剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 ようやくアポ編が終わりました。

 気付けば昨年三月から約一年、紆余曲折に寄り道浮気は数知れず。

 それでも何とか幕を閉じることが出来ました。

 これもひとえに読者の皆様方の応援あってのこと。

 この場を借りて謹んでお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。

 さて、これで本編はようやくFGOに突入することに相成りますが、こちらは残った宿題を片付けつつボチボチやっていきたいと思います。

 稚拙な分でありますが、よろしければこれからも読んでいただければ幸いです。


 FGO

 老書文をピックアップ開始と同時に呼符一本釣りしてしもうた。

 ワシ、今日死ぬかもしれん……
 



剣キチさん一家ルーマニア滞在記(終)

ルーマニア旅行記 最終日

 

 

 かくして、聖杯大戦と呼ばれた近所迷惑な乱痴気騒ぎは幕を閉じた。

 

 獅子劫からの頼みによって思わぬ空白期間を得た俺達は大聖杯と小聖杯を悪用されぬように庭園跡の安置室に封印し、各々ここまで共に戦ってくれたサーヴァントとの最後の時間を過ごすという為に一度解散と相成った。

 

 カウレス少年との約定通り姉御はその足でミレニア城塞に(おもむ)き、フィオレちゃんの足を診察。

 

 結果は魔術回路を取り除いて神経を再生すれば、普通に歩けるようになるとの事だった。

 

 で、その治療についても姉御がその場でちゃちゃっと終わらせてしまった。

 

 曰く『腕の悪い術師に任せると本気で足が動かなくなるから、アフターケアよ』だそうな。

 

 さて、聖杯戦争のゴタゴタもようやく片が付いたワケだが、家族からは最後くらい普通に旅行がしたいと言う意見が多数寄せられた。

 

 思えば、ルーマニア滞在初日から俺達は聖杯大戦に巻き込まれている。

 

 旅行を楽しみにしていたみんなにしてみれば、当然の意見だろう。

 

 とはいえ、与えられた期間はたった一日なうえに怪我人を抱えている状態だ。

 

 ガヘリスは俺達が帰って来た時点で日常生活に支障が無い程度には回復していたが、ガウェインの方はもう少しベッドの住人を続ける必要がある。

 

 さすがに獅子劫のようにイギリスくんだりまで遠出するというワケにはいかない。

 

 そういうワケで、ジャックちゃんと玲霞女史も連れて改めてルーマニア観光を行う事にした。

 

 誘うからには、もちろん費用はこちら持ち。

 

 これでも大農場の主、母子家庭一組程度を賄うくらいはワケないのだ。

 

 国民の館や教会跡などの首都ブダペストの観光名所を巡りながら、名産品に舌鼓を打ち街のアミューズメント施設で遊ぶ。

 

 もう危険もないことから、思う存分旅を楽しむ子供達。

 

 玲霞女史の方は、姉御とお袋さんから『母親とは何たるか』という心得を教え込まれながらも、むこうはむこうでショッピングを楽しんでいた。

 

 二人の薫陶(くんとう)のお蔭か、彼女も出会った頃のような儚げで厭世的な雰囲気が消えて、代わりにオカン的な(たくま)しさを得ているように見えた。

 

 お土産の値引き交渉のガン攻め具合を見る限り、ジャックちゃんを産んでも肝っ玉母ちゃんとしてやって行けるに違いない。

 

 そうしてキャンピングカーで移動しながら思い出を作っていった俺達だが、楽しい時間ほど速くすぎるもの。

 

 観光名所の一つ『ヴラド城』を照らす夕暮れが落ちる頃、獅子劫から願いを叶えてOKという旨の連絡が。

 

 昨日の取り決めの通り19時に庭園跡へと移動すると、そこには獅子劫を除くマスターとサーヴァントが俺達の到着を待っていた。

 

 姉御の手によって二つの聖杯を封じていた結界は解除され、聖杯大戦最後の儀式が行われる。

 

 姉御の補助の下、ジャックちゃんの手を借りて小聖杯を掲げた玲霞女史は、二人で同時に願いを口にした。

 

