる。

 

 ケイローンの屈強な腹筋すらくの字に折り曲げるほどの拳。

 

 それを以てしても、インパクトの瞬間にアキレウスが感じたのは分厚いゴムに覆われた岩を殴るような感覚だった。

 

 しかも彼の手は屈強な腹筋に阻まれて殆どメリ込んでおらず、ガヘリスの巨体は小揺らぎもしない。

 

 狙いを変えて足を殺す為にローキックを放つが、岩を蹴ったような痛みと共に蹴り足の方が弾かれてしまう。

 

「ふんっ!」

 

 体勢が崩れたアキレウスに向けて手を伸ばすガヘリス。

 

 だが、迫り来る掌に背筋に冷たいモノを感じたアキレウスは一足で大きく後方へ飛び退()くと、またしても自慢のスピードを使いでガヘリスの周りを掻き廻す。

 

(顔面のガードは固いうえに身体は普通に殴っても効果はない。───ならば)

 

 自身の懐へと飛び込んでくる素振りを見抜いたガヘリスは、弾丸のような速度で踏み込む大英雄へ迎撃の拳を放つ。

 

 しかしアキレウスは鉄槌のような一撃を難なく躱すと、相手の拳にカウンターの一撃を叩き込んだ。

 

 強烈な打撃音に続いて鮮血と共に跳ね上がるガヘリスの顔。

 

 その隙を突いて懐へと飛び込むと、アキレウスは両手でガヘリスの左足へと伸ばす。

 

「ぬううううっ!!」

 

 丸太のような太腿と膝の裏に足に手を回し、渾身の力を込めて吊り上げようとするアキレウス。

 

 彼がケイローンから学んだパンクラチオンは、現代のグレコローマンレスリングの祖であると言われている。

 

 それ故に打撃も()ることながら組技に重点が置かれており、彼自身もケイローンから何度かテイクダウンを奪った事があるほどの腕前なのだ。

 

 自慢の馬力を活かしてそのまま押し倒そうとするアキレウスだが、それよりも速くガヘリスは掴まれていない方の足を大きく後方に送ると同時にアキレウスに覆いかぶさる形で彼の腰に手をまわす。

 

 踏ん張る為に後ろに送られたガヘリスの足が地面を噛み、ギャリギャリと耳障りな音と共にその軌跡を残すにつれて彼の巨体を押し込む勢いが削がれていく。

 

 そうして勢いを殺しながら腰の捻りを活かして相手の胴体を横に振ると、体位を()らされたアキレウスは足にかかっていた両手を放してしまう。

 

 容易く自身の片足タックルを切られ、驚愕の表情を浮かべるアキレウス

 

 しかし次の瞬間、その顔は強烈な衝撃を受けて真上へと跳ね上がった。

 

 無防備となったところにガヘリスが繰り出した膝が突き刺さったのだ。

 

「ぬぅぅんっ!!」

 

 紅い飛沫と共に死に体となったアキレウスの身体を抱えると、ガヘリスはその剛力を活かして強引に引っこ抜いた。

 

「うおおああっ!?」

 

 突然天地逆となった事に声を上げるアキレウス。

 

 相手の様子を気に掛ける事無く、ガヘリスは大きく相手の身体を振りかぶると反動と腕力、そして全体重を掛けて頭から相手を地面に叩きつけた。

 

「─────ガァッ!?」

 

 硬い物に肉がぶつかる鈍い音が辺りに響き、宝具によって保持されたはずの特殊な空間にも拘らず地面が大きく陥没する。

 

 半ばクレーターのようになったその中心でガヘリスが手を離すと、後頭部と両肩を地面に半ば埋め込んで逆立ちになっていたアキレウスの身体がゆっくりと地に伏せる。

 

 ガヘリスが仕掛けたのはパワーボム。

 

 ポピュラーなプロレス技だが、正しい受け身を取らなければ殺人技へと変貌する危険な代物だ。

 

 そしてアキレウスはそれを行うことができなかった。

 

 当然である。

   

 古代ギリシャに()いてパワーボムなる技は存在しなかったのだから。

 

「く…ぁ…ッ!?」

 