『マスターの子どもとして産まれたい』『この子を私の子として産みたい』

 

 言葉は違えど同じ意味の願いは小聖杯に聞き届けられ、ジャックちゃんを形成していた魔力がゆっくりと玲霞女史のお腹へと吸い込まれていく。

 

 怜霞女史がジャックちゃんを宿すのは、神霊や精霊が女性を身籠らせるのと同じ原理だ。

 

 人間のように生殖で子供を形成するのではなく、胎に魂を宿すことによってそれを核として子供を成す。

 

 この方法は悪意を持つ精霊では母体に掛かる負担が大きく、まともな人間として生れ落ちる可能性も低いという。

 

 故に出会った当初の状態では行使が難しい事から、この数日間お袋さんがジャックちゃんから恨みや憎悪といった悪感情を取り除いていたワケだ。

 

 時間と共に薄れていくジャックちゃんに駆け寄り、涙を流しながら『また遊ぼう!』と約束を投げかけるモードレッド。

 

 泣き笑いの表情でそれに頷いたのを最後に、ジャックちゃんは再び生まれるべく永い眠りについた。

 

 そうして小聖杯が願望器としての役目を終えれば、大聖杯は再び魔力を蓄えるべく休眠期に入る。

 

 それはサーヴァントとマスターの離別を意味する。

 

 黒のバーサーカーは、マスターであるカウレス少年の手を跡が残る程に強く握り締め、たどたどしい口調ながらも一言『がん…ばれ……』と言い残して座へと還っていった。

 

 カウレス少年は手を振りながら『力を入れ過ぎだ、馬鹿』と憎まれ口を叩いていたが、その目に光る涙は痛みによるものでは無かっただろう。

 

 アストルフォ嬢とルーラーは、互いにジーク少年の手を握って『命が尽きる時まで、精一杯人生を楽しむように』と異口同音で励ましの言葉を述べていた。

 

 その際にアストルフォ嬢がジーク少年に抱き着いて、それをルーラーが赤い顔で引き剥がしたりしていたが、きっと彼等はああやってここまで生き残って来たのだろう。

 

 しかし、英霊とはいえ女性を二人一度に墜とすとは、ジーク少年もなかなかにプレイボーイである。

 

 初登場でストリーキングをかました男は一味違うということか。

 

 アタランテは、最後の最後まで泣きじゃくるウチの次女を慰めて行った。

 

 ちなみにマスターである俺には『世話になった』の一言だけでした。

 

 掛けた言葉も時間も俺とモードレッドでは1:10くらい。

 

 流石というくらいに行動がブレなかったなぁ、彼女。

 

 全てのサーヴァントの現界が途切れたのを切っ掛けに、マスター達も一人また一人と安置室を離れていく。

 

 ジーク少年はルーラーの依り代となった少女を抱えて、彼女が世話になっているという小さな教会へ。

 

 カウレス少年は安置室に即興の防犯結界を張り、大小の聖杯を返還する事とユグドミレニアの敗北を魔術協会に知らせに。

 

 そして俺達は少しお腹が膨らんだ玲霞女史を連れて空港へ。

 

 誰一人他の者に声を掛けることはなく、参加者たちは静かにそれぞれの帰路へ着いた。

 

 その後、ブダペスト空港に玲霞女史を降ろした俺達は、別れ際に彼女へ肩掛けのバックを一つ手渡した。

 

 中に入っていたのは100万ルーマニア・レウ。

 

 日本円にすれば2600万円程の金額となるだろう。 

 

 これは今回の旅の遊興費の余りで、これから母子家庭となる彼女達へのせめてもの援助になればいいと『少し早い出産祝い』という名目で渡すことにしたのだ。

 

 しかし、彼女は中に入っている札束を見て大慌て。

 

 『こんな大金、貰えない』と返そうとしたのだが、その手を封じた姉御から自身の預金残高と子育てにお金が如何に必要かを滾々と説かれて沈黙。

 

 結局物凄く申し訳なさそうな顔でバッグを受け取った。

 

 果たして、この金がワームの腹の中で獲物の肉と一緒に胃液でヌルヌルになってた宝石が基になっていると知ったら、彼女は一体どんな顔をするだろうか?