 苦鳴を上げながらも地面を転がって距離を取ると、アキレウスは歯を食いしばりながら立ち上がる。

 

 逆さに抱え上げられて、地面に叩きつけられるなど初めての経験だった。

 

 なす術もなく後頭部を強かに打ち付けた影響からか、彼の足取りは少々覚束ない。

 

 その隙を突くべく大地を蹴るガヘリス。

 

 低い姿勢から矢のような勢いで襲い来る重戦車を目の当たりにし、対処しようと身構えるアキレウス。

 

 しかし未だダメージの抜けきっていない状態ではそれもままならない。

 

 あっという間に諸手で両足を取られ、彼の身体は再度地面に叩きつけられてしまった。

 

 再度頭を打ち付けた事で動きが止まった相手を尻目に、ガヘリスはすかさず左手で相手の右足を封じ、腹の中央に左脛を落とすと同時に膝で体幹を抑える。

 

 『ニー・オン・ザ・ベリー』

 

 ブラジリアン柔術に伝わる投げなどで倒した相手を制する技法の一つだ。

 

 下から自身を睨みつけるアキレウスの視線を受け止めたガヘリスは、躊躇する事無く右の拳槌(けんつい)を相手の顔面に向けて振り下ろす。

 

 静寂の中、決戦場と化した空間に肉を打つ鈍い音が絶え間なく響き渡る。

 

 振るう拳は手打ちだが、並外れたガヘリスの膂力に加えて上から下へと振り下ろす形となる為、見た目以上の威力を秘めている。

 

 顔だけでなく額や頭もお構いなしに降り注ぐ暴力の雨を前にして、アキレウスは痛みに耐えながらも脱出の方法を模索する。

 

 だがしかし、掛けられているのはまたしてもパンクラチオンには無い未知の技。

 

 こういった場合、通常のマウントポジションならば拳で反撃するか、もしくは相手の腕を取ることで体勢を崩す足掛かりにするのが定石だ。

 

 しかしガヘリスはマウントポジションよりも下半身に近い位置に陣取っており、リーチ差も相まってアキレウスの手は届かない。

 

 腕を取ろうにも片足を取られて半ば身体が捻じれた状態なので、傾いた身体を支える形で左手が殺されている事によりそれもままならない。

 

 腹・背筋の力で身体を跳ねさせて振り落とす手も、ガヘリスは身体を完全に乗せているわけではないので、動きに合わせて有利なポジションを確保されては効果が薄い。

 

 十発、二十発と打撃(パウンド)の回数が上がる中、試行錯誤を行っていたアキレウスの手は次第に頭部を固く(おお)うようになっていく。

 

 一方的な乱打によって防御を余儀なくされたアキレウスだが、腕の間から覗く目は光を失っていない。

 

 そうして拳槌の雨が五十を超えた頃、アキレウスは動いた。

 

 ガヘリスが右手を振り上げるのに合わせて、左足で地面を蹴りつけたのだ。

 

 常人であるならば、そんな事をしても只の悪足掻きにしかならない。

 

 しかし、行うのがギリシャに名高き最速の英雄アキレウスならば話は別だ。

 

 蹴りの反動は凄まじく、地面を抉りながらガヘリスごと彼の下半身を浮き上がらせることに成功する。

 

 それによってガヘリスの体勢が崩れるのを見逃すことなく、身体を押さえていた膝に出来た隙間へ指を入れるとアキレウスは強引に相手の身体を引き剥がした。

 

 ゴロゴロと地面を転がって、互いに相手との間合いを広げる両者。

 

 荒い息を吐きながら起き上がるアキレウスに対し、ガヘリスの消耗は軽く汗ばむ程度でしかない。

 

「───随分と多彩な技を持ってるんだな。てっきり力任せの一発屋だと思っていたぜ」

 

 パウンドによって切れた口内に溜まった血と共に軽口を吐き捨てるアキレウス。

 

 その言葉をガヘリスはフンと鼻を鳴らす。

 

「最近、総合格闘技って奴に凝っていてな。せっかくの機会なんで使ってみようと思ったんだよ」

 

「だったら、何故前の時に使わなかった?」

 

「本か何かで読んだんだよ『殴り合うのが喧嘩なら打たせず勝つのが格闘技』ってな。なら、喧嘩に技を使うのは無粋ってもんだろ」

 

「だから今回は技を解禁したってワケか。───お前、本当にバカだな!!」

 

「よく言われるっていったろうが!!」

 

 軽口と共に口元を吊り上げながら、再度地面を蹴るアキレウス。

 

 初会敵の慢心した己なら、殴り合いに移行した時に未知の技を使えば簡単に勝っただろう。

 

 そんな優位を『喧嘩は殴り合うもの』なんて言葉で容易く放り投げる。

 

 何とも間抜けな話だが、きっとこういう奴を『愛すべき馬鹿』と呼ぶのだろう。

 

 空気の壁を破る破裂音を残して瞬く間に超速にまで達した彼に、ガヘリスは舌打ちをしながら防御を固める。

 

 その直後、耳を劈く炸裂音と共に百八十度いたる処から次々と打撃が撃ち込まれていく。

 

 打ち方は両の拳をフルスイングするというテクニックも何も無いものだが、その常軌を逸した速度の為にガヘリスの身体は吊られたサンドバッグのように左右に揺れる。

 

 いい様に打たれているガヘリスだが、相手の姿が見えていないというワケではない。

 

 時折放たれる急所への攻撃をギリギリのところで阻止しているのがその証拠だ。

 

 とはいえ、現状ではガヘリスに打つ手はない。

 

 反撃をしようにも、ここまでの速度で動かれては打撃で捉える事は困難。

 

 それどころか下手に手を出せば、スピードと手数に勝る相手の打撃がカウンターとなって突き刺さる可能性もある。

 

 いくらタフネスを誇るといえど、大英雄相手のカウンターなど何度も耐えられるものではない。

 

 だからこそ、ガヘリスは待っているのだ。

 

 彗星が手に掛ける事が出来る程に失速する時を。

 

 片や猛然と攻め続けているアキレウスだが、彼の表情にも余裕はない。

 

 止まる事無く打ち続けている拳は、ガヘリスの並外れた屈強さを前に有効打となり得ない。

 

 彼自身、自分の放つ拳打の間合いの甘さに気づいている。

 

 あの防御を抜くには相手の懐に入らなければいけないと。

 

 だがそれは先ほど掛けられた技の痛み、そして(おちい)った苦境の記憶が邪魔をする。

 

 知らない技を掛けられるというのは本当に恐ろしいものである。

 

 そしてアキレウスは恐怖を恐怖と感じることが出来ない愚か者ではない。

 

 勇猛さの裏に隠れている恐怖と戦士の勘が感じ取った危険性は、枷となってギリシャ最速の英雄の両足を鈍らせているのだ。

 

 とはいえ、このまま効果の無い打撃を打ち続けるわけにもいかない。 

 

 そして、いかに英霊とはいえど永久にトップギアで動き続けられるというワケでもないからだ。

 

 組技に関しては相手に分がある上に未知の技を使ってくるとなれば、失速したところをガヘリスに捕らえられれば今度こそ致命の一撃を食らう恐れがある。

 

 一跳びで間合いを大きく離したアキレウスは、荒くなりつつある息を整えながら覚悟を決める。

 

 ガヘリスの手の内に未知の技があるのと同様に彼にも必殺の奥の手がある。

 

 ケイローンが発案しアキレウスが形とした生前の世界では類を見ない秘技。

 

 それが決まったならば、あの屈強な防御の上でもガヘリスを討ち取ることは十分に可能だろう。

 

 身体を小刻みに振って飛び込むタイミングを図るアキレウス。

 

 対するガヘリスは防御の構えそのままに、腫れ始めた瞼の奥から鋭い眼光で相手を(にら)む。

 

 ヒリ付くような空気の中、何もない空間に二人の息遣いだけが響き渡る。

 

 一度、二度、三度。

 

 吐き出す度にシンクロしていく両者の呼気。

 

 それが四度目を迎えた時、アキレウスが仕掛けた。

 

 今までで最高のスピードを伴って(はし)るギリシャ最速の英雄。

 

 残像すら残さないほどの踏み込みによって、アキレウスは今までの躊躇(ちゅうちょ)が嘘だったかのように容易に懐へと飛び込んだ。

 