 

 最後に日本行きの航空機に乗る玲霞女史を見送り、俺達も妖精郷への帰路に付いた。

 

 なんだかんだと妙な事に巻き込まれたが、姉御の並行世界に置いていた未練も晴れたしモードレッドにも友達ができた。

 

 こちらもカルナやアキレウスといった手練れと戦うことが出来たので、ガウェイン達がケガをした事を除けば満足のいく旅行だったと思う

 

 肝心の観光を行う事はあまりなかったが、それは次の機会に取っておくことにしよう。

 

 流石に今回で聖杯との縁も切れるだろうし。

 

 あとはウチの長男と次男をニニューさんに診てもらわないとな。 

 

 

 

 

 今回の聖杯大戦は正史と異なり、その結果を大きく違える事となった。

 

 魔術協会は新興勢力の出現を阻止すると共に、冬木の大聖杯を手中に収めることに成功。

 

 敗者であるユグドミレニアも首謀者であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニア死亡と、姉から頭首代行を引き継いだカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアによる聖杯提出と敗北宣言によって再び魔術協会に籍を置くことを許された。

 

 14騎もの英霊がぶつかり合う未曾有の戦場を生き抜いた者達。

 

 彼等がその後どうなったのか?

 

 それぞれに焦点を当ててみることにしよう。

 

 

 黒のアーチャー ケイローンのマスターであったフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 

 彼女は生まれた時から共にあった魔術を捨てた。

 

 彼女は若くしてダーニックにユグドミレニア一族の次席を任せられるほどに卓越した人体工学と降霊術の使い手である。

 

 しかし、フィオレには魔術師として大成するには致命的な欠点があった。

 

 彼女は魔術師を続けるにはあまりにも人の心を持ち過ぎたのだ。

 

 幼い頃、彼女達の父親は二人に子犬を与えた。

 

 この子犬は降霊術の被験体であり、同時に子供達への魔術師としての覚悟を問う試金石でもあった。

 

 弟のカウレスはそのことを見抜いていたが、フィオレは見抜くことが出来ずにペットとして不自由な体ながらに懸命に世話をしていた。

 

 結果、子犬は降霊術の実験によって無残な死を遂げ、それを目の当たりにしたフィオレは心に消えぬ傷を負う事となった。

 

 実験後、父に内緒で子犬を埋葬した二人だが、カウレスが冷静に作業を進めるなかフィオレは子犬を思い涙した。

 

 聖杯大戦で呼び出した賢人ケイローンの薫陶と、決戦前に弟と話した思い出話からそのことに気づいた彼女は、魔術師という外法の徒である事に耐えられないとして一般人として生きる事を決意。

 

 神経を阻害していた魔術回路を切り離した事で少しずつ動くようになった足のリハビリに(はげ)みながら、世話役のホムンクルス達と共に彼女は日々懸命に生きている。

 

 この頃は弟が隠れて扱っていたパソコンにも興味を示し、徐々にではあるが魔術師時代には遠ざけていた科学製品にも慣れてきたようである。

 

 将来的には医学を学び、人体工学と組み合わせて魔術を使う事無く義肢を作成したいという新たな夢へと歩み始めている。

 

 

 黒のバーサーカー フランケンシュタインのマスターであったカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 

 魔術を辞すると決意した姉から魔術刻印を受け継ぎ、正式にフォルヴェッジ家の後継となった彼の最初の仕事はユグドミレニアの後始末だった。

 

 第三次聖杯戦争の際に長であるダーニックが手中に収めた、世界で頻発する聖杯戦争のオリジナルたる冬木の大聖杯。

 

 それを盾にして新たな魔術組織を確立させんと、魔術協会に反旗を翻したユグドミレニア一族。

 

 魔術協会内での一大派閥と言われた彼等の実体は、ダーニックの政治的手腕によって傘下に加えられた没落した者達や断絶寸前の小規模な魔術の家を担う者達の集まり。

 