「食らえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 踏み込んだ左足が大地を蹴る事で宙を舞う身体。

 

 加速と共に重力の頸木を断ち切った彼は空中で体を回転させると、その勢いと全身のバネを使って右足を振り上げる。

 

 身体を()じる事で右足は跳ね上がり、脚力と遠心力が宿ったつま先が狙うは相手の側頭部。

 

 そう、アキレウスが放ったのはジャンピング・スピンハイキックだ。

 

 プロレスなどで見られる加速、遠心力、体重と脚力の全てを込めた一撃。

 

 しかも放つのはギリシャ最速の英雄、その威力は下手な英霊の宝具をも上回るだろう。

 

 聞いた者の心胆を寒がらせる鋭い音が辺りに響き、次の瞬間には肉を打つとは思えないような凶悪な炸裂音と共に赤い飛沫が飛び散った。

 

 渾身の一撃だった。

 

 誰も知り得ない、自身の脚力をフルに活かした徒手における鬼札だった。

 

 だが、それを切ったアキレウスの顔には驚愕の表情が張り付いている。

 

 紅い血煙の先には神速の蹴り、その膝に近い部分をブ厚い肩の肉で防ぐガヘリスの姿があった。

 

「馬鹿な…」

 

 呆然と呟くアキレウスに顔に凄絶な笑みを浮かべるガヘリス。

 

 彼は先ほどの一撃を見事防ぎ切ったものの、お世辞にも無事とは言えない状態だった。

 

 アキレウスの足を受け止めた前腕と二の腕は半ば足の形に肉が潰れ、その(きずあと)を中心に衝撃によって皮膚が剥げてしまっている。

 

 さらには防いだにも(かかわ)らず頬から耳に掛けて一直線に切り傷が刻まれており、それによって左耳が横に真っ二つに裂けていた。

 

 しかし、これでも被害は最小限に抑えたと言える。

 

 相手の切るカードがハイキックと読んだ事で大きくステップインし、力の乗り切らない(もも)と膝の辺りで受けたからこそ、この程度で済んだのだ。

 

 これが最も力の乗るつま先だったなら、今頃ガヘリスの頭はザクロのように弾け飛んでいただろう。

 

「やれやれ、とんでもねぇハイキックだ。────が、基本通りにやってみれば何とかなるもんだな」

 

「ハイキック…だと……この技が他にもあるというのか?」

 

 アキレウスが呆然と漏らす言葉、そこにはいつもの尊大とも言える程の自信は無い。

 

 それもやむを得ない事だ。

 

 彼が切った札は、修業時代に彼の脚力を活かす技は無いかとケイローンと共に練り上げ、独り立ちしてからも改良を重ねて漸く完成した秘技なのだ。

 

 ただでさえ初見で防がれたというのに、似た様な技が他にもあると言われればショックを隠し切れないのも無理はないだろう。

 

 だがしかし、ガヘリスの言う事は事実だ。

 

 アキレウスの生きていた神代では秘技だったかもしれないが、現代の格闘技界においては頭を狙った蹴撃、即ちハイキックや上段蹴りは有り触れたものとなっている。

 

 当然それに対する見切りや受けの技術も確立されており、今の格闘家相手ではフェイントや崩しなどで状況を整えない限り、そうそう当たる物ではなくなっているのだ。

 

「今の世じゃ格闘家なら誰でも使えるメジャーな技だぞ。ブラジリアン・キックとか派生も色々あるし……なッ!!」

 

 そう言うとガヘリスは自身の肩で止まっている足の脛の部分に手を回す。

 

 そして足首の関節を極めて抱えるように両手で足を締め上げると、一度左に回転するかのようにフェイントを交えて全身を使って思い切り右に捻り上げた。

 

 突如として自身の足に襲い掛かる圧力。

 

 アキレウスは反射的に地に着いた軸足で堪えようとしたが、それは完全に悪手だった。

 

 ガヘリスに捕らわれた足の膝の内側から肉が千切れるような感覚と共に、彼が生前感じた事がない類の激痛が走る。   

 

 さらに痛みによって身体の力が抜けた瞬間、アキレウスは抱えられた足を軸に激しく回転して地面に叩きつけられた。

 

 ガヘリスが放ったのはドラゴンスクリュー。

 

 プロレスラー藤波辰爾(たつみ)がカール・ゴッチの助言を基に考案した技の一つで、簡単に説明すれば足を取っての巻き投げだ。

 

 今のように蹴り足をキャッチした状態から放つのが主な使い方なのだが、技の容易さに反してその危険度は高い。

 

 全身を使って足を捻り上げるというプロセス故に、受ける側が上手く投げられなければ膝や足首の靭帯が損傷する可能性があるのだ。

 

「ぐおぁッッッ!?」

 

 叩きつけられた地面の上で足を抱えて悶絶するアキレウス。

 

 膝を中心に体の内側から奥へと響く様な痛みが走り、さらには膝から下に力が入らない。

 

 彼が学んだ古式パンクラチオンに、現代のように正確な関節技の概念は存在しない。

 

 力任せに腕を捻って骨を折った経験はあっても、関節や靭帯をピンポイントで破壊されるというのは生前を含めて初めての経験だった。

 

 だがしかし、彼がそうしている間に相手が何もしないワケではない。

 

 ガヘリスは無造作に投げ出されていた無事な方の足を素早く取ると、足首を脇に挟んで梃子の原理で思い切り絞り上げる。

 

「~~~~~~~~~ッッッッ!?」

 

 アキレウスは突如として襲い掛かって来た激痛に声を上げる事も出来ずに悶絶した。

 

 これもまた生前には体験した事の無い類の痛み、例えるなら灼けた鉄の串を足首に突き立てられるような激痛だった。

 

 アキレス腱固め。

 

 これもまた現代ではポピュラーな技だ。

 

 正確に言うならばアキレス腱固めは関節技ではなく、手の硬い部分を使ってアキレス腱を圧迫する事で相手に痛みを与える締め技である。

 

 それ故に漫画等のフィクションにあるような、この技でアキレス腱が断裂するというのは(まれ)だと言われている。

  

 だが、それは通常の場合だ。

 

 常人をはるかに上回る膂力を持つガヘリスが全力で締め上げたならば話は別である。

 

 完全に技が極まった事によりピンポイントで掛けられた常識外れの圧力には、例え英霊の肉体であっても耐えることは難しい。

 

 ガヘリスの上腕二頭筋が盛り上がるのに応じて、ミチミチと軋みを上げるアキレウスの靭帯。

 

 試合であればタップする等で決定的なダメージを被る前に逃げることが出来るが、生憎とここで行われているのは決闘である。

 

 故にレフェリーも居なければロープブレイクなどのルールも無い。

 

 無言で締め上げるガヘリスに対して、アキレウスは食いしばった口の端から泡を吹きながらも逃れようともがく。

 

 仮にもう一方の足が無事であれば、相手に対して蹴りを放つなど脱出の可能性もあった。

 

 しかし頼みの綱は膝靭帯を損傷した事によって、歩く事すらままならない状態だ。

 

 結果、アキレウスはただ痛みに耐えるしかないわけだが、そんな彼に崩壊の時は無慈悲に訪れる。

 

 止めとばかりにガヘリスが一際強く引き絞った瞬間、体内で何かが切れる音と共に脹脛(ふくらはぎ)の内側で何かが爆発したような衝撃が起こった。

 

「─── イ……ギィ……ッッッ!?」

 

 足を襲う痛みに身体を痙攣(けいれん)させながらも、辛うじて悲鳴を噛み殺すアキレウス。

 

 大の大人が泣き叫ぶと言われるアキレス腱断裂の激痛を受けても声も上げないところは流石と言うべきか。

 

 だらりと力を失った足から手を放し、ゆっくりと立ち上がるガヘリス。

 

 一番の脅威であった健脚を殺し、最後の締めを行おうとしていた彼は次の瞬間、己の目を疑う事になる。

 

 なんと地に伏せていたアキレウスが、壊れた足を使って立ち上がろうとしていたのだ。

 

「な……何を驚いている……ッ。弱点を突いた程度で……俺を倒したつもりか……ッ!?」

 