 言い換えれば食い詰め者の群れであった。

 

 一族の長にして組織の支柱であったダーニックを失った事で、その勢いを急激に陰らせたユグドミレニアに魔術組織を起こす力など無く、カウレスは聖杯大戦終了と共に魔術協会に降伏を申し出た。

 

 本来であれば反目に回った者達など、魔術協会にとって粛清対象以外の何物でもない。

 

 しかし、大聖杯の現物とダーニック達が60年に渡って解析したデータは『■■■■』を目指す上層部にとって垂涎の代物であった。

 

 結果、聖杯本体と研究成果全ての譲渡を条件に、例外的措置としてカウレス達ユグドミレニア一族は魔術協会に戻る事を許された。

 

 だが、その後に続いたのはカウレスにとって苦難の道だった。

 

 ユグドミレニアという派閥は解体されて本来のフォルヴェッジ姓を名乗るようになったものの、カウレスが反逆の片棒を担いでいた事は周知の事実。

 

 さらには在籍時に優秀な成績を収めていた姉と比べられる事も多々あり、いつしか彼は時計塔の鼻つまみ者になっていた。

 

 周囲の環境や自身の才能の無さに捨て鉢になりつつあったカウレス、そんな彼にも転機が訪れる。

 

 手に負えないとゼミの講師たちにたらい回しにされていた彼は、十数度目の教室で神経質そうに眉を寄せる黒髪長身の若きロードと出会う。

 

 問題児ばかりが集まる教室の中、カウレスはこの講師の手によって立ち止まっていた魔術師としての道を再び歩み出す事となるのだった。

 

 同時に師が持ち込む日本製ゲームによって、彼のジャパニメーション・オタクの血が再燃することになるのだが、それはどうでもいい話だろう。

 

 

 黒のセイバー ジークフリートのマスターであったゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 

 没落したものの錬金術の名家であった実家に誇りを持ち、それを前面に押し出した傲慢な態度を取っていた彼は、セイバーの高潔さが仇となって早期に敗退してしまう。

 

 その後は自身へ降りかかった不幸を呪いながらも酒を浴びる日々を送っていたのだが、赤と黒との最初の総力戦の後で負傷したホムンクルス達が安置された場所に立ち会った彼は、そこで必死に生きようとする彼等の姿を目の当たりにする。

 

 そこで初めて、ゴルドは今まで道具のように使っていたホムンクルスが、自分達と同じく生を望む一つの生命である事を自覚した。

 

 その後は自身のサーヴァントの心臓を持つ少年の説得もあって、戦時中のホムンクルスの治療とメンテナンスを一手に引き受けるようになった。

 

 素直ではない態度を取りつつも彼のホムンクルスに対する治療は適切であり、聖杯戦争では目立った活躍は無かったとはいえホムンクルス達にとって彼は紛れもなく希望だった。

 

 大戦後、彼は魔術協会に戻る事無く再教育として息子をカウレスの下に送り出すと、残された実家の資産を使って細々とホムンクルスの隠れ医院を開いた。

 

 聖杯が機能を停止した後、魔術師協会の手の者が来る前にミレニア城塞を離れたホムンクルス達は、社会に溶け込みながら各々で新たな生活を始めていた。

 

 そんな彼等をゴルドは健康面で支え出来得る限りのサポートをし、時にはその死を看取った。

 

 短命に嘆く彼等の為に研究を重ね、設定された寿命を十年延ばすのに成功した事もある。

 

 悪態をつきながらもホムンクルス達の命を支え続けたゴルドは、全てのホムンクルス達が天寿を全うしたと知るとカルテを基に彼等が得た名前を石碑に刻み、墓守として余生を過ごしたという。

 

 

 黒のキャスター アヴィケブロンのマスターであったロシェ・フレイン・ユグドミレニア。

 

 金属光沢をもつ事となった肌を隠す為にかつての師のように仮面をかぶる事を余儀なくされた彼は、あの時の敗戦をバネに魔導と科学双方のアプローチで巨大ロボを造る事を人生の命題とした。

 

 師であると同時に従僕だった男の薫陶を胸に、かつて見た鋼の巨神達を己が手で作り上げようとするロシェ。

 

 しかし、その道は長く険しい物だった。

 

 リアクターの出力が足りずに産声を上げることすらできなかった者。

 

 自重と関節の計算が合わずに己が足で大地を踏む前に崩れ去った者。

 

 完成を見たものの、その操作のあまりの複雑さから起動を見送られた者。

 

 触れてはいけないモノに触れそうになった為に、生命や宇宙の真理を悟りながらエネルギーに取り込まれてしまった者。

 

 そんな数多の失敗の末、ロシェはついに一体の鋼鉄の巨人を生み出すことに成功する。

 

 高出力プラズマバッテリーと魔力の二重動力で動き、魔導書によって思考操作が可能な全く新しい人型ロボット。

 

 だが、彼が日の目を見る事は終ぞなかった。

 

 何故なら、完成と同時にロシェの命が終わりを迎えたからだ。 

 

 如何なる技術で造られたゴーレムも、手入れ無しで永久に動くことは出来ない。

 

 生を終えたロシェの身体は肉体構造も、そこに移植された魂もとっくに限界だったのである。

 

 コクピットがある巨人の胸にもたれかかる様にして永遠の眠りについたロシェ。

 

 歳を経(へ)て皺だらけになったその顔は、少年のように無垢で安らかだったという。

 

 

 黒のライダー アストルフォとルーラー ジャンヌ・ダルクのマスターであったホムンクルスのジーク。

 

 彼はルーラーの依り代であった少女、レティシアを教会に送ると当てのない旅に出た。

 

 特に目的があったわけではない。

 

 自分が生まれた世界を見てみたい、そう思っただけだ。

 

 ヨーロッパから中東を通り、アジアへと。

 

 砂漠や雪山など自然の厳しさを肌で感じる事もあれば、空に掛かる虹や夜空を埋め尽くすほどの満天の星に見惚れる事もある。

 

 人の悪意に晒される事もあったが、それと同じくらいに多くの善意によって助けられた。

 

 そうして世界や人の醜さや美しさを目の当たりにした彼は、旅路の果てにインドに住む老夫婦に看取られてその生を終えた。

 

 『最後の時まで懸命に人生を楽しむ』

 

 自身の友でありパートナーだった二人と交わした約束通り、最後に浮かべた彼の表情は死が似合わないほどに楽しげな笑みだったという。

 

 

 黒のアサシン ジャック・ザ・リッパーのマスターだった六導玲霞。

 

 彼女は日本に帰国した後、アルガ達からの資金を元手に専門学校に通って猛勉強を開始した。

 

 元より記憶力が良く思考の速さも人より優れていた玲霞は、努力の甲斐あって公認会計士の資格を得る事が出来た。

 

 その後、臨月が近づいた為に出産準備に入った彼女は8時間に渡る奮闘の末に元気な赤子を無事に世に送り出した。

 

 産まれたのは抜けるような肌にプラチナブロンドの髪、そしてアイスブルーの瞳を持った女の子。

 

 その姿を見た時、玲霞は娘を抱きながら号泣したという。

 

 二年ほどの育児期間を経て会計事務所に就職した玲霞は娼婦だった時の儚げで男を誘う雰囲気から一転、自信と一家の大黒柱という自負が滲み出る女傑として破竹の勢いで出世していった。

 

 仕事中はどんな漏れも逃さないチェックの鬼である彼女だが、残業をする事は一切なくOFFはすべて可愛い娘の為に使う子煩悩な母親となる。

 

 ハンバーグが大好きな娘と共に過ごす週末、それが社会の荒波を女手一つで渡る彼女のスタミナ源であったという。

 

 そんな娘大好きな彼女が十数年後、娘が連れて来た彼氏に『娘が欲しかったら、私を倒してから行けぃッ!!』と戦いを挑む肝っ玉母ちゃんになる事は誰も知らない。

 

 

 

 

 柔らかに吹く風が地を覆う緑を揺らし、沈み始めた太陽が丘の全てを薄紅に染める。

 