 荒い息を噛み殺し、トロイア戦争最強の戦士はギラギラとした眼光を好敵手へ向ける。

 

「闘いはまだ終わってはいない! 己が勝者だと証明したいなら、俺の心臓を止めてからにするがいい!!」

 

 小鹿のようにブルブルと震える足で立ち上がり、気炎と共に両の拳を構えて闘志を露にするその姿に、ガヘリスは辺りに響くほどの声で呵々と笑った。

 

「……さすがは英雄、いい根性してるぜ」

 

 笑いが治まると再び構えを取るガヘリス。

 

 実のところ、彼の左腕はハイキックの影響で半ば壊れかけていた。

 

 前腕部は衝撃によって骨が砕けており、二の腕から肩に際しても筋肉が半ば圧し潰されているために機能は大きく制限されている。

 

 それ故にドラゴンスクリューやアキレス腱固めはほとんど右腕の力だけで掛けた様なモノだった。

 

 痺れと痛みでほとんど感覚の無い左腕を内心で叱咤しながら、彼は眼前の敵に目を向ける。

 

 一方、額から脂汗を流しながらも一歩また一歩と歩みを進めるアキレウス。

 

 『彗星走法』も『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』による不死身の身体も失った今の彼は、最初に出会った頃のような英雄然とした雰囲気は見る影もない。

 

 だがしかし、苦痛に耐え足を引き摺りながらも戦う事を止めないその姿こそ、戦士として敬意を表するべきものだとガヘリスは感じた。

 

 荒い呼気と共に時より(つまず)きそうになりながらもアキレウスの歩は止まることはない。

 

 とはいえ両足の痛みは相当なモノなのだろう、苦悶の表情が濃くなるに従って構えていた両手も少しづつ下がってきている。

 

 しかし、その姿を瞳に映しながらもガヘリスは確信していた。

 

 目の前の男はこのまま終わらない、必ず打ち込んでくると。

 

 そうして好敵手の手が届く距離に踏み込むと、アキレウスの身体が大きく前に傾いた。

 

 あまりの苦痛に限界が来た?

 

 それとも改めて勝算の無い事に気づいて勝負を諦めた?

 

 否、すべて否。

 

 身体が地に伏せようとした瞬間、彼は両手を地面に叩きつけた。

 

 そして背筋で下半身を吊り上げると、そのまま腕の力で大きく宙へ跳んだのだ。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 自身に備わった全霊の力を使って上空から襲い来るアキレウス。

 

 着地の事など考えない、後の事などどうでもいい。

 

 彼の頭にあるのは目の前の男を打倒し、オリュンポスの神々に勝利を捧げる事のみ。

 

 覚悟と共に力の限り引き絞られた右拳は、師を乗り越えた一撃に勝るとも劣らない程の力が込められている。 

 

 対するガヘリスもまた不退転。

 

 襲い来る敵を見据えながら右腕に渾身の力を籠める。

 

 互いの視線と闘志が交錯する中、審判の時は容赦なく訪れる。

 

 大英雄がありったけの力を込めた乾坤一擲(けんこんいってき)の右拳。

 

 それが牙をむいた瞬間、空気を破砕する音と共に鮮血と砕けた大地の欠片が舞った。

 

 振るわれた一撃は瞬時に音速を凌駕(りょうが)し、対象の背後にあった地面を衝撃波によって粉砕したのだ。

 

 では、肝心の目標についてはどうであろう?

 

 アキレウスの拳は起死回生の逆転勝利を生み出すことが出来たのか?

 

 答えは『否』だ。

 

 大きく見開かれたアキレウスの視線の先には、頬の肉と僧帽筋の一部を(えぐ)られながらも自身の拳を躱した好敵手の姿が映し出されていた。

 

「ッシャアァァッ!!」 

 

 気合一閃、振るわれる右の剛腕。

 

 それは伸び切ったアキレウスの腕に(かぶ)さる様な軌道を描くと、目標の顔面へと強かに(てのひら)を叩き込む。

 

 顔全体を襲う衝撃にホワイトアウトするアキレウスの意識。

 

 そして勢いのままに右手を振り抜くのと同時に、ガヘリスの足は踵で相手の(かかと)を蹴るようにしてアキレウスの足を刈りあげる。

 

 壊れた足への容赦ない追撃に加えて二度目の弱点への痛撃。

 

 満身創痍のところに最悪の追い打ちを受けたアキレウスに反抗する力は残っておらず、空中で大きく身体を回転させた彼は為す術も無く後頭部から地面に叩きつけられた。

 

 静止した空間の中に轟音が響き、次いで舞い上がる土煙。

 

 濛々と立ち昇っていた粉塵が晴れると、そこには頭の下にある地面へ大きな血の華を咲かせたアキレウスが大の字で倒れていた。

 

「───俺の負けか」

 

 か細い息と共に紡がれる小さな言葉。

 

 意識があり言葉も紡げるものの、頭部にある彼の霊核は今の一撃で致命的な損傷を受けていた。

 

 胸と頭部に備わった霊核はサーヴァントの生命線。

 

 それを破壊されたうえに首から下の感覚が無いのでは、さしものアキレウスも敗北を認めざるを得ない。

 

「いいパンチだったぜ。まともに当たってたら俺の首から上を遥か彼方にすっ飛ばすくらいによ」

 

 乱れた息を整えながらもニヤリと笑みを浮かべてみせるガヘリス。

 

 その顔は右頬の肉が大きく削がれ、空いた親指の先ほどの穴からは奥歯が見えていた。

 

 また首の根元にある僧帽筋の一部分が抉れて血を流している為、先の蹴りの傷もあってガヘリスの上半身は完全に真っ赤になっている。

 

「───ガヘリス、貴様の名は覚えた。例え本体への記録となったとしても、この敗北は忘れん。次に出会った時には必ず雪辱を果たしてみせるぞ……ッ!」

 

「おうよ、やりたくなったら何時でも来な」 

 

 立ち昇る光の粒子の中、存在が希薄になりながらも張り上げたアキレウスのリベンジ予告を真正面から受け止めるガヘリス。

 

 その不敵な顔にアキレウスは今際の際に口元に小さな笑みを浮かべると、光の粒子となってこの世を去った。

 

「やれやれ、大体は父ちゃんの読み通りだったなぁ」

 

 主の消滅によって結界も霧散する中、平原へと再び足を付けたガヘリスは傷の痛みに顔を顰めながらも小さくため息をついた。

 

 今回の戦いに際してアルガがガヘリスに与えたアドバイスは一つ。

 

 それは得物を持って戦うのではなく、徒手による戦闘に持ち込むことだった。

 

 アストルフォの話からライダークラスは複数の宝具を所持できることを知ったアルガは、アキレウスがライダーらしい闘いをした場合、ガヘリスの勝率は低いと考えた。

 

 そこで彼が庭園で漏らしていた『英雄らしい闘い』という信念を突く事にしたのだ。

 

 ライバルと(もく)しているガヘリスが無手で待ち構えていれば、英雄に恥じない行いを目標としているアキレウスは武器を持って挑む事はない。

 

 赤と黒の大会戦の際、ガヘリスの仕掛けた殴り合いに応じたというのも相まって乗ってくる可能性は高いと踏んだのだ。

 

 さらには先の空中庭園でアキレウスとカルナを相手取った時、アルガはある事を見抜いていた。

 

 大英雄と呼ばれた二騎のサーヴァントは『技』が不足しているという事だ。

 

 誤解が無いように言葉を重ねるならば、彼等に技量が無いというわけではない。

 

 半神という出自や天賦の才に相応しく、両者の振るう槍の腕は洗練されていた。

 

 アルガが目を付けたのは技の引き出しの少なさや技術体系の古さ、そして技術についての知識の無さである。

 

 思えばそれは当然の事であった。

 

 彼等が生きたのは未だ神代たる紀元前。

 

 人類の黎明期である当時は、武術と言っても武器はおろか素手格闘すら流派として体系化されていない。

 

 例外があるとすれば達人と言われた一部の天才が個人的に弟子に取るくらいが精々で、それ以外など棒振り芸か喧嘩の延長が精々の時代なのだ。

 

 そんな時代の住人であった彼等に数千年先の技術を知れと言うのは無茶が過ぎる。

 