 ここはブリテン島にあるカムランの丘。

 

 かの有名なアーサー王終焉の地である。

 

 人工の建造物が何もないなだらかな丘陵、そこを見下ろす二つの影があった。

 

 赤のセイバーであったモードレッドと、そのマスター獅子劫界離だ。

 

 かつて自身の反乱によって血に染めた呪わしき丘。

 

 彼女が死の間際に見た地獄のような光景はこの地には存在しない。

 

 1500年という年月が全てを洗い流してしまったからだ。

 

 だが、モードレッドには感じる。

 

 栄えある騎士達の断末魔が、この清浄な空気を染める血と臓物の臭いが。

 

 そしてブリテンという国が崩壊する音が。

 

 全ては自身が招いた事だ。

 

 自分を見ない、認めようとしない父に反発を覚え、激情のままに何もかもを台無しにした……。

 

「マスター……」

 

「うん?」

 

 丘の景色から目を逸らすことなく、モードレッドは獅子劫に声を掛けた。

 

 その声はいつもの覇気溢れる反逆の騎士ではなく、悪事が見つかった子供のように頼りなく彼には聞こえた。

 

「オレはさ、父上に認めてほしかった。……いや、見て欲しかったんだ。王子じゃなくてもいい、後継者じゃなくてもいい。ただ『お前は私の息子だ』と一言言ってほしかった、家族になりたかったんだ」

 

「……そうか」 

 

「けど、それは間違いだった。俺は騎士王のカッコよさや偉大さに目が眩んで、本当のあの人を見ていなかったんだ。あの人はアーサーじゃなくアルトリア、男じゃなく女なんだよ」

 

 声が震え始めた自身の相棒の独白に獅子劫は答えを返さない。

 

 只今は聞き役に徹している。

 

「お笑いだよ。自分を見て欲しいって思ってた当の本人が、相手の事を見てなかったんだからな。あの時、謁見の間なんかで正体を明かすんじゃなくて、あの人に時間を取って貰ってから二人っきりで話せばよかったんだ。自分の生まれた経緯を洗いざらい話したうえで家族として付き合っていきたいって正直に言えば、もしかしたら……」 

 

 後は嗚咽となって聞こえなくなったセイバーの独白に、獅子劫はジャケットの胸ポケットから煙草を取り出した。

 

 先端に火を灯して深く吸い込むと、細く吐き出した紫煙の後で彼は自身の相棒に問う。

 

「諦めんのか?」

 

「え?」

 

「今回の騒ぎを経て、お前さんはやるべき事が分ったんだろ。なら、あとは実行に移すだけだ」

 

「なに言ってんだ、マスター。父上はもう……」

 

「英霊の座ってのは時間を超越するって言うじゃねえか。お前さんが英霊として登録されてるなら、騎士王も当然スカウトされてるはずだ。むこうに戻ったら、探して今言ったみたいにサシで話せばいいんだよ」

 

「けどッ! オレは国をブリテンを滅ぼした……滅ぼしちまったんだ! 今更、どの面下げて父上にそんな事言えってんだよ!!」

 

 癇癪を起したように声を荒げるセイバーを前にしても、獅子劫は慌てる事無く再び紫煙を風に乗せる。

 

「そうだな。お前さんのやった事は、たしかに取り返しの付かない事かもしれん。けどな、そいつについて騎士王に詫びを入れた事ないだろ」

 

 自身のマスターの言葉が意外だったせいか、モードレッドは涙が溜まった眼を瞬かせてしまう。

 

「そ……そりゃあ、あの後すぐにオレは死んじまったし……。謝る暇なんて無かったけど……」

 

「なら、最初にするのはそれだな。相手が心血注いだ国をぶっ潰したんだ、並大抵の事じゃ許してくれんだろうさ。けどな、自分が悪いって分かってるなら詫び続けるしかない。それがケジメってもんだ」

 

「それでもし、相手が許してくれなかったらどうすんだよ……」

 

「誠心誠意、頭を下げ続けるだけだな。自分が何でそんな事をしたのか、自分の気持ちはどうだったのかってのを全部吐き出して。秘密やら人間関係やらで当時は言えなかった事も、全部終わった今なら言えるだろ。そういうのを全部やって始めて、お前さんはスタートラインに立てるんじゃないか?」

 

 セイバーは獅子劫の言葉を無茶ぶりだと思った。

 

 だが、たしかにその通りなのだ。

 

 自分を父の立場に置き換えてみればわかる。

 

 必死になって護ってきた国を滅ぼした相手と言葉を交わそうなんて普通は思わない。

 

 父と対話の舞台に立とうと思ったら、自分の全てをブチ撒けたうえで謝罪しなくてはならない。

 

 そうして相手がこちらの言葉に耳を傾けてくれて、初めて関係の再構築が始まる。

 

 信頼や好感度はマイナスに振り切れているだろうが、それでも一つ一つ積み上げていく。

 

 それはきっと気の遠くなるような作業だ。

 

 自分一人でキャメロットを築くのより、もっと忍耐や労力がいるだろう。

 

 だとしても、自分が本当に求めるモノを手に入れるにはやるしかない。

 

 これにはきっと近道は存在しないのだから。

 

「最後にダンディなお兄さんからのアドバイスだ。そこまでやって本気でダメだった場合は……」

 

「場合は?」

 

「全部ぶん投げて、中指おっ立てながらバックレちまえ」

 

「はあっ!?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる獅子劫に、神妙に聞いていたセイバーは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「ザケんなよ、マスター! さっきまで言ってた事と全然違うじゃねーか!!」

 

「あのな、セイバー。親子だから絶対に分かり合えるなんてのは幻想だ。血が繋がっていようと他人は他人、どうあっても譲れない事だってある。それがぶつかっちまったら、もうどうしようもない。言葉を重ねれば重ねるほど、お互い憎み合うだけだ。だから行くところまで行っちまう前に、どっちかが身を退く必要があるんだよ」

 

「…………そいつはアンタの体験談か?」

 

「まあな。だから、俺は魔術師じゃなくて裏稼業で魔術使いをやってるのさ。でだ。そうやって一人になれば、何時かは寂しいと思う時が来る。その時はいい相手を探して子を作ればいい。そうすりゃあ親はいなくとも家族は出来る。────俺はこれからそうするつもりだぜ」

 

 厳つい強面でドヤ顔をする獅子劫に、セイバーは深々とため息をついた。

 

「あのな、そいつはアンタが人間だから出来る事だろうが。オレは英霊だぞ……」

 

「いいじゃねえか。座ってのは世界中と繋がってるんだろ? 円卓の騎士に拘らんでも強い奴から綺麗な奴まで伴侶候補はより取り見取りだ。一度ワールドワイドな視点を持ってみな。今悩んでる事がちっぽけに思えるかもしれんぜ?」

 

 相変わらずイイ笑顔のまま言葉を続ける獅子劫に、根負けしたセイバーは声を出して笑い始めてしまう。

 

「…ったくよぉ。こっちが真面目な話してんのに茶化すんじゃねえよ。───けど、ありがとうな。胸の中に溜まってたモヤみたいなもんが晴れた気がするぜ」

 

「そいつは結構。トーク料はサービスにしとくさ」

 

 獅子劫のおどけた返事に苦笑いを浮かべるセイバー。

 

 それと同時に彼女の身体がゆっくりと魔力へと還り始める。

 

「どうやらタイムリミットらしいな」

 

「そうみたいだ」

 

 残された時が後わずかである事を悟った二人は、お互いに居住まいを正した。

 

「礼を言うぜ、獅子劫界離。アンタがマスターじゃなければ、オレはここまで戦い抜けなかった」

 

「そいつはお互い様だ、モードレッド。お前さんが来てくれなかったら、俺は今頃墓の中だったろうさ」

 

「へっ……。ともかく、マスターと一緒にいれて楽しかったぜ。───アンタが親父だったら良かったのにな」

 