 そういう視点で見るのなら、神域にして無双の使い手というのも『当時の』という言葉が付いてくる。

 

 そも現代より神代の方が優れているというのは、魔術関連に限った話だ。

 

 もちろん魔力、神秘、体力や筋力と言ったフィジカル面で見るなら現代人よりも神代の者が優れているだろうが、こと技術に目を向けるなら圧倒的に現代が上である。

 

 紀元前から現代までの数千年もの歴史の中で、度重なる環境の変化や政変、そして戦争の中で人の持つ技術は鍛え上げられてきた。

 

 それは武術も例外ではなく、膨大な数の人間が切磋琢磨しては食らい合い、生き残った者が流派を起こしては時代と共に消え、戦や決闘などで数多の血肉を築き上げた。

 

 そうして現代まで武術は練り上げられてきたのだ。

 

 その奥深さはまさに深遠無縫。

 

 英雄はおろか神霊であろうと、それを凌駕する事など出来はしない。

 

 その事を証明するかのように、今回の戦いではケイローンが編み出したパンクラチオンをガヘリスは完全に封殺した。

 

 この結果は必然である。

 

 何故ならガヘリスが使った総合格闘技は、パンクラチオンの後進であるレスリングから多くの技術を継承しているからだ。

 

 神代ギリシャでは最新であった技の数々も、平和な現代であって尚進化を続ける素手格闘から見ればほぼ全てが有り触れた技でしかない。

 

 対して、ガヘリスが仕掛ける技のほとんどはアキレウスにとって未知の物。

 

 こうなっては玄人と素人の戦い同様である。

 

 相手の手札への対処が分かっているガヘリスは被害を最小限に抑えることが出来、相手の手札が分からないアキレウスは為す術もなく被害を拡大させる。

 

 半神としてのアドバンテージも無く身体能力でも拮抗している以上、アキレウスが頼れるのは己がセンスのみ。

 

 しかし、それだけで覆せるほど彼我の差は甘くはなかった。

 

 知識は武器であり無知は罪。

 

 対戦者の名前だけ聞けば大番狂わせと言われる結果こそが、その証明である。

 

「しかし参った。このケガ見たら、母ちゃんも祖母ちゃんも泣くだろうなぁ。何とかして隠したいとこだけど……アグゥの奴に相談してみるか」

 

 ウンウンと唸りながらその場を後にするガヘリス。

 

 アジトへと続く道すがら、彼の頭の中は戦闘の余韻から『如何に家族に負傷を隠すか』にシフトチェンジしていった。

 




 今回の戦闘描写の参考として、猿渡先生のタフシリーズを再読しました。

 うん、関節技がいかにヤバイかがよく分かりますね。

 『アキレウスにアキレス腱固め』なんてネタから書き始めたのに、妙に長くなってしまった。

 とりあえず、猛省しながら餓狼伝を読み直そうと思います。

以下『オニランド』をしながら思いついたネタ。

 護法童子に続いてオニランドに降り立つ新たな影。
  
 その名は魔女っ娘モルガンと魔女っ娘グンヒルド。

 夫の長期単身赴任による欲求不満と甘酸っぱい思い出に更けるカップルサーヴァントへの嫉妬によって降臨した二人。

 ニチアサヒロインのようなコスチュームを着た妻の姿に白目を剥く旦那たち。

 そして我先にと逃げ出そうとするカルデアサーヴァントを他所に、亜種特異点を一夜にして壊滅させた禁断の魔術が吹き荒れる。

 二人の新たな必殺技『T-レイン』と『G-シャワー』によって、オニランドを超えて千歳市全体にまで及ぶ被害。

 さらには我慢の限界に達した『ナースエンジェル・バーサク婦長』や、病の臭いに惹かれて現れた『細菌戦士ペイルライダー』も参戦し、状況は更なる混沌へと沈んでいく。 

 真っ先にトンズラこいた護法童子はともかく、シトナイとカムイの黄金は死都と化した北海道を救えるのか?

 次回『決戦、オニランド! 北海道最後の日!!』

 本作は過激な表現が多く使用されている為、保護者の方は決してお子様には見せないようお願いします。

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