 突然の言葉に不意を突かれて、ポカンと口を開けた間抜けな顔を晒してしまう獅子劫。

 

 それを見たセイバーは、してやったりと満面の笑顔を浮かべる。

 

「冗談だよ! じゃあな、マスター! アンタは顔が怖いんだから、婚活は真面目にやれよ!!」

 

 そう言い残して、風と共に反逆の騎士は現世を去った。

 

 彼女がいた事を示すかのように最後まで残った微細なエーテルが消えるのを確認すると獅子劫は無言で踵を返す。

 

「───あばよ、相棒。言われなくても、最高にイイ女をモノにしてやるさ」

 

 最後の一服を吸い終えて携帯灰皿に吸殻を収めながら、獅子劫は紫煙と共に星空へと別れを告げた。

 

 

 

 

 赤のセイバー モードレッドのマスターである獅子劫界離は、聖杯大戦から2年後に死亡が確認された。

 

 名うての魔術使いの傭兵の突然の死に、時計塔を始めとする魔術界隈では様々な噂が飛び交った。

 

 獅子劫家の呪いによって命を落とした。

 

 研究資金が溜まったので、独自の魔術研究による『■■■■』への到達を目指していたところでの事故。

 

 もしくは獅子劫宗家の逆鱗に触れて、刺客によって討たれたなど。

 

 彼に関わりのある者から噂程度しか知らない者まで、多くの魔術関係者が彼の死に首を捻った。

 

 だが彼等の憶測は的外れでしかない。

 

 何故なら、当の本人は顔と名前を変えて一般人として新たに迎えた伴侶と普通の生活を送っているからだ。

 

 獅子劫がここまでして血生臭い世界から引退した理由は単純、妻と子を得たからである。

 

 かつて養女とはいえ娘を魔術によって失った彼は、新たに迎えた家族に同じ轍を踏ませる気は毛頭なかった。

 

 だからこそ、封印指定の人形師に頼んだ人形に魔術刻印を移植までして己の死を偽装し、別人となって完全に魔術から足を洗ったのだ。

 

 現在の彼はごく普通のサラリーマンとして、妻と一人娘の生活を支えている。

 

 彼を慕う娘が母親譲りの金髪碧眼で、八重歯がチャームポイントな女の子なのは果たして偶然なのだろうか?

 

 

 

 

 妖精郷日記 〇月×日

 

 

 ルーマニア旅行から帰って来て二週間がたった。

 

 入院と診断されたガウェインも退院し、ようやく心配の種が無くなった。

 

 旅行の高揚感も治まり、みんないつもの日常に戻り始めている。

 

 俺も農作業と剣術修行に精を出す日々だ。

 

 ところで、近頃我が畑に妙なミミズが出るようになった。

 

 大きさはワームと同じくらいで、『ダミアーン!』『オーメーン!』『メェエエリィイアメェェエン!』と謎の鳴き声を上げながら、全身にある紅い眼からビームを撃つのである。

 

 正体は分からんが害虫に違いないので、取りあえずは諸共に耕しておいた。

 

 我が剣は内家戴天流、たとえクワの刃であっても因果の断裂は問題ない。

 

 その気になれば、ドラゴンだってダイレクトで肥料にする事が可能なのだ。

 

 というワケで10分ほどの死闘の後にグロ肉と化したミミズ共。

 

 いつも通り死体を畑に撒こうかと思ったが、未知の生物なので念のために姉御に相談したところ、物言いがついてしまった。

 

 

 曰く『新種の害虫なので、作物に悪影響を及ぼす可能性がある。そこで直接撒くのではなく、最初は堆肥に混ぜ込んでみてはどうか?』ということらしい。

 

 流石は姉御。

 

 食物は安全が第一なのだから、そう言ったリスクは極力避けるが吉であろう。

 

 というワケで、ミンチとなったミミズ肉は別室で発酵させている堆肥の仲間入りとなった。

 

 しかし新手の害虫の登場とは、骨休めが済んだばかりだというのに妖精郷の農業はハードルが高い。

 

 とりあえず、当面の間は用心として剣を腰に差しておくことにしよう。

 

    


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